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横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)35号 判決 1996年7月01日

横浜市南区井土ヶ谷中町二六番地

原告(亡石黒光正訴訟承継人)

石黒都志子

右訴訟代理人弁護士

畑山穰

川又昭

根岸義道

岩橋宣隆

高橋宏

横浜市南区南太田町二丁目一二四番一号

被告

横浜南税務署長 島田昌夫

右指定代理人

小濱浩庸

清住碩量

信太勲

池上照代

中道衆矢

町田茂

荒川政明

井上良太

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が石黒光正に対して平成二年三月九日付けでした、同人の昭和六一年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

2  被告が石黒光正に対して平成二年三月九日付けでした、同人の

(一) 昭和六一年分所得税の更正のうち所得金額二六九万六五二〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(二) 昭和六二年分所得税の更正のうち所得金額六一四万九六二六円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

(三) 昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額四二二万三八六一円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

をいずれも取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二請求原因

一  本件処分の経緯等

石黒光正(以下「光正」という。)は、印刷業を営む青色申告の承認を受けていた個人事業者であり、原告は、光正の妻であるが、光正の死亡に伴い本件訴訟の原告としての地位を継承したものである。光正は、昭和六一年分ないし六三年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税につき、青色申告の方法により確定申告をしたところ、被告から、青色申告の承継の取消し(以下「本件取消処分」という。)、更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けた。本件取消処分の経緯及び原告の本件各係争年分の所得税について、光正のした確定申告、これに対する被告の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定(以下右各更正を「本件各更正」と、右各過少申告加算税の賦課決定を「本件各決定」といい、本件取消処分と併せ、「本件各処分」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表一ないし四のとおりである。

二  本件各処分の違法事由

しかし、被告がした本件取消処分は、取消事由を欠くから違法である。

また本件各更正のうち、本件各係争年分の確定申告に係る所得金額を超える部分は、いずれも光正の所得を過大に認定したものであるから違法であり、したがって、本件各更正を前提としてされた本件各決定もまた違法である。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。

同二のうち、被告が光正の所得を過大に認定したとの点及び本件取消処分に取消事由を欠くとの点は否認し、その余は争う。

二  被告の主張

1  本件調査の必要性について

(一) 光正は、横浜市南区井戸ケ谷中町二六番地の事業所(以下「光正の事業所」という。)において印刷業を営む青色申告の承認を受けていた個人事業者であった。

(二) 被告は、光正の本件各係争年分に係る申告所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、被告所部の草川勇上席国税調査官(以下「草川係官」という。)に光正の所得税の調査を命じた。

2  本件調査の経緯について

(一) 平成元年一〇月一九日午後一時三〇分ころ、草川係官は、光正の事業所に臨場したが、光正が不在であったため、対応に出た原告(光正の妻である事業専従者)に対し、光正の本件各係争年分の所得金額の確認のため訪問した旨を告げて、調査への協力を要請し、本件各係争年分の帳簿書類の提示を求めた。

しかし、原告が、光正は留守であり帳簿書類の記帳などは同人がすべて行っているので分からない旨申し立てたので、草川係官は、光正の本件各係争年分の所得税調査に訪れたこと、同月二五日午前九時に再び調査に訪れる旨をカードに記載して原告に渡し、光正へ伝言するよう依頼して、辞去した。

(二) 同年一〇月二四日午後、出張先から帰署した草川係官は、同僚から、同日午後二時三〇分ころ光正から同係官あてに、同月中は忙しく、翌二五日も都合が悪いので、翌日再度電話する旨の電話があったことを聞いた。

(三) 同年一〇月二五日、草川係官は、執務開始後、光正からの電話連絡を待ったが、何の連絡もなかったので、当初の予定どおり午前九時に光正の事業所に臨場した。

しかし、光正は不在とのことで、応対した原告は草川係官に対し、光正は金沢八景方面に仕事で出掛けていて二時間程しないと戻らないこと、戻ったら同係官あて電話連絡させる旨申し立てたので、同係官は、必ず連絡するように伝言を依頼して、帰署した。

草川係官は、その後二時間を経過しても光正から連絡がなかったので、午前一一時ころ再度光正の事業所に臨場したが光正は戻っておらず、やむを得ず、応対した原告に、戻ったら必ず連絡するよう再度伝言を依頼し、その場を辞去した。

同日午後二時ころ、光正から草川係官に対し電話があったので、草川係官は、同人に対し、本件各係争年分の所得税調査のために訪れた旨を伝え、右各年分の帳簿書類を提示し、調査に応ずるよう要請するとともに調査日時を決めたい旨申し出、交渉の結果、右日時は一一月七日午後一時からと決められた。

(四) 同年一一月七日午後一二時五五分ころ、草川係官は、光正の事業所に臨場したが、応対した原告から、光正は自宅にいるからそちらへ行くようにと指示されたので、光正の事業所から約一六〇メートル離れた光正の自宅へ臨場した。右臨場時刻は午後一時ころであった。

(五) 草川係官は、玄関で光正に対し身分証明書及び質問検査章を提示し、所属、氏名を名乗り、光正の所得金額の確認のため調査に訪れた旨を告げたところ、光正は同係官を玄関と続きの六畳間ほどの部屋(別紙「平成元年一一月七日原告宅臨場の際の見取図」参照)に案内した。

右部屋の中ほどにはテーブルが置かれ、そこには既に二名の男が座っており、一名が横浜南民主商工会副会長の榊金次郎(以下「榊」という。)、もう一名が同会事務局長の玉木希貞(以下「玉木」という。)であった。

草川係官が、光正にすすめられて座布団に座るとまもなく、玄関からもう二名の男が入ってきて、右部屋に上がり、同係官を挟むようにテーブルの左右に別れて座った(以下同席者四名を合わせて「本件立会人ら」という。)。

(六) 草川係官は、改めて、光正に対し同人の昭和六一年分ないし同六三年分の所得金額の確認のための調査に訪れたことを告げ、さらに、後から来た二名の男とは面識がなかったので、誰かと尋ねたところ、光正は「自分の仲間だ。調査を受けるのに必要だから呼んだのだ。」と答えた。

