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横浜地方裁判所 平成24年(行ウ)91号 判決 2014年4月23日

主文

1  本件訴えのうち、各確認請求に係る部分をいずれも却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件主位的請求及び本件各予備的請求に係る訴えの確認の利益の有無)のうち、本件主位的請求に係る部分について検討する。

(1)  原告は、本件主位的請求で、原告が本件児童について、学校教育法所定の保護者であることの確認を求める。

(2)  行政事件訴訟法4条後段にいう公法上の法律関係に関する確認の訴えが適法な訴えとされるためには、確認の対象が、公法上の法律関係又は権利義務関係に当たることを要する。

また、確認の訴えは、確認の対象となり得るものが形式的には無限定である上、判決には既判力が認められるのみであるから、紛争について、権利の確認という解決手段が有効適切に機能するという実効性及び解決を必要とする紛争が現実に存在するかという現実的必要性の観点から、確認の利益の存在が必要であると解すべきである。そして、確認の利益を必要とする趣旨がこのようなものであることからすれば、確認の利益があるといえるためには、原告の権利又は法的地位に危険、不安が現に存し、その危険、不安を除去するために確認の訴えが必要かつ適切な手段といえることが必要であると解すべきである。

本件において、原告は、原告が親権者として、学校教育法所定の保護者であることが確認されれば、原告が上記法令に定めた扱いを受けることができることが確定され、原告と鎌倉市教育委員会又は本件小学校との間の様々な紛争が一挙に解決される旨主張する。

(3)  市町村の教育委員会は、学齢簿に記載された就学予定者のうち、所定の者を除き、その保護者に対し、翌年1月末日までに、その入学期日を通知し、また、その市町村の設置する小学校が2校以上ある場合には、入学期日の通知とともに就学校の指定をしなければならない(施行令5条)。そして、所定の場合、就学校の指定の際、保護者の意見を聴取することができ(施行規則32条)、また、保護者の申立てにより、指定された小中学校の変更をすることができる(施行令8条、14条、16条)。

このように、就学通知によって初めて保護者の学齢児童を就学させる義務が特定の就学すべき学校との関係で具体化されることとなるので、就学通知は行政庁の処分に当たり、公権力の行使を本質とする公法上の法律関係に当たる。

また、教育委員会は、所定の場合、その保護者に対して、学齢児童等の出席停止を命ずることができる(法35条)。これは、行政手続法3条1項7号に定める保護者に対する処分に当たり、これに関する市町村と保護者との関係は、公法上の法律関係に当たる。

(4)  しかしながら、保護者に関する学校教育法における以下の定めは、市町村と保護者との間の具体的な公法上の法律関係を定めたとまでいえないので、原告が主張する学校教育法所定の保護者は、具体的な権利義務関係を内容とする法的地位であるとはいえない。しかも、原被告間の紛争を解決するためには、このように、市町村と保護者との間の具体的な公法上の法律関係を定めたといえない定めについてまで、原告が保護者であるかどうかを確認する必要はない。したがって、原告が主張する学校教育法所定の保護者は、適切な確認対象ということはできない。

ア  法16条ないし18条は、子に就学させる保護者の義務を定め、施行令1条以下では、保護者の就学させる義務を履行させるための就学事務(法17条3項)について定める。

しかしながら、これらは、憲法26条2項や教育基本法5条1項を受けたものであり、子どもの学習をする権利に対応し、その充足をはかり得る立場にある者としての責務というべきもので(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決刑集30巻5号615頁参照)、市町村に対する義務ではないから、これが、市町村と保護者との間の具体的な公法上の法律関係を構成するものとはいえない。

イ  小学校における具体的な就学事務として、市町村の教育委員会は、所定の期間に、10月1日現在において、当該市町村の区域内に住所を有する者で前学年の初めから終わりまでの間に満6歳に達する者について、あらかじめ、その氏名、現住所、保護者と学齢児童との関係等を記載した学齢簿を作成しなければならない(施行令1条、2条、施行規則30条、31条)。

