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横浜地方裁判所 平成24年(ワ)839号 判決 2014年7月11日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,4856万1762円及びこれに対する平成24年3月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,株式会社イメージミックス(以下「イメージ社」という。)から委託を受け,イメージ社の被告に対する貸金債務について被告との間で保証契約を締結し,当該保証契約に基づきイメージ社の残債務を代位弁済した原告が,当該保証契約は錯誤により無効であり,また,被告のイメージ社への貸付けについて,原告は,被告の保証契約違反によって免責されると主張して,不当利得返還請求権に基づき,代位弁済金4856万1762円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年3月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うことを求める事案であり,被告は,原告の錯誤及び被告の保証契約違反を否認し,仮に,原告に錯誤があったとしても,原告は錯誤に陥ったことについて重過失があるなどと主張して争っている。

1  前提事実(当事者間に争いがないか,又は後掲の証拠若しくは弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。)

(1) 原告は,中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とする信用保証協会法に基づいて設立された,中小企業者等が銀行その他の金融機関から貸付け等を受けるについて当該貸付金等の債務を保証することを主たる業務とする法人である(同法1条,2条)。

被告は,銀行取引を業とする法人である。

(2) 原告と株式会社三菱銀行,株式会社東京銀行,株式会社三和銀行及び株式会社東海銀行(以下「各銀行」と総称する。)は,昭和39年4月1日,信用保証協会法20条に基づく保証に関して,約定書(以下「本件約定書」と総称する。)を取り交わし,いずれも次の約定を含む合意をした(甲1ないし4。以下,この合意を「本件基本合意」という。)。

第1条 保証契約は,原告が各銀行に対し信用保証書を交付することにより成立するものとする。

第2条第1項 保証契約の効力は,各銀行が貸付けを行ったときに生じる。

第3条 各銀行は,原告の保証に係る貸付け(以下,この項において「被保証債権」という。)をもって,各銀行の既存の債権に充てないものとする。ただし,原告が,特別の事情があると認め,各銀行に対し承諾書を交付したときは,この限りでない。

第6条第1項 原告は,被保証債権について債務者が最終履行期限(期限の利益喪失の日を含む。以下同じ。)後90日を経てなお,その債務の全部又は一部を履行しなかったときは,各銀行の請求により各銀行に対し保証債務を履行するものとする。ただし,各銀行は,特別の事由があるときは,90日を経ずして原告に対し保証債務の履行請求を行うことができる。

第11条 原告は,次の各号のいずれかに該当するときは,各銀行に対し,保証債務の履行につきその全部又は一部の責めを免れるものとする。

① 各銀行が第3条の本文(旧債振替の禁止)に違反したとき。

② 各銀行が保証契約に違反した(原告が各銀行に交付する信用保証書に記載された内容と相違する貸付けを行った)とき。

③ 各銀行が故意又は重大な過失により被保証債権の全部又は一部の履行を受けることができなかったとき。

第12条 この約定による保証契約上の手続等については,神奈川県信用保証協会事務処理規程に定めるところによるものとする。

(3) 被告は,原告との間で後記第1保証契約を締結するまでに,各銀行の権利義務を承継した(弁論の全趣旨)。

(4) 原告が発行する「保証のてびき改訂版(平成17年3月)」(甲16,20)には,原告の保証の対象となる資金使途は,事業経営に必要な運転資金又は設備資金に限るとされており,金融機関が中小企業者から融資の申込みを受けた場合には,当該金融機関は,当該中小企業者(以下,この項において「申込人」という。)が,①神奈川県内で原則として1年以上継続して同一事業を営んでいるかどうか,②常時使用している従業員の数,資本金は保証の対象の範囲内かどうか,③業種が適格か,許可等を必要とする事業については許可・認可等を受けているか,許可等の取得名義人と申込人が同一かどうか,④金額,期間,資金使途が各保証制度の要件に合致しているかどうかを確認すべきこと並びに保証申込みには信用保証委託申込書,信用保証委託契約書,宣誓書,信用保証依頼書等の申込書類一式及び原告所定の添付書類が必要であること等が記載されている。また,信用保証依頼書以外の当該申込書類は申込人に記入させた上,金融機関が原告に提出し,原告は,提出された書類を審査して,申込人の信用保証委託の申込みを承諾する場合には,申込人との間で保証委託契約を締結した上で,金融機関に信用保証書を交付する取扱いになっている。

(5) 原告は,イメージ社から融資の申込みを受けた被告から上記書類一式の提出を受け,当該書類を審査して,被告のイメージ社に対する平成18年2月1日の貸付け(以下「本件第1貸付」という。)については同年1月13日に,同年9月8日の貸付け(以下「本件第2貸付」といい,本件第1貸付と併せて「本件各貸付」という。)については同年8月23日に,それぞれ,イメージ社との間で信用保証委託契約を締結し,被告に対し信用保証書(甲7,8)を交付して保証契約を締結した(以下,本件第1貸付についての保証契約を「第1保証契約」と,本件第2貸付についての保証契約を「第2保証契約」といい,上記各保証契約を「本件各保証契約」と総称する。)。

(6) イメージ社は,第1保証契約の原告宛信用保証委託申込書(甲14)の「資金使途」欄の「運転・設備資金」の項目に丸印を付けるとともに,設備資金額を1615万1000円と記入し,「必要理由」欄には印刷・デザインのシステム設備をする旨を記載し,これらの裏付けとして,有限会社エム・ケイ・エス企画(以下「MKS企画」という。)名義のイメージ社宛ての同額の見積書(乙9)を提出した。また,イメージ社は,第2保証契約についての信用保証委託申込書(甲15)にも,「資金使途」欄の「運転・設備資金」の項目に丸印を付けるとともに,設備資金額を637万円と記入し,「必要理由」欄には,ノンリニア編集機を導入する旨を記載し,これらの裏付けとして,MKS企画名義のイメージ社宛ての637万2450円の見積書(乙19)を提出した。これらを受けて,原告は,本件各保証契約についての信用保証書に,資金使途を「運転設備」と記載した(甲7,8)。

(7) 被告は,イメージ社に対し,次のとおり貸付けを行った(弁済方法につき甲10,11)。

ア 本件第1貸付

契約日       平成18年2月1日

貸付額       3000万円

最終弁済期限    平成25年1月16日

利息        年2.6パーセント

損害金       年14パーセント

弁済方法      平成18年2月16日を第1回とし,以降平成24年12月まで毎月16日に35万7000円を分割弁済し,最終回の平成25年1月16日に36万9000円を支払う。

