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横浜地方裁判所 平成23年(行ウ)82号 判決 2015年3月12日

原告

同訴訟代理人弁護士

福田護

小宮玲子

被告

同代表者法務大臣

同処分行政庁

厚木労働基準監督署長

同指定代理人

B他9名

主文

1  厚木労働基準監督署長が原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給に関する平成22年1月21日付け処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,生活協同組合と労働契約を締結し営業拡大業務に従事していた原告が,業務中に右足関節を捻挫し,その後病院においてブロック注射を受けたことによって浅腓骨神経を損傷し後遺障害が残存したとして,厚木労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき障害補償給付支給請求をしたところ,監督署長が原告の後遺障害を労災保険法施行規則別表第1に定める障害等級表上の(以下,特に断りのない限り単に「障害等級」という。)第12級の12と認定し,同等級に応じた障害補償給付を支給する旨の処分(以下「本件処分」という。)を行ったため,本件処分は障害等級の認定を誤った違法があると主張して,被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠によって認定した事実は各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示する。)

(1)  事故の発生

原告は,平成19年11月,生活協同組合○○と労働契約を締結し,同組合のaセンターにおいて勤務し,営業拡大業務に従事していた(労働契約の締結時期について,証拠<省略>)。

原告は,平成20年5月29日午後2時頃,営業拡大のための訪問活動中にアパートの階段を降りて自動車に戻ろうとしたところ,低い段差につまずき右足を捻り負傷し(以下「本件事故」という。),同日,医療法人社団b病院(以下「b病院」という。)において,「右足関節捻挫」と診断された(証拠<省略>)。

(2)  ブロック注射の実施

原告は,本件事故後も右足の痛みが続いていたため,平成20年8月14日,b病院において,C医師から右足の足根洞付近の圧痛点にブロック注射を受けた(以下「本件ブロック注射」という。)ところ,右足甲部に異痛を感じるようになった。原告は,同月18日,b病院において,右浅腓骨神経損傷と診断され,同月25日には,同病院において,反射性交感神経性ジストロフィーと診断された(証拠<省略>)。

(3)  症状固定の診断

原告は,平成21年11月30日,b病院のD医師(以下「D医師」という。)によって症状固定と診断された(証拠<省略>)。D医師は,同日付けの診断書(証拠<省略>)において,原告の後遺障害について,次のとおり診断した。

ア 傷病名

①右足関節捻挫,②右浅腓骨神経損傷,③反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)

イ 障害の部位

右足関節,右足部

ウ 治ゆ年月日

平成21年11月30日

エ 療養の内容及び経過

「平成20年5月29日仕事中段差につまづき右足を捻り,当院初診。X-P上明らかな骨傷なく,前距腓靱帯損傷による上記①と診断。ベルト固定,投薬を行ったが疼痛持続のため,同年7月からホットパックも追加した。平成20年8月14日足関節MRI検査で明らかな異常所見なく,疼痛続くため,足根洞ブロックとして1%リドカイン3mlとオルガドロン1Aを足根洞付近の圧痛点へ注射したところ,同部の強い痛みと足背遠位部に放散痛を生じ,症状が続くため,同年8月18日,上記②と診断した。追加投薬したが症状が悪化し,アロディニアの状態となったため,同年8月25日,上記③-RSD-と診断。ノイロトロピン注を追加し,その後損傷神経の知覚再教育を指示した。21年3月からは温冷交代浴も指示したが症状の改善乏しく,11月からはロフストランド杖を処方し,21年11月30日症状固定とした。」

オ 障害の状態の詳細

「①右浅腓骨神経上に強いティネル様の徴候あり。②右浅腓骨神経領域の知覚過敏+鈍麻がある。(強い疼痛があり,足背の知覚は軽い触診のみ)アロディニアの状態と考える。X-P上右第4中足骨頭の骨萎縮あり。」

カ 後遺自覚症状

(ア) 「① 右足関節~足背のシビレ,疼痛。」

(イ) 「② 踵がなく,足甲の広い靴しか履けない。」

(ウ) 「③ 歩行は右足の内側のみしか荷重できないため,外反位での歩行となり,跛行しゆっくりしか歩けず,ロフストランド杖を使用している。」

(エ) 「④ 衣類の着脱に際して,足に当たらない様非常な慎重さを要する。」

(オ) 「⑤ 夜間寝具がかけられない。」

(カ) 「⑥ シャワーを右足にかけられない。」

(キ) 「⑦ 掃除,炊事などの家事が短時間しかできない。」

(ク) 「⑧ 車の運転ができない。」

(ケ) 「⑨ 外勤であったため,元の職務に服する事が非常に難しい。」

(コ) 「⑩ 階段昇降で疼痛により脱力し,転落する。このため2階の寝室に行けず,1階で仮眠している。」

キ 関節可動域

別紙<省略>「D医師」欄記載のとおりである。

(4)  障害補償給付支給請求及び本件処分

ア 原告は,平成21年12月2日,症状固定後障害(以下「本件後遺障害」という。)が残存するとして,監督署長に対し,労災保険法に基づき障害補償給付支給請求をした(証拠<省略>)。

イ 神奈川労働局地方労災医員であるE医師(以下「E医師」という。)は,原告の本件後遺障害について,平成21年12月25日付けで作成した「障害程度」と題する意見書(証拠<省略>)において,次のとおり診断した。

