横浜地方裁判所 平成24年(ワ)3467号 判決 2013年6月28日
原告
X
被告
株式会社Y1<他1名>
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、一三二九万九四五一円及びこれに対する平成二二年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は九分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、一八三二万五六九八円及びこれに対する平成二二年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が運転する自転車と被告Y2(以下「被告Y2」という。)が運転し、被告株式会社Y1(以下「被告会社」という。)が保有する普通貨物自動車が衝突した交通事故に関し、原告が、被告らに対し、民法七〇九条、七一五条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償として一八三二万五六九八円及びこれに対する平成二二年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める事案である。
一 前提事実
当事者間に争いがない事実及び証拠により容易に認定できる事実は、以下のとおりである。
(1) 被告会社は普通貨物自動車(ナンバー<省略>。以下「被告車両」という。)を保有し、その従業員である被告Y2は被告会社の業務のために被告車両を運転していた。
(2) 以下の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
ア 日時 平成二二年三月一一日午後一一時三五分ころ
イ 場所 神奈川県藤沢市大庭五四〇六番地の一一先路上
ウ 事故態様
原告が、自転車(以下「原告自転車」という。)を運転して、信号機の設置された交差点(以下「本件交差点」という。)を横断していたところ、被告Y2が運転する被告車両が右折進行してきて衝突し、原告は原告自転車もろとも転倒した。
(3) 被告らの責任
ア 被告Y2は、本件交差点を右折進行するに当たり、同交差点右折方向に横断する自転車の有無及びその安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件交差点を横断する自転車の有無及びその安全確認をせずに右折進行した過失により、被告車両を原告自転車に衝突させたものであるから、原告に生じた損害につき、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。
イ 被告Y2は被告車両を被告会社の業務のために運転していたから、被告会社は、原告に生じた損害につき、民法七一五条及び自賠法三条に基づき、損害賠償責任を負う。
(4) 原告の傷害及び治療の経過
ア 原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷の傷害を受けた。
イ 原告は、a病院において治療を受け、平成二二年三月一二日から同月二一日まで入院し、同月二二日から平成二三年四月一日まで通院した。実通院日数は一〇日間であった。
ウ 原告の症状は、平成二三年四月一日に固定した。
(5) 「後遺障害等級(事前認定)結果のご連絡」(甲八)において、原告には後遺症として、嗅覚脱失及びめまいの症状が認められ、嗅覚脱失は自賠法施行令別表第二「第一二級相当」、めまいの症状は他覚的に神経系統の障害が証明されるものであり、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として同表第二第一二級一三号に該当するものとされ、これらの障害を併合して、別表第二併合第一一級と判断されている。
(6) 損害の填補等
ア 原告は、労災保険から、休業損害の一部として一七万五八〇八円、治療費として六八万六二五八円の合計八六万二〇六六円を受領した。そして、被告が契約するb保険株式会社(以下「b社」という。)は、労災保険からの求償に応じて、八二万七七五三円を支払った(乙二)。
イ 原告は、被告が契約するb社から、治療費等の名目で合計三万六二一〇円を受領した(甲一六の一)。
二 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 原告の労働能力の喪失の程度
ア 原告
原告に存する後遺障害は、自賠法施行令別表第二の併合一一級に相当するものであるから、その労働能力の喪失率は二〇%である。
