横浜地方裁判所 平成24年(ワ)4684号 判決 2014年8月06日
原告
株式会社X
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
平井昭光
同
吉村龍吾
同
寺澤幸裕
同
福原あゆみ
被告
Y株式会社
同代表者代表理事
B
同訴訟代理人弁護士
伊藤亮介
同
大江修子
同
佐藤力哉
同
海野圭一朗
同
白井紀充
同
金郁美
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 債務不存在確認請求
(1) 訴状記載の請求
原告の被告に対する下記の債務が存在しないことを確認する。
記
被告の保有するPRI―七二四に関する営業秘密について、原告が故意又は過失により不正競争防止法二条一項四号~六号、八号及び九号に規定する不正競争行為を行い、もって被告の営業上の利益を侵害したことにより原告が被告に対して負う損害賠償債務
(2) 平成二五年一二月九日付け請求の趣旨変更申立書記載の請求
原告の被告に対する別紙一~四記載の各債務(ただし、別紙の一に「IGC」とあるのは「ICG」の誤記であるから訂正する。)が存在しないことを確認する。
二 損害賠償請求
被告は、原告に対し、1億円及びこれに対する平成二五年三月二三日から支払済みまで年五%の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、米国カリフォルニア州(以下「加州」という。)内の裁判所において大韓民国(以下「韓国」という。)法人である被告から損害賠償請求等の訴えを提起された日本法人である原告が、被告に対し、当該訴訟において原告が被告に対して負っていると被告の主張する債務は存在しないとしてその不存在の確認を求めるとともに(なお、後記のとおり、原告は、本件第六回口頭弁論期日において訴えの変更をするとして当該債務の内容を変更したが、被告は、その変更の不許を申し立てている。)、被告が原告の営業秘密を不正に使用したなどとして損害賠償を求める事案である。
日本の裁判所の管轄権の不存在等を理由として被告から訴え却下を求める本案前の申立てがあったため、当裁判所は、専ら当該申立てについて判断するため、口頭弁論を終結した。
一 前提事実(証拠<省略>により容易に認められる事実。)
(1) 当事者及び関係者
ア 原告は、平成一八年一一月に日本の法令により設立された会社であり、横浜市内に本店を置き、医薬品の研究開発等を目的とする。原告は、米国加州において、後記のC博士の協力の下、遅くとも平成二三年春以降、PRI―七二四として知られる抗癌剤(癌治療を目的とする化合物であり、タンパク質のネットワークであるWntシグナル伝達経路を標的とするもの)の臨床試験を行っている。そして、原告は、平成二三年四月には、エーザイ株式会社との間で、PRI―七二四及びその類縁化合物に関するライセンス及び共同研究開発契約を締結した。
イ 被告は、昭和二八年八月に韓国の法令に準拠して設立された外国会社であり、本店をソウルに置き、医薬品の製造販売等を目的とする。被告は、日本国内に営業所を持たない。
ウ C博士(ph.D.)は、現在米国の南カリフォルニア大学教授であり、加州在住である。被告は、かつてC博士と協力関係にあり、その研究に資金提供をしていた。C博士は、その研究成果に基づき、PNRI―〇〇一という化合物(後に「ICG―〇〇一」として知られることになるもの)を含む化合物群について米国で特許出願をし、その権利を被告に譲渡した。この特許出願による権利は、平成一六年四月に第六、七六二、一八五号の特許権(以下「一八五特許権」という。)となった。
被告とC博士は平成一七年以降対立関係となり、被告は、平成一八年七月、米国のワシントン州西部地区合衆国(連邦)地方裁判所において、契約違反、営業秘密(トレードシークレット)の不正使用等を理由に、C博士及びその研究所であるICG(Institute for Chemical Genomics)を提訴した。この訴訟は、平成一九年一一月一日に成立した和解(以下「被告C和解」という。)によって終了した。被告C和解には、被告の資金提供によるC博士の発明に係る特許出願による権利を被告に譲渡する条項、相互に請求権を放棄する条項、準拠法をワシントン州法とする条項等が含まれており、このうち「開示の保証」条項は概要次のとおり規定していた。「ICG及びC博士は、C博士を発明者とする全ての審査中の特許出願を被告に開示したこと及び追加の特許出願をする予定がないこと、また、ICG又はC博士が実施した研究であって、被告からの資金提供によるか又はICGにおいて完了したものを参考にしたり、それに基づく特許出願を今後六か月以内にする可能性のある他の者がいるかどうか認識していないことを保証する」。
一方、C博士は、原告の代表取締役であるAとは二〇年来の知り合いであり、原告設立以来継続して原告と協力関係にあり、その社外取締役にも就任している。
南カリフォルニア大学は、その広報誌において、同大学教授であるC博士及びD博士(M.D.)がPRI―七二四の開発に重要な役割を担ったと説明している。
(2) PRI―七二四の特許出願
原告は、平成二一年六月五日、PRI―七二四について特許庁に対しPCT国際出願をした。PCT国際出願とは、「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」に基づく国際出願をいい(PCTはPatent Cooperation Treatyの頭字語)、これによりPCT加盟国である全ての国に同時に出願したのと同じ効果が与えられるものである。公表特許公報によると、公表日は平成二三年七月二八日、翻訳文提出日は平成二三年二月四日、国際公開日は平成二一年一二月一〇日、優先日は平成二〇年六月六日、優先権主張国は米国である。この優先権は、同日米国特許商標庁に対して行われた第六一/〇五九、六〇七号の仮出願(以下「六〇七仮出願」という。)によって生じたものである。
(3) 原告と被告の間の相互秘密保持契約の締結
被告は、平成二一年一〇月六日、原告が行っているPRI―七二四の開発行為に関し、PRI―七二四はICG―〇〇一と関連しており、被告が独占的実施権を保有する一八五特許権を侵害するものであると通知した。その後原告と被告はこの問題をめぐって協議を行い、平成二二年七月二一日発効の相互秘密保持契約(以下「平成二二年秘密保持契約」という。)を締結した。平成二二年秘密保持契約は、原告がPRI―七二四及び関連特許に関する有価かつ機密の情報を保有していること、被告が自社の新規医薬品、医薬事業及び関連特許に関連する有価かつ秘密の情報を保有していること、双方がPRI―七二四及び関連特許に関する特許使用許諾の取決めの可能性への各々の関心を評価し決定する目的で秘密情報を相手方に開示する用意があることを前提とした上で、双方の間における秘密情報の開示等に関する細目を取り決めたものであり、次のような条項を含んでいる。
① 平成二二年秘密保持契約における秘密情報とは、当事者の一方から他方に対し上記の目的の遂行のため開示又は提供される全ての情報を意味する。秘密情報は、秘密である旨の明確な標示を付して開示する。
② 秘密情報を受領した当事者は、その都度受領を確認する。
③ 秘密情報を受領した当事者は、これを極秘として扱い、第三者に開示せず、第三者によるアクセスを許容しない。
④ 秘密情報を受領した当事者は、いかなる場合もこれを上記の目的以外に使用しない。
(4) 被告の原告に対する訴えの提起その一―連邦訴訟―
被告は、平成二四年二月六日、米国の加州中部地区合衆国(連邦)地方裁判所に、C博士及び原告を相手方として、契約違反、詐欺、守秘義務違反及び営業秘密不正使用の訴え(以下「連邦訴訟」という。)を提起し、その訴状は同年五月一日に原告に送達された。連邦訴訟における被告の請求の根拠(claim for relief。以下「訴因」という。)は次のとおり七項目にわたる。①被告C和解における表明保証条項(前記(1)ウの「開示の保証」条項)の違反、②被告C和解におけるライセンス条項の違反、③詐欺により被告C和解を成立させたこと、④被告とC博士との間のコンサルタント業務契約違反、⑤被告とC博士との間の委託研究契約違反、⑥被告とC博士との間の機密保持契約違反、⑦被告の営業秘密の不正使用。これらのうち訴因①、②、④~⑥はC博士のみに対するものであり、訴因③及び⑦はC博士及び原告に対するものである。
そして、被告は、原告との関係では、PRI―七二四は被告が一八五特許権を有する抗癌剤(ICG―〇〇一)と類似しており、その研究成果を利用して開発されたなどとした上で、次のように主張した。すなわち、訴因③においては、C博士は被告の機密・専有情報を原告に引き渡し、さらに、C博士及び原告は共同して、被告と競合する原告の存在とその研究の取組みを隠蔽して、被告を被告C和解の合意に誘導して被告に損害を与えたなどと主張し、訴因⑦においては、C博士は被告から開示された機密の材料・情報を含む被告の営業秘密を不正使用し、原告はC博士から当該営業秘密を入手したなどと主張した。そして、原告に対し、被告が関係する機密の情報又は材料についての特許出願手続の差止め、当該特許出願による権利の被告への譲渡、被告が関係する機密の情報及び材料を使用することの差止め、不当に得た利益の返還、損害賠償等を求めた。
被告は、平成二四年七月と九月に連邦訴訟の訴状修正をし、原告に対する訴因として、詐欺の幇助及び詐欺の共謀を追加した。この訴状修正の結果、訴因の順番は、詐欺の幇助が四番目、詐欺の共謀が五番目とされ、上記の訴因④以下はいずれも二つずつ順番が繰り下がることとなったが、本判決では混乱を避けるため当初の訴因の順番を維持することとし(すなわち上記の訴因①~⑦の内容を以下においても維持する。)、詐欺の幇助を訴因⑧、詐欺の共謀を訴因⑨とする。
(5) 本件訴えの提起
原告は、平成二四年一一月五日に本件訴えを提起した。本件訴状に記載された請求の趣旨は、前記第一の一(1)(以下「旧確認請求」といい、同一に係る請求を包括して「確認請求」という。)及び二(以下「損害賠償請求」という。)のとおりであった。
