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横浜地方裁判所 平成25年(ワ)4118号 判決 2014年11月06日

原告

X1他2名

被告

主文

一  被告は、原告X1に対し、六七五七万四五四二円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2及び原告X3に対し、それぞれ四一三四万六二六九円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告X1について生じた費用の三分の二並びに原告X2及び原告X3に生じた費用の各七分の六を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

五  この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1に対し、九六六八万八二六三円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2及び原告X3に対し、各四八三四万四一三一円及びこれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

(1)  原告X1は、A(昭和四〇年○月○日生。以下「A」という。)の妻であり、原告X2及び原告X3は、Aの子である。

(2)  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

ア 日時 平成二二年一一月一六日 午前八時三〇分ころ

イ 場所 横浜市鶴見区平安町二丁目二九番地一先の路上

ウ 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>)(以下「被告車」という。)

エ 事故態様 被告車が上記場所に設けられた交差点(以下「本件交差点」という。)を右折中、その出口に設けられた横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上を青信号に従って横断中のAに衝突した。

(3)  責任原因

被告は、信号機により交通整理の行われている交差点を右折進行するに当たり、本件横断歩道を横断する歩行者の有無及びその安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務を怠り、これを確認しないまま漫然と進行した過失により、青信号に従い、本件横断歩道を被告車から見て右側から左側に横断中のAに被告車を衝突させるという事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、Aに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(4)  Aの受傷及び死亡

Aは、本件事故により、後頭骨骨折、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、脳挫傷及びびまん性脳浮腫の傷害を負い、平成二二年一一月一九日、○○会a病院において死亡した。

(5)  損害

ア 入院雑費 四五〇〇円(一、五〇〇円×三日)

イ Aの看病に要した交通費 一万五一六〇円

ウ 入院慰謝料 一二万円(四〇、〇〇〇円×三日)

エ 葬儀関係費 五七〇万二三二〇円

① 葬祭費 二八一万五四一二円

② 墓代、埋葬料 二六二万二〇〇〇円

③ 管理料 二万六七〇〇円

④ 仏壇購入費 六万六五三八円

⑤ 一周忌法要費 一七万一六七〇円

オ 逸失利益 一億三九一〇万三四二五円

A(死亡時四五歳)は、本件事故で死亡しなければ、六七歳まで二二年間就労し、相応の収入を得られたはずであるから、最後の収入となった平成二二年度の年収一五〇九万六八〇〇円を基礎収入とし、稼働可能期間を二二年(ライプニッツ係数一三・一六三)、生活費控除率を三〇%として逸失利益を計算すべきである。

15,096,800円×(1-0.3)×13.163=139,103,425円

カ Aの死亡慰謝料 三〇〇〇万円

Aは、システムエンジニアとして将来を嘱望される優秀な人材であったにもかかわらず、働き盛りの、わずか四五歳の若さで、将来の希望に満ちた人生を突然奪われた無念さ、悔しさ及びその精神的苦痛並びに受傷時より死亡に至るまでの肉体的な苦痛は甚大である。

キ 原告らに対する慰謝料 各二〇〇万円(合計六〇〇万円)

将来を嘱望された働き盛りのAが本件事故によって突然死亡したことにより、愛する家族が受けた衝撃は計り知れない上、本件事故が被告による明白な加害事故であるにも関わらず、被告が刑事裁判においてその刑事責任を全く認めようとせずに争い、刑事裁判の判決宣告までに長期間を要したなどの不適切な対応をとったことにより、原告らは多大な精神的苦痛を被った。

ク 弁護士費用 一七〇〇万円

アないしキの合計(一億八〇九四万五四〇五円)から労災保険による補填四五六万八八八〇円(葬祭費用一五六万八八八〇円、特別支給金三〇〇万円)を控除した残額一億七六三七万六五二五円の約一割

ケ 損害合計 一億九三三七万六五二五円

ク記載の労災保険による補填控除後の残額に弁護士費用を加算した額

(6)  相続

原告らは、原告X1が二分の一、原告X2及び原告X3が各四分の一の割合で、Aの被告に対する損害賠償請求権を相続した。

(7)  よって、原告らは、被告に対し、民法七〇九条に基づき、原告X1が九六六八万八二三六円、原告X2及び原告X3が各四八三四万四一三一円、並びにこれらに対する本件事故発生の日である平成二二年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)は認める。

(2)  同(2)は否認する。被告車はAと接触していない。

(3)  同(3)は否認ないし争う。

(4)  同(4)は否認する。

(5)  同(5)は不知又は争う。

ア Aの看病に要した交通費

家族の交通費は入院雑費において算入済みであり、入院雑費のほかに交通費を請求するのは二重請求である。

イ 入院慰謝料

入院期間は三日間にすぎないから一二万円は過大である。

ウ 葬儀関係費

仮に原告ら主張の葬儀関係費を要したとしても、賠償実務上、一五〇万円が上限である。

エ 逸失利益

会社員であるAは、通例、六〇歳でいったん定年となり、それ以降は基礎収入が激減することが一般的であり、かつ、Aのような金融機関系列の会社員の場合、収入のピークは比較的若年で達することが多く、死亡時年齢である四五歳は、生涯賃金のマックスに近いというべきである。

