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横浜地方裁判所 平成25年(ワ)2535号 判決 2014年10月20日

甲事件原告・乙事件被告

乙事件原告

a保険株式会社

甲事件被告

主文

一  被告は、原告Aに対し、一一四二万三四九一円及びこれに対する平成二三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告Aは、原告保険会社に対し、二万三七〇四円及びこれに対する平成二三年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告A及び原告保険会社のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告Aと被告との間では、原告Aに生じた費用と被告に生じた費用を五分し、その二を原告Aの、その余を被告の負担とし、原告Aと原告保険会社との間では、原告保険会社に生じた費用の五分の一を原告Aの負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

被告は、原告Aに対し、一七四六万二四六四円及びこれに対する平成二三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告Aは、原告保険会社に対し、一一万八五二四円及びこれに対する平成二三年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

甲事件は、原告Aが、歩行中、被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)に衝突された交通事故(以下「本件事故」という。)について、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案であり、乙事件は、被告と車両保険契約を締結していた原告保険会社が、原告Aに対し、車両保険金相当額の支払により代位取得した損害賠償請求権に基づき、求償金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(証拠を記載した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  原告Aは、平成二三年一月一三日午後五時一〇分ころ、神奈川県大和市代官一丁目二三番地一ないし三付近において、幅員約四・九メートルの歩道のない道路(以下「南北道路」という。)を、柳橋方面(北方向)から渋谷(南方向)に向かって歩行中、被告運転の普通乗用自動車(被告車。ナンバー<省略>)に衝突された。南北道路は、同番地一付近で、幅員約六メートルの片道一車線の道路(以下「東西道路」という。)と交差している(別紙参照。以下「本件交差点」という。)。

(2)  原告A(昭和二三年○月○日生)は、本件事故により、第三腰椎圧迫骨折等の傷害を負い、平成二三年一月一三日から同月一八日までb病院に入院し、同年二月一二日から一二月二八日までc整形外科に通院し(実通院日数二一三日)、同日症状固定との診断を受けた(甲三、乙八)。

(3)  原告Aは、平成二四年二月七日、本件事故の後遺障害として、脊柱の変形障害が残存しているとして、腰痛等の症状も含め、自動車損害賠償保障法施行令別表二第一一級七号(以下、同表の後遺障害については等級のみを表記する。)の後遺障害等級認定を受けた(甲四)。

(4)  原告Aは、被告加入任意保険会社から、治療費等として、四〇三万〇三二八円の支払を受けた。

(5)  原告保険会社は、平成二三年二月七日、被告に対し、被告との間で締結した車両保険契約に基づき、車両保険金として、被告車の修理代金である一一万八五二四円を支払った(丙二、丙三)。

二  争点に対する当事者の主張

(1)  事故態様(過失相殺率)

(原告Aの主張)

原告Aは、南北道路の進行方向に向かって左側を歩行中、本件交差点を通り過ぎ、神奈川県大和市代官一丁目二三番地三付近まで来たところで、南北道路を走行してきた被告車に後方から追突された。

被告は、日が落ちて暗くなっていたにもかかわらず、無灯火のまま、前方を注視して歩行者等の有無及びその安全を確認すべき注意義務を怠り、漫然と時速約三〇キロメートルで直進進行した過失により、本件事故を惹起したもので、原告Aに過失はない。

仮に、被告ら主張の事故態様だったとしても、被告が、住宅街において、右折直後であるにもかかわらず、時速二〇キロメートルものスピードで走行し、原告Aと衝突する直前までその存在に気づいていなかった被告の過失は重大であり、やはり原告に過失はない。

(被告らの主張)

被告は、本件交差点のすぐ西側の交差点を右折して東西道路に入り、上和田方面(東方向)から厚木基地方面(西方向)に向かって直進し、本件交差点にゆっくり進入したところ、同交差点を横断中の原告Aと衝突した。

本件事故は、夜間、横断歩道のない交差点において、歩行者が一時停止規制のある側の道路から交差道路を横断する際の事故であるから、少なくとも二五%の過失相殺がなされるべきである。