そこで、同係官は、光正が横浜南民主商工会の会長であること、同会幹部二名が同席していることから、本件立会人らのその余二名も同会に関係する者と判断し、光正に対し「法律で税務調査の立会いが認められているのは税理士等の資格のある者であって、何らそれらの資格のない者は調査に立ち会うことはできません。」と説明し、本件立会人らを退席させた上で調査に応ずるよう求めた。

これに対し光正は、本件立会人らとともに口々に、「調査での立会いは、憲法で保障された団結権に基づく納税者の権利だ。立会人同席の下でなければ帳簿は見せない。」「資格のない者は調査の立会いができないということは、どの法律のどこに書いてあるんだ。」などとして、本件立会人らを退席させる様子は見られなかった。

そこで、同係官は、国家公務員法一〇〇条に規定されている守秘義務の趣旨や税理士法の規定を説明した上、「税務職員は職務上知り得た秘密を他に漏らしてはならないとされている以上、納税者の秘密を守らなければなりません。したがって、調査に関係のない第三者の立会いは認められません。」「もし立会いを認めたら、調査の過程で出てきた取引相手の第三者の秘密をもらすことになるのです。」と重ねて説明し、「一対一で調査を進めたいので、立会人を退席させた上で、昭和六一年分から昭和六三年分までの帳簿書類を提示して調査に協力してください」と繰り返し要請した。

しかし光正は、「立会いを認めなければ帳簿は見せない。立会いを認めないというなら、裁判で争って白黒つけようじゃないか。」と切り出し、課税庁側が税務調査における第三者の立会いを認めなければ提訴するとの姿勢を示した。さらに、本件立会人らも口々に「納税者の団結権を認めないのか。」「立会いはだめだという法律でもあるのか。」「裁判で争う。」などと威圧的態度で主張する状況となった。

(七) 草川係官は、光正らの集団的、威圧的な拒否態度にもかかわらず、光正に任意に調査に応じてもらうためになおも説得しようと試み、「もし立会いを認めたら、調査の過程で出てきた取引相手の第三者の秘密をもらすことになるのです。ですから、この人達の立会いを認めるわけにはいかないのです。」と約一時間にわたり、光正に対して調査に関係のない本件立会人らを退席させた上、本件各係争年分の帳簿書類を提示して調査に協力するよう粘り強く説得並びに要請を続けた。

これに対し、光正は、「立会いを認めなければ帳簿書類は提示しない。」「団結権に基づく権利だ。」などと前記の主張を繰り返すのみで、帳簿書類を提示して調査に協力しようとしなかった。このように光正の意思は固く、翻意させることはできなかった。

また、草川係官が事前に光正及び原告に対し本件各係争年分の帳簿書類を用意するよう要請していたにもかかわらず、光正においてこれらを用意していた様子はまったく見られなかったことから(同係官は、光正とのやりとりの間、座っているテーブル及び部屋の周辺を見回したが、帳簿書類ないしはこれを入れてあると思われる袋若しくは箱等は一切見当たらなかった。)、同係官は、これ以上光正を説得しても進展が図れないと判断し、午後二時ころ、同人に対し、「協力が得られないので署で独自の調査を進めます。」と告げ、その場を退席し、光正宅を辞去した。

(八) 以上のとおり、光正は、被告の行った本件調査に対し終始非協力的かつ威圧的な態度を取り続け、帳簿書類を提示しようとしなかったものであり、光正が任意に調査に応ずる意思がないことは明白である。

そこで、被告は、やむを得ず、光正について所得税法一四八条一項所定の青色申告者の帳簿書類の備付け等が行われていないものと認定し、同法一五〇条一項一号の規定に基づき本件取消処分を行うとともに、推計により算定した所得金額をもって本件各係争年分の光正の総所得金額(事業所得の金額)として本件各更正及び本件各決定を行った。

3  推計の必要性について

申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認するため税務調査(質問検査権の行使)に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきである。

しかるに、光正は、前記のとおり、被告所部の草川係官が再三にわたり本件調査に対する協力を要請したにもかかわらず、これにまったく応ぜず、その所得金額を算定するに足りる直接資料の提示を行わなかったものであり、それゆえ被告は、光正の所得金額を実額により算定することができず、推計の方法により右金額を算定せざるを得なかったものである。したがって、本件について推計の必要性が存在したことは明らかである。

4  本件各更正の根拠について

(一) 事業所得の金額及びその計算根拠

被告が本訴において主張する光正の本件各係争年分の課税総所得金額及びその算出根拠並びに右課税総所得金額に対する所得税額は、次のとおりである。

(1) 昭和六一年分の課税総所得金額 一一一五万九〇〇〇円

右金額の算出根拠は、以下の<1>ないし<8>のとおりである。

<1> 収入金額(売上金額) 五八四四万八七三六円

右金額は、光正の昭和六一年中の仕入金額と外注費の額との合計額二八九二万〇四三五円(別表五参照)を、昭和六一年中において、横浜市内で光正と同業の印刷業を営み、かつ、事業規模が類似する者(以下「比準同業者」という。)の右年中の印刷業に係る収入金額(売上金額)に対する売上原価(仕入金額)と外注費の額との合計金額の割合の平均値(以下「平均仕入・外注費率」という。)四九・四八パーセント(別表六参照)で除して算出した額である。

なお、被告が右において平均仕入・外注費率算出の基礎とした光正の仕入金額は、昭和六一年中の仕入金額であって、右年中の仕入金額に原材料等の年初及び年末の棚卸額を加算又は減算した金額ではない。これは、光正が原処分時及び異議申立て時のいずれにおいても原材料等の棚卸しについての資料を提示しなかったこと及び光正の右年中における事業の種類、形態及び規模等に変化がなく、年初及び年末における原材料等の棚卸し額が変動する格別の理由もないと認められることから、被告は、光正の原材料等の年初及び年末の棚卸額を同額と認定したためであり、以下本件各係争年分についても同様である。

<2> 特前所得金額 一二二九万七六一四円

右金額は、<1>の収入金額(売上金額)に、昭和六一年中における比準同業者の収入金額(売上金額)に占める特前所得金額(青色特典控除前の所得金額をいい、収入金額(売上金額)から売上原価及び経費の額を控除した金額)の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)二一・〇四パーセント(別表六参照)を乗じて算出した額である。

