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横浜地方裁判所 平成24年(わ)350号 判決 2013年11月08日

主文

被告人を罰金50万円に処する。

未決勾留日数のうち,その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算入する。

本件公訴事実中窃盗の点については,被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成24年2月5日午後10時55分頃から同日午後11時20分頃までの間に,神奈川県海老名市ab番地所在のセブンイレブンc店駐車場において,

第1同所に駐車中の株式会社Aが所有し,Bが使用管理する普通乗用自動車の助手席側(右側)前ドアガラスを傷つけ,助手席側ドアミラーを折り,運転席側(左側)前ドアを蹴って凹損させ(損害見積額約52万7257円),もって他人の物を損壊した,

第2B(当時24歳)に対し,その顔面を右手げん骨で殴るなどの暴行を加え,よって,同人に約12日間の安静を要する見込みの顔面打撲の傷害を負わせた。

(補足説明)

被告人及び弁護人は,本件器物損壊,傷害,窃盗の各公訴事実(訴因変更後のもの。以下同じ。)について,いずれも否認したところ,当裁判所は,器物損壊,傷害の各公訴事実についてはおおむね認められ,窃盗の公訴事実については認められないとの判断をしたので,以下その理由を説明する。

第1事案の概要等

1  関係証拠によると,判示第1,第2(本件器物損壊,傷害)の各事実,本件窃盗の公訴事実に関する以下のような事実が認められる。

(1) 本件当日である平成24年2月5日(日曜日。以下,平成24年の出来事については年の表記を省略することがある。),Bは,C(当時21歳,学生)がアルバイト(日曜のみ)をしていた判示のセブンイレブンc店(以下「店」又は「本件店舗」という。)に,自己の使用する普通乗用自動車(リンカーン。以下「本件車両」という。)でCを迎えに来た。

(2) 本件店舗は,その建物の東側,南側,西側を取り囲むようにある敷地の中に立っている(以下,本件店舗建物の周囲の敷地部分を「本件駐車場」という。)。店の出入口は,建物の南側(やや東寄り)にある。本件駐車場内にある駐車スペースは,4か所設けられており,うち1か所は,敷地の西側端に,東西方向に向けて駐車するスペースが6車両分ある(以下「西端駐車場」という。)。本件車両が駐車されたのは,西端駐車場の中央付近(南から三つ目の駐車スペース)であり,店の建物西南端からおおむね西方向に約23メートルの距離にあった。

本件駐車場の南側と東側は,そのまま道路に続いている。JR東日本相模線d駅は,本件店舗のおおむね西南西方向(直線で約360メートルの距離)にある。

(3) 被告人は,平成18年10月に来日し,以来専門学校や大学で日本語や情報処理等を勉強してきたものである。Cとは,数年前に知り合い,一時被告人がCの自宅を執ように訪ねるなどしたため,Cが警察に相談することもあったが,その後仲直りして親密となり,Cが,相模原市所在の被告人宅に頻繁に通うことがあったほか,平成23年秋頃から約3か月間,神奈川県座間市所在の被告人宅で同居するなど,少なくともCが同年12月中旬頃被告人宅を出て実家に戻るまでは,二人は親密な交際関係にあった。

(4) 被告人は,本件当日午後10時50分頃(以下,本件当日のことは時刻のみを記載することがある。),本件駐車場内に現れ,その頃から約30分間,C及びBとの間でもめ事となった。被告人は,CとBの関係に腹を立て,ほぼ一方的に,Cに対して,大声でののしり怒鳴るなどし,これまでCとの交際に使った多額の金や被告人の金で買った物を返せなどとも言って,Cがこれに応じて上着(コート)を脱ぎ,被告人に投げ渡したりもした。また,被告人は,Bに対しても,何度か勢いよく迫り,Bが逃げたり,Cが止めに入ったりすることがあった。

(5) この間,Cや本件店舗のアルバイト店員Dが,店の電話を使って3回にわたり警察に110番通報した。1回目の通報は,午後11時4分頃で,Cが,暴力事件なので警察官を依頼する旨話し,途中でDに替わった。2回目は午後11時15分頃,3回目は午後11時18分頃で,いずれもDが通報し,被告人らのもめ事がエスカレートしている状況を話した。

(6) 被告人は,ちょうどパトカーが本件敷地に到着した午後11時20分頃に,走り去ったが,その際,Cの持っていたエコバッグ(以下「本件バッグ」という。)も持ち去った。

(7) 被告人が走り去った後,本件車両は,少なくとも,右側(助手席側)前ドアのガラスにひび割れや2個の穴が出来ており,右側サイドミラーが折れ,左側(運転席側)前ドアにも凹損が出来ていた。

(8) 本件当時,本件店舗及びその敷地内に設置されていた防犯カメラは,合計15台あったが,うち11台は,本件店舗がリースして店内に設置され,残りの4台は,セブン銀行管理に係るもので店の内外に2台ずつ(店外の2台は,店の南側庇部分の2か所に,西向き,東向きに各1台ずつ)設置されていた。前者の11台による画像データは,捜査機関が入手を試みるも,既に消去されており,後者の4台(以下「本件防犯カメラ」という。)による画像データのみが収集された(捜査報告書(甲35))。その画像データのうち,午後10時から午後11時30分までの間の各画像記録が,1画面に4分割された毎秒2コマずつのデジタルデータとして残されている(押収してあるCD-R3枚(平成24年押第32号の1。以下そのデータを「本件画像」という。)。本件画像は,それ自体で人物の特定が可能なほど鮮明なものではないが,その着衣の色等によって映っている人物の特定は可能であり,また,人物の身体の動きもおおむね分かる程度には映っているものである。

2  本件の争点は,細部も含めると多岐にわたるが,主たるものは,器物損壊については,損壊事実の有無,犯人と被告人の同一性,傷害については,暴行の有無,傷害の有無,窃盗については,窃盗に該当する行為の有無である。