(2)  原告Aの損害

(原告Aの主張)

ア 治療費 三九七万九八九八円

イ 入院雑費 四万三五〇〇円

(計算式)

1,500円×29日=43,500円

ウ 通院交通費 一万八五三〇円

エ 休業損害 二三九万八五〇〇円

原告Aは、同居する夫と未婚の息子二人の合計四人の家事を全て行っていたから、家事労働者として、その基礎収入は年間三五五万九〇〇〇円(平成二三年賃金センサス女子全学歴全年齢平均賃金)を下らない。原告Aは、本件事故五か月間、全く家事ができず、夫が代わりに家事を全て行い、その後も、本来の家事と比較し、本件事故後六か月目から七か月目にかけては三〇%程度、八か月目から九か月目にかけては半分程度、その後症状固定日までの八〇日間は七〇%程度の家事しかできなかった。

(計算式)

3,559,000円÷365日=9,750円(日額)

9,750円×(150日×100%+60日×70%+60日×50%+80日×30%)=2,398,500円

オ 傷害慰謝料 一八〇万円

カ 後遺障害逸失利益 六六八万六三六四円

原告Aの腰痛等の後遺障害は一一級七号と認定されており、掃除、洗濯、買物などあらゆる場面で腰痛により原告の家事労働が阻害されているから、その労働能力喪失率は二〇%を下らず、上記症状は生涯永続するから、労働能力喪失期間は、症状固定時(六三歳)の平均余命二五・四三年の半数である一三年間となる。

(計算式)

3,559,000円×20%×9.3936=6,686,364円

キ 後遺障害慰謝料 五〇〇万円

原告Aの後遺障害は一一級七号と認定されており、これにより、原告Aは、労働や日常生活上の行動を阻害され、将来に大きな不安を抱えるとともに、趣味のウォーキングができなくなり、本件事故による心的外傷のため本件事故現場には近づくこともできず、他の道路であっても歩くことに強い恐怖を感じるようになるなど、計り知れない精神的苦痛を受けているから、その慰謝料は五〇〇万円を下らない。

ク 物損(着衣等) 六万六〇〇〇円

ケ 弁護士費用 一五〇万円

上記アないしクの合計一九九九万二七九二円から既払金四〇三万〇三二八円を控除した残額一五九六万二四六四円の約一〇%に相当する金額

(被告の主張)

ア 治療費

認める。

イ 入院雑費

否認ないし争う。

ウ 通院交通費

認める。

エ 休業損害

否認ないし争う。

原告Aは、事故時六二歳であり、養育すべき子のいないことなどからすると、全年齢平均賃金額に相当する家事労働を行っていたとは認められない。基礎収入は、年齢別平均賃金の二九六万四二〇〇円とすべきである。

原告Aの第三腰椎椎体の圧壊の程度は三二%程度であり、重大とはいえない。また、事故後三か月が経過する頃には明確に痛みが軽減していることが確認でき、内服の消炎鎮痛剤ではなく湿布等の軽微な療法が継続されていたにすぎず、事故後五か月後には外出も心がけるほどに回復しているなど、回復が顕著であった。かかる傷害内容及び治療経過に照らせば、事故後三か月程度は家事労働への従事が困難だったとしても、その後、労働能力は徐々に改善し、事故後五か月を経過した時点では、その喪失割合が一二級相当の割合(一四%)まで低減したとみるべきである。

仮に、原告Aに上記以上の休業が必要であったとしても、それは既往症である第四腰椎すべり症による両足関節痛や歩行障害などの下肢症状が影響していたものであって本件事故との間に因果関係はない。

オ 傷害慰謝料

否認ないし争う。

カ 後遺障害逸失利益

否認ないし争う。

基礎収入は、エと同様に、症状固定時(六三歳)の年齢別平均賃金(二九六万四二〇〇円)とすべきである。

脊柱変形自体は労働能力に影響を与えるものではなく、後遺障害の実質は神経症状としての腰痛であって、腰椎椎体の圧壊の程度が三二%と重大なものではなく、治療内容も軽微であり、症状が順調に改善していたことなどからすれば、その腰痛もさほど重大なものでなかったといえる。したがって、労働能力喪失率は一二級相当(一四%)に留まり、労働能力喪失期間は症状固定後一〇年程度とすべきである。

