横浜地方裁判所 平成26年(ワ)3385号 判決 2015年10月01日
原告
X
被告
Y保険株式会社社
主文
一 被告は、原告に対し、一二四七万一六六四円及びうち一一五七万四四六四円に対する平成二四年一月一一日から、うち八九万七二〇〇円に対する平成二六年七月二六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一三一八万二八四六円及びうち一二二八万五六四六円に対する平成二四年一月一一日から、うち八九万七二〇〇円に対する平成二六年七月二六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
本件は、原告が、訴外A運転の普通乗用自動車(以下「A車」という。)に轢過された交通事故(以下「本件事故」という。)について、被告に対し、自動車保険契約及び傷害保険契約に基づき、保険金及びこれに対する各保険金支払期日到来後の日(原告による各保険金支払請求完了の後の日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(証拠【以下、枝番を特定しない限りすべての枝番を含む。】を記載した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告(昭和三四年○月○日生)は、訴外B(以下「B」という。)の配偶者である。
原告は、本件事故当時、A(以下「A」という。)と不貞関係にあり、Bが居住する住居とは別に、自らの名義で本件事故現場付近のアパートの一室(以下「原告方」という。)を賃借して使用していた(甲一三)。
イ 被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。
(2) 自動車保険契約の締結
Bは、平成二二年六月二五日、被告との間で、以下の内容の保険契約を締結した(以下「本件自動車保険契約」といい、その約款を「普通保険約款」という。)。
ア 保険種類 新総合自動車保険VAP
イ 証券番号 <省略>
ウ 契約者 B
エ 保険期間 平成二二年七月二四日午後四時から平成二三年七月二四日午後四時まで
オ 被保険者 原告
カ 人身傷害補償条項(普通保険約款第二章。以下「人傷条項」という。)
被告は、被保険者が自動車の運行に起因する事故に該当する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被ることによって被保険者が被る損害に対し、人身傷害補償条項損害額算定基準(以下「算定基準」という。)によって算定された保険金を支払う。ただし、被告は、被保険者の故意または重大な過失によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(人傷条項二条、三条(1)①、八条)。
キ 被害事故弁護士費用等補償特約(以下「弁護士特約」という。)
被告は、被保険者が自動車事故による被害を受けた場合で、賠償義務者に対して損害賠償請求を行う場合に生じる弁護士費用等に対して保険金を支払う。ただし、被告は、被保険者の故意または重大な過失によって生じた被害事故に対しては、保険金を支払わない(弁護士特約三条、四条①)。
(3) 傷害保険契約の締結
原告は、被告を保険者とする以下の内容の傷害保険契約(以下「本件傷害保険契約」という。)の被保険者である。
ア 保険種類 総合補償保険(家族傷害保険)
イ 証券番号 <省略>
ウ 契約者 財団法人神奈川県厚生福利振興会
エ 契約日 平成二二年一〇月一日
オ 保険期間 平成二二年一〇月一日から平成二三年一〇月一日まで
カ 加入者 B
キ 被保険者 原告
ク 被告は、被保険者が日本国内または国外において急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して、家族傷害保険普通保険約款(以下「傷害約款」という。)によって算定された保険金を支払う。ただし、被告は、被保険者の故意または重大な過失により生じた傷害に対しては、保険金を支払わない(傷害約款二条、三条(1)①)。
