横浜地方裁判所 平成26年(ワ)959号 判決 2015年4月13日
原告
X
被告
有限会社Y
主文
一 被告は、原告に対し、一四三〇万八三六六円及びこれに対する平成二四年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一七九七万二六〇三円及びこれに対する平成二四年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
本件は、被告保有の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)と原告との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)について、原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償金及びこれに対する本件事故発生の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(証拠を記載した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成二四年四月二八日 午後〇時二五分ころ
イ 場所 福井市文京三丁目一番三号
ウ 被告車 普通貨物自動車(〔ナンバー<省略>〕)
エ 同運転者 訴外A(以下「A」という。)
オ 態様 原告は、本件事故現場である道路(以下「本件道路」という。)の路側帯外側線から三〇cm車道よりに入ったところを歩行中、後方から走行してきた被告車に衝突され、転倒した。
カ 責任原因 被告は、被告車の保有者であり、これを自己の運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(2) 治療経過
原告は、本件事故により、頭部外傷、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負い、症状固定まで、以下のとおり、入通院して治療を受けた。
ア a病院(甲二ないし四)
平成二四年四月二八日から同年五月四日 入院(七日間)
イ b病院(甲五、甲六、甲一三ないし一九)
平成二四年五月七日、同月三〇日、同年八月一日、同年一〇月三一日、平成二五年二月二七日、同年五月七日、同月一五日 通院七日
ウ c病院(甲七、甲八)
平成二四年五月一〇日、同月二三日 通院二日
エ d病院(甲九ないし一二、乙八。ただし、甲一一に実通院日八日と記載されているのは五日の誤りと認める。)
平成二四年五月二八日、同年六月一日、同月七日、同月一五日、同月二一日、同月二七日、同年七月一一日、同月一九日 通院八日
オ e病院(甲二〇、甲二一)
平成二五年五月三一日 通院一日
(3) 後遺障害
原告は、脳挫傷による頭痛、耳鳴、嗅覚障害及び腰痛について平成二五年五月一五日をもって、第一腰椎圧迫骨折による腰痛、左足しびれについて同月三一日をもって、それぞれ症状固定の診断を受け、脊柱の変形障害について自賠法施行令別表第二第一一級七号(腰背部痛の症状に対する評価を含む。以下等級のみを記載する。)の後遺障害等級認定を受けた。他方、胸腰椎部の運動障害、左足しびれ、頭部外傷による神経系統の機能又は精神の障害、嗅覚障害、右耳鳴については自賠責保険における後遺障害には該当しないとされた(甲二二ないし二四)。
(4) 既払金
原告は、被告が保険契約を締結した損害保険会社から、一六六万八七〇一円の支払を受けた。
二 争点に対する当事者の主張
(1) 過失相殺
(被告の主張)
原告は本件道路左側の路側帯から三〇cm車道にはみ出して歩行し、車道を走行していた被告車と衝突したのであるから、その過失は一割を下らない。
Aは、原告よりも手前に路外から本件道路に出てこようとする第三者がおり、同人に注意しながら運転していたため、原告に気づかず被告車を原告に接触させてしまったもので、その過失は、本件のような事故態様において通常想定されている程度の過失であり、著しい過失や重過失にはあたらない。
(原告の主張)
原告は、被告車と同一方向に向かって歩行中、後方から衝突されたのであって、被告車に気づくすべはなかった。衝突地点のすぐ手前の路側帯内には電柱が立っており、路側帯を歩いていると電柱が邪魔になり、若干車道に入ったところを歩行せざるを得ないのであるから、原告が路側帯内を歩行していなかったことを非難すべきではなく、相殺すべき過失はない。
他方、Aは、非常に見通しの良い道路であるにもかかわらず、衝突するまで全く原告に気づかなかったもので、著しい脇見であり、かつ、原告に衝突したのは被告車のドアミラーであり、わずかなハンドル操作により極めて容易に本件事故を回避することができたはずであるから、Aには著しい過失又は重過失があった。
(2) 損害
(原告の主張)
ア 治療費 一一二万四二九五円
イ 通院交通費 八万四七八八円
ウ 入院雑費 一万〇五〇〇円(一、五〇〇円×七日)
エ 宿泊費 一万七七六七円
オ 休業損害 一三二万六六一一円
