横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)39号 判決
原告
篠田健三
同
間瀬貞雄
右両名訴訟代理人弁護士
佐伯剛
同
小野毅
同
小賀坂徹
被告
(前逗子市長) 富野暉一郎(Y1)
同
恩田忠司(Y2)
右訴訟代理人弁護士
古内眞也
同
鈴木仁
同
高城俊郎
同
小池敏彦
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 本件土地買受けの必要性について
前記争いのない事実に加え、〔証拠略〕によれば、本件売買契約締結に至る経緯について、以下の事実が認められる。
市は、かねてから、本件土地を含む史跡「名越切通」及びその周辺の土地を史跡公園として保存する計画を有していたが、平成二年ころから、名越切通史跡公園基本構想を検討し、平成三年三月には、前記争いのない事実のとおり同基本計画を策定した。これに対し、被告恩田は、昭和六二年ころから、本件土地の隣地所有者であるアーバンライフ等と共同して、アーバンライフ所有地や周辺土地とともに本件土地の開発を計画し、右開発計画について、都市計画法三二条の同意及び協議申請の前提として、開発に反対する市との間で指導要綱に基づく協議を継続していた。
被告恩田が本件土地及びその周辺土地の開発に強い意欲を示していたのに対し、アーバンライフ側は、市の史跡保存計画に比較的柔軟な対応を示していたことから、市は、平成元年一二月ころから、アーバンライフに対し、個別に、右計画への協力を要請した。その結果、アーバンライフは平成二年末ころから、その所有地の買収に応じる意向を示し、平成三年七月一一日には、市との間で原告ら主張のとおりの覚書を取り交した。右の市とアーバンライフとの話合いの経過の中で、アーバンライフは、自分のところの計画がスムーズに進むならば、被告恩田の開発計画を抑えることができるかのような話もしていた。
他方、被告恩田は、同年九月一七日、指導要綱に基づく市との事前相談を経ないまま、都市計画法三二条の同意及び協議申請を行い、これには応じられないという市の回答に対しても、本件土地を史跡公園予定地から除外するよう強硬に申し入れる等、あくまで本件土地開発に固執し、市の史跡保存計画への協力要請に応じない意思を再三明らかにしていた。
本件土地は、平成三年三月に市が策定した基本計画では、都市緑地保全法による緑地保全地区の予定地として、周辺土地とともに保存することが予定されていた土地であり、また、公道から前記アーバンライフ所有地への進入路の一つに当たり、本件土地を周辺土地と一体としてその保存を図るためには、被告恩田に開発を断念させ、緑地保全計画への協力を得る必要があった。ところが、当時、市には、法的拘束力のない指導要綱のほかに、開発規制条例等、土地開発に対する格別の法的規制がなかったため、被告恩田が、市に対し前記協議の申請をした場合、市としては、法律上、これを拒む理由がなく、仮にこれを拒否した結果、都市計画法上の開発許可申請が却下されたとしても、行政不服審査により取り消される可能性があるなど、被告恩田の開発を防ぐのは相当困難な状況にあった。本件土地は、将来的には、県の緑地保全地区の指定、買入れによる保存が予定されていたものの、当時、県が本件土地周辺を緑地保全地区に指定するなどの措置を講ずるには、なお相当の期間を要することが予想された。したがって、市として、被告恩田の開発を防ぐには、市が県に先行して被告恩田から本件土地を買収する以外に適切な方法がなかった。そこで、市は、平成三年一〇月の政策会議において、本件土地を先行取得する方針を決定し、これに対し、被告恩田も次第に本件土地買収に理解を示すようになり、本件売買契約締結に至った。なお、その後、被告富野が市長を辞任し、市の態度が変ったため、アーバンライフとの間の覚書は実行されず、基本計画は宙に浮いた状態となり、市による本件土地の取得だけが残ったかたちとなった。