第2判示第1(器物損壊)の事実について

1  公訴事実の要旨

被告人は,平成24年2月5日午後10時55分頃から同日午後11時20分頃までの間に,本件駐車場において,本件車両の助手席ドアを蹴るなどして損壊し(損害見積額70万1726円),もって他人の物を損壊した。

2  Bの公判供述の要旨

「本件店舗には午後10時頃に着いた。本件車両内で1時間弱寝ていたが,知らない男(被告人)が助手席側の窓ガラスをドンドンたたくのに気付いた。被告人は,「Cは俺の女だ。600万円貸している。今度会ったら殺す。」などとかなり興奮して言っていた。車を壊されたくなかったので,車外に出てコンビニの方に行き,本件店舗建物の南西端付近でCと合流した。その後被告人は,Cを馬鹿にするなどし,私が怒って口を挟むと,乱暴してきたりし,さらに,はさみを持っていたりもしたが,Cと合流してから被告人が本件駐車場から逃げ出すまでの間に,被告人が本件車両の左右両側のボディーを合計二,三回蹴っているのを見た。少し離れた所(本件店舗の建物南西端付近)から「やめろ。」「ふざけるな。」と叫んだ。はさみで窓を突いたとか,サイドミラーを折ったというのは見ていない。被告人が本件駐車場から逃げた後,本件車両を見に行くと,助手席側サイドミラーが折れ,助手席側窓ガラスにひびが入り,助手席側,運転席側各ボディーがへこんでいた。当日本件駐車場に来るまでは,本件車両にそのような傷はなかった。」

3  Bの公判供述の信用性

(1) Bは,被告人とは本件時が初対面であると述べているが,被告人が,B自身に対し,乱暴な振る舞いをしたのみならず,Bが好意を持っていたCに対しても,馬鹿にするような言動をするなどしていたことから,被告人に対し悪感情を持ったことは十分あり得る。その信用性については慎重に検討すべきである。

(2) 本件車両の損壊状況との符合

ア 本件車両の損壊状況については,2月6日付け実況見分調書(甲2。ただし,不同意部分を除く。),同日付け写真撮影報告書(甲4),捜査報告書(甲9。2月13日付け見積書添付のもの)によって,上記のとおり認められ,Bの供述する左側(運転席側)前ドアの凹損も裏付けられている。

イ もっとも,右側(助手席側)前ドア部分の凹損については,上記実況見分調書に記載されておらず,上記写真撮影報告書においても,その状況を撮影したとする写真は含まれていない。さらに,Bの証言中,写真(2月26日に改めて損壊箇所の確認をした時に撮影されたもの)が示された際,運転席側前ドアの凹損については確認する供述をしたが,右側前ドアの凹損については尋問されなかった。右側前ドアに凹損が生じていたことについて,検察官は,Bの公判供述のほか,捜査報告書(甲9)添付の見積書(右側前ドアも左側前ドアとほぼ同様の修理見積りが計上されている。)によって立証しようとしていると思われる(検察官は,論告で,捜査報告書(甲4)によれば,右側前ドア凹損が認められる旨主張しているが,趣旨は明らかではない。)。しかし,このように見積書の記載内容と本件直後に行った本件車両の見分内容とが異なる理由について,十分な説明がされたとはいえない。さらに,被告人が立ち去った後,本件車両は,Bによって,本件店舗の南側(店先)の駐車スペースに移動され,Bが下車して右側前ドア付近の損壊状況を確認した直後,Dや本件店舗の店員であるEもその右側前ドア付近に近寄っている場面が本件画像に残されている。この時,右側前ドアに凹損があれば,DやEも確認することも可能であったと思われるが,Eの公判供述にも,D(甲30),E(甲31)の各警察官調書抄本にも,そのような供述は含まれていない。

ウ 以上によると,本件車両の見積りが出された2月13日の時点では,右側前ドアにも,左側前ドアと同様の費目で修理費が計上されていることから,何らかの損傷があったことが認められる(さらには,Bが供述するとおり,本件当日以来,Bが本件車両を使用していなかった)としても,その損傷の詳しい位置,内容は不明であり,さらには原因等についても様々なことが考えられるのであるから,当裁判所としては,右側前ドアの凹損を認めるには証明が十分でないと判断した。

エ 弁護人は,右側前ドアに凹損が認められないことから,Bの供述全体の信用性がなかったと主張する。しかし,証拠上,右側前ドアに凹損が認められないとしても,左側前ドアの損傷はBの供述どおり存在し,また,右側前ドアを蹴ったこと自体についても,凹損が認められないことのみから信用性が低いとまでは断じられない。

(3) Cの公判供述との符合

ア Cは,公判廷で,「被告人が本件車両の左右のボディーを合計4回くらい蹴っているのを見た。車から離れた所で見たが,はさみを持っているのも見たし,何をされるか分からず,行ったら殺されるのではないかと思い,怖くて近づけなかった。Bとともに,「やめて。」と言った。被告人がはさみで傷つけるのは見ていない。また,アルバイトを終えて店を出ると,被告人が本件車両の助手席側の窓をすごい勢いでたたいているのを見た。」旨供述した。

イ Cは,公判廷で,被告人のことを格別悪く言ってはいないが,Cと被告人の関係,特に平成23年12月までは約3か月間同居するなど親密な関係にあったものの,Cが同月中旬に実家に戻った後,実家の引っ越し先を被告人に教えず,距離を置こうとしていたことがうかがわれること,しかも,本件当日被告人からののしられたりしたことなどに照らせば,その供述の信用性は慎重に検討すべきであることは勿論である。

しかし,Cの供述は,それなりに具体的である上,特に不自然,不合理な内容も含まれていない。

被告人がどの場面で本件車両を蹴っていたかについて曖昧ではある(被告人が本件駐車場から逃げ出す時に近い頃であった旨は述べている。)が,その理由として,Cは,いろいろなことが起こり過ぎて,記憶が混同している旨述べており,理解できないわけではない。被告人が本件車両を蹴っているのを離れた所で見ていて,止めに行かなかった理由についても,不自然とはいえない。