原告は、f株式会社に薬剤師として勤務する兼業主婦であるが、本件事故により勤務先を一九日欠勤するとともに、通院や体調不良時に遅刻、早退して合計七一時間欠勤することを余儀なくされたもので、その損害は四三万九四五一円であり、家事労働については、本件事故日から平成二四年六月一〇日までの四四日間は全くできず、その後九〇日間ほどは平均四割程度、その後症状固定日である平成二五年五月三一日までの二六五日間は平均二割ほどできなかった。
したがって、平成二三年女子学歴計年齢別(五五~五九歳)平均賃金を基礎収入として、以下の休業損害を請求する。
3,640,700円÷365×(44+90×0.4+265×0.2)=1,326,611円
カ 入通院慰謝料 一〇〇万円
キ 逸失利益 九四四万七三四三円
原告には、第一腰椎圧迫骨折による脊柱の変形障害が残存しており、腰背部痛があり、重い物を持てず、長時間の立位の保持が困難となっているもので、上記後遺障害は一一級七号に該当する。しかも、本件事故がゴールデンウィーク中に発生したため、原告は当初整形外科医の診察を受けられず、腰椎圧迫骨折に対して本来あるべき絶対安静の指示や硬性コルセットの装着等の措置もなく、事故から六日後に車でg市からh市まで移動したため、予後が極めて悪く、通常以上の腰背部痛がある。薬剤師としての業務は一日中立ち続けることが多く、一時間を超えると腰背部痛が出現して業務に支障を来している。骨折部位は第一腰椎であり、圧潰率は三五%前後で決して軽微な変形ではない。原告は、症状固定時五八歳の女性であり、今後進行性の脊柱変形(後彎)の惹起が懸念され、加齢による症状悪化はあっても改善は期待できない。また、後遺障害としては認定されなかったものの、原告は、上記以外にも、左足のしびれ、脳挫傷からくる頭痛、右嗅覚脱失等の後遺症にも悩まされている。右嗅覚脱失については、左嗅覚が正常である現在は支障がないが、今後病気等により左嗅覚脱失が生じた場合には完全な嗅覚脱失となり、家事労働にも大きな影響を与えることになる。
以上によれば、労働能力喪失率は二五%を下らないから、以下のとおり、一五年(症状固定時の平均余命の約半分)にわたり二五%の逸失利益を請求する。
3,640,700円×0.25×10.3797=9,447,343円
ク 後遺障害慰謝料 五〇〇万円
原告には、キのとおり、一一級七号に該当する後遺障害のほか、認定基準に該当しない後遺症があるので、一一級の慰謝料四二〇万円を五〇〇万円に増額すべきである。
ケ 小計 一八〇一万一三〇四円
コ 損害残額 一六三四万二六〇三円(既払金一、六六八、七〇一円を控除)
サ 弁護士費用 一六三万円
シ 合計 一七九七万二六〇三円
(被告の主張)
ア アないしエは認める。
イ 休業損害は争う。
給与所得者の休業損害は、受傷によって休業したことによる現実の収入減の部分についてのみ認められ、これは兼業主婦でも変わらないところ、休業による現実の収入減は四三万九四五一円である。
ウ 入通院慰謝料は争う。
治療期間と実通院日数を比較すると、通院頻度が著しく低いから、六五万円が相当である。
エ 逸失利益は争う。
原告は給与所得者であるから、平成二三年の実収入二九三万二二二六円を基礎収入とすべきである。脊柱変形自体は実際の労働に影響はなく、労働能力の喪失はきたさない上、原告の第一腰椎の圧潰率は二三%程度であり、その圧迫の程度は、平成二四年五月一〇日にc病院で行われたXP検査のみでは圧迫骨折の確定診断をすることができないほど軽度であった。脊柱変形に伴う腰部及び背部の痛みは、いわゆる神経症状に過ぎず、神経症状の場合、痛みを感じないような代償動作をするようになること、症状に対する慣れの獲得により、時間の経過につれて労働能力喪失率は次第に逓減し、最終的には労働能力への影響がなくなるのが通常である。
したがって、労働能力の喪失がある場合でも、その喪失期間は長くても一〇年程度であり、喪失率は症状固定日から五年間は一四%程度、その後五年間は五%程度に留まる。
オ 後遺障害慰謝料は争う。四二〇万円が相当である。
カ 弁護士費用は争う。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(過失相殺)について
証拠(甲二九、甲三〇の一ないし六、甲四一、乙一六)によれば、本件事故現場は住宅や商店が立ち並ぶ市街地であること、本件道路は制限速度が時速三〇kmに規制されている幅員七・七mの見通しの良い直線道路であって、うち左右端の各一mが路側帯となっていること、原告は本件事故時、路側帯のほぼ中央部に設置された電柱を避けるため路側帯外側線から約三〇cm車道に入った辺りを直進歩行していたこと、Aは左側の路外から本件道路に向かってくる別の歩行者の動静を注視していたため、被告車の左前方を歩行中の原告に全く気付かず、被告車の左ドアミラーを原告に接触させたことが認められる。なお、Aは、当時、対向車がいなかったため、道路中央付近を走行していた旨述べるが、本件事故直後に行われた実況見分におけるAの指示説明内容(甲二九)に照らすと、Aが特に路側帯内の歩行者等に配慮して路端から距離を置き、道路中央付近を走行していたとは認め難い。