したがって、当時の収入を基礎収入として六七歳までの逸失利益を算定することは明らかに不当であり、六一歳以降は、死亡時である平成二二年の年齢別平均賃金五九五万五一〇〇円(男子大卒、六〇歳から六四歳)を基礎収入とすべきである。

また、Aが高収入であり、それ相応の社会的地位に伴う出費を要したと推認されること、高額所得者の場合、本来は累進課税制度により高額の税金を支払うべきところ、賠償金は非課税であって生存していれば支払うべき税金を免れる点で利得が発生することなどからすれば、生活費控除率は、一般的なサラリーマン家庭よりも高い四〇%とすべきである。

オ 死亡慰謝料及び原告らの慰謝料

合計二八〇〇万円までは認め、その余は否認する。被告本人としては、真実、接触をしていないとの強い認識がある以上、刑事裁判において否認することは刑事被告人として当然の権利主張であって、ことさら自身の認識・良心に反して虚偽を述べ、否認しているわけではないから、否認している事実をもって著しく不誠実な態度と評価することは不当であり、これは慰謝料増額事由にはならない。

第三当裁判所の判断

一  請求原因(1)については当事者間に争いがない。

二  請求原因(2)及び(3)について

(1)  証拠(甲三、甲四の一ないし三五、甲二五)及び弁論の全趣旨によれば、被告が請求原因(2)記載の日時場所において、被告車を運転して本件交差点に差しかかり、赤信号のために停止した後、青信号に変わったことから本件交差点内に進入して右折進行中、本件横断歩道を横断する歩行者の有無及びその安全を確認すべき義務を怠り、漫然と被告車を進行させたため、その左前部を、本件横断歩道上を青信号に従って左側から右側へ歩行中のAに衝突させ、Aを転倒させたことが認められる。

そうすると、被告は、Aに対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負うことが明らかであり、請求原因(2)及び(3)が認められる。

(2)  これに対し、被告は、被告車はAと接触していない旨主張し、刑事事件における被告の供述調書(甲四の二二、二七及び三〇)にも被告車はAと衝突しておらず、Aが亡くなったのはその持病のためで、転倒したのも持病のためであるとする被告の供述が記載されている。

しかし、上記供述は、本件交差点の南側に設置されていた防犯カメラの録画画像や本件事故時にAが着用していた靴の底面に残された擦過痕及びこれらについての専門家による分析結果(甲四の二三、二四及び三一ないし三四)と矛盾する内容を含んでおり、上記供述のうち、被告車がAと衝突したことはないという部分は信用し難い。本件事故当時、Aに持病があり、そのために転倒したと疑わせるような具体的な証拠もないから(甲四の一三、一四、二五)、被告の主張は採用できない。

三  請求原因(4)について

上記二で認定した事実のほか、甲四の六ないし八によれば、請求原因(4)が認められる。

四  請求原因(5)について

(1)  入院雑費 四五〇〇円

甲四の六ないし八によれば、Aは、本件事故により急性硬膜下血腫等の傷害を負い、平成二二年一一月一六日に救急搬送されてa病院に入院し、同日、小開頭血腫除去術を受けたが、脳浮腫が著しく、同月一九日に同病院において死亡したことが認められるから、入院雑費として日額一五〇〇円を三日分認めるのが相当である。

(2)  Aの看病に要した交通費 一万五一六〇円

甲五(枝番を含む。)によれば、原告らが入院中のAに付き添うために、上記額の交通費を支出したことが認められるところ、Aが(1)のように重篤な状態であったこと、Aの年齢や家族構成に鑑みれば、原告らが入院中Aの付添いをするのは極めて自然なことであり、上記交通費は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(3)  入院慰謝料 六万円

(1)記載の入院状況等に鑑みれば、上記額が相当である。

(4)  葬儀関係費 三五〇万円

Aの年齢、職業、社会的地位、家族構成等に鑑みれば、原告が請求する葬儀関係費のうち、葬儀費用として二〇〇万円、墓代及び埋葬料として一五〇万円を損害として認めるのが相当である(甲六及び七。枝番を含む。)

(5)  逸失利益 一億一六五五万四二九七円

ア 基礎収入

甲二二の二によれば、Aは、昭和六二年にb株式会社に入社し、平成一七年に四〇歳で部長に登用され、本件事故時までその地位にあったこと、同社は年俸制を採用しているが、評価が著しく低い場合を除き、通常年俸が下がることはないとされていること、Aの収入は通常年俸一二か月分と賞与一二か月分の合計であるが、平成二二年の収入一五〇九万六八〇〇円(甲一二)は、年俸一一か月分と賞与については決算期変更の影響から一五か月分の合計になっており、これを年俸、賞与とも一二か月分に修正すると年収一四四四万四六六七円となること、同社では定年後も六五歳までは継続して就労が可能であるところ、本件事故時の年俸額を前提とした定年後の年収見込額は五〇〇万円とされていることが認められる。

