横浜地方裁判所 平成23年(ワ)5750号 判決 2015年1月29日
原告
X1
原告
X2
原告ら訴訟代理人弁護士
折本和司
同
谷川献吾
同
白井知美
被告
Y1株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
中山慈夫
同
男澤才樹
同
増田陳彦
同
高仲幸雄
同
中山達夫
同
藤原正廣
被告
Y2株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
渡部英人
同
星川信行
同
竹本英世
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは、原告X1(以下「原告X1」という。)に対し、連帯して、770万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、連帯して、770万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、被告Y2株式会社(以下「被告Y2社」という。)と雇用契約を締結し、被告Y1株式会社(以下「被告Y1社」という。)の管理する作業現場などにおいて船舶の修繕作業等に従事していた亡C(以下「C」という。)の相続人である原告らが、Cがじん肺及びその合併症である続発性気管支炎に罹患したことについて、上記業務においてアスベストにばく露したことが原因であり、被告らに安全配慮義務違反及び不法行為法上の注意義務違反があったと主張して、被告らに対し、連帯して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料及び弁護士費用相当額並びにこれに対するCがじん肺法4条2項に規定するじん肺管理区分2に該当するとの裁決を受けた日(不法行為後の日)である平成20年11月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠によって認定した事実は、各項末尾の括弧内に証拠を摘示する。)
(1) 当事者等
ア 被告ら
(ア) 被告Y1社
被告Y1社は、昭和25年に設立され、主として船舶及び艦艇の建造、販売、修理並びに救難解体業を行う株式会社である。
被告Y1社の造船事業は、厚生労働省の「石綿ばく露作業による労災認定等事業場」に認定されている。
(イ) 被告Y2社等
被告Y2社は、昭和17年にY1系各社の支援によって設立された機械総合商社であり、船舶の販売及び管理をも目的とする株式会社である。
a株式会社(以下「a社」という。)は、被告Y2社の100%子会社であった株式会社であり、平成7年2月28日に解散し、同年5月25日に清算を結了した(書証<省略>)。
イ 原告等
(ア) C
a C(昭和11年○月○日生)は、平成7年3月10日から平成10年7月1日までの間、被告Y2社と雇用契約を締結し、蒸気タービン船のエンジンルーム内でボイラー用の蒸気タービン駆動の主給水ポンプの分解、組立て及び試運転立会等の技術指導業務に従事していた(書証<省略>)。
Cは、昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間、a社と雇用契約を締結し、主給水ポンプの分解及び組立て等の業務に従事していた(書証<省略>)。
b Cは、平成17年11月、胸膜プラークがあるとの診断を受け(書証<省略>)、平成21年11月17日、肝がんによって死亡した(書証<省略>)。
(イ) 原告ら
原告X1はCの妻であり、原告X2はCの子である。原告らは、平成23年7月7日の遺産分割協議において、Cの被告らに対する損害賠償請求権をそれぞれ2分の1ずつ相続することで合意した。(書証<省略>)。
(2) Cの被告Y1社の現場における作業
Cは、被告Y2社と雇用契約を締結していた平成7年3月10日から平成10年7月1日までの間のうちの22日間、被告Y1社の管理する船舶の修繕作業の現場に派遣され、蒸気タービン船のエンジンルーム内で、被告Y1社の従業員に対し、コフィン・ターボ・ポンプ株式会社製のボイラー用の蒸気タービン駆動の主給水ポンプ(以下「コフィン・ポンプ」という。)を分解、点検、部品交換等し、組み立てる作業について、指導する業務に従事した(以下「本件作業」という。Cの就業日数について、書証<省略>)。
(3) じん肺及びじん肺管理区分制度
ア じん肺とは、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病をいう(じん肺法2条1項1号)。じん肺法及び同法施行規則は、じん肺の合併症(じん肺と合併した肺結核その他のじん肺の進展経過に応じてじん肺と密接な関係があると認められる疾病)として、肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺がんを定めている(同法2条1項2号、同法施行規則1条)。
