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横浜地方裁判所 平成23年(行ウ)24号 判決 2013年7月10日

主文

1  A事件の訴え並びにB事件のうち戒告取消請求及び代執行令書発付処分取消請求に係る訴えをいずれも却下する。

2  原告のB事件のその余の請求及びC事件の各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は全事件を通じて原告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  認定事実

括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件で問題となっている工法の種類と特徴(乙16、17、弁論の全趣旨)

ア  テンサー工法とは、補強土壁工法の一つで、盛土の中にテンサーというプラスチック製の網状の補強材(ジオグリッド)を水平方向に敷設し、金属製の壁面材と組み合わせて土壁を敷設し、垂直に近い壁面をもつ土留構造物を築造して法面の安定化を図る工法である。具体的工程としてはテンサーを設置する土地の地盤を奥行き約6.5メートルから12.5メートルの幅で一度土砂を取り除いてから、金属製の壁面材を設置し、水平に敷設したテンサーを連結させて、その上の盛土をして、締固めるという工程を高さ約60センチメートルごとに繰り返し行うものである。この工法は、資材として土砂を使用する点、かご枠工法と比べて工程が多く工期が長期、費用が高価となる点に特徴がある。

イ  かご枠工法とは、法面の最下段に擁壁の一種であるかご枠を設置して、その上の法面を緩い勾配に切土、整形して、法面の安定化を図る工法である。具体的工程としては、法面の最下段にかご枠を設置するため、奥行き約2.5メートルの幅で粗野を取り除いてから高さ50センチメートルのかご枠を10段積み重ねて、5メートルの擁壁を築造し、その上の法面を安定勾配に切土、整形する。その後、整形した法面上に排水管を設け、植生シートで表面を緑化させ、法面表層の侵食を防止するものである。この工法は、土砂の搬入を必要しない点、テンサー工法と比べて安価で速やかに行える点に特徴がある。

(2)  本件措置命令の対象区域(乙35、乙54の1・2、55の1・2)

平成21年6月処分、平成22年3月処分及び本件措置命令の各対象区域は別紙図面のとおりである。

(3)  原告の施工状況

ア  平成21年6月19日、同月26日、同年7月13日、同年9月3日、同年11月6日及び同月7日、本件土地にテンサー工法による工事をするための資材が資材業者から出荷された(甲22)。

イ  平成22年3月19日、原告は相模原市長に対し、本件措置命令に基づく工事の施工に関わる本件土地南側の水路暗渠工事の許可申請を行った(甲35)。

(4)  本件措置命令発令時の本件対象区域及び土砂搬入の状況

ア  a治水センター職員が作成した現場確認報告書及び現場確認メモには、原告の平成21年6月処分の履行に関して平成22年3月から同年6月まで、別紙報告書一覧表の内容の本件対象区域に関わる記述及び写真が添付されている。

イ  平成22年6月12日、同月15日、同月18日、同月21日、同月23日及び同月29日にb事務所の職員が調査したところ、本件対象区域の北側法面の最上段部からの表層崩落や、高さ1メートル、幅2メートル程度の小規模な陥没が発見された(乙6)。

同年7月9日、本件対象区域の北側の法面には、大小併せて5箇所で土砂の崩落が見られ、本件対象区域に限っても3箇所で盛土の亀裂が起こっていた(乙7)。崩落の大きさは大きなものでは横20メートル高さ2メートル程度であった。崩落していた盛土の勾配を計測した結果、1:0.75~1:1.3であった(乙10)。

(5)  聴聞の状況(乙44ないし46)

ア  b事務所長は、平成22年7月(日付は空欄)付けの通知書で、原告に対し、同月13日に聴聞を行うことを通知した。そこには、「予定される不利益処分の内容」として、本件土地に係る土砂条例18条2項の規定に基づく新たな措置命令と記載され、「不利益処分の原因となる事実」として、平成21年6月処分及び平成22年3月処分に関して同年6月25日付け勧告書により勧告した防災措置を原告が実施しないためと記載されていた(甲20)。その後、第1回聴聞期日は同年7月26日に変更された。