右のとおり、本件土地は、基本計画において、名越切通史跡公園の一部として将来、周辺土地とともに、県の緑地保全地区の指定を受け、その保存を図ることが予定されていたものであるところ、被告恩田が本件土地の開発に強い意欲を示していた前記のような状況において、市が本件土地を先行取得する以外にその開発を防ぐ適切な方法がなかったといえるから、市には、本件土地買受けの必要性があったと認めるのが相当である。原告らは、本件土地は、市の当初の構想では名越切通史跡公園の対象とされていなかったと主張するが、これを認めるべき根拠はない。また、原告らは、アーバンライフとの覚書に至る経過と比べて、被告恩田の都市計画法三二条による同意及び協議申請から本件売買契約に至る期間が短かすぎ、市としては、これを拒否することができたし、右覚書が交わされた以上、被告富野の主張によっても進入路にすぎない本件土地を取得する必要はなかった旨主張する。そして、確かに前記認定のとおりの期間で市は売買を決断するに至っているが、被告恩田の従前ないし当時の開発意思や既に前記申請という法的手続がとられていることからして、これを拒否するのが相当困難であったといえること、本件土地は、公道に接続する進入路として(唯一のものか否かはともかく)重要な位置を占めていたこと、覚書によるアーバンライフの土地購入は確定していたわけではないこと、本件土地が周辺土地とともに緑地保全地区として一体として保全されるべきであると考えられたことなどを考慮すると、市による本件土地購入の必要性が乏しく、この点について被告富野に裁量権を逸脱ないし濫用した違法があるということはできない。原告らの主張は理由がない。
二 本件売買価格の相当性について
〔証拠略〕によれば、本件売買価格決定に至る経緯について、以下の事実が認められる。
市は、本件土地買受けの方針を決めた後の平成三年一〇月二五日、本件土地取得に要する費用を概算し、被告恩田に売買条件を提示する前提として、澤野鑑定所に本件土地の鑑定依頼をし、同年一二月一四日に、同鑑定所による鑑定結果の提出を受けた。そして、市は、本件売買契約に当たり、従来、市が買い受ける土地につき複数の鑑定を経たうえで売買価格を決定することが多かったことから、さらに伊藤不動産鑑定所に本件土地の鑑定依頼をすることとし、平成四年三月三一日、同鑑定所による鑑定結果の提出を受けた。また、澤野鑑定所の当初の鑑定から日時が経過しており、時点修正を行う必要があったことから、市は、澤野鑑定所に改めて鑑定依頼をすることとし、同年四月一五日、再度の鑑定結果を得た。そして、市は、これらの鑑定結果(前記第二の一の2のとおり)のうち、澤野鑑定所の時点修正後の鑑定価格に基づき本件売買価格を定めた。
以上のとおりであり、澤野鑑定所による再度の鑑定がその方法、結果において適正を欠くものであると認められるような事情は存しない。そうすると、市が右鑑定価格に基づき本件売買価格を決定したことが違法、不当であるとはいえない。
原告らは、市が、被告恩田の圧力により、同被告がアーバンライフとの共同開発を断念したことにより被った損害を補填させるため、殊更、高額の鑑定価格により本件売買価格を定めた旨主張するが、このような事情を認めるべき証拠はない。また、原告らは、本件土地とアーバンライフ所有の隣地とを一体評価しなかったことが不当であるとも主張するが、右隣地の買収交渉と、本件土地の買収交渉が別個に進行していたことは前記のとおりであるから、両土地を一体評価しなかったことが直ちに不当であるとはいえない。また、〔証拠略〕によれば、本件土地は、併せて二四二八平方メートルであって、すべて市街化区域に存するのに対し、アーバンライフ所有地は、七万九八九一・〇九平方メートルと広大であり、その北西側の一部が市街化調整区域であるほか、南西側の一部が住居地域、北側の一部が国の史跡指定区域であることが認められるのであり、このように両土地が地域的要因等を異にする場合、両土地の鑑定価格に差異が生じたからといって、直ちに本件土地の評価が不当に高額であるということはできない。原告らの主張は理由がない。
三 結論
以上のとおり、市による本件土地買受けの必要性が乏しく、本件売買価格が不当に高額であるとは認められないので、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 近藤壽邦 近藤裕之)