また、当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそれがあると認められる作業は粉じん作業とされ、その範囲は厚生労働省令で定められている(同法2条1項3号、同条3項)。
イ じん肺管理区分制度
じん肺法は、粉じん作業に従事する労働者等を、じん肺健康診断の結果に基づき、エックス線写真画像と肺機能障害の組み合わせに従って、次のとおり、管理1から4までに区分し、健康管理を行うものとしている(同法4条)。
管理区分 じん肺健康診断の結果
管理1 じん肺の所見がないと認められるもの
管理2 エックス線写真の像が第1型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの
管理3イ エックス線写真の像が第2型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの
ロ エックス線写真の像が第3型又は第4型(大陰影の大きさが1側の肺野の3分の1以下のものに限る。)で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの
管理4(1) エックス線写真の像が第4型(大陰影の大きさが1側の肺野の3分の1を超えるものに限る。)と認められるもの
(2) エックス線写真の像が第1型、第2型、第3型又は第4型(大陰影の大きさが1側の肺野の3分の1以下のものに限る。)で、じん肺による著しい肺機能の障害があると認められるもの
(4) Cのじん肺管理区分決定及び労災認定
Cは、平成20年5月20日、神奈川労働局に対し、じん肺管理区分決定申請を行ったところ、同局長は、管理区分1と決定した。Cは、同決定を不服として、同年7月8日、厚生労働省に対し、審査請求を行ったところ、同省大臣は、同年11月13日、Cのじん肺管理区分について、管理区分2とする裁決を行った(書証<省略>)。
また、Cは、じん肺の合併症である続発性気管支炎を発症したと主張して、労働者災害補償保険法に基づく給付申請を行ったところ、中央労働基準監督署長は、平成21年5月25日、上記傷病が業務に起因するものであると認め、Cに対し療養補償給付及び休業補償給付の支給を決定した(書証<省略>、弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告Y2社はCがa社に在籍していた期間の責任を負うか否か
(2) 本件作業におけるアスベストばく露の有無・程度
(3) Cのじん肺罹患の有無及び因果関係
(4) 被告Y1社の安全配慮義務違反の有無
(5) 被告Y2社の安全配慮義務違反の有無
(6) 損害額
3 当事者の主張
(1) 争点(1)(被告Y2社はCがa社に在籍していた期間の責任を負うか否か)について
(原告らの主張)
Cは、被告Y2社と雇用契約を締結する前に、昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間a社と雇用契約を締結し、本件作業と同様の粉じん作業に従事し、大量の粉じんにばく露した。
次に述べる事実によれば、被告Y2社は、上記期間中、Cの実質的な使用者であったといえ、信義則上Cに対する安全配慮義務を負う立場にあったというべきであるから、上記期間における安全配慮義務違反の責任を負う。
ア a社は、設立当時、本店所在地が被告Y2社と同一であり、被告Y2社が輸入し販売したコフィン・ポンプを整備する業務を行っていたから、実質的には被告Y2社の一部門を独立させたといえるものであった。
イ 被告Y2社は、a社が解散した際に、a社の事業を承継した。
ウ a社は、被告Y2社の完全子会社であった。また、a社の役員の中には、被告Y2社の役員を兼任したり、a社解散後に被告Y2社の役員に就任したりした者もおり、a社と被告Y2社とは人的な一体性があった。
エ a社は、被告Y2社が請け負った業務について、従業員を派遣しており、発注者もa社と被告Y2社とを明確に区別していなかった。
(被告Y2社の主張)
a社は、被告Y2社の完全子会社であったものの、採用、人事、労務管理等を別個に行う被告Y2社から独立した別法人であり、平成7年に解散し清算も結了したのであるから、被告Y2社が、a社の責任を承継することはない。また、Cがa社の従業員であった期間において、被告Y2社とCとの間に実質的な指揮命令関係があったということもない。したがって、被告Y2社が、原告がa社に在籍していた期間、原告に対し、安全配慮義務を負うことはない。
原告らの主張する事実については、次のとおり反論する。
ア Y2社は、a社が解散した平成7年以降に初めてコフィン・ポンプの整備業務を行うようになったから、同年以前にはコフィン・ポンプの整備業務を行ったことがない。また、a社の本店所在地が被告Y2社の本店所在地と同一であったのは10日間にすぎず、設立手続の便宜等の理由にすぎない。したがって、a社は、被告Y2社の一部門を独立させたといえるようなものではない。
イ 被告Y2社は、a社が解散した際に、a社の事業を承継していない。
ウ a社が被告Y2社の完全子会社であったこと、a社の役員のうち被告Y2社の役員を兼任していた者がいたことは認め、評価は争う。