イ  b事務所長は、同年7月13日、行手条例18条1項に基づき、不利益処分の原因となる事実を証する資料として以下の資料を原告に交付した。

資料1 H22.6.3指示書起案

資料2 H22.6.15指示書起案

資料3 H22.6.21指示書起案

資料4 H22.6.25勧告書・指示書非起案

資料5 現地パトロール報告書(H21.6以降)

資料6 相模原市との現地立会い報告

資料7 現況平面図、横断図

資料8 計画平面図(参考図)、計画横断図(参考図)、排出土量計算書(参考)

資料9 土質柱状図(仮報告)

資料10 X社の平成22年6月23日付けの施工計画書

資料11 表層崩落の現状写真

同月16日には同項に基づき以下の資料も送付した。

資料12 盛土法面勾配について 資料、調査箇所位置図、写真

資料13 盛土法面の崩落状況について 位置図、写真

第1回聴聞期日の後、第2回聴聞期日前である同月28日、b事務所長は原告に以下の資料を送付した(乙15)。

資料 不利益処分の原因となる事実

資料 テンサー工事について

資料 盛土について現命令と現況の比較(平面図、横断図)

資料 5月25日の報告書(技術管理課)

資料 6月24日のa治水センター特別対策チームからA氏へのメール

資料 資料11の撮影方向位置図

ウ  同年8月17日の第2回の聴聞期日で、b事務所長(担当職員)は、「不利益処分の原因となる事実(行政庁説明)」と題する資料を示して予定される不利益処分(本件措置命令)とその原因となる事実を説明した。この資料の中には、本件土地北側区域で篠原川に土砂が流入する危険が生じており、平成21年6月処分及び平成22年3月処分で命じたテンサー工事では危険を除去できないこと、b事務所長は原告に対し、指示書等で複数回にわたり継続的に土砂搬入停止や法面を安定するような施工を行うことを要請したが、指示に従うことなく同年6月19日以降工事を停止したことが記載されている(乙45)。

原告は、同年8月25日付けで、b事務所長に対し、「勧告書・指示書のついて回答依頼」と題する書面で質問をし、b事務所長はこれに対し、同年9月1日付けの書面で全て回答した(甲16、17)。

エ  原告は、同年8月6日付けで、聴聞手続に対して抗議をすると記載した通知書を聴聞主宰者(a治水センター次長兼管理課長)に送付した(甲13)。これに対し、a治水センター所長は、同月11日、行政庁として対応するとして、不利益処分の原因となる事実は下記のとおりであると回答した(甲14)。

① 現命令は、テンサー又はタフネルを用いた補強土壁工法(以下、「テンサー工法」という。)により行うこととしているが、現在の状況はテンサー工法による施工が行われておらず、テンサー工法を施工しないまま土砂の埋立て(盛土)のみが行われている状態であり、現命令の履行がなされていないこと

② テンサー工法を行っていないことを前提とすると、現在の盛土の勾配が一般的な技術基準(道路土工 のり面工・斜面安定工指針)を上回る急な勾配で施工され、いたるところで斜面の崩落が進行しており、防災工事であるにもかかわらず危険な状態であること

③ 上記事実を踏まえると、土砂流出の危険があるため、防災措置を実施するよう指示書及び勧告書を発してきたが、聴聞名宛人((株)X)は当該指導に従うことはなく、危険な状態が継続していること

オ  同年9月13日の第3回聴聞期日において、原告は同日付けの意見書(「仮置土の除去方法について」、「聴聞に関する被聴聞者の意見」、「聴聞に関する被聴聞者の意見その2」)及び証拠書類合計11点を提出した。b事務所長(担当職員)は、これに対して説明を行い、聴聞は終結された。

(6)  本件代執行の結果(乙36、37、49)

本件代執行の結果、本件対象区域は安定を保っている状態にあり、土砂の流出は生じていない。

2  争点(1)(本件措置命令取消訴訟の訴えの利益の有無)

b事務所長が発した土砂条例18条2項に基づく本件措置命令は、本件対象区域において、斜面の崩壊が生じ、土砂が篠原川に流出する危険があったことから、その危険を除去するために、平成22年11月12日までに本件対象区域の盛土をかご枠工法で安定した勾配にすることを命じた行政処分であって、本件対象区域において同工事を行うことで災害を防止することを目的としたものである。そして、平成23年3月9日までに、b事務所長が本件対象区域において本件代執行を行った結果、本件措置命令はその目的を達した。

