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横浜地方裁判所 平成24年(ヨ)397号 決定 2012年10月11日

債権者

同代理人弁護士

永塚良知

債務者

Y1<他1名>

上記両名代理人弁護士

花村聡

"

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は、債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

一  債務者らは、債権者に対し、連帯して、金一六六一万五三二四円及びこれに対する平成二四年七月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を仮に支払え。

二  債務者らは、債権者に対し、連帯して、平成二四年六月から平成二四年一一月まで毎月末日限り六五万円を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債権者が、債務者Y1に対しては、不法行為(交通事故)に基づく損害賠償として、債務者東京海上日動火災保険株式会社に対しては、同債務者が債務者Y1の債権者に対する損害賠償債務を重畳的に引き受けたとして、債務者らに対し、損害賠償の一部として、連帯して、金員の仮払いを求める事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実及び各末尾掲記の疎明資料等により容易に認定できる事実)

1(1)  債務者東京海上日動火災保険株式会社(以下、「債務者東京海上」という。)は、損害保険業等を目的とする株式会社である(公知の事実)。

(2)  債務者Y1(以下、「債務者Y1」という。)は、債務者東京海上との間で、交通事故による損害の賠償保険契約を締結していた(審尋の全趣旨)。

2  本件交通事故の発生

債権者の運転する自家用大型自動二輪車(被害車両)と債務者Y1の運転する自家用普通乗用自動車(加害車両)との間で次のとおり衝突事故が発生した(以下この交通事故を「本件交通事故」という。)。

(1) 日時 平成二二年五月二日午前〇時五分ころ

(2) 場所 横浜市<以下省略>

(3) 加害車両 自家用普通乗用自動車(ナンバー<省略>)

(4) 被害車両 自家用大型自動二輪車(ナンバー<省略>)

(5) 事故態様 被害車両が対面信号が赤から青に変わり発進したところ、対向車線を走行していた加害車両が突然転回して、被害車両側車線に進入し、被害車両と衝突した。

3  本件交通事故の責任原因

交差点において転回をする車両は、対向車線を走行する車両に注意すべき義務があるところ、債務者Y1は、被害車両が青信号で発進しているにもかかわらず、転回が禁止されている交差点において、注意を怠り漫然と転回を行った点につき注意義務違反があり、債権者に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

4  債権者に生じた傷害

債権者は、本件交通事故により、右大腿骨骨折及び左脛骨開放骨折を受傷し、医療法人回生会ふれあい横浜ホスピタルに通院治療中である。

債権者は、歩行には装具を装着する必要がある状態にある(甲五の一ないし四)。

5  債権者の入通院状況

債権者は、本件交通事故による傷害の治療のため、以下のとおり、入通院した(審尋の全趣旨)。

(1) 入院状況

ア 横浜市立みなと赤十字病院

平成二二年五月二日から同年八月一八日まで

イ 医療法人回生会ふれあい横浜ホスピタル

平成二二年八月一八日から平成二三年九月三日

ウ 医療法人回生会ふれあい横浜ホスピタル

平成二四年三月九日から同年四月一七日まで

(2) 通院状況

ア 医療法人回生会ふれあい横浜ホスピタル

平成二三年九月五日から平成二四年三月八日まで

イ 医療法人回生会ふれあい横浜ホスピタル

平成二四年四月一九日から平成二四年八月一日まで

6  債務者Y1から債権者に対する損害賠償金の支払状況

債務者Y1は、別紙(Y1)二〇一二〇八二〇現在集計表のとおり、債権者に対し、本件交通事故による損害の賠償として、同別紙の「支払日」欄記載の日に、「X」欄記載の金額を支払った。また、債務者Y1は、債権者に対し、平成二四年八月二九日から同年九月二五日までの間に、同じく本件交通事故による損害の賠償として四七万五〇八二円を支払った(債権者に対する支払は、債務者東京海上によりされているが、これは、前記1(2)の保険契約に基づく事実上の取り扱いといえる。)。