(ア) 原告の嗅覚障害は、原告のパート労働に影響し、家事労働にも支障を生じさせた。すなわち、原告が勤務していたc店(d株式会社)では、野菜、生鮮食品、惣菜なども販売しており、原告は、担当するグロッサリー売場の隣の野菜売場で、野菜が傷んでないかを確認し、廃棄する作業も行っていた。また、原告は、c店で社員登用試験を受けたいとの希望を有しており、同店では寿司マスターや鮮魚士といった社内資格を取得することで昇級するシステムとなっていたため、当該資格の取得も目指していた。しかるに、嗅覚障害のため、上記資格の取得は困難となり、それが一因となって社員登用もあきらめざるを得なくなった。
家事労働においても料理の風味がわからないなどのために支障を来している。
したがって、嗅覚障害による労働能力の喪失が認められるべきである。
(イ) 原告は、本件事故により、その前頭葉に脳挫傷痕が残り、めまいの後遺障害を負った。
(ウ) 労働能力の喪失期間は、症状固定時(原告は四一歳)から六七歳までの二六年間とみるべきである。嗅覚障害はもとより、めまいも前頭葉の脳挫傷による器質的な神経症状であり、改善する可能性はない。嗅覚障害については、アリナミンテストの反応がない場合には改善率が低いことが知られている。
イ 被告
原告の後遺障害の等級が自賠法施行令別表第二の併合一一級に相当するものと判断されたことは認めるが、労働能力の喪失は否認ないし争う。
(ア) 原告の後運障害のうち、嗅覚障害は労働能力の喪失を伴うものではない。原告の本件事故前の職務は、c店のパート労働であり、その部署もグロッサリー(生鮮食品ではない缶詰、瓶詰、乾物、乾麺、米、雑貨などの食品雑貨、雑貨類)担当であり、嗅覚脱失が労働の障害となる職種ではない上、原告の嗅覚障害は前頭葉挫傷によるものであり、回復の可能性がある。さらに、c店には食品以外にも洋服などの販売部署もあり、社員として登用されても、そのような部署で勤務すれば、嗅覚障害は労働能力と関係がない。そうすると、原告主張のごとき労働能力の喪失は認められない。
(イ) 原告のめまいの後遺障害については、めまいに起因して具体的な労働能力の低下が認められないので、せいぜい五ないし一〇%の労働能力の喪失に止まるというべきである。
(ウ) 労働能力の喪失期間は、めまいという神経症状を基本として考えるべきであり、これが今後二六年間にわたって継続するとは考えがたく、今後、寛解する可能性も十分にあり、労働能力喪失期間としては一〇年間が相当である。
(2) 原告の損害の程度
ア 原告
(ア) 治療費
七〇万二〇〇八円(当事者間に争いがない。)
(イ) 入院雑費 一万五〇〇〇円
(ウ) 交通費 二万〇四六〇円
原告は、自宅からa病院に通院するため、上記交通費を支出した。
(エ) 義母介護費用 八万五一五三円
原告は、本件事故前、自宅で自ら義母の介護をしていたところ、本件事故により、これができなくなったため、介護施設に短期入所させざるを得ず、次のとおり、その費用である八万五一五三円を支払った。
なお、休業損害で填補されるのは、平均的な家事労働とパート収入であって、介護労働の分は填補されないから、損害の二重評価とはならない。
① 特別養護老人ホームeホーム(以下「eホーム」という。)
三月分 一万八九六一円
② 社会福祉法人f会g特別養護老人ホーム・ケアセンター(以下「gホーム」という。)
三月分 六一一四円
四月分 六万〇〇七八円
(オ) 休業損害 二一六万〇九四〇円
① 基礎収入
原告は、本件事故当時、主婦であり、かつ、パート労働者として勤務していたが、実収入は平均賃金を下回っていたから、基礎収入は、平成二二年賃金センサス女性労働者学歴計三四五万九四〇〇円とすべきである。
② 休業期間
原告は、本件事故により、平成二二年三月一二日から同年五月二〇日までの七〇日間は、家事及びパート労働が全くできなかったことから、一〇〇%労働能力を喪失していた。
その後、症状固定日である平成二三年四月一日までの三一六日間においても、原告は、嗅覚消失、めまいの他、激しい頭痛に苦しんでおり、平均して五〇%の稼働制限があった。平成二二年五月以降、義母を短期入所させなかったのは、eホームは利用者の定員を超過していたため、入所させることができず、gホームは祝祭日は休日であったため、施設を利用することができず、やむなく原告の夫が娘の協力を得ながら、これを行っていたものである。
計算式
3,459,400÷365×(70×1+316×0.5)=2,160,940
(カ) 逸失利益 九九四万五九一三円
① 基礎収入
前記のとおり、三四五万九四〇〇円とすべきである。
② 労働能力喪失率
前記のとおり、二〇%とすべきである。
③ 労働能力喪失期間
前記のとおり、二六年間とすべきである。
計算式 3,459,400×0.2×14.3752=9,945,913
(キ) 慰謝料 四七〇万円
① 入通院慰謝料 五〇万円