<3> 事業専従者控除の額 四五万円

右金額は、光正の妻原告に係る所得税法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。<8>も同じ。)五七条三項所定の事業専従者控除の額である。

<4> 事業所得の金額 一一八四万七六一四円

右金額は、<2>の特前所得金額から<3>の事業専従者控除の額を控除した金額である。

<5> 総所得金額 一一八四万七六一四円

右金額は、前記<4>の事業所得の金額と同額である。

<6> 所得控除の額 六八万八六一〇円

右金額は、光正の昭和六一年分に係る所得控除の額の合計額であり、光正が右年分の確定申告書に記載した額と同額である。

<7> 課税総所得金額 一一一五万九〇〇〇円

右金額は、前記<5>の総所得金額から前記<6>の所得控除の額を差し引いた額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定に基づき一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額をいい、昭和六二年分及び同六三年分について同じ。)である。

<8> 所得税額 二八九万二一〇〇円

右金額は、前記<7>の課税総所得金額に対し所得税法八九条一項の規定を適用して算出した所得税額である。

(2) 昭和六二年分の課税総所得金額 一九〇七万八〇〇〇円

右金額の算出根拠は、以下の<1>ないし<9>のとおりである。

<1> 収入金額(売上金額) 九四〇二万二一七四円

右金額は、光正の昭和六二年中の仕入金額と外注費の額との合計額四五五三万四九三九円(別表五参照)を、昭和六二年中における平均仕入・外注費率四八・四三パーセント(別表七参照)で除して算出した額である。

<2> 特前所得金額 二一〇七万九七七一円

右金額は、<1>の収入金額(売上金額)に、昭和六二年中における平均特前所得率二二・四二パーセント(別表七参照)を乗じて算出した額である。

<3> 事業専従者控除の額 六〇万円

右金額は、光正の妻原告に係る所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。)五七条三項所定の事業専従者控除の額である。

<4> 事業所得の金額 二〇四七万九七七一円

右金額は、<2>の特前所得金額から<3>の事業専従者控除の額を控除した金額である。

<5> 短期譲渡の欠損金額 六七万九一一〇円

右金額は、光正の昭和六二年分の総合課税に係る短期譲渡の欠損金額であり、光正が右年分の確定申告書に記載した額と同額である。

<6> 総所得金額 一九八〇万〇六六一円

右金額は、前記<4>の事業所得の金額から前記<5>の短期譲渡の欠損金額を差し引いた金額である。

<7> 所得控除の額 七二万二〇六〇円

右金額は、光正の昭和六二年分に係る所得控除の額の合計額であり、光正が右年分の確定申告書に記載した額と同額である。

<8> 課税総所得金額 一九〇七万八〇〇〇円

右金額は、前記<6>の総所得金額から前記<7>の所得控除の額を差し引いた額である。

<9> 所得税額 六五一万六五〇〇円

右金額は、前記<8>の課税総所得金額に対し所得税法(昭和六三年法律第八五号による改正前のもの)八九条一項の規定を適用して算出した所得税額である。

(3) 昭和六三年分の課税総所得金額 一一七六万円

右金額の算出根拠は、以下の<1>ないし<8>のとおりである。

<1> 収入金額(売上金額) 五九五一万九二七五円

右金額は、光正の昭和六三年中の仕入金額と外注費の額との合計額二八六五万八五三一円(別表五参照)を、昭和六三年中における平均仕入・外注費率四八・一五パーセント(別表八参照)で除して算出した額である。

<2> 特前所得金額 一三二五万四九四二円

右金額は、<1>の収入金額(売上金額)に、昭和六三年中における平均特前所得率二二・二七パーセント(別表八参照)を乗じて算出した額である。

<3> 事業専従者控除の額 六〇万円

右金額は、光正の妻原告に係る所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。<8>も同じ)五七条三項所定の事業専従者控除の額である。

<4> 事業所得の金額 一二六五万四九四二円

右金額は、<2>の特前所得金額から<3>の事業専従者控除の額を控除した金額である。

<5> 総所得金額 一二六五万四九四二円

右金額は、前記<4>の事業所得の金額と同額である。

<6> 所得控除の額 八九万四三〇〇円

右金額は、光正の昭和六三年分に係る所得控除の額の合計額であり、光正が右年分の確定申告書に記載した額と同額である。

<7> 課税総所得金額 一一七六万円

右金額は、前記<5>の総所得金額から前記<6>の所得控除の額を差し引いた額である。

<8> 所得税額 二八〇万四〇〇〇円

右金額は、前記<7>の課税総所得金額に対し所得税法八九条一項の規定を適用して算出した所得税額である。

(二) 推計の合理性

(1) 被告が光正の事業所得の額を算出するに当たり採用した推計の方法は、光正の仕入先ないし外注先の調査により把握した仕入金額と外注費の額との合計額を基礎として、その金額を比準同業者の平均仕入・外注比率で除して光正の収入金額(売上金額)を算出し、右収入金額(売上金額)に右比準同業者の平均特前所得率を乗じて光正の特前所得金額を算出したものである。

なお、被告は、光正が本件各係争年分中横浜市内において印刷業を営む(いわゆるブローカーではなく印刷機を用いて印刷を行う)個人事業者であり、事業専従者が一名であることから、次の抽出基準を設け、本件各係争年分ごとに、その基準すべてに該当するものすべてを、別表六ないし八記載のとおり、比準同業者として抽出したものである。

<1> 印刷業を営む個人事業者

<2> 横浜市内に事業所を有する者で、横浜市内を管轄する税務署に所得税の確定申告書を提出し、かつ、その者の所轄税務署長から青色申告の承認を受けている者

<3> 青色事業専従者給与の受給者が一名の者

<4> 印刷機を有する者

<5> 本件各係争年分ごとの売上原価(仕入金額)と外注費の額との合計額が、光正のそれぞれの年分の仕入金額と外注費の額との合計額の二分の一以上二倍以下の範囲の者

<6> 年を通じて印刷業を営んでいる者

<7> 次の(a)及び(b)のいずれにも該当しない者

(a) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(b) 本件各係争年分の所得税につき税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、次のイ又はロに該当する者

