横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)20号 判決 1994年8月30日
原告
赤田圭亮
原告
村上芳信
右訴訟代理人弁護士
新美隆
同
藤沢抱一
被告
横浜市人事委員会
右代表者委員長
西脇巖
右訴訟代理人弁護士
渡辺徳平
右訴訟復代理人弁護士
渡辺穣
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の申立て
一 原告ら
1 被告が、原告らの平成二年九月一三日付けの勤務条件に関する措置要求について、平成三年四月一七日付けでなした判定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の申立て)
1 原告らの訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案に対する申立て)
主文同旨
第二請求原因
一 原告赤田は、横浜市立浦島丘中学校の教諭であり、原告村上は、同市立鴨居中学校の教諭であって、いずれも学級担任の地位にある者である。
二1 従前、原告ら公立学校の教育職員については、一般職の地方公務員として地方公務員法(以下「地公法」という。)五八条に定める一部の規定を除いては、労働基準法の適用を受けるものとされており、したがって、同法三三条三項が適用されることもなかったが、昭和四六年五月二八日公布、昭和四七年一月一日施行の国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)により、国立の義務教育諸学校等の教育職員に俸給月額の一〇〇分の四の教職調整額が支給されることになり(三条)、公立の義務教育諸学校等の教育職員についても国立の義務教育諸学校等の教育職員の例を基準とした措置が講じられることになったこと(八条)に伴い、地公法五八条三項を読み替えて、労働基準法三三条三項が適用されることになり、この場合においては、公務員の健康及び福祉を害しないよう考慮しなければならないものとされ、同法三七条は適用されないことになった(一〇条)。ただ、同法三三条三項により無限定に時間外勤務が行われないようにするため、給特法は、国立の義務教育諸学校等の教育職員について、時間外勤務は文部大臣と人事院とが協議して定める場合に限るものとする旨、及びこの場合においては教育職員の健康と福祉を害することにならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならない旨の歯止めの規定を置いた(七条一項)。そして、公立の義務教育諸学校等の教育職員の時間外勤務についても、右の定めを基準として条例で定める場合に限るものとした(一一条)。
2 これを受けて、神奈川県においては、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置に関する条例(昭和四六年神奈川県条例第六七号、以下「県給特条例」という。)を公布して昭和四七年一月一日から施行し、教育職員に対しては原則として時間外勤務は命じないものとし、例外的に時間外勤務を命ずることができるのは(1)生徒の実習に関する業務、(2)学校行事に関する業務、(3)教育職員会議に関する業務、(4)非常災害等やむを得ない場合に必要な業務に従事する場合で、かつ、臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとした(六条)。
3 教育職員の健康及び福祉を害さないようにするための給特法七条一項にいう「充分な配慮」や同法一〇条にいう「考慮」が具体的にいかなるものであるかについては、給特法も県給特条例も何ら触れていないが、昭和四六年七月九日付けの各都道府県知事あての文部事務次官通達「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の施行について」の中には、同法施行に当たっての留意点として、(1)教育職員については長時間の時間外勤務をさせないようにすること、(2)やむを得ず長時間の時間外勤務をさせた場合は、適切な配慮をするようにすること、(3)教育職員について、日曜日又は休日等に勤務させる必要がある場合は代休措置を講じて週一日の休日の確保に努めるようにすること、(4)教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、学校の運営が円滑に行われるよう関係教職員の繁忙の度合い、健康状況等を勘案し、その意向を十分尊重して行うようにすること、(5)教育職員の勤務時間の管理については、教育が特に教育職員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいこと及び夏休みのように長期の学校休業期間があること等を考慮し、正規の勤務時間内であっても業務の種類・性質によっては、承認の下に、学校外における勤務により処理し得るよう運用上配慮を加えること、(6)いわゆる夏休み等の学校休業期間については教育公務員特例法一九条及び二〇条の規定の趣旨に沿った活用を図るよう留意することなどを通知している。
