横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)50号 判決 1998年9月07日
神奈川県小田原市永塚二八三番地
原告
三原征紀
右訴訟代理人弁護士
岡村共栄
同
岡村三穂
同
中込光一
神奈川県小田原市荻窪四四〇番地
被告
小田原税務署長 相京育三
右指定代理人
中垣内健治
同
石井富信
同
森口英昭
同
久保寺勝
同
尾辻七郎
同
神谷信茂
同
三井広樹
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一事案の概要
原告は青色申告の承認を受けていた者であるが、被告がその取消しをした上で、原告の所得税について推計により更正処分をした。これに対し、原告が、青色申告承認を取り消す理由がないとして、右青色申告承認取消処分及び更正処分の各取消しを求めた。これが本件事案の概要である。
第二原告の請求
一 原告の平成二年分以降の所得税の青色申告承認について被告が平成四年三月六日付けでした取消処分(以下「本件青色承認取消処分」という。)を取り消す。
二 原告の平成二年分所得税について被告が平成四年三月六日付けでした更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち総所得金額一五四万七七三九円・納付すべき金額零円を超える部分及び同日付け過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、両処分をまとめて「本件更正等処分」という。)を取り消す。
第三前提となる事実(争いがない。)
一 原告の青色申告書による確定申告
原告は、木材販売業を営む青色申告の承認を受けていた者であるが、平成二年分の所得税について、青色申告書により事業所得金額一五四万七七三九円、納付すべき税額〇円として確定申告をした。
二 被告による本件青色承認取消処分及び本件更正等処分
原告の平成二年分以降の所得税の青色申告の承認について、被告は、平成四年三月六日付けでこれを取り消す旨の処分(本件青色承認取消処分)をした。
また、原告の平成二年分所得税について、被告は、事業所得の金額を七〇一万七八八〇円・納付すべき税額を六六万六四〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税を六万〇五〇〇円とする賦課決定処分(本件更正等処分)をした。
その後の異議申立て及び審査請求を含む本件課税処分の経緯のあらましは、別表一、二のとおりである。
第四当事者双方の主張及び争点
一 被告の主張
1 本件青色承認取消処分の根拠
(一) 本件調査の必要性
被告は、原告に対しては長期間調査を行っていないこと及び原告の平成二年分所得税青色申告決算書(一般用)に必要経費として記載されていた貸倒金の経費性について検討を要すると認められたことから、原告の保存する帳簿等の記入保存状況を調査し、申告額の真実性、正確性を確認する必要があると判断し、久保盛司係官(以下「久保係官」という。)に原告の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を命じた。
(二) 帳簿備付け等の義務違反
久保係官は、平成三年九月二五日に原告方を訪問し、原告の昭和六三年分から平成二年分(以下「本件各年分」という。)の所得税の調査のために訪問した旨を告げ、原告の妻の三原巻子から売上表、経費帳及び数冊の預金通帳の提示を受け、これを約三〇分間ほど閲覧した。その後の同年一〇月二三日、久保係官は、原告に対し帳簿書類を貸してもらえないかと尋ねたが、原告は、これを拒否した。次いで、同年一〇月二四日、一一月一九日及び一二月二〇日の調査においても、久保係官及び平成三年一一月ころから右調査事務に加わった加藤正志係官(以下「加藤係官」という。)が、立会人を退席させた上で帳簿書類を提示するように要請したのに対し、原告は、帳簿を提示するから立会人の同席を認めてくれとの発言を繰り返し、両係官の要請に応じなかった。その結果、本件調査の全過程を通じて、両係官が原告から提示を受けた帳簿書類は右当初のものだけであり、しかも、それらの閲覧は三〇分程度でその後は中断されたままで終わった。
右の事由は、税務調査がなされた場合に税務職員においてこれを閲覧検討し帳簿書類が青色申告の基礎として適格性を有するか否かを判断し得る状態にしておくべきという、青色申告者に課せられた所得税法一四八条所定の帳簿備付け等の義務に違反するものである。
(三) 調査における第三者立会要請拒否の正当性
ところで、税務職員が帳簿書類を検査するにあたりその帳簿書類の作成に直接関与していない第三者の立会いを認めるか否かは、調査の必要性と相手方の私的利益とを考慮して、社会通念上相当と認められる限りにおいて、当該職員の合理的な選択(裁量)に委ねられているところ、本件において久保及び加藤両係官が守秘義務違反又は税理士法違反となる可能性があること等を考慮して第三者の立会いを拒否したことは、相当であり、右合理的裁量の範囲を逸脱したものとはいえない。
(四) 本件青色承認取消処分の適法性
以上のとおり、原告は、被告所属部局の係官らの要請にもかかわらず、調査に関係のない第三者の立会いに固執して、帳簿書類の提示を拒否したのであるから、帳簿調査に正当な理由なく応じなかったものというほかはない。そのため、被告においては、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行なわれているか否かを確認することができなかったのであるから、右の事由は所得税法一五〇条一項一号の取消事由に該当する。
よって、本件青色承認取消処分は適法である。
2 本件更正等処分の適法性
(一) 推計の必要性
1(一)のとおりの必要性から被告所属部局の係官が調査に及んだが、調査ができなかったため、被告は、原告の所得を実額で把握することが困難であった。