期限の利益喪失   債務の一部でも履行を遅滞したときは,請求により期限の利益を失い,直ちに残債務を弁済する。

イ 本件第2貸付

契約日       平成18年9月8日

貸付額       2500万円

弁済期限      平成25年8月16日

利息        年2.4パーセント

損害金       年14パーセント

弁済方法      平成18年9月16日を第1回とし,以降平成25年7月まで毎月16日に29万7000円を分割弁済し,最終回の平成25年8月16日に34万9000円を支払う。

期限の利益喪失   債務の一部でも履行を遅滞したときは,請求により期限の利益を失い,直ちに残債務を弁済する。

(8) イメージ社が,平成19年7月5日,本件各貸付について期限の利益を喪失したため,原告は,被告から請求を受け,被告に対し,同年8月15日,本件第1貸付の残元金2515万7510円並びに本件第2貸付の残元金2321万8000円及びこれに対する利息金18万6252円の合計4856万1762円を支払った。

2  争点及びこれについての当事者の主張

(1) 本件各保証契約は錯誤により無効か。

(原告の主張)

原告には,本件各保証契約を締結するに際して,次のとおり,要素の錯誤があったから,本件各保証契約はいずれも無効である。

ア イメージ社の中小企業者としての実体の錯誤

(ア) イメージ社は,aが知人から譲り受け,bを代表取締役にしたペーパー会社であって,何らの業務も行っておらず,イメージ社が被告に提出した会社概要書や資金計画書,MKS企画名義の各見積書などは,全て虚偽の内容のものであった。また,bとcことd(以下「d」という。)は,被告による現地調査に備えて,イメージ社営業部長の名刺を用意し,事務所として届け出た場所に事務机等を用意して,イメージ社に中小企業者としての実体があるかのように装った。

原告は,被告との間で本件各保証契約を締結した当時,上記のとおりイメージ社には中小企業者としての実体がなかったにもかかわらず,同社は中小企業者であると信じており,この点に錯誤があった。

(イ) 上記の錯誤は動機の錯誤であるところ,原告を含む信用保証協会による信用保証については,信用保証協会法1条,20条によって,対象が「中小企業者等」,すなわち「協会の主たる事務所の所在地の属する都道府県の区域を超えない区域(以下,この項において「協会の区域」という。)内において商業,工業,鉱業,運送業,サービス業その他の事業を行う中小規模の事業者,協会の区域内に住所若しくは居所を有する者又は協会の区域内において勤労に従事する者」に限定されており,原告は,その旨を原告の定款にも記載しており,本件約定書第12条に基づく原告の事務処理規程である保証の手引きにおいても保証の対象となり得るのは中小企業者等であると記載している。したがって,中小企業者としての実体がなければ信用保証の対象にはなり得ず,被告もこのことは熟知していたから,信用保証の対象が中小企業者等であることは本件各保証契約の重要な要素というべきものである。また,被告は,貸付先が中小企業者でないことが分かっている場合には,原告に対し,信用保証依頼をしないというのであるから,被告は,原告の保証においては借入人が中小企業者であることが必要であり,これが認められない場合には保証承諾がされないことを了承していたといえるから,このことからも,保証の対象が中小企業者であることは本件各保証契約の内容となっていたといえる。したがって,この点についての錯誤は要素の錯誤に当たる。

また,信用保証協会法には,中小企業者等以外を債務者とする債務の保証を認める規定も,貸付金の詐取のリスクを前提とした規定もないところ,これは,同法においては信用保証協会が中小企業者等以外の者を債務者とする債務の保証を行うことを許容していないからであり,本件約定書第11条の免責条項中に中小企業者の実体を偽った貸付金の詐取が含まれていないことは要素の錯誤該当性の判断に影響しない。

(ウ) 被告は,信用保証の対象となる企業について,外観上事業を行っていると判断することができれば,原告はその企業は中小企業者に該当するとして信用保証の対象とするとの意思を有していると主張するが,実際に事業を行っているという事実がなければ中小企業者には該当せず,原告の信用保証の対象とならない。

また,原告を含む信用保証協会は,与信先の中小企業者の財務状況の悪化等に起因して中小企業者の資産価値が減少することで金融機関が損失を被るリスクを軽減することにより中小企業者の金融の円滑化を図るものであって,中小企業者ないしこれを騙る者が,当初から返済の意思,資力等を偽って借入れを申し込むという詐欺等の犯罪行為の結果実行された融資が回収不能となって金融機関に損失が生じるリスクまで補完するものではない。

イ イメージ社の資金使途の錯誤

(ア) 原告は,中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とする信用保証協会法に基づいて設立された法人であるから,信用保証の対象となる中小企業者等の資金使途は設備資金及び運転資金に限られ,被告もこのことは当然に認識していた。

イメージ社は本件各保証契約による保証の対象となった本件各貸付によって取得した金員を同社の運転資金及び設備資金として使用する意思を有していなかった。それにもかかわらず,原告は,被告との間で本件各保証契約を締結した当時,イメージ社が本件各貸付によって取得した金員を同社の運転資金及び設備資金として使用すると信じており,この点に錯誤があった。

(イ) 上記の錯誤は動機の錯誤であるところ,原告を含む信用保証協会は,国の中小企業政策に基づき中小企業者が金融機関から融資を受ける際に公的機関として保証人となることで資金供給を円滑にすることを目的としているから,運転資金や設備資金等の中小企業者の事業に必要な資金を調達するための借入れを保証することを予定していて,それ以外の資金使途の借入れについて保証することを制度上予定していない。

したがって,原告の信用保証においては,保証の対象となる借入れの資金使途が事業資金であることは,本件各保証契約の重要な要素であるから,この点についての錯誤は要素の錯誤に当たる。

(被告の主張)

次のとおり,本件各保証契約の締結に関して,原告に錯誤は認められず,仮に錯誤があったとしても,それは要素の錯誤に当たらない。

ア イメージ社の中小企業者としての実体の錯誤について

(ア) イメージ社は,出版物の企画,発行及び販売並びに広告及び宣伝業等を行うことを目的として平成13年6月1日に設立された株式会社であり,本件各貸付の当時,設立から既に4年半以上が経過していて,商業登記簿記載の住所で「㈱イメージミックス」という表札を掲げて営業しており,少なくとも平成15年度以降は事業によって得た収益を基に確定申告をして納税していたから,同社は,本件各貸付の当時,中小企業者としての実体を有していた。したがって,原告にイメージ社の中小企業者としての実体について,錯誤はない。

