横浜地方裁判所 平成8年(タ)136号 1997年4月14日
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原、被告間の三女三島友代(昭和59年11月1日生)の親権者を原告と定める。
三 被告は、原告に対し、原告が別紙物件目録1及び2記載の不動産の原告共有持分につき財産分与を原因として被告に持分全部移転登記手続をするのと引換えに、金2000万円を支払え。
四 被告は、原告に対し、金400万円を支払え。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用はこれ四分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主文第一、第二項と同旨
二 被告は、原告に対し、原告が別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録2記載の建物(以下「本件建物」という。なお、本件土地及び本件建物をあわせて以下「本件不動産」という。)の原告共有持分について財産分与を原因として被告に持分全部移転登記手続をするのと引換えに、金2560万円を支払え。
三 被告は、原告に対し、金500万円を支払え。
第二事案の概要
一 原告(昭和24年4月20日生)と被告(昭和23年1月11日生)は、昭和49年3月22日に婚姻の届出をした夫婦であり、原、被告間には昭和59年11月1日生の三女友代(以下「三女」という。)がいる(昭和57年12月に出生した双子の長女、二女は、出生後間もなく死亡した。)。
(以上、甲一、四)
原告は、横浜市に勤務する地方公務員であり、被告は、飛川株式会社(以下「飛川」という。)に勤める会社員(システムデザイナー)である。
(弁論の全趣旨)
二 原告は、「原、被告間の婚姻関係は、主として被告の殴ったり蹴ったりする等の激しい暴行や他人の人格を顧みない行動によって破綻し、原告は、被告に対し、極度の恐怖心と嫌悪感を抱いており、最早回復の見込みがないから、三女の親権者を原告と定める離婚を求め(原、被告は、平成7年11月12日以降別居中〔この別居を以下「本件別居」という。〕)、また、原、被告の持分各2分の1の共有財産である本件不動産の実質寄与割合は、原告の6割であるとして、原告持分を被告に移転登記手続をするのと引換えに、被告に対し、財産分与としての清算金2560万円及び離婚慰謝料500万円の支払を求める。」と主張して本訴を提起した。
三 被告は、「原、被告の別居は、被告の暴力が原因ではなく(原告の主張するような酷い暴力を振るっていない。)、原告が将来被告の両親の面倒を見ることを嫌い、原告の母の面倒を見たいという原告のわがままで身勝手な性格・行動が原因であり、被告において、原告と三女を交えた関係をより良いものに改め、円満な家庭を再構築するよう一段の努力をする決心であるから、原、被告間の婚姻生活は未だ破綻しておらず、その回復も十分に可能である。」と主張して、離婚自体を争っている。
四 争点
1 離婚原因の存否
2 三女の親権者
3 財産分与の算定、分与方法
4 慰謝料請求権の有無、その額
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 既に認定したところに証拠(甲一、二、三の1、2、四、五の1、2、六、七、八の1、2、九、一○、乙一、二及び三の各1、2、四、原告本人、被告本人〔一部〕)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原、被告の婚姻、本件別居の経緯及び本訴提起に至った経過等は以下のとおりであると認められる。すなわち、
1 原告(昭和24年4月20日生)と被告(昭和23年1月11日生)は、大学時代にアルバイト先で知り合い、昭和49年3月に挙式し、同月22日に婚姻の届出をしてアパートで結婚生活を始めた。
2 右婚姻直後である昭和49年初夏ころ、原、被告が歩行中、被告は、通行人の男性と争いとなって同人を負傷させ、同人に損害賠償をしたことがあった。
3 被告は、元来、家事を一切せず、また日数の少ない方であったが、結婚後1年も経過しないころに失業して益々無口となり、働きながら家事一切をやっていた原告の作った料理が気に入らずに原告を怒鳴ったこともあった。
昭和50年7月ころの夕方、外出先から原告が、被告に、「もう少しで帰る。」旨の電話をしたところ、被告は、原告に対し、「ぶち殺してやる。」と怒鳴ったため、恐怖心を抱いた原告は、アパートに帰ることができず、そのまま別居するに至った。
同年11月ころ、原告は、被告の求めに応じて、被告の父母が証人として署名押印した離婚届用紙に自らも署名押印し、被告のアパートに送付したが、被告は、右離婚届を提出せず、離婚しないまま昭和55年ころまで別居状態が継続した。