(二) 推計の合理性
そこで、被告は、原告の取引先の調査により把握し得た限りの仕入金額を基礎に、同業者の売上原価率及び算出所得率の平均値を適用して、総収入金額及び算出所得金額を算定し、この算出所得金額から利子割引料、給料貸金及び事業専従者控除額を控除し、貸倒引当金繰戻額を加算して算定するという推計の方法を採用した。そして、同業者の抽出にあたっては、一定の基準を設け機械的に漏れなく抽出したのであるから、右抽出に被告のし意が介在する余地はなく、抽出された同業者は、いずれも原告と業種が同一でその事業規模が類似した青色申告者である。右の推計の内容及び根拠の詳細は、別紙のとおりである。
したがって、被告が採用した推計の方法は、これによって求められた数値を原告の本件係争年分の真実の所得金額に近似するものとして認定するにつき合理的である。
(三) 本件更正等処分の適法性
原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)は別紙のとおり七一一万二一七六円であると推計されるところ、本件更正処分に係る原告の総所得金額(事業所得金額)は、その範囲内の七〇一万七八八〇円である(別表二―被告答弁書別表二と同じ―参照)から、本件更正処分は適法である。
次に、本件賦課決定処分は、本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額六六万六四〇〇円に、国税通則法六五条一項及び二項の規定に基づき六万〇五〇〇円の過少申告加算税を賦課したものである(別紙の第三参照)から、本件賦課決定処分は適法である。
二 原告の主張
1 本件青色承認取消処分の違法性
(一) 「被告の主張」1(一)の事実は不知。同(二)前段の事実の外形は認める。同後段は争う。同(三)(四)の事実は否認し、法的主張は争う。
(二) 税務調査において第三者の立会いを認めるかどうかは、調査の必要性と相手方の利益とを考えて社会通念上相当と認められる限りにおいて、当該職員の合理的な選択に委ねられると解されている。
ところで、第一回の調査は、事前通知のないものであった。そこで、原告の妻の巻子は、夫の不在を理由に断ったにもかかわらず、係官から執拗に帳簿の提示を求められた。原告は、このような被告の態度に不信を持ったことから小田原民主商工会に加入し、以後は同会のメンバーの立会いを求めたという経緯があった。原告は、一貫して帳簿を調査してくれるように要請している。立会人がいても帳簿の閲覧及び質問調査は可能である。ところが、例えば原告が帳簿を目の前に提示したにもかかわらず、係官は、立会人を去らせなければ一切調査は行わないという頑なな態度を取った。
このような係官の態度は、立会いを認めるか否かの裁量権を濫用したものとして本件税務調査の違法を来すものである。
(三) したがって、このような調査に基づいてなされた本件青色承認取消処分は、違法である。
2 本件更正等処分の違法性
「被告の主張」2(一)(二)は認め、(三)は争う。
本件更正等処分は、右1のとおり違法な税務調査に基づき行われたものであるから、違法である。
三 主な争点
税務調査における第三者の立会要請と青色申告承認取消事由
第五 争点に関する当裁判所の判断(証拠により認められる事実については、当該事実認定の根拠とした主な証拠を適宜略記する。争いのない事実及び一度認定した事実は、原則としてその旨をことわらない。)
一 経緯
1 本件調査の必要性
第四、一1(一)(標記の点に関する被告の主張)のとおり、長期間調査を行っていないこと及び貸倒金の経費性を検討するため、被告は、久保係官に原告の所得税の調査(本件調査)を命じた(久保証人調書五頁)。
2 平成三年九月二五日の調査状況
(一) 久保係官の原告宅訪問
久保係官は、平成三年九月二五日午前一〇時ころ及び午後一時ころの二度にわたり、原告宅に赴いたが、原告及び妻巻子とも不在であり、原告の長男が応対に出たので、長男に後刻再度訪問する旨を伝えて原告宅を辞去した。この日の訪問は、久保係官が事前に原告に通知していたものではなかった。
(久保証人調書七・四八頁)
(二) 原告の妻への調査協力要請
久保係官は、同日午後二時一五分ころ、原告宅を再度訪問したところ、妻巻子は在宅していたものの、原告は仕事に出掛けており不在とのことであった。
久保係官は、玄関で妻巻子に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、身分及び氏名を名乗り、原告の本件各年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げ、本件調査への協力を要請した。(全体について、久保証人調書八頁)
(三)(1) 原告の妻の対応
原告の妻巻子は、「仕事のことはよく分からない。自分は電話番とか銀行に行くことが主な仕事である。」旨を答えたが、久保係官は、事業専従者として奥さんの知っていることを教えて欲しい旨を要請し、また帳簿書類の提示を求めた。
これに対し、妻巻子は、原告の仕事の概要や主な得意先等について答えた。久保係官は、これをメモした。(久保証人調書八ないし一三頁)
続いて、久保係官は、節度を持ちながら(原告本人調書七一頁)事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、妻巻子は、当初は「主人から税務署が来ても何も見せないようにいわれている。」(原告本人調書七〇頁)、「向こうにあると思うがよく分からない。」と答えたが、結局は、奥の部屋からB四サイズの売上表一枚、経費帳及び取引銀行の通帳を持参した。そこで、久保係官は、売上表から得意先名を、また通帳名義及び残高をメモしたが、経費帳については後記のとおり原告が帰宅して調査への協力が得られなくなったため簡単に見る時間しかなかった。(久保証人調書一三ないし二七頁、乙四の三頁)
