横浜地方裁判所 平成26年(行ウ)65号 判決 2015年6月24日
主文
1 本件訴えのうち、原告の各取消請求及び義務付け請求に係る部分をいずれも却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 三浦市福祉事務所長が、平成26年7月28日付け及び同年8月28日付けで、それぞれ原告に対してした生活保護の住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給しない旨の各処分を取り消す。
2 三浦市福祉事務所長は、原告に対し、原告が申請した生活保護の住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給する旨の決定をせよ。
3 被告は、原告に対し、5万円を支払え。
第2事案の概要
本件は、生活保護法による保護を受給していた原告が、被告に対し、三浦市福祉事務所長が平成26年7月28日付け及び同年8月28日付けで生活保護の住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給しない旨の各処分をしたことは違法である旨主張して、上記各処分の取消しを求める(以下、同年7月28日付け処分の取消請求を「本件取消請求1」と、同年8月28日付け処分の取消請求を「本件取消請求2」といい、これらを併せて「本件各取消請求」という。)とともに、原告が申請した生活保護の住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給する旨の決定をすることの義務付けを求め(以下「本件義務付け請求」という。)、併せて、違法な上記各処分により精神的苦痛を被ったと主張して、国家賠償法1条1項に基づき慰謝料5万円の支払を求める事案である。
1 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告は、三浦市内に居住する、昭和51年○月○日生まれの男性である(弁論の全趣旨)。
イ 三浦市福祉事務所長(以下「福祉事務所長」という。)は、生活保護法(以下「法」という。)19条4項、三浦市福祉事務所長に対する事務委任規則(昭和48年三浦市規則第12号)2条1項の規定により、保護の実施機関である三浦市長から保護の決定及び実施に関する権限の委任を受けたものである(甲8)。
(2) 本件訴えに至る経緯
ア 保護の開始
原告は、平成21年11月30日、福祉事務所長に対し、法24条1項に基づき保護の開始を申請し、同年12月11日付けで、同年11月30日を開始時期とする保護(生活扶助)の開始決定を受けた(乙1の1・2)。
イ 平成26年7月4日付け保護変更決定
原告は、平成26年5月2日、当時入居していた県営住宅からの退去を求められるとともに、当該住居の名義が異なるために水道使用に係る契約を締結できない状況にあったため、福祉事務所長から転居指導を受け、同年6月6日、当該転居に伴う費用等の扶助が必要であるとして、同所長に対し、保護内容の変更申請をした(甲1、乙2の1)。
福祉事務所長は、上記申請を受けて、同年7月4日、転居に伴う費用(敷金、仲介手数料、保証料及び保険料)に相当する一時扶助16万5470円、転居先住居に係る同月分(同月12日から同月末日までの分)の家賃(2万9670円)及び同年8月分の家賃(4万6000円)に相当する住宅扶助7万5670円の合計24万1140円を、同年7月分の生活保護費として同月10日に支給する旨の保護変更決定(以下「7月4日決定」という。)をし、原告は、同日、これを受領した(乙2の2・3)。
福祉事務所長が行う被告における生活保護費の支給手続においては、各月ごとに支給される扶助金の支給日を原則として当月5日(5日が閉庁日のときはその前日)とする扱いをしているところ、7月4日決定では、同年8月分の家賃について、同月5日ではなく、同年7月10日に前払をする扱いとされた(甲5の5、乙2の2、弁論の全趣旨)。
ウ 原告の転居先住居に係る賃貸借契約の締結等
原告は、平成26年7月12日、株式会社aとの間で、転居先の住居を借り受ける旨の賃貸借契約を、賃料月額4万6000円、期間は同日から平成28年7月11日まで、賃料は毎月27日までに翌月分を支払う等の内容で締結し、同日頃上記住居に転居した(甲3、弁論の全趣旨)。
エ 平成26年7月28日付け保護変更決定
原告は、平成26年7月17日、当時所有していた調理用ガスコンロが上記転居先の住居において使用できなかったため、新たに調理用ガスコンロを購入する必要があるとして、福祉事務所長に対し保護の変更申請をした(乙3の1)。
福祉事務所長は、同月28日、調理用ガスコンロ代に相当する一時扶助(生活扶助)2万6200円及び同年8月分以降の生活扶助として月額7万7980円を支給する旨の保護変更決定(以下「7月28日決定」という。)をし、原告は、同年8月5日、同月分の生活保護費として合計10万4180円を受領した(甲2、乙3の2)。
なお、7月28日決定の通知書には、「変更の理由」欄に「家賃の削除による。(※家賃の認定は9月分より改めて行います)」との記載がされていた(甲2)。
オ 7月28日決定に対する審査請求
原告は、平成26年7月31日、神奈川県知事に対し、7月28日決定の取消しを求める旨の審査請求をした。原告は、同決定は住宅扶助を削除したが、9月分の家賃は賃貸借契約上8月27日までに支払わねばならず、9月分の生活保護費の支給(支給日は9月5日)では間に合わないので、7月28日決定を取り消して9月分の家賃を8月分の生活保護費に含めて支給するように決定を変更してもらいたい旨を、当該審査請求において主張した。(乙4)