二  争点及び当事者の主張

本件における主要な争点は、①債務者東京海上が債務者Y1と連帯して債権者に対し損害賠償責任を負うか、②債務者らが債権者に対し仮に支払うべき本件交通事故による損害賠償の金額、③過失相殺の適否及びその割合であり、これらの争点についての当事者の主張の要旨は以下のとおりである。

1  争点①(債務者東京海上が債務者Y1と連帯して債権者に対し損害賠償責任を負うか。)

(債権者の主張)

債務者東京海上は、債務者Y1との間の保険契約により、債権者に対して直接請求権を付与する第三者のためにする契約を締結しており、債権者は、債務者東京海上に対する直接請求を行うことにより受益の意思表示をしている。また、債務者東京海上は、本件交通事故による損害の賠償内容について、債権者ないし債権者代理人弁護士と直接交渉しているが、これは、債務者東京海上が債務者Y1の債権者に対する損害賠償義務を重畳的に債務引受しているからである。

(債務者東京海上の主張)

債権者が債務者東京海上に対して、本件交通事故による損害の賠償を直接請求できるとしても、それは、債務者らの間における保険契約に基づくものであり、当然、この保険契約の定めに従うことになる。本件では、債務者らの間の保険契約が定める直接請求の根拠、条件となる事実は発生していないから、債権者は、債務者東京海上に対する直接の損害賠償請求権を有しない。

2  争点②(債務者らが債権者に対し仮に支払うべき本件交通事故による損害賠償の金額)

(債権者の主張)

(1) 治療費(個室費用)

債権者は、本件交通事故により両脚粉砕骨折となり、不自由であることから病院の個室に入院した。主治医も「医学的な理由、必要性有り」、「両下肢の骨折であり、移動の面から個室対応が適当である」と個室での入院が必要である旨判断している。これまでに生じた個室費用は、合計四六二万八四〇〇円であり、これは本件交通事故と相当因果関係のある損害である。

債務者らが指摘する文書料については、保険会社等に提出するための診断書作成費用であり、本件交通事故と相当因果関係のある支出である。

(2) 休業損害

ア 休業による損害額

債権者は、本件交通事故に遭ったとき、月額六五万円の給与収入を得ていたが、本件交通事故により就業できなくなり、平成二二年五月から二五か月分の休業損害として合計一六二五万円の損害を被っている。債権者は、平成二二年分の給与所得の源泉徴収票(甲七)、平成二三年度の課税証明書(甲八)、平成二二年分退職所得給与所得に対する所得税源泉徴収簿(甲二一)等を提出しており、疎明としてはこれらで十分である。これらの疎明資料に信用性がないというのであれば、債務者らの方でこれらが偽造されたものであることなどを疎明すべきである。

イ 休業期間

債務者らは、債権者が一定時期以降軽作業の範囲において就労可能であった旨主張するが、債権者の担当業務は不可分一体となっているものが多いし、車検代行、店頭販売、来客対応、販売車両の仕入れは、債権者の現状からすれば遂行不可能である。

(3) 入院雑費

債権者は、平成二二年五月二日から平成二三年九月三日まで、平成二四年三月九日から同年四月一七日まで合計五三〇日間入院しており、一日当たり一五〇〇円の入院雑費がかかるところ、その合計は、七九万五〇〇〇円となる。

(4) 入通院慰謝料

債権者は、前記(3)のとおり、合計五三〇日、約一七・六か月入院しており、平成二三年九月四日から平成二四年三月九日まで及び同年四月一八日から同年六月三〇日まで約八・五か月通院している。これにより債権者に生じた精神的損害を慰謝するためには三七〇万円が必要である。

(5) 弁護士費用

本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用のうち本仮処分申立てにかかる請求に対応する弁護士費用は、二五三万七三四〇円となる。

(6) 確定遅延損害金

これまでに発生している遅延損害金は、三〇二万〇四七七円となる(上記損害項目の合計二七九一万〇七四〇円×五パーセント×(平成二二年五月二日から平成二四年六月三〇日まで二年+六〇日÷三六五日))。

(債務者らの主張)

(1) 治療費(個室費用)