② 後遺症慰謝料 四二〇万円
(ク) 物損 一万円
原告自転車が全損の状態となり、一万円相当の損害を被った。
(ケ) 診断書作成料 五二五〇円
(コ) 弁護士費用 一六〇万円
イ 被告
(ア) 治療費は認める。
(イ) 入院雑費は不知である。
(ウ) 交通費は認める。
(エ) 義母介護費用は否認する。
義母の介護は、原告の家事労働の一部であったものであり、家事労働及びパート労働の全体について賃金センサスの平均賃金に基づいて休業損害を認定するのであれば、その一部となっている。休業損害と別に請求することは損害の二重評価となる。
(オ) 休業損害は否認する。
原告は、平成二二年五月二〇日から症状固定日である平成二三年四月一日までの間についても、五〇%の労働制限があったと主張するが、原告は平成二二年五月二一日には職場復帰したものであり、かつ、同日以降において義母の介護できずに短期入所を利用したわけでもないから、同日以降は休業損害は認められない。
同日以前についても、休業損害日額については、現実のパート収入である一二九万〇一二一円を基礎として、これに家事労働分を加算して算定すべきであり、日額約六五〇〇円程度と見るべきである。介護費用を別途請求するのであればなおさらである。
(カ) 逸失利益は、否認する。
前記のとおり、労働能力喪失率は五ないし一〇%とすべきであるし、労働能力喪失期間は一〇年とすべきである。
(キ) 慰謝料は認める。
(ク) 物損は五〇〇〇円の限度で認め、その余は否認する。原告自転車は中古品であるから、上記金額を超える客観的価値を有しないというべきである。
(ケ) 診断書作成料は認める。
(コ) 弁護士費用は争う。
(3) 過失相殺の有無及び程度
ア 原告
原告において被告車両が右折してくるのを確認した上で横断を続けたことは事実であるが、原告に過失はない。すなわち、被告車両としては、信号に従って自転車横断帯を横断する自転車があるときは、自転車横断帯の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない義務を負うのであるから(道路交通法三八条一項参照)、原告において被告車両が停止するものと考えて進行を続けたことに過失はない。
また、原告は、ゆっくりとした速度で自転車を運転していたから、歩行者と同視すべきである。
仮に、歩行者と同視できず、原告に前方注視義務違反等があったとしても、被告車両には、見通しがよい本件交差点において、横断歩道やその前後の安全確認をせず、低速度で前照灯を点灯して進行していた原告自転車に気がつかず、右折を継続した著しい過失があった。そうすると、原告の過失割合はゼロである。
イ 被告
原告は、原告自転車を運転して本件交差点を通行中であったところ、交通の状況、とくに反対方向から進行してきて右折する車両に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行する義務があったのに、被告車両が右折してくるのを確認しながら、当然に停止するだろうと考えて、漫然とそのまま進行した過失がある。過失相殺割合は、一〇%とすべきである。
原告が横断したのは自転車横断帯ではなく、横断歩道であった。また、原告は原告自転車を運転していたのであり、歩行者と同視すべきではないし、低速で横断歩道に進入したとは考えがたい。さらに、原告自転車には前照灯(ダイナモ)が装着されておらず、原告は前照灯なしに走行していた。したがって、原告の過失割合をゼロとする余地はない。
第三当裁判所の判断
一 原告の労働能力喪失の程度について
(1) 前提事実のとおり、原告には後遺症として嗅覚脱失及びめまいの症状があり、嗅覚脱失は自賠法施行令別表第二「第一二級相当」、めまいの症状は「局部に頑固な神経症状を残すもの」として同表第二第一二級一三号に該当するものとされ、これらの障害を併合して、別表第二併合第一一級と判断されており、別表第二併合第一一級の障害は、通常は、二〇%の労働能力の喪失とみることになる。
しかし、後遺障害における逸失利益を算定する場合に、労働能力喪失率表が最も有力な資料になることは事実であるが、同表はもともと肉体的運動能力の喪失率を示すものであり、経済的労働能力の喪失率と必ずしも合致するわけではなく、被害者の職業と受けた障害の具体的状況によって、具体的な労働能力喪失の程度を判断すべきである(最高裁昭和四二年一一月一〇日第二小法廷判決・民集二一巻九号二三五二頁参照)。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 嗅覚障害はもともと労働能力喪失率の表にはなく、備考⑥に基づき、「各等級の後遺障害に相当するもの」として、労働能力喪失率が認定されているものである(当裁判所に顕著な事実)。