カ 平成26年8月28日付け保護変更決定
福祉事務所長は、平成26年8月28日、同年9月分以降、生活扶助として月額7万7980円及び住宅扶助として月額4万6000円の合計月額12万3980円を、生活保護費として毎月5日(休日のときはその前日)に支給する旨の保護変更決定(以下「8月28日決定」といい、7月28日決定と併せて「本件各決定」という。)をした。
原告は、8月28日決定に基づき、同年9月5日に同月分の生活保護費を、同年10月3日に同月分の生活保護費をそれぞれ受領した(乙6の1・2、7)。
キ 本件訴えの提起
原告は、平成26年9月30日、前記オの審査請求をした日から50日間これに対する裁決がされなかったことから、神奈川県知事が当該審査請求を棄却したものとみなし(法65条2項)、本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
なお、原告は本件訴えの提起に先立ち、8月28日決定に対する審査請求をしていない(争いのない事実)。
第3争点に対する判断
1 本件各取消請求及び本件義務付け請求に係る訴えの適法性について
(1) 本件取消請求1に係る訴えについて
ア 原告は、福祉事務所長が、7月28日決定により、住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給しない処分をしたと主張して、その取消しを求めるものの、前提事実(2)エのとおり、7月28日決定は、一時扶助(生活扶助)2万6200円及び平成26年8月分以降の生活扶助として月額7万7980円を支給する旨の保護変更決定であって、住宅扶助に関する処分を含んでいないことが明らかである。
イ これについて、原告は、7月28日決定の通知書の「変更の理由」欄に「家賃の削除による。(※家賃の認定は9月分より改めて行います)」との記載があること(前提事実(2)エ)を根拠に、福祉事務所長が同決定により、7月4日決定には含まれていた翌月分の住宅扶助の支給をしない(削除する)処分をしたと主張する。
しかし、福祉事務所長は、7月4日決定では、転居先住居に係る家賃について同月分及び同年8月分のみ住宅扶助として支給する決定をしたにすぎず、7月28日決定の時点では、同年9月分以降の家賃を住宅扶助として支給する決定は未だしていなかった(前提事実(2)イ及びカ)。また、7月4日決定では、原則的な取扱いであれば平成26年8月5日に支給されることになる同月分の家賃に相当する住宅扶助を同年7月10日に前倒しで支給することとし、原告はその支給を受けたが(前提事実(2)イ)、だからといって、このことによって、未だ住宅扶助として支給する決定がされていない同年9月分以降の家賃について、原告が当然に前月27日までに支給を受けることができる権利を取得したということはできない。
そうすると、福祉事務所長は、7月28日決定の時点では、同年8月分の家賃の住宅扶助については7月4日決定で既に支給決定がされて原告に支給済みであったことから、7月28日決定が住宅扶助に関する処分を含んでいないことを明確にする趣旨で、同決定の通知書に「家賃の削除による。(※家賃の認定は9月分より改めて行います)」との上記記載をしたものと認めるのが相当である。当該記載を根拠として、7月28日決定が原告の住宅扶助に関する権利を変更する処分をしたとみる余地はないというべきであり、原告の上記主張は、採用することができない。
ウ したがって、福祉事務所長が、7月28日決定によって、原告に対して生活保護の住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給しない旨の処分をしたとは認められないから、当該処分が存在することを前提に、その取消しを求める本件取消請求1に係る訴えは、取消しの対象を欠き不適法というべきであり、却下を免れない。
(2) 本件取消請求2に係る訴えについて
ア 8月28日決定は、平成26年9月分以降の住宅扶助を毎月5日(休日のときはその前日)に支給するという内容を含んでいるから(前提事実(2)カ)、福祉事務所長が、同決定をもって、原告に対し、住宅扶助に係る金員を前月27日までに支給しない旨の処分をしたと解することができ、当該処分の取消しを求める本件取消請求2に係る訴えは、8月28日決定を取消しの対象とするものと認められる。
しかし、法69条は、法の規定に基づき保護の実施機関がした処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができないと規定しているところ、原告は、8月28日決定について審査請求を行っていない(前提事実(2)キ)。
イ 原告は、最低限度の生活保障を受ける利益に対する著しい損害を避けるため(行政事件訴訟法8条2項2号)、8月28日決定に対する審査請求をする必要はない旨主張する。
しかし、平成26年9月分以降の住宅扶助を毎月5日(休日のときはその前日)に支給するとした8月28日決定によって、原告に著しい損害が具体的に生じるおそれがあることや、それを避けるために審査請求をしないで出訴する緊急の必要があったことを認めるに足りる証拠はなく、原告の上記主張は、採用することができない。
ウ また、原告は、7月28日決定と8月28日決定は、目的及び効果、基礎となった事実関係が共通であって、不服の内容も同一であるから、8月28日決定に対して審査請求を経ないことについて正当な理由がある(行政事件訴訟法8条2項3号)旨主張する。
