横浜地方裁判所 平成25年(行ウ)69号 判決 2014年9月10日
主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
処分行政庁が平成24年12月28日付けでa社に対してした都市計画法29条に基づく開発行為の許可(平成24年鎌倉市指令開第7―15号)を取り消す。
第2事案の概要
本件は、都市計画法(以下「都計法」という。)29条1項に基づき処分行政庁が開発行為の許可をしたことについて、開発区域の周辺に居住する原告らが処分行政庁の所属する被告に対しその取消しを求める事案である。
1 関係法令等の定め
(1) 神奈川県鎌倉市内の都市計画区域において開発行為(主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいう(都計法4条12項)。)をしようとする者は、あらかじめ処分行政庁の許可を受けなければならない(都計法29条1項、事務処理の特例に関する条例(平成11年神奈川県条例第41号)3条、別表139の項1号)。
(2) 都計法33条1項によれば、処分行政庁は、開発許可(都計法29条1項又は2項の許可をいう(都計法30条1項)。)の申請があった場合において、当該申請に係る開発行為が都計法33条1項各号掲記の基準に適合しており、かつ、その申請の手続が都計法又はこれ基づく命令の規定に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならない。同項各号のうち本件に関係するものは3号と7号であり、その規定の内容は次のとおりである。
3号 排水路その他の排水施設が、①当該地域における降水量、②開発区域の規模、形状及び周辺の状況、③開発区域内の土地の地形及び地盤の性質、④予定建築物等の用途、⑤予定建築物等の敷地の規模及び配置並びに⑥放流先の状況を勘案して、開発区域内の下水道法2条1号に規定する下水を有効に排出するとともに、その排出によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるように設計が定められていること。この場合において、当該排水施設に関する都市計画が定められているときは、設計がこれに適合していること。
7号 地盤の沈下、崖崩れ、出水その他による災害を防止するため、開発区域内の土地について、地盤の改良、擁壁又は排水施設の設置その他安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること。この場合において、開発区域内の土地の全部又は一部が宅地造成等規制法3条1項の宅地造成工事規制区域内の土地であるときは、当該土地における開発行為に関する工事の計画が、同法9条の規定に適合するものであること。
(3) 都計法34条によれば、処分行政庁は、都計法33条の規定にかかわらず、市街化調整区域に係る開発行為については、当該申請に係る開発行為及びその申請の手続が同条に定める要件に該当するほか、当該申請に係る開発行為が都計法34条各号のいずれかに該当すると認める場合でなければ、開発許可をしてはならない。同条各号のうち本件に関係するものは14号であり、その規定の内容は次のとおりである。
14号 前各号に掲げるもののほか、処分行政庁が神奈川県開発審査会(以下「開発審査会」という。)の議を経て、開発区域の周辺における市街化を促進するおそれがなく、かつ、市街化区域内において行うことが困難又は著しく不適当と認める開発行為
(4) 神奈川県知事は「神奈川県開発審査会提案基準」(以下「提案基準」という。)を定めている。提案基準18(乙8)は、市街化調整区域における開発許可の申請があった場合に、都計法34条14号に該当するものとして許可相当として開発審査会に付議するための基準のうち既存宅地に係るものであり、「既存宅地に係る提案基準は、申請の内容が次の各項に該当するものとする。」とした上で、「基準の内容」の2項(基準2)において次のとおり規定している。
「申請地が、市街化調整区域に関する都市計画の決定の日前において、次のいずれかに該当する土地であり、その後現在に至るまで継続して当該要件に該当していること又は過去に開発審査会提案基準18の許可を受けた宅地であること。
(1) 土地登記簿における地目が宅地とされていた土地
(2) 固定資産課税台帳が宅地として評価されていた土地
(3) 宅地造成等規制法の許可を受けて造成した土地
(4) 建築基準法に基づく道路位置指定の申請をして造成した土地
(5) 建築基準法に基づく工作物の確認を受けて造成した土地
(6) 建築物を建てる目的で農地転用許可を受けて、建築物を建築した土地
(7) 建築確認を受けて、建築物を建築した土地
(8) その他建築物の敷地であることが明らかであると認められる土地」
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに括弧内掲記の証拠等及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 開発許可(甲1、15)
処分行政庁は、鎌倉市<以下省略>の合計3374.50m2の土地を開発区域(以下「本件開発区域」という。)とするa社(以下「申請者」という。)からの開発許可の申請に対し、平成24年12月28日付け鎌倉市指令開第7―15号をもって開発許可(以下「本件許可」という。)をした。
本件開発区域は、昭和45年6月に市街化調整区域に定められた区域にある。
(2) 本件開発区域に対する他の法令による規制(争いがない。)
本件開発区域は、第2種風致地区及び宅地造成工事規制区域に指定されており、その一部は土砂災害警戒区域に指定されている。