(ア) 傷病名及び障害部位

「右足関節捻挫,右浅腓骨神経損傷,反射性交感神経性ジストロフィー」

(イ) 自訴及び既存障害の有無,その他参考事項

「歩行が困難(歩行時に痛みが走る,くつが足の甲にふれると痛く,くつがまともにはけない)。階段から落ちたこともある。足関節が曲がらず,正座ができない。右足に常時しびれがある。着替えをするのも大変で寝る時に布団もかけれない。しゃがめない。長時間立っていられない。シャワーを当てることができない。足が洗えない。足のむくみがひどい。」

(ウ) 他覚的所見

a 「X-P 両足部に骨萎縮(±)骨傷認めず。」

b 「右足背に知覚異常あり(触れただけでも痛い)。」

c 「右足趾の可動域は疼痛のため測定不可である(測定した可動域は参考程度)」

d 「足部に軽度冷感あり。」

e 「足部に発汗異常軽度(ほとんど解らない程度ではある)。」

f 「X線上,骨萎縮軽度(ほとんど解らない程度である)。」

(エ) 関節可動域(証拠<省略>)

別紙「E医師」欄記載のとおりである。

(オ) 局医員の意見

「通常の労務に服するとことができると考えられるが,時には支障がある程度と考えます。アフターケアが必要。」

ウ 監督署長は,平成22年1月21日,原告の労災保険法に基づく障害補償給付支給請求に対し,原告に残存する本件後遺障害が,障害等級第12級の12「通常の労務に服することはできるが,時には強度の疼痛のため,ある程度差し支えがあるもの」に当たると認定し,同等級に対応する障害補償給付を支給する旨の処分をした(本件処分。証拠<省略>)。

(5)  本件処分後の経過

ア 原告は,本件処分を不服として,平成22年2月9日,神奈川労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をした(証拠<省略>)。上記審査官は,同年6月15日付けで,上記審査請求に対し,審査請求を棄却する旨の決定をした(証拠<省略>)。

原告は,上記決定を不服として,同年8月9日,労働保険審査会に対し,再審査請求をした(証拠<省略>)。上記審査会は,平成23年4月12日付けで,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした(証拠<省略>)。

イ 原告は,平成23年10月7日,当裁判所に対し,本件処分の取消しを求める本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。

(6)  障害等級の認定基準

障害等級の解釈については,昭和50年9月30日付け労働省労働基準局長通達第565号「障害等級認定基準」について(証拠<省略>)が発出されているところ,同通達の別冊として,認定基準(証拠<省略>。以下「認定基準」という。)が定められている。

原告の本件後遺障害は,神経系統の症状であり,認定基準上,障害の部位のうち,「神経系統の機能又は精神」に該当し,障害の系列は13となり,「その他特徴的な障害」のうちの「疼痛等感覚障害」に該当する。

「疼痛等感覚障害」の認定基準は,次のとおりである。

ア 「受傷部位の疼痛」について(証拠<省略>)

(ア) 「通常の労務に服することはできるが,時には強度の疼痛のため,ある程度差し支えがあるもの」 第12級の12

(イ) 「通常の労務に服することはできるが,受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」 第14級の9

イ 「特殊な性状の疼痛」について(証拠<省略>)

(ア) カウザルギー

疼痛の部位,性状,疼痛発作の頻度,疼痛の強度と持続時間及び日内変動並びに疼痛の原因となる他覚的所見などにより,疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して次のとおり認定する。

a 「軽易な労務以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの」 第7級の3

b 「通常の労務に服することはできるが,疼痛により時には労働に従事することができなくなるため,就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」 第9級の7の2

c 「通常の労務に服することはできるが,時には労働に差し支える程度の疼痛が起こるもの」 第12級の12

(イ) RSD

反射性交感神経性ジストロフィー(RSD。以下「RSD」という。)については,認定基準の3要件,すなわち,①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化(皮膚温の変化,皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認められる場合に限り,カウザルギーと同様の基準により,それぞれ第7級の3,第9級の7の2,第12級の12に認定する。

(ウ) 認定基準におけるカウザルギーとRSDの区別

カウザルギーとRSDは,いずれも外傷後疼痛が治癒後も後退せず,疼痛の性質,強さなどについて病的な状態を呈するものであることにおいて類似するが,カウザルギーは主要な末梢神経の損傷によって生じるものであるのに対し,RSDは,例えば尺骨神経等の主要な末梢神経の損傷がなくても,微細な末梢神経の損傷が生じ,外傷部位に同様の疼痛が起こるものであるとされている。

2  争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件処分の違法性であり,具体的には,原告の本件後遺障害が障害等級第12級の12を超えるものであるか否かである。争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。

(原告の主張)

原告の本件後遺障害は,下記(2)で述べるとおり,認定基準に拘泥せずその実態に即して判断すると,障害等級第5級の5「一下肢の用を全廃したもの」又は同第5級の1の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するというべきである。

また,仮に認定基準に基づいて判断したとしても,下記(3)で述べるとおり,原告の本件後遺障害は障害等級第12級の12を上回るから,本件処分が違法であることは明らかである。

(1) 原告の本件後遺障害の内容

原告は,右足部に風が当たっただけでも痛いほどの重度の疼痛を抱え,ロフストランド杖を使用しなければ歩行することができず,外出時は車椅子を利用し付き添いが必要である状態であり,日常生活動作は全て不可能である。

