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横浜地方裁判所 平成26年(行ウ)15号 判決 2014年12月24日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  本件支出基準は、市長交際費の支出の可否等の基準を具体化、明確化するために、市の内部基準として作成されたものである。

本件支出基準は、市長交際費支出の基本原則を定めた上で、支出対象を「慶事関係」、「弔事関係」、「お見舞い」、「手土産」、「電報対応」及び「その他」の6項目に分類している。このうち慶事関係については、「結婚」、「総会、記念式典等」及び「叙勲・褒章受章祝賀会」の3種類に分類した上で、更に事案に応じて合計8種類に区分し、弔事関係については、18種類に区分し、その他については4種類に区分して、市長交際費の支出の可否及び支出する場合の基準額を定めている。その具体的内容は以下のとおりである(乙1)。

【交際費支出の基本原則】

(1)  慣例・前例にとらわれず、支出対象について関係法令の照会も含め、精査する。

(2)  飲食を伴わない会合には、原則として交際費を支出しない。ただし、会合の内容によっては支出を検討する。

(3)  飲食を伴う会合への交際費の支出は、次の点に留意する。

①  行政・公務に関連性のある会合について、他の一般参加者の会費等と同額を支出する。

②  企業の事務所開設や新店舗の開店祝賀会などには、原則として支出しない。ただし、行政・公務に関連性のある事業を行うものについては、別途検討する。

(4)  地域で行う祭礼、盆踊り等宗教的要素を持つ催し物には、交際費を支出しない。

(5)  弔事に伴う生花については、故人の海老名市行政との関わりを考慮し、その都度検討する。

(6)  市長が行事欠席の場合は、市として礼を失しないよう祝電等で対応する。

(7)  交際費使途内容を点検し、適正な運用が図られるよう毎年度当該基準を見直す。

1  慶事関係

(1)  結婚

省略

(2)  総会、記念式典等【交際費支出欄の金額は基準額】

<表1 省略>

(3)  叙勲・褒章受章祝賀会【交際費支出欄の金額は基準額】

<表2 省略>

2  弔事関係

香料は原則5000円とするが、支出対象に応じて例外的に取り扱う場合がある。また、生花についてはその都度検討し、必要と判断された場合は対応する。【交際費支出欄の金額は基準額】

<表3 省略>

(⑦、⑮以外は省略)

3  以下省略

なお、記載を省略した項目の中には、交際費の支出をしないとされているものや、別途協議をするとされているもの等がある。

(2) 本件各支払の経緯、趣旨・目的等は、別表2の被告の主張欄記載のとおりである。また、本件各支払は、秘書課長により、本件支出基準に基づき、その前提として個別に債務負担行為がされた上で支出されたものである(前提事実(2)、甲5から113、弁論の全趣旨)。

2  Aが損害賠償責任を負う要件について

本件各支払の適法性に対する判断をするに先立ち、本件各支払が違法とされた場合において、Aが損害賠償責任を負う要件について検討する。

(1)  前記第2の3によれば、市は、市長交際費について、資金前渡の方法によって支出することとしており、具体的には、月ごとに、市長室長の専決により支出負担行為及び支出命令が行われた上で前渡金の支出がされ、秘書課長が、前渡金受領者としてこれを受領し、個別の事案が発生した際にここから債権者への支払をすることとされている。

(2)  ところで、前渡金受領者に対する資金の交付は、債権者に対する支払の便宜のためにされるにすぎず、交付された資金が公金としての性質を失うものではない。地方自治法も、243条の2において、資金前渡を受けた職員がその保管に係る現金を亡失したときは損害を賠償しなければならないことを規定している。そして、地方自治法施行令161条の規定等に照らせば、前渡金受領者は、各個の経費の目的に従い、交付された金額の範囲内で、契約を締結するなどして市に債務を負担させる権限を有し、また、普通地方公共団体がそのようにして負担した債務又は既に負担していた債務を履行するため債権者に対する支払を行う権限を有すると解される。

これらのことを考えると、前渡金受領者のする普通地方公共団体に債務を負担させる行為(以下「個別債務負担行為」という。)及び支払は、地方自治法242条1項にいう「公金の支出」に当たり、住民訴訟の対象となるものと解するのが相当である(最高裁平成18年12月1日第二小法廷判決・民集60巻10号3847頁参照)。

