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横浜地方裁判所 平成25年(ワ)680号 判決 2015年2月19日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、一四六二万二七三一円及びこれに対する平成二三年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二七三三万五〇一七円及びこれに対する平成二三年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

本件は、原告運転の自転車(以下「原告車」という。)と被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)について、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償金及びこれに対する本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(証拠を記載した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成二三年二月五日 午前九時四三分ころ

イ 場所 神奈川県藤沢市本鵠沼二丁目五番

ウ 被告車 普通乗用自動車(ナンバー<省略>)・被告運転

エ 原告車 自転車・原告運転

オ 態様 被告車が、戸塚区方面(東側)から茅ヶ崎市方面(西側)に向かう道路(以下「本件道路」という。)を走行し、左折して路外の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に進入しようとした際、後方から直進してきた原告車と衝突した。

(2)  治療経過等

ア 原告は、平成二三年二月五日、a病院に救急搬送され、右肩及び右手のレントゲン撮影を行い、右肩関節打撲傷、右手部打撲傷の診断を受けた(甲三、甲一六ないし二一)。

原告は、同月七日、b病院を受診し、頚椎及び右肩のレントゲン撮影を行い、頚部挫傷、右肩関節挫傷の診断を受けた後、同年三月二五日に同病院を再受診し、同月三〇日、右肩のMRI撮影を行い、右肩腱板断裂の診断を受け、同年一一月五日まで通院し(実通院日数四〇日)、同日をもって症状固定の診断を受けた(甲五、甲二二ないし二七)。

イ 原告は、平成二四年一月二三日、右肩関節の神経症状については、画像上、右肩腱板部分断裂が認められるものの、骨折等の外傷性の明らかな異常所見は認められないことなどから、本件事故と相当因果関係を有する傷害ではないとして、また、右肩関節の機能障害については可動域制限の原因となる客観的所見に乏しいとして、いずれも自賠責保険における後遺障害には該当しない旨の認定を受けた(乙三)。

これに対し、原告は、二回異議申立てをしたが、認定は変更されなかった(甲一五、乙四)。

(3)  被告は、原告に対し、本件事故について、治療費として五六万九二四六円を支払った(乙五)。

二  争点に対する当事者の主張

(1)  過失

(原告の主張)

ア 被告は、本件駐車場に左折進入するにあたり、少なくともその三〇m手前から左折の合図をした上で、予め被告車を道路左端に寄せ、歩道の直前で一時停止を行うべき注意義務があるにもかかわらず、これらの注意義務を怠り、原告車を左折直前に追い越した上で、左折とほぼ同時に合図を出し、後続車両の有無及び動静確認が不十分なまま、一時停止をせず、漫然と左折を行ったもので、その過失は重大である。

イ 原告は、原告車を運転するに当たり、前方を注視しており、その運行に関し、注意を怠っていない。被告がアのような態様で左折したため、原告において、被告車の左折を予め認識し、急制動をかけるなどして被告車との衝突を回避し得た可能性はなく、過失相殺の余地はない。

(被告の主張)

ア 被告は、本件駐車場に左折進入するため、二三・四m手前から徐行を開始し、一七・八m手前で左折開始の合図をして、一二・二m走行した後に左折を開始しており、左折とほぼ同時に合図を出したものではない。被告は、左折開始前に原告車が九・六m左後方を走行していることを確認しており、事故直前に原告車を追い抜いたのではなく、漫然と左折を行ったものでもないから、その過失は重過失と評価されるほどのものではない。

イ 仮に、被告に著しい過失又は重過失があるとしても、原告車は、自転車としては極めて高速で走行していたものと思われ、原告にも著しい過失又は重過失があったから、被告の過失割合は九〇%に留まる。

(2)  後遺障害の有無及び程度

(原告の主張)

ア 原告は、本件事故により、右手部打撲傷、頸部挫傷のほか、右肩腱板損傷(右腱板断裂)の傷害を負い、右肩関節の可動域に制限が生じており、これは自動車損害賠償保障法別表第二第一二級六号(以下、等級のみを記載する。)に該当する。

