横浜地方裁判所 平成24年(行ウ)16号 判決 2014年1月30日
主文
1 神奈川県人事委員会が平成23年8月24日付けで原告に対してした却下判定のうち原告に学校給食費の徴収及び管理の業務を行わせないとの措置要求を却下した部分の取消しを求める原告の訴えを却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 本件却下判定の取消しを求める訴えの利益について
本件において、原告は、本件却下判定の取消しを求めているところ、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができること(行政事件訴訟法9条1項参照)からすれば、処分が取り消されることによって回復される法的利益が存在しない場合には、当該処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠き不適法である。
原告は、本件措置要求において、「要求者及び藤沢市立公立小学校教諭に対し、職務命令、事実上の指示、その他方法のいかんを問わず、今後学校給食費の徴集管理業務を行わせないこと」を要求事項としている(前記前提事実(2)ア)ところ、本件措置要求のうち原告に本件業務を行わせないことを要求する部分については、原告は、平成25年4月1日以降、学校給食費の徴収管理業務(本件業務)の担当から外れており(同(1)ア)、現在、本件措置要求の上記要求事項のとおり、本件業務を行わなくなっているのであるから、この点について本件却下判定を取り消すことによる法的利益はないというべきである(なお、原告が、将来、本件業務を命じられる可能性があることをもって訴えの利益が認められるか否か問題となるが、このような可能性は、事実上のものというべきであるから、これをもって回復される法的利益があるとはいえない。)。
したがって、本件却下判定のうち原告に本件業務を行わせないとの措置要求を却下した部分の取消しを求める原告の訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下されるべきである。
2 争点(1)(本件却下判定の適法性)について
本件却下判定のうち、原告以外の藤沢市立小学校教諭に対し本件業務を行わせないとの措置要求を却下した部分の適法性についてみるに、措置要求の対象となる「勤務条件」は要求者自身の「具体的な勤務条件」に限られ、自己の勤務条件とは関係のない第三者の勤務条件について措置を求めることはできないというべきである。そうだとすれば、本件措置要求のうち原告以外の藤沢市立小学校教諭に対し本件業務を行わせないことを要求する部分は、仮に、これが「勤務条件」に当たるとしても、自己の勤務条件とは関係のない第三者の勤務条件についての措置を求めるものといえるから、かかる措置要求はそれ自体不適法なものというべきである。
したがって、本件却下判定のうち原告以外の藤沢市立小学校教諭に対し本件業務を行わせないとの措置要求を、「原告にとって、直接、具体的な勤務条件ではなく、措置要求の対象とならない」として却下した部分は、その余の点について判断するまでもなく、適法というべきであるから、同部分の取消しを求める原告の請求は理由がない。
3 争点(2)(国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権(慰謝料請求権)の成否)
(1) 本件却下判定の違法性について
原告は、本件措置要求が措置要求の対象になるにもかかわらず、措置要求の対象にならないとした本件却下判定は違法であり、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権(慰謝料請求権)を有すると主張するところ、本件却下判定のうち原告以外の藤沢市立小学校教諭に対し本件業務を行わせないとの措置要求を却下した部分が適法であると解すべきことは前記2で説示したとおりであるから、以下、本件却下判定のうち原告に本件業務を行わせないとの措置要求を却下した部分が違法か否かについて、検討する。
ア 措置要求の対象について
地公法46条は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができると定めているところ、同条の趣旨は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為を行うことを禁止し、労働委員会に対する救済申立ての途を閉ざしたことに対応し、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとしたものと解される(最高裁第三小法廷昭和36年3月28日判決・民集15巻3号595頁参照)。そうだとすれば、勤務条件に関する措置要求制度は、職員の経済的権利を保護する労働基本権を制限する代償として、職員の給与及び勤務時間等の経済上の権利を確保するために定められたものというべきである。
このような措置要求制度の趣旨及び地公法46条が措置要求の対象として「給与、勤務時間その他の勤務条件」と定めていることに鑑みれば、措置要求の対象となる事項は、職員が勤務の提供又はその継続の可否を決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係事項のうち職員の経済的地位の向上に関連した事項をいうと解するべきである。そして、措置要求制度の前記趣旨に照らせば、管理運営事項については、措置要求の対象にはならないものと解されるが、当該措置要求に職員の勤務条件に関する側面が認められるような場合には、管理運営事項に該当することをもって措置要求の対象にはならないと解することはできないというべきである(最高裁第三小法廷平成6年9月13日判決・労判666号16頁、最高裁第三小法廷同日判決・労判656号13頁参照)。