これを受けて、横浜市教育委員会(以下「市教委」という。)教育長は、昭和四七年一月一日付けの各学校長あての通知「『公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置に関する条例』の施行について」の中で、教育職員に対してやむを得ず時間外勤務をさせた場合は、学校の円満な運営を考慮し、適切な配慮がなされるものであることを指示している。
さらに、同年六月二七日に市教委教育長と横浜市教職員組合(以下「浜教組」という。)執行委員長との間で取り交された覚書において、時間外勤務に関し、(1)教職調整額は、主として教育職員の職務と勤務の特殊性からくる測定不可能、測定困難な勤務に対する給与であること、(2)教育職員の時間外勤務については、超過勤務手当てが支給されないので、原則として行わないものとすること、(3)緊急やむを得ず時間外勤務を行なう場合は、当該校の校長と当該校の教育職員で浜教組の委任を受けた者が協議し、合意のもとに行なうものとすることを合意し、次いで、同年七月五日に市教委事務局総務部長と浜教組書記長との間で取り交された了解事項において、右覚書の(1)のうちの「主として」とは、教育職員の勤務が、自発性、創造性による面が大きいことから表現したものであること、(3)のうちの学校長と委任を受けた者の間の協議及び合意の方法は、各学校の実情にあわせて、あらかじめ定めておくことができるものとすること、(3)により「協議し、合意のもとに行なう」のは、従事する時間と回復措置の方法についてであり、回復措置の方法は、手当て又は時間によるものであり、時間による回復措置は、すみやかに(一週間以内を原則とする。)実施するよう配慮すること、時間外勤務を行なった場合の回復措置は、従前どおり、時間外勤務の記録を行ない、完全に実施されるよう配慮することなどを確認した(以下、本件覚書及び了解事項を合わせて「本件協定」という。)。
そして、市教委は、本件協定締結以降、時間外勤務時間と回復措置を対応させた「時間外勤務の記録」の様式を定め、その用紙を各学校長あてに送付している。
4 このような経過にかんがみると、「時間による回復措置」とは、時間外勤務をした職員に時間外勤務時間と同じ時間だけ休暇を与えることを意味するものであることは明らかである。
5 給特法及び県給特条例により時間外勤務を制限している趣旨が各学校において厳格に守られていれば問題は少なかったのであるが、その後顕著になった教育をめぐる社会環境の変動の結果、「荒れる学校」に象徴されるように、学校現場は混乱し、特に中学校においては、教育職員の負担は過重なものとなり、時間外勤務は恒常化し、肉体的、精神的疲労の蓄積が、自主的、創造的な教育活動を阻害し、教育現場の荒廃をもたらしている。とりわけ、原告らが勤務する中学校は、「生徒指導困難校」と認定されていて、教育職員の過重労働、時間外勤務に伴う被害は顕著である。
シンナーを吸う生徒や家庭に対する指導、生徒同士の学校間抗争の制止、補導された生徒の引き取り、指導等のために奔走する教育職員の現状は、限界点に近づいている。臨時又は緊急にやむを得ない必要がある場合に限ってなされるべき時間外勤務の歯止めは無視され、条例違反の時間外勤務の連続の中で、ようやく学校運営、教育活動が成り立っているというのが偽らざる実情である。ところが、その教育職員に対する手当又は時間による回復措置はほとんど実施されていないのである。
三 そこで、原告らは、平成二年九月一三日付けで、被告に対し、地公法四六条に基づき、次の三項目について市教委に勧告するよう措置要求の申立てをした。
1 各学校長あてに送付している「時間外勤務の記録」の集約、集計を行い、その結果を公表すること(以下「本件措置要求1」という。)。
2 給特法及び県給特条例の趣旨を周知徹底させること(以下「本件措置要求2」という。)。
3 本件協定で合意した「時間による回復措置」を完全実施すること(以下「本件措置要求3」という。)。
四 被告は、平成三年四月一七日付けで、本件措置要求1、2についてその要求を却下し、本件措置要求3についてその要求を棄却する旨の判定をした。
その却下又は棄却の理由は、後記第五の二、三のとおりである。
五 しかしながら、本件判定は、違法である。すなわち、本件措置要求1は、時間外勤務の実態調査とその結果の公表それ自体を目的とするものではなく、違法な時間外勤務の実態の是正のために必要不可欠の前提として要求しているものであり、本件措置要求2は、給特法及び県教特条例の趣旨が遵守されていない職場の実態を是正するために同法及び同条例の趣旨の徹底を要求しているものであるから、いずれも地公法四六条にいう勤務条件に関するものである。したがって、これが同条にいう勤務条件に関するものではないとした本件判定は違法である。