イ 当該処分について、国税通則法(以下「通則法」という。)又は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者

ロ 当該処分に対して不服申立てをし、又は訴えを提起して、現在審理中である者

(2) 被告は、本件各係争年分ごとに、前記(1)の<1>ないし<7>の各条件すべてを満たしている者を比準同業者として機械的にすべて抽出したものであって、右比準同業者の抽出に当たり被告の恣意が介在する余地はなかったから、右抽出された比準同業者はいずれも光正と業種・業態及び事業規模等が類似する事業者であるといえる。加えて、被告は、その抽出地域を光正の事業所のある横浜市内に限定しているのであるから、これにより比準同業者の地域の類似性も担保されている。

したがって、被告が採用した推計の方法は合理的であるといえるから、これにより求めた数値を光正の本件各係争年分の真実の所得金額に最も近似するものとして認定することができる。

5  本件各更正の適法性について

本件各更正における光正の課税総所得金額は、

昭和六一年分 一〇九八万九〇〇〇円

昭和六二年分 一四五三万七〇〇〇円

昭和六三年分 八七七万四〇〇〇円

であり、右課税総所得金額に対する所得税額は、

昭和六一年分 二八二万四一〇〇円

昭和六二年分 四二六万九一〇〇円

昭和六三年分 一七三万二二〇〇円

であって、いずれも被告が右4(一)において主張した光正の本件各係争年分の課税総所得金額及び所得税額の範囲内であるから、本件各更正はいずれも適法である。

6  本件各決定の適法性について

被告は、光正が本件各係争年分の所得税をいずれも過少に申告していたため、本件各更正により光正が新たに納付すべきこととなった所得税額を基礎として、通則法(ただし、昭和六一年分について昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)六五条一項ないし四項(本件においては、本件取消処分に伴って生じた否認及び認容部分については、右「正当な理由」に該当するものと認め、本件各決定を行ったものである。)を適用して、別紙九ないし一一のとおりの計算過程により、本件各係争年分の過少申告加算税の額をそれぞれ次のとおり賦課決定したものであるから、本件各決定はいずれも適法である。

昭和六一年分 二〇万九〇〇〇円

昭和六二年分 四〇万八五〇〇円

昭和六三年分 一二万二〇〇〇円

なお、別紙九ないし一一中、第1表は、過少申告加算税の基礎となる税額の計算に関する表であり、本件更正処分における納付すべき税額から正当な理由があると認められる事実のみに基づいて更正があったとした場合の納付すべき税額を控除した税額を計算したものである。同じく第2表は、正当な理由があると認められる事実のみに基づいて更正があったとした場合の総所得金額(通則法施行令二七条参照)の計算に関する表であり、光正の申告総所得金額に本件取消処分に伴って生じた否認及び認容額を加減算したものである。そして、同じく第3表は、第1表において計算した過少申告加算税の基礎となる税額に対する過少申告加算税の額の計算に関する表であり、通則法(ただし、昭和六一年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)六五条一項ないし三項に基づいて計算したものである。

7  本件取消処分の根拠及び適法性について

(一) 所得税法は、「帳簿類の備付け記録及び保存が所得税法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」を青色申告承認申請の却下事由とするとともに青色申告承認の取消事由としているが、(同法一四五条一号、一五〇条一項一号)、これは当該納税者の帳簿書類について、税務署長が同法二三四条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録、及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告の承認による特典を与えるとの趣旨に出たものと解すべきである。したがって、青色申告者が右帳簿書類の調査に応じないためその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、同法一五〇条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。

けだし青色申告制度は、申告納税制度を適正、円滑に機能させるために、法に定めるところに従い、一定の帳簿書類を備付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとする者に限って青色申告書を用いて申告することを認め、この青色申告者に対しては、所得の計算につき特別の軽減を与え、あるいは更正の手続の上でも特に有利な取扱いをすることにより、これを優遇する制度であるから、申告の基礎となった納税者の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼が存在することを前提として成り立つものである。したがって、納税者の調査拒否により当該帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができない場合にまで、税務署長において青色申告承認による特典の享受を認めることは法の予想するところではなく、右のような場合は帳簿の備付け、記録又は保存が正しく行われていない場合に当るといわざるを得ない。

(二) これを本件についてみると、前記二・2において述べたとおり、光正は、本件立会人らとともに、単独で光正方に赴いた被告所部の草川係官の再三にわたる本件調査に対する協力及び帳簿書類の提示の要請に対し、「立会人の同席がなければ帳簿書類をみせるわけにはいかない」とか、「裁判で争って白黒つけようじゃないか」等と強く、かつ、集団による威圧的態度をもっていわれなくこれに応ぜず、本件各係争年分に係る帳簿書類の提示を断固拒否したことからすれば、被告において、光正の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができないことは明白である。

以上のとおり、遅くとも平成元年一一月七日の調査の時点において、草川係官が、光正の帳簿書類の備付け状況を確認するため社会通念上必要とされる努力を払ったにもかかわらず、光正は右係官からの帳簿書類の提示の要請を拒絶する意思を明確に表明したものであって、光正において、正当な理由がないのに帳簿書類の提示を拒否したものである。

それゆえ、被告は、光正の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができなかったので、光正が所得税法一五〇条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当するものと認め、本件取消処分を行ったものであるから、右処分が適法であることは明らかである。

第四被告の主張に対する認否及び原告の反論

一  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、(一)は認める。

同1(二)のうち、被告が草川係官に光正の所得税の調査を命じたことは不知、その余の事実は否認する。

被告は、横浜南民主商工会の会長である光正と同会に弾圧を加える意図をもって、事前に通知もなさず、ことさら光正に不当な調査をかけたものである。

2  同2(一)は認める。

同2(二)のうち、光正から草川係官の不在中、同係官に対し、被告主張の時刻にその主張内容の電話連絡の伝言を申し入れたことは認めるが、その余は不知。

同2(三)は認める。

但し、草川係官の行動は、民主商工会に対する弾圧の意図に基づくものである。

同2(四)は認める。

同2(五)のうち、部屋の見取図の関係者の座った位置は否認し、その余は認める。

座った位置は、別紙「税務調査時の位置図」のとおりである。

同2(六)は否認する。

光正は、「帳簿は見せない。」と発言してはいないし、ことさら乱暴な言い方をして威圧的態度を示したこともない。

同2(七)は否認する。

この点に関する経過は後記原告の反論のとおりである。

同2(八)のうち、被告が本件取消処分、本件各更正及び本件各決定を行ったことは認めるが、光正が本件調査に非協力的威圧的な拒否の態度を取り続け、帳簿書類を提示しようとせず、調査に応ずる意思がなかったことは否認する。

