横浜地方裁判所 平成8年(ワ)982号 判決
原告 W
原告 X
原告 Y
右原告ら訴訟代理人弁護士 石戸谷豊
同 飯田伸一
同 芳野直子
同 杉本朗
同 小島周一
同 三木恵美子
同 森田明
同 市村大三
同 阿部泰典
同 井上啓
同 斉藤秀樹
同 武井共夫
被告 日本赤十字社
右代表者社長 藤森昭一
右訴訟代理人弁護士 秋山幹男
被告 盛岡正博
被告 医療法人社団愛心会
右代理者理事長 盛岡正博
右被告二名訴訟代理人弁護士 池口勝麿
主文
一 原告らの被告日本赤十字社に対する請求をいずれも棄却する。
二 被告盛岡正博及び被告医療法人社団愛心会は、連帯して、
1 原告Wに対し、金二五〇七万七〇七二円、
2 原告Xに対し、金一二五三万八五三六円、
3 原告Yに対し、金一二五三万八五三六円、
並びに右各金員に対する平成五年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告盛岡正博及び被告医療法人社団愛心会に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告らと被告盛岡正博及び被告医療法人社団愛心会との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告日本赤十字社との間においては、全部原告らの負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
【以下、当事者等を次のとおり略称する。
<1> 原告らをそれぞれ「原告W」、「原告X」、「原告Y」
<2> Zを「Z」
<3> 被告日本赤十字社を「被告日赤」
<4> 被告盛岡正博を「被告盛岡」
<5> 被告医療法人社団愛心会を「被告愛心会」
<6> 被告盛岡が経営していた当時の湘南鎌倉総合病院を「湘南病院」
<7> 被告盛岡と被告愛心会及び湘南病院を総称して「被告病院」
<8> 被告日赤の神奈川県赤十字血液センターを「神奈川県血液センター」
<9> 日本赤十字社中央血液センター所長である十字猛夫を「十字医師」
<10> 湘南病院におけるZの主治医であった南渕明宏を「南渕医師」】
第一原告らの請求
被告らは、
1 原告Wに対し、各自三四一五万二二七〇円、
2 原告Xに対し、各自一七四四万六一三五円、
3 原告Yに対し、各自一七四四万六一三五円、
並びに右各金員に対する平成五年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要及び争点
本件は、冠動派バイパス手術等に際して輸血を受けたZが右手術から二五日後に移植片対宿主病(以下「GVHD」という)により死亡したことについて、Zの遺族である原告らが、右の輸血として投与された濃厚血小板に放射線照射をしなかったことによりGVHDが発症し、これが原因でZが死亡したものであると主張し、右放射線照射をしないで血液製剤を供給した被告日赤に対し不法行為責任を、右の照射をしない血液製剤を輸血した被告愛心会及び被告盛岡に対し診療契約上の債務不履行ないし不法行為責任をそれぞれ求めた事案である。
一 前提事実(以下、証拠の掲示のないものは当事者間に争いがない。)
1 当事者
(1) 原告W(昭和一〇年二月一九日生)は、Z(昭和三年一月七日生)の妻であり、原告X(昭和三二年三月一〇日生)は長男、原告Y(昭和三四年八月六日生)は長女である(甲第一号証の一)。
(2) 被告日赤は、血液製剤の供給等を行う法人である。
(3) 被告愛心会は、湘南病院を開設、経営する医療法人であり、被告盛岡は、被告愛心会の理事長である。
被告盛岡は、もともと湘南病院を個人病院として経営していたが、平成七年九月二五日にこれを法人化して被告愛心会を設立し、自らその理事長に就任したものである。
2 Zの死亡に至るまでの経過(以下の事実は、原告らと被告病院との間では争いがなく、被告日赤との間においては丙第一ないし三号証、第四号証の一ないし四及び原告W本人尋問の結果により認められる。)
(1) Zは、平成五年二月一〇日、不安定狭心症により生協戸塚病院に入院していたが、同年三月六日、心臓発作による胸痛がおき、湘南病院に転送された。