本件措置要求3は、原則として時間外勤務は命じないものとし、例外的に時間外勤務がなされた場合には教育職員の健康及び福祉を害さないようにするための「充分な配慮」「考慮」をなすべきものとした給特法七条、一〇条を具体化するものとして、市教委と浜教組との間で合意された「時間による回復措置」の完全実施を求めるものであるから、もともと教職調整額の支給と対立する関係にはなく、教職調整額が支給されるから「時間による回復措置」は認められないというものではないのである。したがって、本件判定が、給特法及び県給特条例は教育職員の時間外勤務問題に関し、教職調整額の支給のほか、さらにその代償として原告ら主張の意味での「時間による回復措置」の付与までも予定しこれを許容しているものとは解することはできないとして、右措置要求を棄却したことは、給特法七条、一〇条が「充分な配慮」「考慮」をすべきものとしたことに反するばかりでなく、「時間による回復措置」制度の由来を全く誤認するものであって、違法である。
よって、本件各措置要求についてなされた本件判定の取消しを求める。
第三本案前の抗弁
地公法四六条の規定に基づく被告の判定は、当事者を法律的に拘束するものではなく、措置要求者の権利を侵害するものでもないから、行政事件訴訟法三条二項にいう処分に該当しない。また、本件判定には、要求者の具体的な法律上の地位又は権利関係に影響を及ぼす事項は含まれていないから、その取消しを求める訴えの利益はない。したがって、本件訴えは、不適法として却下されるべきである。
第四本案前の抗弁に対する原告らの反論
地公法四六条に基づく措置要求制度は、同法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、団体協約締結権を否定し、争議行為を禁止し、労働委員会に対する救済申立ての途を閉ざしたことに対応して、職員の勤務条件の適正を保障するため、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障したものである。したがって、職員の措置要求の申立てを違法に却下した場合は右権利ないし法的利益の侵害になるのはもとより、右申立てに対し実体的審査をしてこれを棄却した場合においても、その判定が委員会に与えられた裁量権の限界を超えてなされたときは、裁量権の限界内の適法な措置を要求する権利ないし法的利益を侵害したという意味において、なお違法に職員の権利ないし法的利益を侵害することになるから、これら判定は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たり、職員は、その取消しを求める法律上の利益があるというべきである。
第五請求原因に対する認否及び被告の主張
一 請求原因一、二の1ないし3、三、四記載の事実は認め、二の5記載の事実中、原告ら主張の意味での「時間による回復措置」が行われていないことは認め、その余は否認する。
本件協定は、市教委が、やむを得ず教育職員に時間外勤務を命じた場合において、教育職員の健康と福祉及び学校の円滑な運営を考慮し、教育職員に自宅研修等学校内での勤務を解く方法による回復措置をとることを認めたにすぎず、原告の主張するような意味での「時間による回復措置」を認めたものではない。
二 地公法四六条に規定する措置要求とは、職員の勤務条件の一層の向上、発展の実現に向けて必要な直接かつ具体的方策の指示、実施を求める制度であるところ、本件措置要求1は、教育職員に対する時間外勤務の実態調査とその公表を求めるというものであり、本件措置要求2は、給特法及び県給特条例の趣旨の周知徹底を求めるというものであるから、いずれも勤務条件について直接かつ具体的方策の指示、実施を求めるものでない点において、措置要求の対象とならないものである。
三 地公法二四条六項は、地方公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例により定める旨を規定しているが、教育職員の給与、勤務時間その他の勤務条件を定めた給特法及び県教特条例には、原告ら主張の「時間による回復措置」を認める規定はない。のみならず、給特法及び県給特条例は、教育職員の場合は通常の公務員の場合と異なり、時間外勤務の時間を客観的に量的に計量することが困難であるため、一定率の教職調整額を支給することにより、通常の時間外勤務手当制度の適用を排除して、原則として時間外勤務を命じないものとして例外的に時間外勤務を命じ得る場合を限定し、やむを得ず時間外勤務を命じた場合には、学校の円滑な運営を考慮して適切な配慮をすべきであるとしたものである。したがって、原告らの主張するような意味での「時間による回復措置」は、給特法及び県給特条例の趣旨に反するものであるから、被告がその完全実施を求める本件措置要求3を棄却したのは当然のことである。
