横浜地方裁判所 平成5年(ヨ)164号 決定 1993年6月17日
債権者
横尾島吉
同
波多野俊久
同
齊藤幸雄
右債権者ら代理人弁護士
小長井良浩
同
三宅信幸
同
加藤洋一
同
大島真人
債務者
大経寺
右代表者代表役員
渡邊慈済
右債務者代理人弁護士
漆原良夫
同
竹内美佐夫
同
石井次治
同
田村彰浩
同
清見勝利
主文
債権者らが債務者の責任役員の地位にあることを仮に定める。
申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第一申立の趣旨
債権者らが債務者の責任役員の地位にあることを仮に定める。
第二当事者の主張
一債権者らの主張
1 債務者は宗教法人であり、渡邊慈済(以下「渡邊」という。」が代表役員である。債権者らは平成三年四月一五日に債務者の責任役員に就任した。
2 渡邊は平成四年一〇月一七日、債務者住職として、債権者ら三名に対し、「今般、貴殿を大経寺総代(責任役員)より解任いたします。」と記載された解任通知書と題する書面を送付し、債権者らはこれを受領した。なお、総代とは代表役員以外の責任役員である。
3 右解任は左記の理由により無効なものである。
(1) 債務者の平成四年一〇月一七日当時の寺院規則(以下「規則」という。)上、責任役員の解任に関する直接の定めはないが、債務者の包括宗教法人である日蓮正宗の宗規二三六条三項には「総代が犯罪その他不良の行為があったときは、住職または主管は、この法人の代表役員の承認を受けて、直ちにこれを解任する。」と定められ、規則三五条には「日蓮正宗の規則中、この法人に関係ある事項に関する規定は、この法人についてもその効力を有する。」と定められているから、債務者にあっては責任役員の解任については、解任事由として「犯罪その他の不良の行為」が必要で、解任手続として「日蓮正宗の代表役員の承認」が必要であるところ、右解任は解任事由に欠け、解任手続きも履践されていない。
(2) 規則八条三項に「代表役員以外の責任役員は、日蓮正宗の代表役員の承認を受けなければならない。」と定められ、一般に解任権と選任権は表裏一体の関係にあるから、債務者における責任役員の解任に関しては、規則八条三項が類推適用されるべきであり、したがって債権者らを解任するためには日蓮正宗の代表役員の承認が必要であるところ、右解任に日蓮正宗の代表役員の承認はなかった。
(3) 本件解任の通知方法は、早朝に各総代の自宅に渡邊の使者と称する正体不明の者が何の説明もなくいきなり解任通知書だけを手渡すという方法でなされ、解任通知書には解任事由は記載されておらず、渡邊は解任に際して事情聴取や事前の説明なども一切行わず、債権者からの問い合せに応じていない。渡邊のこのような行為は宗教法人法一八条五項に違反する。
4 債権者らは債務者の責任役員であり、債務者の事務を決し(規則一一条)、その財産に関する事項を決議し(規則一九条、二一条)、予算の編成や決算の承認といった重要な議決に関与し(規則二四条、二九条)、その他にも規則等に明文化されているわけではないが、責任役員は債務者において執り行われる法要等の宗教儀式についても、一般信徒を代表して住職と打合せをしたり、住職と一般信徒の間にたって連絡にあたるなど重要な役割を果たしてきた。債権者らは債務者の責任役員として右のような行為を行うことにより、日蓮正宗の教義を広め、債務者の礼拝施設その他の財産の維持運営に参画し、もって、日蓮正宗の興隆に資する宗教上の生活利益を有するものであるところ、その生活利益は、本件解任によって侵害され、その損害は著しい。
渡邊は平成五年一月一二日、神奈川県知事に対し日蓮正宗との被包括関係を廃止すべく債務者の規則を変更したとして認証の申請を行い、同年二月五日に神奈川県知事により規則変更の認証がなされたが、債務者の規則上、規則変更には責任役員会において全員一致の議決を経ることが必要なのに(規則三三条)、そのような議決はなく、したがって、規則変更は違法であり、このまま放置すれば、渡邊の債権者らに対する解任行為が既成事実となってしまい、債権者らが責任役員の地位を回復するのが困難になる。