エ a社は、コフィン・ポンプの整備以外の業務も行っていた。また、発注者は、時代によって、発注先についてa社と被告Y2社とを区別して認識していた。
(2) 争点(2)(本件作業におけるアスベストばく露の有無・程度)について
(原告らの主張)
Cは、被告Y2社から被告Y1社の船舶の修繕作業等を行う現場に派遣され、コフィン・ポンプ及びパイプ・バルブの分解・組立て等の作業に従事し、その際、大量のアスベストにばく露した。
ア Cの従事していた作業の内容
Cは、船舶のエンジンルーム内に設置されているコフィン・ポンプやパイプ、バルブを分解して、点検・整備し、終了後に元どおりに組み立てる作業に従事していた。
Cは、基本的には、被告Y1社の従業員に対し上記作業を指導する立場にあったが、自ら見本を示すために被告Y1社の従業員と一緒になって作業をしていたし、自らもその現場にいたため、アスベストのばく露量は、被告Y1社の従業員と同じであった。
イ Cの作業環境
Cが作業を行っていたエンジンルーム内には、アスベストの粉じん除去用の換気扇は設置されておらず、エンジンルーム内には、次に述べるようにアスベストを使用している機関・部品が多数存在していたため、Cは飛散した大量のアスベストの粉じんにばく露した。
(ア) 蒸気タービン機関
船舶の蒸気タービンは、ボイラーで生成された高温高圧の蒸気を利用してタービンを回し、船舶の動力源とするものであり、通常、船舶の1階部分のエンジンルーム内に設置されている。船舶の動力源であるタービン駆動には、ボイラーで生成される過熱蒸気が必要であるが、ボイラーから送り込まれる過熱蒸気に耐えられるよう、タービン全体がアスベスト含有保温材で覆われていた。また、タービンに接続している配管や弁の外側部分も、アスベスト含有保温材で覆われていた。さらに、配管内も過熱蒸気が通るため、その高温に耐えられるように、配管や弁の内部のフランジパッキンにアスベストが使用されていた。
(イ) ボイラー
船舶のボイラーは、まさに過熱蒸気を生成する機関であることから、燃焼室内の断熱材としてアスベストが使用されていたほか、ボイラーに接続している排気管断熱材、配管や弁の保温材としても使用されていた。さらに、ケーシングドアーパッキン、マンホールパッキン、ハンドホールパッキン、スートブロア・視煙管等のガスシールパッキン、配管や弁のフランジパッキンにもアスベストが使用されていた。
(ウ) バルブ
バルブの周囲は、アモサイトアスベストを中綿にしてアスベストクロスで覆われ、アスベスト糸で布団状にした石綿布団で覆われていたほか、パッキンにはアスベストが使用されていた。
ウ 具体的作業手順
(ア) 剥離作業
Cは、コフィン・ポンプ、パイプ及びバルブの整備箇所を覆っているアスベスト含有保温材を剥がし、機関や配管等の本体を露出させる必要があった。この際、劣化したアスベストが細繊維化し、粉じんが周囲に飛散した。
(イ) 粉じんの除去作業
Cは、バルブの擦り合わせ作業を専門に行っていたところ、バルブ内のパッキン類にはアスベストが使用されていた。そして、バルブ内のパッキンは、ボイラーからの過熱蒸気が通過することにより、徐々に摩擦によって削られ、アスベスト粉じんとなってバルブ内に付着していた。そのため、Cは、バルブを解体してアスベストの粉じんを取り除く作業を行っていた。
(ウ) 保温材等の巻き付け作業
Cは、コフィン・ポンプ、パイプ及びバルブの整備作業を終えると、剥離したアスベスト含有保温材を再び巻き付ける作業を行っており、この際にもアスベストの粉じんが飛散する状況であった。
エ Cの作業時の服装
Cは、被告らから、作業中にマスクを着用するようにという指導を受けていなかったため、マスクを着用せず、タオル等で口や鼻を覆うなどして対応していたにすぎなかった。
(被告Y1社の主張)
Cは、コフィン・ポンプの分解・組立て等について、被告Y1社の従業員に必要な指導をしていただけであるから、本件作業によって、大量のアスベストにばく露したということはあり得ない。
ア コフィン・ポンプの分解・開放について
定期点検等の際には、コフィン・ポンプを分解・開放するが、全ての部品を分解するのではなく、ポンプ内部の回転体及びその周辺部品のみを分解・開放するだけである。その際、ごく一部の配管やバルブを外すことはあるものの、当該部分はアスベスト含有保温材を使用するような高温高圧部分ではないから、コフィン・ポンプを分解・開放する作業によって作業者がアスベスト粉じんにばく露することはない。コフィン・ポンプのタービン側のうちアスベストが使用されていたのは、高温の蒸気が入る丙16号証(書証<省略>)の「STEAM CHEST & BONNET」と記載されている部分のみであり、この部分が取り外されることはなかった。
また、コフィン・ポンプ本体についても、パッキン(丙8の2(書証<省略>)の「X34」と記載されている部分)にアスベストが使用されていたものの、アスベストは化学合成物を使用して固定されていたから、粉じんが飛散することはなかった。