しかしながら、学齢簿は、市町村の教育委員会が、学齢児童生徒の就学義務の発生及びその履行状況を把握し、義務教育の完全実施を確保するための基本的な帳簿であり、その訂正のための手続等も定められていない(戸籍法113条以下対照)。このことからすると、学齢簿は、単に小中学校に関する教育行政を適正円滑に遂行する必要上作成されるものにすぎず、その記載は専ら教育委員会の内部の事務処理として行われるものであると解され、それによって、学齢児童等又はその保護者と教育委員会又は小学校との間に何らかの法的効力を生ずると解すべき法的根拠は見あたらない。このように考えると、学校教育法上、学齢簿の記載について、市町村と児童の保護者の間に何らかの具体的な公法上の法律関係があるとまでいうことはできない。

ウ  経済的理由によって就学困難と認められる学齢児童の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない(法19条)。

しかしながら、同条は、経済的理由によって就学困難と認められる学齢児童等の保護者に対して必要な援助を与えることが市町村の義務であることを定めたものであり、その具体的な内容は市町村の条例その他の定めによることになり、学校教育法の上記定めにより、保護者が市町村に対し、援助を求める具体的な請求権が生ずるということはできない。

エ  小学校は、当該小学校に関する保護者及び地域住民その他関係者の理解を深めるとともに、これらの者との連携及び協力の推進に資するため、当該小学校の教育活動その他の学校運営の状況に関する情報を積極的に提供するものとされる(法43条、施行規則119条)。

しかしながら、これは、学校からの情報提供の必要性重要性を理念的に定めたものであり、具体的な情報提供の内容はそれぞれの学校や地域の状況等に応じて各学校が判断すべきものであり、特定の事項について、学校側に情報提供の義務を課すものではないと解されるので、いずれも、市町村と保護者との間の公法上の法律関係を定めたものとまでいうことはできない。

(5)  なお、学校からの連絡通知は、小学校が、児童の健康管理や災害時の登下校、学校行事やその準備の案内等を内容とし、日常の教育活動を円滑に行うために、日常の学校教育活動の一環として、現に児童を監護養育している者との間で行っているものであると解され、保護者の就学させる義務を履行させるための事務とは関係があるといえず、市町村と保護者との間の公法上の法律関係に基づくものと解すべき根拠も見あたらない。

また、甲2によれば、本件児童の通称使用については、原告と訴外Aとの間で、原告の学校行事の参加を認め、訴外Aは原告の参加する学校行事への出席を控え、その一方、本件児童が「A」姓を通称として使用することを認めるという形で一応の決着が図られたことが認められ、原告と訴外Aとの間の事実上の合意に基づき行われたものと認められる。このことによれば、本件児童の通称使用は、本件児童の監護方法の問題であり、保護者と学齢児童が就学している小学校との法律関係にかかわるものではないというべきである。

このように、原告が主張する原被告間の紛争には、学校教育法上の保護者の権利義務とは関係がないと見られるものが含まれる。これらは、原告が学校教育法所定の保護者に当たることを確認することによって解決できる性質の問題ではないので、この点からも、本件主位的請求が、原被告間の紛争解決のために必要かつ適切な手段であるということもできない。

(6)  以上によれば、原告が学校教育法所定の保護者であるという地位を包括的に確認することは原被告間の紛争解決のために必要かつ適切な手段であるということはできないので、争点(1)のうち、本件主位的請求に係る部分に関する原告の主張は採用できず、本件主位的請求に係る訴えは確認の利益を欠くというべきである。

2  争点(1)(本件主位的請求及び本件各予備的請求に係る訴えの確認の利益の有無)のうち、本件各予備的請求に係る部分について検討する。

(1)  原告は、本件予備的請求アにおいて、原告が本件児童について、法17条の保護者であることの確認を求める。

ア  法17条は、子に小学校に就学させる保護者の義務を定め、これに違反した者は法144条1項により、処罰されることがある。しかしながら、前記のとおり、同義務は市町村に対するものではなく、原被告間の公法上の法律関係を構成するものとは直ちにいえないので、確認の対象として適切といえない。また、被告も、原告が同条の保護者に当たることを争っておらず、原告に同義務があることを既判力を持って確認することが原被告間の紛争の解決のため必要かつ適切であると認めることはできない。