5 よって、債権者らが、債務者の責任役員であることを仮に定めることを求める。
二債務者の認否
債権者らの主張1、2は認める。債権者らの主張3のうち、規則に責任役員の解任に関する直接の定めはないこと、規則と日蓮正宗の宗規に債権者ら主張の規定があること、本件解任に日蓮正宗の代表役員の承認がなかったこと、渡邊は解任に際して事情聴取や事前の説明などを行わなかったことは認め、その余は否認ないし争う。債権者らの主張4のうち、債務者が平成五年一月一二日、神奈川県知事に対し日蓮正宗との被包括関係を廃止すべく債務者の規則を変更したとして認証の申請を行い、同年二月五日に神奈川県知事により規則変更の認証がなされたこと、規則に債権者らの主張する規定があることは認め、その余は否認ないし争う。
三債務者の主張
1 宗教法人とその役員との法律関係は、民法上の委任ないしは準委任契約の関係にあるから、債務者は民法六五一条一項により債権者ら責任役員をいつでも自由に解任できる。解任に必要な手続きについては、規則に規定がないから、条理によって決せられると解されるところ、特段の事情のないかぎり選任権を有する者が解任権を有することが条理に合致すること、債務者の改正前の規則及び債務者における慣習に照しても代表役員以外の機関に解任権を委ねていると解すべき特段の事情の存しないこと等の諸事情に鑑みれば、債務者代表役員は、事由の如何を問わず、いつでも責任役員を解任できる。
2 規則三五条は宗教法人法一二条一項本文、一二号の相互規定に該当しないから、宗規二三六条三項は債務者に適用されない。
3 以下の理由により、規則八条三項は本件解任に類推適用されない。
(1) 被包括宗教法人と包括団体は別個独立の宗教法人であり、信教の自由の保障の趣旨や条理上、被包括法人の自由独立性は十分に尊重されねばならず、宗教法人とその責任役員との信頼関係が失われた場合には、当該宗教法人において責任役員を解任できなければならない。
(2) 被包括関係の廃止にあたって包括宗教法人の関与を制限した宗教法人法上の諸規定(同法二六条一項後段、七八条一項)や信徒の多数が日蓮正宗との被包括関係の廃止を望んでいるのに、日蓮正宗の承諾がなければ日蓮正宗の意を受けた責任役員を解任できないとすると、債務者の信教の自由が侵害されることなどからして、宗教上の信念の対立による被包括関係廃止の前提として責任役員を解任するためには包括宗教団体の制約に関する手続きは不要と解するべきであり、特に、本件の場合、責任役員は被包括関係の廃止を阻止するために、日蓮正宗が選任させた者であるから、なおさら、その解任に日蓮正宗の関与があってはならないと解すべきところ、現実に、本件解任は債務者の日蓮正宗との被包括関係を廃止するためになされている。
(3) 宗教法人法一二条一項本文、一二号に、他の宗教団体を制約し、または制約される事項は規則に定めなくてはならないのに、日蓮正宗の宗制や債務者の規則に債務者の責任役員の解任についての日蓮正宗の承認が必要であるとの定めはない。
(4) 規則八条三項にいう日蓮正宗の承認は儀礼的なもので何ら法的な意味はない。すなわち、かつて債務者の責任役員の承認をしてきたのは、日蓮正宗の代表役員でなく、管長という別の機関であったし、承認にあたっての審査も書面による形式的なものであった。
4 本件のように法人における機関の地位を保全する場合には、保全の必要性には、法人運営上の危険が要求されるところ、すでに債務者は神奈川県知事の認証も受けて規則を変更し、日蓮正宗との被包括関係を廃止し、新責任役員のもと平成五年度の予算を決議して、宗教活動を開始しているから、何ら法人運営上の危険は存しない。
債権者らの主張する宗教上の生活利益は、個人的な漠然とした抽象的利益にすぎず、保全の必要を根拠づけるものではない。
第三当裁判所の判断
一債権者らの主張1、2は当事者間に争いがない。
二本件の争点の一つは、債務者の代表役員による債務者の責任役員たる債権者らの解任の有効性である。