その請求原因は、概要次のとおりである。すなわち、旧確認請求に関して、原告は、被告は連邦訴訟を提起し、原告に対し旧確認請求に係る損害賠償債務の履行を求めているが、原告は被告の主張する営業秘密の不正使用等と評価される行為を一切行っていないと主張した。もっとも、それ以上の具体的な主張はせず、詳細は今後準備書面において主張する予定であると述べるにとどめた。
損害賠償請求に関して、原告は次のとおり主張した。前記(3)のとおり、被告は平成二一年一〇月、原告が行っているPRI―七二四の開発行為に関し、被告が独占的実施権を保有する一八五特許権を侵害するものであると通知した。原告は、PRI―七二四が一八五特許権の技術的範囲に含まれないとの認識の下、被告と協議したところ、被告から、「第三者である特許専門家に原告からPRI―七二四の構造式を開示してもらい、その専門家を介して議論をしたい」との申入れを受けた。原告は、これに応じ、同年一一月一日、被告と合意の上、原告の営業秘密の部分をマスキングした「特許調査報告書」を被告に送付した。ところが、被告は、当該報告書から得られた技術情報を、一八五特許権をめぐる原告との交渉に用いるのではなく、米国における被告の別の特許出願(第八、一〇一、七五一号。以下「七五一出願」という。)との対比検討に利用し、その結果同月二四日、七五一出願のクレーム一~四二を全て削除した上、原告の営業秘密を使用したクレーム四三~六一を追加した。この行為は、マスキングを施した原告の営業秘密に係る化合物の特定の部分に関する科学的可能性を全て技術的範囲に捉えようとするものであり、原告の営業秘密の侵害であり、原告被告間の合意(特許調査報告書のマスキングされた部分を原告の営業秘密として取り扱うとの合意。平成二二年秘密保持契約とは別のものである。)及び信義則に反した営業秘密の不正使用である。このような被告の不法行為若しくは債務不履行又は信義則違反により原告の営業秘密は毀損され、被告による不当なクレームの追加・拡張に伴い原告は事業上重大な損害を被った。さらに、被告は連邦訴訟を提起し、被告の営業秘密を原告が不正使用したとの主張を行い、PRI―七二四に関する原告の売上げからの利益の返還を求めたが、原告は被告の営業秘密の不正使用をしていないし、連邦訴訟は原告に対する訴えに関しては管轄を欠くものとして却下となる可能性が高いから、連邦訴訟は原告に対する不当訴訟である。以上、被告による原告の営業秘密の不正使用と不当訴訟の結果原告が被った損害は一億円を下らない。
本件訴状は、平成二五年三月二二日に被告に送達され、原告は、これを同年五月一三日の本件第一回口頭弁論期日において陳述した。
(6) 被告の原告に対する訴えの提起その二―加州訴訟―
連邦訴訟の手続において、原告は、平成二四年一一月、被告に対し、連邦訴訟のうち原告を相手方とする部分は当事者双方が外国の会社であるために連邦の裁判所の管轄に属しないと申し入れ、その後この見解に基づき管轄違いの申立てをするに至った。被告は、原告の主張する管轄違いの法令上の根拠には異議を述べたものの、C博士との間の連邦訴訟の遅延を避けるためには原告を相手方から外すべきであると判断し、平成二五年三月一一日、連邦訴訟のうち原告を相手方とする部分を取り下げた。手続的に正確にいうと、被告の取下げの申立てを裁判所が認めたのであり、この取下げは再訴を妨げない(without preju-dice)とされている。連邦訴訟は、その後、被告とC博士との間の訴訟として進行している。
被告は、連邦訴訟の相手方から原告を外したものの、原告との紛争を裁判所で解決する方針に変更はなく、同年一月九日、米国加州のロサンゼルス郡上位裁判所に、原告及び氏名不詳者二〇名(従業員、代理人等)を相手方とし、詐欺、詐欺の幇助、詐欺の共謀、契約の意図的妨害、契約の過失妨害、営業秘密の不正使用(加州民法違反)、機密・専有情報のコモン・ロー上の不正使用、加州ビジネス職業法(Califor-nia Business and Professions Code)等違反の不正競争及び宣言的救済の訴え(以下「加州訴訟」という。)を提起し、その訴状は、同年五月一六日に原告に送達された。加州訴訟における原告に対する請求の根拠(cause of action。以下これも「訴因」という。)は基本的に連邦訴訟における原告に対するものと同様であり、次のとおり九項目にわたる。①被告C和解に当たり、C博士及び原告は共同研究を行っていること等を被告に対し詐欺的に隠蔽したこと、②C博士の被告に対する詐欺行為を原告が幇助したこと、③C博士と原告が共謀により被告に対する詐欺行為を行ったこと、④C博士による被告C和解違反を原告が意図的に誘引したこと、⑤C博士による被告C和解違反を原告が過失により誘引したこと、⑥加州民法に違反して原告が被告の営業秘密をC博士から入手してこれを不正使用したこと、⑦被告の機密・専有情報について原告がコモン・ロー上の不正使用を行ったこと、⑧加州ビジネス職業法及びコモン・ローに違反して原告が被告と不正競争を行ったこと、⑨被告がC博士に提供した情報等に基づく原告の特許出願(六〇七仮出願を含む。)による権利が被告に帰属するものであること等を宣言すべきこと。そして、被告は、原告に対し、被告が関係する機密の情報又は材料についての特許出願手続の差止め、当該特許出願による権利の被告の譲渡、被告が関係する機密の情報及び材料を利用して不当に得た利益の返還、損害賠償等を求めた。
被告は、同年一月一五日、加州訴訟において、裁判所に対し、所定の手続により、加州訴訟が連邦訴訟の関連事件であることを通知した。
原告は、同年六月六日、加州訴訟において、フォーラム・ノン・コンビニエンス(当事者の便宜等を考慮すれば加州ロサンゼルス郡上位裁判所ではなく他の裁判所で審理すべきこと)又は礼譲(既に提起されている連邦訴訟及び本件訴訟を尊重すべきこと)を理由に、訴訟手続の停止又は訴え却下を申し立てた。
(7) 本件訴訟における原告の主張の経緯及び訴えの変更
ア 原告は、平成二五年九月二日の本件第三回口頭弁論期日において第二準備書面を陳述し、請求の原因について、次のとおり主張を変更するとともに補足した。
まず、旧確認請求について、原告は、不存在確認の対象となる債務の内容を、被告の連邦訴訟における主張に基づくものから加州訴訟における主張に基づくものへと変更した上、概要次のとおり主張した(請求の趣旨は従前どおりである。)。被告は、加州訴訟において、原告による被告の営業秘密の不正使用に関し、日本における原告の設立そのものが不正使用行為の一環であると主張した上、原告はC博士と共に、被告の営業秘密を不正に使用し、ICG―〇〇一等の化合物を改変してPRI―七二四を生み出したなどと主張しているが、原告の研究行為は横浜市内の研究所で専ら行われている。したがって、被告は、加州訴訟において、日本国内における原告による被告の営業秘密の不正使用を主張しているのである。
次に、損害賠償請求について、原告は、被告による加州訴訟の提起を新たな不法行為として位置付けた上、次のとおり主張を補充した。原告に対する連邦訴訟は取下げとなったが、加州訴訟における被告の請求によって、原告はその防御のため現在までに弁護士費用、交通費等として一億円を支出している。すなわち、原告は被告の不法行為によって少なくとも一億円の損害を受けており、その損害の発生地はいうまでもなく日本である。また、被告の不法行為によって、原告は、投資家からの新規投資を受ける際、連邦訴訟及び加州訴訟の存在を理由としてディスカウントを要求されるに至っており、その総額は約三億円である。被告は、原告が被告に提供した特許調査報告書のマスキング部分について原告と被告の間に秘密保持の合意は存在しないと主張する。しかし、本件訴状において主張した事実や医薬品の候補化合物の構造式及び合成法が重要な企業秘密であることが医薬品業界の常識であることなどの間接事実によれば、原告と被告の間に秘密保持契約(平成二二年秘密保持契約とは別のもの)が存在していたことは明らかである。なお、被告は、上記マスキング部分の内容を、特許調査報告書の本文と併せて検討することによって類推し、そこに置換可能な置換基を全て七五一出願の補正において特許請求の範囲に追加したのである。このようなマスキング部分が秘密情報であることはもちろんであるが、そもそも特許調査報告書全体が秘密情報である。したがって、上記マスキング部分に秘匿された秘密情報の取得及び転用並びに特許調査報告書の転用は、原告と被告との間の機密保持契約に違反することはもちろんのこと、不法行為又は信義則違反を構成する。
イ 原告は、平成二五年一二月一六日、同月九日付けの請求の趣旨変更申立書を提出し、この申立書は、同月二〇日被告に送達された。原告は、平成二六年二月二六日の本件第六回口頭弁論期日においてこれを陳述し、確認請求の請求の趣旨を前記第一の一(1)から同(2)(以下「新確認請求」といい、これが四項目から成るため、それぞれの項目については「新確認請求一」などという。)へと変更し、その請求原因として、概要次のとおり主張した。
加州訴訟で、被告は原告に対し、訴因⑥及び⑦においては損害賠償請求、営業秘密又は機密情報に関する差止請求及び不当利得返還請求をし、訴因⑧においては損害賠償請求及び営業秘密に関する差止請求をし、訴因①~⑤においては損害賠償請求をし、訴因⑨においては被告の主張が正しいことの確認を求めている。新確認請求一~四と上記の各訴因との間には、次のような対応関係がある(なお、訴因⑧は訴因①~⑦と重複し、訴因⑨は訴因①~⑧が認められなければ認められないという関係に立つので、これらを独立して検討する必要はなく、訴因①~⑦のみを検討すれば足りる。)。
新確認請求一 加州訴訟の訴因①~③
新確認請求二 加州訴訟の訴因④及び⑤
新確認請求三 加州訴訟の訴因⑥
新確認請求四 加州訴訟の訴因⑦
被告は原告の行為地を特定していないが、原告が横浜市のみに営業所を有すること、被告主張の原告の行為はいずれもC博士に対する指示、共謀、教唆あるいは営業秘密又は機密情報の不正取得又は不正使用であるから、加州訴訟の訴因①~⑦における行為の全部又は大部分の行為地は原告の営業所の所在地である横浜市であることは明らかである。このことからして、適用法条は日本の同内容又は同趣旨のそれとすることが適切である(注・この主張には判然としないところがあるが、準拠法について、加州訴訟で被告がその主張の根拠とする米国法(ワシントン州法と加州法(コモン・ローを含む。))と同じ内容又は同じ趣旨を有する日本法とすべきであると主張するものと理解する。)。したがって、新確認請求一及び二の対象となる債権は不法行為に基づく損害賠償請求権であり、新確認請求三の対象となる債権は不正競争防止法二条一項五号、六号、八号又は九号該当の不正競争を理由とする損害賠償請求権及び営業秘密の差止請求権並びに不当利得返還請求権であり、新確認請求四の対象となる債権は不法行為に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権である。また、不法行為等の時期についても被告は特定していないが、新確認請求一~四の内容にあるとおりに特定することができる。