(2) Zは、引き続き湘南病院に入院し、冠動脈撮影(左室造影)により僧帽弁閉鎖不全III 度と診断され、三月から八月にかけて経皮的経管冠動脈血管形成術(PTCA)を繰り返し施され、八月二三日に一旦退院した。
(3) その後もZは、労作時に胸痛が現われるようになり、同年一〇月二八日湘南病院に再入院し、心臓カテーテル検査等を経て、同年一二月四日、冠動脈バイパス手術(三か所)及び僧帽弁置換術(以下「本件手術」という)を実施された。
右手術は同日午前八時四〇分から一七時二〇分にわたり行われ、その術中、人工心肺離脱中に出血を生じ、僧帽弁置換術をやり直したために輸血が必要と判断され、新鮮凍結人血漿、濃厚赤血球が投与された上、手術終了後にも、濃厚血小板合計四一単位が投与された(被告日赤は、濃厚血小板の投与された時期は不知とするが、合計四一単位が投与された事実は認める。)。
(4) 本件手術は成功したが、術語一一日目の一二月一五日には、数日前から現われていた紅斑が全身に広がり、同月一九日には、発赤のほか、<1>熱三八度、<2>食欲低下、<3>息切れ、<4>躯幹発熱といった症状が現れ、さらに同月二二日からは白血球が減少しはじめ、紅斑もさらにひどくなった。
Zの状態はその後も改善されないまま、同月二九日、湘南病院において死亡するに至った。
(5) Zの死因については、同年一二月二八日の日赤血液センターによる爪DNA鑑定の結果、並びに平成六年一月一一日付けの被告日赤から湘南病院宛の回答により、Zの死因は、輸血後GVHDであるとされた。
なお、被告病院は、Zは、平成五年一二月四日の本件手術に際して受けた血小板輸血によるGVHDを術後一一日目に発症し、その後汎骨髄抑制著明となり、肺感染症の急激な増悪による急性呼吸不全が主たる死因であると診断した(甲第二号証。なお、被告日赤は、GVHDの原因が輸血によるものであると推測される点は争わないが、血小板輸血によるものと特定することはできないと主張する。)。
3 GVHDの意味
GVHDは、Graft Versus Host Diseaseの略で移植片対宿主病と訳されており、移植細胞が異なった型の組織適合抗原を持つ宿主細胞を標的として起こす一連の免疫反応によって生じる疾患であるとされる。
その発症には、
<1> 移植片に免疫担当細胞(T細胞)が存在すること
<2> 宿主側に移植片中の免疫担当細胞が認識しうる組織適合抗原の相異が存在すること
<3> 宿主の免疫能が抑制されており、移植片を拒絶できないこと
の三条件が必要とされている(甲第一七号証)。
そして、輸血によって発症するGVHDは、輸血後GVHDと称され、同一血液型の血液が輸血されることにより、移植された免疫担当細胞(T細胞)が宿主(人間)から拒絶されずに生着してしまい、その結果やがてT細胞が宿主の組織適合性抗原を認識して免疫反応を起こし、宿主に組織障害をもたらす疾患であり、通常輸血後一週間から一〇日後に発熱、紅斑が発症し、肝機能異常、白血球減少、汎血球減少症を呈して発症から一か月以内にほとんどの症例が死亡する。現在でも未だ有効な治療法は確立されておらず、一旦発症すると致命的な結果となるため、これを避けるには、後述のとおり輸血用血液に対する放射線照射が唯一の確実な予防法であるとされている(乙第一号証)。
二 争点
1 被告ら三名に対して
輸血に供される血液製剤に放射線を照射すべき義務の有無
2 被告日赤に対して
輸血後GVHDに関する警告表示義務の有無
3 損害
第三当事者の主張
一 争点1(放射線照射義務)
1 原告らの主張
(一) 被告日赤の責任
(1) 被告日赤の地位
被告日赤は、明治一〇年に設立された我が国唯一の血液事業を営む特殊法人である。血液事業は、採血及び供血あっせん業取締法のもと、厚生大臣の許可制であり、法律上は被告日赤が独占する必然性がなく、また諸外国の中には各国赤十字社以外の機関が血液供給事業を担っている例もみられるが、被告日赤は我が国において依然として血液事業を独占している。
被告日赤の右の独占が正当化されるのは、過去において売血が行われたという歴史だけでなく、独占により副作用情報など血液に関する最先端の知見を集約し(専門性)、血液事業の安全性を高めることができるからである。