(2) 右(1)に関する原告の主張とその不採用理由
原告は、「妻巻子が仕入先別買掛一覧表三枚及び得意先別売上表三枚を含む帳簿書類を提示し、久保係官はこれによって帳簿書類が克明に記帳されていることを確認するとともに仕入先及び販売先のすべての住所、電話番号をメモした。」と主張する。
しかし、得意先別売上表三枚については、甲四〇の一及び二がそのうちの二枚に該当すると認められるところ、右各書証にはいずれも住所及び電話番号が記載されていないから、その点だけでも、そもそも原告の右主張は採用し難いといわざるを得ない。また、被告は、原告の青色申告決算書に記載された仕入金額にも満たない金額を本訴において主張しており、被告は原告の仕入先を把握していなかったと認めるのが相当である。被告が仕入先を把握しながら、原告においてことさらそれを分からなくしたとして、その分からなくしていることを本件青色承認取消処分の理由の一つに結びつけている等ということはおよそ考えられないからである。
(四) 久保係官と原告自身との折衝
(三)(1)の状況にあったところ、原告が、同日(平成三年九月二五日)午後三時三〇分ころ帰宅した。久保係官は、原告に対して、身分証明書及び質問検査章を提示し、身分及び氏名を名乗り、訪問目的と妻巻子からの協力状況を説明し、原告に対し調査に協力するよう要請した。
これに対し、原告は、「なんで勝手に見ているのか。」「事前に連絡もなしになんで来るのか。」などと声高に抗義した。これに対して、久保係官が説明をして、調査への協力を求め、貸し倒れなどについて尋ねると、原告は、貸倒金処理となった経過を簡単に述べ、棚卸しについては外に材木があるからそれを見れば分かると応えた。しかし、結局原告は、「また仕事に出掛けなければならないし、妻も病気がちだからもう帰ってくれ。」と主張して、それ以上の調査協力はしなかった。(乙四の三ないし五頁、久保証人調書二七ないし三一頁、甲三九の八・1)
そのため、久保係官は、次回調査日を同年一〇月二日午前九時三〇分とすることで原告の了解を得て、その日(九月二五日)午後四時ころ原告宅を辞去した(乙四の四・五頁)。
3 平成三年一〇月二四日の期日についての設定交渉及び当日の調査状況
(一) 平成三年一〇月一日の電話連絡
原告は、2(四)末尾で予定した日の前日である平成三年一〇月一日、久保係官に電話をし、妻が精密検査のため通院するので一〇月二日の調査を延期してほしいこと、また、妻が病気で負担をかけたくないから、仕事(調査)の件は自分が対応するので、妻に調査の件を話さないようにして欲しい旨を要請した。久保係官は、これを了承し、一〇月一一日ころ原告から電話連絡をもらい、そのときに次回調査日を打ち合わせることにした。
(乙四の五頁)
(二) 一〇月一四日の電話連絡
原告は、一〇月一四日に久保係官に電話をし、次回調査日を一〇月二三日とするよう要請し、久保係官は、これを了承し、同日午前九時三〇分ころ原告宅を訪問することとなった(乙四の五頁)。
(三) 平成三年一〇月二三日の臨場と調査期日の変更
平成三年一〇月二三日午前九時三〇分ころ、久保係官が原告宅に赴いたところ、原告は、自宅の前で待っており、久保係官に対し「急ぎの仕事が入り、これから平塚まで行かなければならないので、調査を延期してほしい。」旨を申し入れた。これに対し、久保係官は、帳簿だけでも借用したい旨を表明したが、原告に断わられたため、次回調査日について電話で連絡して欲しい旨を要請して原告宅を辞去した。(乙四の五頁、久保証人調書三一・三二頁)
同日の昼ころ原告から久保係官に電話があり、次回調査日を明日一〇月二四日にして欲しい旨の申入れがあった。久保係官は、この変要要請を了承し、翌日の午前九時三〇分ころ原告宅を訪問することとなった。(乙四の五・六頁)
(四) 平成三年一〇月二四日の調査状況
(1) 吉田局員の立会いをめぐる折衝
久保係官は、平成三年一〇月二四日午前九時三〇分ころ、原告宅を訪問し、玄関左脇の部屋に案内され、入口側に座り、原告はテーブルをはさんでその向かいに座った。その際、小田原民主商工会の吉田耕三(以下「吉田局員」という。)が入り口から見てテーブルの右側に座った。
久保係官は、原告に対し、公務員には守秘義務があるので、吉田局員を退席させた上で帳簿書類を提示するよう要請した。これに対し、吉田局員は「立会拒否の法的根拠は何か。」「本人がいいと言っているのだから守秘義務は関係ない。」「小田原税務署は平成元年七月から立会いを拒否しているが、他の署では立会いを認めている。」などと発言し、原告は「調査に協力しないわけではない。帳簿を提示するから立会人を認めて欲しい。」と述べ、久保係官の要求に応じなかった。(乙四の六頁、久保証人調書三三ないし四二頁・八二頁、甲三一の四項、証人吉田調書五二頁、甲三九の八項3)
(2) 調査の不能
その日の調査においては、以上のような押し問答が繰り返され、原告は最後まで調査への吉田局員の立会いに固執し、久保係官は吉田局員の退席にこだわり、平行線となった。そこで、久保係官は、次回の調査日を後日連絡する旨を原告に伝え、午前一〇時ころ原告宅を辞去した。(乙四の七頁)
4 平成三年一一月一九日の期日についての設定交渉及び当日の調査状況
(一)(1) 加藤係官による電話連絡
その後、被告においては、久保係官に替わって加藤係官が本件を担当することとなった。
加藤係官は、久保係官からの引継を踏まえ、平成三年一一月一一日午後三時ころ原告宅に電話し、応対に出た妻巻子に対し、翌一二日の午前八時三〇分ころに原告から加藤係官に電話をして欲しい旨を伝言した。
翌一二日午後零時三〇分ころ、原告は、加藤係官に電話をした。電話に出た加藤係官は、本件調査の担当が自分になったことを伝え、調査のために訪ねたい旨を伝えたところ、原告は、「今は忙しいので、一二月にして欲しい。」と申し出た。これに対し、加藤係官は、一二月以前に調査を行いたい旨を希望し、結局調査期日は原告が申し出た一一月一九日午前九時三〇分ころと合意された。(乙五の三頁、平成八年一二月一六日第一一回口頭弁論における加藤正志の証人調書(以下「加藤証人調書<1>」のようにいう。)九頁)
