横浜地方裁判所 平成26年(わ)1551号 判決 2015年3月23日
主文
被告人を懲役1年6か月及び罰金400万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から5年間その懲役刑の執行を猶予する。
横浜海上保安部で保管中の漁具(さんご採取用ロープ)11本(横浜地方検察庁平成26年庁外領第122号符号1)及び漁具109式(同領号符号10)を没収する。
被告人に対し,仮にその罰金に相当する金額を納付すべきことを命ずる。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,中華人民共和国に国籍を有する外国人で,同国船籍漁船「A」(推定総トン数約61トン)の船長であるが,法定の除外事由がないのに,平成26年10月5日午後3時33分頃,東京都小笠原村a島字bc番d所在のe港f灯台から真方位200度,距離7.7海里(領海線の9.4海里内側)付近の本邦の水域内において,同漁船及びさんご漁具を使用して漁業を行った。
(法令の適用)
罰 条 平成26年法律第119号附則2条により同法による改正前の外国人漁業の規制に関する法律9条1項1号,3条1号
刑 種 の 選 択 懲役刑及び罰金刑を選択
労 役 場 留 置 刑法18条(金1万円を1日に換算)
刑 の 執 行 猶 予 刑法25条1項(5年間懲役刑の執行を猶予)
没 収 平成26年法律第119号附則2条により同法による改正前の外国人漁業の規制に関する法律9条2項本文(横浜海上保安部で保管中の漁具(さんご採取用ロープ)11本(横浜地方検察庁平成26年庁外領第122号符号1)及び漁具109式(同領号符号10)は犯人が所持した漁具である。)
仮 納 付 刑事訴訟法348条1項
訴 訟 費 用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
1 被告人が本件犯行により採捕しようとしていた宝石さんごは,希少価値の高い貴重な水産資源であり,我が国においては,さんご漁について厳格な規制や自主ルールが定められ,さんご漁関係者は,乱獲を防止して資源を保護し,持続的な採捕を可能とするための不断の努力を積み重ねてきたものである。ところが,被告人は,我が国のさんご漁船よりはるかに大型の漁船に乗り,さんごが生育する海底の環境に大きなダメージを与えかねない漁具等を使用して漁業を行ったものであり,本件犯行は,貴重なさんごの漁場に対し,上記のように我が国のさんご漁関係者が積み重ねてきた努力を無にしかねない大きな悪影響を及ぼすものとして,我が国漁業の正常な秩序の維持を目的とする外国人漁業の規制に関する法律(以下「外国人漁業規制法」という。)の趣旨に明白に反する重大かつ悪質なものであって,厳しい非難に値する。
また,被告人は,犯行前日から数回にわたって海上保安庁の巡視船による警告を受けながら,その際に巡視船にライトを照射したり,いったん領海から出ても巡視船が遠ざかると再度領海に侵入するなどして本件犯行に及んだのであって,強固な犯意が窺われ,より悪質である。そして,海上保安官らがヘリコプターから被告人の漁船に降下した際には,密漁したさんごを保管していた箱を海中に投棄したり,海底に下ろしていたさんご採取用ロープを全て切断するよう指示を出すなどして罪証隠滅を図っており,事後の情状も悪い。
被告人は,雇われ船長に過ぎないと認められるものの,高額の報酬を得ようとしたという利欲的な動機,経緯に酌むべき事情は認められず,現場の責任者として相応の責任は免れない。
2 平成26年9月頃から同年11月頃にかけての被告人の船舶を含む密漁船団によるさんごの乱獲により,小笠原海域におけるさんごの漁場は著しく荒らされ,その回復も困難となり,それにより地域のさんご漁師らの生活は大きな打撃を受け,取り返しが付かない甚大な被害が生じているほか,観光業に対する悪影響も懸念され,密漁船乗組員の上陸等に対する島民の不安感も無視できないところである。
しかしながら,上記のうち,観光業に対する影響や島民の不安感については,外国人漁業規制法の趣旨が上記のとおりのものであるとすると,これを量刑上過大に重視することはできないし,また,上記の被害は,最盛期には約200隻にものぼった密漁船団全体によりもたらされたものであり,被告人と密漁船団の間に共謀や組織関係があったとは証拠上認められず,密漁船団の数は被告人の逮捕以後も増えて約1か月半にわたり大規模な密漁が行われていたことからすれば,上記被害に関する責任を被告人一人に負わせることはできない。
3 以上によれば,本件犯情は,犯行態様の点で外国人による領海内操業という同種事案の中でもかなり悪質といえるが,被害結果の全てを被告人に帰責することはできないことからすれば,懲役刑については執行猶予を付すことも考えられるところである。
4 そこで,他の事情についてもみると,被告人が,反省の態度を示し,二度と違法なことはしない旨誓約していることや,被告人には本邦での前科前歴がないこと,被告人が約5か月間にわたり身体を拘束され,既にある程度の社会的制裁を受けていると認められることをも併せ考慮すれば,本件では一般予防の観点からもより重い刑が求められるところではあるが,懲役刑については,かろうじて今回に限り執行猶予を付する余地があるものと認めた。ただし,上記犯情に鑑み,執行猶予期間は上限の期間とした上,罰金刑についても上限額を併科することとした。
よって,主文のとおり判決する。
(公判出席)検 察 官 中村聖人
国選弁護人 鈴木啓示
(求刑 懲役1年6月及び罰金400万円並びに没収)
(裁判長裁判官 成川洋司 裁判官 大森直子 裁判官 髙市惇史)