(2) 認定基準に基づかず本件後遺障害の実態に即して判断した場合

ア 認定基準は,カウザルギーとRSDを峻別しているが,現在においては,両者は,上位概念である複合性局所疼痛症候群(CRPS。以下「CRPS」という。)として統一的視点から検討されるべき疾病とされている。

認定基準においては,カウザルギーとRSDとを峻別した上で,RSDに該当すると判断するための3要件(①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化)を必須のものとしている。しかしながら,CRPSの症状及び病態は,未解明な点も多い上,多岐にわたるとされており,上記3要件は,CRPSの判断要素とされていないものであったり,必ずしも伴うとは限らない症状を絶対的な要件としていたりするなど不合理なものである。

したがって,本件においては,認定基準に拘泥せずに,上記(1)の原告の本件後遺障害の実態に即した判断がなされるべきである。

イ 原告の本件後遺障害は,CRPSの診断基準であるGibbonsらのRSDスコア,1994年IASPのCRPS診断基準,2005年IASPの改訂CRPS診断基準(証拠<省略>)及び2008年の本邦版CRPS判断指標(証拠<省略>)のいずれによってもCRPSに該当する。

また,原告を診断したb病院のD医師,c大学附属病院リハビリテーション科のF医師(以下「F医師」という。),同病院麻酔科のG医師(以下「G医師」という。)及びd労災病院整形外科のH医師(以下「H医師」という。)は,いずれも原告の本件後遺障害をCRPSであると診断している。

したがって,原告の本件後遺障害がカウザルギーかRSDかはともかくとして,CRPSに該当することは明らかである。

ウ 本件後遺障害が障害等級第5級の5に該当すること

(ア) 身体障害者障害等級

原告は,神奈川県から,本件後遺障害について,身体障害者福祉法に基づく身体障害者障害程度等級として第3級の3「一下肢の機能を全廃したもの」に該当すると認定され,身体障害者手帳の交付を受けた。身体障害者福祉法と労災保険法は法の趣旨が異なるものの,互いに関連しており,参考にすることはできるから,身体障害者障害程度等級第3級の3を労災保険法上の障害等級に当てはめると障害等級第5級の5「一下肢の用を全廃したもの」に該当するといえ,原告の本件後遺障害は,労災保険法上の障害等級第5級の5に該当する。

(イ) 筋力の低下・喪失

労災保険法上の障害等級に関する認定基準は,下肢の機能障害について,関節の機能を中心に構成されているものの,筋力も労働能力・生活能力の大きな要素であることに疑いはない。

原告は,下肢全体の関節可動域制限,足関節の可動域制限,足指の可動域制限に加え,筋力についても,右足部が5分の1(喪失又は著減),右下肢(膝伸展・屈曲,股関節伸展・屈曲)が5分の3(半減。重力の抵抗だけには対抗して動かせるが,負荷がかかれば運動ができない程度)と著しく低下・喪失している。

したがって,原告の本件後遺障害は障害等級第5級の5「一下肢の用を全廃したもの」に該当するといえる。

エ 本件後遺障害が障害等級第5級の1の2に該当すること

原告の本件後遺障害はCRPSであり,CRPSは疼痛を中心としつつも,交感神経異常,運動障害,萎縮・拘縮など様々な症状を伴うため,これらの諸症状を含めた高度な全体的な障害として位置付けられる必要がある。上記(1)の本件後遺障害の内容に照らせば,本件後遺障害は高度の単麻痺を残すものであるということができるから,障害等級第5級の1の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するといえる。

(3) 認定基準に基づいて判断した場合

原告の本件後遺障害は,仮に認定基準に基づいて判断したとしても,障害等級第12級の12を超えるものである。

ア 本件後遺障害が認定基準上のカウザルギーに該当すること

原告が本件ブロック注射で損傷した足根洞付近の浅腓骨神経は,太さが2~3ミリメートルはあるから,主要な末梢神経の損傷ということができ,認定基準上のカウザルギーに該当する。したがって,原告の本件後遺障害は,認定基準における「特殊な性状の疼痛」に該当し,上記(1)記載のとおり,後遺障害の内容,程度に照らせば,障害等級第7級の3「軽易な労務以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの」に該当する。

イ 本件後遺障害が認定基準上のRSDに該当すること

仮に,原告の本件後遺障害が認定基準上のカウザルギーに該当しないとしても,本件後遺障害は,①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化(皮膚温の変化,皮膚の萎縮)のいずれの要件も満たすから,認定基準上のRSDに該当する。したがって,原告の本件後遺障害は,認定基準における「特殊な性状の疼痛」に該当し,上記(1)記載のとおり,後遺障害の内容,程度に照らせば,障害等級第7級の3「軽易な労務以外の労働に常に差し支える程度の疼痛があるもの」に該当する。

ウ さらに,原告には,本件後遺障害によって,下肢の関節可動域制限ないし関節拘縮も生じているから,これらをCRPSによる疼痛とは別に,障害として評価すべきであり,足指の関節可動域制限については障害等級第9級の11「1足の足指の全部の用を廃したもの」に,足関節の機能障害については同第10級の10「1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する。

(被告の主張)

次に述べるとおり,認定基準は合理的な内容であり,認定基準に基づいて判断すると,原告の本件後遺障害は,カウザルギー及びRSDに該当せず,「受傷部位の疼痛」として障害等級第12級の12に該当するにとどまるから,本件処分は適法である。

