横浜地方裁判所 平成25年(ワ)4065号 判決 2015年1月22日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、一三六一万〇六七六円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二〇七二万八七六八円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
本件は、原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)と被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)について、原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき、損害賠償金及びこれに対する本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(証拠を記載した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成二二年一一月一六日 午後〇時三五分ころ
イ 場所 神奈川県藤沢市湘南台一丁目二一番地の一八先路上
ウ 被告車 普通乗用自動車(〔ナンバー<省略>〕)
エ 原告車 原動機付自転車(〔ナンバー<省略>〕)
オ 態様 信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)に直進で進入した原告車と、その右方から、一時停止規制のある道路を直進して本件交差点に進入した被告車が衝突した。
カ 責任原因 被告には、本件交差点に進入するにあたり、左右の安全を確認する注意義務を怠った過失があり(一時停止義務違反の有無については争いがある。)、また、被告は、被告車の保有者であり、運行供用者であるから、民法七〇九条及び自賠法三条により、原告に対し、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務を負う。
(2) 治療経過等
原告は、本件事故により、左膝蓋骨開放骨折、腰椎圧迫骨折等の傷害を負い、平成二二年一一月一六日から平成二四年一月一七日まで四二八日間(うち平成二二年一一月一六日から同年一二月八日までと平成二三年一〇月一八日から同月二一日までの合計二七日間は入院)にわたって治療を受け、平成二四年一月一七日をもって症状固定したとの診断を受けた(甲三ないし五)。
(3) 後遺障害
原告は、平成二四年五月一八日、脊柱の変形障害について自賠法施行令別表第二第一一級七号(以下等級のみ記載する。)、左膝蓋骨開放骨折後の左膝痛について一四級九号に該当する後遺障害が残存するとして、併合一一級認定を受けた(甲六)。
(4) 原告は、本件事故当時、住宅建築請負等を営むa株式会社(以下「a社」という。)において営業職として勤務していたが、平成二三年四月一日付けで同社の子会社であり、介護事業等を営む有限会社bに転籍し、サービス付高齢者向け住宅の管理人として稼働するようになった(甲一二、甲一九、原告本人)。
(5) 原告は、本件事件後、人身傷害保険金一〇七万三五三七円の支払を受けた。
二 争点に対する当事者の主張
(1) 過失割合(過失相殺)
(原告の主張)
被告は、一時停止を行わず、安全確認不十分なまま本件交差点に進入した。
仮に、被告車が停止線の位置で一時停止したとしても、当該位置からでは原告車が走行してくる左方の見通しが悪かったのであるから、本件交差点の左方を見通せる地点まで徐行で進行した後、再度、同地点で一時停止を行わない限り、一時停止後に進入したと評価すべきではない。
したがって、被告には一時停止義務違反があるから、少なくとも八〇%以上の過失がある。
(被告の主張)
被告は、本件交差点進入前に一時停止し、右前方のカーブミラーで交差道路左方の確認をしたが、進入してくる車両が映らなかったため、被告車を発進させ、徐行で本件交差点に進入した。これに対し、原告は、本件交差点の先の交差点の状況を注視しており、減速や左右の安全確認を行うことなく、時速三〇ないし四〇km程度の速度で本件交差点に進入し、被告車の左側面後部に衝突するまで同車に気づいていなかった。
したがって、原告には、著しい過失があり、少なくとも四五%程度の過失相殺をすべきである。