(2) (1)に関する原告の供述と不採用理由
(1)の事実に関し、原告は、電話した相手は久保係官であり、久保係官から加藤係官に担当が替わったことを知らなかった旨を供述する(原告本人調書四一・四二頁)。
しかしながら、後記のとおり平成三年一一月一九日の加藤係官の臨場時に、何ゆえ久保係官が臨場しなかったかというような指摘が原告からされた形跡が弱い(証人加藤調書<1>一〇頁、原告本人調書四二・八六頁、証人吉田調書五五頁。ただし、甲三一の第三の六項は反対。)ことなどから見て、原告の右供述は採用しない。
(二) 平成三年一一月一九日の調査状況
(1) 関係者の座った位置
加藤係官は、同日午前九時三〇分ころ、原告宅に臨場し、玄関で応対に出た原告に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、所属、氏名を名乗り、本件各年分の所得税の調査のために訪問した旨を告げた。加藤係官は、原告に案内されて玄関左脇の畳の部屋に入り、入口付近に座り、炬燵を挟んで向側に原告が座った。そして、入口から見て炬燵の右側に吉田局員が座った。(乙五の三・四頁、加藤証人調書<1>一〇ないし一五頁)
なお、この日には、入口から見て炬燵の左側には、以前ほかの納税者の調査で加藤係官において会ったことのある民主商工会の藤井(以下「藤井局員」という。)が座ったと思われる(右加藤調書)が、証人吉田は、この日には藤井は立ち会っていないと供述する(調書五九頁)ところ、決定的な証拠がないことや、その事実の有無で結論が変わるとも思えないので、この点の判断は留保する。
(2) 立会いをめぐる交渉
加藤係官は、原告に対し、調査に関係のない者がいると、取引先などの秘密が漏れて守秘義務が守れないので退席させるよう要請し、その上で帳簿を提示するよう要請した。しかし、原告は「吉田さんには、帳簿の中身を見て貰っているのだから、守秘義務なんか関係がない。」と述べるなどし、吉田局員も同調し、これに応じなかった。(乙五の四・五頁、加藤証人調書<1>一五ないし一九頁)
その際、加藤係官は、原告及び吉田局員らが次のように述べたという(乙五の四・五頁)。すなわち、吉田局員が「守秘義務はそっちにあって我々にはない。そんなのは理由にならない。」といい、原告が「全部見せているから秘密なんかない。帳簿の付け方を知っている人が同席していると私も助かる。」「守秘義務というが前の担当者は玄関先で預金通帳を開いていたじゃないか。それで守秘義務が守れるのか。」「そもそも連絡なしに調査に来るなんて納税者の人権を無視している。妻はその後身体をこわしたんだぞ。だから民商の人に立会いをお願いしたんだ。それにプライバシーも侵害している。」と。
他方、原告及び吉田局員は、加藤係官が次のように述べたという(甲三一の第三の六項、甲三九の八4)。すなわち、加藤係官は高圧的な態度に終始、「あんた、帰んなさいよ。」とまで述べたと。
これらは、双方の記憶にある言葉の内容であるが、(1)の藤井局員の在席の有無をめぐって双方の記憶が対立していることを踏まえると、確定的に認定し難い面もあるので、冒頭のとおり抽象的に認定するにとどめ、それ以上具体的に認定をすることは留保するが、ある程度の強い言葉の応酬があったことはうかがわれるところである。
(3)(イ) 帳簿の扱い
加藤係官は、原告に対し、重ねて、税理士資格のない第三者の調査立会いは認められないので、同席している人達を退席させた上で帳簿書類を提示するよう要請した。すると、原告は、加藤係官の右要請に応じず、「帳簿はここにあるから見ていって欲しい。」と述べて、炬燵の上に乗せるとともに、忙しいので早く調査を終わらせて欲しい旨、また、貸倒金の処理については、自分と税務署では見解の相違がある旨述べた。(乙五の五・六頁、加藤証人調書<1>二〇ないし二四頁)
(ロ) 帳簿の扱いに関する原告の供述とその不採用理由
原告は、「帳簿はそもそもむき出しにしていた。納品書、請求書、支払手形の耳、預金通帳、現金出納帳、銀行勘定帳、売掛帳、買掛帳及び売掛集計表を揃え、書類を一冊ずつ開き、記帳を確認しながら各書類を一つずつ説明した。」と供述する(原告本人調書四五・四六頁、吉田証人調書五六・五七頁)。
しかしながら、同日の調査は一時間程度のもので(原告本人調書五二頁)、しかもその時間の大半が第三者の立会いの是非をめぐって費やされたことに照らせば、双方が合意の上で加藤係官においてそれらの帳簿書類の中身を詳細に確認したとは考えられない。書類の存在とその外側の確認あるいは書類を簡単に開いた程度のことはあったかもしれないが、書類の中までを詳細に確認したというのであれば、その供述部分は採用できないというべきである。
(4) 交渉の決裂
(2)及び(3)のような交渉をし、平行線となった。原告は「このままでは、時間ばかり経ってしまう。どちらかが折れるしかないが、私の方から折れるつもりはない。」等と述べた。
そこで、加藤係官は、このままでは調査ができないので、独自に調査を行うこと及び帳簿書類の確認ができないと青色申告の承認を取り消した上で更正することになる旨を説明し、その日の調査を打ち切り、午前一〇時三〇分ころ原告宅を辞去した。(全体について、乙五の六・七頁、加藤証人調書<1>一九ないし二八頁)。
5 平成三年一二月二〇日の期日についての設定交渉及び当日の調査状況
(一) 平成三年一二月一二日の電話連絡
その後、加藤係官は、原告の気持ちが変わって、立会人のいないところで調査に応じてくれるかもしれないと考え、同年一二月一二日午後四時二〇分ころ原告宅に電話をした。加藤係官は、電話に出た原告に対し、再度調査に訪ねたいので調査の日程について相談したい旨申し入れたところ、原告は一二月二〇日であれば都合がつく旨回答した。そこで、加藤係官は、第三者が同席していると調査をすることができない旨を説明した上、同日午前九時三〇分ころ訪問することを伝えた。(乙五の七頁、加藤証人調書<1>二八頁)