第六証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 請求原因一、二の1ないし3、三、四記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 被告は、本件判定は、行政事件訴訟法三条二項にいう処分に該当しないし、その判定を取り消す法律上の利益もないから、本件判定の取消しを求める本件訴えは不適法であると主張するが、当裁判所は、原告らの主張する理由と同じ理由で、本件訴えは適法であると判断するものであるから、被告の右主張は採用しない。
三 ところで、地公法四六条の規定により、職員が措置要求をすることができるのは、給与、勤務時間その他の勤務条件に関してである。
ここにいう勤務条件とは、職員が地方公共団体に対して勤務を提供し、若しくはその提供を継続するかどうかの決心をするに当たって、一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を指すものと解されるが、措置要求制度が、職員の勤労基本権を制限したことに対する代償として、給与及び勤務時間に代表される職員の経済上の権利を十分に確保することができるようにするために職員に認められたものであることにかんがみると、措置要求の対象となる勤務条件に関する事項は、当該職員に関する勤務条件について、直接、具体的に維持、改善を求めるものであることが必要である。
本件措置要求1は、「時間外勤務の記録」の集約、集計とその結果の公表を求めるものであり、本件措置要求2は、給特法及び県給特条例の規定の趣旨の周知徹底を求めるものであるが、それ自体は、直接、具体的に原告らの勤務条件の維持、改善をもたらすことを内容とするものではない。原告らについて、給特法又は県給特条例に違反するような時間外勤務命令が発せられているのであれば、端的にその事実を主張してその中止を求めるなどの措置を要求すべきであり、時間外勤務命令はないのに事実上時間外勤務の状態が続いているのであれば、端的にその事実を主張してその状態の解消のための措置を要求すべきであり、時間外勤務命令が出された後の「充分な配慮」「考慮」が足りないというのであれば、端的にその点を主張してその「充分な配慮」「考慮」の措置を要求すべきである。
そうすると、本件措置要求1、2は、いずれもこの点において地公法四六条にいう勤務条件に関するものとはいえないから、本件措置要求1、2は地公法四六条にいう勤務条件に関するものといえないとしてこれを却下した本件判定は正当であり、右判定の取消しを求める原告らの請求は理由がない。
四1 本件措置要求3は、本件協定による「時間による回復措置」として、原告らのした時間外勤務時間と同じ時間の休暇を完全に与えるよう要求するものである。
しかしながら、本件協定中の本件覚書(<証拠略>)には「時間による回復措置」についての記載はなく、本件覚書において、緊急やむを得ず時間外勤務を行なう場合は、当該校の校長と当該校の教育職員で浜教組の委任を受けた者が協議し、合意のもとに行なうものとされたのを受けて、本件了解事項(<証拠略>)において、その「協議し、合意のもとに行なう」のは、従事する時間と回復措置の方法についてであり、回復措置の方法は、手当て又は時間によるものであり、時間による回復措置は、すみやかに(一週間以内を原則とする。)実施するよう配慮することを確認しているだけである。本件了解事項中のこの文言をもっては具体的にどのような方法で「時間による回復措置」をとるのか、すなわち、原告らの主張するような時間外勤務時間と同じ時間の休暇を与える趣旨であるか、被告の主張するように研修等の方法による趣旨であるかは明らかでない。
原告らは、市教委は本件協定に基づき原告ら主張の意味での「時間による回復措置」を実施するため「時間外勤務の記録」の用紙を配付していると主張するが、成立に争いのない(証拠略)と原告ら各本人の供述によれば、市教委は、時間外勤務時間に対応した回復措置の欄(月日、時間量の記載)を記載した「時間外勤務の記録」用紙を作成して、各学校長宛に送付し、これに記入させているが、その送付書で、「校長は、時間外勤務をさせた教員に対し、学校の円滑な運営を考慮したうえで適切な配慮を行うものであるが、教育公務員特例法第二〇条第二項の研修の運用により措置する場合には、回復措置欄にその旨記載させること」と通知していることが認められ、さらに、(人証略)は、本件協定締結時においては、市教委も浜教組も、「時間による回復措置」とは、被告主張の方法を考えていたものであるとの供述をしていることからすると、市教委、浜教組とも、「時間による回復措置」の中には、研修の運用により措置する場合もあると理解していたものと思われるが、右用紙を配付したことからは、そのこと以上に、原告ら主張の意味での「時間による回復措置」の合意があったとまでは認められない。