(2) 損害
(原告の主張)
ア 治療費 四七万二〇三〇円
イ 通院交通費 二万七四一〇円
ウ 入院雑費 四万〇五〇〇円
エ その他(眼鏡代等) 一六万九八六一円
オ 休業損害 四九万九六三七円
原告の本件事故当時の年収は五五二万六二八九円であるが、原告は、本件事故による傷害の治療のために三三日の年次有給休暇を消化した。
5,526,298円÷365日×33日=499,637円
カ 後遺障害逸失利益 一二四六万〇七八六円
① 原告には、前提事実(3)のとおりの後遺障害(併合一一級)のほか、自賠責保険の後遺障害には該当しないものの、左膝関節の機能障害、左膝部の瘢痕、股関節の可動域制限や足関節の可動域制限も残存しており、少なくとも二〇%以上の労働能力喪失がある。
したがって、原告は、被告に対し、症状固定時の五〇歳から六七歳までの一七年について、以下の逸失利益を請求する。
5,526,289円×20%×11.2741=12,460,786円
② 原告は、事故当時、a社において大口顧客専門の営業職に従事していたが、その職務に耐えないという会社の判断によって子会社へ転籍し、マンション管理人等の業務に従事することになったのであり、また、転籍先でも、本来は広範な業務があるが周囲の理解と協力の下、原告の身体への負担とならないように特に配慮してもらいながら就労している状況にあり、労働能力に大きな影響を受けている。
③ a社では、ほとんどの社員が希望どおり再雇用されており、再雇用後は、基本給与部分が相当程度減額となっても成約に応じて支給される外交員報酬はむしろ定年前よりも増える場合が多いため、年収の総額は下がらず、むしろ増収することも多々あるから、六〇歳以降の基礎収入を減額する必要はない。
キ 傷害慰謝料 一八六万七〇〇〇円
ク 後遺障害慰謝料 四二〇万円
ケ 人身傷害保険金(前提事実(5))填補後の損害
19,737,224円(ア~ク合計)-1,073,537円=18,663,687円
コ 人身損害(アないしクの合計)についての弁護士費用 一八六万六三六八円
サ 車両損害 一三万七〇〇〇円
シ レッカー代 五二五〇円
ス 所持品損害 三万八三九九円
① コーデュロイズボン 四一七九円
② タイツヒートテック 一五七五円
③ ヘルメット 一万九八四五円
④ ウィンドブレーカーデサント 一万二八〇〇円
セ 物的損害(サないしシの合計)についての弁護士費用 一万八〇六四円
(被告の主張)
ア アないしエは認める。
イ 休業損害
賞与減額分については別途賞与減額分として算出すべきであり、転籍の前後で月額の本給も異なるから、原告の休業損害の日額の計算方法には重大な誤りがある。
ウ 後遺障害逸失利益
① 労働能力喪失率及び労働能力喪失期間について
原告の脊柱変形障害は、比較的軽微な第一腰椎のみ楔状骨折によるもので、直ちに脊椎の支持機能・保持機能に影響をもたらすものではなく、労働能力に影響があるとしても骨折に起因する腰痛が想定される程度にすぎないが、原告の脊柱変形障害は疼痛を伴うものでもなかった。また、原告が転籍後に従事している業務においては重度の労働は予定されていない。
したがって、原告の後遺障害は労働能力に影響するものではなく、仮に労働能力の喪失があるとしても、腰部の障害に起因して局部に神経症状を残すもの(一四級九号)として、五%程度、五年程度の労働能力喪失しか認められない。
② 基礎収入について
a社の定年は六〇歳であり、仮に原告が再雇用されたとしてもその後の年収は大幅に減額となる見込みであるから、六〇歳以降については、基礎収入を四九歳当時の年収から三割程度減額して算定すべきである。
③ 原告の症状は、平成二三年七月二二日時点において、事故以前と同様の身体状態にまで回復しており、同年四月当時、従前の営業職を遂行できない身体状態にあったとは想定し難いのであって、転籍は本件事故による症状とは別の要因によって行われたと考えるのが自然であるから、転籍に伴う減収と本件事故との間には相当因果関係がない。
エ 傷害慰謝料
原告の症状は、平成二三年七月二二日時点において事故以前と同様の身体状態にまで回復しており、その実治療日数を考慮すると、原告の主張は高額に過ぎる。
オ 後遺障害慰謝料
原告の脊柱変形傷害は、疼痛及び運動機能障害を伴うものではない以上、原告の主張は高額に過ぎる。
カ サ、シは認める。
キ 所持品損害