イ  これに対し、原告は、法17条の保護者であることにより、学齢簿に記載され、就学通知がされ、就学すべき学校の変更や区域外就学の申立てが認められることから、確認の利益がある旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、学齢簿の記載は専ら教育委員会内部の事務処理として行われるものであり、それによって、学齢児童等又はその保護者と教育委員会又は小学校との間に何らかの法的効力を生ずると解すべき法的根拠は見あたらない。また、施行令1条2項によれば、学齢簿の編製は、当該市町村の住民基本台帳に基づいて行うものであり、これに対する訂正の手続は法定されていない。このような事実にかんがみると、原告が法17条の保護者であることを確認することが、学齢簿の記載に関する原被告間の紛争を解決するために必要かつ適切といえない。

また、基礎となる事実及び弁論の全趣旨によれば、本件児童は、既に、入学期日等の通知によって指定された小学校に入学し通学していることが認められるのであるから、小学校に係る就学通知について、本件予備的請求アに係る訴えに確認の利益があるということはできない。また、基礎となる事実のとおり、本件児童が平成16年生まれであることからすると、本件児童が中学校について入学期日等の指定を受けるまでには間があり、その間に、原告と訴外Aとの間で、本件児童の親権及び監護権について変更がなされる可能性も否定できないので、この点について、即時確定の利益があるということはできない。

ウ  原告は、保護者は学齢簿に記載され、就学通知を受けないと、施行令8条の就学先変更の申立てができない旨主張するが、学齢簿に記載されていることや就学通知を受けたことが、就学校変更の申立ての要件であると解すべき法的根拠は見いだせない。仮に原告において、同申立てをする必要があるならば、親権を行使する者であることを示して端的に同申立てをすれば足りるのであり、その前提として、法17条の保護者であることの確認を求めるべき利益があるとはいえない。

エ  したがって、本件予備的請求アに係る訴えに、確認の利益があるということはできない。

(2)  原告は、本件予備的請求イにおいて、原告が施行令5条1項にいう保護者であることの確認を求める。これは、原告が本件児童に関し、就学通知を受けることの権利があることの確認を求める趣旨であると解される。しかしながら、前記のとおり、この点について即時確定の利益があるということはできない。

(3)  原告は、本件予備的請求ウにおいて、原告が施行規則30条1項の保護者であることの確認を求める。これは、原告が、本件児童に係る学齢簿の保護者欄に自己(原告)の氏名が記載される法的地位にあることの確認を求める趣旨であると解することができる。

しかしながら、前記のとおり、学齢簿の記載は、専ら教育委員会内部の事務処理として行われるものであり、それによって、学齢児童等又はその保護者と教育委員会又は小学校との間に何らかの法的効力を生ずると解すべき法的根拠は見あたらない。したがって、本件予備的請求ウが原被告間の紛争の解決に必要かつ適切な手段であるということはできず、同請求に確認の利益があるといえない(なお、被告は、原告からの正式な申出と親権者であることの確認資料があれば、原告の氏名を本件児童の学齢簿の保護者欄に追記することは可能である旨述べており、この点からも、本件予備的請求ウには、確認の利益があるといえない(ただし、原告が本件児童の学齢簿から訴外Aの氏名の抹消を求めることができる法的根拠は見いだし難い。)。)。

これに対し、原告は、指導要録が学齢簿に基づいて作成されるため、学齢簿が適正に記載されない限り、本件児童が進学又は転学した場合、原告が本件児童の保護者として扱われない危険がある旨主張する。しかしながら、学齢簿が専ら教育委員会の内部の事務処理として行われるものであることからすると、保護者が教育委員会に対し、自分(当該保護者)が学齢児童等に対し親権を行使するものであることを示して申出をすることが、学齢簿に記載されていないとの一事によってできなくなると解することは困難であるから、原告の主張は上記判断を覆すに足りない。

(4)  したがって、争点(1)のうち本件各予備的請求に係る部分に関する原告の主張は採用できない。

3  争点(3)(被告の損害賠償責任の有無)について検討する。

(1)  原告は、教育委員会が本件児童の親権者である原告に対し、就学通知をしなかったことが、国家賠償法上違法である旨主張する。

就学通知は、保護者の学齢児童を就学させる義務の履行のために行われる就学事務の一環であり、これにより、保護者の上記義務が特定の就学させるべき小学校との関係で具体化され、これに対し、保護者は、就学すべき学校の変更の申立て等をすることが認められている。

