横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決 1994年8月08日
主文
一 被告の原告に対する別紙処分目録記載の各処分は、いずれもこれを取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、逗子市民である原告が被告に対して同市情報公開条例に基づく公文書の公開請求をしたが、被告からその一部について公開拒否処分を受けたため、その取消を求めている事案である。
二 争いのない事実等
1 原告は逗子市の住民であり、被告は逗子市の監査委員であって、後記各公開請求に係る各文書について、同市情報公開条例(以下「本条例」という。)三条二項所定の実施機関に該当する。
2 原告は被告に対し、平成四年三月三一日、本条例八条に基づいて昭和五九年三月一七日提出の住民監査請求(以下「昭和五九年監査請求」という。)に関する一件記録(四逗監収第一六号の三)及び昭和六〇年二月一四日提出の住民監査請求(以下「昭和六〇年監査請求」という。)に関する一件記録(四逗監収第一七号の三)の各公開を請求した(以下「本件各公開請求」という。)。
3 これを受けて被告は、別紙処分目録記載の各事情聴取記録(以下「本件各文書」という。)が右請求に対応する文書に含まれると認めたうえ、同年四月二一日付けの一部情報公開承諾決定に基づき、本件各公開請求のうち、本件各文書及びその他の一部公文書類について、いずれもこれを非公開とする公開拒否処分(以下、本件各文書に係る右拒否部分を「本件各処分」という。)をし、原告に対し、その旨の通知をしたが、本件各文書に関する公開拒否の理由は、それらの文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であって、本条例五条(2)ウの非公開事由があるというものであった。
4 本件各文書は、昭和五九年監査請求及び同六〇年監査請求に関し、監査委員が判断資料にするため職権で関係人及び関係機関から事情聴取した際の発言内容等に関する記録であるが、これが作成された経緯は次のとおりである。
(一) まず、昭和五九年監査請求は、逗子市住民が逗子市長に対し、昭和五九年三月一七日、国において米軍家族等の住宅建設を施工中の、いわゆる池子弾薬庫跡地内に所在した町道、堤塘及び原野等について、市所有地としての適正な管理等の処置をとるように求めたものであり、これに対して逗子市監査委員は、同年五月一五日付けで右請求は理由がないとの監査結果を請求人に通知した。(甲四号証、甲八号証の一、乙二号証)
(二) 次いで、同年五月一五日、逗子市が前記土地について国名義に真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記を経由したため、再び前記住民らは逗子市監査委員に対し、昭和六〇年二月一四日、逗子市長が右移転登記をするについて登記承諾書を国に交付した行為は違法であり、かつ右土地の管理を怠っているとして監査を求め、必要な措置を講ずべきことを請求した。これが、昭和六〇年監査請求であり、監査委員は、同年四月一二日付けで、措置請求は理由がない旨の監査結果を出し、右請求人らに通知した。(甲六号証、甲八号証の二、乙三号証)
(三) そこで、右請求人らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、国に対して、前記土地についての所有権移転登記の抹消登記手続き等を求める住民訴訟を提起した。これについて、横浜地方裁判所は、平成三年八月二八日、請求棄却の判決をし、現在、控訴審である東京高等裁判所に係属中である(以下「本件別訴」という。)。(甲四号証、甲六号証)
(四) 昭和五九年監査請求に係る本件文書は、同監査当時、逗子市において国に対する所有権移転登記等の事務に関係した所管課の職員からの事情聴取を録取したものであり、昭和六〇年監査請求に係る本件文書は、同監査当時、逗子市において国に対する所有権移転登記等の事務に関係した所管課の職員、横浜地方法務局横須賀支局の職員、大蔵省関東財務局横浜事務所横須賀出張所の職員、横浜防衛施設局施設部の職員からの事情聴取を録取したものである。(甲八号証の一、二、乙二、三号証)
5 なお、被告は、横浜地方裁判所を経て現在東京高等裁判所に係属している本件別訴が本条例五条(2)ウの「争訟」に該当すると主張している。
6 原告は被告に対し、平成四年六月一八日、本件各処分を不服として異議申立をしたところ、被告は、同年一〇月二二日、異議申立を棄却する旨の決定をし、原告に通知した。
二 争点
