横浜地方裁判所 平成25年(ワ)3917号 判決 2015年1月30日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
北神英典
同
清水俊
被告
Y1センター
同代表者会長
A
同訴訟代理人弁護士
仁平信哉
同
田中佐知子
同
田野賢太郎
被告
Y2
被告
Y3
被告
Y4
被告
Y5
被告
Y6
上記5名訴訟代理人弁護士
仁平信哉
同
田中佐知子
同
石川雄三
同
田野賢太郎
同
川邉賢一郎
同
倉持麟太郎
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して330万円及びこれに対する被告Y1センター(以下「被告Y1センター」という。)、同Y2(以下「被告Y2」という。)、同Y3(以下「被告Y3」という。)、同Y4(以下「被告Y4」という。)、同Y6(以下「被告Y6」という。)については平成25年10月12日から、被告Y5(以下「被告Y5」という。)については平成25年10月16日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告Y1センターに勤務する原告と、被告Y1センター、被告Y2ほか1名との間で平成24年11月26日に成立した裁判上の和解(以下「前訴和解」という。)につき、本件における被告らが前訴和解の和解条項に違反し、原告の名誉を毀損する行為を行ったとして、債務不履行ないし不法行為に基づき、慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の賠償、さらにこれに対する訴状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア 原告は、平成20年9月1日、被告Y1センターと期間の定めのない雇用契約を締結し、以後、被告Y1センターにおいて就労している女性である。
イ 被告Y1センターは、厚生労働大臣認可の労働保険料徴収法に基づく労働保険事務組合(権利能力なき社団)であり、被告Y2は、被告Y1センターの代表者会長であった者である。
ウ 被告Y3及び被告Y5は、平成25年6月の通常総会で退任するまで被告Y1センターの副会長(理事)であった者であり、被告Y4及び被告Y6は、いずれも現在、被告Y1センターの副会長(理事)を務めている者である。
(2)原告は、平成23年7月22日、被告Y1センター、被告Y2、B(以下「B」といい、上記被告2名と併せて「前訴被告ら」という。)を被告として、被告Y1センターにおいて、原告が被告Y2、Bから執拗な退職勧奨やパワハラ等を受け、適応障害を発症したとして、前訴被告らに対して連帯して330万円の損害賠償請求を求める訴訟(横浜地方裁判所平成23年(第3851号。以下「前件訴訟」という。)を提起した(書証<省略>)。
(3)原告と前訴被告らは、平成24年11月26日、以下の内容で和解(前訴和解)をした(書証<省略>)。
記
「1 被告らは、原告に対し、被告らの言動が端緒となって本件が発生したことを重く受け止め、今後の労務管理において職場環境に配慮する等して、再発防止に努めることを約束する。
2 被告Y1センターは、同被告の従業員である原告との間で和解が成立したことを、前項の文言を記載した上で同被告の全職員に回覧する等して周知させる。
3 被告らは、原告に対し、本件解決金として、連帯して70万円の支払義務があることを認め、これを、平成24年12月28日限り、原告代理人…名義の普通預金口座…に振り込む方法により支払う。
4 原告は、その余の請求を放棄する。
5 原告及び被告らは、原告と被告らとの間には、本和解条項に定めるもののほかに、何らの債権債務がないことを相互に確認する。
6 訴訟費用は各自の負担とする。」
(4)被告Y2は、平成24年12月11日、被告Y1センターの職員を集めた場で、前訴和解の第1項部分のみを読み上げた。これに対し、原告や被告Y1センターの職員であるC(以下「C」という。)が、被告Y2に対し、紛争の発端となった「被告らの言動」が具体的に何を指すのかについて説明がなければ、他の職員には和解の意味が分からないとの指摘をして、具体的な経緯を説明するよう求めたが、被告Y2は、この求めに応じなかった。
(5)さらに、被告Y2は、前訴和解条項のうち第1項の文言(「被告らは、原告に対し、被告らの言動が端緒となって本件が発生したことを重く受け止め、今後の労務管理において職場環境に配慮する等して、再発防止に努めることを約束する。」)のみを記載した「職員の皆様へ」というタイトルの平成24年12月10日付けの文書(書証<省略>。以下「本件周知文書」という。)を職員に回覧させたが、同文書は間もなく回収された。
2 争点
(1)被告らが前訴和解に基づく義務の履行を怠ったか。
ア 原告の主張
(ア)再発防止義務の不履行
