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横浜地方裁判所 平成24年(モ)827号 決定 2013年2月20日

申立人

代理人弁護士

日下隆浩

相手方

代理人弁護士

中村敏之

主文

基本事件を横浜家庭裁判所に移送する。

理由

第1申立ての趣旨及び理由等

申立人の本件移送申立ての趣旨及び理由は,別紙「移送申立書」(写し)記載のとおりであり,これに対する相手方の意見は,別紙「意見書」(写し)記載のとおりである。

第2事案の概要

1  基本事件は,申立人(基本事件原告)が,相手方(基本事件被告)に対し,相手方が申立人の夫であるAと不貞行為に及んだとして,不法行為による損害賠償金880万円(慰謝料800万円と弁護士費用80万円の合計)及びこれに対する平成24年6月2日(基本事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

相手方は,相手方がAとの交際を開始する以前に,申立人とAとの婚姻関係は破綻しており,申立人には婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的保護に値する利益がなく,また,相手方がその旨認識したことに過失はないなどとして,争っている。

2  申立人は,当庁に基本事件が係属した後,Aが,申立人に対し,民法770条1項5号に基づく離婚及び不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)等の支払を求めるとともに,Aと申立人との間の長男の親権者をAと定めることを求める訴訟(以下「別件離婚訴訟」という。)が横浜家庭裁判所に係属したことから(横浜家庭裁判所(家ホ)第299号),人事訴訟法(平成15年法律第109号,以下「法」という。)8条1項に基づき基本事件を横浜家庭裁判所に移送する旨の裁判を求めている。

相手方は,基本事件が法8条1項所定の「家庭裁判所に係属する人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟」には該当しないとした上,仮に,そうでないとしても,同項所定の「相当と認めるとき」に該当せず,また,申立人の本件移送申立ては訴訟上の権能の濫用であるとして,本件移送申立てを却下する旨の裁判を求めている。

第3当裁判所の判断

1  法は,人事訴訟を家庭裁判所の職分管轄とするとともに(法2条及び4条),人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求も,一定の場合に,当該人事訴訟事件と併合して,家庭裁判所で審理できることとした(法8条1項並びに17条1項及び2項)。これは,当該損害賠償に関する請求は,当該人事訴訟に係る請求の原因である事実を基礎としているため,主張立証の対象となる事実関係が当該人事訴訟と極めて密接な関係にあり,当該人事訴訟と併合して審理することが当事者の立証の便宜及び訴訟経済に合致するとともに,訴訟遅延の原因にもならないことが通常であると考えられることから,民事訴訟法136条の特例を定めたものであって,廃止された人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)7条2項ただし書にいう「(婚姻ノ無効ノ訴,其取消ノ訴,離婚ノ訴及ヒ其取消ノ)訴ノ原因タル事実ニ因リテ生シタル損害賠償ノ請求」に関する従前の実務を踏襲するとともに,人事訴訟事件の家庭裁判所への移管に伴い必要な規定を整備したものと解される。

このような法の趣旨にかんがみると,「人事訴訟に係る請求・・・の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求」(法17条1項)及び「人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求」(法17条2項,法8条1項)とは,人事訴訟に係る請求原因事実と同一であるか,これと強度の関連を持つ事実を基礎とし,これを事由として民事訴訟手続により請求し得る損害の賠償に関する請求を意味すると解するのが相当というべきである。

例えば,人事訴訟に係る請求が離婚や婚姻無効である場合,これと併合して審理することができる損害の賠償に関する請求は,①離婚請求をする当事者(離婚訴訟の原告)が求める損害の賠償に関する請求であって,当該離婚請求の相手方と共同不法行為の関係にある第三者を相手方とするもの(最高裁昭和33年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事30号131頁参照),②離婚請求をする当事者(離婚訴訟の原告)の有責行為を主張して,同請求を争う当事者(離婚訴訟の被告)が求める損害の賠償に関する請求であって,当該有責行為を理由とするもの(長野地裁諏訪支部昭和26年6月25日判決・下民集2巻6号808頁参照),③婚姻無効請求(婚姻意思の不存在等を請求原因事実とするもの)を争う当事者(婚姻無効訴訟の被告)が求める損害の賠償に関する請求であって,内縁関係の不当破棄ないし婚姻予約の不履行を理由とするもの(大阪高裁昭和42年6月26日判決・下民集18巻5及び6号695頁〔最高裁昭和44年10月31日第二小法廷判決・民集23巻10号1894頁の原審〕参照)をいずれも包含すると解されるし,更に進んで,④離婚請求をする当事者(離婚訴訟の原告)の有責行為を主張して,同請求を争う当事者(離婚訴訟の被告)が求める損害賠償請求であって,当該有責行為と共同不法行為の関係にある第三者を相手方とするものも含んでいると解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに,一件記録によれば,別件離婚訴訟では,Aが,申立人に対し,民法770条1項5号に基づく離婚を求めているのに対し,申立人がAの有責性を主張してこれを争っているところ,Aの主張に係る離婚原因を基礎付ける事実(婚姻関係の破綻時期を含む。)は,基本事件における相手方の主張と軌を一にするものであり,また,別件離婚訴訟において申立人が主張するAの有責性を基礎付ける事実(婚姻関係の破綻時期を含む。)は,基本事件における申立人の主張に係る請求原因事実の主要部分を構成するものであることが認められ,かつ,これらの事実関係の立証には,A,申立人及び相手方の各尋問が必要となるものと考えられる。