イ 原告には、本件事故より前に右肩関節の可動域に制限が生じていた事実はなく、本件事故発生日から右肩腱板損傷と診断されるまでの間に、本件事故以外に腱板損傷の原因となるような事故等を起こしたことはないから、本件事故と上記後遺障害との間に相当因果関係があることは明らかである。

(被告の主張)

ア 原告が本件事故によって右肩腱板断裂の傷害を負ったとは認められず、これに起因する右肩の疼痛や肩関節の可動域制限と本件事故との間には、相当因果関係は認められない。

イ 原告の右肩関節については、XP画像において明らかな骨折や脱臼が認められず、腱板断裂の診断に有用とされているT二強調画像では、腱板損傷の好発部位である大結節付着部付近の腱板においても、大結節付着部から肩甲骨付着部までの腱板全長においても、明らかに高輝度に変化している部位は確認できず、右肩腱板断裂を直接的に示す所見は認められない。

鑑定はT二*画像の所見から腱板断裂の存在を認めているが、生体の腱や靭帯は、密なコラーゲン繊維で構成されており、静磁場に対し角度依存性があることから、T二*画像は、腱板断裂の偽陽性を呈してしまう可能性があるため、腱板断裂の診断には適しておらず、T二*画像の所見のみを根拠として腱板断裂の所見が認められると結論づけることは相当でない。

上記T二*の所見は、腱板そのものの高輝度変化ではなく、上腕骨頭の骨頭内における嚢胞状変化(骨内にできた空洞)や関節液貯留を示しているもの(偽所見)であり、腱板断裂を直接に示す所見ではない。

ウ 原告の右肩関節については、画像上、腱損傷や神経損傷が認められず、かつ、その可動域(他動値)も、屈曲、外転及び内旋において、健側(左肩)の可動域角度の三/四以下に制限されていないから、関節機能に障害を残すものとは評価できない。

エ 右肩痛についても、原告がb病院の初診後、一か月半以上も病院を受診しておらず、MRI撮影についても医師から具体的な指示内容がなかったのであって、症状の重篤感は窺われず、将来においても回復が困難と見込まれる障害とは考えられない。

(3)  損害

(原告の主張)

ア 治療費 五八万四八〇七円

イ 診断書作成費用 一万〇五〇〇円

ウ カルテ開示費用 七九三〇円

エ 休業損害 一〇万円

原告の給与は月額六〇万円(平成二三年二月の就労日数二〇日)であり、原告は本件事故により三日欠勤したから、上記の休業損害を請求する。

オ 後遺障害逸失利益 一九九一万一七八〇円(九〇〇万円×一四%×一五・八〇三)

原告は、本件事故による右肩の可動域制限のため、自動車の運転ができなくなったほか、書類の受渡し、ドアの開閉、荷物の運搬等の通常業務においても右肩に痛みを感じ、業務に支障が出ている。本件事故後も減収なく雇用が継続されているのは、原告の努力やこれに対する雇用主の信頼のためであり、減収が生じていないとしても後遺障害による経済的不利益が生じていることは明らかであるから、労働能力喪失率は一四%とすべきである。

また、原告は、本件事故当時、三八歳であったが、市議会議員、議員秘書、県知事秘書等の経歴が長く、その実績を高く評価され、何度も複数の政党から国政選挙への立候補の打診を受けており、将来的に国政の議員になる可能性が高く、仮に議員にならなくても議員秘書としての需要が高い。議員及び議員秘書の多くが七〇歳を過ぎても職務を行っている現状からすれば、少なくとも七〇歳まで議員又は議員秘書として就労することが可能であるから、労働能力喪失期間は三二年とすべきである。

カ 入通院慰謝料 一三九万円

キ 後遺障害慰謝料 二九〇万円

ク 弁護士費用 二四三万円

(被告の主張)

ア ア、ウ及びカは認め、その余はいずれも争う。

イ 休業損害

原告の休業損害は日額二万円程度と評価すべきであり、本件における休業損害は六万円程度が限度である。

ウ 後遺障害逸失利益

原告の主張する右肩関節部の症状及び機能障害はいずれも後遺障害に該当しないが、仮に、該当する残存症状が認められるとしても、原告の職業は国会議員の公設秘書であって、その給与は給与表に基づいて勤務経験と年齢によって形式的に算定されるものであるから、その職務の性質上、現在または未来における収入減は認められず、逸失利益を認める余地はない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)について