しかし、7月28日決定は、上記(1)のとおり、住宅扶助に関する処分をその内容に含まない決定であるのに対し、8月28日決定は、平成26年9月分以降の住宅扶助を毎月5日(休日のときはその前日)に支給するという内容を含むものであって、両者はその効果を異にする。また、そもそも、原告が7月28日決定に対してした審査請求は、同決定が翌月分の住宅扶助を支給しない(削除する)処分をしたことを前提に、これを取り消して9月分の家賃を8月分の生活保護費に含めて支給することを求めるものであるが、同決定が住宅扶助に関する処分をその内容に含まない以上、当該審査請求は対象を欠く不適法なものといわざるを得ず、当該審査請求をしたからといって、8月28日決定に対する審査請求をしないことについて正当な理由があると認める余地はない。
エ 以上によれば、8月28日決定に対し審査請求を経ないことについて、行政事件訴訟法8条2項2号又は3号に該当する事由があると認めることはできないから、本件取消請求2に係る訴えは、法69条所定の審査請求前置の要件を満たさず不適法というべきであり、却下を免れない。
(3) 本件義務付け請求に係る訴えについて
本件義務付け請求に係る訴えは、福祉事務所長が原告の申請に対し前月27日までに住宅扶助に係る金員を支給する旨の決定をすることを求める訴えであるから、行政事件訴訟法3条6項2号の規定する義務付けの訴えに該当するものと解するのが相当であるところ、これと併合して提起した本件各取消請求に係る訴えがいずれも不適法であって却下すべきものであることは、上記(1)及び(2)のとおりである。したがって、本件義務付け請求に係る訴えは、同法37条の3第1項2号所定の訴訟要件を欠き不適法というべきであり、却下を免れない。
2 被告の損害賠償責任の有無について
(1) 原告は、福祉事務所長が、①7月28日決定により7月4日決定には含まれていた翌月分の住宅扶助を支給するという決定を削除する処分をしたこと及び②8月28日決定により住宅扶助の支給日を毎月5日としたことがいずれも違法であることを前提として、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている。
(2) まず、上記1(1)のとおり、7月28日決定は住宅扶助に関する処分を含まず、同決定により、翌月分の住宅扶助の支給を削除する処分がされたと認めることはできないから、当該処分の存在を前提にこれが違法であることを請求原因(上記(1)①)とする損害賠償請求に理由がないことは明らかである。
(3) そこで、8月28日決定により住宅扶助の支給日を毎月5日としたことの違法性(上記(1)②)について、以下検討する。
ア 住宅扶助は、金銭給付によることが原則とされているが(法33条1項)、その支給日に関する具体的な定めは法にはない。
法が、保護の基準について、要保護者の最低限度の生活の需要を満たすのに十分かつこれを超えないものでなければならないとし(8条2項)、要保護者である個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効かつ適切に保護を行うものとする旨定めている(9条)一方で、要保護者に対する有効かつ適切な保護を円滑に実施するためには、保護の実施機関における生活保護行政の効率性や公平性を確保する必要もあるから、住宅扶助に係る金員の具体的な支給時期をどうするかについては、保護の実施機関の合理的な裁量に委ねられているというべきである。
イ 前提事実(2)カに証拠(甲5の5、乙5)及び弁論の全趣旨を併せれば、福祉事務所長は、住宅扶助の支給日を原則として生活扶助の定例支給日と同一の毎月5日とする取扱いをしていること、原告は、平成26年8月5日、三浦市福祉事務所を訪れ、転居先の家賃の支払日に間に合うように住宅扶助を前月27日までに支給してほしいと述べたこと、その際、職員から家賃の支払日について不動産業者に相談するよう助言を受けたが原告はこれに応じなかったこと、職員は、原告の上記申入れを受け、転居先の賃貸借契約を仲介した不動産業者に架電し、住宅扶助の支給日の後である毎月10日までに原告が家賃を支払えば滞納扱いとされないことを確認したこと、これらを踏まえて福祉事務所長は8月28日決定において住宅扶助を含む原告に対する生活保護費の支給日を上記原則どおり毎月5日としたことがそれぞれ認められる。
上記認定事実に照らせば、福祉事務所長は、原告の申入れを受けて、住宅扶助に係る金員を毎月5日に支給する場合に家賃滞納を理由とする法的措置を受けるなどして原告の居住環境に支障が生じるおそれがあるかどうかを調査し、そのおそれがないことを確認した上で、他の生活保護受給者に対する通常の取扱いと同様に、原告に対する住宅扶助に係る金員を他の扶助と併せて毎月5日に支給することを決定したものであって、福祉事務所長の上記判断には不合理な点はない。したがって、8月28日決定について、裁量権の逸脱又は濫用があったとは認められず、これが違法であるということはできないから、同決定が違法であることを前提に原告が主張する国家賠償法上の違法性も認められない。
ウ したがって、8月28日決定が住宅扶助の支給日を毎月5日とした点で違法であることを請求原因(上記(1)②)とする損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
3 結論
よって、本件訴えのうち、本件各取消請求及び本件義務付け請求に係る部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、その余の請求(損害賠償請求)は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 德岡治 裁判官 吉田真紀 石井奈沙)