(4) 本件事故の発生(甲三、甲一三)
ア 日時 平成二二年一〇月六日 午後二時三五分ころ
イ 場所 横浜市神奈川区斎藤分町三番地二
ウ A車 普通乗用自動車(ナンバー<省略>)
エ 同運転車 A
オ 被害者 原告
カ 態様 原告は、AがA車の運転席に乗り込んだ後、その後方から同車に近づき、同車の助手席側を回ってその左前方に移動したところ、A車が発進し、その左前輪で上半身付近を轢過され(一回目の轢過)、停車後、後退してきた同車の左前輪に下半身付近を轢過された(二回目の轢過)。
(5) 治療経過
原告は、本件事故により、右鎖骨骨折、骨盤骨折、右恥骨骨折等の傷害を負い、平成二二年一〇月六日から同年一一月二四日まで○○会a病院(以下「a病院」という。)に、同日から同年一二月一六日まで○○会b病院(以下「b病院」という。)に入院し(入院日数合計七二日)、同月二七日から平成二三年八月二二日までa病院に通院して治療を受け、同日をもって症状固定と診断された(症状固定時五一歳。甲四ないし六)。症状固定までの通院日は、平成二二年一二月二七日、平成二三年一月三一日、同年二月二八日、同年四月二五日、同年五月二三日、同年六月二七日、同年八月二二日(合計七日)である(甲二六)。
(6) 後遺障害
原告は、本件事故による鎖骨骨折部の疼痛等の症状について、損害保険料率算出機構による後遺障害認定手続において、以下の障害を併合した結果、自賠法施行令別表第二併合第一二級(以下等級のみを記載する。)とする認定を受けた(甲一〇)。
ア 右殿部、股関節前面痛(恥骨骨折部)につき、一二級一三号
イ 右大腿外側、下腿外側、足関節外側、足底のしびれ、疼痛等につき、一四級九号
ウ 右鎖骨骨幹部骨折後の鎖骨骨折部の疼痛につき、一四級九号
(7) 保険金の請求等
原告は、被告に対し、平成二四年一月一〇日までの間に、本件事故について、本件自動車保険契約の人傷条項及び本件傷害保険の傷害約款に基づき、各保険金の支払請求を完了したが、被告は、同日、本件事故は原告の故意または重大な過失によって生じたものであり、免責事由に該当するとして、その支払を拒絶した(甲一二の一)。
さらに、原告は、被告に対し、平成二六年七月二五日までの間に、本件事故について、弁護士特約に基づき、保険金の支払請求を完了したが、被告は、同日、上記と同様の理由により、その支払を拒絶した(甲一二の二)。
(8) 損害の填補
原告は、平成二五年二月一日、Aに対し、自賠法三条または民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害について賠償請求訴訟を提起した(以下「別件訴訟」という。)。別件訴訟において、本件事故により原告に生じた損害の合計額として一五八六万六五二〇円を認めた上で、原告の過失割合を七〇%とし、過失相殺後の賠償金額を四七五万九九五六円とする内容の判決が言い渡され、その後、同判決が確定した(甲一三、一四)。
二 争点に対する当事者の主張
(1) 原告の故意または重大な過失等
(被告の主張)
ア 本件事故が、傷害約款上の急激かつ偶然な外来の事故であることは争う。
イ 仮に、Aの飲酒運転を阻止するためであったとしても、原告は、AがA車に乗り込もうとしているのを知りながら、あえてAに気づかれないよう、姿勢を低くして同車の後方に回り、Aが同車に乗り込んだことを確認した上で、エンジンがかかっていることに気づきながら、Aから発見されにくい助手席側を回って同車の左前方に出た。かかる原告の行動は、客観的には、A車の進行方向に身を置き、発進直後に身を挺してこれを阻止しようとする極めて危険な行為であり、原告は、わずかな注意を払えば容易に本件事故の発生を防止できた。
したがって、原告には、故意または重大な過失があるから、被告は原告が請求する各保険金のいずれについても支払義務を負わない。
ウ A車による二回の轢過は同一事故での出来事と解すべきであり、仮に別事故であったとしても、一回目の轢過を避ければ二回目の轢過は当然回避できたことが明らかであるから、原告の故意または重大な過失は、一回目の轢過前の時点において判断すべきである。