次に、連邦訴訟における原告に対する訴因である訴因③及び⑦の加州訴訟の各訴因を比較すると、連邦訴訟の訴因③は加州訴訟の訴因①と同一の基礎事実に基づく同一又は極めて類似する訴因であり、連邦訴訟の訴因⑦は加州訴訟の訴因⑥又は⑦と同一の基礎事実に基づく同一又は極めて類似する訴因である。旧確認請求は連邦訴訟の訴因⑦を引き直したものであり、新確認請求三は加州訴訟の訴因⑥を引き直したものであるが、連邦訴訟の訴因⑦と加州訴訟の訴因⑥は上記のとおり同一の事実を基礎としている。また、新確認請求一の基となる加州訴訟の訴因①~③における主張の根底には、(訴因⑥及び⑦と同様に)「C博士による被告の営業秘密の不正取得及び原告によるその不正使用」との主張があり、加州訴訟の訴因①~⑤における主張事実には、本件訴状がその基礎とした連邦訴訟の訴状にも記載されているものがある。これらのことから、連邦訴訟の背景事実を基礎とした旧確認請求と、それと同一事実を基にする新確認請求とは、基礎となる事実を同一とする。なお、営業秘密に関し、旧確認請求では「PRI―七二四に関する営業秘密」とし、新確認請求三及び四では「Wnt/β-カテニン・シグナル伝達経路に関する営業秘密」としているが、両者は同一のものである。したがって、旧確認請求と新確認請求との間には請求の基礎の同一性が認められるから、訴えの変更が許される。
ウ 被告は、本件第六回口頭弁論期日において、確認請求に関する訴えの変更に対しその不許を申し立てた。
(8) 連邦訴訟及び加州訴訟の現状
前記のとおり被告は連邦訴訟のうち原告を相手方とする部分を平成二五年三月に取り下げ、それ以降連邦訴訟はC博士との間の訴訟として進行している。
前記(6)のとおり、加州訴訟において、原告は、フォーラム・ノン・コンビニエンス又は礼譲に基づき訴訟手続の停止又は訴え却下を申し立て、被告は、これに対し、訴訟手続の停止をしないよう申し立てた。裁判所は、平成二六年五月一九日、原告の申立てに基づき、加州訴訟の訴訟手続を停止するとともに、当事者との協議(statuscoference)の期日を同年一一月一四日と定め、連邦訴訟及び本件訴訟の状況をそれまでに裁判所に報告するよう両当事者に命じた。
原告及び被告は、平成二四年秋以降、連邦訴訟のディスカバリーの手続において関係文書を収集した。これらの文書のうち秘密保持命令が発せられ守秘義務が課されているものについては、利害関係人の同意が得られた場合に限り、加州訴訟又は本件訴訟において利用することができる。
二 本案前の争点
(1) 日本の裁判所の管轄権の存否
(原告の主張)
被告は日本に支店こそないものの、日本において営業活動を行っており、その営業活動を通じてミニマム・コンタクト(裁判権の行使が公正で合理的と認められる関連性が非居住者と裁判地国との間にある場合)を有しているから、日本の裁判所の管轄権を認めることが合理的であり、衡平にかない、かつ、適正手続の原則からも問題がない。請求ごとに個別に検討すると次のとおりである。
ア 確認請求について
不法行為に基づく損害賠償債務等の不存在確認の訴えも「不法行為に関する訴え」であり、被告の原告に対する損害賠償等の請求(これには不正競争防止法三条一項による差止請求も含まれる。)の中で、原告の不法行為を構成する原因事実が日本国内で行われたと主張されていれば、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」(民訴法三条の三第八号)として日本の裁判所の管轄権が認められる。
加州訴訟の訴状において被告が主張する原告の作為又は不作為、すなわち「秘匿行為」「秘匿行為の謀議、教唆又は幇助」「特許出願」「営業秘密の不正取得及び使用」の行為地は、いずれも原告所在地である横浜市としてしか観念することができない。法人の不法行為は当該法人の所在地でしか観念のしようがないからである。実際、被告は原告の設立自体やその開発行為を問題としているが、原告の設立行為は日本で行われているし、原告は自らの研究行為を専ら横浜市にある研究所で行っている。また、例えば加州訴訟の訴因②及び③に関していえば、原告が行ったとする謀議又は教唆の日時及び具体的な行為態様を被告は特定していないが、特段の立証がない限りは原告の所在地である横浜市で行われたと考えるのが合理的である。同じく訴因①、④及び⑤に関していえば、被告は原告の不作為を問題にしているが、不作為というものは、法人に関する限りその所在地でしか観念し得ないものであり、そうでないとしても、特段の立証がない限り法人の所在地と観念するのが合理的である。同じく訴因⑥についても、被告は対象となる営業秘密を原告がC博士から取得した場所及び時期を特定せず、原告が現在も不正使用していることを理由としてその差止めを求めている。そうだとするならば、特段の立証がない限りは当該営業秘密の取得は原告の所在地で行われたと考えるのが合理的であるし、その使用行為の全部又は大部分は原告所在地で行われたと考えるのが合理的である。なお、被告が問題とするPRI―七二四の特許出願はPCT国際出願により日本において行われている。したがって、確認請求に関する不法行為の法律要件を構成する要素は、日本のみ又は日本及びその他の地で充足されるのであって、日本の裁判所は民訴法三条の三第八号に基づき管轄権を有する。
イ 損害賠償請求について
原告の主張する被告の不法行為は、①原告から提供された特許調査報告書を利用して被告が七五一出願のクレームの内容を変更したことと、②被告による連邦訴訟及び加州訴訟の提起であり、これによって原告が被った総額約四億円の損害(弁護士費用、交通費等として約一億円、新規投資を受ける際のディスカウントとして約三億円)の発生地はいうまでもなく原告の所在地のある日本である。また、原告が被告に提供した特許調査報告書について原告と被告の間に秘密保持契約が成立しており、その契約において定められた被告の債務の履行地は日本である。したがって、損害賠償請求については、民訴法三条の三第八号又は一号に基づき日本の裁判所が管轄権を有する。
仮に損害賠償請求単独では日本の裁判所の管轄権が認められないとしても、前記のとおり確認請求について日本の裁判所の管轄権が認められるから、確認請求と密接な関連がある請求とし、併合請求による日本の裁判所の管轄権(民訴法三条の六)が認められる。
ウ 訴えを却下すべき特別の事情(民訴法三条の九)の不存在
民訴法三条の九は、日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合であっても同条所定の特別の事情があると認めるときは裁判所は訴えの全部又は一部を却下することができると規定するが、本件訴えを却下すべき当該特別の事情は存在しない。加州訴訟は、本件訴訟の存在を理由に現に手続が停止されている。本件紛争は、韓国法人である被告と日本法人である原告の間の紛争であり、被告の保有する営業秘密の日本国内での使用が問題とされているものであり、PRI―七二四に関する特許出願のライセンシーも日本法人であるエーザイである。このような紛争を米国で争うことは当事者間の衡平に反し、訴訟経済にも反し、大企業である被告による中小企業(ベンチャー企業)である原告に対するハラスメントでもある。請求ごとに個別に検討すると次のとおりである。
(ア) 確認請求について
事案の性質をみると、本件紛争はPRI―七二四の開発行為に関して被告が原告に通知書を送付してきたことに端を発するものであり、PRI―七二四の特許出願も日本におけるPCT国際出願によって行われているし、原告によるPRI―七二四の着想から特許出願までの実験や研究等の全部又は主要な部分は日本で行われている。仮に被告の主張が正しければ、その営業秘密の使用の全部又は重大な部分が行われる蓋然性が高いのは、原告の唯一の営業所の所在地である日本である。被告がその帰属を求めるPRI―七二四のライセンス料も、ライセンシーである日本企業のエーザイから原告に対し日本において支払われるものである。本件が米国における紛争であるとする被告の主張には理由がない。
被告の応訴の負担をみると、加州訴訟は本件訴訟に後れて提訴されたという事情があるほか、いまだ実体審理に入っておらず、現在その訴訟手続は停止されており、連邦訴訟と加州訴訟との間で連携を要するという被告の主張は誤りである。
証拠の所在地をみると、被告の主張する「秘匿行為」「秘匿行為の謀議、教唆又は幇助」「営業秘密の不正取得及び使用」の主体は原告の代表者又は従業員であるが、これらの者は全て日本に居住している。PRI―七二四の開発の全部又は主要な部分は日本で行われており、その客観的な資料は日本に所在し、PRI―七二四の特許出願に係る発明者三名も日本に居住している。他方、被告C和解の締結及び内容は書証により明らかにされている。
その他の事情をみると、既に加州訴訟の手続が停止されていることから明らかなとおり、本件における確認請求は加州訴訟の十分な防御になり得るのである。
(イ) 損害賠償請求について
本件の確認請求及び損害賠償請求はいずれも、同一当事者間において基礎となる事実を同じくする訴訟である連邦訴訟及び加州訴訟に関係するものであり、確認請求が成り立てば損害賠償請求も成り立つ可能性が出てくるという関係に立つ。したがって、上記(ア)で述べたことは損害賠償請求にも当てはまる。
(被告の主張)
確認請求は、新旧いずれを問わず特定されているとはいえないが、仮に、そうでないとしても、次のとおり日本の裁判所の管轄権は存在しない。
ア 旧確認請求について
