横浜地方裁判所 平成25年(モ)164号 決定 2014年5月30日
横浜市<以下省略>
申立人(甲事件原告)
X1
東京都<以下省略>
申立人(乙事件原告)
X2
同法定代理人成年後見人
A
申立人ら代理人弁護士
星野秀紀
同
芳野直子
同
太田伊早子
同
小谷馨
同
浅川壽一
大阪市<以下省略>
相手方(甲事件被告・乙事件被告)
髙木証券株式会社
同代表者代表取締役
B
同代理人弁護士
川村和夫
同
貫名千絵
同
積木潤
甲事件被告復代理人弁護士・乙事件被告代理人弁護士
後藤淳
主文
相手方は,本決定確定の日から1週間以内に別紙文書目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。
理由
第1申立ての趣旨等
1 申立人らは,別紙文書目録記載のとおり,別紙「回答書」第2の3記載の「調査結果を記した書面」(別紙文書目録1。以下「文書1」という。)並びに申立人ら(申立人らの被相続人も含む。)の担当営業員であるC及びDが,上記調査の際提出した調査票(別紙文書目録2。以下「文書2」といい,文書1と併せて「本件各文書」という。)の文書提出命令を求めた。
2 本件申立てに対し,相手方は,本件各文書は「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(民事訴訟法220条4号ニ)に当たり,また,本件各文書の証拠調べの必要性がないと主張した。
第2事案の概要
本件の基本事件は,申立人ら(申立人らの被相続人も含む。)が,証券会社である相手方の勧誘を受けて,「レジデンシャル-ONE」と称する匿名組合型不動産投資ファンド(以下「本件ファンド」という。)に出資して損害を被ったことにつき,本件ファンドの商品設計・運用が違法であるほか,相手方の従業員による出資の勧誘が適合性の原則に違反するとともに,レバレッジリスクについて十分に説明しなかった説明義務違反があるなどとして,相手方に対し,不法行為に基づき,損害の賠償を求めている事案である。相手方は,上記勧誘に適合性原則違反はなく,説明義務違反もないなどと主張して,これを争っている。
第3当裁判所の判断
1 本件各文書の作成の経緯について
一件記録及び本件各文書を民事訴訟法223条6項所定のいわゆるインカメラ手続により調査した結果によれば,以下の事実が認められる。
(1) 相手方は,平成15年6月以降,本件ファンドへの出資を積極的に勧誘し,平成19年11月までに,のべ2万0541人の顧客が,総額約527億円を本件ファンドに出資した。
本件ファンドは,顧客からの出資金に金融機関からの借入金を加えることによりレバレッジを効かせた運用を行っており,償還時には,借入金の返済が出資金の償還に優先されるため,投資対象不動産の売却価格が下落した場合には,不動産価格の下落幅以上に出資金が大幅に元本割れするリスク(レバレッジリスク)が内在する商品であった。
(2) 財務省近畿財務局長が,相手方による本件ファンドの勧誘状況等について,営業員に対するヒアリング等の検査を実施した結果,本件ファンドの安全性に関する重要な事項につき顧客に対し誤解を生ぜしめるべき表示をする行為が長期にわたり継続していたことや,相手方における内部管理態勢に重大な不備があることなどの事実を認めたため,証券取引等監視委員会は,平成22年6月17日,内閣総理大臣及び金融庁長官に対し,金融庁設置法20条1項に基づき,相手方への行政処分を行うよう勧告した。
上記勧告において認定された事実のうち主なものは以下のとおりである。
ア 重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為が長期にわたり継続して行われていた状況
平成16年12月以降に本件ファンドを販売した実績のある営業員20人に勧誘状況等をヒアリングしたところ,そのうち17人が,また,その他書面による確認を実施した営業員14人全員が,レバレッジリスクを理解していなかった。また,上記20人から上記17人を除いた3人は,販売当初からレバレッジリスクを理解していたが,そのうち1人は,顧客に対して同リスクを説明していなかった。
イ 顧客勧誘時の商品説明資料等の記載内容
相手方の営業員は,顧客に対して本件ファンドの商品説明を行う際,主にパンフレットを使用し,併せて目論見書等を顧客に交付していたが,パンフレットにおいては借入金の優先返済及び出資金に対する借入金の割合の上限率に係る説明が記載されていなかった。また,目論見書等においては,これらの記載はあるものの,営業員から説明を受けない限り,顧客には分かりづらい表現となっていた。
ウ 社内教育態勢等の不備