一方、普通地方公共団体の長は、支出負担行為をする権限を法令上本来的に有するとされている以上、資金前渡をした場合であっても、前渡金受領者のする個別債務負担行為の適否が問題とされている住民訴訟において、地方自治法242条の2第1項4号所定の「当該職員」に該当するものと解すべきである(最高裁平成5年2月16日第三小法廷判決・民集47巻3号1687頁参照)。そして、前渡金受領者である職員が個別債務負担行為をした場合においては、普通地方公共団体の長は、当該職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により当該職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、普通地方公共団体に対し、上記違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(前掲最高裁平成5年2月16日第三小法廷判決、最高裁平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁、前掲最高裁平成18年12月1日第二小法廷判決参照)。

(3)  本件についてみると、本件各支払及びその前提としてされた個別債務負担行為は、いずれも、地方自治法242条1項にいう「公金の支出」に当たり、住民訴訟の対象となるものであり、Aは、本件各支払の前提としてされた個別債務負担行為につき同法242条の2第1項4号所定の「当該職員」に当たり、前渡金受領者である秘書課長がこれらの個別債務負担行為につき財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により秘書課長が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、市に対し、これにより市が被った損害につき賠償責任を負う。

これに対して、原告は、Aは、本件各支払が違法であるか否かにつき認識することができ、かつ、職員を指揮監督できる立場にあるから、本件各支払及びその前提としてされた個別債務負担行為が違法であった場合、直ちに責任を負うと主張しているが、上記の各判例に照らし、採用することはできない。

3  本件各支払の適法性について

(1)ア  普通地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、当該普通地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において、長又はその他の執行機関が各種団体等の主催する会合に列席するとともにその際に祝金を主催者に交付するなどの交際をすることは、社会通念上儀礼の範囲にとどまる限り、上記事務に随伴するものとして許容されるというべきである(最高裁昭和39年7月14日第三小法廷判決・民集18巻6号1133頁、最高裁平成元年9月5日第三小法廷判決・裁判集民事157号419頁、最高裁平成15年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事209号335頁、前掲最高裁平成18年12月1日第二小法廷判決参照)。そして、普通地方公共団体が住民の福祉の増進を図ることを基本として地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとされていること(地方自治法1条の2第1項)などを考慮すると、その交際が特定の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において具体的な目的をもってされるものではなく、一般的な友好、信頼関係の維持増進自体を目的としてされるものであったからといって、直ちに許されないこととなるものではなく、それが、普通地方公共団体の上記の役割を果たすため相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とすると客観的にみることができ、かつ、社会通念上儀礼の範囲にとどまる限り、当該普通地方公共団体の事務に含まれるものとして許容されると解するのが相当である。しかしながら、長又はその他の執行機関のする交際は、それが公的存在である普通地方公共団体により行われるものであることにかんがみると、それが、上記のことを目的とすると客観的にみることができず、又は社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものである場合には、当該普通地方公共団体の事務に含まれるとはいえず、その費用を支出することは許されないものというべきである(前掲最高裁平成18年12月1日第二小法廷判決参照)。

これに対して、原告は、地方公共団体の交際費は客観的に明白な公益上の必要性があって初めて社会通念上相当なものとして適法性が認められるものであり、儀礼を尽くすことや、相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ること等を目的とするにとどまる場合には、社会通念上相当なものとはいえないとか、普通地方公共団体は交際費として金銭の交付をしないことが社会通念となっているなどと主張するが、上記の各判例に照らし、採用することはできない。

また、原告は、公私の峻別ができない場合の交際費の支払、政治家を相手方とする交際費の支払、政治及び選挙に関する交際費の支払はいずれも許されないと主張するが、後記(2)のとおり、本件各支払はいずれも、市として一般的な友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とする交際に伴う費用としてで支払われているものであるから、原告の主張は理由がない。

イ  本件支出基準の具体的な内容は、前記認定事実(1)のとおりであるが、同基準において市長交際費の支出が許されているのは、市長の交際のうち一般的な友好、信頼関係の維持増進を目的とすると客観的にみることができるものに限られていると認められ、また、交際費として金員を支出する場合の基準としても、最も高いもので2万円以内とされている。これらのことからすれば、本件支出基準は、市長の交際のうち、相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とすると客観的にみることができ、かつ、社会通念上儀礼の範囲にとどまる交際とそれに伴う交際費を類型化した基準として合理性を有するものと評価することができる。したがって、上記アで説示したことに照らせば、本件支出基準に従って交際費の支払がされた場合には、その支払を違法ということはできない。