そうであれば、本件措置命令により原告に課されていた作為義務は、本件代執行が実行され、完了したことで消滅したといえるから、原告にその取消訴訟の訴えの利益は認められない。

これに対して、原告は、本件対象区域をテンサー工法で再度工事することは事実上可能であり、本件措置命令が取り消された場合、b事務所長は違法状態を除去するため原状回復義務を負うとし(行訴法33条)、かかる原状回復義務をもって訴えの利益はなお存在すると主張する。しかし、本件において、既に本件代執行を完了した本件対象区域のかご枠を撤去して、再度テンサー工法による工事をすることが物理的に可能であるとしても、本件代執行によって前記の危険が除去され斜面が安定している現状を変更して危険な状況に戻す工事を行う必要性も相当性も認められず、また、本件代執行の費用に照らしてその工事のために多大な費用がかかることは明白であるから、そのような工事を実施することはおよそ現実的ではない。工事の過程で斜面崩壊等の危険が生ずるおそれも大きいから、そのような工事を行うことは、土砂の崩壊、流出その他の災害を防止するという土砂条例18条2項の趣旨にも反する。よって、本件代執行が完了した現在、原状回復はもはや社会通念上、不可能というべきであり、これが可能であることを前提とする原告の前記主張は採用できない。

また、原告は、本件土地の利用権を有しており、かご枠工法とテンサー工法では土地の安定性が異なり土地としての価値に違いが生ずるため、テンサー工法によってより高い安定性のある土地を利用できる利益が原告にはあるとして、訴えの利益が認められると主張する。しかし、前記のとおり原状回復があり得ない以上、この主張も採用の余地がない。

よって、原告に本件措置命令取消訴訟の訴えの利益は認められず、A事件の訴えは不適法である。したがって、争点(3)については、A事件の本案の争点として判断する必要はないことになる。

3  争点(2)(本件戒告及び本件令書発付処分取消訴訟の訴えの利益の有無)

b事務所長は、前記のとおり平成23年3月9日までに本件代執行を完了させ、同月9日に本件納付命令を発令している。行政代執行は、法令により直接に命ぜられ又は法令に基づき行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合に、当該行政庁が自らその行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめる行政上の義務の履行を確保する手段である。戒告及び代執行令書発付処分は、代執行実施の前提要件であって、代執行の実施及び完了を目的とする一連の手続を構成する行為である。そうであれば、本件戒告及び本件令書発付処分の効果は、本件代執行の完了によってその目的が実現した結果、消滅したというほかなく、本件戒告及び本件令書発付処分取消訴訟は、訴えの利益を欠くもので不適法である。

原告は、本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分を取り消すことで一連の紛争が解決されるのであるから、訴えの利益が認められると主張するが、そのような利益が事実上の利益にすぎないことは明らかであって、訴えの利益を肯定する根拠となるものではない。

さらに、原告は、本件代執行の完了により本件戒告及び本件令書発付処分取消訴訟の訴えの利益が消滅したと解すると、行政庁は代執行を速やかに完了することにより全ての訴訟において訴訟要件を失わせることが可能となり、拙速な実行という弊害を促進するものであり、また、許容性の観点から考えても、本件では、本件措置命令取消訴訟の出訴期間内に本件戒告及び本件令書発付処分取消訴訟が提起されており、法的安定性は何ら阻害されないとも主張する。

しかし、行政処分取消訴訟の訴えの利益が消滅したからといって、当該行政処分の違法性を争う方途がなくなるわけではないから(後記のとおり本件訴訟においても本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分の適法性は司法審査の対象となる。)、原告の上記主張によっても訴えの利益を肯定することはできない。

よって、本件戒告及び本件令書発付処分についても、原告に訴えの利益は認められず、B事件のうちこれらの取消請求に係る訴えは不適法である。したがって、争点(4)については、B事件の本案の争点として判断する必要はないことになる。

4  争点(5)(本件納付命令の適法性)

(1)  本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分の違法事由を本件納付命令の違法事由として主張することの可否