旧確認請求の対象となる債務は、不正競争防止法に規定する不正競争行為を原告が行ったことに基づく損害賠償債務である。しかし、加州訴訟において、被告は原告に対し、加州民法(の一部である統一営業秘密法(Uniform Trade Secrets Act))に違反する機密情報の不正使用に対する損害賠償請求その他の加州法に基づく請求を行っているのであって、加州訴訟の内外を問わず、被告が原告に対し、不正競争防止法に規定する不正競争行為を行ったとして損害賠償請求をしたことはない。したがって、「不法行為に関する訴え」(民訴法三条の三第八号)の管轄原因事実としての客観的事実関係の証明(最二小判平成一三年六月八日民集五五巻四号七二七頁参照)はおろかその主張さえないのであるから、旧確認請求について日本の裁判所の管轄権は存在しない。
イ 新確認請求について
原告は、新確認請求において、問題となる原告の行為の場所につき「横浜市において」などと限定し、法人である原告の行為の場所はその営業所の所在地であると主張する。しかし、被告は、加州訴訟の訴因①~⑤において、米国で活動しているC博士が原告の代理人としてあるいは原告と共同で、米国において被告に対して損害を与えていること、原告、C博士等によるPRI―七二四の開発は米国ロサンゼルスで行われたこと等を主張しており、同じく訴因⑥及び⑦においては、新確認請求三で原告が問題とする営業秘密の取得・使用に限らず、営業秘密の開示行為や、さらに、営業秘密のみならず、C博士が契約により秘密保持義務の課された機密情報の不正使用行為を含めて請求の対象としている。そして、これらの営業秘密の取得・使用等は加州内で行われた。また、原告は、加州訴訟の訴因⑧及び⑨を独立して取り上げないとしているが(前記前提事実(7)イ)、同訴因⑧及び⑨は他の訴因とは異なる請求である。以上のとおり、原告の主張は、被告の主張する事実関係に基づく損害賠償請求を前提としていない。また、「不法行為があった地」が横浜市であるとの原告の主張は、法人の役員、従業員、代理人等が行為をした地が法人の不法行為地になり得ることを看過した独自の見解であり、認められる余地はない。したがって、日本の裁判所の管轄権を基礎付ける客観的事実の証明(前掲最二小判平成一三年六月八日参照)が一切ないことはもちろん、日本の裁判所が管轄権を有するとする原告の主張は、それ自体において失当である。なお、上記のとおり、加州訴訟において、被告は、原告による違法行為は米国で行われたと主張し、原告、C博士及びD博士によるPRI―七二四の開発も米国ロサンゼルスで行われたと主張している。
ウ 損害賠償請求について
(ア) 民訴法三条の三第八号の要件について検討すると、原告は、七五一出願すなわち被告の米国における特許出願行為をもって営業秘密の使用と主張していると解されるから、加害行為地は米国である。これにより生じたとされる損害は米国の特許権に関する米国の事業上の損害であるから、結果発生地も米国である。原告は、その主張する営業秘密の営業秘密性及びこれに基づく営業上の利益(被侵害利益)の存在についても、被告がその利益を侵害した行為についても、損害の発生やその行為との因果関係についても、これが日本で生じたことを何ら証明していない。
そもそも原告が営業秘密として特定する特許調査報告書のマスキング部分に係る情報は、マスキングされているがゆえに被告に開示されていないのであるから、これに対する秘密保持義務も観念し得ない。平成二二年秘密保持契約は、原告が問題とする七五一出願におけるクレームの追加から九か月ほど後に締結されているにもかかわらず、問題となるマスキング部分がその秘密保持の対象に含まれるという記載は全くない。秘密保持契約もないのに、マスキングがされた書面を提供された事業者において、当該書面が秘密保持の対象となると考えることなどあり得ない。したがって、原告の営業秘密に関し被告がいかなる不正使用行為をしたのかについて、管轄原因事実としての客観的事実関係の証明(前掲最二小判平成一三年六月八日参照)はおろかその主張さえない。さらに、マスキング部分について原告の営業秘密として扱うとの合意など存在しないから、管轄原因事実としての契約上の債務の履行地(民訴法三条の三第一号)が問題となる余地もない。
(イ) 次に、原告は、被告による連邦訴訟及び加州訴訟の提起を不法行為と主張しているが、原告の主張に基づく損害とは、直接的には米国の裁判所における応訴等であり、弁護士費用等も米国における支出であると考えられるから、結果発生地は米国である。また、訴えの提起が不法行為となるのは、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる(最三小判昭和六三年一月二六日民集四二巻一号一頁参照。原告の主張する事実についての準拠法は米国法であるが、法の適用に関する通則法二二条一項により日本法が累積的に適用され、当該事実が日本法によれば不法とならないときは、本件訴訟において原告が被告に対し損害賠償請求をすることはできない。)。
連邦訴訟についてみると、確かに被告は連邦訴訟のうち原告を相手方とする部分を取り下げたが、これは訴訟遅延を防ぐためにしたことであり、裁判所も、原告による訴え却下の申立ても訴訟費用を被告に支払わせる申立ても退けた上で、被告の取下げの申立てを「再訴を妨げない」として認めたのであり、被告による連邦訴訟の提起が原告との関係で不誠実な訴訟として違法とされたものではない。加州訴訟についてみると、被告の訴えは現に棄却も却下もされていないし、原告自身、不誠実な訴訟として違法であるとの主張はもちろん、加州上位裁判所が管轄権を有しないとの主張すらしていない。したがって、連邦訴訟及び加州訴訟の提起が原告との関係で不法行為となる余地はない。ここでも、管轄原因事実としての客観的事実関係の証明はおろか主張もないというべきである。
(ウ) よって、損害賠償請求についても日本の裁判所の管轄権は存在しない。
エ 特別の事情による訴えの却下(民訴法三条の九)
仮に各請求につき日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合であっても、本件訴えを却下すべき民訴法三条の九所定の特別の事情がある。
(ア) 新確認請求について
事案の性質をみると、新確認請求に係る紛争は米国における紛争である。加州訴訟における被告の請求の根拠となっている主要な事実関係、例えば、原告の代理人であるC博士の行為、原告の詐欺等に基づく被告C和解の締結、PRI―七二四の開発、不正出願行為(六〇七仮出願)等の事実の全て又はほとんどは米国のみで発生している。加えて、特許技術の真の発明者が誰か、その権利範囲等といった問題については、米国特許法等の解釈に基づいて判断がされなければならない。被告に生した損害も、被告の営業秘密又は機密情報に含まれる技術に関する米国でのビジネスにおいて、すなわち米国で発生している。さらに、被告は、加州訴訟において、原告による違法行為の差止請求や利益等の帰属の確認請求もしており、その執行のためには認容判決が米国の裁判所でされる必要がある。原告は米国において特許権ないし特許出願による権利という財産を有しており、上記判決は米国において実際に執行することができる。これに対し、新確認請求は、これらの差止請求や利益等の帰属確認請求を対象としておらず、事実関係においても請求内容においても加州訴訟の一部を取り上げるにすぎないのであって、本件訴訟ではなく加州訴訟の手続によらなければ現に生じている紛争・問題の実質的な解決はできないのである。一方、原告は、米国においてPRI―七二四の開発及びこれに向けた契約・交渉等を行い、米国特許商標庁に特許出願するなどしており(六〇七仮出願)、紛争が生ずれば米国において訴えを提起され得ることは十分予期し得たはずである。
被告の負担の程度をみると、加州訴訟との関係で本件訴訟は(少なくとも部分的に)訴訟競合の状態にあり、両訴訟に対応する被告の負担は過大であり、被告が韓国企業であることをも考慮すれば、企業の国際取引通念上、甘受し得るものではない。連邦訴訟と加州訴訟との間で連携を要することは連邦裁判所も認めており、本件の紛争は、米国における両訴訟の手続の連携により解決を図るのが妥当である。一方、連邦訴訟と連携しつつ、あるいはその手続の結果を踏まえて本件訴訟を行うには、文書の翻訳や手続間の調整だけでも計り知れないほど膨大な作業となる。
証拠の所在地をみると、被告がその主張する事実関係を立証するための証人(C博士や関係者)や資料の全て又はほとんどは米国に存在する。
その他の事情をみると、加州訴訟の請求認容判決が確定すると民訴法一一八条に基づいて日本においても効力を有するから、本件訴訟で本案の判決がされた場合、両者間で判決の矛盾、抵触が生ずるおそれがあるし、本件の準拠法は全て米国法である。
(イ) 損害賠償請求について
事案の性質をみると、原告の請求の根拠となっている主要な事実関係は、営業秘密の不正使用に関しては、被告による米国特許出願行為(七五一出願)と原告が米国におけるビジネスで被った損害であり、連邦訴訟及び加州訴訟の提起に関しては、訴え提起の違法性を基礎付ける事実と原告の応訴対応や弁護士費用等の支出であると考えられるが、いずれも米国で発生したものである。被告の負担の程度は、上記(ア)でみたとおり、過大である。証拠の所在地についても、上記(ア)でみたとおり、その全て又はほとんどは米国にある。その他の事情については、原告の請求の根拠となる不法行為の結果発生地は上記のとおり米国であり、米国法が準拠法とされるものである。
(ウ) まとめ
以上のとおり、本件について日本の裁判所が審理及び裁判をすることは、当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情がある。
(2) 確認請求につき、確認の利益の存否
(原告の主張)
現在、本件訴訟と同一性を有する加州訴訟が、本件訴訟に後れて提訴され、係属しており、その中で被告は原告に対し不法行為に基づく損害賠償請求等をしているのであるから、原告の権利又は法的地位に危険又は不安が存在することは優に認められる。債務不存在確認請求という方法(解決手段)の選択も、確認対象の選択も、適当である。紛争の成熟性の観点からも、確認の利益が否定されることはない。
加州訴訟の訴因には、原告の不法行為地や不正競争行為地の記載がなく、これらが行われた時期の記載もない。原告は、訴因以外の記載やその他の事情から場所及び時期を特定して新確認請求を構成したのであり、この請求内容と加州訴訟における被告の主張内容との間に看過できない齟齬があるとはいえない。原告の行為態様及びこれによる被告の損害にしても同様である。したがって、新確認請求は加州訴訟における被告の請求に対する防御になり得るのである。