原告の主張は購入価格であり、減価償却をすべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)について
(1) 本件事故は、見通しの悪い交差点における単車と四輪車の出会い頭での衝突事故であり、双方に徐行義務及び左右の安全確認義務がある。
被告車(四輪車)側に一時停止規制があることからすれば、基本的には被告の注意義務違反の方が重いというべきであるが、証拠(甲二、甲一九、乙八、原告本人)によれば、被告車が一時停止してカーブミラーで左方を確認した後、低速で本件交差点に進入したのに対し、原告車は減速することなく時速三〇ないし四〇kmの速度で本件交差点に進入したことが認められるから、原告にも三五%の過失があると認めるのが相当である。
(2) 原告は、被告車が一時停止したことを否定し、衝突するまでカーブミラーで交差点右方の安全確認をしていたが被告車は映っておらず、衝突直前にアクセルをふかす音が聞こえたなど、被告車が高速で本件交差点に進入したことをうかがわせるような事情を述べる。
しかし、原告は、原告車が被告車の左側面中央部付近に衝突している(甲二・七頁)にもかかわらず、衝突するまで被告車の存在に気づいていないこと、原告車が衝突まで特に減速していないことなどからすると、原告が右方道路から進行してくる車両の有無を慎重に確認していたとは考えにくく、上記供述はにわかに信用し難い。被告車は衝突まで急制動をかけていないが、衝突から停止するまでに走行した距離が六・六m(甲二・三頁交通事故現場見取図の②~③)にすぎないことからしても、被告車が本件交差点に進入する際、それほど高速であったとは考えにくい。
また、原告は、左方の見通しが悪い地点で停止したとしても実質的な一時停止とは評価できないと主張するが、本件交差点については、一時停止位置でカーブミラーを介して左方の確認をすることが可能であり、これによって確認できる範囲は、交差点入り口において目視により確認できる範囲と異ならない(甲二の実況見分調書)のであるから、被告にカーブミラーを介した左方の安全確認が不十分であった過失は認められるものの、これを一時停止義務を怠った過失と同等に評価することはできず、被告に六五%を超える過失があったとすべき理由とはならない。
(3) 他方、被告は、原告にも著しい過失があると主張するが、本件事故においては、双方が互いの車両を認識することなく衝突しているのであるから、原告側にのみ上記過失割合を超えるような著しい過失があるともいえない。
二 争点(2)について
前提事実及び後記各証拠によれば、以下の損害が認められる。
(1) 治療費 四七万二〇三〇円(争いなし)
(2) 通院交通費 二万七四一〇円(争いなし)
(3) 入院雑費 四万〇五〇〇円(争いなし)
(4) その他(眼鏡代等) 一六万九八六一円(争いなし)
(5) 休業損害 四九万九六三七円
原告は、本件事故による傷害の治療のため、平成二二年一〇月一八日から同月二一日までの四日間入院のために休業したほか、同年一一月から一二月にかけて二一日間及び転籍後の平成二三年一〇月から一一月にかけて八日間の有給休暇を消化した(甲五、甲九)。
原告は、転籍の前後を区別せず、平成二一年の年収を三六五日で除した日額に有給休暇消化日数を乗じた額を請求しているところ、上記年収には、基本給のほかに、営業担当者が担当顧客との間で建築請負契約や外構の請負契約等を成約させた場合に臨時報酬として支給される外交員報酬が含まれているが、同報酬は賞与というよりも成約数等によって変動する歩合給と考えられるから、原告主張の算定方法には一定の合理性があり、これにより算出された日額は転籍前後の収入の変化を考慮しても特に過大とはいえない。
したがって、以下のとおり、休業損害を認める。
5,526,298円÷365日×33日=499,637円
(6) 後遺障害逸失利益 一一六三万五五〇七円
ア 原告には、第一腰椎圧迫骨折による脊柱の変形障害(一一級七号該当)及び左膝蓋骨開放骨折後の左膝痛(一四級九号該当)の後遺障害(併合一一級)が残存しているところ、その脊柱変形の程度が明らかに軽いと認めるに足りる証拠はない。症状固定時の原告の年齢に鑑みれば、脊柱の支持性と運動性の低下が軽微であるとも言い難く、転籍前後を通じてその就労に対する影響が明らかに小さいともいえない。