(イ) 仮に,本件各貸付の当時,イメージ社に中小企業者としての実体がなく,原告にこの点について錯誤があったとしても,本件各保証契約において,主債務者がイメージ社であることについて原告の認識に誤りはないから,原告が保証債務を履行した場合に求償権を行使する相手が不明になることはなく,上記錯誤は要素の錯誤に当たらない。

また,原告のような信用保証協会の信用保証が現実に意味を持つのは信用保証に係る中小企業者に対する貸倒れが発生したときであるが,貸倒れの原因には事業の展望を見誤ったものだけでなく,当該企業に実体がなく当初から返済の意思がないにもかかわらず融資を受ける事案もある一方で,原告が金融機関との間で保証契約を締結する際,貸付先となる中小企業者が実際には事業を行っておらず,実体がない可能性を排除するには限界があるから,原告は,このリスクを認識した上で本件各保証契約を締結したものということができる。信用保証契約においては,貸付金の詐取といった事態も主債務者からの債権回収が困難な事態の一つとして想定されるにもかかわらず,原被告間で取り交わされた書面で契約条項が定められている唯一のものである本件約定書はこの場合を原告の免責事由として定めていない点からも,中小企業者としての実体の錯誤は要素の錯誤には当たらないというべきである。

さらに,原告を含む信用保証協会は,保証対象の企業について収集した資料や現地調査の結果等から,外観上事業を行っていると判断することができる場合には,当該企業は中小企業者に該当するとして信用保証の対象とするとの意思を有しているといえるところ,イメージ社が外観上事業を行っているといえることは明らかであったから,同社は信用保証の対象となる中小企業者であった。

実質的にも,事後的に貸付先に中小企業者としての実体がなかったことが判明した事案について,原告を含む信用保証協会による保証が錯誤により無効であると判断されるとなると,被告を含む金融機関は,中小企業者に対する貸付けについて過度に謙抑的にならざるを得ず,本来であれば信用保証協会制度を利用した融資を受けられるはずの多くの中小企業者が,企業としての実体の見極めが難しいために,排除されることとなって,中小企業者の振興に寄与するという信用保証協会制度の趣旨が没却されることになりかねないから,中小企業者としての実体の錯誤は要素の錯誤に当たらないと解すべきである。

イ イメージ社の資金使途の錯誤について

本件各保証契約は,イメージ社が本件各貸付によって取得した金員を運転設備資金に使用することを想定して締結されたが,運転資金も設備資金も,本件各貸付が実行された後に当該融資金が利用されるものであるから,同社が本件各貸付によって取得した金員を運転設備資金以外に用いる可能性を排除することができない。そして,原告を含む信用保証協会は,金融機関の故意又は重大な過失によって資金使途違反が生じた場合を保証契約違反として位置付けており,主債務者に資金使途違反が生じることを保証契約の内容として想定している。

したがって,イメージ社の資金使途違反は当初から原告が引き受けたリスクであって,当該使途違反は保証契約違反約定によって処理するのが原被告間の意思であるといえ,要素の錯誤に当たらない。

また,イメージ社の資金使途の錯誤は,動機の錯誤には当たるとしても,原告は,被告に対し,当該動機を表示していないから,要素の錯誤になり得ない。

(2) 錯誤について原告に重過失があったか。

(被告の主張)

原告は,中小企業に対する信用保証のみを業務内容とし,これを専門的に行っている機関である上,保証先である中小企業から保証料も徴収し,日々,自らの責任と判断により保証するか否かを決定しており,保証審査に当たって膨大なノウハウ,知識及び経験を有している。それにもかかわらず,原告は,新規の保証先について必ず実施することになっていた現地確認をイメージ社については実施しなかった。また,原告は,イメージ社が設備を購入することを予定していたMKS企画が登記されていないこと及び同社はイメージ社が購入する予定のパソコン機器の販売ではなく空調機を販売する会社であることから,イメージ社への保証について不審に感じていたにもかかわらず,イメージ社の実体について自ら追加調査を行うことも,被告に指示して追加調査をさせることもなく,漫然と第1保証契約を締結した。

したがって,原告には本件各保証契約の締結に当たって錯誤に陥ったことにつき重過失がある。

(原告の主張)

本件は,中小企業者が金融機関に融資を申し込み,この申込みを受けた金融機関が原告に信用保証を依頼する,いわゆる金融機関経由保証の事案であるから,原告としては,金融機関による厳正な審査が行われたことを前提として審査を行うことが許されていたところ,原告は,被告から送付された信用保証依頼書等を審査し,さらに,イメージ社が本件各貸付によって取得する金員をもって設備を購入することを予定していたMKS企画について,登記されていないことを認識していたため,同社の現地確認を実施した上,被告にも営業実態がある旨を確認してもらい,被告から電気製品一般を取り扱っている旨の報告を受けていたもので,適切な調査を実施していたから,原告に錯誤に陥ったことについて重過失はない。

なお,本件各保証契約締結当時,原告において,新規の保証先について,現地確認を必ず行う運用となっていたという事実はない。

(3) 民法96条2項又は同条3項の類推適用によって原告の錯誤無効の主張が制限されるか。

(被告の主張)

原告の主張を前提とすれば,原告はイメージ社による詐欺によって錯誤に陥って本件各保証契約を締結したことになるところ,詐欺により錯誤に陥った者が,詐欺取消しを主張するか錯誤無効を主張するかによって,詐欺について善意の第三者との権利関係が異なることになるのは不合理であり,均衡を失する。

したがって,錯誤についても民法96条2項又は同条3項を類推適用すべきであり,被告はイメージ社による原告に対する詐欺について善意であるから,原告は,被告に対し,錯誤無効を主張することはできない。

(原告の主張)

民法は,錯誤と詐欺を別個の制度として異なる要件で規律し,表意者の保護と相手方又は第三者の保護との均衡を保っているから,錯誤と詐欺の場合で異なった取扱いになることは何ら不合理でも不当でもなく,錯誤の場合に民法96条2項又は同条3項を類推適用すべき必要性も許容性もない。

(4) 原告の錯誤無効の主張は信義則に反するか。

(被告の主張)