ウ このCの供述は,Bの供述の信用性を高めているといえる。

(4) 本件画像との整合性

ア 本件画像のうち,店外の西向きに設置された防犯カメラの画像でも,本件車両の駐車位置までは映っていないことから,被告人が車を蹴ったことがあるかどうかは明らかにはならない。しかし,被告人が,西側の方へ移動するなど,画像の中から姿を消す場面が何度もある。例えば,午後11時11分10秒過ぎ頃から12分56秒頃まで(この間に,CとBは,本件店舗建物の南西端方向に行って画像に明確には姿が見えない時間帯がある。),また,15分46秒頃から19分25秒頃まで(この間に,CとBは,本件店舗出入口の前辺りでほとんど動かず,西方を見ている時間帯がある。)などである。したがって,Bの供述が本件画像と整合しないともいえない。

イ 弁護人は,BとCが,被告人が車の窓をたたいた場面は,画像に照らすと,両者の供述は整合しないなどと主張するが,そうとはいえない。

(5) 供述内容の自然性,種々の状況との整合性等

ア 被告人が本件車両を蹴ったことは,本件時,被告人がCとBの関係に腹を立て,同人らに対し乱暴な行動をとっていたことと整合しており,不自然ではない。

イ Bは,本件車両の両側ボディーを蹴ったこと以外の傷に対応する行為はいずれも見ていないと,見たことと見ていないことを区別して供述している。ボディーを蹴っているのを見た場面については,ほとんど特定できていないに等しいが,被告人が乱暴な行動を繰り返すなどしていたため,出来事の順序等については明確に記憶していないとしても不自然ではない。

ウ Bは,初対面の被告人が本件車両の窓ガラスをいきなりたたいてきたのは不思議であると述べている。もっとも,このことについては,Bは,被告人がどこかで,Bあるいは比較的珍しい外国車であり記憶に残りやすい本件車両を目撃していた可能性がある旨説明し,Cも,「被告人は,本件車両の所で「Cは俺の女だ」などと叫んでいた。近づいていくと,被告人は,「これ,Bでしょう。」と言ってきた。なぜ分かったかなと思い,びっくりした。座間の家にいたときに,Bに車で迎えに来てもらったことがあって,その時にBの名前を出したかもしれず,Bの車に乗ろうとしたら,被告人が走ってきたということがあった。」と供述している。そうすると,Bが会ったことのない被告人が,Bや本件車両を知っていたとしても,不自然とまではいえない。B自身も不思議と述べているようなことを,作り話でするとは考え難く,その方がむしろ不自然である。

エ Bは,大事な車が傷つけられているのを見ながら,近づいて制止するなどしていない。しかし,Bは,被告人がはさみを持っているのを見たというのであるから,被告人の行動を強く制止できなかったとしても不自然ではない。この点は,上記のとおり,Cも,Bの供述と同様の供述をしている。

被告人が本件時はさみを持っていたかどうかについては,これを肯定するBとCの互いに符合する供述があるが,被告人は,これを完全に否定しているので,項を改めて検討する。

(6) はさみの所持の有無

ア Bは,被告人が柄がピンクと白っぽいはさみを持っていたのを見たと明確に供述している。いつ持っていたかについては,殴られた時に持っていたほか,その前から持っていたが,いつ出したかははっきりしない旨供述している。また,2月6日の事情聴取では,最初のCとの合流時にはさみを持っているのを見たと供述したようであり,変遷もある。しかし,はさみを最初に見た時期を覚えていなくても不自然ではないし,変遷についても本件直後の供述の詳細は明らかではなく,Bも事件直後の事情聴取では興奮してパニックになっていたと述べており,はさみを持っていたのを見たという根幹部分の信用性を揺るがすとまではいえない。

イ Cの公判供述も,「被告人がはさみをかばんから出して持っていたのを1回見た。右手で小指が刃先の方になる持ち方で持っており,刃先がBの方を向いていた。枝の赤と白の部分が見えたので,私が前に被告人に上げたはさみだと思った。」というものであり,具体性がある(いつ上げたかは正確には覚えていないと述べるが,不自然ではない。)。

BとCの上記各供述は,互いに信用性を高め合っているといえる。

ウ また,EとDは,いずれも,Cが「はさみを置いて。」と叫んでいるのを聞いた旨供述している。

まず,Eは,公判廷で,「本件店舗の倉庫で作業中,Dに,Cが絡まれているらしいと聞き,Dと二人で確認しに行った(本件画像を見ながら,午後10時56分頃のこととしている。)ところ,被告人が日本語で怒鳴っていた。Dとひどくなったら警察に連絡しようと話し,倉庫での作業に戻ったが,その後Dが来て,はさみを持っているらしいと聞いた。被告人が凶器を持っている旨を電話で店長に伝え,危険になったら本件店舗の出入口ドアを閉めるよう指示を受けて,午後11時16分頃以降,本件店舗の出入口付近で様子を見ていた。被告人とCとが怒鳴り合っていたが,ほとんどが被告人が怒鳴り,Cはわずかに言い返していたという状況だった。被告人がCに対し,「最低の女だ。殺してやる。」などと言い,Cの前で死んでやると言った際には,Cも「じゃあ死ねよ。」くらいのことを言い返していた。本件店舗の出入口ドアを開けた際,最初に耳に入ってきたのは,Cの「はさみを置いて。」という言葉であった。Cは,「武器を持っているのは卑怯じゃないか。」みたいなことも言っていた。私も,被告人が手を前に突き出すようにしていて,何かを持っているように見えたことがあった。被告人の拳から何かが出ていた。午後11時17分17秒くらいのことであり,被告人は本件画像から見えなくなっていたが,本件店舗南西端より西側辺りをうろうろ動き回っていた時だった。その際,被告人がBの車を傷つけているところは見ていない。」旨供述している。