債権者が入院時に個室を使用しなければならない客観的必要性について何ら疎明がされていない。不自由であるというのは、債権者が抱いている主観的な評価に過ぎない。仮に債権者が担当医の意見書に依拠して、移動が不自由であることを根拠とするにしても、入院患者が移動を必要とすることはなく、個室使用の合理的理由になり得ない。また、債権者の請求額には、疎明資料からすれば、個室使用料ではない文書料が含まれている。

(2) 休業損害

ア 損害額について

債権者の平成二一年度の収入は、年額五一〇万円であり、これは全て債権者の勤務先会社からの給与収入である。これを基に債権者の月額給与を計算すると約四二万円となる。債権者の休業損害として認められるべき金額はこの月額四二万円に限られる。債権者は、平成二二年分の源泉徴収票(甲七)及び平成二三年度の課税証明書(甲八)を根拠にして、これを二三万円も上回る月額六五万円の請求をしているが、これらは、本件交通事故の後作成されたものであるし、債権者の勤務先会社の規模(代表取締役一名、従業員は債権者を含めて二名)からすれば、債権者の意向に添って事実と異なる源泉徴収票を作成することもあり得ることから、疎明として十分ではない。また、債権者は、給与が大幅に増額されたことの合理的理由を主張、疎明していない。

イ 休業が必要な期間について

債権者の担当医は、平成二三年一〇月二日付けの回答書において、債権者について、「部分就労、事務や軽作業は可能である」旨回答している(平成二四年五月八日付けの回答書においても同旨の回答がされている。)のであるから、債権者は、平成二三年一〇月二日の時点において、部分就労、事務や軽作業を行うことは可能であった。また、債権者は、装具を付ければ、歩行が可能であることを自認している。債権者は、勤務先会社において、経理部長として金銭の出納を任されていたのであるから、債権者の担当業務のうち事務作業が大きな割合を占めていたというべきであるし、その他の担当業務としても、車検代行や部品の販売、来客対応等の事務作業、軽作業が中心である。したがって、遅くとも、平成二三年一〇月二日以降の休業損害は、実通院日数の限度で認められるというべきである。

(3) 入院雑費

債権者の主張は争う。

(4) 入通院慰謝料

債権者の主張は争う。

(5) 弁護士費用

仮払仮処分申立事件において、弁護士費用を請求することは、保全の必要性の見地からして相当ではない。仮に弁護士費用の請求が認められるとしても、それを既払金控除前の賠償総額の一割とするのは高額に過ぎる。

(6) 確定遅延損害金

債務者らは、前記第二、一6のとおり、債権者に対し支払をしている。債権者の請求すべき元本は、弁護士費用を除く賠償総額に当該支払日までの遅延損害金を加えたものから、当該支払額を差し引いたものとなるべきであり、同元本の遅延損害金発生日は、当該支払日の翌日となる。

3  争点③(過失相殺の適否及びその割合)

(債務者らの主張)

債権者は、本件交通事故が発生した交差点の対面信号が青色に変わったのを見て、スピードを上げている。この交差点付近に残されていた債権者運転車両のタイヤのスリップ痕は、衝突地点まで長さ約三一・五メートルに及んでおり、これを前提に債権者運転車両の速度を算出すると、時速七四・八キロメートルとなる。さらに、債権者運転車両は、債務者Y1運転車両に衝突して停止したことを併せて考慮すれば、債権者運転車両は、少なくことも時速八〇キロメートル以上の速度で走行していたといえるのであり、制限速度である時速六〇キロメートルを大きく超過している。この事実からすれば、債権者に速度超過の過失が認められることは明白であって、その割合は少なくとも一〇パーセントには達するというべきである。

(債権者の主張)

本件交通事故は、債務者Y1が転回禁止場所においてあえて転回を行ったことによって生じたものであるから、債権者に過失はない。債務者らは、物損の処理において、債権者に過失割合がないことを前提に合意している。