キ 後遺障害慰謝料

否認ないし争う。

ク 物損

否認ないし争う。

本件事故との関連性が認められない。

ケ 弁護士費用

否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)について

(1)  証拠(乙一、乙二の一及び二、乙三、乙四、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件交差点の手前で同交差点の南側から南北道路を走行してくる車両を見つけたため、同車両の動静に気をとられたまま進行し、自車が同交差点に進入する際に視線を前方に戻したところ、約七メートル前方に同交差点の北側から南側に横断中の原告Aを発見したが、回避できずに衝突したと認められる。

これに対し、原告Aは、本件交差点を通り過ぎた後、南北道路の左側を歩行中に、後方から被告車に衝突された旨述べ、甲八にも同様の記載があるが、これらは、本件事故後まもなく同交差点を通過した普通乗用車(以下「C車」という。)の助手席に乗車していたC(以下「C」という。)の供述と明らかに矛盾しており、採用できない。

すなわち、乙三によれば、C車は、東西道路を厚木基地方面に向かっていたところ、Cは、C車が本件交差点の東側にある橋に至った際、前方の同交差点内で、被告車が別紙file_4.jpgの地点に車両後部があり、厚木基地方面を先頭にした状態で停車しているのを見て不審に思い、更にC車が減速しながら被告車の右側方を通過した際、別紙file_5.jpgの地点に原告Aがうずくまっているのを見て、同交差点に引き返し、東西道路中央部(別紙file_6.jpg)に靴が片方落ちているのに気がついたことが認められる。しかし、原告Aが主張する地点及び態様で本件事故が発生した場合に、原告Aが衝突の衝撃で別紙file_7.jpgに移動することは考え難く、被告が、本件事故発生からC車が通りかかるまでの間に、原告Aと被告車の双方をCが目撃した地点までわざわざ移動させたと疑うべき具体的事情も特に認められない。

なお、原告Aは、Cが本件事故自体を目撃しておらず、その供述調書(乙三)が本件事故の五か月後に作成されたことをもって、その供述の信用性が低いと主張するが、Cは、本件事故直後の本件事故現場の状況を目撃し、自ら警察に通報した者であり、自らが目撃した内容のみを供述しているから、その信用性を否定すべき理由はない。

(2)  そうすると、被告は、本件交差点に進入する際、前方の安全確認を怠ったものであり、南北道路が歩車道の区別のない道路であったことも考慮すると、主たる過失が被告にあることが明らかであるが、他方、本件事故の発生が夜間であったことや、南北道路が東西道路と比較して狭路であることからすると、歩行者である原告Aにおいても、本件交差点を横断するにあたり、東西道路を走行してくる車両の有無等、左右の安全を確認する義務を怠った過失があったといえるから、二〇%の過失相殺をするのが相当である。

二  争点(2)(原告Aの損害)について

(1)  治療費 三九七万九八九八円(争いがない。)

(2)  入院雑費 四万三五〇〇円

一日あたりの入院雑費は一五〇〇円が相当であり、入院期間は二九日であるから、原告Aの請求する上記額が相当である。

(3)  通院交通費 一万八五三〇円(争いがない。)

(4)  休業損害 一六七万八九五〇円

ア 基礎収入について

甲八及び原告Aによれば、本件事故前は原告Aが同居する夫と未婚の息子二人の合計四人の家事を全て行っていたことが認められる。そうすると、本件事故当時の年齢(六二歳)や本件事故前から第四腰椎すべり症を患っていたことを考慮しても、家事労働者としての基礎収入は年間三五五万九〇〇〇円(平成二三年賃金センサス女子全学歴全年齢平均)とするのが相当である。