被告の光正に対する右各処分が正当であることは争う。

3  同3は否認ないし争う。

4  同4(一)記載の各金額が、被告の主張を前提として計算すれば被告主張の通りであることは認めるが、その被告の前提自体に誤りがある。

光正の所得税額は、確定申告のとおり、

昭和六一年分 二四万八五〇〇円

昭和六二年分 八八万四二〇〇円

昭和六三年分 三六万五八〇〇円

である。

同4(二)(1)は不知。

同4(二)(2)は否認する。

5  同5は否認ないし争う。

6  同6は否認ないし争う。

7  同7(一)及び(二)はいずれも否認ないし争う。

二  原告の反論

1  推計の必要性の不存在及び本件取消処分に対する反論

光正は、平成元年一一月七日の草川係官の調査の際、本件各係争年分の売上請求書、領収書、経費の領収書、集計表を整理した大型封筒をわきに置いていたが、これを机上に示して、「立会人のいるところで見て下さい。」と立会人のもとでの閲覧を草川係官に求め、また、「第三者の秘密に係ることになったら立会人は退席するから、立会人のいる席で閲覧してほしい。」と述べた。それにもかかわらず、同係官は、「立会人のいるところでは調査はできない。帳簿は見ない。」などの一点張りで、第三者の立会は認められないとして全く帳簿の閲覧作業を行おうとせず、一方的に閲覧を拒否したものである。

このような、しかも調査に一回来ただけという草川係官の態度は、税務職員として適正合理的な税務調査を行おうとするものではなく、明らかに光正及び重税に苦しむ中小零細業者が営業と暮らしを守るために結成した民主商工会に対する敵意を示し、税務調査に名をかりた弾圧を意図するものであった。

なお、民主商工会に対する税務当局のこれまでの不当な税務行政については、関係証拠により明らかである。

したがって、本来、草川係官において調査を継続すれば、推計による課税の必要はなかったもので、また、原告は本件各係争年分の帳簿を備えつけていたものであるから、本件取消処分も違法である。

2  推計の合理性の不存在

(一) 比準同業者の選定に当たっては、収入支出に大きな影響を及ぼす要素として、扱う印刷物、印刷機種、印刷機の台数、専従者を含めた従業員数の各類似性が必要とされるのに、被告の選定はこの属性に関する要件を満たしていない。また、被告は仕入と外注費を一くくりにして推計の基礎としているが、仕入と外注は性質の異なる勘定項目であり、外注は、何らかの事情で仕事をやりきれないために他の同業者に仕事を流すだけのこと(丸投げ)であり、もともと利益の薄い印刷業にあっては、このような場合に、そこからマージンを取ることは、ほとんど考えられない。したがって、仕入れが多いのか、外注費が多いのかで、差益率は大きく異なるのであり、仕入れに比較し、外注費が多ければ差益率は低下し、逆であれば差益率は上昇する。このように全く性質の異なる勘定科目を一くくりにすることは誤りであり、それを基礎にした推計はおよそ合理性を欠くというべきである。更に、人件費や減価償却費の近似という項目を推計の基礎としていない点も、合理性を欠くといえる。

(二) 被告において抽出した比準同業者は、その数が四件から六件と極端に少なく、また、そのほとんどが原告の売上原価の二分の一に近い方に偏在しているから、このような同業者を基礎に用いた被告の推計には全く合理性がない。

なお、青色申告者だけでなく、白色申告者及び法人にまで対象を拡大すれば、推計の基礎的数額の合理性を担保するために相当数の比準同業者が得られるはずである。

(三) 光正の青色申告書及び修正申告書によれば、被告において調査対象とした本件各係争年分の前三か年分である、昭和五八年から同六〇年分の三か年分の売上げに対する仕入・外注率の平均は別表一二のとおり五六・四九パーセント、売上げに対する特前所得率の平均は一一・九三パーセントであり、これによれば、原告の本件各係争年分の税額は、別表一三のとおり(同表の仕入+外注は、被告主張の別表五に基づく)それぞれ、

昭和六一年分 五六万三四〇〇円

昭和六二年分 一一二万二〇〇〇円

昭和六三年分 三一万一六〇〇円

となり、この本人比率による推計の方が実態に近く、ふさわしい方法である。これに比べて被告の推計に基づく税額はあまりにも過大であり、合理性がないことは明らかである。

理由

第一  請求の原因一及び被告の主張1(一)、2(一)、(三)、(四)、同(二)のうち電話連絡の伝言を申し入れた事実、同(五)のうち座った位置を除く事実は当事者間に争いがない。

第二本件各更正の当否について

一  推計の必要性について

1  所得税の課税は、本来、実額調査により行われるべきであるが、(通則法二四条、二五条)、信頼し得る調査資料を欠くなどの事由により実額調査ができない場合に、これを理由に課税をしないことが許されないことは明らかであり、このような場合は、実額調査による課税に代わる方法として推計により課税をすることができるものと解される(所得税法一五六条)。

したがって、本件について、推計課税が許されるのは、実額調査を実施しようとしてもこれをなし得ない事由があったことが必要であるから、この点に関連して、本件税務調査がいかなる経緯でされたかをまず検討する。

(一) 前記争いのない事実、証人草川勇、同玉木希貞の各証言(後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、光正の所得税調査の経緯につき以下のとおり認められる。

(1) 草川係官は、上司である統括官から、光正が昭和五九年にオフセットの機械を購入していることから、事業が好況ではないかと思われ、また、収入金額に比べ所得金額が低いのではないかと思われるので、確認を要するとして、光正の本件各係争年分の所得税の税務調査を命じられた。