(1) 認定基準の合理性

ア 「精神・神経の障害認定に関する専門検討会」が平成15年6月に報告した報告書においては,RSDの症状はカウザルギーと類似しており,基本的には同様に評価すべきであるとされたものの,単なる疼痛にとどまるものはRSDとして扱うことは適当ではないことから,障害認定実務上は,症状固定時においてRSDの慢性期に主要な症状とされる3つの症状(①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化)について明らかな所見を有するものに限り,RSDとして取り扱うことが適当であると結論付けられた。RSDは,カウザルギーのように末梢神経損傷という明確な診断根拠がなく,疼痛に客観的な尺度を求めることができないことから,障害認定実務上,公正,適正かつ統一的な運用を実現するために,RSDと診断するに足りる客観的な所見である上記3要件を必要とせざるを得ない。

認定基準は,上記専門検討会における医学的知見を踏まえたものであり,合理的なものである。

イ なお,原告は,認定基準によらずに,身体障害者福祉法上の身体障害者障害程度等級を参考に,障害等級を検討すべきである旨主張するが,同法と労災保険法はその趣旨が異なるから同列に論じることはできない。また,その他の原告の主張は,医学的根拠に基づかない独自の見解を述べるものである。

(2) 本件後遺障害は認定基準上のカウザルギーに該当しないこと

認定基準においてカウザルギーと認められるためには,主要な末梢神経の損傷が必要であるところ,原告が本件ブロック注射によって浅腓骨神経を損傷していたとしても,主要な末梢神経の損傷には当たらないから,認定基準におけるカウザルギーには該当しない。さらに,認定基準においてカウザルギーと認められるためには,血管運動性症状,発汗の異常,軟部組織の栄養状態の異常,骨の変化(ズデック萎縮)などといった他覚的所見が確認できることが必要であるところ,障害認定時に作成された原告の診断書等において,これらの他覚的所見があったことをうかがわせる記載はない。

したがって,原告の本件後遺障害は,認定基準上のカウザルギーに該当しない。

(3) 本件後遺障害は認定基準上のRSDに該当しないこと

認定基準においてRSDと認められるためには,次の3要件(①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化)が必要とされているところ,原告の本件後遺障害は,次のとおり,いずれの要件も満たさない。

ア 関節拘縮

原告の主治医であったD医師が作成した診断書(証拠<省略>)と労災医員であるE医師が作成した関節運動測定表(証拠<省略>)における関節可動域の測定結果とを比較すると,両者の間には大きな差異があり,誤差として扱えるようなものではない。また,原告には,客観的に異常な痛みがあると医学的に認めるに足りる他覚所見は見当たらなかったため,E医師は,原告が測定時に自分の意志で曲げようとしなかったと判断した上で測定結果をあえて参考程度として記載し,本件後遺障害を神経系統の障害とは別に下肢の機能障害として評価できるようなものではないと判断した。

したがって,原告の症状は,関節拘縮という症状が健側と比較して明らかに認められるとはいえない。

イ 骨の萎縮

E医師は,レントゲン写真の画像から右足に骨傷は確認されず,骨萎縮を確認するも,その程度はほとんど分からない程度のごく軽度のもので,原告の年齢からすれば,日常生活上においてごく一般的に生じ得る程度の変化にとどまるものであると診断している。また,原告の主治医であったD医師も,原告のカルテに「X-P上右第4中足骨頭の骨萎縮あり」と記載しているものの,うっすら確認することができる程度であると述べるにとどまる。

したがって,原告の骨の萎縮という症状が,健側と比較して明らかに認められるとはいえない。

ウ 皮膚の変化

原告の主治医であったD医師は,原告の皮膚温に左右で差異があると認識していなかった。また,E医師は,問診で原告から局所の冷感,発汗異常を聴取したものの,その程度は他覚的には確認することができないほどの軽度のものであり,皮膚の外観上の変化については,萎縮及び色変化などの異常所見を認めなかった。

したがって,原告の症状について,皮膚の変化(皮膚温の変化,皮膚の萎縮)が健側と比較して明らかに認められるとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

上記争いのない事実等,証拠(証拠<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認定することができる。

(1)  原告の受診状況及び診療経過

ア 原告は,本件事故後も右足の痛みが続いていたため,平成20年8月14日,b病院において,C医師から右足の足根洞付近の圧痛点に本件ブロック注射を受けたところ,右足甲部に異痛を感じるようになった。

原告は,同月18日から,b病院において,D医師を主治医として治療を受けるようになり,同日に「右浅腓骨神経損傷」,同月25日に「反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)」と診断され,薬物療法を中心とした治療を受けた。原告には,平成21年11月30日に症状固定と診断されるまでの間に,風が当たってもつらい,右足痛みの持続及び第4趾より外側のしびれ,本件ブロック注射の注射部に一致したティネル徴候,右足の第4趾より外側の知覚異常,シャワーが当たるとしびれるといった症状が見られ,セカンドオピニオンとして受診したc大学附属病院整形外科においては右浅腓骨神経損傷でCRPSの状態と診断された(証拠<省略>)。

さらに,原告は,症状固定後,平成22年4月からe病院の整形外科に月1回程度通院し,平成23年1月からはCRPSに対する専門的治療を行っていたc大学附属病院の麻酔科に通院した。

イ b病院のD医師の診断(証拠<省略>)

D医師が原告を症状固定と診断し,平成21年11月30日付けで作成した診断書(証拠<省略>)の内容は,上記第2の1(争いのない事実等)(3)のとおりである。

ウ 地方労災医員のE医師の診断(証拠<省略>)

