横浜地方裁判所 平成25年(ワ)1121号 判決 2015年2月19日
主文
1 被告は、原告らに対し、それぞれ520万4590円及びこれに対する平成25年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とし、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。
3 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は、亡A(以下「亡A」という。)の相続人である原告らが、亡Aの預金債権を法定相続分の割合に応じて承継したと主張して、被告に対し、それぞれ520万4590円及びこれに対する平成25年4月4日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実)
(1) 当事者等
ア 原告らは、亡Aの子であり、亡Aは、平成21年9月6日に死亡した。
イ 亡Aの相続人は、原告ら2名の他に、亡Aの子である補助参加人Z(以下「補助参加人」という。)及びBがおり、各人の法定相続分はそれぞれ4分の1である。
(2) 亡Aは、平成21年9月6日時点において、被告に対し、亡A名義の普通預金2081万8361円の債権(以下「本件預金債権」といい、上記亡A名義の普通預金を「本件預金」という。)を有していた。
(3) 補助参加人は、平成21年9月7日、本件預金から350万円の払戻し(以下「本件払戻し」という。)を受けた。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は、①共同相続による預金債権の帰属、②本件払戻しの効力であり、これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点①(共同相続による預金債権の帰属)について
〔原告らの主張〕
預金債権は、可分の金銭債権であり、遺言がない場合、相続開始時において共同相続人に法定相続分に従って当然に分割承継される。したがって、原告らは、本件預金債権の4分の1(法定相続分)に相当する520万4590円の預金債権をそれぞれ有する。
〔被告の主張〕
預金債権が法定相続分に従って当然に分割承継されることは認めるが、原告らが現時点においてそれぞれ520万4590円の預金債権を有することは争う。
〔補助参加人の主張〕
預金債権が相続された場合、共同相続人間の関係には、民法264条ただし書を介して相続法が適用され、預金債権が法定相続分に従って当然分割されると解することはできず、遺産分割前は準共有であり、遺産分割を経て当該預金債権の帰属が決まるというべきである。これは、最高裁平成4年4月10日第二小法廷判決・家月44巻8号16頁が預金債権より流動性の大きい金銭を遺産分割の対象としており、最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁が、原審の判断とは異なり、共同相続人の一人が共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づいて被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を求める権利を単独で行使できるとしていることからも明らかである。
また、銀行・信用金庫などの金融機関は、顧客との間で普通預金規定、総合口座取引規定を締結しており、遺産分割前の相続預金の払戻しについて独自の規定を有しており、相続人を確認した上で共同相続人全員の連署による預金の払戻請求書の提出を受けて支払に応じている。金融機関において、このような規定により支払に応じているのであれば、包括承継人である共同相続人もこのような規定に拘束されることになるから、本件における被告の対応は適切かつ正当であり、原告らの請求は理由がない。
(2) 争点②(本件払戻しの効力)について
〔被告の主張〕
ア 補助参加人は、被告担当者に対し、亡Aの死亡の事実を伝えず、亡A名義にて本件預金の払戻手続を行っており、自己の相続分に係る預金の払戻しであるとの意思表示を全くしていない。このように、被告は、亡Aの死亡の事実を知らず、知らなかったことにつき過失もなかった以上、本件払戻しは、民法478条類推適用により、亡Aの預金の払戻手続として有効というべきであり、本件払戻しが補助参加人の相続分の一部の払戻しと考える余地はない。
イ 仮に、本件払戻時に亡Aが死亡していることをもって、「亡Aの預金」の払戻手続として有効とされる余地がなかったとしても、補助参加人は本件払戻時に亡Aの相続人全員を代表して払戻しを受けるという認識であったというべきであり、他方、被告は、本件払戻時において、亡Aの死亡の事実を知らず、補助参加人が亡Aの使者ないし代理人として本件払戻手続を行っているという外観を信じており、このような被告の保護の必要性は変わらない。したがって、本件払戻しは、民法478条類推適用により、「亡Aの法定相続人の預金」(法定相続人一人当たり350万円÷4=87万5000円)の払戻手続として有効というべきである。
本件において、被告担当者は、支店窓口に来店した補助参加人の身分確認として補助参加人の運転免許証の提示を求めた上で、払戻請求書に押印されている印影と亡A名義の口座の印鑑簿に押印されている印影との照合を行った。さらに、補助参加人の運転免許証に記載されている住所と亡Aの印鑑簿に記載されている住所が同一であることも確認し、以前から補助参加人が亡A名義の口座につき払戻手続を行うために来店しており、補助参加人が亡Aの娘であると確信し、本件払戻手続を行っており、被告に過失はなく、本件払戻手続は有効である。
〔原告らの主張〕
ア 本件払戻しは、補助参加人の法定相続分の範囲内の払戻しであり、補助参加人に対する払戻しとして有効に取り扱われるべきであり、本件払戻部分については補助参加人との関係で清算すれば足り、被告が原告らの請求を拒むことは債務不履行である。