次の各事情に鑑みると,原告が本件で錯誤無効を主張することは信義則に反する。

ア 本件各貸付は,原告をはじめとする信用保証協会の設立目的,すなわち,金融機関との取引の実績のないような中小企業者等の信用力を信用保証協会が補充することで中小企業者等の金融の円滑化を図るという目的を実現するために,原告主導で立案され,神奈川県内の各種金融機関がこれに協力するという制度である神奈川県中小企業制度融資(以下「本件融資制度」という。)を用いて行われたものであるところ,dが本件融資制度を利用して融資金を数十件にわたり騙取した旨を捜査機関に対して供述していることからも明らかなとおり,本件融資制度の下では一定の割合で本件のように中小企業者を装う者が返済の意思,資力等を偽って借入れを申し込むという事案が発生することを避けることはできない。

イ 被告は,日本全国に支店を有し,多くの業務を行っているため,神奈川県内の中小企業者等に対する融資について特別に深い知識やノウハウを有しているわけではない。これに対し,原告は,中小企業者等に対する融資について信用保証を行うことを中心とする業務に特化した団体であり,神奈川県内で長く活動していなければ分からない情報や,中小企業者等の審査におけるより深いノウハウを有している上,本件各保証契約とは別に,MKS企画に対しても信用保証を実施したほか,dらによる被告以外の金融機関を通じて行われた融資金の詐欺においても,調査の上,何度も信用保証をしており,被告よりも容易にイメージ社による本件各貸付の申込みが詐欺であることに気付き得た。

ウ 被告は,原告が主導する本件融資制度に協力したために,イメージ社による本件各貸付の詐欺に巻き込まれた立場にある。

エ 本件各貸付に係る債権については,イメージ社は平成19年7月5日に期限の利益を喪失しており,平成24年7月5日の経過をもって消滅時効が完成してしまっているため,被告がイメージ社から上記債権を回収することは不可能になっているところ,被告は,原告から代位弁済を受け,また,民法503条1項に基づき保証書類を全て原告に交付していたため,被告だけで時効中断措置を採ることはできず,原告に対して時効中断訴訟の提起を依頼したが,原告に拒絶された。

(原告の主張)

被告は,イメージ社から融資の申込みを受け,その適否について第一次的に審査をした上で融資相当と判断して,本件各貸付について原告に信用保証を依頼したのであり,次の諸点にも照らすと,原告が本件各保証契約について錯誤無効を主張して代位弁済金について不当利得返還請求をすることは何ら信義則に反しない。

ア 本件融資制度は,中小企業者等が神奈川県内で行う事業活動を対象として,神奈川県と金融機関が協調して,原則として原告の信用保証を受けて融資を行うというものであって,原告が主導した制度ではない上,信用力に劣る中小企業者等の振興のための制度であって,信用力とは関係のない,中小企業者等については事業実体の有無の判別が困難であるという事情は含まれておらず,中小企業者を騙る者による融資金の詐取が発生することを前提として本件融資制度が設計されているということはできない。

イ 被告は,日本を代表する金融機関であり,神奈川県内にも多くの支店を有し,長期間にわたって神奈川県内で多くの融資を行っており,原告の保証付きでない中小企業に対する融資も行ってきていたから,原告の方がイメージ社の詐欺に気付き得たということはない。また,原告は,MKS企画の事務所を訪れる等適切な調査を行っており,原告の審査には何ら不適切な点はない。

ウ 本件融資制度の趣旨はアのとおりであり,被告も本件融資制度の主体であって,融資金の詐取に巻き込まれたわけではない。

エ 本件各貸付に係る貸金債権の消滅時効が完成してしまっているとしても,原告のイメージ社に対する求償金債権も,代位弁済の日である平成19年8月15日の5年後である平成24年8月15日の経過をもって,消滅時効が完成してしまっている。また,被告の依頼に係るイメージ社への時効中断訴訟の提起は,本件各保証契約が錯誤無効であって,同社に対する求償債権を有していないため,法的に困難であった。原告は,被告に対し,平成22年7月26日,代位弁済金の返還を求めることになる旨を伝え,平成23年2月3日に当該返還を請求したから,被告は,自ら時効中断訴訟を提起することができた。

(5) 原告の不法行為に基づく被告の損害賠償請求債権による相殺が認められるか。

(被告の主張)

仮に,原告の錯誤無効の主張が認められるとすると,原告から本件各保証契約に基づき代位弁済を受けた被告は,原告が過失により調査義務を怠って錯誤に陥ったまま信用保証する旨を決定し,被告との間で本件各保証契約を締結したことによって,原告に対し,原告から支払を受けた上記代位弁済金相当額及びこれに対する遅延損害金を支払わなくてはならないという損害を被るから,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償債務として,原告の本件請求額と同額の支払義務を負う。そして,被告は,平成24年9月10日の本件第4回口頭弁論期日において,原告に対し,原告の被告に対する本件不当利得返還請求債権と被告の原告に対する上記損害賠償請求債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(原告の主張)

被告は自らの責任と判断で融資するか否かを決定すべきであるから,原告には,保証審査に当たり,被告に不測の損害を被らせることがないようにすべき注意義務はない。

また,原告はイメージ社について適切な調査を実施したから,原告に注意義務違反はない。

さらに,本件各保証契約が錯誤無効であることによって被告が被る損害は,イメージ社の詐欺行為により本件各貸付をしたことによって生じたものであって,原告が被告との間で本件各保証契約を締結したこととの間に相当因果関係はない。

したがって,原告の不法行為による被告の損害賠償債権は発生していない。

(6) 被告の保証契約違反によって,原告は保証債務を免責されるか。

(原告の主張)

ア 本件各保証契約では,イメージ社は本件各貸付によって取得した資金を同社の運転設備資金として使用することが合意されていたところ,被告が,イメージ社の取引先に対する聴取や,売上金等の資金の流れの調査をしていれば,イメージ社が印刷・デザインのシステム設備やノンリニア編集機を必要とする仕事を行っていないことが明らかになり,イメージ社の資金使途違反を発見することができたはずであった。また,本件では,原告の担当者が調査した際,MKS企画についての商業登記を確認することができなかったため,原告は,被告に対し,イメージ社が設備を導入した後に,現地確認を行う必要性があることを指摘しており,この現地確認が行われていれば,被告は,イメージ社の資金使途違反を発見することができたはずであった。さらに,被告の担当者によるイメージ社の現地確認の際,説明は全てイメージ社のc部長が行い,社長に対する質問もc部長が返答する等,不審な点があった。しかるに,被告は,上記の各調査をいずれも怠り,イメージ社の資金使途違反を看過した。