地方労災医員であるE医師が,原告の本件後遺障害について,平成21年12月25日付けで作成した「障害程度」と題する意見書(証拠<省略>)の内容は,上記第2の1(争いのない事実等)(4)イのとおりである。

エ c大学附属病院リハビリテーション科のF医師の診断(証拠<省略>)

c大学附属病院リハビリテーション科のF医師は,平成23年6月16日付けで,原告の本件後遺障害について身体障害者福祉法に基づく「身体障害者診断書・意見書(肢体不自由障害用)」(証拠<省略>)において,次のとおり診断した。

なお,原告は,同年7月11日,身体障害者障害程度等級表第3級「一下肢の機能を全廃したもの」に該当するとして,身体障害者手帳の交付を受け,平成25年5月27日,再び同等級に該当するとして,身体障害者手帳の再交付を受けた(証拠<省略>)。

(ア) 障害名

「右下肢機能障害」

(イ) 原因となった疾病・外傷名

「CRPS type1」

(ウ) 参考となる経過・現症

「H20年5月29日仕事場で転倒し,右下肢足部打撲された。その後痛み改善せず,近医ブロック等施行された。痛み改善せず筋力低下関節拘縮進行され,H23年1月6日当院麻酔科整形外科当科followしている。下肢足部ROM制限(尖足)筋力低下MMT3/5,片ロフストと介助歩行で外出は全介助でAPDL不可能である。」

(エ) 総合所見

「右下肢筋力MMT3/5(膝伸展・屈曲,股関節屈曲,伸展)周経も。下腿右/左 33/35cm 大腿47/49cmと差あり。足部は尖足でROM5°MMT1/5である。右下肢での片足立ちできず,立位保持はつかまって5分以内で,歩行は,片ロフストと介助で平地のみ5分以下で車椅子が実用的である。」

オ c大学附属病院麻酔科のG医師の診断(証拠<省略>)

c大学附属病院麻酔科のG医師は,平成25年1月25日付けで,原告の本件後遺障害をCRPSと診断した理由等について,「医学的意見書」(証拠<省略>)において,次のとおり診断した。

(ア) 診断名とその理由

「Xさんは,平成20年5月29日勤務中に転倒して右足関節を捻挫し,近医で治療中に局所注射がおこなわれた後,痛みが悪化したとして当院を受診しました。

平成23年1月6日初診時において,右足関節以遠灼熱痛,浮腫,発汗の亢進,色調変化,足関節可動困難などを認め,複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome,CRPS)と診断しました。」

(イ) CRPSの判定指標について

「従来RSDと呼ばれていたもの,そして従来カウザルギーと呼ばれていたものは,現在のCRPSの理解においては,いずれも症状の相違によって区別されるものではありません。患者の症状を診断し,治療する上でも,両者を区別して扱う必要性,有用性はないといえます。」

「Xさんについても,上記の診断基準,判定指標に照らし,持続性の疼痛,知覚過敏,アロディニアの訴え,足関節以遠灼熱痛,皮膚色の変化,浮腫,発汗の亢進,関節可動域制限,運動障害を認めたことから,CRPSと診断しました。」

(ウ) 原告の治療経過,後遺症などについて

「CRPSは,単なる疼痛の症状・症候ではなく,交感神経異常,運動障害,筋力低下,拘縮等,様々な症状があって,それら全体による身体機能障害を伴うものです。Xさんについても,疼痛のみならず,筋力低下,関節拘縮等により身体機能が制限され,起立,歩行をはじめとする運動機能が大幅に制限されていることから,就業の種類・範囲はかなり制限されます。現実問題として,通勤も含めて起立・歩行を要しない自宅での坐位作業のような特に軽易な労務以外の労務に就くのは難しいといえます。」

(2)  CRPSに係る医学的知見等

ア RSDは,1986年の世界疼痛学会において,大きな神経損傷のない骨折等の外傷後に交感神経の過緊張を伴い,四肢に起こる持続性の疼痛と定義され,主要又は分岐の神経損傷による痛みと定義されたカウザルギーと区別された。すなわち,正常な人体は,受傷すると浮腫や出血を最小限に抑えようとして血管収縮を中心とする交感神経反射が生じるが,しばらくするとこの反射が解除され,組織の再生に必要な血流が次第に回復するようになるところ,時に上記のような交感神経反射が傷の回復過程と同調せずに亢進状態を持続することがあり,その結果,抹消の血流が阻害され,末梢軟部組織に対する栄養が行き渡らず組織がやせ細るために新たな激痛が生じ,これが悪循環するという病態を,一般的に反射性交感神経性異常栄養症すなわちRSDと称している。

しかしながら,上記のようにRSDと総括された病態の中には必ずしも交感神経活動が関与していないものがあり,臨床での混乱が多かったため,1994年の国際疼痛学会では,カウザルギー及びRSDを包括した上位概念をCRPSとし,従来RSDと称されていた神経損傷を伴わないタイプⅠと,カウザルギーと称されていた神経損傷が推定されるタイプⅡとに区分する新たな定義を示した。

イ 厚生労働省CRPS研究班による日本版CRPSの判定指標(証拠<省略>)