(被告の主張)
ア 旧確認請求について
前記(1)の被告の主張アのとおり、被告が原告に対し不正競争防止法に規定する不正競争行為を行ったとして損害賠償請求をしたことはない。したがって、旧確認請求は確認の利益を欠く。
イ 新確認請求について
前記(1)の被告の主張イのとおり、原告は新確認請求において、独自の解釈に基づき、加州訴訟における被告の主張に場所的時期的限定を加えているが、このように被告の主張していない事実関係(又はそのごく一部にすぎない事実関係)に基づく債務について、仮に不存在確認判決がされたとしても、加州訴訟の防御にはなり得ず、紛争解決にとって意味を成さない。また、被告は加州訴訟において米国法に基づく請求をしており、日本法に基づく請求をしていないから、この観点からも原告の求める債務不存在確認判決は紛争解決にとって意味を成さない。さらにいえば、加州訴訟で請求認容判決がされれば日本において執行される可能性が高いから、加州訴訟による解決が最も有効適切である。したがって、新確認請求も確認の利益を欠く。
第三当裁判所の判断
一 確認請求に関する訴えの変更について
確認請求に関する訴えの変更について、被告はその不許を申し立てているので、争点に対する判断をするに先立ちこの点について判断する。
(1) 確認請求の特定性
確認の訴えの対象となる権利が債権である場合、原告は、その請求の趣旨において、権利の主体、目的物及び権利の種類に加えて、その発生原因事実を明記し、請求を特定しなければならない。請求が特定していない訴えは不適法である。被告は、本件の確認請求が特定性を欠くと主張するので、前提問題として、その特定性の有無を検討する。
ア 旧確認請求の特定性
本件のように債務不存在確認請求(消極的確認請求)において原告が当該債務の発生原因自体を否定している場合、当該債務を特定するために客観的事実としてのその発生原因事実を主張するよう原告に要求することは背理である。この場合、原告は、当該債務の発生原因として被告が主張している事実を摘示することによって当該債務を特定することになる。ただし、債務の特定という観点からみる限り、この場合に特別の特定方法が必要となるわけではない。時期、場所、行為態様等の発生原因事実を摘示することによって当該債務を特定すべきことに変わりはなく、その摘示される事実は、当該債務を他の債務から識別させるに足りる程度のものでなければならない。
旧確認請求は、不存在確認の対象となる債務について、「被告の保有するPRI―七二四に関する営業秘密について、原告が故意又は過失により不正競争防止法二条一項四号~六号、八号及び九号に規定する不正競争行為を行い、もって被告の営業上の利益を侵害したことにより原告が被告に対して負う損害賠償債務」とするのみであり、そこにいう不正競争行為の時期、場所、態様等を何ら特定していない。原告は、第二準備書面においてこの点についての主張を補足したが(前記前提事実(7)ア)、これによっても、せいぜい、場所が「横浜市内」として特定され、行為態様につき原告とC博士との共同行為や原告の設立行為が摘示されたのみであるから、当該債務を他の債務から識別させるに足りる程度にその発生原因事実が摘示されたとはいい難い。したがって、旧確認請求は請求の特定性を欠くというほかない。
イ 新確認請求の特定性
新確認請求一~四をみると、別紙にあるとおり、いずれにおいても、原告が行為を行った時期、場所、行為態様及び当該債務の法的発生根拠が明らかにされている。もっとも、一~四のいずれにおいても被告に発生した不法行為又は不正競争防止法違反行為による損害の内容及び金額が明らかにされておらず、三及び四においてはこれに加えて被告に発生した不当利得による損失の内容及び金額が明らかにされておらず、三においては更にこれに加えて被告の主張する差止請求権の内容も明らかにされていない。しかし、これらの事実は当該債務を他の債務から識別させるためには必ずしも必要なものとはいえないと解される。そうすると、原告は、債権者としての被告の主張に対応して当該債務の発生原因事実をできる限り特定して摘示したとみることができ(被告の主張に実際に対応しているか否かについては争いがあるが、請求の特定性の有無を検討するこの場面においては、その点は問題とならない。)、これにより各債務を他の債務から識別することができるから、新確認請求一~四についてはいずれも請求が特定している。
なお、新確認請求三及び四は、各債務の発生原因となる事実は同じであり、ただ、その発生根拠となる法令の規定が異なる結果、債務の内容も異なるものとしてそれぞれ特定されているものと解される。
(2) 訴えの変更の趣旨
上記(1)を踏まえると、確認請求に関する訴えの変更は次のような意味を持つと理解することができる。
旧確認請求は、被告の保有する「PRI―七二四に関する営業秘密」について、原告が不正競争防止法二条一項四号~六号、八号及び九号に規定する不正競争行為をしたことを理由とする損害賠償請求権を対象としており、新確認請求三は、被告の保有する「Wnt/β―カテニン・シグナル伝達経路に関する営業秘密」について、原告が同項五号、六号、八号又は九号に規定する不正競争行為(新確認請求三において「本件不正使用行為等」とされている行為)をしたことを理由とする損害賠償請求権及び当該営業秘密の使用差止請求権並びに不当利得返還請求権を対象としている。証拠<省略>によれば、「PRI―七二四に関する営業秘密」及び「Wnt/β―カテニン・シグナル伝達経路に関する営業秘密」は同じものを意味していると認められる(そして、ここにいう「Wnt/β―カテニン・シグナル伝達経路」は、前記前提事実(1)アにいう「Wntシグナル伝達経路」と同じものである。)。そうすると、請求の特定性を欠いていた旧確認請求は、訴えの変更という形式によって補正されることにより、新確認請求三として請求が特定されることになったということができる。旧確認請求と新確認請求三の関係は、形式的には、旧確認請求が訴えの交換的変更によって新確認請求三になったというものであるが、その実質は訴えの変更ではなく、特定していなかった旧確認請求が新確認請求三として特定され補正されたにすぎないというべきである。そして、このような形での請求の補正は、許されないものではない。
以上によれば、原告は、補正されて特定された旧確認請求である新確認請求三を前提として新確認請求一、二及び四への追加的訴えの変更をしたと解することもできる。
(3) 訴えの変更の許否
以上の検討を踏まえ、新確認請求三を前提として新確認請求一、二及び四への追加的訴えの変更をすることが許されるか否かを判断する。
ア 新確認請求四への変更について
前記のとおり、新確認請求三及び四の対象となる各債務の発生原因事実は同一であり、法的根拠が異なるにすぎない。この訴えの変更は請求の基礎に変更がないし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることになるとも認められない。よって、新確認請求三から新確認請求四への訴えの追加的変更は許されないというべきである。
イ 新確認請求一及び二への訴えの変更について
新確認請求三の対象となる債務の発生原因事実の概要は、原告が、平成一八年一一月頃から現在に至るまで、横浜市において、「Wnt/β―カテニン・シグナル伝達経路」に関する被告の営業秘密(以下「本件営業秘密」という。)をC博士が不正に取得した事情等について知り、又は重大な過失により知らないで、これをC博士から取得し、かつそれを使用したことである。ここで問題とされている原告の行為の中核は、本件営業秘密をC博士から取得して使用したことである。
新確認請求一の対象となる債務の発生原因事実は、大きく二つに分かれており、その概要は、原告が、①平成一八年一一月頃から平成一九年一一月一日までの間、横浜市において、C博士と共謀するなどして、一定の事項をC博士に秘匿させ、不作為の欺罔により、同日被告に被告C和解を締結させてC博士等の被告に対する損害賠償債務の免除等をさせたこと、②平成二〇年六月頃、横浜市において、被告C和解の内容(被告からの資金提供による研究に基づくなどした特許出願を今後六か月以内にする可能性がある他の者がいるかどうか認識していないとの表明保証等をC博士がしたこと)を認識しながら、C博士と共謀するなどして、C博士及びD博士を発明者として記載することなく同月六日に米国における出願代理人を通じて六〇七仮出願をしたことにより、被告C和解に基づく損害賠償債務の免除等の利益を不正に確保しようとしたことである。
新確認請求二の対象となる債務の発生原因事実の概要は、原告は、平成二〇年六月頃、横浜市において、被告C和解の内容(上記の表明保証等)を認識しながら、又は過失によりこれを知らないで、六〇七仮出願をし(別紙の二に「本件不正出願をさせ」とある部分はそのままでは意味がとれないが、原告の主張に照らし、原告が六〇七仮出願に関与したことを意味するものと善解する。)、被告C和解違反に基づく損害を被告に与えたことである。
以上を前提に、まず新確認請求一について検討する。前記のとおり、新確認請求三における原告の行為の中核は、本件営業秘密の取得及び使用である。これに対し、新確認請求一における原告の行為の中核は、①においては、C博士と共謀するなどして被告C和解の成立に関与したことであり、②においては、C博士と共謀するなどして六〇七仮出願をしたことであり、いずれにおいても本件営業秘密の取得や使用は全く問題とされていない。②における六〇七仮出願は本件営業秘密の使用と評価する余地がないではないが、ここで問題とされているのは営業秘密の使用ではなく被告C和解の条項違反への関与であり、本件営業秘密が実際に営業秘密として保護されるか否かにかかわらないものであるから、やはり新確認請求三における原告の行為と新確認請求一の②における原告の行為の間に共通点があるとはいえない。このように、新確認請求三と一とは、基礎となる事実である原告の行為の態様が全く異なる。一方、いずれにおいてもC博士の関与という事実が大きな要素を占めるから、原告とC博士との関係一般という点においてはある程度証拠資料が共通すると考えられるものの、両者の関係する行為には様々なものが存在し得るのであり、上記のとおりその行為態様が全く異なる以上、主要な部分においては証拠資料も大きく異なると考えざるを得ない。したがって、新確認請求三を前提として新確認請求一へと訴えの追加的変更をすることは、請求の基礎に変更をもたらすと認められるから、その余の点について判断するまでもなく不当であり、許されないというべきである。