なお、Cは、上記作業を自らは行わず、被告Y1社の従業員に対し、指導していたにとどまるから、この点からもアスベストにばく露していないことは明らかである。
イ コフィン・ポンプの点検業務について
Cは、被告Y1社の従業員が上記アのコフィン・ポンプの分解・開放を行った後、消耗品については部品交換の指示を出し、そうでないものについては、各部品について摩耗等がないかを点検していた。したがって、Cが、この際、アスベストにばく露することはあり得ない。
ウ コフィン・ポンプの組立てについて
Cは、被告Y1社の従業員に対し、組立ての順番等について必要に応じて指導していたものの、組立て作業自体は、ボルトやナットを締めるなどの単純作業であったから、被告Y1社の従業員が単独で行っていた。また、組立てを行うのは、分解・開放を行ったポンプ内部の回転体及びその周辺部品だけであるから、上記アと同様にアスベストにばく露することはあり得ない。
エ 試運転立会いについて
Cは、コフィン・ポンプを分解・開放し点検した後の試運転に立ち会い、動作に問題がないかを確認し、必要に応じてバルブの調整をしたり、ナットを締め直したりして、最終的な運転調整を行っていた。したがって、Cが、この際、アスベストにばく露することはあり得ない。
オ 作業環境について
(ア) エンジンルーム
上記のとおり、Cの業務はコフィン・ポンプの分解・組立て作業に関する指導であったから、Cの作業場所はコフィン・ポンプの設置場所の周辺にとどまっていた。なお、原告らは、エンジンルーム内には、広範囲にわたって大量のアスベスト製品が使用されており、Cがその粉じんにばく露した旨主張するが、アスベスト保温材を取り外して作業をしていたのはエンジン主機の高温高圧の蒸気が入る部分だけであるし、取り外したアスベスト保温材はビニール袋に入れて保管されていた。また、エンジンルームは、通常幅が数十メートル、高さ数メートルにも及ぶ広大な空間となっている上、中心部分が吹き抜けとなっていくつかの階層で高低差もあったから、他の作業で発生したアスベストの粉じんにばく露したということもない。例えば、Cが業務を行っていた標準的な船舶である「○○」(書証<省略>)を例にすると、エンジン主機はエンジンルーム最下層部の「LOWER FLOOR」に設置され、コフィン・ポンプはその上の「4THDK」に設置されていたため、アスベスト保温材の取外しが行われていた作業場所とCが業務に従事していた場所では階層が異なり、約6.9メートルも距離が離れていた。
(イ) 換気
船内の各所には、換気装置が設置されており、とりわけ、エンジンルーム内には、大容量の排気ファンが複数設置され、常時稼働しており、換気が徹底されていた。
カ Cは、被告Y2社の従業員としてY1社に派遣されて本件作業を行ったのは22日間にとどまるから、このことからも、大量のアスベストにばく露したとは到底考えられない。
(被告Y2社の主張)
Cが、本件作業によって、大量のアスベストにばく露したということはあり得ない。
ア 被告Y2社は、コフィン・ポンプの整備業務を行っていたことから、Cが被告Y1社の作業場において、コフィン・ポンプの分解・組立て等の技術指導を行ったことがあったが、タービン機関・ボイラーに接続している配管、バルブ及びパイプの分解・点検・整備・組立て等の作業は一切行っていなかった。
したがって、Cが従事していたのは、コフィン・ポンプの分解・組立て作業の指導にとどまり、コフィン・ポンプについても自ら分解・組立て作業を行うことはなかった。
イ コフィン・ポンプ自体には、アスベストは使用されていなかった。また、コフィン・ポンプに使用されているパッキンの一部にアスベストが使用されていたことはあったものの、固形物であり、飛散するようなものではなかった。
ウ 仮に、ボイラーからの過熱蒸気によって、コフィン・ポンプのパッキンに使用されているアスベストが摩擦によって削られるということがあったとしても、上記パッキンは、金属製であるから、パッキン自体が削り取られ、アスベストが飛散するということはあり得なかった。
エ Cは、被告Y2社の従業員として被告Y1社に派遣されて本件作業を行ったのは22日間にとどまるから、このことからも、大量のアスベストにばく露したとは到底考えられない。
(3) 争点(3)(Cのじん肺罹患の有無及び因果関係)について
(原告らの主張)
ア 管理区分決定
Cは、平成20年11月13日付けでじん肺管理区分の管理2とする裁決を受けている。じん肺管理区分決定は、粉じん作業についての職歴調査、エックス線写真による検査、胸部臨床検査、肺機能検査等を総合的に判断した結果行われており、医学的知見に基づくものであるから、高度の信用性を有する。
被告Y1社は、じん肺管理区分決定の手続においては、医師がCの胸膜プラークによる陰影をじん肺による線維化の陰影として誤って扱った旨主張する。しかしながら、じん肺の認定に携わる医師であれば、胸部単純エックス線写真では胸膜の変化と肺内の変化が重なって像となり得ることは当然に認識していたと考えられるから、上記のような誤りがあったとは考えられない。