(原告の主張)
ア 原告は、本件事故当時、Aの飲酒運転を阻止するためA車の前に立ちはだかろうと考えていたが、A車に轢過されるとまでは思っていなかったのであるから、本件事故は、原告の故意により発生したものではなく、原告にとって予見できない原因から突発的に発生したものであり、急激かつ偶然な外来事故にあたる。
イ 人傷条項、弁護士特約、傷害約款にいう重大な過失とは、保険法八〇条の重大な過失と同趣旨と解され、同条の趣旨は、保険契約者または被保険者が自ら保険事故を招致したといえる場合に保険団体の構成員相互の公平の見地に照らして保険者に支払義務を負わせることは信義則に反するという点にある。そうすると、重大な過失による免責は、通常人に要求される程度の相当の注意をしないでも、わずかの注意さえ払えば、たやすく違法有害な結果を予測することができた場合であるのに、漫然とこれを見過ごしたようなほとんど故意と等しい注意欠如により結果を招致した場合で、事故に至る経緯や事故に至る行為の目的といった具体的事情において、当該保険事故により保険金を支払わせることが信義則上不当とされる場合に限定すべきである。
本件事故において、原告がA車に近づいたことに何ら違法性はない上、その際、若干低い姿勢になったのは小走りで近づいた結果に過ぎず、Aが運転席からミラーを使っても見えなくなってしまうような体勢で移動したわけではない。また、原告がAに見つからないようにこっそりとAの様子を窺っていたのは、AがA車に乗り込む前までに限られ、その後、Aに対し、飲酒運転を止めるよう声をかけるなどしており、一貫して自己の存在を気づかれないように行動していたわけでもない。原告が同車の後方から前方に移動して轢過されるまでの時間は数秒程度であり、エンジンがかかった後にその進行方向として想定される位置に原告がいた時間はほんの一瞬に過ぎず、原告がA車の発進を認識した後、これをよける時間はなかった。原告は、Aが直ちにA車を発進させるとは思っておらず、Aが合図を出さなかったため、危険回避の契機もなかった。このように僅かな時間の中で、初歩的な判断を誤ることは一般によくあることであり、本件事故が発生したことに対する原告への非難の程度は故意により事故を惹起した場合とは著しく異なるというべきである。
したがって、原告には、免責事由となる重大な過失はない。
ウ Aは、一回目の轢過後、原告の悲鳴を聞いたにもかかわらず、降車して周囲の状況を確認することもなく、直ちにA車を後退させて再度原告を轢過したが(二回目の轢過)、かかる異常な行為を原告が予想することはできず、同車の下敷きになっている原告にとって二回目の轢過の結果を回避することは極めて困難であった。本件事故における最も重要な障害は二回目の轢過によって生じており、かかる障害についてまで、原告の重大な過失を理由として保険填補の対象としないことは明らかに不当である。
(2) 人傷条項に基づく保険金支払義務
(原告の主張)
ア 診療費、転院交通費 八二万一五二五円
イ 入院雑費 七万九二〇〇円(一一〇〇円×七二日)
ウ 休業損害 六八万五九八二円
原告は、本件事故による傷害の治療のため、平成二二年一〇月六日から平成二三年八月二二日まで二一三日休業し、四四〇万〇三三六円(二〇、六五八円[本件事故前3か月平均給与日額]×213日=4,400,336円)の休業損害が生じ、現実に六八万五九八二円の収入減が生じた。
エ 後遺障害逸失利益 一〇四四万四八九九円
6,883,972円×14%×10.8377=10,444,899円
オ 入通院慰謝料 六九万七六二〇円
8,400円×72日×1.1+4,200円×7日×1.1=697,620円
カ 後遺障害慰謝料 一〇〇万円(一二級相当)
キ 合計 一三七二万九二二六円
ク 保険金の支払時期
被告は、前提事実(7)のとおり、平成二四年一月一〇日、免責を理由に上記各保険金の支払を拒絶したから、遅くとも同日の時点で同保険金を支払うために必要な事項の確認を終えたといえ、同日が支払時期となる。
ケ 損害の填補