そうすると、四五歳から六〇歳まで(死亡時から同社の定年まで)の一五年間については、平成二二年の収入を上記のとおり修正した年収額と基礎年収とし、六〇歳から六七歳までの七年間については、Aの年収や社内での地位等に鑑み、定年後も少なくとも大卒男子の年齢別平均賃金と同等の収入が得られる蓋然性があると認め、本件事故時(平成二二年)の大卒男子平均賃金(六〇~六四歳)を基礎収入とするのが相当である。

イ 生活費控除率

Aの収入及び家族構成に鑑みれば、生活費控除率は三割とするのが相当である。アで認定した六〇歳までの基礎収入額は、同年代の男子平均賃金と比較すれば高額であるものの、Aやその家族の生活状況が平均的な所得額の家庭と著しく異なると推認すべき具体的事情が特にあるとはいえないから、生活費控除率をより高率にすべきという被告の主張は採用できない。

ウ 計算式

14,444,667円×(1-0.3)×10.3797=104,951,917円

5,955,100円×(1-0.3)×(13.1630-10.3797)=11,602,380円

104,951,917円+11,602,380円=116,554,297円

(6)  Aの死亡慰謝料 二八〇〇万円

Aの年齢、家族構成、事故態様等、本件事故に関する一切の事情に鑑みれば、上記額が相当である(なお、原告らは、原告らに対する慰謝料もA自身の損害として計上しているが、その内容に鑑みれば、遺族固有の慰謝料と解するのが相当であるから、下記(9)において、Aの損害とは別途認定することとする。)。

(7)  損益相殺

原告X1は、労災保険給付として葬祭料(葬祭給付)一五六万八八八〇円(甲一四の二)及び労災保険年金(遺族補償年金)七四二万二九六六円(平成二四年六月ないし平成二六年八月支払分。甲一四の一、甲一五の一ないし六)、人身傷害保険金として一八万円(甲一七)の各支払を受けた。

また、原告X1は、遺族基礎年金及び遺族厚生年金として、以下のとおり、合計六三三万五〇三一円(平成二三年三月ないし平成二七年四月支払分。甲一六の一ないし五、甲二六)を受給し、または受給することが確定した。

① 平成二三年三月及び四月支払分

合計六二万三六三二円(甲一六の一)

② 同年六月ないし平成二四年四月支払分

合計一四三万九二〇〇円(甲一六の二)

③ 同年六月ないし平成二五年四月支払分

合計一四三万四八〇〇円(甲一六の三)

④ 同年六月ないし一〇月支払分

合計七一万七三九九円(二三万九一三三円×三回。甲一六の四)

⑤ 同年一二月ないし平成二六年四月支払分

合計七一万〇一〇〇円(二三万六七〇〇円×三回。甲一六の五)

⑥ 同年六月ないし平成二七年四月支払分

合計一四〇万九九〇〇円(甲二六)

このうち、葬祭料については上記(4)(葬儀関係費)から、人身傷害保険金については、損害元本の合計額から控除するのが相当であり、労災保険年金(遺族補償年金)、遺族基礎年金及び遺族厚生年金については、その受給権者である原告X1の逸失利益についての相続分から控除するのが相当である。

なお、原告X1は、労災援護給付金(甲一五の一ないし六)及び労災特別支給金(甲一四の三)の支給も受けているが、これらの給付金は、その制度趣旨及び目的からして、第三者から受ける損害賠償と相互補完性を有するものとはいえないから、いずれも損益相殺の対象とはしないこととする。

(8)  相続等

(1)ないし(6)の合計額一億四八一三万三九五七円であり、これから(7)の葬祭料及び人身傷害保険金を控除した残額は一億四六三八万五〇七七円となる。

このうち、原告X1の相続分は七三一九万二五三九円(一円未満切上)、原告X2及び原告X3の相続分は各三六五九万六二六九円(一円未満切捨)であり、原告X1の相続分から、(7)の労災保険年金、遺族基礎年金及び遺族厚生年金を控除すると、残額は五九四三万四五四二円となる。

(9)  原告らに対する慰謝料

Aの年齢、家族構成のほか、本件事故後、当初は被告車とAとの接触や自らの責任を認めていたにもかかわらず(甲四の二一)、その後、上記二のとおり、不合理な供述に転じ、自らの責任を否定するに至ったという被告の態度及びそれにより原告らが受けた精神的苦痛等、本件に関する一切の事情を考慮すれば、原告X1に二〇〇万円、原告X2及び原告X3に各一〇〇万円の慰謝料を認めるのが相当である(甲四の二九、甲二八)。

(10)  弁護士費用

(8)及び(9)によれば、原告X1については六一四三万四五四二円、原告X2及び原告X3については各三七五九万六二六九円の損害が認められ、弁護士費用として、原告X1に六一四万円、原告X2及び原告X3に各三七五万円の損害を認めるのが相当である。

五  よって、原告らの請求は、被告に対し、原告X1について六七五七万四五四二円、原告X2及び原告X3については各四一三四万六二六九円、及びそれぞれに対する平成二二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、上記限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 餘多分亜紀)

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