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横浜地方裁判所 平成25年(行ウ)68号 判決 2014年4月23日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点1(本案前の争点)について

(1)  監査請求期間

住民訴訟は、適法な監査請求を経ていることが、訴訟要件の一つとして必要であるところ(法242条の2第1項)、監査請求は、対象となる財務会計上の行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは、正当な理由がない限り、これをすることができない(法242条2項)。ここにいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができたかどうか、また、当該住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には、当該住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁)。また、通常の注意力ではなく相当の注意力をもってする調査を上記正当な理由の有無の判断基準としていることからすると、住民が相当の注意力をもってする調査については、新聞等による報道や地方公共団体の広報誌等によって受動的に知った情報だけに注意を払っていれば足りるものではなく、住民であれば誰でもいつでも閲覧等をすることができる情報については、それが閲覧等をすることができる状態に置かれれば、そのころには住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができるものと解すべきである(最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・裁判集民事207号111頁参照)。

そして、神奈川県情報公開条例(平成12年3月28日条例第26号。以下、「県情報公開条例」という。)は、何人も、条例の定めるところにより、実施機関に対し、当該実施機関の管理する行政文書の公開を請求することができる旨(同4条)、当該請求があった場合、実施機関は、非公開とすべき事由がある場合を除いて、当該行政文書を公開しなければならない旨(同5条柱書)を定めている。このように、県の住民であれば誰でもいつでも、県情報公開条例に基づき、実施機関に対し、財務会計上の行為があった日から近接した日において、当該財務会計上の行為に関する行政文書の情報公開請求をすることができ、その開示を受けることにより、原則として、財務会計上の行為の内容を知ることができることとなる。そうであるとすれば、財務会計上の行為が存在することが一般に知り得る状況にあるなど、情報公開請求を行う手がかりがある場合には、たとえ情報公開請求を行ったとしても、非開示とすべき事由があり、当該財務会計上の行為の内容を知ることができないことが想定されるなどの事情がない限り、県の住民は、当該財務会計上の行為に関する行政文書の情報公開請求をすることが可能となった時期から開示を受けるまでに通常要する期間が経過した時点で、相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をすることができる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたものと解するのが相当である。

(2)  認定事実等

基礎となる事実、括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、又は当裁判所に顕著である。

ア  別件訴訟の経緯

(ア) 平成19年11月28日、別件訴訟が提起された。a新聞、b新聞、c新聞、d新聞及びe新聞は、翌29日、その旨を報道した(甲6ないし10)。

(イ) 平成20年2月4日付けで本件委任契約1が締結された。

(ウ) 平成20年2月22日付けで、本件委任契約1に基づく着手金として、126万円の支出が執行された。

(エ) 平成21年12月14日開催の県議会の環境農政常任委員会及び平成22年1月21日開催の同委員会の調査会において、それぞれ別件訴訟の経過や県としての対応等について質疑応答が行われ、その資料には別件訴訟に関する記載がある。この資料や議事録は、県政情報センターや県議会図書室において閲覧することができる(乙3ないし6、弁論の全趣旨)。

(オ) 横浜地方裁判所は、平成23年10月5日、別件訴訟について別件訴訟原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。b新聞は、同日、別件訴訟の経過等について報道し、a新聞、b新聞、c新聞、d新聞及びe新聞は、翌6日、上記判決結果等について報道した(甲11ないし14、乙2の1・2)。

(カ) 別件訴訟原告は、平成23年10月18日、上記(オ)の判決に対して控訴した。a新聞は、同月20日、その旨を報道した(甲15)。

(キ) 法律雑誌であるf誌1932号(平成23年10月25日号)及びg誌1379号(同年12月1日号)には、それぞれ別件訴訟の第一審判決に関する記事が掲載され、その判決文の一部が引用されており、その当事者欄には、被告県の訴訟代理人としてA弁護士らの記載がある(乙8、9)。

(ク) 平成23年11月11日付けで、本件委任契約1に基づき、報酬金231万円の支出が執行された。

(ケ) 平成24年2月3日付けで本件委任契約2が締結された。

(コ) 平成24年2月14日付けで、本件委任契約2に基づく着手金として、126万円の支出が執行された。

(サ) 東京高等裁判所は、平成24年3月21日、別件訴訟について、控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

(シ) 平成24年3月30日付けで、本件委任契約2に基づく報酬金として、231万円の支出が執行された。

(ス) f誌1957号(平成24年11月10日号)には、上記控訴審判決に関する記事が掲載され、その判決文の一部が引用されており、その当事者欄には、被控訴人県の訴訟代理人としてA弁護士らの記載がある(乙11)。