前提事実のとおり、原告は、本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分の各処分に対し、それぞれその出訴期間内に取消訴訟を提起しているが、前記のとおり、本件代執行の完了によって上記各処分は目的を達してその効果が消滅し、原告が提起した各取消訴訟も訴えの利益を欠くに至り、原状回復も社会通念上不可能というべきである。このような事実関係の下では、本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分によって形成された状態は、法律上も事実上も安定しており、今後この状態の上に、本件措置命令及びその履行の確保に関連して、本件納付命令の履行に関するもののほかに新たな手続が積み重ねられることは、考え難い。一方で、上記各処分に対して出訴期間内に適法な訴えを提起しているにもかかわらず、事後的に行政代執行が完了し、訴えの利益が消滅したことで、これらの適法性を争うことができないこととなると、原告の手続保障に欠ける結果となる。このような諸般の事情を併せ考慮すると、原告は、本件納付命令取消訴訟において、その違法事由として上記各処分が違法であることを主張することができると解すべきである。

これに対して、被告は、原告は執行停止の手段を採らなかったのであるから手続保障に欠けることはない旨主張するが、執行停止の申立ては、重大な損害を避けるため緊急の必要があるなどの一定の要件を満たした場合に認められるもので、必ずこれが認められるという保証はないから(行訴法25条2項)、執行停止という手段があることが上記各処分の違法事由の主張を妨げる理由になると解することはできない。

そこで、以下、上記各処分の違法事由の有無について、争点(3)、(4)のうち各処分に固有のものに関する主張を含めて検討する。

(2)  本件措置命令の違法事由の有無(争点(3)の主張)

ア  聴聞手続の適法性

(ア) 原告は、聴聞通知書に記載された前記1(5)アのとおりの不利益処分の原因となる事実が抽象的に過ぎ、特定がなされていないと主張する。

行手条例15条1項3号が、聴聞を行うに当たっては、聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて、不利益処分の名あて人となるべき者に対し「不利益処分の原因となる事実」を書面により通知しなければならないとしているのは、聴聞において名あて人に十分な防御をなさしめる趣旨である。その場合に、どの程度の事実を摘示すべきかは、同条の趣旨に照らし、当該処分の根拠となる法令の規定の内容、当該処分に係る処分基準の存否、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。

土砂条例18条2項は、土砂埋立行為等に係る工事の廃止の届出があった場合において、知事は、当該工事について、土砂の崩壊、流出その他の災害の発生の防止のための措置を講じる必要があると認めるときは、当該届出をした者に対し、土砂の除却その他必要な措置を講ずるよう命ずることができると規定しており、発令要件としては比較的抽象的であるし、これについての処分基準も存在しない。一方、本件の聴聞通知書には、不利益処分の原因となる事実として、原告が平成21年6月処分及び平成22年3月処分に関して平成22年6月25日付け勧告書(乙31)により勧告した防災措置を実施しない旨が記載されている。同勧告書には、前提事実(2)キのとおりの内容が記載されていたのであるから、原告は、不利益処分の原因となる事実は、篠原川への土砂流出という災害発生の防止のために必要な同勧告書記載の防災措置を実施していないことであると理解することができたはずである。そうであれば、聴聞通知書は、措置命令の発令要件に該当する事実を原告に通知していると認められ、原告の防御権を侵害するほど抽象的な事実の指摘にとどまるということはない。

さらに、原告は、b事務所長が聴聞期日ごとに次々と不利益処分の原因となる事実を変更し、本件訴訟においても処分の理由を追加したなどと主張する。

原告が具体的にどの事実を捉えて原因となる事実を次々変更したと主張しているか判然としないが、a治水センター所長の平成22年8月11日付け回答において、不利益処分の原因となる事実の概要は、テンサー工事を行っておらず、本件対象区域は危険な状態であるのに、原告は指示に従っていないと指摘されていること(甲14)を問題とするようである。しかし、この不利益処分の原因となる事実の概要も、聴聞通知書記載事項と大きな差異はないから、聴聞期日ごとに不利益処分の原因となる事実が変遷しているとはいえない。確かに、本件措置命令は、原告がテンサー工事を行っていないことを明示的には指摘していないけれども、本件措置命令の理由の「平成21年6月処分及び平成22年3月処分に違反している」という部分の具体的内容として上記の内容が含まれると理解することができるから、不利益処分の理由が後に変遷し、あるいは追加されたとは認められないから、原告の前記主張は理由がない。