したがって,被告は本件各保証契約に違反しており,この違反について過失があるから,原告は,本件約定書第11条により,本件各保証契約に基づく保証債務を免れる。

イ 被告の後記過失相殺の主張は,争う。

被告が,イメージ社に対する現地確認を行ったにもかかわらず資金使途違反の事実を認識することができなかったことや,原告の担当者がMKS企画の所在地を訪問した後,被告からも電気製品一般を取り扱っている会社で営業実体がある旨の報告を受け,また,本件第2貸付の申込みがあった際には,原告の担当者が被告の担当者に対し,本件第1貸付の融資金が実際に設備購入に使われたことを電話で確認したから,原告は適切な調査を行ったものであり,何ら注意義務違反はない。

(被告の主張)

ア(ア) 被告は,本件各貸付に先立って,イメージ社の商業登記簿,確定申告書,納税証明書等を取り寄せて企業としての実体を確認するとともに,同社の商業登記簿上の本店所在地において現地確認実施し,代表者に対する面談も行った。また,被告は,本件各貸付のいずれについても,イメージ社に見積書を提出させ,その内容どおりに購入先に送金がされたことを確認し,購入先からの領収書も提出させた。

被告は,以上の調査を基に,イメージ社に対して貸付けをすることは問題ないと判断したものであって,本件各保証契約に基づくイメージ社の資金使途違反を防止する義務を十分に果たしており,本件各保証契約に違反していない。

(イ) 被告が,原告から,イメージ社が設備を導入した後にイメージ社の現地確認を要請されたことはなかったから,本件第1貸付前にイメージ社の現地確認を行った被告が当該貸付後に再度の現地確認を実施していないことは,本件各保証契約に違反したことにはならない。

(ウ) イメージ社の代表取締役であったbは,当時33歳で,c営業部長よりも若く,もともとは従業員として入社し,途中から代表取締役に就任したとされていたところ,このような場合には,創業時から重要な地位にいた部長のような者が社長を支える企業も多いから,被告の現地確認の際の質問に対して,主としてc営業部長が返答したことをもって特段不審な点があったということはできない。

イ 仮に,被告に本件各保証契約の違反が認められるとしても,保証契約違反による免責の法的性質は被告の債務不履行責任であるところ,原告は,本件第1貸付の前に,MKS企画がイメージ社が購入を予定していた商品とは異なる空調機販売等を業務内容としていたことに気付いており,新規に保証を行う中小企業者に対して,自ら現地確認をする運用となっていた原告が,当該運用どおり自らイメージ社の現地確認を行うなど保証契約の当事者としてすべき調査をしていれば,イメージ社の資金使途違反を認識し得たはずであるから,過失相殺すべきである。

第3当裁判所の判断

1  前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。

(1) 原告と被告の前身である各銀行は,いずれも昭和39年4月1日,本件約定書を取り交わしたところ,本件約定書には,各銀行が旧債振替の禁止に違反した場合,各銀行が保証契約に違反した場合又は各銀行が故意若しくは重大な過失により被保証債権の全部又は一部の履行を受けることができなかった場合には,原告は保証債務の履行を免れる旨が定められていたが,これ以外には原告の免責についての定めは設けられなかった(前提事実(2),甲1ないし4)。

(2) イメージ社は,当初は東京に本店を置いていた休眠会社であったところ,aは,知人から同社を譲り受けて本店を小田原市内に移し,bを代表取締役に就任させたものの,いわゆるデリヘル嬢をきちんとした会社に務めているように装うための名前だけの会社であって,同社に企業としての活動実体はなかった(甲21ないし24)。

(3) bとaは,イメージ社を利用して,同社を収益を上げている実体のある会社のように見せ掛けて金融機関から融資名下に金員を騙し取ることを計画し,eことf(以下「e」という。)に相談したところ,平成17年8月ころ,gを介して,虚偽の内容の確定申告書を作成し,実体のない会社を収益を上げている実体のある会社のように見せ掛けて金融機関から融資名下に金員を騙し取ることを繰り返していたdを紹介された(甲21ないし24)。

(4) b,a及びgは,同年9月ころ,dと会い,dの助言により,イメージ社を収益の上がっている会社のように見せ掛け,金融機関から本件融資制度に基づく融資名下に金員を騙し取ることを決めた(甲21ないし23,乙25,弁論の全趣旨)。

(5) dは,イメージ社を利用して融資を受けるため,同社についてのいずれも内容虚偽の会社概要書(乙4)や資金計画の概要と題する書面(乙5),平成15事業年度及び平成16事業年度の各確定申告書並びにその付属書類(乙6の1・2)などを作成し,当該各確定申告書に,小田原税務署名義の偽造した収受印をそれぞれ押印したほか,MKS企画名義で融資を元手に取得するように装う設備の見積書(乙9)を作成した。また,dは,イメージ社の営業部長としての名刺を作成し,bに指示して本店所在地として登記された場所に事務机やパソコンなどを用意させ,同社に実体があるかのように装った。(甲21,22,24)

(6) MKS企画の代表取締役及び営業部長と称する人物が,同年11月30日,原告の藤沢支所を訪れ,設備資金2300万円及び運転資金1500万円の資金融資について相談した(乙27,弁論の全趣旨)。

(7) bは,イメージ社に実体があるかのように見せ掛けるため,dの指示を受け,同年12月15日,小田原税務署にイメージ社の上記各確定申告書を提示し,同日,法人税を納税して,同税務署から同日付けの納税証明書(乙7の2・3)を取得した(甲22,24)。

(8) dとbは,同月20日ころ,イメージ社の履歴事項全部証明書(乙3),上記(5)のとおり内容虚偽の会社概要書(乙4)及び資金計画の概要と題する書面(乙5),偽造した小田原税務署の収受印が押された2期分の確定申告書並びにその付属書類である決算報告書及び勘定科目内訳書(乙6の1・2),納税証明書(乙7の1ないし3),代表者印の印鑑証明書(乙8の1),bの印鑑登録証明書(乙8の2)並びにMKS企画名義の設備資金の見積書(乙9)を持参して被告の平塚支社を訪れた。dは,イメージ社の営業部長cと記載された名刺を示して,同支社の従業員に対し,イメージ社は主に出版物の企画,発行,製作,広告,宣伝等を行っている旨,設備資金と運転資金で3000万円を保証付き融資で借りたい旨,MKS企画からパソコン等システム機材一式を購入する予定である旨などを述べて,上記持参書類を提出して融資を申し込み,お借入申込書,信用保証委託申込書等の用紙を受け取った(甲22,24,30,乙1)。