また、(証拠略)によれば、市教委教育長は、本件協定直後の昭和四七年七月一四日付け各学校長あての通知「給特法施行に関する覚書について」の中で、時間外勤務に関して、「時間外勤務は原則として行わないものであるが、緊急やむを得ず時間外勤務を行う場合の時間の算定方法については、関係団体と協議が整わないので、今後、なお協議を重ねるものである。」旨を通知していることが認められるから、これによれば、本件協定締結時においては、市教委と浜教組との間では、いまだ時間外勤務を命じた場合の手当てや時間による回復措置の具体的な内容は確定されず、その点に関して協議を続けていたことを窺うことができる。
(人証略)と原告ら各本人の供述によっても、「時間による回復措置」の内容は、右に述べたこと以上には明らかでないから、原告ら主張の意味での合意の成立を前提としてその完全実施を要求する本件措置要求3は、この点で既に理由がない。
2 ところで、やむを得ない事由があって時間外勤務がなされた場合に給特法七条、一〇条にいう「充分な配慮」「考慮」がなされるべきであることはもとより当然であるが、その規定があるからといって、どのような方法をもってすることも許されるというものではない。その「充分な配慮」「考慮」は、法令、条例等により許される方法でなされるべきであることもまた当然のことである。原告らは、市教委と浜教組との間で「時間による回復措置」の協定をしたと主張するが、その協定は、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に抵触しない限りにおいて許されるものであることは、地公法五五条九項により明らかである。
そこで、原告ら主張の意味での「時間による回復措置」が法令等により許されるかどうかを検討してみる。
地公法二四条六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」旨を規定する。その趣旨は、職員は、住民の信託に基づき、住民全体の奉仕者として職務を遂行すべきことが要請されているものであることから、職員の処遇のあり方についても住民の関与ないし監視の下に置くために、住民の代表である議会の意思決定によらしめることとしたものである。
職員にどのような休暇を与えるかは、地公法二四条六項により条例で定めるべき事項であるところ、原告らは、県費負担教職員であるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律四二条により、県条例で定めることになる。そして、これを受けて、県給特条例のほか、学校職員の勤務時間、休暇等に関する条例(昭和三二年神奈川県条例第五七号、以下「勤務時間等に関する条例」という。)が制定されているが、これらの条例には、年次休暇又は特別休暇のほかに、時間外勤務をしたことの代償としてその時間外勤務時間と同じ時間の有給休暇を与えることができる旨の規定はなく、それらの事項の決定を教育委員会に委任する規定もない。すなわち、勤務時間等に関する条例五条一項は、休暇は有給休暇とし、その種類は、年次休暇、療養休暇、生理休暇、出産休暇、育児休暇、忌引休暇、慶弔休暇及び特別休暇とする旨を定め、一三条は、職員が、同条に掲げる理由により正規の勤務時間中に勤務することができない場合において、職員から願出があったときは、教育委員会が、その都度必要と認める期間を特別休暇として与えることができるとして、その理由を具体的に定めるほか、その他人事委員会規則で定める理由をあげており、この人事委員会で定める理由として、学校職員の勤務時間、休暇等に関する規則(昭和三二年神奈川県人事委員会規則第三〇号)四条の二の規定が置かれているが、いずれも、時間外勤務をしたことの代償としてその時間外勤務時間と同じ時間の有給休暇を与えることができる旨の規定ではなく、そのほかに時間外勤務をしたことの代償としてその時間外勤務時間と同じ時間の有給休暇を与えることができる旨の規定はない。むしろ、勤務時間等に関する条例一五条は、勤務を要しない日又は休日に勤務した場合の代休等について規定を設けているのに、時間外勤務をした場合の代休等については規定を設けていないことは、時間外勤務の場合には代休等を与えない趣旨と解することができる。
3 そうすると、仮に本件了解事項中の「時間による回復措置」についての合意が原告ら主張の趣旨でなされたものであるとしても、その合意は、条例の根拠に基づかないで、職員に対し、条例に定める休暇とは別の特別の休暇を与えるものであって、地公法二四条六項に反することは明らかであるから、原告ら主張の「時間による回復措置」が条例の根拠に基づかないものであるとの理由で本件措置要求3を棄却した判定は正当であり、右判定の取消しを求める原告らの請求はこの点においても理由がない。
五 よって、本件請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 飯塚圭一 裁判官 柳澤直人)