本件の争点は、本件各文書について、本条例の定めによる非公開事由が具備されているかどうかであって、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
1 原告の主張
本条例は、市の保有する情報を公開することを原則とするものである。しかるに、被告が、本件各文書について、それに包含されている情報の種類、性質等をまったく検討することなく、一律にこれを非公開とした本件各処分は明らかに本条例に違反する。
本条例五条(2)ウは「市又は国の機関が行う争訟の方針に関する情報であり、公開することにより、当該事務若しくは事業及び将来の同種の事務若しくは事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」に該当するものを非公開とすることができると定めているが、逗子市が、市自体又は国の機関として、本件各文書に関連して関与する争訟に該当するものは現在存在せず、将来これが係属する具体的可能性もない。
また、本件各文書は、「争訟に関する情報」を包含しているとしても、形式的にも実質的にも「争訟の方針に関する情報」に当たるとはいえないから、右非公開事由には該当しない。なお、本件各文書は訴訟係属の場合、証拠資料として提出すべきか否かの取捨選択の対象にはなり得ても、証拠資料でしかない以上、それが「争訟の方針」そのものではないことは明らかである。
しかも、たとえ本件各文書が公開されても、「当該事務若しくは事業又は将来の同種の事務若しくは事業の目的を失わせ」あるいは「適正かつ円滑な執行を著しく妨げる」ことがあるとはいい得ない。
本件各文書は、住民監査請求がなされた際に、その判断をするために作成された資料であるが、住民監査請求においては、監査委員の判断過程を監査結果通知書に記載し、後日、当該監査結果の正当性・適法性等を検証することを可能とすべきであり、そうであれば、本件各文書は監査結果の理由の一部をなすものであるから、もともと公表されるべき性質のものであり、非公開とされるべき実質的理由もない。
2 被告の主張
被告は、本件各文書は本条例五条(2)ウの「市又は国の機関が行う争訟の方針に関する情報」であるとして非公開としたのであり、本件別訴は、原告及びその同調者により逗子市に代位して提起されたものであるから、逗子市は利害関係を有するのであり、補助参加、訴訟告知等により別訴に参加する可能性があるばかりか、新たに住民から訴訟提起される可能性もあるのであって、その際の手持ち証拠である本件各文書を公開すれば、当該争訟において逗子市に不利になるおそれがあり、逗子市の事務の目的を失わせることになる。このように、手持ち証拠のうち、どれを訴訟資料として提出するかは訴訟の方針であり、その対象となる本件各文書は「争訟の方針」に関する情報に該当する。
そのうえ、本件各文書は、住民監査請求に対する判断資料であるから、本条例五条(2)アにおける意思決定過程の情報であり、監査委員が関係人との間における信頼関係によりこれを聴取したものであるから、これが公開されるならば、監査委員は以後、監査のための関係資料を入手できなくなり、市政の適正円滑な執行が妨げられ、結果的に市民全体の利益が損なわれることになる。
また、監査委員が監査結果通知書に、その理由を記載するに当たり、必ずその判断資料を全部明らかにすべきではなく、必要に応じてこれを摘示すれば足りるのであり、しかも性質上、本条例に基づく本件各文書の公開は、監査結果通知書又は判決とは異なるのであるから、それと同列に考えることはできない。
第三 争点に対する判断
一 まず、本件にかかわる本条例の規定についてみるに、甲一号証、乙一号証によれば、本条例は、市民から公開請求を受けた市保有の情報は原則としてこれを公開するが、一定の場合は非公開とすることができるし、特定の情報は非公開としなければならない旨を規定していること、そして、右非公開とすることができる場合の定めに当たる本条例五条は、その(2)において、「市が実施する事務又は事業に関する情報であって、公開することにより当該事務又は事業の公正又は円滑な執行に著しい支障をきたす情報で次に掲げるもの」としたうえ、アからエまでの事由を列記しているが、そのうちのアは「市の機関内部若しくは機関相互又は市の機関と国等(国又は他の地方公共団体をいう。以下「国等」という。)の機関との間における調査、研究、検討、審議等の意思決定過程における情報であって、公開することにより公正又は適正な意思決定を著しく妨げるもの」というものであり、また、ウは「市又は国等の機関が行う監査、検査、取締り、徴税等の計画又は実施要領、渉外、争訟及び交渉の方針、契約の予定価格、試験問題、採点基準、用地買収計画その他市等の機関が行う事務又は事業に関する情報であって、公開することにより当該事務若しくは事業又は将来の同種の事務若しくは事業の目的を失わせるもの又は公正かつ円滑な執行を著しく妨げるもの」というものであること、なお、本条例には、実施機関が公開請求に係る情報の非公開を決定したときは、その旨及びその理由を文書により速やかに請求者に通知しなければならないとの定めもあること(九条)が明らかである。