(9) bは,dの指示を受けて,上記お借入申込書及び信用保証委託申込書等に必要事項を記入して押印すべきものには押印し,同月21日,これらの書類を被告の平塚支社に提出した(甲14,22,24,30,乙1)。

(10) 被告の担当者は,dとbが同月20日及び21日に提出した書類を審査した後,同月26日,あらかじめbに連絡した上で,現地確認のため,イメージ社の本店所在地として登記された賃貸アパートの一室を訪問した。この現地確認調査については,bとdが対応したところ,その際も,dは,イメージ社の営業部長cを名乗っていて,被告の担当者に対する説明も,同担当者からの質問への返答も,全てdが行った(甲22,24,30,乙2)。

被告の担当者がイメージ社の本店を訪問した際に記入した「現地確認チェック表」(乙2)には,「訪問時の印象」という項目の中に「営業実態の有無」という欄があり,「営業活動あり」という項目に丸が付けられている。

(11) 被告は,原告に対し,同月27日,信用保証依頼書に関係書類を添えて送付し,イメージ社への貸付けについての信用保証を依頼した(甲17,30)。

(12) 原告の担当者は,MKS企画の現地確認を実施した後,被告に対し,平成18年1月6日,MKS企画に関して,「設備購入先は登記されていないが,会社はあった。空調機販売等が業務内容である。」と連絡するとともに,今回イメージ社が購入する設備はパソコン機器類であってMKS企画の業務内容と整合しないように思われるので,実際の内容をイメージ社に確認してほしい旨依頼した。これを受けて,被告の担当者がイメージ社に問い合わせたところ,同月12日,イメージ社はMKS企画からパソコン等システム機材一式を購入する予定であるとの確認が取れ,その旨を原告に報告した。(乙10,証人h,証人i)

(13) 原告は,イメージ社との間で,同月13日,信用保証委託契約を締結し,被告に信用保証書(甲7)を交付して第1保証契約を締結した。この信用保証書の資金使途欄には,「運転設備」と記載されていた。(前提事実(5),(6))

(14) 被告は,イメージ社との間で,同月24日,銀行取引約定書を取り交わし,bは,同日,被告の平塚駅前支店で,イメージ社の名義で口座を開設した(甲9,24)。

(15) 被告は,イメージ社に対し,同年2月1日,3000万円を貸し付けた(本件第1貸付,前提事実(7)ア)。

(16) dは,同日,イメージ社名義の上記口座から1615万0995円をMKS企画名義の口座に振り込んだ上,このうち807万1000円を,eの口座に振り込んだ。また,bは,同日,イメージ社の口座から1223万円を引き出し,これをjことaに交付した。(甲21,22,24,30,乙11)

(17) 被告は,イメージ社から,同月17日,本件第1貸付を元手に取得したことになっているパソコン等システム機材一式の代金として1615万0995円を受領したことを証するMKS企画名義の領収書の写し(乙12)を受け取った。

(18) MKS企画は,原告に対し,同年3月22日,信用保証委託契約を申し込んだ(弁論の全趣旨)。

(19) 原告は,MKS企画が提出した書類及び金融機関が提出した書類を審査し,同月30日,MKS企画の事務所を訪問して,同社の社長及び営業部長と面談した(乙28)。

(20) 原告は,MKS企画の同年4月4日の3800万円の借入れについて,保証した(乙25)。

(21) bは,同年5月1日,イメージ社の代表取締役を退任し,kが,同日,代表取締役に就任した(乙13)。

(22) 被告は,イメージ社から,同年6月ころ,追加融資の申込みを受け,同社から同月16日付けの履歴事項全部証明書(乙13),会社概要書(乙14),資金計画の概要と題する書面(乙15),平成17事業年度の確定申告書並びにその付属書類である決算報告書及び勘定科目内訳書(乙16),法人税等の納税証明書(乙17の1ないし4),代表者印の印鑑証明書(乙18の1)並びにkの印鑑登録証明書(乙18の2)を受け取った。

イメージ社は,上記申込みの際,真実は,本件第2貸付を元手に,MKS企画からノンリニア編集機を購入する予定はなく,本件第2貸付によって取得する資金をイメージ社の運転資金又は設備資金とする意図はなかったにもかかわらず,被告に対し,本件第2貸付を元手に,MKS企画からノンリニア編集機を購入する予定であると報告し,その旨の見積書を提出した(甲15,乙15,19,弁論の全趣旨)。

(23) イメージ社は,被告に対し,上記融資の申込みまで,本件第1貸付の元利金を約定に従って弁済した(甲23,弁論の全趣旨)。

(24) kは,イメージ社の代表取締役として,被告に対し,平成18年7月11日,イメージ社と原告との間の信用保証委託申込書を提出し,被告は,原告に対し,イメージ社が提出した書類を審査した後,同月27日,信用保証依頼書に関係書類を添えて送付し,イメージ社への貸付けについての信用保証を依頼した(甲15,18,弁論の全趣旨)。

(25) 原告は,イメージ社との間で,同年8月23日,信用保証委託契約を締結し,被告に信用保証書を交付して第2保証契約を締結した。この信用保証書の資金使途欄には,「運転設備」と記載されていた。(前提事実(5),(6))

(26) 被告は,イメージ社に対し,平成18年9月8日,2500万円を貸し付けた(本件第2貸付,前提事実(7)イ)。

同日,イメージ社の口座からMKS企画の口座に,上記(22)の見積書(乙19)と同額の637万2450円が振り込まれた(乙11)が,この金員及び上記2500万円の残金である1862万7550円は,イメージ社の運転設備資金としては利用されなかった(弁論の全趣旨)。

(27) 被告は,イメージ社から,同月15日,本件第2貸付を元手に取得したことになっているノンリニア編集機の代金として637万2450円を受領したことを証するMKS企画名義の領収書の写し(乙20)を受け取った。

(28) イメージ社は,平成19年7月5日,本件各貸付について期限の利益を喪失し,原告は,被告に対し,同年8月15日,本件各保証契約に基づき合計4856万1762円を支払った(前提事実(8))。

(29) 横浜地方裁判所は,eに対し,平成20年6月17日,dらが本件第1貸付として被告から騙取した3000万円のうち807万1000円を情を知りながら受領したとして,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に反する法律違反により有罪判決を言い渡し,この判決は平成21年2月24日に確定した(甲19)。