(二)(1) 平成三年一二月二〇日の調査状況
加藤係官は、平成三年一二月二〇日午前九時三〇分ころ原告宅に臨場し、前回の調査の時と同じ部屋に案内されたところ、その部屋には、吉田局員が前回と同じく炬燵の右側に座っていた(乙五の七頁、加藤証人調書<1>二八ないし三〇頁)。
加藤係官は、原告に対し、第三者を退席させた上で、昭和六三年分から平成二年分までの帳簿書類を提示するよう要請した。
すると、原告は、「それは税務署の勝手な見解だ。先月末ころに民商の人達と税務署に行き、総務課長の説明を聞いたが納得できない。」「こちらで立会人を頼んだのだから、そっちから言われる筋合いはない。」と述べ、吉田局員は、請願書と題する文書を加藤係官に手渡し「この請願書にも書いてあるように、最近の税務署のやり方はむちゃくちゃだ。」と述べた。
加藤係官は、右請願書と題する文書を吉田局員に返還しながら、原告に対し、調査に関係のない第三者を退席させて帳簿書類を提示するよう要請したが、原告は応じなかった。そこで、加藤係官は、原告に対し、このような状況では独自に調査を進めるほかないこと、また、青色申告の承認を取り消すことになる旨を告げたところ、原告は「仕方ないでしょう。」と答えた。そのため、加藤係官は、調査を断念して原告宅を辞去した。
なお、当日、原告は帳簿を提示するようなことはなかった。(全体について、乙五号の七・八頁、加藤証人調書<1>三〇ないし三四頁)。
(2) 加藤係官が平成三年一二月二〇日には臨場していないとの原告の主張について
(1)の点に関し、原告は、加藤係官が税務調査に原告宅に来たのは平成三年一一月一九日の一回限りであり、吉田局員が請願書のコピーを見せたのはその一一月一九日のことである旨を主張する。そして、原告は、審査請求時(甲三六の二頁、甲三七の一頁)及び訴状において平成三年一二月二〇日に調査担当者が原告宅に臨場していたと述べていた点については、税務署の異議申立て却下の書類に同日に調査があったように記載があったのを鵜呑みにしたが、後でよく考えたら調査に来ていない旨を述べる(原告本人調書五三、五四頁)。
しかし、右弁解には格別の合理的根拠がなく(原告本人調書九三頁)、説得力が乏しい。それに加えて、吉田局員らが小田原税務署に来署したのは平成三年一一月二六日であることは明らかである(乙六)から、一一月一九日の調査において吉田局員らが請願書を提出したとの件を話題にすることなどできるはずがなく、そのことから考えて、加藤係官は一二月二〇日に原告宅に臨場し、その際に請願審の件が話題となったというべきである。
原告の標記の主張は採用できない。
二 青色申告承認制度とその取消事由
1 調査不能(帳簿の提示拒否)と取消事由
所得税法は、所得税の青色申告の承認を受けた者に対しては、その所得の計算について、各種引当金(五二条ないし五五条の二)及び青色事業専従者の給与(五七条)の必要経費算入、純損失の繰越控除(七〇条)その他の特別の軽減措置を規定するほか、青色申告にかかる更正手続について、帳簿書類を調査のうえ所得金額に誤りがある場合にのみ更正ができるものとし、かっ、更正理由の附記を義務付けており(一五五条一項、二項)、また、いわゆる推計課税を禁止する(一五六条)など、各種の優遇措置を規定している。その反面、同法は、青色申告者は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付け、記録し、保存すべきものとし(一四八条一項)、青色申告者がこれらを行わなかった場合は、税務署長は、青色申告の承認を取り消すことができる(一五〇条一項一号)ものと定めている。
これらの規定を総合すると、所得税法は、青色申告者に特典を付与するとともに、その反面青色申告者に帳簿書類の備付け、記録及び保存の義務を課し、もって納税義務者が自己の記録・保存している正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励し、申告納税制度が適正に機能することを目的としたものと解される。そこで、青色申告による納税義務者が帳簿書類の備付け、記録又は保存を正しく行っていることだけでなく、その点を税務当局が的確に確認できることも、制度の前提となっていると考えざるを得ない。したがって、例えば、青色申告の承認を受けている納税者が正当な理由がないのに当該帳簿書類を税務当局に提示することを拒否したような場合は、たとえ客観的には当該納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていたとしても、税務当局がその点を確認することができない以上、やはり青色申告制度の前提自体が欠けることとなると解されるのである。そうすると、所得税法一四八条所定の備付け等の義務とは、ただ単に法所定の帳簿書類が備付け等されていればよいというものではなく、帳簿書類に対する調査がなされた場合、調査担当の税務職員がこれを閲覧検討し、これが青色申告の基礎として適格性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことを意味し、青色申告者が右帳簿書類の調査に正当な理由がないのに応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われているかどうかを税務署長において確認することができないときは、同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解するべきである。このように帳簿書類の提示拒否が取消事由になると解するとしても、それは、提示拒否自体を独立の取消事由とする趣旨ではなく、帳簿書類の提示拒否の結果として、帳簿書類の備付け、記録、保存が正しく行われていることを確認し得ないことになるために、提示拒否をもって備付け、記録、保存がないことに該当すると法的に評価するのであり、租税法律主義に反するものではない。