次に新確認請求二について検討する。新確認請求二における原告の行為の中核は、六〇七仮出願であり、新確認請求一の②における行為と主要な部分において共通する。そして、この行為が本件営業秘密の取得及び使用という新確認請求三における行為と全く異なることは既に検討したとおりである。したがって、新確認請求三を前提として新確認請求二へと訴えの追加的変更をすることも、請求の基礎に変更をもたらすと認められるから、その余の点について判断するまでもなく不当であり、許されないというべきである。
(4) まとめ
新確認請求三は、旧確認請求が補正されたものとして当裁判所の審判の対象となり得る。
新確認請求三を前提とした新確認請求四への追加的訴えの変更は許されるが、新確認請求一及び二への追加的訴えの変更は許されない。
したがって、確認請求のうち当裁判所の審判の対象となり得るのは、新確認請求三及び四のみである。
二 確認請求についての日本の裁判所の管轄権の存否(争点(1)その一)
(1) 検討の対象
前記前提事実(1)イのとおり被告は日本国内に営業所を持たず、また、代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるとの点についても、日本において事業を行っているとの点についても、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、請求ごとに個別に日本の裁判所の管轄権の存否を検討する必要があるので、上記一を踏まえ、新確認請求三及び四についてこれを検討する。
新確認請求三の対象となる債権は、不正競争防止法二条一項五号、六号、八号又は九号該当の不正競争を理由とする損害賠償請求権及び差止請求権並びに不当利得返還請求権であり、新確認請求四の対象となる債権は不法行為に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権である。
民訴法三条の三第八号の「不法行為に関する訴え」は、民訴法五条九号の「不法行為に関する訴え」と同じく、民法所定の不法行為に基づく訴えに限られるものではなく、不正競争防止法違反による損害賠償請求の訴えや、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えを含む(最一小判平成二六年四月二四日裁判所時報一六〇三号一項〔民集六八巻四号登載予定〕参照)。したがって、上記各請求権のうち損害賠償請求権及び差止請求権(以下「損害賠償請求権等」という。)については、民訴法三条の三第八号の「不法行為に関する訴え」に該当するから、これを前提に、「不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。」に当たるか否かを判断することにより、日本の裁判所の管轄権の存否を決することになる。
これに対し、不当利得返還請求権は「不法行為に関する訴え」に該当しないから、他の管轄原因を検討すべきであり、民訴法三条の三第一号にいう「契約上の債務に関して…生じた不当利得に係る請求…を目的とする訴え」又は同条三号の「財産権上の訴え」が問題になり得る。
以下、損害賠償請求権等と不当利得返還請求権とに分けて判断する。
(2) 損害賠償請求権等について
ア 民訴法三条の三第八号の規定に依拠して日本の裁判所の管轄権を肯定するためには、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の場合、原則として、当該訴訟の被告が日本国内でした行為により当該訴訟の原告の権利利益について損害が生じたか、当該被告がした行為により当該原告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足り(前掲最二小判平成一三年六月八日参照)、差止請求に関する訴えの場合、当該訴訟の被告が当該訴訟の原告の権利利益を侵害する行為を日本国内で行うおそれがあるか、当該原告の権利利益が日本国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りる(前掲最一小判平成二六年四月二四日参照)。
この判例の定式を本件に当てはめると、日本の裁判所の管轄権を肯定するためには、不正競争防止法違反を含む不法行為に基づく損害賠償請求権に関しては、原則として、原告が日本国内でした行為により被告の権利利益について損害が生じたか、原告がした行為により被告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足り、差止請求権に関しては、原告が被告の権利利益を侵害する行為を日本国内で行うおそれがあるか、被告の権利利益が日本国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りることになる。しかし、新確認請求三及び四はいずれも債務不存在確認請求であり、原告は当該債務の発生原因自体を否定しているのであるから、上記の客観的事実関係の証明を原告に要求することは背理である。「不法行為に関する訴え」が債務不存在確認請求訴訟である場合、債務の特定の場面で論じたのと同じく、当該訴訟の被告がいかなる事実関係を主張しているのかという観点から上記の定式を再構成すべきである。本件においては、不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認の訴えに関しては、原則として、原告が日本国内でした行為により被告の権利利益について損害が生じたか、原告がした行為により被告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの事実関係を被告が主張しいることが証明されれば足り、差止請求権の不存在確認の訴えに関しては、原告が被告の権利利益を侵害する行為を日本国内で行うおそれがあるか、被告の権利利益が日本国内で侵害されるおそれがあるとの事実関係を被告が主張していることが証明されれば足りるということになる。
イ 新確認請求三及び四が加州訴訟の訴因⑥及び⑦に対応することは原告の主張するところであり(前記前提事実(7)イ)、証拠<省略>によってもそのとおりであると認められる。そこで、加州訴訟の訴因⑥及び⑦において被告がいかなる主張をしているかをみると、前記前提事実(6)及び証拠<省略>によれば、その内容は概要次のとおりであると認められる。
訴因⑥において、被告は、原告が加州民法三四二六条(統一営業秘密法と呼ばれるもの)によって定義された営業秘密の盗用ないし不正取得・使用(misappropria-tion)を行ったと主張した。具体的には、(a)原告は本件営業秘密をC博士から営業秘密の盗用に当たる態様で取得した、(b)原告及び原告の代理人としてのC博士は本件営業秘密を被告の了解を得ずに使用した、(c)原告の代理人であるC博士は本件営業秘密を被告の了解を得ずに開示した、というのが被告の主張である。
訴因⑦において、被告は、上記(a)~(c)と同じ原告の行為を挙げつつ、これがコモン・ロー上の機密・専有情報の盗用に当たると主張した。
これらの被告の主張において、原告が「営業秘密ないし機密・専有情報の盗用等」を行った場所は明らかにされていないが、被告は、本件訴訟において、加州訴訟の訴因⑥及び⑦において被告が問題とする場所は加州内であると主張している。そこで、加州訴訟の訴状の記載全体を踏まえてこの点を検討すると、次のようにいうことができる。被告は、加州訴訟の訴因①~⑤において、米国ワシントン州内の連邦地方裁判所で成立した被告C和解(その準拠法はワシントン州法である。)について、その成立の過程でC博士による詐欺等の違法行為があったと主張し、これにより被告の利益が失われたなどと主張していた。その上で、被告は、本件営業秘密を自己が保持しているとし、C博士等が米国加州内でPRI―七二四の臨床試験を行ったり、六〇七仮出願をしたことが被告の権利の侵害であるとした。そして、訴因⑥及び⑦においては、損害賠償請求だけでなく、差止請求及び原告が不当に得た利益の返還等をも求めたのであり、その法的根拠はいずれも加州法(加州民法又はコモン・ロー)である。この一連の被告の主張、請求に照らすと、被告が加州訴訟を提起したのは米国の市場における被告の利益を維持、確保し、あるいは損害を回復することが目的であり、訴因⑥及び⑦の目的もここにあると解される。加州訴訟において、被告が自ら保有するとしている特許権や特許出願による権利はいずれも米国において米国法により保護されるものであること、これに対し日本における特許権や特許出願には一切言及がないこと、本件営業秘密も加州法によって保護されるものであるとしていることからも、このことは裏付けられる。
そうすると、加州訴訟の訴因⑥及び⑦のいずれにおいても、原告がした「営業秘密の盗用等」の行為態様や被告に生じた損害について具体的な言及はないけれども、そこにおける損害賠償請求権等によって被告が問題としているのは、主に、PRI―七二四の臨床試験や六〇七仮出願といった米国内における原告の行為あるいはその関与した行為であり、また、これに引き続くPRI―七二四の商品化のための行為や関連する特許出願といった将来における米国内での原告の行為あるいはその関与する行為であり、さらに、米国内において被告に生じ、あるいは今後生じ得る損害であるとみるべきである。そうすると、加州訴訟の訴因⑥及び⑦において被告が問題とする場所はいずれも加州内であるとする本件訴訟における被告の主張は根拠のあるものであり、少なくとも、原告が日本国内でした行為や今後するおそれのある行為、また、日本国内における被告の権利利益に対する損害を訴因⑥及び⑦において問題としていないことは明らかである。したがって、前記の再構成された定式によれば、損害賠償請求権等について日本の裁判所の管轄権を肯定することは困難である。