Eは,特に利害関係のない第三者であり,殊更に被告人に不利な虚偽の供述をするとは考え難い上,その供述内容には具体性もある。Eは,上記のとおり,午後11時16分頃,店の外に出て,最初にCがはさみは卑怯などと言っているのを聞いた旨述べている。さらに,午後11時15分頃の2回目の通報時に,被告人がはさみを持っているのを見たという情報が伝わっていたことから,CやBが被告人のはさみを見たのは,午後11時15分頃より前であり,その後被告人が本件車両を蹴り,午後11時16分頃にCがはさみをとがめているという順序になり,つじつまは合っている。

このEの供述は,B及びCの供述の信用性を高めている。

エ さらに,Dの供述(警察官調書抄本(甲30))も,以下のような通報状況とよく整合している。すなわち,

(ア) 1回目の通報は,午後11時4分25秒から午後11時6分57秒までの間であり,まず,Cが店の電話を借りて通報した。知り合いの黒人による暴力事件なので,パトカーに来てほしい旨要請している。Cは,危ない物を持っているかどうかを聞かれて,分からない旨答えている。その後DがCと替わって話をした。

(イ) 2回目の通報は,午後11時15分25秒から午後11時16分15秒までの間で,Cが店に入ってきて,「あの人がはさみを持っている。」と言ってきたので,Dが110番通報した。さっきまでは暴力はなかったみたいだが,はさみを持っているみたいと言われた旨告げている。

(ウ) 3回目の通報は,午後11時18分37秒から午後11時21分8秒までの間であり,Dは,「2回目の電話ではさみを持っているのを見たのかと尋ねられたので,一旦電話を切って見に行ったところ,被告人が西端駐車場の方に本件車両に向かっていくのを見た。D自身ははさみは見えなかったが,Cが「はさみを置いて。」と叫んでいるのを聞いて,110番通報した。」と供述している。そして,Dは,黒人(被告人)がやっぱりはさみを持っているみたいであると伝えた。被告人が感情が高ぶって叫んでいる状態とも伝えている。さらに,はさみを持ってそれで車を傷つけているみたいである,けがはさっきまではなかったなどとも説明した。Dの供述も,通報状況と相まって,B及びCの供述の信用性を高めている。

オ そして,本件後,2月6日未明(遺留品発見報告書(甲5)によれば,午前1時30分頃とされているが,関係者の供述に曖昧な所や食い違う部分があり,時刻までは不詳である。),本件店舗から直線距離で約115メートルの海老名市ae番地所在の株式会社F敷地内から,はさみが本件バッグとともに発見されたことが認められる(遺留品発見報告書(甲5))。そのはさみは,全長約14センチメートル,柄の部分が白地で指を入れる部分の内側が赤色のものであり,発見時には,柄の部分がやや曲がっていた。なお,本件バッグをその場所に遺棄したのは,被告人であった。

さらに,本件車両の右側前ドアのガラスには,はさみでつけたと考えて矛盾しない損傷が残っている。

はさみに関するB及びCの供述は,このような状況とも整合性がある。

なお,本件画像には,被告人がはさみを持っていることが明確に分かる場面は映っていないが,画像が部分的で,画質も鮮明ではないのであるから,不自然なわけではない。

カ 弁護人は,黒人である被告人の手の平が白いため,はさみと見間違った可能性があるなどと主張する。

しかし,これは,単なる見間違いでないことは明らかである。はさみが現に発見されていること,本件車両の窓にはさみで付けたものと符合する傷があることなどから,被告人がはさみを持っていたことと符合する客観的な事実が存在するからである。つまり,もし真実被告人がはさみを持っていなかったとすると,勘違いに端を発したにせよ,そもそも勘違いなどなかったにせよ,被告人がはさみを持っていることと符合する客観的な状況が何者か(CかBのいずれかしか考えられない。)によってねつ造されたことなる。

キ 実際,弁護人は,はさみの発見状況等に不審な点が多いことから,発見された場所にCがはさみを置いたに違いない旨の主張もしている。しかし,弁護人が指摘するはさみの発見状況等における不審な点は,Cがはさみを置いたとの合理的な疑いを生じさせるものではない。Cがはさみを置いたとすれば,「はさみを置いて。」と叫んだのも芝居であり,本件車両に自分の持つはさみで傷をつけることまでしたということになるが,およそそこまでする理由は考え難い上,仮に発見されたはさみがCの置いたものであるとすると,Cは,被告人が本件駐車場から走り去った後,被告人を追うなどした際にはさみを遺棄する機会はあったのに,本件バッグを発見するまで(警察官による事情聴取の際等に発覚する危険を冒して)そのはさみを持ち続けていたことにもなり,偽装工作をした者の行動としてはいささか不自然である。証人G(警察官)は,公判廷で,Cが本件バッグとはさみを発見した際,一緒に捜していたCのすぐ横におり,Cがはさみを置く機会はなかったと明言しており,十分信用できる。弁護人の主張は,憶測を重ねたにすぎないものというべきである。

ク 以上によれば,被告人がはさみを持っていたのを見たというB及びCの供述は信用できる。被告人は,本件駐車場内においてはさみを持っていたことが認められる。

(7) 以上の検討に照らせば,被告人が本件車両の両側ドアを蹴っていたとのBの供述は信用できる。

4  弁護人の主張等について

(1) 弁護人の主張

弁護人は,①本件画像やB,Cらの供述に照らすと,被告人に本件車両を傷つける機会はほぼなかった,②本件車両ドア部の足跡痕やサイドミラーやはさみの指紋といった客観的証拠が存在しない,又は収集されていないのは不自然である旨主張する。