原告は、被告が離婚届を未提出であることを2、3年後に知ったが、そのまま放置していた。
昭和54年1月ころ、原告は、秦野市○○字○○所在の2階建マンション(以下「原告マンション」という。)を購入し、以後、原告は、ここで暮らしていた。
4 昭和55年春ころ、被告は、居住するアパートの上階の女性と揉め、警察に逮捕された。
警察から連絡を受けた原告は、身柄引受人として被告と再会し、間もなく原、被告は、原告マンションで同居するようになった。
昭和57年12月、原、被告間に双子の長女、二女が出生したが、出生後間もなく死亡した。
5 原、被告は、原告が三女を懐胎中である昭和59年7月ころ、代金3200万円で本件不動産を購入し、原、被告の持分を各2分の1として所有権移転登記手続(本件建物については保存登記)をした。
本件不動産を購入するにあたり、原告は、同年9月、原告マンションを代金1600万円で売却し、ローン残金を精算後の金1000万円を本件不動産購入代金の一部に充て、原告マンションのローンのために組んだ○○組合からの借入金250万円を本件不動産購入ローンに振り替えた(現在、この借入金残は約金95万円である。)。
また、原告は、同年七月、財団法人○○から金510万円を借受け、本件不動産に抵当権を設定したが、平成6年1月ころ、右借入金を弁済し、同年5月20日、右抵当権設定登記の抹消登記手続を了した。
更に、原、被告は、昭和59年8月20日、連帯債務者となって、○○公庫から金740万円を借受け、同日、本件不動産に抵当権を設定した(平成9年4月現在、この借入金残は約金500万円である。)。
また、被告は、勤務先である飛川から金680万円を借り受けた(平成9年4月現在、この借入金残金は、約金300万円程度である。)。
本件不動産購入に当たり、被告は、自己の預金約金300万円をこの購入代金に充てた。
本件不動産の今現在の時価は、金4000万円を下ることはない。
6 なお、本件不動産を購入する手続をした際、被告は、原告の発言に立腹して原告の両頬をつねり、顔に紫色の痣がしばらく残った。なお、被告が、原告に対して直接暴行行為に及んだのは、これが初めてであった。
7 昭和59年11月1日、原、被告間に三女が出生した。
8 被告は、三女出生後も、同児が夜泣きしたとか、原告が口答えしたとか、些細なことを理由として原告に暴力を振るうことがあった(被告は、昭和63年ころ、新聞配達が遅れたことを理由に配達の青年を平手で殴ったことがあり、また平成元年ころ、夜訪れた自治会の人に立腹し、その持参の寿司を玄関先に撒き散らすなど、被告は、家族以外の第三者に暴力を振るうこともあった。)。
原、被告間の性的関係は、三女出産後しばらくしてから途絶え、後記の別居に至るまで全くなかった。
被告の原告に対する暴行は、三女が幼稚園に入るころに酷くなり、その後しばらくは暴力がなかったが、平成5年ころから、再び被告の暴行は酷くなり、食事の際、原告が持ってきたソースが被告の要求するソースと違ったとか、美容院からの帰りが午後5時を過ぎたとか、三女が原告と行った店の名前が答えられなかったとか、三女がデパートの名前を間違えて答えたとか、被告が勉強を教えたことについて三女の覚えが悪かったとか、原告に直接関係ないことでも、被告は、立腹し、原告を怒鳴りつけたり、原告の髪を掴んで引きずり倒したり、殴ったり、蹴ったり等の暴行行為をした。
三女に対しても、食事中にテレビに夢中で茶碗や箸を落としたとか、無理な勉強をさせ、三女が被告の与えた課題ができなかったとかを理由として、三女を怒鳴ったり、平手で叩いたりすることもあった。
原告には理由の判らない被告の暴力もあり、いつ被告が立腹して暴行行為に及ぶかが原告には予測できず、原告は、三女とともに終始被告の暴力を恐れ、緊張して生活するようになった。
平成7年7月22日、被告は、原告が台所でやかんを火にかけたままその場を離れたことを理由に激怒し、原告を階段から引き倒し、胸部を何度か蹴り、原告に全治3週間ないし1か月を要する肋骨骨折の傷害を負わせた。
同年10月15日ころ、被告が些細なことで原告を殴ったため、これを見かねて止めに入った被告の母を平手で殴りつけ、玄関まで引きずるなどの暴行を加え、被告の母に謝罪させるに至ったこともあった。
同年11月12日、被告は、原告が夕食に御飯ではなく、スパゲティを用意したことに立腹して原告を殴ったり、蹴ったりしたため、原告は、被告の隙をみて裸足の三女と共に本件建物を出て、それ以来、現在に至るまで被告と別居して生活している。
9 原告は、平成7年12月27日、横浜家庭裁判所に対し、被告を相手方として離婚を求める調停を申立てたが(同裁判所平成7年家イ第××××号婚姻関係調整調停事件)、翌平成8年2月22日、第1回調停期日で話合ったが、原、被告の考えが平行線のままで解決の糸口がなく、不調となった。