この点につき、原告は、被告のいう共謀等が行われた地は原告の本店所在地である横浜市内と認められると主張するが、そのように認定すべき根拠はない。C博士は加州在住であるから、原告の役員や従業員が訪米して米国内で共謀等を行ったということは十分に考えられるし、米国でも日本でもない第三国で共謀等が行われたということもあり得る。また、電話やインターネット等の通信手段を通じて共謀等を行うことも可能であり、その場合は、発信地と受信地のいずれもが共謀等を行った地になるとみるしかない。このことからも分かるとおり、「不法行為に関する訴え」において共謀等に基づく不法行為が主張されている場合、共謀等の行われた地をもって「不法行為があった地」とするのは必ずしも適当とはいい難く、特段の事情のない限り、その共謀等に基づく行為又はその結果が外部に現れた地をもって「不法行為があった地」というべきである。本件においては、共謀等の行われた地を被告が特に明示しているわけではないことなどからすると、上記の特段の事情があるとはいえず、また、共謀等に基づき外部に現れた行為として被告の主張するものは、PRI―七二四の臨床試験や六〇七仮出願などの米国内における行為であるし、今後現れることを被告が懸念する行為もこれに引き続くPRI―七二四の商品化のための行為や関連する特許出願などの米国内における行為である。被告の権利利益に生じ、あるいは今後生じ得る損害も米国内におけるものである。したがって、損害賠償請求権等に関する「不法行為があった地」は米国内にあるというほかない。
ウ 以上によれば、損害賠償請求権等について日本の裁判所の管轄権を肯定することはできない。
(3) 不当利得返還請求権について
民訴法三条の三第一号にいう「契約上の債務に関して…生じた不当利得に係る請求…を目的とする訴え」についてみると、新確認請求三は債務不存在確認請求であるから、そもそも当該の「請求…を目的とする訴え」に該当しない。
民訴法三条の三第三号の「財産権上の訴え」についてみると、新確認請求三はこれに該当するものの、「請求の目的が日本国内にあるとき」にも「当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき」にも該当しない。
いずれにしても不当利得返還請求権について日本の裁判所が管轄権を有することはない。
(4) まとめ
以上によれば、新確認請求三及び四のいずれについても日本の裁判所の管轄権を肯定することはできない。
三 損害賠償請求についての日本の裁判所の管轄権の存否(争点(1)その二)
(1) 原告の損害賠償請求は民訴法三条の三第八号の「不法行為に関する訴え」に該当する損害賠償請求訴訟であるから、前記二(2)アの判例の定式がそのまま妥当し、日本の裁判所の管轄権が肯定されるためには、原則として、被告が日本国内でした行為により原告の権利利益について損害が生じたか、被告がした行為により原告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる。
原告の損害賠償請求の根拠となる事実は大きく二つに分かれており、第一は、平成二一年一一月一日に原告が被告に送付した特許調査報告書(原告の営業秘密の部分をマスキングしたもの)を利用して被告が同月二四日に七五一出願のクレームの削除、追加をしたことが原告の営業秘密の侵害に当たるというものであり、第二は、被告が原告を相手として連邦訴訟及び加州訴訟を提起したことが原告の権利の侵害になるというものである。第一の点について、原告は、「不法行為に関する訴え」に加えて、民訴法三条の三第一号にいう「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え」としても日本の裁判所の管轄権を主張する。
(2) まず、第一の点のうち「不法行為に関する訴え」(民訴法三条の三第八号)について検討すると、原告がそこで問題としている被告の行為は、七五一出願のクレームの削除、追加であるが、これは米国における特許出願に係る行為であるから、被告が米国内においてした行為である。したがって、「被告が日本国内でした行為により原告の権利利益について損害が生じた」との事実は、主張さえされていない。また、七五一出願のクレームの削除、追加によって被告の特許出願による権利に変更が生ずるのであれば、この権利が米国の特許法に基づく権利である以上、これによって影響が及ぶのは原告の営業活動のうち米国内におけるものに限られ、日本国内におけるものが影響を受けることはあり得ない。原告に損害が生じたとすればそれは米国内で生じたものというべきである。この点につき、原告は、原告に財産的損害が発生した以上それは原告の本店所在地である横浜市内で発生したというべきであると主張する。しかし、民訴法三条の三第八号にいう「外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した」とは、法益侵害の直接の結果が日本で発生したことをいうと解すべきであり、この観点からみる限り、原告の主張する被告の加害行為の結果は上記のとおり米国内で発生したとみるほかない。ほかに、「加害行為の結果が日本国内で発生した」ことに関し具体的な主張はなく、その証明もない。したがって、「被告がした行為により原告の権利利益について日本国内で損害が生じた」との事実については、主張がないとまではいえないものの、その客観的事実関係は証明されていない。
次に、第一の点のうち「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え」(民訴法三条の三第一号)について検討する。原告は、原告から提供された特許調査報告書を利用して被告が七五一出願のクレームを削除、追加したことは、原告と被告の間の秘密保持契約にも違反すると主張する。ここでいう秘密保持契約に関し、原告は、平成二二年秘密保持契約とは別のものであるというが、その成立時期や具体的な内容を明らかにしない(なお、原告は、特許調査報告書のマスキングされた部分を原告の営業秘密として取り扱うとの合意があったと主張するが、マスキングされた部分について上記のような合意をするということ自体理解しにくいものである。)。ところで、平成二二年七月二一日に発効した原告と被告の間の平成二二年秘密保持契約においては、そこにおける秘密情報が明確に定義され、これを当事者間で授受する際に厳格な手続をとることが取り決められている(前記前提事実(3))。原告が被告に特許調査報告書を送付したのは、PRI―七二四の開発行為に関し平成二一年一〇月六日に被告から一八五特許権の侵害であるとの通知を受け、両者間で交渉を始めた後であるから、PRI―七二四に関する情報の取扱いは、原告被告の双方とも相当の注意を払っていたと認められる。このことと、原告が被告に特許調査報告書を送付してからわずか九か月ほど後に締結された平成二二年秘密保持契約においては上記のとおり厳格な手続が取り決められていたことを勘案すれば、もし上記特許調査報告書に関して原告と被告の間で秘密保持契約が締結されていたのであれば、その内容は書面化されるのが当然と考えられるし、仮に万一そうでないとしても、当事者の一方である原告がその成立時期や具体的な内容を主張することができないなどという事態は考えられない。ところが、原告は上記のとおりその成立時期や具体的な内容を明らかにしないのであるから、上記特許調査報告書に関して原告と被告の間で秘密保持契約が成立していたとの事実を認めることはできず、民訴法三条の三第一号に基づき日本の裁判所が管轄権を有することはない。
(3) 最後に、第二の点すなわち連邦訴訟及び加州訴訟の提起について検討する。連邦訴訟及び加州訴訟の提起がいずれも米国内で行われたことは動かせない事実であるから、ここで問題となるのは、「被告がした行為により原告の権利利益について日本国内で損害が生じた」か否かであり、これは「外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した」か否かと同じことである。これについては既に述べたとおり、法益侵害の直接の結果が日本国内で発生したか否かが問題となる。本件に即していうと、連邦訴訟及び加州訴訟の提起という被告の行為の直接の結果として原告の法益侵害が日本国内で発生したとの客観的事実関係が証明されれば、原則として、日本の裁判所は管轄権を有するといえる。
連邦訴訟及び加州訴訟の提起による損害として、原告は二つのものを主張する。一つは、連邦訴訟及び加州訴訟の応訴のために弁護士費用、交通費等として一億円を支出したことであり、もう一つは、投資家からの新規投資を受ける際に連邦訴訟及び加州訴訟を理由として総額約三億円のディスカウントを要求されたことである(前記前提事実(7)ア)。前者からみると、金額については何の証明もないものの、証拠<省略>によれば、応訴のために原告が出費をしたこと自体は認めることができる。しかし、連邦訴訟及び加州訴訟の応訴は米国内で行われているのであるから、これによる出費等の負担を原告の法益侵害として捉えた場合、それは直接には米国内で発生したとみるべきである。後者についてみると、原告は、そこにいう投資家からの新規出資について具体的な主張を一切しないし、その事実関係の証明もしないから、原告の法益侵害が日本国内で発生したとの客観的事実関係が証明されているとはいえない。したがって、第二の点についても、日本の裁判所の管轄権を肯定するための要件は充足されない。
(4) 以上によれば、損害賠償請求についても、日本の裁判所の管轄権を肯定することはできない。
四 民訴法三条の九にいう特別の事情の存否(争点(1)その三)
(1) 以上のとおり、本件訴えについて日本の裁判所の管轄権を認めることはできないが、当事者の主張に鑑み、念のため、仮に日本の裁判所の管轄権が認められた場合に、民訴法三条の九にいう特別の事情があるものとして訴えを却下すべきか否かについて判断する。
(2) 前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、本件紛争の経緯は次のとおりであると認められる(左欄は日付あるいは時期であり、Hは平成を表す。)。
H一八・七 被告がC博士を米国ワシントン州の連邦地裁に提訴
H一八・一一 原告設立
H一九・一一・一 上記訴訟で被告C和解成立
H二〇・六・六 原告が米国で六〇七仮出願
H二一・六・五 原告が六〇七仮出願に基づきPRI―七二四のPCT国際出願