平成元年一〇月一九日午後一時三〇分ころ、草川係官が光正の事業所に臨場したが、光正が不在であったため、対応に出た原告に対し、光正の本件各係争年分の所得金額の確認のため訪問した旨を告げて、調査への協力を要請し、本件各係争年分の帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告が、光正は留守であり税務関係や帳簿書類の記帳などは同人がすべて行っているので分からない旨申し立てたので、草川係官は、光正の本件各係争年分の所得税調査に訪れたこと、同月二五日午前九時に再び調査に訪れる旨カードに記載して原告に渡し、光正へ伝言するよう依頼して、辞去した。

(2) その後、草川係官は、同僚から、光正から同係官あてに、同月中は忙しく、翌二五日も都合が悪いので、翌日再度電話する旨の電話があったことを聞いた。

(3) 草川係官は、同年一〇月二五日、執務開始後、光正からの電話連絡を待ったが、連絡がなかったので、当初の予定どおり午前九時に光正の事業所に臨場した。

しかし、光正は不在で、応対した原告は草川係官に対し、光正は金沢八景方面に仕事で出掛けていて二時間程しないと戻らないこと、戻ったら同係官あて電話連絡させる旨申し立てたので、同係官は、必ず連絡するように伝言を依頼して、帰署した。

草川係官は、その後二時間を経過しても光正から連絡がなかったので、午前一一時ころ再度光正の事業所に臨場したが光正は戻っていなかったので、応対した原告に、戻ったら必ず連絡するよう伝言を依頼し、その場を辞去した。

同日午後二時ころ、光正から草川係官に対し電話があったので、草川係官は、同人に対し、本件各係争年分の所得税調査のために訪れた旨を伝え、右各年分の帳簿書類を提示し、調査に応ずるよう要請するとともに調査日時を決めたい旨申し出、交渉の結果、右日時は一一月七日午後一時からと決められた。

(4) 草川係官は、同年一一月七日午後一二時五五分ころ、光正の事業所に臨場したが、応対した原告から、光正は自宅にいるからそちらへ行くようにと指示されたので、右指示どおり、光正の事業所から約一六〇メートル離れた光正の自宅へ午後一時ころ臨場した。

(5) 草川係官は、玄関で光正に対し身分証明書及び質問検査章を提示し、所属、氏名を名乗り、光正の所得金額の確認のため調査に訪れた旨を告げたところ、光正は同係官を玄関と続きの六畳間ほどの部屋に案内した。

部屋の中ほどにはテーブルが置かれ、そこには既に草川係官の顔見知りの横浜南民主商工会の副会長の榊と同事務局長の玉木が座っており、その後、草川係官が、光正にすすめられて座るとまもなく、玄関からもう二名の男が入ってきて、同係官らが座っている部屋に上がり、座った。

右部屋の状態は、概ね別紙「見取図」ないし「税務調査時の位置図」のとおりであり、本件立会人らのほかにも、立会人がいたかどうかは、判然としないが、草川係官の正面に玉木、右側に光正、左側に榊が、それぞれ座っていた。

(6) 草川係官は、光正に対し、光正の昭和六一年分ないし同六三年分の所得金額の確認のための調査に訪れたことを告げ、さらに、後から来た二名の男とは面識がなかったので、「ここに同席している人達は誰ですか。」と尋ねたところ、光正は「自分が呼んだ仲間だ。調査を受けるのに必要だから呼んだのだ。」と答えた。

同係官は、光正が横浜南民主商工会の会長であることを知っていたので、右の者らも同会に関係する者であると考え、光正に対し、税務調査の立会いは税理士等の資格のある人以外は認められないので、本件立会人らを退席させて、帳簿を提示し、調査に応ずるよう求めた。

これに対し光正は、本件立会人らとともに口々に、「自分が呼んだ仲間だから帰すわけにいかない。」「立会いは、憲法で保障された団結権に基づく納税者の権利だ。立会人の下でなければ帳簿は見せない。」「資格のない者の立会いはだめだとか、どの法律のどこに書いてあるんだ。」などと話し、退席要求に応じようとしなかった。

そこで、同係官は、国家公務員法一〇〇条の守秘義務の趣旨や税理士法の規定を説明した上、調査に関係のない第三者の立会いは認められない、税理士資格のない第三者がいると取引先の秘密が守られないおそれがあり、その結果、守秘義務が守られないおそれがあると重ねて説明し、立会人を退席させた上で、昭和六一年分から昭和六三年分までの帳簿書類を提示して調査に協力してくれるよう繰り返し要請した。

これに対し、光正は、「立会いを認めなければ帳簿は見せない。」「あなたが、ここで立会いを認めないというなら、裁判で争って白黒つけようじゃないか。」と強い口調で話した。さらに、本件立会人らも、立会いは団結権に基づく納税者の権利だとか、立会いがだめだという法律でもあるのか、立会いを認めないというならば裁判で争うなどと強い態度で話した。

(7) 草川係官は、光正に調査に応じてもらうためになおも説得を試み、約一時間にわたり、同人に対して調査に関係のない本件立会人らを退席させた上、本件各係争年分の帳簿書類を提示して調査に協力するよう説得を続けた。

しかし、光正は、前記の主張を繰り返すのみで、調査に協力しようとしなかった。

また、同係官が事前に光正及び原告に対し本件各係争年分の帳簿書類を用意するよう要請していたにもかかわらず、帳簿書類等を提示しようとしなかったことから、同係官は、これ以上光正を説得しても進展が図れないと判断し、午後二時ころ、光正に対し、協力が得られないので署で独自の調査を進める旨告げてその場を退席し、光正宅を辞去した。

(二) なお、玉木証人は、光正は、当日、本件各係争年分の帳簿類等を入れた茶封筒を用意して、その右わきに置いていたが、玉木は、これをテーブルの上に乗せて、草川係官に見てほしいと言った、しかし、草川係官は、立会人を退席させるようにと言ったのみで、帳簿類の提示を求めず、また、提示された帳簿類を見ようともしなかったと証言する。しかし、草川証人は、これを否定する証言をしており、草川係官において本来の調査の目的である帳簿類の提示を求めなかったとは考えられず、草川証人の証言のように、立会人らを退席させた上での帳簿類の提示を求めたが、その提示がなかったと考えるのが合理的であり、右玉木証人の証言はにわかに採用することができない。