第三当裁判所の判断

一  争点①(債務者東京海上が債務者Y1と連帯して債権者に対し損害賠償責任を負うか。)について

債権者が債務者東京海上に対して本件交通事故に基づく損害賠償を請求するためには、債務者らの間で締結されている保険契約が定める交通事故の被害者の債務者東京海上に対する直接請求の条件を満たす必要がある。

疎明資料(乙一三ないし乙一五)によれば、被害者の債務者東京海上に対する直接請求が可能となるための要件としては、①債務者Y1が債権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、債務者Y1と債権者との間で、判決が確定するか、裁判上の和解若しくは調停が成立すること、②債権者と債務者Y1との間で損害賠償の額について書面による合意が成立したこと、③債権者が債務者Y1に対する損害賠償請求権を行使しないことを債務者Y1に対して書面で承諾したこと、④債務者Y1又はその法定相続人の破産、生死不明、あるいは債務者Y1が死亡しその法定相続人がいないこと、⑤損害賠償額が保険限度額を超えることが明らかになったことのいずれかが必要とされていると一応認めることができる。

債権者は、上記直接請求を可能せしめる要件を構成する事実についての具体的な主張、疎明をしていないから、債権者の債務者東京海上に対する直接請求権の存在の主張には理由がないというほかない。

また、債権者は、債務者東京海上が債権者に対し、債務者Y1の債権者に対する損害賠償債務を重畳的に債務引受した旨主張するが、このような債務引受の意思表示がされたことを示す直接的かつ客観的な疎明資料、根拠は提示されていない。債権者は、債務者東京海上の担当者が、債務者ないし債務者代理人弁護士と交渉した事実をもって、債務引受がされたことの根拠であると主張しているが、交通事故の加害者が加入する保険会社が加害者の損害賠償義務を填補する立場にあることから事実上被害者と損害賠償の額等について交渉することは日常的にされていることであり、債務者東京海上においてあえて債務者Y1の債権者に対する損害賠償債務を重畳的に引き受けるべき動機も認められないところ、このような債務者東京海上の対応をもって直ちに債務引受の黙示の意思表示がされたと認めるには足りない。

よって、債権者の債務者東京海上に対する請求には理由がない。

二  争点②(債務者らが債権者に対し仮に支払うべき本件交通事故による損害賠償の金額)について

1  治療費(個室費用)

疎明資料(甲二)によれば、債権者の担当医は、債務者東京海上による債権者の個室使用の必要性についての問い合わせに対し、債権者の傷害は、両下肢の骨折であり、移動の面から個室対応が適当である旨回答していることを一応認めることができる。また、前記第二、一4のとおり、債権者は、本件交通事故により右大腿骨骨折及び左脛骨開放骨折の傷害を負い、左膝関節伸展拘縮等の症状が生じていたことからすれば(甲三)、債権者においては、入院中に部屋間の移動について困難を生じていたと一応認めることができ、債権者の担当医は、このような債権者の困難は可能であれば解消されるのが望ましいとの認識から上記回答をしたと認めることができる。しかしながら、個室の利用料を本件交通事故と相当因果関係のある損害というためには、本件交通事故によって債権者に生じた傷害が重篤であるため、その治療のために、医学的見地からして個室の使用が不可避であるといえることが必要というべきである。前記担当医の回答を見ても、このような医学的見地に基づく具体的な個室使用の必要性については言及されておらず、債権者の傷害の治療のために個室使用が不可避であったとまで認めるに足りない。したがって、個室の使用料を本件交通事故による損害であるとする債権者の主張には理由がないというべきである。なお、入院により、通常の病室等の自宅とは異なる環境での生活を強いられたことによる精神的苦痛等は、別途入院慰謝料によって回復されるべきものといえる。

ただし、疎明資料(甲六の一、同一五、同一六)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、診断書等の医師による文書の作成のために、文書料合計一万九〇〇〇円を支出したことを一応認めることができ、交通事故の被害者が、加害者側に対して損害の賠償を求めるための資料として医師による診断書等を交付することは一般的であるといえるから、この支出は本件交通事故と相当因果関係のあるものといえる。