H二一・一〇・六 被告が原告に対しPRI―七二四の開発行為が一八五特許権を侵害すると通知
H二一・一一・一 原告が被告に特許調査報告書(原告の営業秘密をマスキングしたもの)を送付
H二一・一一・二四 被告が七五一出願のクレームを削除、追加
H二一・一二・一〇 PRI―七二四のPCT国際出願が国際公開
H二二・七・二一 原告と被告が平成二二年秘密保持契約締結
H二三 遅くともこの春以降、C博士等が加州でPRI―七二四の臨床試験実施
H二三・四 原告とエーザイがPRI―七二四等のライセンス等の契約締結
H二四・二・六 被告がC博士及び原告を加州の連邦地裁に提訴(連邦訴訟)
H二四・五・一 連邦訴訟の訴状が原告に送達される
H二四・一一・五 原告が本件訴えを提起
同じ頃 原告が連邦訴訟の管轄違いを被告に申入れ
H二五・一・九 被告が原告その他を加州の上位裁判所に提訴(加州訴訟)
H二五・三・一一 被告が連邦訴訟における原告に対する訴えを取下げ
H二五・三・二二 本件訴状が被告に送達される
H二五・五・一六 加州訴訟の訴状が原告に送達される
H二五・一二・一六 原告が本件訴訟において確認請求に関する訴えの変更の申立書を提出
H二五・一二・二〇 上記申立書が被告に送達される
H二六・五・一九 加州訴訟において裁判所が手続を停止
(3) 前記前提事実に加え、以上の経過及び当事者双方の主張から分かることは、本件紛争は、C博士の研究成果をめぐる被告とC博士との対立に端を発した、主にPRI―七二四という抗癌剤を対象とした米国の市場における競業者間の争いであるということである。その意味において、本件の事案の性質として米国における紛争であることを挙げる被告の指摘は正当である。特に、新確認請求三及び四で対象とされている権利の一つである差止請求権は、米国内で行使されなければ意味のないものである。そして、既に検討したとおり、新確認請求三及び四においても、損害賠償請求においても、「不法行為があった地」はいずれも米国内にあるとみることができる(仮にその一部が日本国内にあるとみる余地があるとしても、多くは米国内にあるといえる。)。
本件訴えの経過を詳しくみると、原告は連邦訴訟の提訴を受けてその訴状の内容に基づき平成二四年一一月に本件訴えを提起したが、確認請求における請求を特定しないまま時を過ごし、平成二五年一二月に提出した訴えの変更の申立書において初めてこれを補正して請求を特定した。この補正後の請求すなわち新確認請求三は、加州訴訟の訴状の内容に基づくものである。このように、本件訴えの提起は加州訴訟の提起に先行するものの、その請求のうち確認請求の内容は加州訴訟に専ら依存しており、しかも、前記のとおり新確認請求一及び二への訴えの変更は許されないから、本件訴訟で審理され得るのは加州訴訟の訴因のうちのごく一部である訴因⑥及び⑦にすぎない。一方、加州訴訟は実質的には被告と原告との間の連邦訴訟の継続とみることができるものであって、連邦訴訟の提起は本件訴えの提起に先行する。連邦訴訟は被告とC博士との間の訴訟として現に進行しており、加州訴訟の手続は現在停止されているものの、その理由はフォーラム・ノン・コンビニエンス又は礼譲に基づくものであって、加州の上位裁判所の管轄権を否定したものではないから、本件訴えが却下されれば再び進行を始めることになると解される。
これらの事情を考慮すると、事案の性質からして、本件紛争の処理は加州訴訟に委ねるのが適当である。
応訴による被告の負担の程度をみると、被告にとっては加州において連邦訴訟及び加州訴訟の双方を追行するのが便宜であることは明らかである。連邦訴訟を加州で、本件訴訟を日本で追行しなければならないとすると、手続法に違いがあること、使用言語が異なることもあいまって、被告の負担の程度は重い。
証拠の所在地に関し、証明の対象となり得る主な事実関係として考えられるものは、被告C和解成立の経緯、内容及びその履行状況、被告とC博士との間で成立した各種の合意の内容、六〇七仮出願の経緯、七五一出願とその変更の経緯、一八五特許権の内容、PRI―七二四の開発行為や臨床試験の実態、原告とC博士の関係などが考えられる。このうち原告が関わる事実関係については確かに日本国内に少なくともいくらかの証拠が存在するといえるが、被告が関わる事実関係については米国内に存在する証拠が多いと考えられる。連邦訴訟及び加州訴訟を提起したのは被告であり、本件訴訟の確認請求において積極的な訴訟活動を行うことを要求される者が被告であることからしても、使用される証拠は米国内に存在するものが多いとみるのが自然である。また、連邦訴訟のディスカバリーの手続で収集された文書の利用可能性を考えると、証拠<省略>によれば、加州訴訟において発せられる秘密保持契約は連邦訴訟におけるのとほぼ同じであると認められるから、これらが加州訴訟において利用されることについてはC博士や関係者の承諾を得られる見込みがある。一方、日本法の手続は米国のものと異なるから、本件訴訟においてこれらの文書を証拠として提出することに承諾が得られるか否かは不透明である。
以上の事情を総合的に勘案すると、本件は、仮に日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合であっても、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認められるので、本件訴えはその全部を却下すべきである。
五 結論
本件訴えにおける請求のうち当裁判所の審判の対象となり得るものは新確認請求三及び四並びに損害賠償請求であるが、いずれについても日本の裁判所の管轄権を肯定することはできず、仮にこれを肯定する余地があるとしても訴えを却下すべき特別の事情があるので、争点(2)(確認の利益)について判断するまでもなく本件訴えは却下を免れない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井浩 裁判官 倉地康弘 石井奈沙)
別紙
一.原告が、二〇〇六年一一月ころから二〇〇七年一一月一日までの間、日本国神奈川県横浜市において、Cをして、又は同人と共謀の上、あるいは同人を教唆又は幇助して、二〇〇七年一一月一日発効のSETTLEMENT AGREE-MENT AND RELEASE(以下「和解契約」という。)上、被告と競業関係にある原告を設立して被告と競争しようとしていたこと、Cが被告の機密情報、研究及び被告に帰属すべき特許権を原告に譲渡したこと、及び原告が被告の化合物、知的財産、営業秘密、機密の研究を使用したこと等の被告に対して開示すべき事項(以下「要開示事項」という。)を秘匿させたことにより、被告を一方当事者とし、C及びThe Institute for Chemical Genomics(以下「ICG」といい、Cと総称して「Cら」という。)を他方当事者とするワシントン西部地区米国連邦地方裁判所における損害賠償請求訴訟(事件番号C〇六―〇九七七。以下「ワシントン訴訟」という。)において、被告を不作為に欺もうして、被告に和解契約を締結させ、当該和解契約の中で、被告にCらに対する損害賠償請求の免除及びワシントン訴訟の取り下げ等(以下「損害賠償請求の免除等」という。)をさせたこと、並びに二〇〇八年六月ころ、日本国神奈川県横浜市において、和解契約において、Cが、被告が資金提供をしたか、ICG又はCが実施した研究を多少なりとも参照した、あるいはかかる研究に基づいた特許出願(以下「対象特許出願」という。)を今後六ヶ月間に申請する可能性がある他の当事者を知らない旨の表明保証等をしたことを認識しながら、米国特許法上、対象特許出願に該当する米国特許出願(出願番号六一/〇五九、六〇七。以下「本件米国特許」という。)の発明者欄に、真の発明者であるC及びDの記載が義務付けられているにもかかわらず、かかる事実を秘匿し、又はCをして、又は同人と共謀の上、あるいは同人を教唆又は幇助して、かかる事実を秘匿せしめ、米国における出願代理人を通じて、C及びDを発明者として記載することなく、二〇〇八年六月六日に本件米国特許を出願させたことにより、Cによる前記表明保証違反を隠蔽し、又はその隠蔽に寄与し、もって前記欺もう行為による損害賠償請求の免除等の利益を不正に確保しようとしたことを理由とする、原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権
二.原告が、二〇〇八年六月ころ、日本国神奈川県横浜市において、和解契約の存在、ならびに和解契約中でCが対象特許出願を今後六ヶ月間に申請する可能性がある他の当事者を知らない旨の表明保証等をしたことを認識しながら、あるいは過失によりこれらを知らないで、Cによる和解契約中の当該表明保証条項違反を誘引する本件不正出願をさせ、もって被告に和解契約違反に基づく損害を与えたことを理由とする、原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権
三.原告が、Cから「Wnt/β―カテニン・シグナル伝達経路」に関する営業秘密(以下「本件営業秘密」という。)を取得した際、あるいは本件営業秘密の取得後に、本件営業秘密がCによる詐欺その他の不正な手段により取得されたものであること(以下「本件不正取得行為」という。)、被告により示された本件営業秘密がCにより不正の利益を得る目的で使用され、且つ原告に開示されたものであること(以下「本件不正開示行為」という。)、若しくは本件営業秘密について本件不正取得行為又は本件不正開示行為が介在したことのいずれかを知って若しくは重大な過失により知らないで、二〇〇六年一一月ころから現在に至るまで、日本国神奈川県横浜市において、Cから本件営業秘密を取得し、且つそれを使用したこと(以下「本件不正使用行為等」という。)が、不正競争防止法第二条一項五号、六号、八号又は九号違反に該当することを理由とする原告に対する損害賠償請求権及び本件営業秘密の使用差止請求権並びに不当利得に該当することを理由とする不当利得返還請求権
四.原告による本件営業秘密の本件不正使用行為等が、被告が所有する機密情報の不正取得及び不正使用に該当することを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権並びに原告の不当利得に該当することを理由とする不当利得返還請求権