(1)  証拠(甲三〇の一ないし三、甲三一、乙一、乙九、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件道路は片側一車線の見通しの良い直線道路で、制限速度は時速四〇kmであり、被告車走行車線の幅員は五・〇m(車道外側線の左側部分〇・七mを含む。)である。本件道路は、歩車道の区別のある道路であるが、本件事故現場は、縁石が途切れ、本件駐車場への入口となっている。

イ 原告車は、通常の自転車よりも高速走行が可能ないわゆるスポーツタイプの自転車であり、原告は、本件事故時、時速三〇ないし三五km程度の速度で、本件道路の外側線のやや右側を走行していた。

ウ 被告は、本件事故直後に行われた実況見分において、被告車は、車線のほぼ中央部(被告車の運転席が道路左端から三・一mの地点となる位置)を走行していたが、本件駐車場に左折進入するため、左折開始地点の一七・八m手前の地点から減速し、そこから五・六m進行した地点で左折開始の合図をし、さらに八・一m進行した地点で左後方九・六mの地点に原告車を確認した上で、左折を開始したと説明した。なお、原告は、本件事故後、病院に救急搬送されたため、上記実況見分には立ち会っていない。

(2)  以上によれば、被告車が左折の合図を出した時期や地点、及び被告車が原告車を追い抜いた地点については争いがあり、これを明確に認定するに足りる適確な証拠があるとはいえないものの、以下のとおり、本件においては、過失相殺をするのは相当でないというべきである。

すなわち、左折の合図については、被告の指示説明(上記(1)ウ)を前提としても、左折の合図をした地点から左折を開始した地点までの距離は一二・二m(17.8m-5.6m)しかないから、これが、制限速度で走行している後続車において、前方の車両が左折することを認識し、これとの衝突を安全に回避するための措置を取ることを可能とするものであったとは言い難い。

また、被告は、見通しのよい直線道路を時速三〇ないし三五km程度で走行しているスポーツタイプの原告車を暫く追従した後に追い越したのであるから、仮に、被告において、追い越した時点で原告車の速度を正確に判断することは困難であったとしても、少なくとも原告車が通常の自転車よりも相当高速で走行していることは認識できたと考えるのが自然である。さらに、被告は、原告車を追い越した後に減速しており、左折開始直前に原告車が自車の左後方九・六mの地点にいることを確認したというのであるから、その時点において、原告車が被告車に追いつきつつあることを容易に認識し得たというべきであり、それにもかかわらず、あえて左折を開始した過失は重大というべきである。

なお、本件道路は歩車道の区別のある道路であるから、被告には、車道から歩道に進入するにあたり、歩道手前でいったん停止すべき義務があるところ、被告が停止した事実は認められず、左折時に十分に速度を落とし、徐行をしていたかにもやや疑問がある。本件事故は、歩道上の事故ではないものの、被告車が左折時に十分に減速し、歩道手前で停止していれば、原告車において進路や速度を調整することにより衝突を回避し得る可能性もあったといえるから、被告の上記停止義務違反が本件事故の回避可能性に全く影響していないとはいえない。

他方、原告としても、通常の自転車と比較して相当高速で走行している以上、通常の自転車を走行する場合よりも、車間距離の維持等について高度な注意義務があるといえる。

しかし、上記のとおり、被告車の左折合図が遅れたことからすると、原告がこれを認識してから衝突回避の措置を講じるのは困難であったというべきであり、原告車が制限速度以下で車道左端を走行していたのに対し、被告車が交差点ではない場所において、道路左側端に寄ることなく、走行車線のほぼ中央部から左折を開始していることに鑑みると、原告において事前に被告が左折することを予期し得る状況にはなく、被告車の左側を直進していたにすぎない原告車の走行態様に特に問題があったともいえない。