前訴和解成立後の以下の被告Y1センターの作為、不作為は、前訴和解条項第1項の再発防止義務に違反し、債務不履行ないし不法行為を構成する。
a 被告Y1センター及び被告Y2は、前訴和解成立後も、被告Y2やBが原告にパワハラ行為をしたという事実を原告に対して一切認めようとせず、むしろ、公式、非公式に、被告Y2やBを正当化する言動を取り続けているばかりか、前件訴訟は原告の特殊な人格に基づいて引き起こされたとの発言も続けている。
b 原告は、平成25年2月14日、被告Y4、被告Y3に対し、前訴和解の条項に基づいて職場環境の配慮に努めて欲しいと求めたが、被告Y4及び同Y3は、「裁判の話は関係ない。ここではやめるように」、「過去はどうでもいいじゃないですか」と取り合わなかった。
c 原告は、同年5月1日、被告Y6、被告Y3と面談し、前訴和解の条項にあるように事件をきちんと公表すべきだと申し入れたが、被告Y6、被告Y3は「当事者同士がわかっていれば必要ない」、「自分たちは悪くない」と述べ、取り合おうとしなかった。
(イ)周知義務の不履行
被告Y1センターは、被告Y2が職員の前で前訴和解条項第1項の部分のみを読み上げ、第1項部分の記載を切り取っただけの文書の回覧をし、さっさと回収するという形式的な説明をしたに過ぎない。被告Y2は、紛争の発端となった「被告らの言動」が具体的に何を指すのか、和解成立に至る経緯、「再発防止に努める」と約束した対象行為とは何かについて一切説明をせず、被告Y1センターの作為、不作為は本和解条項第2項に基づく周知義務を果たすものではなく、同項違反にあたり、債務不履行かつ不法行為を構成する。
イ 被告らの主張
(ア)前訴和解の和解条項第1項にいう「本件」とは、横浜地方裁判所平成23年(第3851号事件を指し、また、同項にいう「重く受け止め」とは、和解成立時点における被告らの意思表明であるから、現時点において重く受け止めているかは評価の対象とはならないものである。
また、前訴和解の和解条項第2項は、前件訴訟の内容及び経緯を周知させる具体的義務を被告Y1センターに課したものではない。
(イ)被告Y1センターは、前訴和解から1か月も経過しない平成24年12月11日に、職員を集め、前訴和解の和解条項第1項を読み上げ、また、同項の文言を記載した本件通知文書を職員に回覧して、前訴について、原告と和解したことを周知しており、前訴和解の和解条項第2項に定められた被告Y1センターの義務を履行している。
(2)原告に対する名誉毀損行為の有無
ア 原告の主張
被告Y3は、平成25年6月4日、多数の会員が出席して開かれた被告Y1センターの通常総会において、職場環境の悪化があたかも原告の責任であるかのような間違った説明をして、原告の社会的評価を著しく低下させ、原告に対する名誉毀損行為にあたり、違法性を有するものである。
イ 被告らの主張
被告Y3の通常総会での発言は、前訴被告らの立場からの説明であり、何ら原告の名誉を毀損するものではない。
(3)前訴和解の不履行及び名誉毀損行為についての被告らの責任
ア 原告の主張
前訴和解の不履行ないし原告に対する名誉毀損行為について、被告Y1センター及び被告Y2については債務不履行責任を負うとともに、これらの行為については被告らがそれぞれ意思を通じて行ったものとして、被告らは共同不法行為責任を免れない。
イ 被告らの主張
争う。
(4)前訴和解の不履行ないし原告に対する名誉毀損行為によって被った原告の損害
ア 原告の主張
(ア)慰謝料
前訴和解条項の不履行や原告に対する名誉毀損行為によって、原告は心身ともに疲弊し、また、原告の社会的評価は著しく低下した。これによる原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は300万円を下ることはない。
(イ)弁護士費用
本件損害賠償請求を遂行するための弁護士費用としては30万円が相当である。
イ 被告らの主張争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、掲記の証拠等によれば、以下の事実が認められる。
(1)原告は、平成23年7月22日、被告Y2、Bらから被告Y1センターにおいて退職勧奨やパワハラ等を受けたとして、前訴被告らに対して慰謝料等を求める前件訴訟を提起した。
(2)前件訴訟は、平成24年11月26日、前訴被告らが事件の再発防止に努めることや解決金として70万円を支払うといったことなどを内容とする前訴和解により終了した。
(3)被告Y2は、同年12月11日、前訴和解の和解条項の第1項の文言のみを読み上げるとともに、同項の文言のみを記載した本件通知文書を被告Y1センターの職員に回覧させた。
(4)原告は、平成25年2月14日、被告Y4、被告Y3に対し、前訴和解に基づいて職場環境の配慮に努めて欲しいと求めたのに対し、同人らは、「裁判の話は関係ない。ここではやめるように」、「過去はどうでもいいじゃないですか」と述べた(弁論の全趣旨)。