(イ) 原告は、聴聞手続において十分な防御の機会が与えられないまま同手続が終了したとも主張する。

しかしながら、原告は、前記(5)イのとおり、平成22年7月13日、同月16日及び同月19日に被告から多くの資料、具体的には、方法の選択については、テンサー工事について等、危険性や程度に関する資料としては、表層崩落の状況写真、現況平面図・横断図等の提供を受けており、資料の提供を欠いているとは到底認められない。また、聴聞手続は、同月26日、同年8月17日及び同年9月13日の合計3回、合計5時間程度行われているから、防御のための準備期間も意見を述べる時間も十分にあったと認められる。実際に、原告は口頭及び書面で毎回意見を述べているのであるから(乙44ないし46)、防御の機会は十分に与えられたといえる。

よって、原告の主張には理由がなく、本件の聴聞手続は適法である。

イ  土砂条例18条2項に基づく処分の可否

土砂条例18条2項は、土砂埋立行為の許可を受けた者が一旦土砂埋立行為等に係る工事に着手した後、これを廃止した場合には、土砂の崩壊、流出等の災害が生ずるおそれがあるため、必要に応じて災害発生を防止するための措置を命じてその危険を除去し、もって県民の生活の安全を確保する趣旨の規定である。したがって、廃止の届出に係る土砂埋立行為等に係る工事によって発生した危険が、同項に基づく措置命令が発せられた後もなお除去されていない場合には、同項に基づいて当該措置命令を変更し、又は当該措置命令を取り消して新たな措置命令を発令することができると解するのが相当である。

平成21年6月処分が行われた当時、原告の廃止の届出に係る土砂埋立行為等の工事について災害の発生の危険が生じていたことは当事者間に争いがなく、かつ、平成22年3月処分を経た本件措置命令発令当時においても、後記ウ(イ)において詳しく検討するとおりその危険が除去されていたとは認められないから、災害発生防止のための措置を講じる必要があると認め、平成21年6月処分及び平成22年3月処分の一部を変更することとして行われた本件措置命令は、土砂条例18条2項の趣旨に沿ったものであり、これを否定する原告の主張を採用することはできない。

ウ  方法選択の適否

(ア) 土砂条例18条2項は、「土砂の除却その他必要な措置を講ずるよう命ずることができる」と規定しており、危険を除去する方法について何ら制限を設けていない。災害の危険性の高さや緊急度は個別具体的な事案により異なり、その除去方法については専門的かつ技術的な知見も必要であることから、知事又はその権限の委任を受けた土木事務所長は、危険性の度合いや緊急度、処分の名あて人の能力等を総合的に考慮し、専門的技術的知見を踏まえて、措置命令を発令すべきか否か、発令する場合に防災措置としていかなる方法を命ずべきかを判断する裁量を有するというべきである。

したがって、上記判断が違法とされるのは、前提となる危険性が存在せず、あるいは命じた方法が危険性を除去する効果を発揮しないなど、判断が事実の基礎を欠き、又は社会通念上妥当性を欠くことが明らかであるなど、上記裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した場合に限られるというべきである。

(イ) 上記の基準に基づいて判断する。まず、原告はテンサー工法により本件対象区域で工事を進めており災害発生の危険性はなかったと主張するので、本件措置命令当時、本件対象区域において災害発生の危険性があったか否かを検討する。

原告は、前記認定事実(3)アのとおりテンサー工法による工事のための資材を購入していたこと、平成22年6月の段階で本件対象区域の中の一部の土砂の仮置揚に小段を設けていたこと、a治水センター職員が作成した報告書にも平成22年6月初旬の段階においては「異常なし」等と記載されていたこと(甲8)、原告が進めていたテンサー工法による工事が完成した場合には斜面の安定性を確保できるという資材業者の見解があること(甲21)などの事情を挙げて、平成21年6月処分及び平成22年3月処分の内容は履行されており、危険性は存在していなかったと主張する。