しかし,①については,B及びCが店舗内にいる間に,被告人の姿が本件画像に映っていないから消えている場面がある(例えば,午後11時6分6秒頃から8分46秒頃までの間。この際,被告人が西方から本件店舗前に現れている。)など,被告人に本件車両に判示のような損傷を与える機会がなかったといえないことは明らかである。②についても,足跡痕や指紋は証拠として提出されていないが,それらは必ず証拠価値のあるものとして検出されるわけではないから,不自然とまではいえない。

さらに,弁護人は,被告人を疎ましく思うCとCに献身的であったBが,被告人を陥れようと,被告人を本件店舗にわざと来させてトラブルを起こさせようと仕組んだ,本件車両の傷もBの自作自演か,Cと一緒につけたものである,CとBの供述の符合は,二人で口裏合わせをしたからであるなどとも主張する。

しかし,これらの主張の根拠も薄弱で,種々の状況を曲解したものである。車の損傷について,二人の供述は一部しか目撃したことになっておらず,しかもそのうちの右側前ドアに関しては客観的にも明白な痕跡が残されていなかったのであるから,とても口裏合わせをしたり,自ら車に傷をつけたとは思われない。弁護人の主張は,いずれも強引な憶測といわざるを得ない。

(2) 被告人の供述

ア 被告人は,「本件当日の昼頃にCから迎えに来てほしいとの電話があったので,電車を使って本件店舗に行った。C,Bと口論になったが,Cが被告人宅に来るという約束を守らず,外の男と遊びに行くと言ったからであり,Bも帰れと言うなど口を出してきたので腹が立ったからである。そもそもBのことやCとの関係は知らないし,本件車両も見たことがない。私が本件駐車場に着いた時,BとCは本件店舗の外(南西端付近)で話をしていた。西端駐車場の方にも行っていない。本件画像から自分の姿が消えている時は,d駅の方に歩いていったり,Cの自転車も自分が買ったものであることを説明するのに本件店舗建物の西側付近に行ったりしただけである。はさみは持っていないし,Cからはさみのことを言われたこともない。発見されたはさみは見たことがない。本件駐車場から立ち去る際は,パトカーは見ておらず,文句を言っても仕方がないと思い,適当な方角に帰った。」などと供述している。

イ しかし,被告人が述べる本件店舗に行った経緯には裏付けがなく,また不自然でもある。

本件当日昼頃に被告人とCが携帯電話で通話した記録は残っていない。当日午後1時27分に被告人の携帯電話(ソフトバンク製,末尾番号5117)からCの携帯電話(au製,末尾番号2167)に発信した履歴は,被告人の携帯電話に残されている(報告書(弁2))が,通話したとの記録はない(捜査報告書(甲38),捜査関係事項照会書(甲43),回答書(甲44))。本件前に本件当日被告人がCと電話で話をしたことの裏付けは存在しない。

また,Cは,平成23年12月に被告人の家から実家に戻り,引っ越し先の実家は被告人に教えていなかったというのであり,家まで送り届けてもらうために呼んだことは考えられず,また,被告人の家に行くために呼んだというのも,Bに迎えに来てもらっていたことや当夜実際に被告人宅には帰っていないことなどに照らして,不自然である。本件当日午後10時43分にCの携帯電話から被告人の携帯電話に発信のみをした履歴がある(捜査報告書(甲40),写真撮影報告書(甲41))が,Bとの鉢合わせを心配して被告人の所在を確かめようとしたとのCの説明は一応理解できる。

そして,自転車のことを説明するためなどに何度も本件店舗の西側に行った(CやBと離れていた場面も含まれる。)というのは不自然であり,西端駐車場に行っていないとの供述も信用性に乏しい。本件駐車場から立ち去った際の理由,方向等も不自然である。

さらには,これまでの検討を踏まえると,被告人の供述は,Cが「はさみを置いて」と叫んでいたことのほか,はさみの発見といった客観的な状況と整合しない。

よって,被告人の供述は,その重要部分を含め,信用性に乏しい部分が多く,Bの供述の信用性を揺るがすものではない。

5  本件車両の損壊事実の認定

以上によれば,Bの供述により,被告人が本件車両の両側ボディーを蹴っていたことが認められる。もっとも,右側前ドアには凹損が生じていないが,B(Cも同様)が目撃した位置が本件車両から20メートル程度離れていたことから,被告人の蹴りがドアに実際に当たったのか,当たったとしてどの程度の損傷を与えるものであったのかについては明らかではない。しかし,少なくとも,被告人が蹴ったことにより本件車両の左側前ドアに凹損を生じさせたことは認めてよい。さらに,そうである以上,本件車両の他の損傷(右側サイドミラーの折損と右側前ドアガラスの損傷)も被告人の仕業によるものであると優に推認できる。なお,被告人が本件車両の窓に穴を開けるなどするのに使用した道具は,特定まではできないが,被告人が持っていたはさみであったとしても矛盾はない(はさみの柄の部分の変形もガラスを刺すなどした際に生じたと考えて矛盾はない。)。

また,損害見積額については,上記見積書記載の額から右側前ドアの修理費を除くとともに,損傷箇所共通の費用に関しては関係箇所の按分により右側前ドア以外の費用を推定して,算出した。

第3判示第2(傷害)の事実について

1  Bの公判供述の要旨

「本件店舗の前で被告人が向かってきて蹴ろうとしたが,当たらなかった。その後追い掛けられて,はさみを持った右拳で右頬を殴られ,右足で左大腿の辺りを蹴られた。その場所は,本件店舗を出て左に少し行った所である。」

2  Bの供述の信用性について

(1) 被告人から暴力を受けたこと,中でも顔面を殴られ足を蹴られたことについては,本件直後から,比較的明解でほぼ一貫した供述をしている。Bは,被告人が立ち去り,Cが追い掛けていって,本件店舗に残った際,Dに,被告人から殴られて蹴られたことを話している(Dの警察官調書抄本(甲30))。Eにも車を本件店舗の店先に持ってきた際に,殴られたと話している(Eの公判供述)。