(30) 原告は,被告に対し,平成23年2月3日,本件各保証契約に係る代位弁済金の返還を請求した(弁論の全趣旨)。

2  争点(1)(本件各保証契約は錯誤により無効か。)について

(1) 上記1の認定事実に加え,信用保証協会である原告は,公的資金を扱う公的機関として,中小企業者への融資を促進するため,中小企業者に対する貸付けに対して信用保証しており,また,保証の対象となる貸付金の資金使途は,事業資金に限定されていること(前提事実(1),(4))に照らすと,原告は,本件各保証契約を締結するに際し,イメージ社が中小企業者であり,資金使途が事業資金であるとの認識で,被告との間で,信用保証契約を締結したものと認められる。

しかるに,イメージ社は,実際には,中小企業者としての実体を有しておらず,また,少なくとも本件第1貸付についてはb及びaによる貸付金の詐取であったのであり,本件第2貸付についても,同社の運転資金又は設備資金に用いられる予定はなかったのであるから,原告には,イメージ社が中小企業者であること及び資金使途が事業資金であることについて錯誤(以下「本件錯誤」という。)があったものと認めることができる。

(2)ア 本件錯誤は動機の錯誤であるところ,原告は,保証の対象が中小企業者であること及び保証の対象となる借入れの資金使途が事業資金であることは,本件各保証契約の重要な要素であるから,本件錯誤は要素の錯誤に該当する旨主張する。

しかしながら,保証契約は,主債務者が債務を履行しない場合に,保証人がその履行をする責任を負担することを内容とするものであるから,保証人は,原則として,主債務者が債務を履行しない事由を問わず,当該債務を履行する責任を負担するものである。したがって,本件のように,企業としての実体や資金使途を偽るなどして貸付金が詐取されたという事案についても,貸付金の詐取は,主債務者から債権を回収することができない事態の一つとして想定されており,原則としては,保証人において引き受けられたリスクであると解すべきである。そして,原告は,中小企業者に対する信用保証を専門的に取り扱っている公的機関である上,信用保証の相手方である金融機関に対する十分な交渉力を有するものであることが,被告の前身である各銀行との間で同一内容の本件約定書を取り交わしていること(前提事実(2)に照らして明らかであり,また,一般論として貸付金が詐取されるリスクがあることの認識も有していたはずであるから,原告において引き受けられないリスクがある場合には,その事由を信用保証の相手方との間の契約書において定めることが可能であると認められるところ,本件約定書においては,被告の義務違反や帰責事由が存在する場合に限って,信用保証協会である原告の保証債務の免責が認められており(上記1(1),これらがない場合にまで,被告が,原告が信用保証債務を免れることを甘受していたものと解することは困難というべきである。そして,このことは,被告が,イメージ社が中小企業者であること及び資金使途が事業資金であることという原告の保証の要件ないし動機を知っていたとしても同様である。

以上によれば,イメージ社が中小企業者であること及び資金使途が事業資金であることが,本件各保証契約の内容になっていたということはできず,本件錯誤が要素の錯誤に該当すると認めることはできない。

イ(ア)  この点について,原告は,本件約定書の免責条項中に,中小企業者の実体を偽った貸付金の詐取が含まれていないのは,信用保証協会法が,信用保証協会が中小企業者等以外の者を債務者とする債務の保証を行うことを許容していないからである旨主張するところ,信用保証協会の公的性格に鑑みると,同法に定められた融資対象者及び資金使途以外に公的資金が渡ることは,厳に避けるべき事態であることは否定することができない。

しかしながら,他方で,一般国民からの預貯金を元手に貸付けを行う銀行等の金融機関は,貸付けに係る元利金の弁済を受けた中から,人件費,設備投資費等の当該金融機関の諸経費と,当該預貯金の元利金を支払わなければならない立場にあるから,貸付金の弁済期における返済の確実性に不安のある貸付希望者に対しては,当該不安を払拭するに足りる十分な担保が提供されない限り,貸付けを行うことができないものであるところ,提供すべき担保を有しない多くの中小企業者が当該金融機関から貸付けを受けることができないこととなると,当該中小企業者は,有望な新規事業への投資をすることを断念せざるを得なくなったり,運転資金に窮して倒産を余儀なくされたりするなどの事態に陥ることとなり,我が国の企業の大半が中小企業であって,これら中小企業が日本経済の維持・発展を支えているものであることに鑑みると,上記のような事態の発生は,日本経済の健全な発展の大きな阻害要因となる。信用保証協会の保証付き融資は,こうした事態の発生を防ぐべく,融資を必要とする中小企業者について迅速に融資を実施することにより,中小企業者に対する金融の円滑化を図るという政策目的(信用保証協会法1条)に基づいて実施されている制度であるところ,中小企業者ではない者によって融資金が詐取される事態が一定程度発生することは避け難いものであり,このような場合,金融機関に不十分な審査しかしなかったなどの保証契約違反が認められなくても,当該保証契約は常に錯誤により無効となると解するときは,信用保証協会による保証がされたことにより回収の確実性が完全に担保されていたはずの中小企業者に対する金融機関の貸付金債権が,回収不能債権に転化してしまう。金融機関としては,このような事態の発生は上記のような金融機関の貸付けの仕組みに照らし絶対に避けなければならないから,必然的に中小企業者に対する融資の判断が過度に慎重になり,中小企業者としての実体ないし資金使途に少しでも不安な要素がある場合には,当該中小企業者の貸付け申入れを拒絶することとなって,信用保証協会の保証付き融資の上記制度趣旨に反することになる。

したがって,信用保証協会法が,信用保証協会による中小企業者等以外の者を債務者とする債務の保証を一律に無効とすべきものとしていると解することはできず,原告の上記主張を採用することはできない。

(イ) また,原告は,原告を含む信用保証協会による信用保証については,信用保証協会法1条,20条によって,対象が中小企業者等に限定され,また,対象となる中小企業者等の資金使途は,設備資金及び運転資金に限られ,被告もこのことは熟知していたから,保証の対象が中小企業者等であること及び保証の対象となる借入れの資金使途が事業資金であることは,本件各保証契約の重要な要素であり,これらの点を偽る方法による貸付金の詐取による債務不履行のリスクまで原告が補完するものではなく,本件錯誤は要素の錯誤に当たる旨も主張する。しかしながら,信用保証協会法が,信用保証協会による中小企業者等以外の者を債務者とする債務の保証を一律に無効とすべきものとしていると解することはできないことは(ア)で説示したとおりであり,同様に,設備資金及び運転資金に使用されなかった貸付金については,常に信用保証協会による保証の対象とならないということもできないから,イメージ社が中小企業者であること及び資金使途が事業資金であることも,本件各保証契約の内容になっていたということはできず,原告の上記主張を採用することはできない。