そうすると、仮に、原告が被告の合図を認識するのが多少遅れたとしても、被告側の過失と比較して、原告側に過失相殺をすべき重大な過失があったとはいえない。

二  争点(2)について

(1)  証拠(甲五、甲二七、鑑定書及びその追加書面、原告本人)によれば、原告は、本件事故により、右肩腱板部分断裂の傷害を負い、症状固定時において、下記のとおり、右肩関節の可動域の制限があることが認められ、その主要運動である屈曲及び外転においては、他動で患側(右側)が健側(左側)の四分の三を五度上回る程度であって、自動では患側が健側の四分の三を下回り(なお、鑑定書においては、肩腱板損傷は自動の可動域が障害される病態であるとされている。)、かつ、参考運動である外旋及び伸展においては、他動で患側が健側の四分の三を下回っており、現在もその症状が継続していることが認められるから、一二級六号に相当する後遺障害が残存しているというべきである。

(右肩関節の可動域測定値)

屈曲 他動 右一二五度、左一六〇度

自動 右一一〇度、左一六〇度

外転 他動 右一四〇度、左一八〇度

自動 右一〇〇度、左一七五度

内旋 他動 右九〇度、左九〇度

自動 右九〇度、左九〇度

外旋 他動 右四〇度、左六五度

自動 右二五度、左六〇度

伸展 他動 右五〇度、左七五度

自動 右三〇度、左七〇度

(2)  被告は、MRI画像(甲二七)の所見からは、腱板断裂の存在は認められないと主張し、乙六ないし八にはこれに沿う記載がある。しかし、同じ画像を資料とした自賠責の事前認定においても、右肩腱板断裂の存在自体は否定されておらず(甲一五、乙三、乙四)、一般的に偽所見の可能性があるとしても、鑑定の結果を覆すに足りる具体的な根拠があるとまではいえない。

また、原告が本件事故前に右肩に何らかの傷害を負ったことは認められないところ、原告は、本件事故で原告車とともに転倒し、その直後に受診したa病院において右肩痛及び右手部痛を訴え(甲一六)、肩関節の可動域の制限(自動・他動の区別は不明であるが、屈曲八〇度、外転六〇度)があり、医師から肩板損傷の可能性があると指摘された(甲一九)。原告は、同医師から、可動域制限が続く場合には近医でMRIを撮ってもらうように言われていたため、その二日後にb病院を受診したところ、肩関節の可動域は、屈曲が他動九〇度、自動八〇度、外転が他動七〇度、自動六〇度であり、症状の改善がなければMRI撮影を検討する旨診断された(甲二四・一頁)。その後、原告は、職務上多忙な時期に重なったため、同年三月二五日まで同病院を受診しなかったが、可動域の制限は改善しておらず、同日の再受診時、直ちに腱板損傷等精査のためMRI撮影を行うことが決まり、同月三〇日にMRI撮影が行われた結果、医師から右肩腱板部分断裂との診断を受けるとともに、週一ないし二回の関節可動域訓練及び温熱療法の開始を指示された(甲二四・三頁)。同日における右肩関節の可動域(他動)は、屈曲九〇度、外転九〇度、外旋〇度(甲二四・四頁)であったが、その後定期的に通院してリハビリを受け(甲一一の一ないし一一)、(1)のとおり、可動域の改善が認められた。

かかる経過に鑑みれば、上記右肩腱板断裂は、本件事故により生じたものと認めるのが合理的である。b病院の初診時に、通院の指示や症状改善がない場合に再受診すべき具体的な時期についての説明がなかったこと、本件事故が職務上極めて多忙な時期と重なったこと(甲三一)も考慮すれば、再受診までに一か月半が経過していたことをもって、経過が著しく不自然であるともいえない。なお、腱板断裂の多くは加齢に伴う変性性の断裂であり、断裂しても症状が出ない場合があるとする文献(乙七添付文献「肩関節のMRI」一三三頁)があり、甲一五には、本件事故当日に撮影されたレントゲン画像上、右肩関節部に骨折や脱臼等の器質的損傷のほか、外力が加わったことを窺わせる腫脹等は認められず、経年性の変性を窺わせる部分断裂が窺われる旨の記載があるが、本件事故の態様やその直後に原告が右肩及び右手部の痛みを訴えていることからすると、右肩から右手にかけての部分に直接衝撃を受けたと推認するのが自然であって、原告の年齢(事故時三八歳)においてどの程度の割合で経年性の肩腱板部分断裂が生じるのかも明らかでない以上、上記腱板断裂が本件事故以外の要因により生じたと疑うべき具体的根拠があるとはいえないものと考える。