2 第三者の立会要請と調査不能との関係
ところで、右1の税務調査における正当な理由に基づく調査拒否かどうかに関し、本件では、第三者の立会いが問題とされているので、以下この点を検討する。
税務職員が納税者の帳簿書類を検査するにあたりその帳簿書類の作成に直接関与していない第三者の立会いを認めるか否かは、調査の必要性と相手方の私的利益とを考慮した上で社会通念上相当と認められる限度にとどまる限り、当該職員の合理的な選択(裁量)に委ねられていると解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁、最高裁昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁)。
そこで、この点を本件事案に即してさらに具体化するとどうなるかを検討する。まず、調査に際し被調査者(納税者)が第三者の立会いを希望する場合には、その納税者に関する情報が立会第三者に開示されることは納税者自身が容認しているところであるから、その点を税務署の係官において懸念する必要はないということはできよう。
しかし、税務署の係官が帳簿書類を調査するためにはこれを閲覧することはもちろん、右書類が適正に記帳されているか否かについて納税者に対し質問し内容を確認できる状況になければならない。そして、そのような調査を行うと、納税者の取引先について、係官において質問するような必要が出てくることは見易いところである。そうなると、第三者が立ち会っておれば、その者に納税者の取引先の情報が判明してしまうので、結果的にその取引先情報についての係官の守秘義務が履行できないことになる。つまり、帳簿の確認が中心となるような調査の場合には、第三者の立会いと調査の実施とは基本的に相容れない関係にあるといわざるを得ないのである。この点に関し、帳簿の閲覧は第三者がいるところで行っても質問だけは第三者がいないところで行えば情報は漏れないとの考え方もあろう。しかし、この問題を考える場合には、もともと税務調査に際し第三者を立ち会わせる権利が納税者に法律上認められているわけでないこと、青色申告者は、所定の帳簿を備え付け、その確認に応じることを前提に種々の特典を受けることとされているから、帳簿の確認に応じることはその基本的な義務であること、このような基本的な枠組みを優先的に考慮すべきである。そうすると、納税者が税務調査に当たる係官に帳簿を貸与し十分な検討機会を付与するという場合、あるいは納税者の利益を擁護するために第三者の立会いを要するという特殊の場合等には、取引先情報が立会第三者に漏れないように注意しながら、第三者を立ち会わせることが必要となるということもあり得るかもしれないが、そうでない以上は、原則として、税務職員が調査に際して第三者の立会いを断ることには、裁量判断上合理性があるというべきである。
三 本件青色承認取消処分における取消事由の存否
1 調査未了
ところで、本件では、前記一の経緯から明らかなとおり、久保及び加藤の両係官による本件調査は、結局のところ完了しなかった。すなわち、久保係官が平成三年九月二五日に原告の妻巻子から提示を受けた売上表、経費帳及び数冊の預金通帳を約三〇分間ほど閲覧しただけであり、それ以外の帳簿書類並びに請求書や領収書等の原始記録類については被告の係官において調査を完了しなかった。
原告は、それが係官による調査の放棄の結果である旨を主張するので、2でこれを検討する。
2 調査未了の原因(立会要請の正当理由の有無)
前記一のとおり、原告の申告に貸倒れ処理の問題があったことから、被告は調査に入ったという事情がある(前記一1)。しかも、もともと調査があるという気持ちは原告自身が持っていた位である(原告本人調書七〇頁)。調査の必要性はあるわけである。そして、本件調査においては帳簿の確認が不可欠であり、これに第三者が立ち会うと取引先情報が立会第三者に漏れてしまうから、二2の考え方に照らし、特別の事情でもない限り第三者の立会いを認めるのは困難であるというべきである。
この点に関し、吉田あるいは藤井局員が原告の帳簿を記帳していて原告自身は帳簿内容を全く説明できないということでもない(証人加藤調書<2>一五頁)し、原告が第三者の立会いを求めなくてはどうしても自己の権利の擁護が難しいという事情は見当たらない。原告としては、最初に久保係官が事前の通知なしに原告不在のときに原告方を訪問し原告の妻から事情を聞き出していたことに感情的な憤りを抱き、税務に詳しい専門家としての民主商工会の応援が必要と考え、その立会いをはずせないとの態度を維持しているようである(原告本人調書六六・九九頁)が、そのような事情は、社会通念上、第三者立会要請を正当化させるものではない。
久保係官が事前に通知せずに原告方を訪問した点は確かに議論もあるかもしれないが、その後の久保係官及び加藤係官の調査の進め方は、多少は強い言葉による説得があったとうかがわれる面もあるが、全体として見ると、原告に対し真摯に調査依頼をしているというべきであり、税務権力を濫用したものがあるとは認められない。したがって、調査の進め方が、納税者に第三者の立会要請を認めさせる程の特別のものであったとまではいえない。
そうすると、前記二2のとおり、原告にはもともと第三者立会要請を求める権利はないこと、青色申告者は、所定の帳簿を備え付け、その確認に応じることを前提に種々の特典を受けることとされているから、帳簿の提示は余程のことがない限り免除されないこと、以上の優先考慮事項を踏まえるべきであり、これによれば、原告の第三者立会要請が正当化されるだけの事情はないというべきである。したがって、本件調査が未了となったのは、被告の係官が調査を放棄したからではなく、原告が正当な理由がないのに第三者の立会いに固執した結果であるといわざるを得ないのである。