しかし、平成21年9月時点で原告が提出した工事施工計画書(乙50)では、平成22年6月までに本件対象区域のテンサー上段部の敷設を行う予定であったが、実際にはこの計画より大幅に遅れ、同年9月の時点でも未施工の状態であったばかりか、原告は本件土地の西側の一部にテンサーを施工したのみであり、それ以外にテンサーの設置をしていなかった(甲8)。また、同工事施工計画書には、別途提出する図面の範囲に土砂を仮置きし、安全に十分注意するとともに、周囲への流出がないよう一定の勾配を確保するとあったにもかかわらず、同年5月26日の報告書によれば、法面の勾配は1:1と急であって周囲にも土砂の流出が認められた(乙8)。さらに、同年6月3日付けで土砂の搬入を止めるように指示されたにもかかわらず、原告は毎日ダンプカー数十台分の土砂を本件土地に搬入し、盛土を続けていた(甲8)。これらの事情からすると、原告が行っていた工事は少なくとも上記工事施工計画書を逸脱していた上、原告は、指示に反して土砂を搬入し続けていたことが認められる。

原告は、本件対象区域の工事が遅延したのは、b事務所長の指導に従って、平成22年3月処分で対象となった本件土地南側の防災工事を優先したためであると主張する。

確かに、原告作成の工事施工計画書(乙50)によれば、南側の工事を行う時期は平成22年11月以降とされており、南側については平成22年3月処分を受けて原告が工事を早めた経緯があることは認められる。しかしながら、南側の工事についても、テンサー工法による工事の最初の工程である基礎造成・丁張りの設置すら行っていないから、そもそも原告が南側の工事を実施していたとは認められない。

そこで、本件対象区域に危険性があったか否かを更に検討する。

前記認定事実(4)イによれば、平成22年6月12日、同月15日、同月18日、同月21日、同月23日及び同月29日にa治水センター職員が調査したところ、本件対象区域の北側法面の最上段部から、表層崩落や、高さ1メートル、幅2メートル程度の小規模な陥没があり、同年7月9日には、本件対象区域の北側の法面に大小併せて5箇所で土砂の崩落が見られ、本件対象区域に限っても3箇所の盛土の亀裂が起こり、崩落の大きさは大きなものでは横20メートル高さ2メートル程度に達し、崩落していた盛土の勾配を計測した結果は、1:0.75~1:1.3であった。この崩落していた盛土の勾配の値は、一般的な技術基準におけるテンサーを用いない盛土の安定勾配が1:1.8~1:2.0よりも緩い値であるとされていること(乙10)からすると、安定勾配を大きく上回る急な勾配であって、崩落の危険性が高かったといえる。

また、本件対象区域に近接した位置に篠原川が流れており、その付近では高さ5メートル程度まで泥状の土が積み上がっており、この土砂が崩落した場合には、篠原川を閉塞させる可能性が高かったことも優に認定することができる(乙8)。

なお、原告は、大量の盛土はテンサーを施工するための仮置土であると主張するが、仮置土であっても、上記のとおりテンサーの施工を進めず、十分な転圧をせずに盛土していると認められる以上、本件対象区域に危険性が発生している事実には何ら変わりがない。

よって、本件対象区域には土砂崩落及び流出(篠原川閉塞)という災害の発生する高い危険性があったことが認められるというべきである。

なお、原告は、同年9月10日と同月11日に工事を行い、これにより盛土が安定勾配となったと主張するが、その主張を根拠付ける証拠はない。

以上によれば、同年9月17日に本件措置命令が発令された当時、本件対象区域において災害の発生する危険性が存在したというべきである。

(ウ) 前記のとおり、本件措置命令はかご枠工法で施工するように発令されているが、かご枠工法による工事で、本件対象区域の災害発生の危険性を除去できるかを検討する。

原告は、平成13年、当時のb事務所の職員による違法な行政指導に従った結果、本件対象区域が軟弱な地盤になり、かご枠工法では本件対象区域の危険性は除去できないと主張する。

この点について、原告が当該職員との間で取り交わした質疑応答書及び電子メールによれば、同職員が生木を埋めるように行政指導したとまでは認められないものの、その誤認により原告が本来伐採してはいけない本件土地の立木の一部を平成13年に伐採し、本件土地の北側に埋めたことが認められる(甲23の1、2)。

しかしながら、前記のとおり、かご枠工法による行政代執行を行った箇所は、平成23年4月28日、同年7月22日、同月28日、同年11月9日のいずれの時点においても本件対象区域の土砂の崩落は見られず、緑化も順調に進行しており(乙36、37、49)、安定していることからすると、かご枠工法によって本件対象区域の災害発生の危険性を除去できることは明らかである。