そして、被告日赤の事業規模は、血液事業が独立採算制をとっているものの、単年度で約一〇〇〇億円、人員も約七〇〇〇人であり、人的にも物的にも我が国はおろか世界的にも最大規模の血液供給会社であるといえ、右血液事業の専門性・安全性・公共性を実現するために、十分な企業規模を有している。また日本赤十字社血液センター規則によれば、血液センターにおける事業の内容として血液に関する調査研究及び技術の開発が掲げられている。
以上のような被告日赤の特殊性からすると、血液製剤の安全性に関して被告日赤に課せられる注意義務は、その時点において可能な限り世界最高水準の安全対策を講じるべき注意義務であるというべきである。
なお、被告日赤は、血液製剤は人体の一部そのものであるとして、輸血の特殊性を主張するが、確かに平成六年に成立した製造物責任法の立法過程において血液製剤を同法の対象とすべきか議論されたことがあるものの、衆参両院の商工委員会の席上で、法案提出者である政府委員が、輸血用血液製剤については血液に保存液・凝固剤が添加されるなどの加工行為が施されることを指摘し、結局、血液製剤も製造物責任法による製造物から除外しないという結論に至ったものであるから、同被告主張の右特殊性は、同被告の注意義務の程度に全く影響するものではなく、むしろ参議院商工委員会附帯決議によって同被告に対しては、血液製剤には現時点で入手可能な世界最高水準の安全対策が講じられていることが求められている(甲二五、三一頁)。
(2) 輸血後GVHDについての知見
<1> 輸血後GVHDの解明の経緯
昭和三〇年、霜田俊丸が手術後しばらくして皮膚が真っ赤になって死亡に至るという病態につき「術後紅皮症」として発表し(甲一八)、昭和四〇年、ハザウェイが先天性免疫不全の小児に輸血後GVHDが発症した旨報告し、昭和五八年、バークレイが輸血後GVHDは細胞性免疫不全の患者のみに発症すると報告した。
もっともその頃、井野隆史らは、術後紅皮症の症例と免疫不全患者の輸血後GVHDの症例が極めて類似していることを発見し、術後紅皮症の本態は輸血後GVHDらしいと認識するに至っていた(甲一九)。
そして、昭和五九年、青木泰子らが、それまで術後紅皮症と考えられていた患者が輸血後GVHDと考えられる所見を示しており、免疫不全でなくとも輸血後GVHDが発症するのではないかと報告し、昭和六一年に榊原高之らは、免疫不全でない患者にも輸血後GVHDが発症することを証明した(乙三九)。
<2> 日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同研究に基づくアンケート
昭和六一年、日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同研究で、胸部外科学会員に対してアンケートを行ったところ、昭和五六年から昭和六一年までの六年間に一三七医療機関において行われた開心手術において六五八・九例に一列の割合で輸血後GVHDが発症していたことが臨床的に推定された(乙三九、甲四二)。そして、右アンケート結果については翌昭和六二年三月二六日に第三五回日本輸血学会総会シンポジウムIで発表された(甲三五)。
<3> 厚生省による研究
また、同年より厚生省の「輸血に伴う免疫異常に関する研究班」において輸血後GVHDについての研究が開始され、十字医師は、右研究班の主任研究者であった(乙四一)。
<4> 被告日赤によるアンケート調査
平成二年になると、被告日赤にも特定研究班の一つとして、「血液製剤の副作用防止に関する研究班」が設置され、十字医師は同研究班の班長でもあった。
翌平成三年一月、右研究班は、「NEW REPORT 術後紅皮症として報告されているものの多くは、移植片対縮主病(GVHD)と考えられます。GVHD」と題するパンフレット(乙五)を、全国の年間千単位以上の輸血用血液を使用している病院のすべての医師に対し、輸血後GVHDの危険性の情報提供及び実態調査のため配布した。神奈川県血液センター管内においても四五施設に合計一九一九枚が配布された(乙一三)。