イ 嗅覚障害は、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)及び基準嗅力検査(T&Tオルファクトメーター)によって認定されている。アリナミンテストは、二秒間に一回で安静鼻呼吸をさせ、アリナミン注射液二mlを二〇秒間で肘静脈より注射し、嗅感発来までの潜伏時間と消失までの持続時間を測定するものである。また、T&Tオルファクトメーターは、五基準臭、すなわち、花のにおい、焦げたにおい、腐敗臭、果実のにおい、糞臭の検知及び認知閾値を測定し、正常閾値と比較して評点化し、オルファクトグラムで示すものである。いずれも自覚的検査であり、患者の主観に左右されない他覚所見によって嗅覚障害の程度を判定する診断方法はない。(当裁判所に顕著な事実)
ウ 原告は前頭葉の脳挫傷の傷害を受け、これが嗅覚脱失の原因と窺われるが、頭部外傷が嗅覚障害の原因である場合の症状の改善率は低く、諸家の報告では二二ないし二五%の改善率が平均とされているが、逆に言えば、その程度の可能性は認められる。(甲一八)
エ 原告の職種は、c店のグロッサリー担当(缶詰、瓶詰め、乾物、乾麺、米、菓子、調味料レトルト食品等加工食品の仕入れや商品管理等)であった。また、原告は、付近の生鮮売場に陳列している生鮮食品や、弁当、惣菜品が傷んだりしていないか確認し、廃棄する業務を手伝っていた。そして、c店では社員登用試験があり、社員に登用されたときには、食品に関する社内資格(リカーアドバイザー、寿司マスター、デリカマスター、鮮魚士)があり、原告は、社員登用資格を取るための職務級試験を四段階中二段階まで取得し終わっていた。しかし、本件事故によって、重い荷物を運ぶグロッサリー担当の職務を続けることはできず、退職を余儀なくされた。(甲九、一九、乙一)
オ 原告は、本件事故後二か月間は家事労働を行うことはできなかったが、その後は少しずつできるようになった。しかし、原告の家事労働において、調味料の加減がわからなくなり、味が濃くなってしまったり、無色透明な薬品の判断ができず、食器洗いの際に漂白剤につけていたことを忘れたり、平成二二年一〇月に、家のガスコンロから煙が出た際に気づくのが遅れたなどの支障が生じている。(甲九)
カ 原告の夫が作成した平成二三年六月一二日付け「日常生活状況報告」には、次の記載がある(乙一)。
「日常活動」については、本件事故によって支障が生じたのは、二五項目中一項目(簡単な食事の準備から調理、配膳や食器洗いができますか。)のみであって、かつ、その支障の程度も、「多少問題はあるがあらかじめ準備をしておいたり、環境を整えておけば一人で安定して行える」状態であった。「問題行動」については、一〇項目すべてについて問題がなかった。「日常の活動および適応状況」については、「家庭、地域社会、職場、または学校で、効率良く順調に活動・適応している。」に丸印がつけられている。「身の回り動作能力」はすべて「自立」に丸印がつけられている。また、グロッサリー担当業務のような肉体労働の場合には、めまいを起こすことも多く、これに通院・手続などによる欠勤があったため、c店を退職せざるを得ず、転職して事務職となり、収入減となったことが記載されている。
キ a病院脳神経外科のA医師が同年七月八日付けで作成した「神経系統の障害に関する医学的意見」には、次のとおり、記載されている(乙四)。
「運動機能」は五項目すべてが正常であり、「身の回り動作能力」も一〇項目すべてが「自立」であり、「認知・情緒・行動障害」に障害はなく、嗅覚消失とめまいはあるが、「日常生活レベルでは特に支障はない」という状態とされている。
ク 原告のめまいの症状と嗅覚脱失の症状は別個の症状であるが、その原因となったのは本件事故による脳挫傷と推認することができ(甲六の一、二、甲七の一、二)、同一の損傷によって発現した複数の症状とみられる。
(3) (2)で認定した諸事情を総合考慮すれば、原告の労働能力はめまい及び嗅覚障害によって低下し、とくにめまいが問題となって転職を余儀なくされたのであり、その労働能力が低下していることは明らかであるが、日常生活レベルでは特に支障がないという医学的評価を受ける程度であることなどから、原告の労働能力喪失率は一四%とみるのが相当である。
なお、原告によると、事務職のパートに転職することによって、パート収入が大幅に減少したことが窺われるが(甲一二、一七)、勤続年数及び勤続日数等の影響も考慮する必要がある上、後記のとおり、原告の事故前のパート収入は、年額一二九万〇一二一円であったのに対し、後遺症の逸失利益等を算定する基礎収入は賃金センサス(三四五万九四〇〇円)とするのであるから、上記喪失率と見ることは実質的に見ても相当である。
二 原告の損害について