2  休業損害

(1) 損害額について

疎明資料(乙一、乙二)によれば、債権者の勤務先会社からの平成二一年分の給与所得は合計五一〇万円(月額換算四二万五〇〇〇円)であったことを一応認めることができる。債権者は、平成二二年二月以降本件交通事故の発生まで、月額六五万円の給与を得ていた旨主張し、同月以降収入が増加した経緯について、債権者は平成二一年当時自身で会社を経営していたが、勤務会社の代表者から給与を上げる代わりに勤務会社での業務に専念してもらいたい旨依頼を受け、これを受け入れた結果、平成二二年二月から給与が債権者主張額まで増額された旨主張している。しかしながら、この給与増額に至る経緯の前提となる、債権者が自身で経営していた会社からの収入が別途あった事実及びその収入の額についての客観的資料は提出されていない。むしろ疎明資料(乙二)は、平成二一年当時においても、債権者の収入は勤務先会社からの給与のみであったとの認定に整合する。また、債権者が主張する、勤務先会社からの給与が平成二二年二月から月額二二万五〇〇〇円も増額された経緯、理由について、客観的な裏付けとなる資料は提出されていないし、勤務先代表者等第三者による陳述書等も提出されていない。

このような主張、疎明の状況からすれば、債権者が提出している疎明資料(甲七、甲八、甲二〇、甲二一ないし甲二四)によって、債権者の給与が、本件交通事故発生時に、将来的にも確定的に月額六五万円に増額変更されていたとまで認めることはできないというべきである。また、仮に債権者が主張するような給与の増額変更があったとしても、上記のとおり、債権者が経営していた会社からの収入についての疎明がない状況下においては、債権者は、本件交通事故の約三か月前まで、従前の月額四二万五〇〇〇円の給与の額で生計を維持していたと考えるほかないところ、本案判決の確定まで債権者の生計を維持する限度にて金員の仮払いを認める金員仮払仮処分の趣旨からしても、仮払いを認めるべき債権者に生じた休業損害としては、平成二一年当時勤務先会社から支払われていた給与の額である月額四二万五〇〇〇円(一日当たり一万四一六六円)の限度にとどめるのが相当というべきである。

(2) 休業期間について

疎明資料(甲一〇、甲二〇)によれば、勤務先会社における債権者の担当業務は、車検代行、納車、故障車の引き取り、中古部品の洗浄、部品のネット販売、店頭販売、取付補助、納車車両の試乗、来客の対応、販売車両の仕入れ、経理全般であったと一応認めることができる。

一方で、疎明資料(乙三)によれば、債権者の担当医は、平成二三年一〇月二日、債務者東京海上の照会に対し、債権者においては、部分的就労、事務や軽作業程度であれば可能である旨回答していることを一応認めることができる。

債務者らは、債権者の担当業務の中には、担当医によって可能であるとされる事務や軽作業が含まれているから、遅くとも平成二三年一〇月二日以降、債権者は部分就労が可能であった旨主張し、休業損害は、同日以降、実通院日数を超えては発生していないと主張する。

しかしながら、勤務先会社における債権者の担当業務は、同会社の規模が従業員二名で構成されるなど小さいことからすれば(甲一〇、甲二〇、審尋の全趣旨)、自動二輪車の修理・販売等に関わる業務として、それぞれ密接に関連しており分離して就業することが困難な性質のものである可能性も否定できないし、勤務先会社において、債権者による部分就労及び給与の支払いを受け入れると言い切ることはできない。したがって、上記担当医の回答がされていたとしても、それだけで直ちに債権者の勤務先会社において債権者による部分就労が実現しえたということはできない。

債権者に生じた傷害の程度及び担当医が債権者においては平成二四年九月ころまでリハビリが必要であり、症状固定は同年一二月ころと予想される旨回答している(乙四)ことからすれば、債権者において休業損害は平成二三年一〇月二日以降も継続的に発生していると認めることができる。