右アンケート配付に際して十字医師は、右研究班の班長として胸部外科以外の輸血後GVHDの具体的な発症率及び知識普及の度合いを知りたかったところ、アンケートの結果、同人は輸血後GVHDに関する知識の普及度が非常に足りないという危機意識を改めてもった。
同年七月、右研究班は、「FINDINGS 輸血後GVHDアンケート調査報告」と題するパンフレット(乙六)を、前記アンケートに回答した病院のすべての医師に配布した。同パンフレットには、アンケート結果として輸血後GVHDについての認識が不正確な医師が五〇パーセント近くいることが記載されている。
翌平成四年六月、右研究班は、「FINAL REPORT 輸血後GVHD調査総合報告」と題するパンフレット(乙七)を、前記アンケートを配布した病院に配布した。同パンフレットには、二次調査の結果が記載されており、原疾患には胸部外科開心術症例が多いこと、比較的高齢の症例が多いこと(五一歳以上、七六・六パーセント)、原因と考えられる輸血として濃厚血小板の比率は七・一パーセントであったことなどが記載されている。
以上の三種類のパンフレットは、湘南病院にも平成三年二月一四日、同年七月一五日、翌平成四年六月にそれぞれ配付されている(乙二九)。
なお、以上のパンフレットには、輸血後GVHDの予防策については全く触れられていない。
<5> 心臓外科の一般の医師らの輸血後GVHDに対する認識
Zの主治医であり、昭和六〇年五月から平成元年三月まで国立循環器病センターで心臓外科の研修医および研究員として勤務していた南渕医師は、同センターにおいて輸血後GVHDの症例を多く見ており、同病に罹患すると致死率が一〇〇パーセントであると認識していた。そして、心臓外科の医師においては、本件手術の一〇年以上前から輸血後GVHDの知識は非常に広まっていた。
また、前述の昭和六一年の日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同研究に基づくアンケートの結果、心臓外科のほとんどの医師が輸血後GVHDを認識するに至った。
さらに、被告日赤の神奈川県血液センター技術部製剤課で輸血用血液の製剤業務に従事していた石井博之が最初に輸血後GVHDを知ったのは平成元年頃で、被告日赤の技術系の職員はその当時にみな輸血後GVHDを知っていた。
(3) 輸血後GVHDの予防方法としての放射線照射の重要性
輸血後GVHDには、治療法がないため予防策が重要であり、予防のための措置として、以下に述べるとおり、輸血用血液への放射線照射が唯一の確実な方法とされている。
<1> 昭和六〇年当時から放射線照射の有用性が指摘されていたこと
昭和六〇年当時、国立循環器病センターの心臓外科部長であった鬼頭義次医師は、同センターの医局員に対し、輸血後GVHDの予防策としてX線照射装置の購入を検討する旨の話をした。また翌昭和六一年には塩野元美らは、輸血の使用前照射を提唱した。
<2> 十字医師は少なくとも昭和六二年以降一貫して被告日赤による早急な放射線照射の体制整備を主張していたこと
昭和六二年以降、十字医師は、放射線照射が最も有用にして実施可能な方法であるとした上で、心臓外科領域に限らず必要な処置であるが、放射線照射を各臨床室で個々に行うのには限界があることから、厚生省及び被告日赤の適切な指導、対応により放射線照射の体制が早急に整備されることが望まれると繰り返し主張していた。そして平成三年にはさらに、「依頼のある患者の輸血用血液について、各血液センターで放射線照射して出庫するという体制が必要と考えている。」としていた(甲二六ないし三七)。
十字医師らによる右研究報告もあり、外科系の医師にとって輸血後GVHDの予防策としての放射線照射は常識の範囲になっていた。
<3> 昭和六三年より厚生省の研究班でも輸血後GVHDの予防法が主要なテーマとなったこと
昭和六一年からGVHDの研究を始めていた厚生省の研究班における当初の研究テーマは、術後紅皮症とGVHDの同一性及び免疫不全でない患者にGVHDが発生するのかという点であったが、昭和六三年度から厚生省の意向もあり、GVHDの予防法が主要なテーマとなった。そして、右研究に対する評価がなされた平成二年三月頃、除去フィルターでも有効ではないか、放射線を照射した血液は本当に安全なのかとの意見が研究評価委員会の委員二名から出された。