イ 仮に、本件払戻しについて民法478条が類推適用されるとしても、被告担当者は、亡Aの意思を確認する義務があったにもかかわらず、これを怠って補助参加人に本件払戻しをしており、被告は、相当の注意をもって本件払戻しをしたとはいえず、補助参加人を正当な権限を有する預金者の使者ないし代理人と信じたことにつき過失があったものといえる。
第3当裁判所の判断
1 争点①(共同相続による預金債権の帰属)について
(1) 相続人が数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解することが相当であり(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁、最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁、最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決・集民214号13頁参照)、可分債権である預金債権も法定相続分に応じて当然分割されると解することが相当である。
本件において、亡Aの死亡時の本件預金債権は、2081万8361円であり(前記前提事実(2))、原告らの法定相続分は、各4分の1である(同(1)イ)から、原告らは、亡Aの死亡によって、それぞれ520万4590円の預金債権を取得したといえる。
(2) この点について、補助参加人は、①預金債権について法定相続分により当然分割するという考え方を採用していないことは、判例(最高裁平成4年4月10日第二小法廷判決・家月44巻8号16頁、最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁)に照らし明らかである、②金融機関は、遺産分割前の相続預金の払戻しについて独自の規定を有しており、相続人を確認した上で共同相続人全員の連署による預金の払戻請求書の提出を受けて支払に応じており、金融機関がこのような規定により支払に応じているのであれば、預金契約を包括承継する相続人である原告らはこのような規定に拘束される、と主張する。
しかしながら、上記①について、補助参加人が引用する最高裁平成4年4月10日第二小法廷判決・家月44巻8号16頁は、相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと判断したものであり、最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁は、「預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる」と判断したものであるところ、これらの判例は、いずれも本件とは事案を異にしている上に、預金債権が法定相続分に応じて当然分割されるという考え方を否定する趣旨と解することもできず、補助参加人の上記①の主張を採用することはできない。
また、補助参加人の上記②の主張は、被告が、遺産分割前の相続預金の払戻しについて独自の規定を有しており、これに基づいて支払に応じていることを前提とするところ、本件において、被告は、補助参加人が主張するところの預金契約等に基づく主張をしておらず、かえって、預金債権が法定相続分に応じて当然分割されることを認めていることからすれば、補助参加人の上記②の主張は、その前提を誤っており採用することはできない。
2 争点②(本件払戻しの効力)について
(1) 前記1(1)のとおり、本件預金債権は、亡Aの死亡により、法定相続分に応じて当然分割され、原告ら及び補助参加人は、それぞれ520万4590円の預金債権を取得したと認めることができるから、被告に補助参加人に対する350万円の本件払戻しは、補助参加人が相続により取得した預金債権に対する一部払戻しとして効力を有すると認めることが相当である。
(2) この点について、被告は、①本件払戻当時において、被告の担当者であるC(以下「C」という。)は、亡Aの死亡の事実を知らず、知らなかったことにつき過失もなかったことから、本件払戻しは、民法478条の類推適用により、亡Aに対する支払として有効である、②仮にこの点を措いたとしても、本件払戻当時、補助参加人は、亡Aの相続人全員を代表して払戻しを受けるという認識であり、他方、Cは亡Aの死亡の事実を知らず、被告を保護する必要性は変わらないことから、本件払戻しは、民法478条の類推適用により、「亡Aの法定相続人の預金」(法定相続人一人当たり350万円÷4=87万5000円)の払戻手続として有効であると主張する。
しかしながら、上記①について、本件払戻時点において、亡Aは、死亡していた以上、Cの本件払戻しについての認識が亡Aに対するものであったとしても、本件払戻しが亡Aに対する支払として効力を有すると解する余地はなく、被告の上記①の主張を採用することはできない。
また、上記②について、前記1(1)のとおり、本件預金債権は、亡Aの死亡によって、法定相続分に応じて当然分割されると解することが相当であるところ、本件において、補助参加人に対する本件払戻しが他の法定相続人の預金債権に対する支払とみるべき事情は見当たらない。仮にこの点を措いたとしても、前記2(1)のとおり、本件払戻しは、補助参加人が相続した預金債権に対する一部払戻しと認めることができ、預金債権の準占有者ないし無権限者に対してされたものとはいえない以上、本件払戻しをした被告を保護する必要性は見当たらず、被告が主張する民法478条を類推適用する前提をそもそも欠いているといわざるを得ない。被告の上記②の主張を採用することはできない。
(3) 以上によれば、本件払戻しは、補助参加人が相続により取得した預金債権に対する一部払戻しとして効力を有するものと考えるのが相当であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らは、被告に対して、それぞれ520万4590円の預金債権を有するといえる。
3 結論
よって、原告らの請求は、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 棚井啓)