右争いのない事実によれば、債権者らは債務者代表役員による一方的な意思表示により任意に解任されているといえる。宗教法人法一二条一項本文、五号によれば、宗教法人の役員の任免に関する事項は規則で定めることとされているものの、債務者の規則には責任役員の解任に定めのないことは当事者間に争いがない。一般に宗教法人とその責任役員との間の法律関係は契約であり、契約の種類は、責任役員が宗教法人の事務を決定する職責を有している(宗教法人法一八条四項)ことから、委任であると解され、したがって、宗教法人とその責任役員の間の法律関係にも民法六五一条一項の適用があり、債務者は原則としていつでも責任役員を解任できると解される。しかしながら、法人の代表者の意思表示が法人に帰属するためには、代表者に当該意思表示をする権限がなくてはならず、本件では前記のとおり、債務者代表役員がその一方的な意思表示により任意に責任役員を解任しているので、債務者代表役員に、そのような方法で責任役員を解任する権限があるかにつき以下検討する。
宗教法人法一八条三項、規則一〇条には、代表役員は法人を代表し、事務を総理するとの規定があるが、とくに明文の根拠がなくても、事務の内容、性質によっては、代表役員が当該宗教法人を代表できない場合があることはいうまでもない。責任役員の解任に関していえば、宗教法人法一八条一、二、四項によれば、責任役員は宗教法人における常置必須の決定機関であり、別段の定めがないかぎり代表役員はその互選によるとされているが、これらの諸規定に鑑みると、責任役員には代表役員を監督する機能があることは明らかであり、仮に、代表役員にその一方的な意思表示により任意に責任役員を解任する権限があるとすれば、責任役員による代表役員の監督の機能が全く果たされなくなり、法の趣旨に反するといわざるをえない。ゆえに、規則で定めてあるなどの特別な事情があればともかく、一般的にいって、代表役員が一方的な意思表示により任意に責任役員を解任することはできないと解するべきである。そして、団体の役員に選任権者がある場合、役員たる地位は選任権者の意思に由来しているといえることから、役員を解任する権限も選任権者にあると考えられる。債務者についてこれをみると、債務者においては、責任役員は信徒のうちから代表役員が選定し、代表役員以外の責任役員は日蓮正宗の代表役員の承認を受けなければならないと定められている(規則八条二、三項)。ゆえに、債務者の責任役員の選任権者は、債務者代表役員及び日蓮正宗であり、責任役員の解任に際しても、債務者代表役員の意思表示とともに日蓮正宗の代表役員の承認が必要であり、債務者代表役員の意思表示とともに日蓮正宗の代表役員の承認があれば、民法六五一条一項に従い、債務者はいつでも、債権者ら責任役員を解任できると解される。債権者らの解任に日蓮正宗の代表役員の承認がなかったことは当事者間に争いがないから、債務者代表役員による債権者らの解任の意思表示は無効であり、債権者らは依然として債務者の責任役員の地位にあると解される。
以下、本件解任に日蓮正宗の承認がなかった点に関する債務者の主張を検討する。
まず、債務者の自主独立性の点に関しては、債務者自身が自主的に、規則において責任役員の選任に日蓮正宗の承認が必要であることを定めていたのであるから、責任役員の解任に日蓮正宗の承認が必要であるとしても、それは、むしろ、規則に表れた債務者の意思を尊重したものというべく、債務者の自主独立性が侵害されたとはいえないことからして、採用できない。宗教法人と責任役員の信頼関係が失われた場合であるから、宗教法人において解任できるとの点については、前記のとおり、選任権者の意思が重くみられるべきであるから、債務者代表役員が任意に責任役員を解任する根拠にはならない。