右頬を殴られたことについては,本件翌日の2月6日に捜査官に,殴打された部位を右頬を指でさし示している写真を撮影されており(写真撮影報告書(甲34)),当初から同旨の供述をしていたことが十分にうかがわれる。なお,同人の同日付け警察官調書には被害部位が左頬と記載されているようである。Bは,右頬と言ったつもりで,調書が自己の供述と食い違っているのに気付かなかったと述べており,上記写真に照らしても,単なる誤記とみてよい。また,Bは,2月7日には,自己の携帯電話に右頬の状況を写真に撮って残してもいる(写真1枚(甲53))。いずれの写真も殴打の痕跡を明確に示すものではないが,殴打の証拠を残そうとする行動は,Bの供述とよく整合するものである。

さらに,Bは,その後,同月12日に医師から顔面打撲の診断も受けた(診断書(甲10))。受診したこと自体のほか,診断結果もBが被告人から顔面を殴られたとする供述を裏付けるものである。

(2) 本件画像等との整合性

ア 曖昧ながらも,Bが本件画像を見ながら供述したところによれば,被告人から殴られたり蹴られたりしたと述べる場面は,被告人が本件駐車場から走り去る直前であったようである。

本件画像では,午後11時19分19秒頃に,被告人がBに勢いよく迫って蹴ろうとしているように見える場面がある。Bが殴られるなどしたと述べる直前の行動は,この画像で裏付けられており,その後殴る,蹴るに及んだという流れは自然である。

イ 本件画像を見ると,Eは,出入口付近で様子を見ていたが,被告人が近づいてきたので,午後11時19分28秒頃にドアを閉めようとしている。その頃,被告人がBに突進し,右足を蹴り出したが,Bがそれをよけ,被告人が本件店舗の出入口前を通り過ぎた。19分32秒頃から,Eは,ドアを開けて外に出て,19分45秒頃まで,Bが殴られ蹴られたとする場所の方向である店の出入口から見て左斜め前方を見ている。その後19分46秒頃から48秒頃までパトカーが来た方向と思われる右側を見ており,被告人らから目を離している。19分48秒頃には被告人が走り去る姿が見られる。

Bは,被告人から殴られ蹴られたのはほんの短時間で,その時期はパトカーが来るちょっと前であると述べており,Eが被告人の暴行を目撃していないと述べていることと矛盾するとまではいえない。むしろ,Eは,被告人が振りかぶって殴るというのはしていなかったが,Bと接近している状態で,つかみかかったり,結構激しく手足を動かしたりしていたので,被告人が動かす手足がBに当たってもおかしくない状態はあったと供述した。また,Eは,被告人の手足がBに当たったのは目撃していないと述べているが,暗かったことと被告人自身の肌や服の色が黒くて紛れて見えにくかったとも述べているのであって,Eの供述は,被告人が殴ったり蹴ったりしたことと矛盾するとまではいえない。

ウ 本件画像により,被告人がBに勢いよく迫っていることが何度もあったことが裏付けられている(例えば,午後11時9分43秒頃,10分25秒頃,10分51秒頃,13分17秒頃)。Bの供述は,このような被告人の行動と整合している。

エ 弁護人は,①Bが暴行の時間を「1秒」とも述べていることから,そのような短時間では殴り蹴るという暴行は不可能である,②Eは,被告人とBのもみ合いの際に,Cが間に入っていたと述べており,被告人がBに暴行を振るうのはCが邪魔になってできなかった,などとも主張する。

しかし,①については,そもそもBの言う「1秒」を文字どおりに解すべきではない。そして,1秒に近い短時間であれば,連続して殴る蹴るの暴行を行うことは不可能とはいえない。また,②についても,Eは,被告人とCの間にBが入ることもあったとも述べているのであるから,Eの供述の一部のみを前提とする主張であって理由がない。

(3) Cの公判供述との整合性

ア Cは,「Bとともに,被告人と口論となってから,被告人がBを殴ったり蹴ったり,はさみを突き付けたり,車を蹴ったりしたのを覚えているが,いろいろなことが次から次へと起きて,パニックになっていて細かいことまでは覚えておらず,最初と最後しか確信を持って言えない。最初は,Bが車から降りて三人で口論となった際,被告人から突き飛ばされた。被告人は,Bに,Cと付き合っているのなら,600万円払えなどと言っていた。「Bは悪くないからやめなよ。」と言うと,被告人から上半身を突き飛ばされ,その後Bも被告人から上半身を突き飛ばされた。その場所は,本件店舗建物の南西端付近であった。また,最後は蹴りから始まって取っ組み合いみたいになっていた。被告人がBを殴ったのは何度かあったので,一つ一つの場面ははっきり覚えていない。被告人がBを蹴ったのを見たのは一度だけで,被告人が逃げ出す少し前頃(最後の方)であった。場所は,本件店舗出入口から少し左前(南南東)方向に行った敷地内である。逃げるBを追い掛けるようにして足を前に出した感じであった。Bの左太ももを多分右足で蹴ったと思う。」旨供述した。

イ Cの供述の信用性は,上述のとおり慎重に検討すべきであるところ,Cは,視力が良くなく(0.2ないし0.3と供述),眼鏡等も掛けていなかったこともあって,殴ろうとしたり蹴ろうとしたりした際に,手や足がBに当たったかどうかまでは見えなかったとも述べている。本件画像を見ながら供述しようとして,記憶に多少の混乱が生じたこともうかがわれるが,その供述は曖昧なものであり,殴打については,本件画像を見ながら,被告人がBを殴ったと思ったとCが述べる場面もあったが,Bが述べる最後の場面とは異なっている。蹴りについても,本件画像に被告人がBを追い掛けるようにして蹴っている場面があり,Cが述べる被告人が蹴った場面がそれであるなら,Bが蹴られたと述べる場面はその直後であるから,やはり異なっている。そうすると,肝心の部分ではBの供述と符合しているとまでは評価できない。