イ 本件措置要求が措置要求の対象となるか否かについて
以上を前提に、本件措置要求が措置要求の対象となるか否かについて検討する。
(ア) 本件措置要求書(乙1)の記載によれば、原告は、本件措置要求において、処分行政庁に対し、要求事項として、「要求者及び藤沢市立公立小学校教諭に対し、職務命令、事実上の指示、その他方法のいかんを問わず、今後学校給食費の徴集管理業務を行わせないこと」を求め、その理由として、①学校長の学校給食費の徴収権が学校給食法等の法令に根拠を有するものではないことから、私会計を前提とする本件業務命令は地公法32条に違反すること、②学校長から命じられて行う本件業務は、「地方公共団体がなすべき責を有する業務」(地公法35条)にはあたらない上に、要求者(原告)の本来の業務に支障が出るほど長時間の従事を強いており、過大な負担となっており、地公法35条違反の状態にあることを述べていることが認められる。
上記の本件措置要求の内容からすれば、本件措置要求は、本件業務が法令に違反していることを理由に、原告を含む藤沢市立の小学校の全ての教諭に対し本件業務を行わせないことを要求したものと解するのが相当であり、このような要求事項は、職員が勤務の提供又はその継続の可否を決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係事項のうち職員の経済的地位の向上に関連した事項ということはできないから、本件措置要求は、措置要求の対象にはならないというべきである。
(イ) 原告は、本件措置要求は、本件業務が原告に過大な負担となっていることを理由に、本件業務を行わせないことを求める趣旨も含むものであり、このような要求事項は、職員が勤務の提供又はその継続の可否を決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係事項に当たるから、措置要求の対象になる旨主張する。
そこで、この点についてみると、上記のとおり、本件措置要求書中には、本件措置要求の理由として本件業務命令により要求者(原告)の本来の業務に支障が出るほど長時間の業務を強いられている、との記載があることが認められるものの、同記載は、本件業務が地方公務員が職務専念義務を負うべき「地方公共団体がなすべき責を有する職務」(地公法35条)に当たらないことを理由に本件業務命令が地公法35条に違反することを主張する文脈の中で記載されていることから、結局、本件業務が法令上の根拠を有しないから「地方公共団体がなすべき責を有する職務」に当たらないと述べているにとどまると理解するのが自然である。そして、本件措置要求は、原告を含む藤沢市立小学校の全ての教諭に対し一律に本件業務を行わせないことを求めるものであること、本件措置要求書中には、原告以外の藤沢市立の小学校の教諭についての学校給食費の徴収を命ぜられることによる業務の負担状況についての記載がないこと、本件業務が適法であることを前提としてその負担内容の軽減を求める趣旨の記載もないことを総合するならば、本件措置要求書の記載内容から、本件業務が法令上の根拠を有しないことを理由とすることを離れて、これとは別個に本件業務による負担が過重であることを理由とする措置要求がされているとみることはできないというべきである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は、①本件業務を教員に行わせることが公立学校の主目的を害するものであり、本件学校長の裁量権の逸脱・濫用に当たり法令違反の可能性があること、②本件業務を教員に行わせることが個人責任は負わないとの公務員の勤務条件に対する重大な違反であること、③本件業務を行わせることは給特法6条等に定める超過勤務を命じることができる場合に該当せず違法であること、④本件業務について研修の機会が与えられておらず違法であることから、本件業務を行わせないことは措置要求の対象になると主張する。
しかしながら、本件措置要求の内容は前記(第3の3(1)イ(ア))のとおりであることからすれば、原告の上記①から④の理由に基づいて本件業務を行わせないとの要求は、本件措置要求の内容となっていると認めることはできず、これらは新たな要求というべきである。したがって、上記①から④は、本件却下判定の違法事由にはなり得ず、上記①から④までについて検討するまでもなく、原告の上記主張はそれ自体失当というべきである(なお、仮にこの点を措いたとしても、上記①から④の理由に基づいて本件業務を行わせないとの措置要求は、法令違反を理由に本件業務を行わせないとの本件措置要求の理由を付加したものというべきであり、これが認められないことは前記のとおりであるから、この観点からも原告の上記主張は採用できない。)。
(2) 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権(慰謝料請求権)の成否
上記(1)で述べたところによれば、本件措置要求が措置要求の対象とならないとしてこれを却下した本件却下判定が違法であるということはできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の国家賠償請求は理由がない。
第4結論
よって、本件却下判定のうち原告に本件業務を行わせないとの措置要求を却下した部分の取消しを求める原告の訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから却下し、原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 建石直子 棚井啓)