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横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)11号 判決 1995年10月25日

横浜市旭区柏町五八番地の一

甲・乙事件原告

河野禮通

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

甲・乙事件被告

右代表者法務大臣

宮澤弘

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

甲事件被告

国税不服審判所長 小田泰機

横浜市保土ヶ谷区帷子町二-六四

甲事件被告

保土ヶ谷税務署長 倉持靖

右被告ら指定代理人

齋木敏文

高野博

田部井敏雄

北川益雄

池上照代

中澤彰

甲・乙事件被告国及び甲事件被告保土ヶ谷税務署長指定代理人

木村忠夫

上田幸穂

山本善春

甲事件被告国及び同国税不服審判所長指定代理人

大平欽哉

盛岡哲雄

主文

一  甲事件原告の甲事件被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長に対する訴えをいずれも却下する。

二  甲・乙事件原告の甲・乙事件被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長は、原告に対し、原告の昭和六三年分及び平成元年分の各金銭出納帳簿を返還せよ。

2  被告国は、原告に対し、金二一三〇万円及びこれに対する平成三年五月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告国は、原告に対し、金八五万円及びこれに対する平成三年五月一六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、税務調査を受けた原告が、右調査の際、保土ヶ谷税務署の職員が原告の金銭出納帳簿等を盗み出して持ち帰り、これらを未だ返還しないとして、国税不服審判所長及び保土ヶ谷税務署長に対しては金銭出納帳簿等の返還を、また、右職員の右帳簿等の盗取行為等により精神的苦痛を受けたことなどを理由に、国に対して損害賠償を求めた事案である。

一  争点

1  原告の主張はおおよそ次のとおりである。

(一) 原告は、設計業を行う個人業者であるが、昭和四六年七月から、保土ヶ谷税務署長に対し、青色申告の届出をしている。

(二) 原告は、保土ヶ谷税務署所部係官富田一男(以下「富田調査官」という。)から、昭和六一年分から平成二年分の所得税の税務調査を受けた。

富田調査官は、平成三年五月一六日、原告宅を来訪し、税務調査を行ったが、その際、原告の知らない間に、原告の昭和六三年分ないし平成二年分の金銭出納帳簿及び原告の取引先の住所録などを勝手に持ち去った。

(三) 原告は、右調査の一週間後、これらの帳簿等がなくなっているのに気が付いたので、平成三年五月二四日、保土ヶ谷税務署を来訪し、富田調査官に対し、右帳簿等の返還を求めたところ、同署所属の市川武統括官が、調査が終わり次第返還する旨述べたので、止むを得ず退出した。しかし、原告は未だに右帳簿等の返還を受けていない。

なお、富田調査官が、平成三年六月二一日に右帳簿等を原告に返還したとの被告らの主張は否認する。

(四) そこで、原告は、右帳簿等を所持していると考えられる被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長に対し、昭和六三年分及び平成元年分の各金銭出納帳簿の返還を求めるとともに、これらを返還しないことについて、被告国に対し、損害賠償として、二一三〇万円及びこれに対する平成三年五月一六日から完済まで年六分の割合による金員の支払いを求め(甲事件)、また、昭和六三年分ないし平成二年分の帳簿及び原告の取引先の住所録などを盗み出したことについて、慰謝料として、被告国に対し、八五万円及びこれに対する平成三年五月一六日から完済まで年六分の割合による金員の支払いを求める(乙事件)。

2  被告らの主張

被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長は、金銭出納帳簿の返還を求める訴えについては、これを民事訴訟法上の請求と解したときには、右被告らの当事者能力が否定されることを理由に、これを行政事件訴訟法上の無名抗告訴訟(義務付け訴訟)と解したときには、当該行為に行政処分性が認められないこと及び事前救済の必要性がないことを理由に、訴え却下の裁判を求めた。

また、被告国は、富田調査官が平成三年五月一六日、原告から帳簿等の提示交付を受けたが、これらはすべて同年六月二一日、原告に返還したと主張し、被告国の公務員の不法行為が存在しないことを理由に、請求棄却の裁判を求めた。

二  裁判所の判断

1  被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長に対する金銭出納帳簿の返還を求める訴えについて(甲事件)

原告のこの点に関する訴えは、民事訴訟法上の請求又は行政事件訴訟法上の無名抗告訴訟(義務付け訴訟)のいずれかと解される。

ところで、民事訴訟において、当事者となることができるのは、当事者能力を有する者に限られるところ、これは、民法上権利能力を有する者(民事訴訟法四五条)及び民事訴訟法四六条所定の団体に限られるから、右の訴えを民事訴訟法上の請求と解すると、国の機関にすぎない被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長は被告となり得る資格を有しないことになる。

また、右の訴えが行政事件訴訟法上の無名抗告訴訟(義務付け訴訟)であるとしても、原告の主張する帳簿等の返還自体は、公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから、行政処分性がないと言わざるを得ない。