相手方が本件ファンドの販売に当たって実施した営業員向けの勉強会や,販売開始以降に実施した営業員研修等においては,借入金の導入により投資効率を高め利回りの向上を図るなど,本件ファンドのメリットを強調した説明等が中心となり,レバレッジリスクについての説明は行われていなかった。また,相手方は,営業員に対し,本件ファンドの出資金に対する借入金の上限率を平成18年4月に300パーセントから400パーセントに引き上げたことについて周知しておらず,多数の営業員が当該引上げを顧客に説明していなかった。
(3) 近畿財務局は,平成22年6月25日,証券取引等監視委員会による上記(2)の勧告を受け,相手方の「業務の運営の状況に関し,公益又は投資者保護のため必要かつ適当である」などとして,相手方に対し,金融商品取引法51条及び52条1項に基づき,以下の各行政処分(以下「本件行政処分」という。)を行った。
ア 業務停止命令
平成22年7月1日から同月14日までの間の第二種金融商品取引業に係る業務の停止
イ 業務改善命令(以下「本件業務改善命令」という。)
(ア) 金融商品の勧誘に関し,その商品性・リスクについて,顧客が十分に理解できるようにするための説明態勢等の構築を図ること
(イ) 顧客からの苦情等に関し,適切に調査・原因分析等が行われるよう,「金融商品取引業者向けの総合的な監督指針」の改正も踏まえ,苦情等処理態勢の強化を図ること
(ウ) その他投資者保護の視点に立った,経営管理態勢及び内部管理態勢の充実・強化,役職員の法令遵守意識の徹底を図ること
(エ) 本件行政処分に係る責任の所在の明確化を図ること
(オ) 上記(ア)ないし(エ)について,その対応・実施状況等を平成22年7月23日までに近畿財務局に書面により報告すること
(4) 相手方は,本件業務改善命令を受けて,平成22年7月30日付けで,近畿財務局長に対し,「改善報告書の提出命令に対するご回答」と題する書面(以下「本件報告書」という。)を提出した。本件報告書の「Ⅳ.本件に係る責任の所在の明確化について」には,大要,以下の記載がある。
ア 相手方監査部において,本件ファンドの販売実績のある営業員のうち,退職者等を除く72人に対し,調査票を提出させた上,ヒアリングを行った(以下「本件調査」という。)。
イ 本件調査の結果,対象者72人のうち,17人が販売当初からレバレッジリスクを理解しており,その他24人が販売途中で同リスクを認識し顧客にも説明していたものの,上記41人のうち十分な説明を行ったと思っている営業員は,わずか4人にとどまった。また,上記41人を除く残り31人の営業員については,販売期間中にはレバレッジリスクを明確に認識しておらず,顧客に対し,説明を行っていなかった。本件調査時においては,レバレッジリスクを理解していない営業員はいなかった。
(5) 文書1は,本件報告書を作成する前提として,相手方監査部において,本件調査の結果をまとめたものである。
文書2は,本件調査の際に営業員が提出した調査票のうち,申立人X1の母である亡Eの担当営業員であるC及び申立人X2の担当営業員であるDが提出した調査票である。
2 相手方の文書提出義務について
(1) 文書の記載内容について
ア 文書1
前記インカメラ手続により調査した結果によれば,文書1は,本件調査の際に72人の営業員が提出した調査票を集計し,以下の事項等について,設問,回答の選択肢,各選択肢を選択した営業員数を記載したものである。
① 本件ファンドの商品性について,1口100万円であること,3年間途中解約できないことなどをそれぞれ顧客に説明したかどうか
② 本件ファンドのリスクについて,元本保証の商品ではないこと,価格下落リスクがあることなどをそれぞれ顧客に説明したかどうか
③ レバレッジリスクを認識した時期
④ レバレッジリスクを認識するまでの,不動産売却価格の下落が償還金額に当たる影響についての認識
⑤ 借入金の優先返済につき,どのように顧客に説明したか
⑥ 本件ファンドへの出資を勧誘する際に顧客に提示した説明資料
⑦ 勧誘時の説明に対する顧客の理解度に対する認識
⑧ 顧客のリスク説明確認書記入時に,リスク説明を行ったかどうか
⑨ 勧誘時の説明が適切であったと考えているかどうか
⑩ 平成20年春以降,元本割れした顧客へのフォローの内容等(ただし,各調査票の特記事項欄の記載内容は,文書1には記載されていない。)
また,文書1の内容の一部は,前記1(4)イのように,本件報告書に記載されていた。
イ 文書2
前記インカメラ手続により調査した結果によれば,文書2は,本件調査の際に,申立人ら(申立人らの被相続人も含む。)の担当営業員であるC及びDが提出した調査票であり,同人らの所属部店名,役職,異動状況等が記入されているほか,文書1と同様の項目について(前記(1)ア参照),該当する選択肢に○印又は×印を付けるとともに,特記事項欄には,顧客に対する勧誘時の説明内容等が自由に記入されている。