賠償義務者からの填補が先行している場合に被告が支払うべき保険金額から控除できる金額は、人傷基準損害額と過失相殺後の賠償額(裁判基準損害額のうち賠償義務者に請求できる部分)の合計額が、過失相殺前の賠償額を上回る部分に相当する額に限定すべきである。
(被告の主張)
ア 入通院慰謝料
通院にかかる慰謝料については、事故発生日から起算した日数により日額が異なるから、原告の主張は不正確である。
イ 休業損害
算定基準により算定される保険金額は、以下のとおり、三四一万二七九六円となるが、原告は、休業損害の対象期間である平成二二年一〇月六日から平成二三年八月二二日までに、少なくとも四〇〇万円以上の月例給与等の支給を受けているから、これを控除すると支払うべき保険金はない。
(1,106,826円+194,682円)÷90日=14,461円
14,461円×236日(入通院実日数)=3,412,796円
(3) 弁護士特約に基づく保険金支払義務
(原告の主張)
ア 弁護士費用及び訴訟費用 八九万七二〇〇円
原告は、別件訴訟の提起にあたり、弁護士Cに対して訴訟代理を委任し、上記額を支払った。
イ 保険金の支払時期
被告は、原告が上記保険金の支払請求を完了した後の平成二六年七月二五日、免責を理由にその支払を拒絶したから、遅くとも同日の時点で、同保険金を支払うために必要な事項の確認を終えたといえ、同日がその支払時期となる。
(被告の主張)
争う。
(4) 傷害約款に基づく保険金支払義務
(原告の主張)
ア 後遺障害保険金 三〇万円
3,000,000円(保険金額)×10%(保険金支払割合)=300,000円
イ 入院保険金 一四万四〇〇〇円(二〇〇〇円×七二日)
ウ 手術保険金 二万円(二〇〇〇円円×一〇)
原告は、a病院に入院中の平成二二年一〇月七日から同月一三日までの間、胸腔内の体液を排出するため、胸腔内にドレーンを挿入していた。
エ 通院保険金 九一〇〇円(一三〇〇円×七日)
オ 合計 四七万三一〇〇円
カ 保険金の支払時期
被告は、原告が上記保険金の支払請求を完了した後の平成二四年一月一〇日、免責を理由にその支払を拒絶したから、遅くとも同日の時点で、同保険金を支払うために必要な事項の確認を終えたといえ、同日がその支払時期となる。
(被告の主張)
争う。但し、後遺障害保険金は五四万円である。
第三当裁判所の判断
一 本件事故の態様等
証拠(甲二〇ないし二五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(別紙参照。なお、別紙は、原告立会いの実況見分の結果に基づいて作成された交通事故現場見取図[甲二五]の写しである。)。
(1) 本件事故現場は、c店の東側にある駐車場(以下「本件駐車場」という。)及びこれに接する西神奈川三丁目方面(南方向)と六角橋二丁目(北方向)を結ぶ道路(以下「本件道路」という。)である。
Aは、原告方を訪れる際は、通常、本件駐車場内の駐車区画南側にある幅二・一mの通路様部分にA車を駐車しており、本件事故当時も別紙①の地点付近に、東側(本件道路側)を前面にして同車を駐車していた。上記駐車区画に車両等はなかった。本件道路の南方向には階段があるため(甲二四・写真二)、A車は北方向への左折進行しかできない状態であった。
(2) Aは、本件事故当日の朝、原告方からA車で出勤しようとしたところ、原告から飲酒運転になるから止めるようにと注意され、口論になり、Aが原告の制止を聞かずに同車を運転しようとしたため、原告は警察に通報した。Aは、原告方に来訪した警察官から酒臭がするので運転しないようにと言われたため、運転を諦め、仕事を休むことにした。
Aと原告は、午後二時ころ、原告方で昼食をとった際、再度口論となり、原告は、Aを残して原告方を出た。Aは、原告の帰りを三〇分ほど待ったが、原告が戻らないため、原告方から出てA車の前方を通り、本件道路の北方向にある大通りに出て左右を確認するなどした後、同車の方へ戻り、その前方から同車右側の運転席側に回り、同車に乗り込んだ。