しかしながら、施行令1条2項は、学齢簿の編製は住民基本台帳に基づいて行うものとされているところ、基礎となる事実及び弁論の全趣旨によれば、本件児童は訴外Aと同居しており、住民基本台帳上、訴外Aが本件児童と同居していることが記載され、これに基づき、学齢簿の保護者欄に訴外Aの氏名が記載され、同人に対し、就学通知がされたことが認められる。他方、原告が、鎌倉市教育委員会に対し、関連資料を提示した上で、自分(原告)が本件児童の親権者である旨申し出た形跡はうかがわれない。このことからすると、本件児童の就学通知の手続は上記定めに沿って行われたということができ、直ちに違法であるということはできない。

また、甲4の1ないし3、5及び弁論の全趣旨によれば、本件児童の入学前から、本件児童が本件小学校に入学されることを想定して、原告と鎌倉市教育委員会又は本件小学校との間でやりとりがされ、原告も最終的に本件児童が本件小学校に入学することを了承したことが認められる。これらの事実からすると、原告としても、本件児童の就学校が本件小学校であることを了知しており、所定の事由があれば、就学校の変更の申立てをすることもできたと認めることができる。このことに加え、本件児童について、就学すべき学校の変更の申立てに関する施行令8条又は区域外就学に関する施行令9条所定の事由があった形跡はうかがわれないことからすると、就学通知が訴外Aに対してなされたとしても、原告の利益に対し何らかの侵害があったということはできない。したがって、原告に対し、就学通知がなされなかったことが直ちに国家賠償法上違法であるということはできない。

これに対し、原告は、本件児童を「B」姓で就学させる小学校へ就学すべき学校の変更を申し立てたが、原告に対する就学通知がされておらず、かつ、学齢簿にも本件児童の保護者として記載されなかったことから、これに応じてもらえなかった旨主張する。しかしながら、就学すべき学校の変更を相当と認めるとき(学校教育法施行令8条)とは、主として地理的な理由や児童の身体的な理由により指定された小学校に入学することが他の小学校に入学する場合に比し、児童又はその保護者に対し過重な負担となることが予測される場合などをいうと解するのが相当である。原告が主張する上記事情はこれに当たるということができず、ほかにこのような場合に当たる事実があったと認めるに足りる証拠はないので、原告の主張は、上記判断を覆すに足りない。

(2)  原告は、本件児童の親権者である原告の氏名を学齢簿に記載しなかったことが国家賠償法上違法である旨主張する。

しかしながら、学齢簿の記載は、専ら教育委員会内部の事務処理として行われるものであり、それによって、学齢児童等又はその保護者と教育委員会又は小学校との間に何らかの法的効力を生ずると解すべき法的根拠は見あたらないから、原告主張の事実は、国家賠償法上違法な行為に当たらない。

(3)  原告は、本件児童の通称使用について、原告の意向が尊重されず、鎌倉市教育委員会や本件小学校が原告を保護者として扱わなかった旨主張する。

しかしながら、基礎となる事実によれば、原告は、平成23年4月4日、鎌倉市教育委員会及び本件小学校校長に対し、本件児童の通称使用を認めると述べたことが認められる。

この点に関し、原告は、これは、本件児童の入学に支障が及ぶことを避けるため、原告と訴外Aとの間の紛争が家事調停により解決するまで緊急避難的に認めたものにすぎない旨主張する。しかしながら、本件児童の通称使用は、子の監護の問題であると解されるところ、この監護方法について監護親と非監護親との間で協議が成立した後、これを一方的に変更することは、当該親の内心や動機にかかわらず、子の福祉に反し許されないというべきである(民法766条3項参照)。そして、上記事実によれば、本件小学校における本件児童の通称使用も原告と訴外Aとの協議に基づくものというべきであり、これを変更する旨の協議が成立していない以上、本件小学校としてもこれを改めるべきことはできないことになる。したがって、本件児童の通称使用に関する原告の申入れが実現しなかったとしても、そのことから、鎌倉市教育委員会又は本件小学校の原告に対する対応が国家賠償法上違法であるということはできない。

(4)  そうすると、争点(3)に関する原告の主張は採用できない。

4  以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、本件訴えのうち、各確認請求に係る部分はいずれも不適法であるのでこれらを却下し、原告のその余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 倉澤守春 穗苅学)

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