横浜地方裁判所 平成4年(モ)23号 判決 1992年12月10日
申立人(債務者)
千代田化工建設株式会社
右代表者代表取締役
玉置正和
右訴訟代理人弁護士
小倉隆志
被申立人(債権者)
越智康雄
右訴訟代理人弁護士
伊藤幹郎
同
荒井新二
同
船尾徹
同
堤浩一郎
同
前川雄二
同
星山輝男
同
小島周一
同
星野秀紀
主文
本件申立てを却下する。
訴訟費用は申立人の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 申立人と被申立人との間の横浜地方裁判所昭和六三年ヨ第四六五号解雇予告無効仮処分申請事件について、同裁判所が平成元年五月三〇日に言い渡した仮処分判決のうち、主文第一項中、一か月につき二四万円を超える金員の仮払を命じた部分を取り消す。
二 被申立人は、申立人に対し、九七九万〇〇六五円及びこれに対する平成四年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、賃金仮払を命じた仮処分判決に基づいて仮払をした申立人が、仮払後にその仮払金の一部について保全の必要がないことを知ったとして、事情変更を理由に仮処分判決の一部取消しを求めるとともに、民事訴訟法一九八条二項が準用されるとして、取消しを求める部分についての仮払金合計九七九万〇〇六五円の返還とこれに対する平成四年四月七日から返還済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 横浜地方裁判所は、被申立人の申し立てた同地方裁判所昭和六三年ヨ第四六五号解雇予告無効仮処分申請事件につき、平成元年五月三〇日、「債務者(本件申立人)は、債権者(本件被申立人)に対し、昭和六三年六月二一日から本案の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二〇日限り一か月四五万七五五七円の割合による金員を仮に支払え。」との判決(以下「仮処分判決」という。)を言い渡した。
右判決に対しては、申立人から控訴がなされたが、控訴審である東京高等裁判所は、平成三年五月二八日、右控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。
2 横浜地方裁判所は、平成四年三月二六日、右仮処分の本案である同裁判所平成二年ワ第二二二号地位確認等請求事件につき、「被告(本件申立人)は、原告(本件被申立人)に対し、六六三万九九二〇円及び昭和六三年五月二一日以降一か月四五万七五五七円の割合による金員を毎月二〇日限り支払え。」との仮執行宣言付判決(以下「本案判決」という。)を言い渡した。この金額は、仮処分判決で仮払を命じた金額の全部を含むものである。
3 申立人は、被申立人に対し、仮処分判決によって命じられた金員の全額を支払った。
4 被申立人は、本案判決に基づき、執行官に対し、仮執行の申立てをし、執行官は、平成四年七月三日、申立人方に赴き、その執行をしようとしたところ、申立人から、既に仮処分により仮払済みである旨の申出がなされ、被申立人もその事実を認めたため、執行官によって執行は不能として処理された。
二 争点
1 申立ての利益について
(被申立人の主張)
仮処分判決に基づき仮払がなされた後、仮執行宣言を付した本案判決がなされると、その仮払は、当然に、または本案判決に基づく執行の申立てにより、本案判決による執行に移行し、その時点で仮処分判決の効力は失われるから、その後に仮処分判決の取消しを求める利益はないというべきである。
2 事情変更の有無について
(申立人の主張)
被申立人は、仮処分判決前から一か月一〇万円を超える金員を同人の解雇撤回闘争の支援団体に支払っているが、これが被申立人とその家族の生活に必要なものでないことは明らかである。また、被申立人とその家族は、仮処分判決前から一か月二四万円で生活することができたから、仮処分判決で仮払を命じた一か月四五万七五五七円のうち二四万円を超える部分は、当初から保全の必要がなかったものである。そして、そのことは、仮処分判決後に明らかになったのであり、したがって、仮処分判決後の事情の変更にあたるものであるから、申立人は、これを理由にその部分の取消しを求めることができる。
(被申立人の主張)
申立人の主張事実中、被申立人が毎月一〇万円程度を解雇撤回闘争の支援団体に支払っていることを認め、その余は否認する。右金員は、申立人のした違法無効な解雇を撤回させ、被申立人とその家族の生活の不安を取り除くために、やむを得ず支出しているものであるから、被申立人とその家族の生活を維持するために必要な費用であるのみならず、そのことは、仮処分申請事件の控訴審口頭弁論期日までには訴訟上明らかになっており、控訴審裁判所はそれらの事情をも斟酌して保全の必要を認めたのであるから、仮処分判決を取り消すべき事情の変更にはあたらない。また、仮処分判決で仮払を命じた一か月四五万七五五七円程度の金員は、仮処分判決時も、その後も、被申立人とその家族の生活を維持するために必要最小限のものであるから、その全額について保全の必要があり、この点についても、何の事情の変更もない。
第三当裁判所の判断
賃金の仮払を命じた仮処分の裁判がなされてその執行が終った場合には、債権者が仮処分及び本案で求めようとしている権利の実現は、事実上達成されたことになるから、その後、本案において、仮払をした金員につきその支払を命じる判決がなされてこれが確定し、または仮執行宣言付判決がなされたときには、仮処分の執行は、その目的を達し、特段の行為を要することなく、本案判決による執行とみなされ、その時点で仮処分の裁判の効力は将来に向かって消滅するものと解すべきである。これを本件についてみると、前記争いのない事実によれば、仮処分判決に基づき仮払がなされた後に、本案について、その金員の支払を命じる仮執行宣言付判決がなされたというのであるから、右仮払は、その時点において、本案判決による執行とみなされ、仮処分判決の効力は将来に向かって消滅したものである。したがって、その後においては、事情変更による取消しの対象を欠くことになるから、その取消しを求めることはできず、その取消しを前提として仮払金の返還を求めることも、できないというべきである。
よって、本件申立ては、その余の争点について判断するまでもなく、却下すべきものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 裁判官 中平健)