ウ もっとも,Cは,見たことと見ていないこと,覚えていることと覚えていないことを区別して供述しており,殊更に被告人に不利になるよう事実を誇張して述べている様子もうかがわれない。被告人が現場から逃げ出す直前,被告人とBが取っ組み合いみたいになっていたと,Bの供述と符合するともいえる供述もしている。そのほか,被告人が暴力を振るっていたことについては一貫して述べている上,被告人がBを何度も殴ろうとしたりしたことについては,Bの供述と符合している。

(4) Bの供述は,出来事の順序等については曖昧な面がある。しかし,Bが乱暴を受けそうになったことことが数回,本件店舗に出入りしたことも複数回あり,Cも入り乱れ,また,興奮した被告人に対応し,自身も興奮していたと推察されることなどからすれば,出来事の時期,順序について記憶が曖昧になっても不自然とはいえない。上記の曖昧さは,その供述の根幹部分の信用性まで揺るがすものではない。

(5) 以上によれば,被告人に顔面を殴られ足を蹴られたというBの供述は信用できる。

3  被告人の供述について

被告人は,怒ったり大声で怒鳴ったりしたことはあったが,Bに一切暴力を振るっておらず,身体に触れてもいないと述べて,Bを殴ったことや蹴ったことを否定している。本件画像でBに勢いよく接近しているように見える場面については,1月14日にCに傷つけられた手首の傷を見せ,怒っていることをアピールするためである,Cが間に入るように見える場面についても,私が手首を見せるのをCが嫌がって止めようとしたなどと述べている。しかし,手首を見せるために迫ったというのは,不自然であるし,Cの介入を含め,画像に表れている被告人の迫る勢いやBの避け方等と整合しないことも明らかである。自らの乱暴な振る舞いについて不合理な弁解をしていることからすれば,殴打や蹴りを否定する供述も信用できない。

4  傷害の結果について

(1) 本件傷害の公訴事実において,傷害の内容,程度については,「加療約12日間を要する顔面打撲」とされている。

上記のとおり,被告人から顔面を殴打されたことは認められるとしても,傷害の有無,程度については改めて検討する必要がある。

(2) しかし,診断書(甲10),電話通信紙(甲11)によれば,Bは,2月12日に受診して,顔面打撲と診断され,受診日から「約5日間の安静加療を要する見込み。また今後の経過によってはこの限りではない。」との診断を受けた。

また,上述の2月6日に撮られた写真(写真撮影報告書(甲34))や2月7日に映した写真(甲53)を見ると,ややBの右頬が赤らんでいるようにも見える。また,Cは,2月7日に自ら上記写真を撮った際,Bの右頬がちょっと赤かったと述べる。もとより,これらの証拠自体から,右頬に傷害の結果が生じていたと認められるわけではないが,Bの右頬の赤らみは,傷害が生じたことと整合している。

(3) 弁護人は,①加療12日間も要するような比較的重傷を負ったのなら,受傷から1週間も医療機関に受診しないのは不自然である,②そのような傷害を負ったのなら,受傷から短時間で受傷箇所が腫れ上がるはずであり,また痛みを感じるはずであるのに,本件後の写真やB自身の発言とは整合しない,③上記診断書の記載は,Bの主訴のみに基づくものであり,信用性は低い旨主張する。

しかし,そもそも,加療期間を約12日間とみることには後述のとおり疑問があるが,それを置くとしても,①については,Bは,受診が本件の1週間後になった理由について,仕事が忙しかったと述べており,必ずしも不自然とまではいえない。②については,確かに,上述のとおり,2月6日及び7日に撮られた写真からはBの顔面に顕著な外傷は確認できない。また,Bは,被害直後に警察官から事情聴取を受けた際,病院に行く必要があるかどうかを聞かれて,「今は痛くないので,行かない。」旨答えたという(証人Gの公判供述)から,Bが本件直後に痛くない旨発言した可能性はある。しかし,受傷後どの程度の時間が経過すれば,どの程度外貌に打撲痕が現れるか,どの程度の痛みを覚えるかは一概にはいえないし,Bが痛くないと述べた事情も種々考えられるのであるから,このBの発言から傷害が生じていなかったとはいえない。③については,仮にBの主訴が診断の主要な根拠であったとしても,医師がBへの問診によって診断したことに変わりはない(なお,上記診断書について弁護人は不同意の意見を述べたが,作成の真正は争わなかった。)のであるから,そのことのみをもって,Bに外傷が生じていなかったなどとはいえない。

なお,弁護人は,加えて,Bが受診までの約1週間の間に自ら頬を殴って受傷を自作した可能性をも示唆する。Bが自らの意思のみでそのようなことをするとは考えられず,そのようなことをしたとすれば,Cが関与している可能性が高いところ,確かに,後述の本件窃盗の公訴事実に関しては,Cが,窃盗の成否に重大な影響を与える事実を覆い隠したことがあった。しかし,本件時に生じた事実をなかったものとして供述するのと,なかった事実を作り出すのとでは大きな違いがある。Cは,窃盗に関しても,公判廷では,事実を隠蔽したことやその経緯も含めて率直に供述しており,CやBが存在しない事実を作り出してまで,被告人をおとしめようとしたとは考えられないというべきである。

(4) 以上によれば,Bが被告人の殴打により右頬に打撲を負ったことは認められるが,加療期間について更に検討すると,まず,受診日までにBが受傷部位にどのような措置を施したのかは,証拠上明らかではない。さらに,上記診断書は,安静加療5日の見込みと記載しているが,受診後にどのような治療が施されたのかも明らかではない(これらの点について,証人Bに尋問されていない。)。その加療見込み期間について,「今後の経過によってはこの限りではない。」とした趣旨は,5日までは要しないこともあるとしたものか,5日で足りないこともあるとしたものかも,後者の可能性が高いものの,明らかとはいえないが,少なくとも加療期間について見込み以上の立証がされていない。受傷後1週間も全く治療措置を施さないでいた場合,その後に5日間の治療が必要としても,受傷日から通算して加療期間とするのも相当とはいえない。上記のような立証の内容,程度に鑑みると,上記診断書の記載どおりに加療期間を認定することはできないと判断した。