四二万五〇〇〇円×二九か月(平成二二年五月分から平成二四年九月分)=一二三二万五〇〇〇円

3  入院雑費

債権者は、入院雑費として一日当たり一五〇〇円の損害が生じた旨主張しているが、審尋の全趣旨及び社会通念等からすれば、債権者が主張する一五〇〇円の程度の雑費が必要となることは十分首肯しうるといえる(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部発行・民事交通事故訴訟損害倍額算定基準(通称「赤い本」平成二二年版参照)。債権者は、前記第二、一5(1)のとおり、合計五三〇日入院しているから、入院雑費は合計七九万五〇〇〇円となり、また、この費用はいわゆる実費であるところ、一件記録から認めることができる債権者の生活状況から保全の必要性も認めることができる。

4  入通院慰謝料

前記第二、一5のとおり、債権者は、本件交通事故によって生じた傷害の治療のために、相当の期間にわたり入通院を余儀なくされており、それにより、精神的損害を被っていると認めることができる。しかしながら、その回復を本案判決の確定まで待ったとしても、そのことにより、直ちに債権者に回復困難な損害が生ずるとは考えられず、保全の必要性を認めることができない。

5  弁護士費用

債権者は、債権者が主張する請求金額のうち、確定遅延損害金を除いた金額の一割を本件交通事故と相当因果関係があり、かつ本件仮払仮処分申立てに対応する弁護士費用として主張しているが、本件仮払仮処分で認められるのは、その趣旨からして、債権者の生計の維持のために必要不可欠な範囲に限られるべきといえるところ、弁護士費用として仮払いが認められるのは、交通事故事案における通常の着手金の額と考えられる五〇万円が相当というべきである。

6  確定遅延損害金

遅延損害金は、元本に当たる債務者Y1が負うべき損害賠償債務の金額が確定しなければ、その正確な金額を算定することができず、本件のような仮払仮処分における請求にはなじまない性質のものといえる。また、前記第二、一6のとおり、債務者Y1は、本件交通事故発生後本件仮払仮処分の申立てまでの間、債権者に対し、一定の金員の支払を継続しており、今後も債務者Y1が自認する休業損害等の限度で支払を継続する意向を示しているところ、仮に債務者Y1が本来支払うべき損害賠償額に不足が生じ、その部分について支払いの遅延が生じているとしても、それによって債権者に著しく回復困難な損害が生じている、あるいは生じるおそれがあるとまではいえないから、保全の必要性も認めることができない。

7  まとめ

以上のとおり、債務者Y1から債権者に対する仮払いの対象となるべき損害の額は、合計一三六三万九〇〇〇円(一万九〇〇〇円+一二三二万五〇〇〇円+七九万五〇〇〇円+五〇万円)となる。

三  争点③(過失相殺の適否及びその割合)

前記第二、一3のとおり、本件交通事故の主要な原因が債務者Y1の過失にあることに争いはない。

一方で、疎明資料(乙八、乙九、乙一〇)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、本件交通事故が発生したとき、現場道路の制限速度を少なくとも時速一五キロメートル超過した時速七五キロメートル程度で走行していたと認めることができ、このことが本件交通事故の発生の割合的な原因及び債権者に生じた傷害の拡大要因となったというべきである。したがって、損害の公平な分担の見地から、少なくとも一割の過失相殺を認めるべきといえる。

一三六三万九〇〇〇円×〇・九=一二二七万五一〇〇円

四  小括

以上のとおり、債権者の債務者Y1に対する請求は一二二七万五一〇〇円の限度で法律上の根拠がありかつ保全の必要性が認められる。一方で、前記第二、一6のとおり、債務者Y1は、債権者に対し、本件交通事故に基づく損害賠償として、合計一三八一万五八九三円を支払っているところ、債権者に仮払として支払われるべき金員は全て支払済みである(仮に債務者の傷害、治療の状況及び生活状況等から、平成二四年一一月まで休業損害の支払が必要であるとしても、その金額八五万円(四二万五〇〇〇円×二か月(平成二四年一〇月分及び同年一一月分))もすでに債務者Y1によって支払済みである。)。

第三結語

以上の検討のとおり、債権者の主張には理由がないから、本件仮処分の申立てをいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 早山眞一郎)

別紙 (Y1)二〇一二〇八二〇現在集計表<省略>

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