三  争点(3)について

(1)  治療費(薬局代含む) 五八万四八〇七円(争いなし)

(2)  診断書作成費用 一万〇五〇〇円(甲六)

(3)  カルテ開示費用 七九三〇円(争いなし)

(4)  休業損害 六万円

甲七によれば、本件事故前の原告の月給は六〇万円であって、事故後の欠勤が三日であることが認められるから、以下のとおり、休業損害を算定するのが相当である。

(計算式)

600,000円÷30日×3日=60,000円

(5)  後遺障害逸失利益 八九〇万八七四〇円

ア 証拠(甲二九、甲三〇、原告本人)によれば、原告は、平成一一年から平成一五年まではc市議会の議員を務めた後、平成一六年に、衆議院議員(本件事故時はd県知事、現在は参議院議員)の秘書となり、その事務所所長を務めるに至り、現在は同議員の公設秘書であること、原告の職務には、同議員が移動する際の自動車の運転のほか、荷物の運搬、選挙時の応援活動やその補助等の種々の作業が含まれているが、本件事故により右肩の可動域に制限が生じたため、安全上、自動車の運転を控えるようになり、他の作業にも支障が出ていること、原告が運転等の作業に替えて、法規の習熟に努めたり、労働時間を増やしたりするなどの努力を行っており、同議員も従前からの勤務態度等に鑑み、業務の範囲が狭められた部分があっても従前どおりの雇用を継続していることが認められる。

そうすると、右肩関節の可動域制限の程度が(1)のとおりであることに加え、本件事故後も減収は生じておらず、また、公設秘書である間は具体的に減収のおそれがあるともいえないものの、その身分は通常の公務員と異なり、安定しているとはいえないこと、本件事故後に減収がなかったのは、本人の努力や上記議員との個人的な信頼関係によるものと考えられることに鑑みると、症状固定前年の年収九〇〇万円(甲八)を基礎収入とし、一〇%の労働能力喪失を認めるのが相当である。

イ もっとも、原告は、症状固定時に三九歳であって、既に七年程度の議員秘書経験を有し、議員事務所の所長という立場にあったところ、議員秘書という業務の専門性に鑑みれば、原告が更にその経験を重ねることによって、その労働能力の評価において現在後遺障害により支障を受けているような諸作業への従事が重視される程度は逓減していくと考えられること、議員へ転身する場合に後遺障害が何らかの支障となる可能性があるとしても、議員という職務の特質に鑑み、それを労働能力の喪失として評価するのは相当と言い難いこと、現時点において、原告が通常よりも高齢まで就労する蓋然性があるとまではいえないことなどを考慮し、労働能力喪失期間については、三九歳から六七歳までの就労可能期間二八年の半分である一四年とする。

ウ 計算式

9,000,000円(甲8)×10%×9.8986=8,908,740円

(6)  入通院慰謝料 一三九万円

本件事故の態様、傷害の内容程度、通院期間等に鑑みれば、上記額が相当である。

(7)  後遺障害慰謝料 二九〇万円

上記二(2)のとおり、原告には一二級相当の後遺障害の残存が認められるから、その慰謝料としては、上記額が相当である。

(8)  既払金控除後の損害額 一三二九万二七三一円

(1)ないし(7)の合計一三八六万一九七七円から五六万九二四六円(前提事実(3))を控除した額

(9)  弁護士費用 一三三万円

上記(8)の約一割に相当する上記額を認めるのが相当である。

(10)  合計 一四六二万二七三一円

四  よって、原告の請求は、被告に対し、一四六二万二七三一円及びこれに対する平成二三年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、上記限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官 餘多分亜紀)

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