(3) 原告は、AがA車に乗り込むまでの様子を同車後方の別紙<ア>の地点から確認した後、小走りで同車の後方に近づき、そこから助手席側に回って別紙<イ>の地点まで移動した。
しかし、Aは、原告の存在に全く気づかず、別紙①の地点からA車を左折発進させたため、〇・八m程度進行した地点で(甲二四交通事故現場見取図②)、同車の前部左角付近を原告に接触させ、原告は、同車のやや左前方である別紙<ウ>付近に仰向けになった状態で倒れた状態となり、同車の左前輪が原告の鎖骨付近に乗り上げ、上半身を轢過した(一回目の轢過)。
Aは、A車の発進直後、何か大きな物をひっかけたような感触があり、さらに悲鳴があがったため、何かをひいてしまったと思い、とっさに同車を後退させたところ、同車の左前輪が原告の骨盤付近に乗り上げ、原告の下半身を轢過した(二回目の轢過)。
(4) 本件事故直後の実況見分によれば、A車の前部左角バンパーに払拭痕が原告の顔面及び右腕に擦過傷があった(甲二四・二頁)。
二 争点(1)(原告の故意または重大な過失等)について
以下のとおり、本件においては、原告の故意または重大な過失による免責は認められず、被告は、原告に対し、本件自動車保険契約及び本件傷害保険契約に基づき、各保険金の支払義務を負うものと判断する。
(1) 故意の有無等
ア 上記一の各認定事実によれば、原告は、A車に接近する途中、Aの行動やエンジン音から、まもなくA車が左折発進するであろうことを容易に予測し得たと認められる。
しかし、原告は、本件事故当日の朝、警察に通報するに至った経緯などから、単に口頭で飲酒運転を制止するのではAと再度口論になるだけで終わってしまう可能性が高いと考え、より厳しく飲酒運転を制止するため、Aが運転する現場をとらえて注意できるよう、AがA車に乗り込み、自らが同車の前方に回りこむまでの間、Aから姿を隠して行動したにすぎず、原告が同車の前方に移動した時点でAが同車を発進させるとは思っていなかった旨主張しているところ、同主張と上記各認定事実との間に明らかな矛盾はみあたらない以上、同主張を一概に不合理であるとして排斥することはできない。そもそも、発進しようとする車両との衝突を予期しながら、あえてその進路に低い姿勢で近づいたのだとすれば、明らかに相当な傷害を負う危険を認容していたというほかないが、本件事故当時、原告に、そのような危険を認容しなければならないほどの差し迫った事情があったことを窺わせるような事情は認められない。
イ そうすると、原告が本件事故の発生を予期し、あるいはその結果を認容した上で、同車の進路上に飛び出したとは認めるに足りず、本件事故が原告の故意によるものとは認められないから、本件事故は、急激かつ偶然な外来の事故に該当するというべきである。
(2) 重大な過失の有無
ア 保険金請求に対する免責事由に該当する重大な過失は、保険法八〇条の重大な過失と同義に解されるところ、これについて、故意と同視すべき程度の甚だしい過失のみに限定すべきとは解されない。もっとも、故意及び重大な過失が免責事由とされた実質的な趣旨は、保険契約当事者間の信義則違反にあると解されるから、一般人を基準として、保険金請求権者が、保険契約に基づき保険金の請求を行うことが信義則に反するといえるような著しい不注意が認められる場合でないかぎり、保険者は、保険契約に基づく保険金支払義務を免れないと解すべきである。
イ これを本件についてみると、(1)アのとおり、原告において、A車に接近するにあたり、まもなく同車が左折発進することを予測することは容易であり、かつ、当初、原告は同車後方の安全な位置にいたのであるから、あえて同車に近づいた原告の過失が相当大きいことは否定できない。