(エ) 原告は、かご枠工法よりもテンサー工法の方が優れた工法であって、平成21年6月処分及び平成22年3月処分ではテンサー工法で工事を行うように命じていたのであるから、方法選択について合理性がなく、本件措置命令は裁量権の範囲を逸脱・濫用していると主張する。

前記のとおり、本件措置命令を発令した当時、土砂の流出により篠原川をせき止める高い危険性が存在したため、速やかに危険を除去する必要性が高かったことが認められる。そこで、かご枠工法とテンサー工法を比較すると、かご枠工法は、土砂の搬入を必要とせず、速やかに工事に着手でき、工期も短く済む点にメリットがある。本件措置命令発令当時、本件対象区域には多くの土砂が置かれていて、その土砂を搬出しなければテンサー工法による工事を行える状況にはなかった上に、速やかに危険を除去する必要性が高かったため、上記のメリットを重視してかご枠工法を選択したものと解され、この判断には合理性がある。

原告は、平成21年6月処分及び平成22年3月処分ではテンサー工法が指定されていることから、工法をかご枠工法に変更するには合理的な理由が必要であるとも主張する。

しかし、平成21年6月処分においてb事務所長が原告に対しテンサー工法による施工を命じたにもかかわらず、原告は、前記のとおり施工計画書の工程を逸脱し、本件対象区域においてテンサーを施工していなかった。このような状況にかんがみると、原告は平成21年6月処分及び平成22年3月処分によって命じられたテンサー工法によって施工をする意思又は能力を欠いていたといわざるを得ない。したがって、引き続きテンサー工法による工事を命ずることは適切ではなく、工法をかご枠工法に変更することには合理的な理由があるから、原告の主張には理由がない。

(オ) 小括

以上によれば、b事務所長がかご枠工法を選択し、本件措置命令を発したことは適法である。

(3)  本件戒告及び本件令書発付処分の違法事由の有無(争点(4)のイ、ウの主張)

ア  本件代執行の実体法上の適法性

(ア) 「他の手段によってその履行を確保することが困難であること」の要件該当性

原告は、本件措置命令によって原告に課された義務の履行を確保するための代替措置として、b事務所長は平成22年3月処分に立ち返り、テンサー工法に基づく措置命令を再び発し、当該工法によって土砂の崩落等の問題を解消することができたと主張する。

この主張は要するに、土砂条例18条2項に基づく措置命令の履行を確保するため、新たな措置命令をせよというものであるが、そのような新たな命令は、原命令とは別個の命令であって、原命令の履行を確保するための手段にはなり得ない。また、前記(2)において検討したとおり本件措置命令は適法であるから、適法な措置命令が現に存在し、かつ、その後事情が変更したとも認められない状況の下で、同一の条項に基づく新たな措置命令を発する必要などあるはずもない。そして、土砂の流出等の危険が現に存在する状況下で、原告が任意に本件措置命令を履行しない以上、行政代執行以外の方法によりその危険性を除去する方法はなかったといえる。

原告は、本件措置命令が確定すれば原告は任意に工事を行ったのであるから、その意味で「他の手段」は存在したし、b事務所長は原告を説得し、任意に履行させることができたのに、そのことを行わなかったから、比例原則に違反するとも主張する。

上記前段の主張については、原告のいう「確定」の意味は明らかでないが、出訴期間が経過し、又は取消訴訟の敗訴判決が確定して不可争力や既判力が生ずることをいうのであれば、原告は、執行停止決定を得ることもなく、本件訴訟の係属中は本件措置命令の効力に服せず、これを任意に履行しないと宣言しているのと等しい。実際にも、原告は、かご枠工法による工事を行うためのかご枠を購入することすらなく(弁論の全趣旨)、工事を開始する意思はなかったと認められるから、本件措置命令によって課された工事の履行義務については、その任意の履行を期待し難い状況にあったということができる。

上記後段の主張については、前記認定事実によると、b事務所長は、原告に対し、平成23年6月25日付けの勧告書(乙31)をもって本件措置命令におけるのと同様の工事の実施を求め、それ以後も聴聞期日等で工法についての説明をし、その上で本件措置命令を発したのであって、原告に工事を任意に履行させるための努力は既に十分に行っていたといえる。