CRPSについては,病因が完全には解明されておらず,症状や発症経過などについても各立場が一致しているわけではなく,診断基準も一義的ではなかった。そこで,厚生労働省は,平成17年にCRPSの疾患概念を確立するために全国的規模で疫学的臨床研究を行うことを目的として厚生労働省CRPS研究班を組織し,同研究班は,次のとおり,臨床用判定指標と研究用判定指標を提案した(以下「日本版CRPSの判定指標」という。)。

臨床用判定指標は,治療方針の決定,専門施設への紹介判断等に使用されることを目的として作成されたものであり,治療法の有効性の評価等,均一な患者群を対象とすることが望まれる場合には,研究用判定指標を採用するものとされている。なお,いずれの判定指標も,外傷歴がある患者の遷延する症状がCRPSによるものであるか否かを判断する状況(補償や訴訟など)では使用すべきではなく,また,重症度・後遺障害の有無の判定指標ではないとされている。

(ア) 病期のいずれかの時期に,以下の自覚症状のうち3項目以上(研究用の場合が3項目以上,臨床用の場合が2項目以上)該当すること。ただし,それぞれの項目内のいずれかの症状を満たせばよい。

① 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

② 関節可動域制限

③ 持続性ないし不釣り合いな痛み,しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べる),知覚過敏

④ 発汗の亢進ないしは低下

⑤ 浮腫

(イ) 診察時において,以下の他覚所見の項目のうち3項目以上(研究用の場合が3項目以上,臨床用の場合が2項目以上)該当すること。

① 皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

② 関節可動域制限

③ アロディニア(触刺激ないしは熱刺激による)ないしは痛覚過敏(ピンプリックによる)

④ 発汗の亢進ないしは低下

⑤ 浮腫

(3)  認定基準におけるカウザルギー及びRSDの捉え方(証拠<省略>)

認定基準は,「精神・神経の障害認定に関する専門検討会」において平成12年2月から平成15年6月の間に分科会も含めて44回の会議が開催され,近年の医学的知見の進展に伴う見直しを検討した結果である「精神・神経の障害認定に関する専門検討会報告書」を踏まえて改正されたものであり,上記専門検討会における医学的知見を踏まえたものである。

上記専門検討会におけるカウザルギー及びRSDに対する検討の結果は次のとおりである。

ア RSDについては,その取扱いについて認定基準上明確でなかったことから,専門検討会において詳細な検討が行われた。

イ 専門検討会におけるRSDに関する基本認識

(ア) 現在RSDの発生機序については,「外傷治ゆ後も交感神経反射が消失しないため交感神経の異常が生じ,四肢の循環動態が変化することによって,亢進状態による虚血状態から疼痛が生じ,この疼痛がさらに交感神経を刺激するという悪循環によって生じている」ものとする説が有力であるが,この説が全てを満たすものではない。

(イ) RSDの病態については,急性症状の主な症状は,疼痛,腫張,発汗異常であり,慢性症状の主な症状については,疼痛のほか,関節拘縮,皮膚の色調変化,骨萎縮が認められるとされている。

(ウ) RSDの定義については,現在は,広義にはカウザルギーを含み,以下の病態(①アロディニアあるいはhyperpathia(痛感過敏),②灼熱痛,③浮腫,④皮膚の色調あるいは発毛の変化,⑤発汗の変化,⑥皮膚温の変化,⑦X線上の変化(脱灰像),⑧血管運動障害/発汗障害の定量的測定,⑨RSDに合致した骨シンチグラフィー所見)を示すもので,神経損傷の有無にかかわらないものとされ,狭義には上記病態を示すもののうち神経損傷のないものとして使用されている実情にある。

ウ RSDの認定基準への採用に関する考え方

RSDの認定基準への採用に関しては,当面次のように整理するのが望ましいと考える。

(ア) RSDについては,外傷後疼痛の特殊な型として障害認定基準に採用し,カウザルギーについては先に認定基準において定着していることから,RSDとカウザルギーを同位の概念として位置付けて,障害認定実務上は狭義のRSDの定義を採用し,「明確な末梢神経損傷のない」上記病態をRSDとすることが妥当である。

(イ) 上記(ア)のとおり明確な末梢神経の損傷のない病態をRSDとして分類することが妥当であるが,RSDは,①カウザルギーと異なって末梢神経損傷という明瞭な診断根拠がなく,②疼痛自体の客観的な尺度がないことから,障害認定実務上は,RSDと診断するに足る客観的な所見を必要とすると考える。

この点,障害認定が慢性期に至って初めて行われることを踏まえると,RSDと診断するに足りる客観的な所見としては,疼痛のほか,少なくとも①関節拘縮,②骨の萎縮,③皮膚の変化(皮膚温の変化,皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認められることを必要とすると考える。

したがって,障害認定時においてもなお,単なる受傷部位の疼痛と区分するほどの明らかな客観的な所見を有するものに限ってRSDとして分類し,疼痛の程度に応じて障害等級を決定すべきである。

なお,上記の症状を確認するため,エックス線写真等の資料の提出を求めることが適当である。

(ウ) RSDに係る障害の評価

RSDとカウザルギーについては,その評価については同一の範疇で評価すべきであるが,疼痛の程度を客観的に測定することは現時点においても困難なことから,疼痛による労働又は日常生活上の支障の程度を疼痛の部位,性状,強度,頻度,持続時間,及び日内変動を勘案して第12級,第9級及び第7級に認定すべきである。