イ  県臨時特例企業税訴訟に関する経緯

(ア) 県臨時特例企業税訴訟は、神奈川県臨時特例企業税条例に基づく課税処分について、同条例が違法無効かどうかが争われた事案であるが、横浜地方裁判所は、平成20年3月19日、同事件原告の請求を認容する判決を言い渡し、県は、同月28日、これを不服として控訴した(当裁判所に顕著な事実)。

(イ) 平成21年6月25日に開催された神奈川県議会定例会において、B議員は、県臨時特例企業税訴訟の第一審判決に対する知事の所見、裁判費用、弁護士の選定理由及び契約内容等に関して質問し、県知事は、税務訴訟に精通し、学識者等ともつながりの深い弁護士を選定したこと、裁判費用に関して、弁護士報酬が第一審、控訴審それぞれ約1億2000万円であり、それ以外にも、学識者等の意見書の作成費用等があることなどを回答した。なお、上記回答に関する県議会議員による再質問はなかった(甲18)。

(ウ) e新聞は、平成23年11月16日、「『破格』 県の弁護士報酬」という見出しで、県臨時特例企業税訴訟において、3億円を超える弁護士報酬が支払われたことについて、訴外かながわ市民オンブズマンが「法外な報酬」などと批判している一方、県税制企画課が「敗訴となれば県の財政圧迫は避けられない」などと説明している旨を報道した(乙14)。

(エ) 東京高等裁判所は、平成22年2月25日、県臨時特例企業税訴訟について、第一審判決を取り消し、同事件原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡し、その上告審である最高裁判所は、平成25年3月21日、上記控訴審判決を破棄し、被上告人県の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(当裁判所に顕著な事実)。

ウ  その後の経緯

(ア) 平成25年6月19日に開催された県議会定例会において、C議員は、県知事に対し、県が支払う弁護士報酬に関して、著しく困難な事件とされる裁判の弁護士報酬を270万9000円(なお、消費税相当額を加算した金額である。)とする基準を内規として県が定めていること、過去10年の裁判記録をみると、本件基準外の金額を適用した事案が4件あったこと、別件訴訟は、県臨時特例企業税訴訟以外で唯一、県法律顧問以外の弁護士を訴訟代理人としたものであること、別件訴訟の弁護士報酬が、第一審及び控訴審の合計で714万円であることをそれぞれ指摘した上で、県臨時特例企業税訴訟が高額な弁護士報酬となった理由、県臨時特例企業税訴訟と別件訴訟の弁護士報酬の違いについて質問した。これに対し、県知事は、県臨時特例企業税訴訟が、地方自治体が条例により独自に創設した税について最高裁判所が判断を示した初めての訴訟であったことなど、弁護士費用が高額となった理由について回答する一方、別件訴訟については、県の公金支出が違法であるとして県知事に損害賠償等を求める典型的な住民訴訟であり、類似の先例も多くあり、県においても同様の訴訟が過去10年間に13件あったことなどを回答した(甲3)。

(イ) 上記(ア)の県議会定例会の議事録は、平成25年9月上旬、県の住民が閲覧することができるようになった(弁論の全趣旨)。

(ウ) 原告は、平成25年10月6日付けで、本件監査請求を行った。なお、本件監査請求には本件各委任契約の契約書の写しが添付されている(甲1)。

(3)  検討

認定事実によれば、別件訴訟については、訴訟提起、第一審判決の言渡し及び控訴の各事実について新聞で報道されていたこと、県議会の環境農政常任委員会でも、訴訟の経過等が取り上げられており、その資料や質疑応答が閲覧の対象となっていたこと、判例誌上にも、第一審判決については平成23年10月25日号及び同年12月1日号に、控訴審判決については平成24年11月10日号に、その判決文が掲載されたことがそれぞれ認められる。このように、別件訴訟の内容及び経過については、県の住民において、上記新聞報道や雑誌等により、一般的に知られたものであったということができる。そして、別件訴訟が、報道の対象となるような社会的関心を集めるものであり、その請求額も多額であることからすれば、県が訴訟追行を弁護士に委任するであろうことは、県の住民においても容易に想定することができたというべきであり、また、代理人弁護士の氏名は、上記各雑誌にも記載されていた。そうすると、別件訴訟の内容及び経過にとどまらず、県が訴訟追行を弁護士に委任していたことについても、県の住民において、上記新聞報道や雑誌等により、一般的に知り得る状況にあったということができる。したがって、本件各委任契約が存在することは、上記新聞報道や雑誌等により、県の住民において、一般的に知り得る状況にあり、その内容について調査するために、情報公開請求を行う手がかりがあったものと認めることができる。