また、本件解任が被包括関係の廃止を目的とするから包括宗教法人の承認は不要であるとの点に関しては、責任役員は宗教法人の事務全般を決定する常置必須の機関なのであるから、被包括関係の廃止についても本来責任役員がよく話し合って決めるべきことなのであって、被包括関係の廃止の前提として責任役員を解任すること自体が異常というほかなく、このような異常な事態を正当化するのに通常行われるべき手続きが履践されないことがあってはならないから、被包括関係を廃止する目的があるからといって、債務者の責任役員の解任に通常必要と解される日蓮正宗の承認が不要になるとは解されない。債務者の摘示する宗教法人法二六条一項、七八条一項等の規定も、包括宗教法人が被包括関係の廃止について、被包括宗教法人やその役員の行動を制限したり、不利益を課したりすることを禁じているのであって、本件のように包括宗教法人の関与によって責任役員の解任が妨げられる可能性がある場合には、宗教法人の事務全般を決定する宗教法人にとって重要な機関である責任役員が包括宗教法人によって守られることになり、包括宗教法人が、被包括宗教法人やその役員に不利益を課したり、その行動を制限したりすることにはならないから、これら法の趣旨が本件解任に及ぼされるべきものではない。もっとも、債務者代表役員にとっては、包括宗教法人により責任役員の解任が妨げられたことになり不利益かもしれぬが、もともと代表役員は責任役員の決定に従わねばならぬ以上、債務者代表役員に保護に値する利益があるとはいえない。被包括関係の廃止が大多数の信徒の意思であるから、被包括関係の廃止に反対する責任役員を包括宗教法人の関与なしに解任できなければ債務者の信教の自由を害するとの点も、宗教法人法や規則上、信徒は宗教法人の運営に何ら権限をもたず、責任役員の決定が宗教法人の意思であるというべきだから、大多数の信徒が被包括関係の廃止を望んでいる状況のもとで、責任役員が被包括関係の廃止に反対することにより、被包括関係が廃止できないとしても、宗教法人である債務者の信教の自由が侵害されたとはいえないから、採用できない。なお、日蓮正宗が被包括関係の廃止を阻止するために債権者らを選任したとの点については、仮に日蓮正宗にそのような意図があったとしても、法や規則のうえで、責任役員の果たす役割がいささかも異なるものではないから、当裁判所の判断を左右しない。
責任役員の解任につき日蓮正宗の承認を定めた規定が日蓮正宗の宗制や債務者の規則に存在しない点についても、前記のとおり、選任権者が解任権を有すると解すべきことに鑑みれば、責任役員の選任につき日蓮正宗の宗制にも債務者の規則にも、日蓮正宗の承認に関する定めがある(<書証番号略>)以上、責任役員の解任につき日蓮正宗の承認を定めた規定が日蓮正宗の宗制や債務者の規則に存在しないとしても、宗教法人法一二条一項一二号の趣旨に反するとまではいえないから、採用できない。
さらに、債務者主張の事情を考慮しても、日蓮正宗の承認が儀礼的で何ら意味がないと認めることはできない。
以上より、被保全権利は存在する。
三保全の必要について
<書証番号略>、審尋の全趣旨によれば、債務者代表者は日蓮正宗との被包括関係を廃止に反対する意向のある債権者らを解任した後、自己と考えを同じくする者を責任役員に選任し、規則を変更して日蓮正宗との被包括関係を廃止したことが認められ、変更後の規則が平成五年二月二五日に神奈川県知事により認証されたことは当事者間に争いがない。債権者らは債務者代表者による無効な解任がなければ、債務者の責任役員の地位にとどまって自己の考えを債務者の活動に反映させていくことができたのに、このような地位を奪われ、しかも右認定の事実によれば、現在は、債権者らと考えの違う者が責任役員に選任され、債務者が債権者らの意向に反する形態での活動を現実に行っているといえるから、保全の必要は認められる。たとえ、債務者の現在の活動自体が円滑であっても、債権者らを排除して債務者の活動が続けられると、例えば、債権者らとは考え方の違う信徒が増えることなどにより、債権者らからみれば、債務者に重大な影響を及ぼし法人運営上の急迫の危険が生ずるおそれがあるから、保全の必要性があるといってさしつかえない。
四以上によれば、債権者の申立ては理由があるからこれを認め、担保についてはこれをたてさせないこととし、申立費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官櫻井忠明)