10 原告は、同年5月31日、本訴を提起するに至った。本訴における、原告本人尋問の際、原告は、「被告の暴力は治らないと思う。原告は、被告をひいき目に見て、ずるずるしてきてしまったが、もうやり直せる状況ではないし、やり直す気もない。被告が反省してももう一緒に暮らす気はない。」と明言し、離婚を強く希望する。
11 他方、被告は、本訴において、前記第二の三記載のとおり主張し、被告の陳述書(乙一)には、「三女が小さいころは夫婦の会話もあり、円満であった。子供が成長するにつれて子供の家庭教育に関して夫婦で対立することが多くなり、原告が物分かりが悪く、極めて強情であったため、たまには手が出ることもあった。しかし、決して限度を越えたものではなく、どの家庭でもよくある軽度のことで、原告が主張するような酷い暴力を振るったことはない。原告の性格の中で最も問題なのは、一度決めると人の意見に耳を貸さないことで、意見が対立した場合は会話にならない。現在の心境について、反省という言葉を知らない両親の間に生まれた三女が不憫で心配している。原告の性格では子供を立派に教育することはできない。三女は、原告より被告の遺伝子を多く受け継いでおり、今後とも被告の助言が必要で、3人で一から出直す日を一日千秋の思いで待っている。」旨の記載があり、更に、被告は、本人尋問の際、「原告は、自分の意見が100パーセント通らないと済まない性格で、被告が原告の意見に反対するとふてくされ、何度注意しても行いは改まらず、それが原因で被告は、原告に対し、半年に1回くらいの頻度で手を出すが、過度な暴力を振るったことはない。原告や三女に対する被告の態度は躾の範囲内と思う。原告は被告の暴力を大分誇張して表現している。原、被告で意見が食い違うのは、特に三女の躾についてであり、口論になった。被告は、ルールや常識を尊重するので、原告から見ると窮屈に思えたのではないかと考える。原告が離婚を求めているのは、原告には母がいて、被告の両親の老後の面倒を見ることができないからだと思う。被告としては長い間生活を共にしてきたので、夫婦仲が元通りになると思っている。原告の性格は決して良いとは思えない。今後原告と一緒に生活するようになったら、被告はお湯のことで喧嘩などしないで、もう少しのんびりした性格になりたいと思う。」などと供述し、原告の翻意と円満同居を求め、原告の離婚要求を拒否している。
12 三女は、現在、原告の下で落ち着いて生活しており、特に問題のある状況にはない。
以上のとおり認められ、これに反する被告の供述は弁論の全趣旨に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
二 右認定事実に基づき、離婚及び親権者指定並びに慰謝料請求について判断する。
右認定の各事実に照らすと、原、被告間の婚姻関係は最早完全に破綻してその婚姻の実態が失われており、今後円満な婚姻生活の修復が極めて困難であることが明らかである。
そして、右破綻に至った直接の原因は、被告の原告に対する酷い暴力行為にあることが明らかである。被告が原告に対して右のような暴力を振るうに至った基礎には、原、被告の物の見方や考え方の違いがあると解せられ、被告の物の見方や考え方にそれなりの合理性がないとはいえない面があるが、原告や第三者の物の見方や考え方を理解しようとせず、被告の意にそぐわない原告を許さないで、いきなり暴行行為に及んだことを決して正当化することはできず、被告は、そのなした暴行行為を強く非難されるべきである。
したがって、原、被告間に民法770条1項5号に定める婚姻を継続し難い重大な事由があるものといわざるを得ず、原告の本件離婚請求を肯認できるというべきであり、右に認定した事実(特に12の事実)と本件に顕れた一切の事情を考慮して判断すると、三女の親権者を原告と指定し、原告のもとで三女は養育監護されるのがその福祉に合致するものと考える。
更に、右のとおり、原、被告間の婚姻生活は、主として被告の責任により破綻するに至ったのであるから、被告は、これによって原告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきであり、本件に顕れた諸般の事情に照らし、原告の右苦痛は金400万円をもって慰謝するのが相当である。
三 前記認定事実に基づき、財産分与請求について判断する。
前記認定したところを総合すれば、原告の寄与分は6割とみるべきである。したがって、本件不動産の時価である4000万円から原、被告のローン残金合計金約900万円を差し引いた金額の六割に原告が返済すべき残ローン金を加えた金額(約金2000万円となる。)を分与金として被告が原告に対して支払い、これと引換えに本件不動産の原告の持分を被告に対して移転登記手続をする方法によるのが相当と思料する(原、被告共同名義で借受けたローン残金は被告が負担することが前提である。)。
第五結論
以上の次第であるから、主文のとおり判決する(原告の慰謝料請求の一部を棄却する。)。