そこで,当裁判所は,判示のとおり,Bに傷害が生じたと認めたものの,傷害の程度については,せいぜい受診後5日間(受傷後12日間)程度の安静を要する見込みとの認定にとどめた。

第4本件窃盗の公訴事実について

1  本件窃盗の公訴事実の要旨は,「被告人は,平成24年2月5日午後10時55分頃から同日午後11時20分頃までの間に,本件駐車場において,Cが同所に置いていた同人所有又は管理の現金約1万8800円及び財布等33点在中のエコバッグ1個(時価合計約1万2050円相当)を持ち去り窃取した」というものである。

2  そこで,検討するに,被告人が,本件駐車場でCが持っていた上記公訴事実記載の金品在中のエコバッグ(以下「本件バッグ」という。)を,同所から持ち去ったことについては,当事者間に争いはなく,被告人の公判供述,C,Bの各公判供述,捜索差押調書(甲23),写真撮影報告書(甲19,20,24),捜査報告書(甲25),領置調書(甲21),被害品確認書(甲22,26)等の関係証拠によっても優に認められる。

しかし,被告人は,本件バッグを持ち去る前に,本件駐車場で,CがBを迎えに来させたことなどに腹を立て,これまでCとの交際に多額の金を使った,それを返せ,本件バッグも被告人の金で買った物だろうなどと言い,Cがこれに応じて,被告人に対し,本件バッグを持っていってもいい旨言ったことが認められる(この事実について検察官も争っていない。そして,Cも公判廷で同旨の供述をしている。Cの公判供述は,本件バッグは自分で買ったものであったから,そう言い返したが,被告人から被告人の金で買ったんでしょうなどと言われ,それで気が済むならと思い,その場を収めるため,持っていけばと言ったという旨のものである。Cの捜査段階の供述調書(警察官調書,検察官調書)には,このような事実について記載されていないようであるが,そのことについて,Cは,当初の警察の取調べで,持っていってもいいと言ったかもしれないことを取調官に話したが,取調官から,それでは窃盗にならないなどと言われ,2月8日付けで被害届を出すことになって,供述調書にはそのことが記載されなかったが,公判廷で証言する前に,検察官から記憶に基づいて本当のことを述べるよう言われて,この事実を述べた旨の供述もしている。これらによれば,Cの上記供述は十分に信用できる。)。

物の占有者が占有移転について承諾している場合には,窃盗罪は成立しない。

3  この点について,検察官は,持っていってもいいというのは本心ではないと主張し,その理由として,持っていってもいいと言う前に被告人とCはトラブルとなっており,被告人には暴力的な行為も見られたこと,上着も同様に被告人から返すように言われたが,それを投げ捨てていること,持っていってもいいというのも投げやりな言い方で言ったこと,本件バッグの中には生活必需品が入っていたことなどの事情を挙げ,しかもいずれの事情も被告人が認識していたとも主張する。

検察官が挙げる事情は,いずれもほぼそのとおりであったといえる。しかし,それらの事情は,Cが,積極的に本件バッグを被告人に渡したいと思っていたわけではないことを基礎付けるにとどまる。実際,Cは,財布等が本件バッグに入っていることを失念していたようであり,程なく被告人と電話で話した際に,本件バッグを返してほしい旨言い,本件店舗の付近で被告人が置いた本件バッグを発見するに至っており,C自身も供述するように,Cの本心としては持っていってほしくなかったことは間違いない。それでも,それらの事情は,被告人が本件バッグを持ち去ることへの承諾が真意でなかったことを示すものとはいえない。むしろ,Cの上記供述内容に加え,BもCが被告人に買ってもらったものなどを返そうとしていた旨供述していることなどに鑑みると,Cは,本件バッグを持っていかせることで被告人の気が済み,その場が収まればいいという気持ちで,持っていっていいと言ったと認められ,被告人が本件バッグを持ち去ることについての承諾自体は真意であったというほかない。

4  被告人が本件バッグを持ち去ることについてCの承諾があった以上,被告人の行為は窃盗罪を構成しないから,本件窃盗の公訴事実については,犯罪の証明がないので,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(法令の適用)

罰       条

判示第1の所為   刑法261条

判示第2の所為   刑法204条

刑 種 の 選 択

判示各罪について   罰金刑

併合罪の処理   刑法45条前段,48条2項(罰金の多額を合計)

未決勾留日数の算入   刑法21条

訴訟費用の不負担   刑訴法181条1項ただし書

(量刑の理由)

被告人は,親密な関係にあった女性の男性関係に怒り,同女がアルバイトをするコンビニ店の駐車場で同女とトラブルとなり,同女を迎えに来ていた男性が間に入るなどしたことにも腹を立て,同人の自動車に傷をつけ,同人を殴ってけがを負わせた。女性への気持ちが高ずる余り,衝動的に起こしたものであるとはいえ,短絡的であり,被害者には格別落ち度もないことから,経緯,動機に同情すべき事情は乏しい。被害車両の損傷は,修理に相当高額の費用を要するものであった。もっとも,傷害の程度は比較的軽く,暴行も執ようとまではいえない。被告人は,各犯行の否認を貫いており,被害弁償も全くしておらず,また,反省の態度も見受けられない。

以上によると,被告人の刑責は軽微とまではいえないが,さして重いものともいえず,被告人が,既に約1年8か月も身柄拘束を受けていること,今後,元交際女性の気持ちに反してまで関係にこだわることはしないと誓っていること,これまで前科はないことなども併せ考慮すると,本件公訴事実中の一部のみの事実で,執行猶予を付するとしても懲役刑を科するのは相当ではなく,被告人には主文掲記の罰金刑を科するのが相当であると判断した。(求刑 懲役2年)

(裁判官 景山太郎)

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