したがって、比例原則違反をいう原告の主張も理由がない。

よって、行政代執行を除いては、他に本件措置命令によって原告に課した義務の履行を確保する手段はなかったというべきであり、本件代執行は、「他の手段によってその履行を確保することが困難であること」の要件に該当する。

(イ) 「不履行を放置することが著しく公益に反する」の要件該当性

「不履行を放置することが著しく公益に反する」か否かの判断は、その義務を課する法令ないし行政処分を授権した法令の趣旨・目的に沿った観点から行う必要がある。

土砂条例18条2項は、災害発生を防止する措置を命じ、災害の危険を除去し、もって県民の生活の安全を確保することを目的とした規定である。前記のとおり、本件対象区域からは篠原川に土砂が流出する危険があったのであるから、土砂が本件土地にとどまらず隣接する第三者の所有地、公有地等の外部へ流出する危険性が存在した。そのため、原告による不履行を放置することが著しく公益に反する状況にあったというべきである。

原告は、措置命令の出訴期間経過前にその代執行を行う場合には代執行の要件が加重される旨述べるが、独自の解釈であって採用できない。

よって、本件代執行は、「不履行を放置することが著しく公益に反する」の要件に該当するというべきである。

イ  手続の適法性

原告は、本件代執行を行った当時の所有者であったc社に対してb事務所長は何ら告知等を行っていないため、本件令書発付処分はc社に対する手続保障を欠き違法であると主張する。

前記認定事実によれば、c社は本件戒告及び本件令書発付処分がなされた当時、本件土地の少なくとも一部について、平成22年3月1日に行ったとされる売買契約の売買代金完済を条件とする条件付所有権移転(又は持分全部移転)の仮登記を経由していた。しかし、平成24年11月7日時点においてもその仮登記に基づく本登記は行われておらず(甲29ないし34)、売買契約から2年以上経過しても未だ売買代金は支払われていないものと推認される。そのため、c社が本件土地の所有者又は共有者であるとは認められない。

よって、b事務所長がc社に対して行政代執行についての告知をしなかったとしても、本件令書発付処分は違法とはならない。

(4)  代執行自体の瑕疵の有無

原告は、本件代執行後、本件対象区域の土砂が崩落しているため、適切な代執行が行われなかったと主張するが、前記(2)ウ(ウ)のとおり代執行完了後から平成23年11月9日まで本件対象区域は安定していることが認められ、同日以降についても土砂が崩壊しているといった事情を認めるに足りる証拠はないから、適切な代執行をしなかったとの事実は認められない。

(5)  本件納付命令固有の違法性

本件納付命令において、納付を命ずる費用の算出根拠は明示されていなかったことが認められる(甲7)。この点につき、原告は、代執行費用の納付命令にはその費用の算出根拠を明示しなければならず、これを欠く本件納付命令は違法であると主張する。しかし、行政代執行法5条は、代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもって納付を命じなければならないと規定するにとどまり、費用の算出根拠を明らかにすることまでは求めていない。

よって、費用の算出根拠の明示がなくとも納付命令は違法にならないと解すべきであり、原告の主張は理由がない。

(6)  小括

以上によれば、原告の主張にはいずれも理由がなく、本件納付命令は適法というべきである。

5  争点(6)(本件督促及び本件裁決の適法性)

地方自治法231条の3第1項によれば、普通地方公共団体の歳入を納期日までに納付しない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。

前記4のとおり本件納付命令は適法であり、納付を命ぜられた代執行の費用を指定された期日である平成23年3月29日までに原告が納付しなかったことは当事者間に争いがないから、上記督促をする権限を有するa治水センター所長が、同年4月11日、原告に対し、納付期限を同月21日として督促した本件督促は、適法である。

また、原告は、本件裁決に関する固有の違法性を基礎付ける事由を何ら主張しないから、本件裁決が違法であるとする原告の主張はそれ自体理由がない。

以上のとおり、本件督促及び本件裁決も適法である。

第4結論

以上のとおり、本件措置命令、本件戒告及び本件令書発付処分取消訴訟は訴えの利益を欠き不適法であるからいずれも却下することとし、原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 倉地康弘 石井奈沙)

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