(三) なお、草川証人の証言及び弁論の全趣旨によれば、草川係官が光正の税務調査を行ったのは、上司である統括官から、前記認定のような指示を受けたためであったこと、同係官が平成元年一〇月一九日に所得税調査のため光正宅を訪れた際、事前の連絡をしなかったのは、右上司から、帳簿書類の記帳状況や保存状況をありのままに確認する必要がある旨指示されたからであることが認められる。

2  ところで、税務職員が税務調査を行うに当たり質問検査をなし得ることは所得税法二三四条一項に規定されているところであるが、これは税の公平確実な賦課徴収を図るために税務調査のひとつの方法手段として規定されたものであって、その範囲、程度、時期等の実施の細目については、質問検査の必要があり、その相手方の私的利益との衡量における社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられていると解される。したがって、税務職員が、税務調査を行うに当たり、事前通知をするか否か、立会人を認めるか否か等については(甲九号証によれば、確かに事前通知の励行に努めると記載されてはいるが)法律上は、当該税務職員の裁量に任されていると解され、その判断が権限を逸脱していない限り、違法とはいえない。この見地からすれば、前記認定の事実関係のもとにおいて、本件に係る草川係官の右判断及び対応等に格別違法・不当な点があったとは認められない。

3  なお、原告は、草川係官が、調査を続ければ、実額による所得金額の算出が可能であったと主張するが、前記認定のとおり、光正は立会人らのいない場所での帳簿の提示の要求には応じようとはしておらず(玉木証人は、その後も同係官の調査があれば、立会人が立ち会った旨の証言をする。)、しかも右のとおり、第三者の立会いを認めるか否かは権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

さらに、原告は、草川係官が調査に臨場した際に、その場に茶封筒に入れた帳簿類を提示して、調査するよう懇請したにもかかわらず、それを見ようともしないで調査を打ち切ったと主張し、前述のように、証人玉木はこれに沿う証言をする。しかし、前記認定のとおり、そのような事実は認められないのみならず、仮にその場に帳簿類が入った茶封筒が用意されていたとしても、前記認定のとおり、光正は本件立会人らを退席させたうえでの調査には応じようとしていないのであるから、原告の右主張は理由がない。それに加え、玉木証人の証言によっても、その場に提示されたとする帳簿類も総勘定元帳、売上帳を欠く不備なものであって、いずれにしろ調査を続けたとしても光正の所得の調査は不調に終わったものと考えられる。

また、原告は、光正に対する本件所得税調査は、税務当局の民主商工会に対する弾圧意図に基づくものであり、民主商工会に対する壊滅策の一貫であると主張し、神奈川県商工団体連合会の事務局長である証人石田隆俊もこれに沿う証言をし、なお、原告は、これまでの両者の関係についての書証を提出する。しかし、草川係官は、光正を初め、本件立会人らが民主商工会の関係者であることは知っていたが、同係官の前記認定の言動に特別、光正あるいは民主商工会に対する右のような意図を窺わせるものはなく、また本件調査の経緯も、光正に対する前記合理的な調査の必要から行われたとみるべきであって、他に光正あるいは光正の属していた横浜南民主商工会に対する弾圧の意図から本件調査が行われたと認めるべき的確な証拠もない。また、石田証人も、同証人の証言によれば、本件で更正処分を受けた後に光正から相談を受けた立場にあり、税務当局と民主商工会の関係について一般的に証言するだけで、本件に関して具体的な証言はないから、本件処分が民主商工会に対する弾圧意図からなされたと認定するに至らず、この点は前記書証についても同様であって、原告の右主張は理由がないというべきである。

4  以上の事実経過によれば、光正は、草川係官が税務調査に赴いているにもかかわらず、立会人を退席させて帳簿書類を提示することをせず、調査のため原告宅に臨場した草川係官に対して、立会いを認めるべく要求し、同係官から立会人らを退席させること及び帳簿書類を提示することを繰り返し求められたのに、これに応じなかったなど、税務調査に協力しなかったことは明らかであり、そのため被告において、本件各係争年分の光正の所得金額を実額で把握することができなかったと認められるから、被告が本件各係争年分の所得金額及び税額を推計により算出する必要性があったというべきである。

二  推計の合理性について

(一)  次に被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代わる方法となり得るだけの合理性を有していなければならないから、以下において、右合理性の存否について検討する。

証人五十嵐善一の証言及び弁論の全趣旨によりその成立を認める乙一ないし七号証の各一ないし四、一七ないし四四号証(官署作成部分については争いがない)、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙四五号証の一ないし九(同号証の四ないし九の官署作成部分の成立については争いがない。)、成立に争いのない乙一〇ないし一六号証の各一ないし四、証人五十嵐善一の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

被告は、光正の取引先業者を調査(いわゆる反面調査)することにより把握した昭和六一ないし六三年の光正の各仕入金額と外注費の額との合計額(別表五)を基礎とし、これを、横浜市内において、光正と同様に印刷業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、光正と事業規模が類似する者(同業者)の右各年度分の平均仕入・外注費率(別表六ないし八)で除して光正の総収入金額(売上金額)を算出し、右収入金額(売上金額)に右比準同業者の平均特前所得率(別表六ないし八)を乗じて光正の特前所得金額を算出した。右同業者の抽出に際し、被告は東京国税局長からの平成五年六月三日付け、同六年一月一四日付け各「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、横浜市内を管轄する税務署において、昭和六一年分から昭和六三年分までの<1>管内で印刷業を営む個人事業者、<2>所得税の申告を青色申告の承認を受けている者、<3>青色事業専従者が一名いる者、<4>印刷機を有する者、<5>本件係争年分ごとの売上原価(仕入金額)と外注費の額との合計額が、光正のそれぞれの年分の仕入金額と外注費の額との合計額の二分の一以上二倍以下の範囲の者、<6>年を通じて印刷業を営んでいる者、<7>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<8>税務署長から更正又は決定処分を受けた者のうち、当該処分について通則法又は行訴法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者でなく、かつ、当該処分に対して不服申立てがなされ、又は訴えが提起されて、現在審理中でない者について報告するよう求められ、担当者において、これに応じてその基準にすべて該当する者を、所得税確定申告書の職業欄、青色申告決算書等の業種名欄等から分類した被告の内部資料である業種別名簿に基づき、別表六ないし八のとおり機械的に抽出した。これらに基づく本件各係争年分の光正の所得等の計算結果は、被告の主張するとおり、昭和六一年分は収入金額五八四四万八七三六円、特前所得金額一二二九万七六一四円、事業所得金額一一八四万七六一四円、昭和六二年分は収入金額九四〇二万二一七四円、特前所得金額二一〇七万九七七一円、事業所得金額二〇四七万九七七一円、昭和六三年分は収入金額五九五一万九二七五円、特前所得金額一三二五万四九四二円、事業所得金額一二六五万四九四二円となる。なお、光正の昭和六一年ないし六三年分の事業専従者控除、所得控除の額及び昭和六二年分の短期譲渡所得の欠損金額については原告の確定申告書に記載された額のとおりであり、本件訴訟においても原告は争っていないことから、それら金額については被告の主張のとおりと認められる。