また,RSDの障害認定上問題となるのは,疼痛のほかには,上肢の機能障害,関節拘縮等であるが,現行の障害認定の基本的な考え方から判断すれば通常派生する関係にあるとして,「疼痛」と「機能障害」のいずれか上位の等級をもって,当該障害の等級として評価すべきである。

エ 検討結果

RSDは明確な末梢神経の損傷のない病態として,カウザルギーは明確な末梢神経の損傷がある病態として整理すべきである。

RSDの症状は,原告の認定基準に規定されているカウザルギーと類似しており,基本的に同様に評価すべきである。

なお,単なる疼痛にとどまるものは,RSDとして取り扱うことは妥当ではなく,障害認定実務上は,症状固定時において,RSDの慢性期に主要な症状とされる3つの症状について明らかな所見を有するものに限り,RSDとして取り扱うことが適当である。

2  争点に対する判断

(1)  当裁判所は,本件後遺障害は後遺障害等級第9級の7の2に該当するものであり,これを同第12級の12に該当するものとした本件処分には障害等級の認定を誤った違法があると判断する。その理由は以下のとおりである。

(2)  上記第2の1の争いのない事実等及び上記1の認定事実によれば,原告には,本件後遺障害に係る症状固定時の症状として,右浅腓骨神経領域である右足背部外側に知覚過敏,知覚鈍麻の神経症状があり,かつ,その知覚過敏は軽い触診で強い疼痛が生じるアロディニアの状態にあること,右足関節と右足趾の自動・他動での関節可動域制限が存在していることが認められ,原告の自覚症状として,①右足関節から足背のしびれ,疼痛,②踵がなく,足甲の広い靴しか履けない,③歩行は右足の内側のみしか荷重できないため,外反位での歩行となり,跛行しゆっくりしか歩けず,ロフストランド杖を使用している,④衣類の着脱に際して,右足に当たらないよう非常な慎重さを要する,⑤夜間寝具がかけられない,⑥シャワーを右足にかけられない,⑦掃除,炊事などの家事が短時間しかできない,⑧車の運転ができない,⑨外勤であったため,元の職務に服する事が非常に難しい,⑩階段昇降で疼痛により脱力し,転落するため,2階の寝室に行けずに1階で仮眠していることが主治医により確認されたことが認められる。また,証拠<省略>によれば,原告は,症状固定時の自身の障害について,歩行が困難(歩行中にズキっと痛みが出る,靴がまともに履けない。),正座もできない,右足にしびれがひどく,着替えをするにも大変で,寝る時に布団もかけられない,しゃがめない,長時間立っていられない,シャワーを当てることができない,足が洗えないと申述したことが認められる。

以上により認められる原告の疼痛の部位,強度及び発生の態様に基づき,労働能力に及ぼす影響を判断すると,原告の疼痛は下記(3)のとおり「特殊な性状の疼痛」に当たり,本件後遺障害は,障害等級第9級の7の2「通常の労務に服することはできるが,疼痛により時には労働に従事することはできなくなるため,就労可能な職種の範囲が相当程度に制限されるもの」に当たると認めるのが相当である。

なお,原告に疼痛が生じている部位は右浅腓骨神経領域の一部である右足の背部外側であり,さほど広い領域ではないが,上記のとおり,その部位に軽い触診や衣類の接触等のわずかな刺激が加わっても強い疼痛が生じるもので,右足の外側に体重を掛けることができず,そのために,歩行はゆっくりで跛行し,ロフストランド杖を使用する必要があり,立位による掃除,炊事などの家事は短時間しかできず,しゃがむことはできず,階段の昇降は困難であり,自動車の運転はできない状態にあることが認められ,疼痛により時には労働に従事することができない状態にあるものといえるから,疼痛の部位が右足の背部外側に限られていることは,上記認定を動揺させるに足りるものとはいえない。

また,原告は,b病院において疼痛治療薬であるノイロトロピン注射及びノイロトピン錠外数種の内服等で疼痛管理がなされていることが認められ(証拠<省略>),原告の疼痛が持続的に生じないように管理されていたといえるものの,上記のとおり,軽い触診や衣類の接触等のわずかな刺激で強い疼痛を生じる状況にあったことが認められ,この刺激時に生じる強い疼痛が労働能力の低下の要因となっているから,投薬による疼痛管理が一定程度なされていたことは上記認定を動揺させるに足りるものとはいえない。

(3)  被告は,認定基準に基づいて判断すると,本件後遺障害はカウザルギー及びRSDに該当せず,受傷部位の疼痛として障害等級第12級の12に該当するにとどまると主張する。

ア しかしながら,上記1の認定事実によれば,CRPSは疼痛を中心とする症状から診断される症候群であり,明確な末梢神経の損傷の有無やRSDと認定されるための上記3要件に該当するか否かによって疼痛の程度に差異が生じるものでも,労働能力に及ぼす影響が異なるものでもないから,CRPSと評価することができる後遺障害があれば,それがカウザルギーに当たるか,RSDに当たるかを峻別することなく,「特殊な性状の疼痛」に当たるとして,後遺障害の程度を認定するのが相当であり,したがって,認定基準に照らしても,本件後遺障害は障害等級第9級の7の2に当たるというのが相当である。そして,本件後遺障害がCRPSに当たることは,次のとおりである。