そうすると、原告においても、車道を歩行する以上、後方から走行してくる車両の有無や動静を注視して安全を確認すべき注意義務があり、これを怠った過失があるものの、路側帯内を歩行することに支障があったこと、路側帯から車道にはみ出した程度は比較的小さく、その過失はさほど大きいとはいえない。他方、Aにおいては、本件事故現場が人の往来が予想される住宅・商店街であって、原告が被告車の左前方の極めて目に付きやすい場所を歩行していたにもかかわらず、他の歩行者に気を取られ、衝突時まで原告に全く気付かなかったものであり、仮に原告の存在を認識してさえいれば、路側帯内にある電柱の存在を認識することは容易であったから、原告が電柱を避けるため車道にはみ出すことを予測して衝突を回避することも極めて容易であったといえ、その過失の程度は相当大きいというべきである。
以上を総合すれば、本件においては、過失相殺をするのは相当ではない。
二 争点(2)(損害)について
(1) 治療費 一一二万四二九五円(争いなし)
(2) 通院交通費 八万四七八八円(争いなし)
(3) 入院雑費 一万〇五〇〇円(争いなし)
(4) 宿泊費 一万七七六七円(争いなし)
(5) 休業損害 一〇九万二三四三円
原告は、夫と二人暮らしであり、夫のために家事を行うとともに、薬剤師として勤務しているところ、本件事故により、頭部外傷、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負い、頭や腰背部の痛み、右耳鳴りの増悪等の症状が生じ、薬剤師の仕事を一九日欠勤したほか、家事にも支障があったこと、受傷当初、約二週間の入院又は安静加療を要する見込みと診断されたものの(乙一・一二頁)、自宅に戻るため、十分な安静をすることなく自家用車で遠距離を移動し、疼痛が増悪したこと、退院後も医師の指示により就寝時を除きコルセット着用を続けていたことが認められる(甲四一)。
そうすると、本件事故による受傷により、薬剤師としての就労のほか、家事労働にも大きな支障が生じたと認められ、上記就労による実収入が約二九三万円であることに鑑みれば、これより高い平成二四年女子学歴計全年齢平均賃金を基礎収入として休業損害を算定するのが相当である。もっとも、原告が立ち仕事が多く、身体への負担が大きい旨述べる薬剤師の仕事についての全日欠勤が一九日、通院や体調不良による時間休が七一時間に留まること、症状固定日までの実通院日数は合計一八日であるが、事故後約三か月を経過した平成二四年八月一日以降は顕著に通院回数が減っていることなどに鑑みると、入院期間である七日間は一〇〇%、退院後三か月間は平均五〇%、その後症状固定日までの期間は二〇%の休業損害を認めるのが相当である。
(計算式)
3,547,200円÷365日×(7日×100%+90日×50%+302日×20%)=1,092,343円
(6) 入通院慰謝料 八〇万円
通院期間に比して実通院日数は少ないが、歩行者が普通乗用自動車に接触されて転倒した事故であり、脳挫傷、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負って七日間入院し、通院期間中もコルセット着用による生活や就労への支障があったことを考慮すれば、上記額が相当である。
(7) 逸失利益 七三四万七三七四円
上記のとおり、原告には、第一腰椎圧迫骨折により一一級相当の脊柱の変形障害が残存し、症状固定後も腰背部痛が続き、家事や就労に支障が生じていることが認められるから、脊柱の有する支持機能や運動機能の重要性に鑑みれば、基本的に一一級相当の二〇%の労働能力喪失を認めるのが相当である。被告は、脊柱変形による労働能力の喪失はないなどと主張するが、原告について、特に脊柱変形の程度が極軽微であって腰背部痛等の症状が今後顕著に改善する見込みがあるといった事情は認められない。むしろ、原告が症状固定時五八歳の女性であることからすれば、その症状が今後悪化する可能性も十分に認められることからすると、労働能力喪失率が逓減する蓋然性があるとも認め難い。他方、そのほかに原告が主張する後遺障害は、本件事故との因果関係が必ずしも明らかでない上、家事労働の性質に照らし、それらの症状があることによって、上記認定を超えるほどの労働能力喪失を認めるのは相当ではない。
したがって、平成二五年女子学歴計全年齢平均賃金を基礎収入とし、一五年(症状固定時の五八歳女性の平均余命の約半分)にわたり、二〇%の逸失利益を認めることとする。
(計算式)
3,539,300円×20%×10.3797=7,347,374円
(8) 後遺障害慰謝料 四二〇万円
後遺障害の内容、程度(一一級相当)、生活や就労への影響を考慮すると、上記額が相当であり、これを更に加算すべき事情があるとはいえない。
(9) 小計 一四六七万七〇六七円
(10) 損害残額 一三〇〇万八三六六円((9)-既払金一、六六八、七〇一円)
(11) 弁護士費用 一三〇万円
(12) 合計 一四三〇万八三六六円
三 よって、原告の請求は、被告に対し、一四三〇万八三六六円及びこれに対する平成二四年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、上記限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととする。
(裁判官 餘多分亜紀)