そうすると,基本事件は,別件離婚訴訟に係る請求原因事実と強度の関連を持つ事実を基礎とし,これを事由として民事訴訟手続により請求し得る損害の賠償に関する請求に係る訴訟であると認められるから,法8条1項にいう「家庭裁判所に係属する人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟」に該当すると認めるのが相当というべきである。

これに反する相手方の主張は,採用することができない。

3(1)  上記2で説示したところに加え,一件記録からうかがえる別件離婚訴訟と基本事件の進行状況等に照らせば,基本事件を別件離婚訴訟が係属している横浜家庭裁判所に移送するのが,相当であると認められる。

(2) この点,相手方は,基本事件では,別件離婚訴訟では問題とならない相手方の故意・過失も問題となるから,移送は不相当である旨主張するが,相手方の故意・過失の立証に関しても,A及び相手方の各尋問を要するものというべきであるから,この点は,基本事件を移送することを不相当と認めるべき理由とはならない。

相手方は,別件離婚訴訟では,Aが申立人に支払を求めている慰謝料や申立人とAとの子の親権者の指定という,基本事件と無関係の争点があることを指摘するところ,確かに,申立人の主張が排斥され,Aないし相手方の主張が容れられる場合には,別件離婚訴訟につき,Aが申立人に支払を求めている慰謝料や申立人とAとの子の親権者の指定が問題になるが,これらの判断に先立って必要となる,Aの主張に係る離婚原因及び申立人の主張に係るAの有責性につき判断するためには,A,申立人及び相手方の各尋問を経る必要があること,基本事件が移送され,別件離婚訴訟と口頭弁論が併合されることになっても,その後,両訴訟の進捗状況等によって,口頭弁論の分離も可能であると解されること(法8条2項は,「口頭弁論の併合を命じなければならない」と規定するのみで,民事訴訟法41条3項のように「弁論及び裁判は,併合してしなければならない」と規定するものではない。)からすれば,これらの点も,基本事件を移送することが不相当と認めるべき理由とはならない。

(3) 相手方は,基本事件を移送され,別件離婚訴訟と口頭弁論が併合されることになると,別件離婚訴訟の争点整理が完了し,人証調べに至るまで,基本事件の進行が事実上停止することとなり,基本事件の訴訟手続が著しく遅延するとか,申立人の本件移送申立ては,訴訟上の権能の濫用である旨の主張もする。

確かに,基本事件については,平成24年11月14日の第3回弁論準備手続期日において,人証調べの日程を決めて,弁論準備手続を終結したという経緯があるが,その際,申立人は,反論の準備書面の提出と裏付書証の提出を留保したものであり,当裁判所は,その後,申立人がした本件移送申立てのほか,申立人が追加しようとした主張及び立証をも踏まえて,再度,基本事件を弁論準備手続に付し,相手方の反論及び反証を促したところであり,その内容に照らせば,再度,弁論準備手続を終結して,人証調べを実施するまでに,申立人に再反論等の機会を与えるなど,若干の争点整理を行うことが相当であるといえる。

そして,別件離婚訴訟においてA及び申立人が提出した訴状や準備書面の内容に照らせば,同訴訟における争点整理にそれほど長い期間を要するとも考えにくいところであるから,直ちに基本事件の訴訟手続が著しく遅延するとか,申立人の本件移送申立てが単に引延しの手段にすぎないとは認められない。

3  よって,基本事件を横浜家庭裁判所に移送することとし,主文のとおり決定する。

(裁判官 嶋末和秀)

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