第2種風致地区とは、「良好な自然環境を有し、又は周辺に特に良好な自然環境が存し、これらの自然環境と調和した土地利用がされるよう建築物の建築等を規制する必要がある土地の区域」(鎌倉市風致地区条例(平成25年鎌倉市条例第22号)6条1項2号)として同条例8条1項に基づき指定されたものをいう(同条例付則2項、風致地区条例(昭和45年神奈川県条例第5号)4条の3。なお、都計法8条1項7号、9条21項、58条1項参照)。宅地造成工事規制区域とは、「宅地造成に伴い災害が生ずるおそれが大きい市街地又は市街地となろうとする土地の区域であって、宅地造成に関する工事について規制を行う必要があるもの」として宅地造成等規制法3条に基づき指定されたものをいう。土砂災害警戒区域とは、「急傾斜地の崩壊等が発生した場合には住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域で、当該区域における土砂災害…を防止するために警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域として政令で定める基準に該当するもの」として土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(以下「土砂災害法」という。)6条に基づき指定されたものをいう。
(3) 原告らの居住地(乙2)
原告らの住居は、いずれも本件開発区域から25m以内にある。
(4) 本件許可の経緯(甲1、7、9、10から13まで、15、乙4)
ア 申請者は、平成24年9月28日、本件開発区域につき、予定建築物等の用途を「専用住宅」とし「自己の居住の用」に供するものとして、開発許可の申請書(甲10)を処分行政庁に提出した(以下「本件申請」という。)。申請書のうち都計法34条の該当号及び該当する理由を記載する欄は空欄となっていたが、処分行政庁による審査の後、同条14号と追完された(乙4)。
イ 処分行政庁は、本件申請につき、提案基準に従い都計法34条14号該当として許可するのが相当であるものとして開発審査会に付議すべきであると判断し、同年11月30日に開発審査会に付議し、その後一部修正して同年12月14日に再度付議した。その際、処分行政庁は、提案基準18の2項(基準2)に関しては、(8)に該当するとした。
開発審査会は、同年12月21日、この付議について審議をした上で承認し、処分行政庁に通知した。
ウ 処分行政庁は、同月28日、本件申請が都計法34条14号に該当し、その他の許可基準も満たしているとして、申請者に対し本件許可をした(甲1、15)。
(5) 不服申立て及び本件訴えの提起(甲2、当裁判所に顕著な事実)
原告X1は平成25年1月15日付けで、その余の原告らは同年2月15日付けで、本件許可について開発審査会に対し審査請求をしたが、開発審査会は、同年10月22日、原告X3、同X4及び同X5の請求を却下し、原告X1及び同X2の請求を棄却する裁決をし、その頃原告らに通知した。
原告らは、同年12月25日、本件訴えを提起した。
(6) 検査済証の交付(乙1)
本件許可に係る開発行為に関する工事が完了したため、処分行政庁は、平成25年12月13日にその検査をした。その結果当該工事は本件許可の内容に適合していると認められ、処分行政庁から申請者に対し同月26日付けの検査済証が交付された。
3 争点
(1) 訴えの利益の存否
(原告らの主張)
本件許可に関する工事は完了しているが、それだけで訴えの利益を否定することはできない。
申請者は本件申請に係る予定建築物とは大幅に異なる10区画の分譲住宅地を造成する計画を企図しそれに沿う造成をしているから、そもそも本件許可に係る工事が完了したとはいえない。
また、申請者は予定建築物についてまだ建築確認の申請すらしていない。本件許可が取り消されれば、当該建築物について建築確認の申請をすることができず(建築基準法施行規則1条の3第1項1号ロ(1)、表2の(77)項参照)、仮に申請したとしても適法な建築確認を得ることはできない。そうすると、原告らは、予定建築物の工事が完了するまでは本件許可の取消しを求める訴えの利益を有するというべきである。これと異なる最三小判平成11年10月26日裁判集民194号907頁(判例時報1695号63頁)は不当である。
(被告の主張)
本件許可に係る工事は完了し、検査済証の交付がされている。本件許可を取り消すことによって原告らは何らの法的利益も得られないのであるから、本件許可の取消しを求める訴えの利益はない。
(2) 原告適格
(原告らの主張)
本件許可取消しの訴えの原告適格については、都計法33条1項のほか、34条及び7条、土砂災害法、「鎌倉市開発事業における手続及び基準等に関する条例」(平成14年鎌倉市条例第5号)等の趣旨及び目的を参酌して判断すべきである。原告らは本件許可に係る開発行為によりこれらの法令で保護されている居住環境が著しく侵害され、土砂災害により身体の安全が害され、財産の被害を生ずるおそれがある。
都計法33条1項3号は、開発許可に際し、溢水等による被害を防止するために設けるべき排水施設等について具体的かつ詳細に審査すべきこととしていると解され、溢水等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解すべきである。原告らはいずれも本件開発区域の土地後盤面より低地に居住しており、溢水による被害が直接的に及ぶおそれがあるので、原告適格を有する。
本件開発区域と原告らの住居との位置関係、高低差等からして、原告らが崖崩れ等による直接的被害を受けることが予想されることは明白であり、原告らは都計法33条1項7号に基づき原告適格を有する。