(5)原告は、同年5月1日、被告Y6、被告Y3と面談した際、前訴和解条項にあるように事件をきちんと公表すべきだと申し入れたのに対し、同人らは、「当事者同士がわかっていれば必要ない」、「自分たちは悪くない」と述べた(弁論の全趣旨)。
(6)被告Y3は、同年6月4日に開催された被告Y1センターの通常総会において、本件訴訟に至る経過等の説明に関し、被告Y2と原告の面談の状況として「Xさんはいきなり声を張り上げて、一方的に同じ内容を繰り返し、約1時間近くしゃべりまくって全然こちらの意見を聞こうとしないというふうな状況があった」と聞いている旨発言し、また、原告につき、平成23年ころから「一層激しくなってきて、一方的にまくし立てるというようなこともございます。その間、そのXさんの会話に職員のCさんが一緒に加わって、二人でワーワー騒ぐというような事態が起こっております。」などと述べた(書証<省略>)。
2 争点(1)(被告らが前訴和解に基づく義務の履行を怠ったか)について
(1)前訴和解の内容について
前訴和解の調書(書証<省略>)によれば、前訴和解の和解条項第1項の内容は以下のとおりであると認められる。
ア 和解条項第1項にいう「本件」とは、前件訴訟を指し、「本件が発生した」とは、前件訴訟の被告らが原告から退職強要やパワハラを行ったと主張され、前件訴訟の提起に至ったことである。
イ 前訴和解の和解条項第1項にいう、本件が発生したことを「重く受け止め」とは、前件訴訟が提起されるに至ったことを真摯に反省することを指すものである。
(2)前訴和解に基づく義務の不履行について
ア 再発防止義務の不履行
上記(1)のとおり、被告らは、前件訴訟が提起されるに至ったことを真摯に反省しなければならないものである。
この点、前記認定事実(4)で認定した、「裁判の話は関係ない。ここではやめるように」、「過去はどうでもいいじゃないですか」といった被告Y4、被告Y3の発言は、被告Y1センターの真摯な反省に疑問を抱かせるものではある。
しかし、上記被告らの発言が被告Y1センターの認識に基づくか否かは明らかではなく、上記被告らの発言をもって被告Y1センターが反省していないとまで断じることはできないものである。
さらに、前記認定事実(5)で認定した、「自分たちは悪くない」との被告Y6、被告Y3の発言については、これらが被告Y1センターの認識によるものであったとしても、前訴和解は前件訴訟の提起に至った事実を被告らが反省しなければならないとするものであり、退職強要やパワハラがあったことを確定するものではないから、上記被告らの発言が前訴和解の不履行となるものではない。
イ 周知義務の不履行
前記認定事実(3)によれば、被告Y2は、平成24年12月11日、前訴和解の和解条項の第1項の文言のみを読み上げるとともに、同項の文言のみを記載した本件通知文書を職員に回覧させたにとどまり、紛争の発端となった「被告らの言動」が具体的に何を指すのか、和解成立に至る経緯、「再発防止に努める」と約束した対象行為とは何かについて説明をしなかったものと認められる。
この点、前訴和解条項第2項は、「被告Y1センターは、同被告の従業員である原告との間で和解が成立したことを、前項の文言を記載した上で同被告の全職員に回覧する等して周知させる。」と規定しており、前訴和解が成立したことと、和解条項第1項の文言を記載した文書を回覧する等して周知させることを要求しているにとどまり、紛争の発端となった「被告らの言動」が具体的に何を指すのか、和解成立に至る経緯、「再発防止に努める」と約束した対象行為とは何かについて説明をする義務を課しているものとみることはできない。
よって、本件において被告らに前訴和解の周知義務の不履行は認められない。
3 争点(2)(原告に対する名誉毀損行為の有無)について
(1)前記認定事実(6)によれば、平成25年6月4日に開催された被告Y1センターの通常総会において、本件訴訟に至る経過等の説明に関し、被告Y3は、被告Y2と原告の面談の状況に関し、「Xさんはいきなり声を張り上げて、一方的に同じ内容を繰り返し、約1時間近くしゃべりまくって全然こちらの意見を聞こうとしないというふうな状況があった」と聞いている旨発言し、また、原告につき、平成23年ころから「一層激しくなってきて、一方的にまくし立てるというようなこともございます。その間、そのXさんの会話に職員のCさんが一緒に加わって、二人でワーワー騒ぐというような事態が起こっております。」などと述べたことが認められる。
(2)上記被告Y3の発言は、被告Y1センターの通常総会において、本件訴訟に至る経過等を説明するに際し、被告Y1センターが認識している事実を述べたに過ぎず、社会的相当性を逸脱する発言ではなく、総会の場での質疑応答に供せられるものとして原告の名誉を直ちに毀損するものとはいえない。
4 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 影浦直人)