したがって、いずれにせよ原告の右訴えは、その余の点を判断するまでもなく不適法である。

2  被告国に対する損害賠償(慰謝料)請求について(甲・乙事件)

(一) 原告が、各種の設計を行う個人業者であり、昭和四六年七月から保土ヶ谷税務署長に対し青色申告の届出をしていること、富田調査官により、昭和六一年分から平成二年分までの五年間の税務調査を受けたこと、同調査官が、平成三年五月一六日、原告宅に来訪して調査を行ったこと、原告が、同月二四日、同税務署を来訪し、同調査官が帳簿等を勝手に持ち帰ったと発言したこと、その際、同税務署の市川武個人課税第一統括官が立ち会ったことは、当事者間に争いがない。

(二) 右の事実並びに乙一ないし三号証、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査等の経緯は以下のとおりと認められる。

(1) 富田調査官は、保土ヶ谷税務署長から、原告の所得税の申告所得金額が適正であるかを調査することを命じられ、平成三年五月一六日午前一〇時ころ、原告宅に来訪し、原告立会いの下、同日午後一時ころまで、原告に対する税務調査を行った。

富田調査官は、その際、原告から、以下の書類の提出交付を受けた。

<1> 現金帳と題するコンピューターによるアウトプット資料三年分(昭和六三年ないし平成二年分)

<2> 期末試算表と題するアウトプット資料三年分(昭和六三年ないし平成二年分)

<3> 平成二年分支払利息明細二枚

<4> 平成元年分の仕入、売上、減価償却費、アウトプット資料三枚

<5> 平成元年分、スルガ銀行横浜万ケ原支店普通預金(口座番号一一三二一一一)の預金元帳写し一一枚なお、富田調査官は、右の<1>ないし<5>の書類を受け取った際、預り証を作成交付しなかった。

(2) 原告は、平成三年五月二四日午前八時五〇分ころ、保土ヶ谷税務署を来訪し、富田調査官が帳簿等を勝手に持ち帰ったなどと発言し、同税務署内の公衆電話で警察官を呼び、来署した警察官に対し、同調査官は泥棒だから逮捕してくれなどと述べた。富田調査官は、帳簿等は借用したものである旨述べた。なお、市川武個人課税第一統括官が右やり取りに立ち会った。

(3) 富田調査官は、平成三年六月二一日午前一〇時ころ、村上通章上席国税調査官とともに、原告宅を来訪し、前記<1>ないし<5>の書類は原告に返還した。

その際、富田調査官は、あらかじめ作成しておいた、前記<1>ないし<5>の書類を同調査官が預ったとの「預り証」で、同調査官の記名押印があり、下記欄外に「平成三年六月二一日」、「上記の書類を受領しました」との記載と受領者の住所、氏名欄のある書面を示し、原告に対して、右欄への署名押印を求めたところ、原告は、住所氏名を自署したうえ押印した(乙一号証)。

(4) なお、原告は、乙一号証の預り証は、富田調査官が原告宅を来訪した平成三年六月二一日、同調査官から、同年五月一六日に持って行った書類の預り証であるので署名押印するよう求められ、これに応じたものであって(なお、原告は、乙一号証に記載された以外にも、持ち去られた書類があるとも供述する。)、右書類の返還を認めたものではない旨の供述をする。

しかし、前記認定のとおり、乙一号証は、富田調査官が書類を明記してこれらを預った旨記載したうえ、原告がこれらを受領したという記載内容となっているのであり、これを原告の供述のように解することは極めて不合理であり、しかも、原告の供述によれば、同調査官が、原告に交付すべき預り証に原告の署名押印を求めたことになるなど、不自然というほかない。また、前記認定のような経過の中で、富田調査官が原告を欺いて、原告の供述するような行動に出なければならない合理的理由を見い出すこともできない。したがって、前記事実の認定に反する原告本人の右供述は、たやすく採用することができない。

(三) 以上の事実によれば、富田調査官は、平成三年五月一六日、原告から前記<1>ないし<5>の書類の交付を受けたが、それ以外の帳簿や住所録等を預ったり、又は勝手に持ち出したりなどしたことを認めるに足る証拠はない。

また、右<1>ないし<5>の書類は、すべて平成三年六月二一日、富田調査官から、原告に対して返還されたものと認められる。

そうすると、原告が主張するように、富田調査官が、原告の金銭出納帳簿等を無断で持ち去るなどしたり、これらを預りながら未だ返還していないなどという事実は認めることができないから、その余の判断をするまでもなく、原告の被告国に対する請求はいずれも理由がない。

3  よって、本件訴えのうち、甲事件原告の甲事件被告国税不服審判所長及び同保土ヶ谷税務署長に対する訴えをいずれも却下し、甲・乙事件原告の甲・乙事件被告国に対する請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 裁判官 小河原寧)

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