(2) 自己利用文書(民事訴訟法220条4号ニ)に当たるか
ア 相手方は,本件各文書は,本件業務改善命令を受けて,相手方において任意に営業員への調査を行うことを決定し,その結果を報告する前提として作成したものであって,外部への開示を予定したものではないし,本件各文書を開示した場合,将来的に相手方において何らかの調査を行う場合に,従業員に真実を回答することを躊躇させ,事実の調査に支障を来すおそれがあるから,自己利用文書に該当し,提出義務を負わないと主張する。
イ そこで検討するに,文書は,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁)。
ウ これを本件についてみると,前記1のとおり,相手方は,金融商品取引法51条に基づく本件業務改善命令を受け,これにより,本件行政処分に係る責任の所在の明確化を図ること,本件行政処分に対する対応・実施状況等を近畿財務局に対して書面により報告することを義務づけられたため,営業員らに文書2を含む調査票を提出させ,これらを集計して文書1を作成し,これを基に本件報告書を作成したのであるから,本件各文書は,本件報告書の作成やその事後的検証のために作成・保存された資料であるということができる。また,本件報告書には,近畿財務局に改善策の実施状況を定期的に報告する旨の記載がある上,金融商品取引法56条の2第1項は,内閣総理大臣が,公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは,金融商品取引業者等に対し,業務に関し参考となるべき報告若しくは資料の提出を命ずることもできることを定めている。以上のような本件各文書の作成目的,記載内容及び金融商品取引法の規定等からすると,本件各文書は,相手方自身による利用にとどまらず,監督官庁等,相手方以外の者による利用が予定されているものと認めることができる。そうすると,本件各文書は,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であるということはできない。
エ また,文書1は,本件業務改善命令を受けて,営業員に対して本件ファンドの勧誘状況等について事実確認を行った結果を集計したものにすぎないから,相手方の内部の意思が形成される過程で作成される文書とはいえず,その開示により直ちに相手方の自由な意思形成が阻害される性質のものではない。さらに,文書1は,個人のプライバシーに関する情報や相手方の営業秘密に関する事項が記載されているものでもない。したがって,文書1が開示されることにより相手方の自由な意思形成が阻害されたり個人のプライバシーが侵害されたりするなど,開示によって相手方に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるということはできない。
同様に,文書2も,その作成目的や記載内容等からすると,相手方の内部の意思が形成される過程で作成される文書ではなく,その開示により直ちに相手方の自由な意思形成が阻害される性質のものではない。また,文書2には,C及びDの氏名,所属部店名,役職,異動状況等が記載されているが,これらの情報の開示により直ちにC及びDのプライバシーを侵害するものとは認め難く,その外に相手方の営業秘密に関する事項等が記載されているものとも認められない。したがって,文書2についても,開示によって相手方に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるということはできない。
オ 以上のとおりであるから,本件各文書は,民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には該当せず,相手方は,民事訴訟法220条4号により,本件各文書の提出義務を負うというべきである。
(3) 証拠調べの必要性について
一件記録によれば,基本事件においては,相手方の説明義務違反の成否が争点の一つになっているところ,甲事件で本件ファンドに出資したのは申立人X1の被相続人である亡Eであり,乙事件で本件ファンドに出資した申立人X2については後見開始決定がなされていることから,これらの者の供述が得られない状況となっており,本件各文書は,上記争点と関連性のある証拠として,基本事件における証拠調べの必要性があると認められる。
(4) まとめ
以上のとおりであるから,本件各文書は民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当せず,証拠調べの必要性が認められる。
第4結論
よって,本件申立ては,理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 青木晋 裁判官 志村由貴 裁判官 邊見育子)
<以下省略>