3 結論(青色承認取消事由の存否)
以上のとおり、本件では帳簿の確認が必要であったところ、原告は、その支障となる第三者の立会いに固執して、帳簿書類の確認を結果的に困難としたのであり、かつ、それに正当な理由は認められないのであるから、結局原告は帳簿調査に正当な理由なく応じなかったものというほかはない。吉田及び藤井の両局員の立会いを拒否した被告の係官の措置に裁量権を濫用した違法は認められない。
その結果、被告においては、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行なわれているか否かを確認することができなかったのであり、右の事由は所得税法一五〇条一項一号の取消事由に該当するといわなければならない。
4 1から3の説示に反する原告の主張について
(一) 原告は、「帳簿書類の検査ができなかったとしても、そのことは、帳簿書類の備付け、記録、保存がないこととは別問題である。所得税法一五〇条一項一号の文理に従う限り、調査を受ける者による帳簿書類の不提示は、右一項各号に該当しない。本件処分は文理に反した類推、拡大解釈にほかならず、憲法の租税法律主義に違反する。」旨を主張する。
しかしながら、提示拒否が帳簿書類の備付け、記録、保存がないことに当たらず、提示拒否があってもいかなる場合にも青色申告承認を取り消すことができないというのは、不合理である。所得税法がそのような趣旨を認めているとは思われない。そして、二1のように帳簿書類の提示拒否が取消事由になると解するとしても、それは、帳簿書類の備付け、記録、保存がないと法的に評価することができることを理由とするのであるから、租税法律主義に反するものでない。
よって、原告の右主張は採用することができない。
(二) また、原告は、「被告は、原告の妻巻子から帳簿の提示を受けて閲覧検査をしており、それによって帳簿等が適正に記帳され保存されていたことを確認できたはずであるから、青色申告の承認の取消しは、その理由がなく違法である。」旨を主張する。
しかしながら、平成三年九月二五日の調査において、久保係官が原告の妻巻子から提示を受けた帳簿書類は、わずかに売上表、経費帳及び数冊の預金通帳のみで、しかも閲覧できたのは限られた時間であった。そして、右書類以外の帳簿及び請求書等原始記録類の調査可能なという意味での提示は原告からされなかった。したがって、被告において、原告の帳簿書類が適正に記帳されているかどうかを確認することができなかったいうべきである。
よって、原告の右主張は採用することはできない。
(三) 原告は、「係官の眼前に帳簿書類を広げ、一つ一つの帳簿書類を確認しながら閲覧できるようにしたのであり、帳簿等の閲覧を拒否した事実はない。係官らは、帳簿書類を閲覧しようと思えば容易にできたにもかかわらず、民商の事務局員が立ち会っていることを理由にこれを行おうとしなかったのであるから、青色申告の承認の取消しの事由にならない。」旨を主張する。
しかし、右の主張は、第三者が立ち会っていても税務職員がまず帳簿の調査をしなければならないことを前提としているところ、前記二2及び三2のとおりその前提の議論が採用することができないのである。そうである以上、原告の右主張は採用することができない。
四 本件更正等処分の適否
原告は、青色承認を受けている申告者に対しては推計課税をすることができないので、本件更正等処分には違法があるとしてその取消しを求めているが、その点は、本件青色承認取消処分が適法である以上前提を欠くこととなり、理由がない。そして、原告は、本件更正等処分における推計の内容、推計の必要性及び合理性があること自体は認めているのであるから、本件更正等処分には、その面からの違法はないこととなる。
なお、原告は、「被告は昭和六三年分ないし平成二年分の調査をしたにもかかわらず、本件更正等処分は平成二年分の、本件青色承認取消処分は平成二年分以降のものに限定してされている。これは、右各処分が恣意的に特定の年度を選んでされたことの証左であり、そのことからしても右の各処分は違法である。」旨を主張する。しかし、右の経過だけで本件更正等処分及び本件青色承認取消処分が恣意的にされたということはできず、証人加藤の証言(調書<1>三五頁から三八頁、調書<2>二六頁以下)もこれを認めるにはなお足りず、他にこれらの処分が恣意的にされたことを認めるに足りる的確な証拠もない。よって、右の原告の主張は採用することができない。
五 結論
以上のとおりであり、本件請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用を原告の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)
別表一
本件青色申告承認取消しの経緯
<省略>
別表二
本件課税処分等の経緯
<省略>
別紙 第一 本件更正処分の根拠について
一 事業所得の金額及びその計算根拠
被告が本訴において主張する本件係争年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)及びその計算根拠は、次のとおりである。
1 本件係争年分の事業所得の金額は七一一万二一七六円であり、その算出経過は次表のとおりである。
<省略>
(一) 総収入金額 五五三七万八〇六四円
右金額は、被告が把握し得た限りの原告の平成二年における売上原価の額四三三一万一一八四円を、被告が管轄する小田原税務署と同税務署に隣接する平塚税務署、厚木税務署及び大和税務署(平成四年七月厚木税務署から分割され新設された。以下、これらの四税務署を「小田原税務署等」という。)管内において原告と同様に木材販売業を営む青色申告の個人事業者で、かつ、原告と事業規模が類似する者(以下「同業者」という。)の平成二年分の事業所得に係る総収入金額に対する売上原価の割合(以下「売上原価率」という。)の平均値七八・二一パーセント(別表一参照。ただし、小数点第五位以下は四捨五入とする。)で除して算出したものである。