(被告の主張)
本件許可取消しの訴えの原告適格の根拠となり得る宅地の安全性に関する規定は都計法33条1項7号であるが、原告X1を除き、同号を根拠として原告適格を基礎付けることはできない。
原告X2及び同X5の居宅は市道を挟んで本件開発区域と接している。原告X2の居宅は本件開発区域から約4.5mの距離に位置するが、同原告宅と対面する本件開発区域内に築造される擁壁の高さは3m~3.8mであるため、崖崩れ等による直接的な被害が生ずることは考えられない。原告X5の居宅は本件開発区域から約9mの距離に位置し、同原告宅と対面する本件開発区域内の部分は、高さ約60cmの既存石積みを残したままその内側を高さ約3m以内で角度25度以内の法面とするもので、同原告宅は地形上本件開発区域とほぼ同じ高さであるから、直接的な被害が生ずることは考えられない。
原告X3の居宅は本件開発区域から市道及び別の敷地を介して約6mの距離に位置し、最も近い本件開発区域内の擁壁の高さは3m以内であり、直接的な被害が生ずることは考えられない。原告X4の居宅は同X3の居宅より更に遠方で、本件開発区域から約25mの距離に位置する。
(3) 本件許可の適法性
(被告の主張)
本件許可は、本件申請が都計法30条、31条、33条及び34条の各規定に定める要件に全て適合していることを確認してされたものであり、適法である。
(原告らの主張)
提案基準18の2項(基準2)(8)にいう「建築物」は、居住用建築物であって建築確認を受けているものをいうと解するのが相当である。これを前提にすると、本件開発区域には提案基準18の要件を満たす建築物は存在しないから、本件許可は提案基準18に違反し、ひいては都計法34条14号の許可基準に違反する。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(訴えの利益の存否)について
開発許可は、あらかじめ申請に係る開発行為が都計法所定の要件に適合しているかどうかを公権的に判断する行為であって、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが、許可に係る開発行為に関する工事が完了したときは、開発許可の有するこの法的効果は消滅するものというべきである。そこで、このような場合にもなお開発許可の取消しを求める法律上の利益があるか否かについて検討すると、都計法81条1項1号は、国土交通大臣、都道府県知事又は市長(以下「大臣等」という。)は、この法律若しくはこの法律に基づく命令の規定又はこれらの規定に基づく処分に違反した者等に対して、違反を是正するため必要な措置を採ることを命ずることができる(以下、この命令を「違反是正命令」という。)としているが、都計法の定める開発行為に関する規制の趣旨、目的に鑑みると、都計法は、所定の要件に適合する場合に限って開発行為を許容しているものと解するのが相当であるから、客観的にみて都計法所定の要件に適合しない開発行為について誤って開発許可がされ、当該行為に関する工事がされたときは、当該工事を行った者は都計法81条1項1号所定の「この法律に違反した者」に該当するものというべきである。したがって、大臣等は、このような工事を行った者に対して、同号の規定に基づき違反是正命令を発することができるから、開発許可の存在は、違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ開発許可が違法であるとして判決で取り消されたとしても、違反是正命令を発すべき法的拘束力を生ずるものでもないというべきである。そうすると、開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後においては、開発許可が有する前記のようなその本来の効果は既に消滅しており、他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないことになるから、開発許可の取消しを求める訴えは、その利益を欠くに至るものといわざるを得ない。当該開発区域内において予定された建築物について未だ建築基準法6条に基づく確認(建築確認)がされていないとしても、この結論は異ならない(最二小判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁、前掲最三小判平成11年10月26日参照)。
前記前提事実(6)によれば、本件許可に係る開発行為に関する工事は完了し、検査済証の交付もされているのであるから、本件許可の取消しを求める本件訴えは、その利益を欠くに至ったことになる。
原告らは、申請者が違法な工事を行っているから、本件許可に係る工事は完了していないと主張するが、検査済証が交付されている以上工事は完了したというほかない。原告らはまた、本件許可に係る予定建築物についての建築確認を阻止するために本件許可の取消しを求める訴えの利益を肯定すべきであると主張する。しかし、仮に原告らの主張のとおり本件許可が違法であるとした場合、あるいは行われた工事が違法であるとした場合、上記のとおり申請者は本件許可の取消しを待つまでもなく違反是正命令の対象となるのであり、予定建築物の建築確認の適否はそのような事情も含めて別途検討の対象とされるべき事柄である。原告らの主張を勘案しても、本件許可の取消しを求める訴えの利益を肯定することはできない。
2 よって、その余の点について判断するまでもなく本件訴えは不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井浩 裁判官 倉地康弘 石井奈沙)