ウ  以上の次第で,イメージ社が中小企業者であること又は資金使途が事業資金であることが本件各保証契約の内容になっていたと認めることはできず,これらは法律行為の要素にはなり得ない。したがって,これらの点について錯誤が生じたことをその内容とする本件錯誤は,要素の錯誤には当たらないというべきである。

(3) 以上によれば,争点(2)ないし(5)について検討するまでもなく,原告の削除の主張を認めることはできない。

3  争点(6)(被告の保証契約違反によって,原告は保証債務を免責されるか。)について

(1) 本件基本合意において,原告は,被告が保証契約に違反した場合,保証債務の履行責任を免れる旨が定められているところ,保証契約違反とは,故意又は過失により,原告が被告に交付する信用保証書に記載された内容と相違する貸付けを行った場合をいう(前提事実(2),乙22)。

本件では,原告が被告に交付した信用保証書には,いずれも資金使途として「運転設備」と記載されており(上記1(13),(25)),被告がイメージ社に対して本件各貸付により交付した貸付金は,イメージ社の運転設備資金としては利用されなかった(同(16),(26))から,イメージ社に資金使途違反があったことは明らかである。

(2) そこで,上記のとおりのイメージ社の資金使途違反について,被告に故意又は過失があったかどうかについて検討する。

ア まず,第1保証契約についての被告の故意・過失の有無について検討する。

(ア) 上記1の認定事実によれば,被告は,d及びbからイメージ社に対する融資の申込みを受けた際,同人らが持参したイメージ社の会社概要書,資金計画の概要と題する書面,MKS企画名義の設備資金の見積書,確定申告書等の提出を受け(上記1(8),(9),それらを審査した後,イメージ社の本店所在地として登記された場所を訪問し,現地確認を実施した(同(10))ところ,d及びbは,上記場所に事務机やパソコンを用意して,イメージ社に実体があるかのように装い(同(5)),これを受けて被告の担当者としてはイメージ社に営業活動ありと判断したのである(同(10))から,この現地確認までの過程において,被告がイメージ社の資金使途違反に気付くことができなかったことについて,故意はもとより,過失があったとも認められない。また,当該現地確認の後も,被告は,原告から,MKS企画の業務内容と本件第1貸付によって取得する資金でイメージ社が購入予定であるとする物が合致しないことの指摘を受けると,イメージ社に対して確認を取っており(同(12)),イメージ社に3000万円を貸し付けた後にも,イメージ社から,MKS企画名義の領収書の写しを徴求している(同(17)から,第1保証契約に関し,イメージ社に資金使途違反があったことに気付かなかったことについて,被告に故意又は過失があったとみることはできない。

(イ) この点について,原告は,被告はイメージ社の取引先等に対する聴取も実施すべきであったと主張するが,ある会社が融資を申し込んでいるかどうかは当該会社の信用に大きく関わる事項であり,被告のような金融機関から融資の申込みがあった会社の取引先に対して調査がされた場合,当該会社の信用が毀損され得ることは容易に想定できるから,被告に上記取引先等に対する聴取を実施する義務があるということはできない。

また,原告は,被告に対し,イメージ社が本件第1貸付によって取得した資金で設備を導入した後に,被告が現地確認を行う必要性があることを指摘していたとも主張し,原告の担当者であるhは,これに沿う陳述(甲27)及び供述をする。また,被告の担当者が,イメージ社への本件第1貸付に関する原告の担当者との対応を記載した「進捗案件連絡票」(乙10)には,平成18年1月12日に,「協会宛て連絡(最終的には,購入後現地確認必要となるかもしれないとのこと)」と記載されている。しかしながら,被告の担当者であるiは,イメージ社が設備を導入した後に現地確認を行ってほしい旨の依頼を受けたことはない旨の陳述(乙24)及び供述をしているところ,同票(乙10)には,連絡の相手方から何かを聴取しただけの場合,「確認してまた連絡するとのこと」「,明日,午前中に連絡下さるとのこと」,「パソコン等システム機材一式購入予定で間違いないとのこと」とも記載されていることに照らすと,上記記載も,原告の担当者のその時点における認識を被告の担当者に伝えたに過ぎない可能性を否定することができず,原告の担当者からの被告の担当者に対する指示を記載したとまで認めることはできない。そうすると,上記hの陳述及び供述は,にわかに採用することができず,原告が,被告に対し,被告がイメージ社の現地確認を行う必要性があることを伝えていたと認めることはできないから,この点をもって被告に過失があったということもできない。

(ウ) 原告は,被告の担当者による上記現地確認の際,説明及び質問への応答は全てイメージ社のc営業部長と名乗るdが応答していたこと(同)をもって,イメージ社の資金使途違反について疑うべき事情があった旨も主張するが,創業時から部長等の重要な地位にいた者が若輩の社長を支えるような企業も多く存在する(弁論の全趣旨)から,説明や質問への応答をdのみが行っていたという事情をもって特段不自然であるということはできない。

イ 次に,第2保証契約についてであるが,これについても,被告は,イメージ社から融資の申込みを受けた際,イメージ社の会社概要書,資金計画の概要と題する書面,MKS企画名義の設備資金の見積書及び確定申告書の写し等の提出を受け(上記1(22)),それらを審査した後,原告に対し,イメージ社への貸付けについての信用保証を依頼しており(同(24)),イメージ社に2500万円を貸し付けた後,イメージ社から,MKS企画名義の領収書の写しを徴求している(同(27))上,イメージ社は本件第2貸付の申込みをするまでの間,本件第1貸付の元利金の分割弁済を約定どおり履行していたものである(同(23)から,第2保証契約に関し,イメージ社に資金使途違反があったことに気付かなかったことについて,被告に故意はもとより,過失があったと認めることもできない。

(3) 以上の次第で,イメージ社に資金使途違反があったことについて,被告に故意又は過失があったとみることはできないから,本件各保証契約について,被告に保証契約違反があったということはできず,これによって原告が本件各保証契約に基づく保証債務を免責されるということはできない。

第4結論

よって,その余の争点について検討を加えるまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 始関正光 裁判官 宮崎雅子 裁判官 日髙真悟)

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