イ 上記第2の1の争いのない事実等及び上記1の認定事実によれば,原告は,平成20年8月14日に右足の足根洞部分に本件ブロック注射を受けたところ,右足背部遠位部に放散痛を生じ,その後,本件注射部位に一致した右足の足根洞部位付近でティネル徴候が生じたこと,右浅腓骨神経領域の一部である右足の背部外側(証拠<省略>によれば足根洞部位付近にある浅腓骨神経領域にほぼ一致することが認められる。)に知覚過敏及び鈍麻の症状が生じたことが認められ,以上によれば,原告は本件ブロック注射により右足根洞部位で右浅腓骨神経を損傷したと認めることができる。そして,右足の背部外側の知覚過敏は,わずかな刺激で強い疼痛を生じるアロディニアの状態にあり,かつ右第4中足骨頭の骨萎縮,関節の可動域制限が認められたもので,これらの本件後遺障害の症状は,日本版CRPSの判定指標に示された臨床用の判定指標を満たすものということができる。その後,原告の右足には,関節の拘縮,浮腫,発汗の亢進,色調変化,足関節可動困難及び運動障害といった症状が生じたことも認められ,原告を診断した医師のうち地方労災医員であるE医師を除く医師は,全て原告の症状がCRPSに当たると診断していることをも勘案すると,本件後遺障害はCRPSに当たると認めるのが相当である。なお,E医師の意見は,認定基準に則り,本件後遺障害が認定基準上のカウザルギー及びRSDに該当しないと診断したにすぎないから,上記認定を動揺させるに足りるものではないというべきである。

ウ なお,認定基準については,当時の医学的知見を踏まえた検討の結果作成されたものであり,一定の合理性を有するものといえるが,あくまで行政機関内部の通達であり,行政実務の統一,公平性,迅速性という観点をも考慮して作成されたもので,裁判所の判断を拘束するものでもないから,認定基準については,裁判規範として,その趣旨を踏まえ合理的な範囲内で解釈し適用することが必要であるところ,認定基準は本件証拠に基づき上記ア及びイのとおり認定,判断することを妨げるものではないというべきである。労働保険審査会が作成した原告の再審査請求に対する裁決書(証拠<省略>)においても,「労働者の業務上傷病の治ゆ後,RSD又はカウザルギーが残存した場合,疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して,障害等級第12級の12,第9級の7の2,第7級の3に認定することとされている。したがって,請求人の傷病名がRSDであるかカウザルギーであるかにより障害等級に差違が生じるものではないことを念のために付言する。」と,同趣旨とみることができる指摘がされている。

(4)  他方,原告は,本件後遺障害は高度の単麻痺を残すものであり,障害等級第5級の1の2に当たると主張するが,上記のとおり,原告の症状固定時の症状は,刺激を受けた時に右足の背部外側に強い疼痛を生じるもので,常時強い疼痛を生じていたものではなく,また,証拠<省略>によれば,原告は平成24年10月19日の測定時において,大腿周径及び下腿周径で左右の差が小さいことが認められ,同日時点においても,右下肢機能の全廃というような重度の障害にまでは至っていないものということができる。したがって,本件後遺障害が,右下肢に高度の単麻痺を残すものと認めることはできず,障害等級第5級の1の2に当たるとはいえないというべきである。

また,原告は,本件後遺障害によって下肢の関節可動域制限ないし関節拘縮も生じているから,これらを疼痛とは別に,後遺障害として評価すべきである旨主張する。しかしながら,証拠<省略>によれば,障害認定実務上,疼痛が強い場合,関節拘縮は生じていないか軽度であるにもかかわらず,痛みのために患者が自動では動かさない,あるいは医師が動かそうとしても患者が動かすことができない場合があり,関節を構成する関節包,靭帯,関節周囲にある筋肉,腱が組織学的に異常な状態となって生じる関節拘縮と,組織学的に異常がないにもかかわらず疼痛のために動かすことができない可動域制限を同じ機能障害として論じることは適切ではないため,これらの場合は,疼痛による症状と捉え疼痛の障害等級としての評価に含まれるとみなすべきとされていることが認められる。この点をも勘案すると,組織学的に異常が認められず疼痛を原因として生じる可動域制限は,疼痛による労働能力の喪失に含めて評価されているものといえ,これとは別個の労働能力の喪失事由とすべき合理性は認められないというべきである。そして,原告の本件後遺障害における可動域制限は,関節を構成する関節包,靭帯,関節周囲にある筋肉,腱が組織学的に異常な状態となって生じる関節拘縮のために生じたものであると認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することはできない。

なお,F医師の「身体障害者診断書・意見書(肢体不自由障害用)」(証拠<省略>),G医師の「医学意見書」(証拠<省略>),D医師の供述(証拠<省略>)及び原告本人の供述等(証拠<省略>,原告本人)によれば,原告の症状は,症状固定時の症状よりもその後悪化したことがうかがわれるが,後遺障害の程度は,症状固定時を基準に判断すべきものであり,症状固定後に生じた症状は,症状固定時の後遺障害の程度を遡って推認する事実となり得る場合もあり得るが,上記証拠はいずれも上記(2)における原告の症状認定を動揺させるに足りるものとはいえないというべきである。

以上のとおりであるから,原告の本件後遺障害が障害等級第5級の5に該当すると認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,この点に関する原告の主張も採用することができない。

第4結論

以上のとおりであり,本件後遺障害は,障害等級第9級の7の2と認めるのが相当であり,本件処分は障害等級の認定を誤った違法がある。

よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中寿生 裁判官 建石直子 裁判官 岡田毅)

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