なお、同業者の抽出基準については、後記二で詳述する。
(二) 売上原価の金額 四三三一万一一八四円
右金額は、被告の調査により判明した原告の平成二年分の事業所得に係る仕入金額の合計額であり、その内訳は次表のとおりである。
<省略>
なお、本件調査において原告から、年初及び年末の棚卸商品に係る資料の提示がなかったこと、また、原告の事業の内容、形態及び規模等に特段の変化があったと認めるべき事情はなく、かつ、年初及び年末における棚卸金額が変動する格別の理由も認められないことから、年初及び年末における棚卸金額につき、これを同額と認定し、原告の仕入金額をもって売上原価の金額とした。
(三) 算出所得金額 八二七万九〇二〇円
右金額は、前記(一)記載の総収入金額五五三七万八〇六四円に、同業者の平成二年分の事業所得に係る総収入金額に対する算出所得金額の割合(以下「算出所得率」という。)の平均値一四・九五パーセント(別表一参照。ただし、小数点第五位以下は四捨五入とする。)を乗じて算出したものである。
なお、右算出所得金額とは、総収入金額から売上原価及び一般経費の金額を控除した金額である。
(四) 利子割引料 一八万七六六三円
右金額は、被告の調査により判明した原告の手形割引料の金額である。
<省略>
(五) 給料賃金 三四万五〇〇〇円
右金額は、原告が平成二年分所得税青色決算書に「雑給」として記載した金額である。
(六) 事業専従者控除額 八〇万円
右金額は、原告の妻巻子に係る所得税法(以下「法」という。)五七条三項所定の事業専従者控除額である。
(七)貸倒引当金繰戻額 一六万五八一九円
右金額は、原告が平成元年分所得税青色決算書の「貸倒引当金繰入額」に記載し、青色申告の特典を適用して必要経費に算入した金額一六万五八一九円の繰戻し額である(法五二条二項)。
(八) 事業所得の金額 七一一万二一七六円
右金額は、(三)から(四)ないし(六)を控除し、(七)を加算した金額である。
二 推計の合理性
1 被告が本訴において主張する原告の事業所得の金額は、前記一のとおり、原告の取引先の調査により把握し得た限りの仕入金額を基礎に、同業者の売上原価率及び算出所得率の平均値を適用して、総収入金額及び算出所得金額を算定し、この算出所得金額から利子割引料、給料賃金及び事業専従者控除額を控除し、貸倒引当金繰戻額を加算して算定するという推計の方法を採用したものであるところ、右同業者の抽出方法は、次のとおりである。
すなわち、小田原税務署等の管内において納税地及び事業所を有する個人事業者で、次の(一)ないし(五)の基準すべてに該当する者を同業者として別表一のとおり抽出したものである。
(一) 木材販売業を営む者
(二) 所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業専従者が一名の者
(三) 平成二年分の売上原価の額が原告のそれの半分以上二倍以内の範囲内にある者(金額で示せば次のとおり。)
二一六五万五五九二円以上八六六二万二三六八円以下の者
(四) 年間を通じて前記(一)の事業を継続して営んでいる者
(五) 次のイ及びロのいずれにも該当しない者
イ 災害等により経営状態が異常であると認められる者
ロ 更正又は決定処分がされている者のうち、次の(イ)又は(ロ)に該当する者
(イ) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者
(ロ) 当該処分について不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者
2 以上のとおり、被告は、本件係争年分について前記1の(一)ないし(五)の基準のすべてを満たしている者を同業者として機械的に漏れなく抽出したものであるから、右抽出に被告のし意が介在する余地はなく、抽出された同業者は、いずれも原告と業種が同一でその事業規模が類似している青色申告者であるから、被告が採用した推計の方法は、これによって求められた数値を、原告の本件係争年分の真実の所得金額に近似するものとして認定するにつき合理的である。
第二 本件更正処分の適法性について
被告が本訴において主張する原告の総所得金額は、前記第一の一で述べたとおり、
平成二年分 七一一万二一七六円
であるところ、本件更正処分に係る原告の総所得金額は、答弁書別表二の「更正・賦課決定」欄のとおり、
平成二年分 七〇一万七八八〇円
であって、被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから本件更正処分は適法である。
第三 本件賦課決定処分の適法性について
原告は、本件係争年分の所得税につき過少に申告していたので、被告は、国税通則法六五条一項及び二項に基づき、本件更正処分により納付すべきこととなった税額六六万六四〇〇円から国税通則法六五条四項に該当する金額九万一二〇〇円を控除して計算した税額五七万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後の額)に、一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額五万七〇〇〇円と、右五七万円のうち五〇万円を超える部分に相当する税額七万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額三五〇〇円を加算した金額六万五〇〇円を賦課決定したものであるから、本件賦課決定処分は適法である。
別表一(別紙中のもの)
平成2年分 同業者率算定表
<省略>