イ CT読影
被告Y1社は、CのCT読影の結果を重視するべきである旨主張する。
しかしながら、上記管理区分決定の際も、CT読影の結果は考慮要素の一つとして参考にされており、その結果、Cは管理区分決定を受けたのであるから、じん肺であることは明らかである。また、被告Y1社が提出する医学的意見書(書証<省略>)も、CT読影の結果として、Cがじん肺であることを否定しておらず、被告Y1社の主張は上記意見書を曲解したものである。
ウ Cのアスベストばく露歴
Cは、a社に在籍していた期間も含め、長期間、大量のアスベストにばく露した。
エ Cは気腫合併肺線維症ではない
被告Y1社は、Cが、喫煙者であったことから気腫合併肺線維症(以下「CPFE」という。)であった旨主張する。しかしながら、Cは、平成8年に原告X1と結婚したときには既に喫煙をやめており、重喫煙者ではないから、CPFEではない。
(被告Y1社の主張)
ア Cのじん肺罹患の有無について
(ア) じん肺管理区分は、スクリーニング・サーベイランスの観点から胸部単純エックス線写真によって決定されるが、現在では、技術の向上により、鮮明なCTの画像によって判断することができるから、CTの画像を最も重視すべきである。実際、じん肺管理区分決定を受けた者の中には、CTの画像によればじん肺ではないと判断される例が多数存在することが報告されている。
CT所見の結果、Cの胸部エックス線写真に粒状影が見られたのは、肺内の線維化ではなく、胸膜プラークの影響であるとの医学的所見が示されている(書証<省略>)。
(イ) 医学的意見書(書証<省略>)によれば、CのCTの読影の結果、胸膜下にわずかな線維化が生じているものの、この原因がじん肺によるものか喫煙によるものか特定できないとされている。
喫煙によって、CPFEが生じ線維化をもたらすことが明らかになっており、結局のところ、上記線維化の原因がじん肺か喫煙かが分からないため、Cのじん肺の罹患について、原告らから立証はされていないというべきである。
(ウ) Cの肺のCT所見では、下肺野の線維化だけではなく、上肺野に肺気腫が認められており、上下の肺野に線維化が併存して生じる病態はCPFEと呼ばれている。CPFEの原因は、喫煙と考えられているから、Cの肺野の線維化の原因は喫煙であると考えられる。
イ 因果関係について
(ア) 石綿肺は、継続的に高濃度のアスベストにばく露した場合に発症するというのが一般的であり、厚生労働省の委託による調査においても、肺の病理所見による石綿肺と認められた者の石綿小体濃度は極めて高かったことが報告されている。上記(2)(被告Y1社の主張)のとおり、本件作業においてCが高濃度のアスベストにばく露したということはないし、仮にばく露していたとしても、Cが被告Y1社の現場において本件作業を行ったのは年間4日程度にすぎないから、じん肺の罹患と本件作業との間に相当因果関係はないというべきである。
(イ) Cは、昭和29年3月から平成10年7月までの約45年間にわたり、粉じん関連作業に従事しており、被告Y1社のみならず、b株式会社、c株式会社及び株式会社dにも損害賠償を求める内容証明郵便を送付しているから、他社における作業においてアスベストにばく露したものと考えられる。また、Cの供述を録取した反訳書(書証<省略>)によると、とりわけ、昭和27年から昭和49年の作業によって大量のアスベストにばく露したことがうかがえる。
したがって、仮にCがじん肺に罹患していたとしても、本件作業との間に相当因果関係はないというべきである。
(被告Y2社の主張)
原告らの主張は否認ないし争う。
(4) 争点(4)(被告Y1社の安全配慮義務違反の有無)について
(原告らの主張)
Cは、被告Y1社の作業場に派遣され、被告Y1社から指揮命令を受けて作業に従事していたから、被告Y1社は、Cに対し、安全配慮義務を負っていたというべきである。
被告Y1社は、安全配慮義務として、Cがアスベストにばく露しないように、必要な予防措置を採るべき義務を負っていたにもかかわらず、粉じん保護用のマスク等の配布、安全教育等をしていないから、上記義務に違反したといえる。
(被告Y1社の主張)
被告Y1社は、Cと雇用契約関係になく、①Cは被告Y1社の管理する設備・工具を利用していないこと、②被告Y1社はCに対して何ら指揮監督を行っていないこと、③被告Y1社の従業員とCの業務内容が異なることに照らし、特別な社会的接触の関係に入ったともいえないから、そもそも、Cに対する安全配慮義務を負わない。
なお、仮に被告Y1社が、Cに対する安全配慮義務を負っていたとしても、被告Y1社は、他社の従業員が入構する際に構内事業協力会に入会させ、同協力会において「新入構協力社員の安全衛生作業心得」(書証<省略>)を配布し、安全教育を実施していたから、安全配慮義務を果たしていた。
(5) 争点(5)(被告Y2社の安全配慮義務違反の有無)について
(原告らの主張)
ア Cは、被告Y2社と雇用契約を締結していたから、被告Y2社は、Cに対し、安全配慮義務を負っていたというべきである。