しかし、原告は、現に走行している車両の前面に飛び出したのではなく、かつ、発進から衝突までのA車の移動距離(一(3))からすると、同車の発進時には、同車から〇・八m程度は離れた位置にいたと推認される。また、別件訴訟では、A車と接触した際の原告の体勢が争われ、判決において、原告が述べるように同車の前で佇立していたとは認められないものの、横臥又はそれに近い体勢であったこととも認められないとされ(甲一三・八頁)、同車を発進させるにあたって、Aに周囲の安全確認義務違反があったと認定された(甲一四・五頁)。また、本件事故直後の実況見分に基づいて作成された事故現場見取図(甲二四)には、Aがバックミラーで後方確認をしながら発進した旨の記載があることからすれば、発進時の前方の安全確認にも問題があった可能性が認められる(なお、別件訴訟において、Aは、発進前にルームミラー、サイドミラー等により周囲の安全確認を行った上で、エンジンをかけて発進したが、バックミラーを見ながら発進した事実はなく、上記記載は真実ではない旨証言しているが、上記記載がなされた経緯について合理的説明があるとはいえず、同証言を直ちに信用することはできない。)。
そうすると、本件事故の原因は、原告が、Aの飲酒運転を阻止するべく、Aが原告に気づかずにA車を発進させる危険を余り意識せず、同車の左前方に出たところ、Aにおいて原告の存在を認識し得る状況にあったにもかかわらず、エンジン始動後、前方・周囲に対する安全確認義務を十分に尽くさず、漫然と同車を発進させたことにあり、原告の過失は、Aにおいて同車の発進前に、前方・周囲に対して十分な安全確認を行い、原告の存在に気づくことを安易に期待し、Aが十分な安全確認を行わず、同車を直ちに発進させる危険を十分に意識しなかったということにあるといえる。なお、Aの飲酒運転を阻止する手段としては、大声でAに呼びかける等の措置でも十分に足りたとする点は、被告が指摘するとおりであるが、原告は、別紙<ア>の地点から<イ>の地点まで小走りで移動していたのであり、時間的な余裕もさほどないまま本件事故にあったと推認され、原告において、自らの行動の危険性について合理的な判断をする時間的・精神的余裕のある状況であったとはいえないから、原告が上記危険を十分に意識するに至らなかったことを強く非難するのは酷というべきである。
本件事故と同様の状況において、原告と同様の判断の誤りにより車両との接触事故を起こす可能性は、一般人を基準としても決して低いものとはいえず、本件事故について、原告が、本件自動車保険契約及び本件傷害保険契約に基づき、保険金の請求を行うことが信義則に反するとは言い難い。
ウ よって、本件事故について、原告に免責事由に該当する重大な過失があることは認められず、本件自動車保険契約及び本件傷害保険契約に基づく保険金支払義務はないとする被告の主張は理由がない。
三 争点(2)(人傷条項に基づく保険金支払義務)について
(1) 前提事実、算定基準及び後記各証拠によれば、以下の保険金が認められる。
ア 診療費、転院交通費 八二万一五二五円(算定基準第一・一(2))
① a病院 六四万三四四五円(甲七)
② b病院 一七万三五四〇円(甲八)
③ 転院交通費 四五四〇円(甲九)
イ 入院雑費 七万九二〇〇円(算定基準第一・一(2)⑧)
一一〇〇円×七二日=七九二〇〇円
ウ 休業損害 〇円
休業損害については、休業損害の対象期間に月例給与等の一部が支給されている場合、事故直前三ヶ月間の月例給与等÷九〇日×休業損害の対象となる日数の計算式で算出される保険金額から、同日数に対応する期間に対して現実に支給された額を差し引くと定められており(算定基準第一・二(1)①ウ)、原告が、上記計算式による算定額を上回る賃金の支給を受けたことについては当事者間に争いがないから、被告が原告に支払うべき保険金はない。
エ 後遺障害逸失利益 一〇四四万四八九九円(算定基準第二・一)
前提事実(6)のとおり、他覚的所見を伴う神経症状である一二級の後遺障害のほか、他覚的所見を伴わない神経症状である一四級の後遺障害が鎖骨部から足底まで複数箇所残存していることに鑑みれば、以下のとおり、事故前年の給与収入(甲一一)を基礎収入とし、症状固定時である五一歳から六七歳までの一六年につき、一四%の労働能力喪失を認めるのが相当である。
6,883,972円×14%×10.8377=10,444,899円
オ 入通院慰謝料 六八万四二二二円(算定基準第一・三)
原告の傷害は、非開放性の骨折等であるから、受傷態様係数を一・一(通常の場合)として、算定基準による日額に事故発生日からの各通院日までの経過日数に応じた割合を乗じると、以下のとおりとなる。