また、原告の供述によれば、転籍前の職務が顧客等との商談を主とする営業職であり、顧客等との対応時の立居振舞等も営業成績に影響する重要な要素であったと考えられるところ、本件事故による受傷により、従前同様の顧客対応等が困難になったため、会社の業務命令により、必ずしも直接の顧客対応を必要としない業務を行う会社に転籍することになったと認めるのが相当である。被告は、乙一をもって、平成二三年七月二二日時点で疼痛等の訴えがなく、原告の症状は同書面の作成日である同年八月三〇日には本件事故以前と同様の状態まで回復していたと主張するが、上記時期の前後で通院頻度や治療内容に大きな差異はなく(乙三)、後遺障害診断書(甲五)の記載内容等に鑑みても被告が主張する時期までに疼痛等がなくなっていたとは考え難い。また、転籍について、本件事故とは別の要因があったことを窺わせる事情も特に認められない。
イ 原告の収入は、転籍前は、給与(固定給)と外交員報酬(成約数によって変動する歩合給)とに分かれ、後者については成約数によっては相当高額となる可能性があり、他方、転籍後は給与のみである代わりに昇給の傾向があることが窺われるなど、その給与体系が異なるため、転籍の前年と後年の収入を単純に比較することにより、減収の有無を判断するのは合理的でない。
しかし、以下のとおり、転籍前後の総収入の平均額には明らかな差があることに加え、原告の供述によれば、転籍の前後を通じ、定年後の再雇用制度があるものの、その雇用形態や収入については転籍の前後で大きな違いがあることが窺われるから、本件事故により、その就労可能期間を通じ、一定程度の減収が生じていると評価するのが相当である。
平成20年 4,392,600円+1,539,841円=5,932,441円(甲14の1、2)
平成21年 3,873,400円+148,718円=4,022,118円(甲15の1、2)
平成22年 4,298,400円+1,227,889円=5,526,289円(甲8の1、2)
(5,932,441円+4,022,118円+5,526,289円)÷3=5,160,282円
平成24年 4,363,400円(甲13)
平成25年 4,489,400円(甲17)
(4,363,400円+4,489,400円)÷2=4,426,400円
ウ そうすると、以下のとおり、症状固定時五〇歳から六七歳まで一七年について、転籍前の三年間の総収入の平均額を基礎収入として、二〇%の労働能力喪失を認めるのが相当である。
5,160,282円×20%×11.2741=11,635,507円
(7) 傷害慰謝料 一八五万円
事故態様、傷害の内容、程度、通院期間、通院頻度等に鑑みれば、上記額が相当である。原告の主な受傷が二か所の骨折であり、症状固定までの可動域の制限等が大きな負担となることからすれば、通院頻度が大きくないことを殊更重視すべきではない。
(8) 後遺障害慰謝料 四二〇万円
後遺傷害の内容程度(一一級)に鑑みれば、上記額が相当である。
(9) 車両損害 一三万七〇〇〇円(争いなし)
(10) レッカー代 五二五〇円(争いなし)
(11) 所持品損害(着衣、ヘルメット代等) 一万円
原告の請求のうち、ヘルメットについては、甲一一記載の購入時期及び購入価格を考慮し、一万円の損害を認める。
他の所持品については、本件事故による損傷の有無程度が明らかでなく、損害の発生を認めるに足りる証拠がない。
(12) 過失相殺後の損害額
19,047,195円((1)~(11)合計)×(100%-35%)=12,380,676円
なお、本件においては、原告が被った人身損害((1)~(8))の合計額一八八九万四九四五円に被告の過失割合六五%を乗じた額一二二八万一七一四円と人身傷害保険金の支払額一〇七万三五三七円が、上記人身損害の合計額を下回ることが明らかであるから、原告が同保険金を受領したことにより、上記過失相殺後の損害額が減少することはない。
(13) 弁護士費用 一二三万円
本件訴訟の内容、損害認定額等に鑑みれば、上記額が相当である。
(14) 損害合計((12)+(13)) 一三六一万〇六七六円
三 よって、原告の請求は、被告に対し、一三六一万〇六七六円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、上記限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 餘多分亜紀)
交通事故現場見取図<省略>