(二)  以上によれば、被告が本件において採用した推計方法は、それ自体から明らかなように恣意的作為の介在する余地が少ないものであるばかりか、具体的にも算定の基礎とした仕入・外注費の把握方法とその結果、光正と業種及び事業規模等が類似する同業者の抽出過程とそれに基づく仕入・外注費率、特前所得率の平均値の算定方法においても相当であると認められ、これらを用いて光正の事業所得金額を算出することにより、光正の実際の所得に近似した数値が得られるものと考えられるので、光正の所得の推計方法として社会通念上合理性があるものとしてこれを是認することができる。

また、同業者の抽出についても倍半基準の設定についても、被告がこれを恣意的に行ったと認めるべき証拠はない。

原告は、被告の行った仕入・外注費を実額で把握し、比準同業者の仕入・外注費率に基づき推計する方法につき、仕入と外注とは性質の異なるものであって合理性がないと主張するが、前掲乙一〇ないし一六号証の各一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、光正は、仕入のほかに外注を行っていたこと、被告が比準同業者として抽出した業者は、いずれも、推計の基礎となった仕入金額・外注費の額の中に外注費を含んでおり、これらを推計の基礎とするについて合理的であると認められること、原告の主張するような仕入と外注の違いを区別し、その点を考慮に入れて比準同業者を選定することは、そもそも原告が税務調査に応じない以上、困難であると考えられることからすると、原告の右主張は理由がないというべきである。

その他、原告は、印刷物、印刷機種、その台数等の収入支出に大きな影響を及ぼす要素を考慮して比準同業者を選定すべきであるとも主張するが、原告は、これらの要素が右の点にどのような影響を及ぼすかも主張しない上、そのような調査をすることは、事実上、困難であると考えられるから、右主張も理由がない。また、原告は、本件において抽出された比準同業者の数が少なすぎ、なお、光正の売上原価の少ない方に偏っていると主張し、この点については前記認定のとおりであるが、被告の主張する抽出基準には、前述のように合理性があるといえ、右の結果は、これを否定するものとはいえない。

(三)  原告は、本件各係争年分の所得につき、自己推計による特前所得率を算出し、それによれば被告の推計額は過大であり合理性がない旨主張する。しかし、原告は、自己の所得を訴訟上主張するについては、本来、その実額を主張立証すべきであると考えられる上、この点はさておいても、光正の過去の三か年分の所得については、前記認定のような疑問があったために本件調査がされるに至ったものであることを考えると、別表一二の特前所得率等の数字を前提として算出された同表一三の特前所得が本件各係争年分の実額のそれに近い数値を示しているとはにわかに認め難く、原告のこの点に関する主張はたやすく採用することができない。

その他、本件において、被告の推計方法の合理性を疑わせる具体的な事情は認められない。

三  本件取消処分の違法について

光正は、本件税務調査の際に、帳簿類等を備えつけていたにもかかわらず、草川係官において一方的に調査を打ち切っただけであって青色申告承認の取消しに当たる事由がないと原告は主張するが、本件調査に際して、必要な帳簿類の提示があったと認められないことは前記認定のとおりであり、光正において適法に帳簿類を備えていたかどうかを、被告係官において確認することができなかったというべきであるから、本件取消処分は理由があると言える

第四結論

そうすると、光正の本件各係争年分の課税総所得金額は、昭和六一年分が一一一五万九〇〇〇円、昭和六二年分が一九〇七万八〇〇〇円、昭和六三年分が一一七六万円と認められるから、課税標準を右金額の範囲内としてされた本件各更正は、いずれも適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件各決定もまた適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 今井弘晃 裁判官秋武憲一は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 浅野正樹)

別表一

青色申告承認取消処分の経緯

<省略>

別表二

本件課税処分等の経緯

昭和六一年分

<省略>

別表三

昭和六二年分

<省略>

別表四

昭和六三年分

<省略>

別表五

原告の仕入・外注費の内訳

<省略>

別表六

昭和61年分 比準同業者

<省略>

別表七

昭和62年分 比準同業者

<省略>

別表八

昭和63年分 比準同業者

<省略>

別紙九

第1表 過少申告加算税の基礎となる税額の計算(昭和61年分)

<省略>

第2表 第1表の2欄の<1>の「総所得金額」の内訳

<省略>

第3表 過少申告加算税の額の計算

<省略>

別紙一〇

第1表 過少申告加算税の基礎となる税額の計算(昭和62年分)

<省略>

第2表 第1表の2欄の<1>の「総所得金額」の内訳

<省略>

第3表 過少申告加算税の額の計算

<省略>

別紙一一

第1表 過少申告加算税の基礎となる税額の計算(昭和63年分)

<省略>

第2表 第1表の2欄の<1>の「総所得金額」の内訳

<省略>

第3表 過少申告加算税の額の計算

<省略>

別表第一二(本人比率による計算)

<省略>

別表第一三

<省略>

<省略>

別紙

平成元年11月7日原告宅臨場の際の見取図

<省略>

税務調査時の位置図

<省略>

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