① 入院分
8,400円×72日×1.1=665,280円
② 通院分(通院日は甲二六)
4,200円×1.1×1日×100%+4,200円×1.1×2日×75%+4,200円×1.1×3日×45%+4,200円×1.1×1日×25%=18,942円
①+② 665,280円+18,942円=684,222円
カ 後遺障害慰謝料 一〇〇万円(算定基準第二・二の一二級)
キ 合計 一三〇二万九八四六円
(2) 損害の填補 一九二万三二八二円
賠償義務者からの填補が先行している場合に被告が支払うべき保険金額から控除できる金額は、以下のとおり、人傷基準損害額と過失相殺後の賠償額(裁判基準損害額のうち賠償義務者に請求できる部分)の合計額が、過失相殺前の賠償額を上回る部分に相当する額に限定されると解すべきである。
13,029,846円+4,759,956円-15,866,520円=1,923,282円
(3) 支払保険金額 一一一〇万六五六四円((1)キ-(2))
(4) 保険金支払期日の到来
被告は、平成二四年一月一〇日、原告からの上記保険金支払請求に対し、免責を理由にその支払を拒絶したから、遅くとも同日までには保険金の支払期日が到来したと解すべきである(普通約款第四章二三条、二四条)。
四 争点(3)(弁護士特約に基づく保険金支払義務)について
(1) 弁護士費用及び訴訟費用 八九万七二〇〇円
① 着手金 六三万円(甲一五の一)
② 収入印紙等 七万八二六〇円(甲一五の三)
③ 報酬金 一八万八九四〇円(甲一五の三)
(2) 保険金支払期日の到来
被告は、平成二六年七月二五日、原告からの上記保険金支払請求に対し、免責を理由にその支払を拒絶したから、遅くとも同日までには保険金の支払期日が到来したと解すべきである(普通約款第四章二三条、二四条)。
五 争点(4)(傷害約款に基づく保険金支払義務)について
(1) 前提事実のほか、後記各証拠によれば、以下の各保険金額が認められる。
ア 後遺障害保険金 三〇万円(傷害約款七条(1)、別表三)
本件傷害保険の保険金額は三〇〇万円であるところ(甲一六)、原告には右腕及び右脚の機能に障害が残ったから、保険金支払割合は少なくとも一〇%を下らない。
3,000,000円×10%=300,000円
イ 入院保険金 一四万四〇〇〇円(傷害約款八条(2))
2,000円×72日=144,000円
ウ 手術保険金 二万円(傷害約款八条(6)、別表六)
原告は、本件事故により、○○会a病院に入院中の平成二二年一〇月七日から同月一三日までの間、胸腔内の体液を排出するため、胸腔内にドレーンを挿入しており、これは別表六の二三(3)の手術に該当する。
2,000円(入院保険金日額)×10=20,000円
エ 通院保険金 三九〇〇円(傷害約款九条)
傷害約款九条(4)によれば、事故発生日から一八〇日を経過した後の通院については通院保険金の対象とならないから、本件における対象通院日数は三日である。
1,300円(通院保険金日額)×3日(通院日数)=3,900円
オ 合計 四六万七九〇〇円
(2) 保険金支払期日の到来
被告は、平成二四年一月一〇日、原告からの保険金支払請求に対し、免責を理由にその支払を拒絶したから、遅くとも同日までには保険金の支払期日が到来したと解すべきである(傷害約款三〇条、三一条)。
六 支払保険金合計額 一二四七万一六六四円
11,106,564円+897,200円+467,900円=12,471,664円
七 結論
よって、原告の請求は、被告に対し、一二四七万一六六四円及びうち一一五七万四四六四円に対する平成二四年一月一一日から、うち八九万七二〇〇円に対する平成二六年七月二六日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、上記限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 餘多分亜紀)
別表三、六<省略>
別紙
交通事故現場見取図
<省略>