被告Y2社は、安全配慮義務として、Cがアスベストにばく露しないように、必要な予防措置を採るべき義務を負っていたにもかかわらず、粉じん保護用のマスク等の配布、安全教育等をしていないから、上記義務に違反したといえる。
イ Cのa社の在籍時の責任について
また、上記(1)(原告らの主張)のとおり、被告Y2社は、Cがa社の従業員であった昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間についても上記アと同様の安全配慮義務を負うというべきであり、Cに対し粉じん保護用のマスク等の配布、安全教育等をしていないから上記義務に違反したといえる。
(被告Y2社の主張)
ア 上記(2)(被告Y2社の主張)のとおり、Cが、本件作業によって、大量のアスベストにばく露することはあり得ないのであるから、被告Y2社が、Cにマスク等を配布するなどしてアスベストのばく露を防止する措置を採らなかったことが安全配慮義務違反に当たることはない。
イ Cのa社の在籍時の責任について
上記(1)(被告Y2社の主張)のとおり、被告Y2社は、Cがa社の従業員であった昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間について、Cに対する安全配慮義務を負わないし、a社の責任を承継することもない。
(6) 争点(6)(損害額)について
(原告らの主張)
被告らの債務不履行及び不法行為によって、C及び原告らが被った損害は、次のとおり合計1540万円である。
ア 慰謝料 1400万円
Cが被告らの作業場においてアスベストにばく露し、じん肺とその合併症である続発性気管支炎に罹患したことによって被った精神的苦痛に対する慰謝料は1400万円を下らない。
イ 弁護士費用 140万円
弁護士費用は、上記アの金額の1割である140万円とするのが相当である。
(被告Y1社の主張)
損害に関する原告らの主張は争う。
なお、仮に、Cがじん肺に罹患していたとしても、CTで確認された程度の線維化では、現実の健康被害が生じることはない。Cの咳や痰の症状は、じん肺罹患が問題となる前から生じており、肺気腫及び気管支炎に罹患していたから、これらの影響であると考えられる。また、Cの死因は、肝がんであり、じん肺とは直接関係のない原因によって死亡したといえる。
したがって、Cに損害賠償の対象になるほどの損害は生じていないというべきである。
(被告Y2社の主張)
損害に関する原告らの主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(被告Y2社はCがa社に在籍していた期間の責任を負うか否か)について
(1) 原告らは、被告Y2社は、Cがa社に在籍していた昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間についても、Cに対し、実質的な使用者として、あるいは信義則上、安全配慮義務を負う旨主張する。
ア 雇用契約に基づく安全配慮義務について
Cがa社と雇用契約を締結していた期間において、被告Y2社はa社の親会社であったと認められるにとどまり、a社の法人格が形骸化し、あるいは法人格が濫用されていたといった事情を認めるに足りる証拠はないから、被告Y2社はCに対して雇用契約に基づく義務を負うとは認められない。
また、a社が解散した際に被告Y2社がa社の事業を承継したり、a社の債務を引き受けたりしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告Y2社は、a社のCに対する雇用契約に基づく義務違反を理由とする損害賠償債務を承継したとも認められない。
よって、被告Y2社は、Cがa社に在籍していた昭和49年6月1日から平成7年3月1日までの間について、Cに対し、雇用契約に基づく安全配慮義務を負い、あるいは雇用契約に基づく安全配慮義務違反を理由とする損害賠償債務を負担するとも認められない。
イ 信義則上の安全配慮義務について
安全配慮義務は、信義則上、労働者の労働実態に鑑み、労働者と雇用関係に準ずる法律関係にあると認められる者も負担すべきものと認められるが、原告らの主張を前提としても、Cがa社に在籍していた上記期間における原告と被告Y2社との関係は、a社から派遣されて被告Y2社が請け負った業務に従事したことがあったという程度にとどまり、この際、Cが被告Y2社から具体的な指揮命令を受けていた等雇用関係に準じる労働実態があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告Y2社は、信義則上、Cに対し安全配慮義務を負うとも認められない。
(2) 以上のとおりであるから、被告Y2社は、Cがa社に在籍していた期間に負った業務に起因した損害について、安全配慮義務違反を理由とする責任を負うということはできない。
したがって、以後は、Cが被告Y2社と雇用契約を締結していた平成7年3月10日から平成10年7月1日までの間について、被告らに責任が認められるか否かを検討することとする。