(1) 治療費
七〇万二〇〇八円(当事者間に争いがない。)
(2) 入院雑費 一万五〇〇〇円
前提事実によれば、原告は一〇日間にわたって入院しており、入院雑費は一日一五〇〇円が相当であるから、合計一万五〇〇〇円となる。
(3) 交通費
二万〇四六〇円(当事者間に争いがない。)
(4) 義母介護費用
証拠(甲九、一三ないし一五)によれば、原告は、本件事故前、自宅で自ら義母の介護をしていたところ、本件事故により、これができなくなったため、介護施設(eホーム及びgホーム)に短期入所させざるを得ず、次のとおり、その費用である八万五一五三円を支払ったことが認められる。
しかし、この分は代替労働力にかかる費用の問題であり、後記の休業損害の算定において、パート労働、家事労働及び介護に係る原告の労働能力の低下を一括して評価するのが妥当である。
(5) 休業損害 一二六万二四四四円
ア 基礎収入
原告は、本件事故当時、主婦であり、かつ、パート労働者として勤務していたが、実収入(甲一二)は平均賃金を下回っていたから、基礎収入は、平成二二年賃金センサス女性労働者学歴計三四五万九四〇〇円とすべきである。
イ 休業期間と労働能力喪失率
証拠(甲九、一一、一三ないし一五)によれば、原告は、本件事故により、平成二二年三月一一日から同年五月二〇日までc店のパート労働を全面的に休んだこと、原告は、本件事故により、自宅で介護していた義母を介護施設(eホーム及びgホーム)に同年三月及び四月にわたって短期入所させざるを得なかったこと、その後も、原告のめまい及び嗅覚脱失による労働能力の低下が続いたことが認められる。
そうすると、原告は、本件事故により、平成二二年三月一二日から同年五月二〇日までの七〇日間は、パート労働、家事労働及び介護が全くできなかったことから、一〇〇%労働能力を喪失していたということができる。
その後、症状固定日である平成二三年四月一日までの三一六日間においても、症状固定時の労働能力喪失率が前記のとおり一四%であることからすれば、平均して二〇%の稼働制限があったとみるべきである。
ウ 計算式
3,459,400÷365×(70×1+316×0.2)=1,262,444
(6) 逸失利益 六九六万二一三九円
前記のとおり、基礎収入は三四五万九四〇〇円、労働能力喪失率は一四%とすべきであり、労働能力喪失期間については、原告のめまい及び嗅覚脱失について症状改善の可能性が全くないわけではないが、その具体的時期等を認めるに足りる十分な証拠はないから、就労可能年齢までの二六年間とすべきである。
計算式 3,459,400×0.14×14.3752=6,962,139
(7) 慰謝料
四七〇万円(当事者間に争いがない。)
(8) 物損 五〇〇〇円
証拠(甲三)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故によって原告自転車が全損の状態となったこと、原告自転車は通常の中古自転車であることが認められ、損害額は五〇〇〇円と認めるのが相当である。
(9) 診断書作成料
五二五〇円(当事者間に争いがない。)
(10) 損害小計 一三六七万二三〇一円
三 過失相殺について
証拠(甲三、四、九。ただし、下記認定に反する部分を除く。)によれば、原告自転車は、信号が設置された本件交差点において、青信号に従い、通常の自転車の速度(時速八kmないし時速一〇km程度と見るのが自然である。)で自転車横断帯の上を直進していたこと、被告車両は、対向方向から右折して来たが、夜間であったこともあり、原告自転車に気づくのが遅れて衝突したこと、本件事故後の実況見分時、原告自転車にダイナモは装着されていなかったが、それは本件事故によって外れたためであることが認められ、この認定を覆す証拠はない。
そうすると、原告の過失割合は五%とするのが相当であり、過失相殺後の金額は一二九八万八六八六円となる。
四 損害填補について
前提事実(6)のとおりであるから、原告の損害の填補額は、労災保険からの受領額八六万二〇六六円(労災保険は、そのうち八二万七七五三円を被告が契約しているb社に求償している。)に治療費名目でb社が支払った三万六二一〇円の合計八九万八二七六円となる。
そうすると、損益相殺後の金額は一二〇九万〇四一〇円となる。
五 損害のまとめ(弁護士費用)
弁護士費用としては一〇%である一二〇万九〇四一円が相当であり、四の金額にこれを加えると、一三二九万九四五一円となる。
六 以上によれば、原告の請求は一三二九万九四五一円及びこれに対する平成二二年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する(なお、仮執行免脱宣言を付するのは相当ではない。)。
(裁判官 齋木敏文)