イ 休業率について

原告Aの傷害の内容・程度、症状固定までの治療経緯、家事労働の性質、その家族構成等に鑑みれば、本件事故後三か月間(入院期間二九日を含め九〇日)については、家事従事は極めて困難であったと考えられるから、休業率を一〇〇%とし、その後、症状固定までの期間(二六〇日)については、徐々に症状が改善し、最終的には、後記(6)のとおり、労働能力喪失率二〇%程度の状態に至ったと認められるから、同期間中の休業率は平均四〇%とするのが相当である。

ウ もっとも、甲四によれば、原告Aは、症状固定時において、本件事故による後遺障害として認定された脊柱変形に伴う腰痛等の症状以外にも、胸腰椎部の運動障害、荷重機能障害、両足関節痛、歩行障害等、本件事故との因果関係や症状を裏付ける客観的な医学的所見が認め難く、複数の症状を訴えているところ、これらの自覚症状については、既往症である第四腰椎すべり症が影響している可能性も否定できず、かかる自覚症状が休業損害を増額させる要因となった可能性は否定できない。

したがって、損害の公平な負担の観点から、ア及びイによって算出される損害における本件事故の寄与率を七割と評価し、三割を減額するのが相当である。

(計算式)

3,559,000円÷365日=9,750円(日額)(1円未満切捨。以下同じ。)

9,750円×(90日×100%+260日×60%)×0.7=1,678,950円

(5)  傷害慰謝料 一八〇万円

原告Aの傷害の内容・程度、入通院期間等に鑑みれば、上記額が相当である。

(6)  後遺障害逸失利益 六三〇万八八九六円

ア 労働能力喪失率について

乙七(回答三)には、原告Aの労働能力喪失率は一二級相当に留まると記載されているが、その脊柱変形の程度が脊柱の支持性と運動性に軽微な低下しかもたらさない程度のものに留まると認めるに足りる事情はなく、原告Aの年齢も考慮すれば、むしろ脊柱変形が労働能力喪失に与える影響は大きいというべきであるから、本件においては、二〇%の労働能力喪失率を認めるのが相当である。

イ 労働能力喪失期間について

脊柱変形による後遺障害は器質的損傷によるものであり、上記のとおり、変形が軽微であるとはいえず、原告Aの年齢に鑑みれば、今後、脊柱変形による腰痛等が軽減される見込みがあるとも言い難いこと、乙七(回答三)においても、「被害者の年齢などを考慮すると……経時的な喪失率の逓減を積極的に支持することは難しい」旨記載されていることからすれば、喪失期間を限定すべき理由はなく、六三歳女性の平均余命の約二分の一に当たる一二年とするのが相当である。

(計算式)

3,559,000円×20%×8.8633=6,308,896円

(5)  後遺障害慰謝料 四二〇万円

原告Aの後遺障害の内容、程度、特にこれが一一級七号と認定されていることに鑑みれば、上記額が相当であり、本件において、これを特に加算すべき事情は認められない。

(6)  物損 〇円

原告A主張の損害の発生及び損害額(甲六)を認めるに足りる適確な証拠はない。

(7)  弁護士費用 一〇三万円

本件訴訟の内容のほか、上記(1)ないし(6)の合計一八〇二万九七七四円に過失相殺率二〇%を控除した八〇%を乗じた一四四二万三八九一円から既払金四〇三万〇三二八円を控除した残額が一〇三九万三四九一円であることを考慮すれば、上記額が相当である。

三  原告保険会社の求償金請求について

上記認定した過失相殺率を考慮し、原告保険会社が被告に支払った車両保険金の二〇%に相当する金額を認めるのが相当である。

(計算式)

118,524円×20%=23,704円

四  よって、原告Aの請求は、被告に対し、一一四二万三四九一円及びこれに対する平成二三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、原告保険会社の請求は、原告Aに対し、二万三七〇四円及びこれに対する同年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、各請求を上記限度で認容し、その余の各請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官 餘多分亜紀)

別紙 交通事故現場見取図

<省略>

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