2 争点(2)(本件作業におけるアスベストばく露の有無・程度)について
(1) 上記争いのない事実等、証拠<省略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 被告Y1社は、蒸気タービンエンジンを搭載したLNG船(液化天然ガス運搬船)に設置されボイラーに主給水するポンプの1銘柄であるコフィン・ポンプの部品の検査、不良部品の処置決定や試運転立会い等の業務に関する指導を受けるために、被告Y2社と業務委託契約を締結し、被告Y2社は、同業務委託契約に基づき、被告Y1社がコフィン・ポンプの検査等を請け負ったLNG船に従業員を派遣した。Cは、被告Y2社と雇用契約を締結した平成7年3月10日から平成10年7月1日までの間のうちの64日間、コフィン・ポンプの点検、補修等の業務に従事し(書証<省略>)、うち22日間、被告Y1社から業務委託されたLNG船において、本件作業に従事した。なお、本件作業における1日の作業時間は平均して約8時間程度であった(書証<省略>)。
イ 被告Y1社業が被告Y2社に業務委託したコフィン・ポンプが搭載されたLNG船のエンジンルームは、複数階層に分かれ、中央部分に吹き抜けスペースのある構造であり、主要な機器については、最下層階にエンジン主機が、上層階にボイラーが、中間層階に発電機やコフィン・ポンプ等がそれぞれ設置されていた。
コフィン・ポンプは、ボイラーから供給される蒸気によりタービンを回転させ、シャフトにより連結されたインペラが回転することにより、エンジン主機等から環流された水をボイラーへ主給水等するポンプ装置であり、タービン部分、シャフト及びポンプ部分(回転体が収納されている部分)に、ガバナー(調整弁)及び水や蒸気の配管等が付属するという構造である。
ウ 本件作業の内容について
コフィン・ポンプの分解・組立て等の作業を実施するのは被告Y1社の従業員であり、Cは、スーパーバイザーと呼ばれる指導員であり、基本的に、被告Y1社の従業員に対する指導を行うにとどまっていた。もっとも、Cは、被告Y1社の従業員に対し見本を示すために自ら下記の業務を行うこともあった。
(ア) 本件業務においては、コフィン・ポンプの定期点検等のために、コフィン・ポンプを分解・開放するが、全ての部品を分解・解放するのではなく、ポンプ内部の回転体及びその周辺部品のみを分解・開放するだけであった。その際、ごく一部の配管やバルブを外すことはあるものの、当該部分にはアスベスト含有保温材は使用されておらず、コフィン・ポンプを分解・開放する作業によって作業者がアスベスト粉じんを浴びることはなかった。コフィン・ポンプの関係でアスベスト含有保温材が使用されていたのは、「STEAM CHEST & BONNET」と呼ばれる高温の蒸気が入る部分のみであり、被告Y1社から業務委託を受けた本件作業において、この部分の保温材が取り外されることはなかった。
また、コフィン・ポンプについては、ポンプ部分のシャフトのパッキンにアスベストが使用されていたが、当該パッキンのアスベストは化学合成物を使用して固定されており、かつ水漏れ防止のためパッキンが水に濡れており、粉じんが飛散するという状況にはなかった(書証<省略>)。
(イ) 被告Y1社の従業員は、上記(ア)のコフィン・ポンプの分解・開放を行った後、消耗品について部品交換を行い、消耗品以外については摩耗等がないか点検した。
(ウ) 被告Y1社の従業員は、上記(イ)の点検を行った後、上記(ア)の分解・開放とは逆の手順で、ポンプ内部の回転体及びその周辺部品を組み立てた。
(エ) Cは、被告Y1社の従業員とともに、コフィン・ポンプを分解・開放し点検した後の試運転に立ち会い、動作に問題がないかを確認し、必要に応じてバルブの調整をしたり、ナットを締め直したりして、最終的な運転調整を行った。
エ 本件作業の作業環境について
Cは、上記ウのとおり、コフィン・ポンプの分解・組立て作業に関する指導を行っていたから、作業場所はコフィン・ポンプの設置場所の周辺にとどまっていた。
本件作業が実施されたLNG船のエンジンルームにおいては、最下層のエンジン主機が設置されていた場所ではアスベスト含有保温材(成型)を取り外して作業をしていたが、取り外されたのはエンジン主機の高温高圧の蒸気が入る部分だけであり、かつ当該部分のアスベスト含有保温材(成型)は切断されたり剥離されたりすることなく取り外され、ビニール袋に入れて保管された。また、エンジンルーム内には大型の換気扇が設置され、稼働していた。
エンジンルームは、幅が数十メートル、高さが数メートルに及ぶ広大な空間となっており、上記のとおりエンジン主機は最下層にコフィン・ポンプは中間階層に設置され、Cが検査等を行った標準的な船舶である「○○」(書証<省略>)を例にすると、エンジン主機はエンジンルーム最下層階の「LOWER FLOOR」に設置され、コフィン・ポンプはその上の階の「4THDK」に設置されており、エンジン主機のある場所とコフィン・ポンプのある場所は階層が異なり、直線距離でも約6.9メートル離れていた。