これに対して、原告は、本件支出基準の内容は、客観的に明白な公益上の必要性の観点を無視するもので、交際費を総花的に支出できるものとしているなどと主張しているが、本件支出基準をそのようなものと評価することはできない。

(2)  前記認定事実(2)のとおり、本件各支払に係る交際費は、秘書課長により本件支出基準に基づき支払われたものであるが、別表2の被告の主張欄記載のとおり、いずれも相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とする交際に伴う費用として支出されたものである。そして、以下のとおり、本件各支払及びその前提としてされた個別の債務負担行為は本件支出基準に従って行われているから、これを違法ということはできない。

ア  本件支出基準1(2)②に基づく支払(1番、11番、28番、41番、42番、46番、48番、56番、59番、61番、64番、66番、67番、69番、74番、76番~83番、85番~91番、93番、95番、104番~109番)

これらは、いずれも総会、式典等で、祝宴等の飲食伴う会合の会費として支払われ、その金額はいずれも公的施設で行われた会合については5000円を超えず、ホテル等で行われた会合については1万円を超えていないので、本件支出基準に従った支払といえるから、適法である。

イ  本件支出基準1(2)④に基づく支払(2番~10番、12番~24番、26番、27番、29番~40番、43番~45番、47番、49番、50番、52番~54番、57番、58番、60番、62番、63番、68番、70番、71番、75番、84番、92番、94番、96番、98番~103番)

これらは、いずれも飲食を伴う賀詞交歓会、忘年会、懇親会の会費として支払われ、その金額はいずれも1万円を超えていないので、本件支出基準に従った支払といえるから、適法である。

ウ  本件支出基準1(3)①に基づく支払(72番)

Aは、当該叙勲受章祝賀会の発起人ではあるものの、当該祝賀会の出席案内を受けて、祝賀対象者が10年以上にわたって市議会議員を務め、市政の発展に多大な功績があったことを考慮して、これに出席した上、生花代として1万5750円を支払っているのであって、本件支出基準に従った支払といえるから、適法である。

エ  本件支出基準2⑮に基づく支出(25番、55番、65番)

これらは、いずれも市政の発展に尽力し、他の職員の模範となった市の職員の葬儀において支払われたもので、その金額は、香料として5000円、生花として1万5750円であるから、本件支出基準に従った支払といえるので、適法である。

オ  本件支出基準2⑦に基づく支出(73番、97番)

これらは、いずれも市と同じ県内の秦野市及び市の姉妹都市である宮城県白石市という市の行政に関係する他の市の首長(現職)の親族の葬儀において支払われたもので、その金額は、いずれも香料として5000円、生花として1万5750円又は1万0500円である。このうち香料は、本件支出基準に従った支払であり、生花については、「その都度検討し、必要と判断された場合は対応する」という同基準に照らして不適当とはいえないから、適法である。

(3)  原告は、本件各支払が、公職の候補者等又はこれらの者の関係会社等の寄附の禁止について定めた公職選挙法199条の2第1項、第3項及び199条の3に違反するほか、政治活動に関する寄附の制限について定めた政治資金規正法21条1項及び22条の3第1項に違反すると主張する。

しかし、本件各支払は、秘書課長により市の代表機関である市長を名義人として行われたものであって、市長個人を名義人として有われたものではない上、市の予算に基づき、適法な手続を経て行われているものであるから、公職選挙法199条の2及び199条の3によって制限される寄附に該当するものではなく、政治資金規正法21条1項及び22条の3第1項により禁止される寄附にも該当しないというべきである。

なお、公職選挙法199条の3、政治資金規正法21条1項及び22条の3第1項についても、同条の「団体」には、地方公共団体は含まれないと解され、本件各支払において上記規定が適用されるものではない。

したがって、原告の主張はいずれも理由がない。

(4)  以上のとおりであるから、本件各支払はいずれも適法である。

第4結論

よって、Aの指揮監督上の義務違反の有無について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井浩 裁判官 倉地康弘 石井奈沙)

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