次に、情報公開請求を行うことが可能となった時期についてみると、本件委任契約1については、第一審判決の言渡しがあったことが平成23年10月6日に新聞報道され、その判決文を引用し、県が訴訟代理人として弁護士を選任した旨の記載がある雑誌が同月25日に発行されたことが認められるところ、遅くとも、同日ころには、県の住民において、県情報公開条例に基づき、本件委任契約1の契約書等について情報公開請求を行うことが可能となったものということができる。また、本件委任契約2についても、平成23年10月20日に別件訴訟で控訴があったことが新聞報道され、また、その判決文を引用し、県が訴訟代理人として弁護士を選任した旨の記載がある雑誌が平成24年11月10日に発行されたことが認められることからすると、遅くとも、同日ころには、本件委任契約2の契約書等について情報公開請求を行うことが可能となったものということができる。

そして、認定事実のとおり、原告が、本件監査請求をするに当たり、事前に本件各委任契約の契約書を入手していたことに加えて、原告が本件基準に係る文書を書証として当裁判所に提出していることからすると、本件各委任契約の契約書及び本件基準に係る文書については、非公開とすべき事由はなく、県の住民であれば誰でも、情報公開請求を行うことにより、入手することが可能であったものと考えられる。したがって、県の住民が、本件各委任契約及び本件基準に関する文書について情報公開請求を行ったとしても、非開示とすべき事由があり、その内容を知ることができないことが想定されるなどの事情があるとは認められない。

以上のとおり、平成25年10月6日付けでなされた本件監査請求は、本件委任契約1については上記情報公開請求が可能となった日から約1年11か月が経過した後に行われたものであるから、上記期間が、情報公開請求から開示を受けるまでに要する期間を含むものであることを考慮したとしても、県の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件各委任契約の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内にされたものと認めることはできない。また、本件委任契約2については、監査請求期間内に情報公開を受けて監査請求をすることが可能であったと考えられ、仮にそうでなかったとしても、本件監査請求は、本件委任契約2に関する情報公開請求が可能となった日から約11か月が、経過した後に行われたものであるから、上記期間が、情報公開請求から開示を受けるまでに要する期間を含むものであることを考慮したとしても、県の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件各委任契約の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内にされたものと認めることはできない。なお、このことは、監査請求の対象となる財務会計上の行為を報酬の支出行為ととらえたとしても、これを違法、不当とすべき事由が各委任契約にある以上、異なるところはないというべきである。

これに対し、原告は、本件において、県の住民が監査請求を検討し得るのは、弁護士報酬が本件基準を超えているという疑いを持ち、本件基準を超える報酬の支払に特別の理由がないと考える時であり、それは、平成25年6月の県議会定例会の質疑に係る議事録が住民の閲覧に供された平成25年9月10日ころである旨を主張する。

しかしながら、法242条2項は、財務会計上の行為は、たとえそれが違法、不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないことから、本文において監査請求期間を定めるとともに、その趣旨を貫くのが相当ではない場合があり得るため、正当な理由がある場合には、例外として、監査請求をすることができることとしたものと解されるところ、このような趣旨にかんがみれば、県の住民が、相当の注意力をもって調査したといえるためには、報道機関の報道や県議会における質疑応答等、受動的に知り得る情報のみに注意を払っていれば足りるものではなく、情報公開請求を行う手がかりがあると認められる限り、県の住民において、情報公開請求等を行うなどして調査することが必要であると解することが、その趣旨に沿うものというべきである。また、認定事実によれば、別件訴訟とは異なる訴訟ではあるが、県臨時特例企業税訴訟について、平成21年6月25日の県議会定例会における質疑応答において、その弁護士報酬が約1億2000万円であることが明らかにされたこと、平成23年11月16日には、県臨時特例企業税訴訟の弁護士報酬について「法外な報酬」などと批判されている旨の記事がe新聞に掲載されたことがそれぞれ認められるところ、このような背景事情にかんがみれば、前記のとおり、第一審判決の判決文を掲載した雑誌が発行された同年10月25日ころの時点及び控訴審判決の判決文を掲載した雑誌が発行された平成24年11月10日ころの時点で、それぞれ別件訴訟に係る本件各委任契約の存在を知ることができた以上、県の住民が、県臨時特例企業税訴訟に関する報道等を手がかりとして、別件訴訟においても、弁護士報酬の当否に疑いを持ち、調査検討を開始し、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件各委任契約の内容を知ることが可能であったというべきである。したがって、原告の上記主張は採用し得ない。

なお、本件全証拠に照らしても、法242条2項ただし書の正当な理由の有無について判断するに当たり、異なる判断基準によるべき特段の事情があるとは認められない。

(4)  小括

よって、本件監査請求は、法242条2項本文が定める監査請求期間を経過した後になされたものであり、同項ただし書にいう正当な理由があると認めることもできないから、本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経たものとはいえず、不適法である。

2  結論

以上によれば、本件訴えは、いずれも不適法であるから、これらを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 倉澤守春 穗苅学)

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