オ コフィン・ポンプの製造メーカーであるコフィン・ターボ・ポンプ株式会社は、被告Y2社の問い合わせに対し、コフィン・ポンプの整備に携わるエンジニアが、アスベストパッキンに関係して何らかの疾患に罹患したことはない旨回答した(書証<省略>)。
(2) 上記事実によれば、Cは、被告Y1社の従業員に対し、コフィン・ポンプの分解・組立てに関する作業の指導を行い、自身は上記業務を手伝うにとどまっていたこと、コフィン・ポンプの「STEAM CHEST & BONNET」と呼ばれる部分にはアスベスト含有保温材が取り付けられていたが、本件作業においてこれが取り外されることはなかったこと、コフィン・ポンプには、ポンプ部分にアスベスト含有のパッキンが使用されていたにとどまり、かつ、当該パッキンに使用されていたアスベストは固形物で包まれ濡れており、飛散するようなものではなかったこと、コフィン・ポンプの製造メーカーがコフィン・ポンプのパッキンに使用されているアスベストが原因で疾病に罹患した者はいないと回答していることが認められ、これらの事実によれば、Cは、本件作業において、アスベストを直接取り扱い、アスベスト粉じんを浴びるような業務に従事していたとは認められないというべきである。
加えて、上記事実によれば、エンジンルーム内においてはエンジン主機の周辺でアスベスト含有保温材(成型)を取り外す作業が行われていたが、同保温材は、切断あるいは剥離されることなく取り外され、ビニール袋に入れて保管されていたもので、エンジンルーム内では大型の換気扇が稼働し、Cの作業場所とエンジン主機が設置されていた場所とは階層が異なり距離も離れていたことも認められ、これらと異なる事実を認めるに足りる証拠はない。以上のとおりであるから、エンジン主機の周辺でアスベスト粉じんが発生したこと、あるいはエンジン主機の周辺から粉じんが拡散し、Cの作業場所がアスベスト粉じんが飛散する状況にあったことを認めるに足りる証拠はないというべきである。
原告らは、コフィン・ポンプのみならずパイプ及びバルブも多量のアスベスト含有保温材で覆われており、Cは、本件作業において、これらの剥離作業、アスベスト粉じんの除去作業及びアスベスト含有保温材等の巻き付け作業に従事し、大量のアスベストにばく露した旨主張し、同主張は甲16、31、32号証(書証<省略>)によって裏付けられるとする。しかしながら、そもそも、甲16、31、32号証(書証<省略>)は、Cがe工業、f鉄工及びa社等に在籍し、韓国や台湾等の国外での業務を含め、これまで行ってきた全ての業務を回顧した上で、粉じん作業に従事してきた旨述べたものであり、本件作業に限定して述べられたものではないこと、本件作業時のコフィン・ポンプについてポンプ部の上記パッキン以外の部分にアスベストが使用されていたことを認めるに足りる証拠はないこと、本件作業についての「コヒン・ポンプ現地作業報告書」(書証<省略>)には、Cが原告ら主張の上記作業を行った旨の記載がないこと、証人Dは反対趣旨の供述等(証拠<省略>)をしていることに照らし、上記甲16、31、32号証(書証<省略>)は、本件作業の状況を認定する証拠として採用することはできない。また、他に、原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はないから、原告らの上記主張を採用することはできない。
3 争点(3)(Cのじん肺罹患の有無及び因果関係)について
上記2のとおり、Cは、本件作業において、アスベストを直接取り扱いアスベスト粉じんを浴びるような業務に従事していたとは認められず、Cの作業場所がアスベスト粉じんが飛散する状況にあったことを認めるに足りる証拠はないから、Cが仮にじん肺に罹患していたとしても、本件作業との間の因果関係を認めることはできない。
なお、上記事実のとおり、コフィン・ポンプのパッキン、コフィン・ポンプの「STEAM CHEST & BONNET」と呼ばれる部分の保温材及びエンジン主機の保温材(成型)にアスベストが使用されていたことは認められるから、Cが本件作業において間接的・環境的に少量のアスベストを吸引した可能性を完全に否定することはできないが、上記事実によれば、これらによるアスベストのばく露量はアスベストを直接取り扱った場合とは大きく異なり極めて少量というべきであるし、本件作業は約3年半の間で22日間しか行われておらず反復されたとも長期間にわたるともいえず、このようなばく露状況であっても、じん肺に罹患し得ることを認めるに足りる証拠はない。
4 以上のとおり、仮にCがじん肺に罹患していたとしても、本件業務との間の因果関係は認められないから、Cがじん肺に罹患していたか否か及びその余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
第4結論
よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中寿生 裁判官 建石直子 裁判官 岡田毅)