二 そこで、右非公開に関する規定内容及びこれを含む全体としての本条例の構成、並びに市作成の「逗子市情報公開条例の解釈運用基準」(甲二号証、乙一号証)などを総合して、本件各処分の根拠規定である本条例五条(2)の規定、とりわけ、そのうちの「渉外、争訟及び交渉の方針」に関連する部分について考えてみると、その趣旨は、行政機関が関係者との間で行うそれら交渉等の事務に関する情報には、合意の成立や紛争の解決に向けて事前折衝等をする過程で出された提案や、行政機関内部で対応策を検討する過程で出された種々の意見等が含まれている場合があり、これが公開されることにより、今後、自由な発言、意見交換等が妨げられ、また、それが相手に漏れるなどして、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決が不可能ないし困難になるおそれがあるので、公開することにより当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるものは公開しないことができるとしたものと解される。
三 しかるに、本件各文書のうち、昭和五九年監査請求に係るものは、同監査当時、逗子市において国に対する所有権移転登記等の事務に関係した所管課の職員から事情聴取した結果を録取したものであり、昭和六〇年監査請求に係るものは、同監査当時、逗子市において国に対する所有権移転登記等の事務に関係した所管課の職員、横浜地方法務局横須賀支局の職員、大蔵省関東財務局横浜事務所横須賀出張所の職員、横浜防衛施設局施設部の職員から事情聴取した結果を録取したものであることは前記のとおりであるが、その具体的聴取内容がいかなるものであるのかについての主張はなく、証拠上も明らかではない。もっとも、その聴取内容の中には、池子弾薬庫所在地内の土地所有権の帰属についての意見、これをめぐる紛争解決への予測、解決方法に関する情報等が含まれているとの推測ができないわけではなく、また、その一部が本件別訴についての「争訟の方針」に関する情報に該当するといえないわけのものでもない。しかしながら、本件各文書のすべて、又はその特定の一部がこれに該当することを認めるに足る資料がないばかりでなく、そのうえ更に、右各文書の公開により、前記二のような弊害が生ずるおそれがあることをうかがわせる具体的事実関係についての主張・立証もない。
そうすると、本件各文書が本条例五条(2)ウに該当するとして、その公開を拒否した本件各処分は、右ウにいう「争訟」と本件別訴との対応関係が認められるとしても、結局のところ、当該非公開事由の存在についての証明がないというに帰するから、その適法性を是認することはできない。
なお、被告は、本訴において、本件各文書が同条(2)アの非公開事由に該当することをも主張するが、非公開事由の通知に関する本条例の前記規定(九条)の趣旨・目的に照らし、原告に対する本件各処分の通知書に付記しなかった非公開事由をもって、同通知書に付記した事由に代替させ、あるいはそれを補充することは許されず、これにより右各処分についての瑕疵の治癒を認めることはできないと解されるので、この点の主張は、それ自体失当として採用の限りでないというべきである。のみならず、右(2)アの事由の存在についても的確な立証があるとはいい得ない。
第四 結論
以上のとおり、本件各文書につき、本条例五条(2)ウに該当する非公開事由があると認めることはできないから、右各文書を非公開とした本件各処分は、本条例に違反し、違法であるといわざるを得ない。
よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
処分目録
一 平成四年四月二一日付け「昭和五九年三月一七日提出の住民監査請求に関する一件記録(四逗監収第一六号の三)のうちの「住民監査請求にかかる関係人の事情聴取記録」を開示しない」との決定
二 平成四年四月二一日付け「昭和六〇年二月一四日提出の住民監査請求に関する一件記録(四逗監収第一七号の三)のうちの「住民監査請求にかかる関係人の事情聴取記録」を開示しない」との決定