その後、後述のように、平成四年四月から放射線照射が保険適用になったこと及び被告日赤が放射線照射につき補助的な役割を果たすべきとの考えに基づき、血液センターに放射線照射装置を設置するためのリース料の補助金につき厚生省が予算要求することを決めたことから、平成四年一〇月頃、平成五年三月いっぱいまでにまとめることを厚生省から要請され、放射線照射の安全性についての研究が小委員会を設けて検討された。
右検討の結果、報告書が作成されたが、同報告書の中では放射線照射による悪性腫瘍の誘発の危険性についても言及されているものの、「悪性腫瘍を誘発する危険率は少なく、GVHD予防のための放射線照射の有効性に比較して充分許容されるものと考えられる」とされている(乙四二の二)。
<4> 日本輸血学会による放射線照射ガイドラインの策定
平成四年一月二一日、日本輸血学会輸血製剤放射線照射委員会は「輸血によるGVHD予防のための血液に対する放射線ガイドライン」を策定した。
同ガイドラインには「近年、本邦では輸血によるGVHD症例が多数報告されており、その殆どが一般的には免疫機能は正常と判断された外科手術患者である」「予防対策としては、輸血用血液に対する放射線が唯一の確実な方法である」「これまでに照射血輸血による報告はない」「照射後の血液はK(カリウム)値が上昇するので、可及的にすみやかに使用すること。保存する場合でも一週間以内の使用が望ましい」などと記載されている(乙一)。
<5> 放射線照射の保険診療報酬承認
平成四年四月、輸血用血液に対する放射線照射につき保険診療報酬として承認された(乙一)。
<6> 被告日赤の血液センターにおける本件手術前の放射線照射装置の導入状況
被告日赤では、本件手術の行われた平成五年一二月以前の段階では、昭和六三年に大阪府赤十字血液センターで、平成元年に長崎県日本赤十字センター及び福岡県赤十字血液センターで、それぞれX線照射装置が導入され(乙一六)、また同年から平成四年までの間に北海道赤十字血液センターで、平成五年九月に日本赤十字社中央血液センターで(乙一八の一)、それぞれγ線照射装置が導入されていた(乙一九)。
<7> 平成五年当時の各施設・病院の導入状況
昭和五八年以前より東京大学医科学研究所や鹿児島大学等でγ線照射装置が、昭和六三年には榊原記念病院や虎ノ門病院等でX線照射装置が導入され、平成五年当時は少なくとも七八の大学病院で放射線照射が実施されていた(乙一八の一、一六、甲一五の五)。
また、平成五年当時、神奈川県血液センター管内の病院のうち、少なくとも横浜市立大学医学部附属病院、神奈川県立がんセンター、神奈川県立こども医療センターで放射線照射が行われていた。
<8> 治療用装置による照射
日本皮膚科学会の南光弘子らが行ったアンケートによれば、平成二年の時点で輸血後GVHDにつき発症予防の対策を講じている機関が六六・三パーセント(一三八施設)であり、そのうちの三三・三パーセント(四六施設)が対策として放射線照射を行っており、そのうち専用機器を使用しているのは五・五パーセント(六施設)で、九〇・九パーセント(九九施設)は治療用機器で代用していた(乙四三)。
なお、治療用の放射線照射装置であるリニアック・マイクロトロンは、平成五年一〇月当時、全国の病院で五七〇台設置されており、湘南病院からは車で二〇ないし三〇分という地理的に非常に近い場所にある湘南病院のグループ病院である茅ヶ崎徳洲会総合病院も右装置を所得していた(丙一一、乙一五)。
<9> 被告日赤が放射線照射を開始した経緯
平成四年当時、現場の医師らは、「一番助かるのは、日赤が放射線照射血を血液製剤として出すか、オーダーに応じ代行照射してくれることだ」と、口をそろえて言っていた(丙五)。
そしてZの主治医であった南渕医師も、被告日赤に血液を依頼するしかオプションがないので、輸血後GVHDの予防に関して手術前に検討しても意味がないと考えていた。
平成四年三月、厚生省血液対策事業室から放射線照射につき被告日赤に対し相談があり、厚生省と被告日赤本社との間で医療機関からの依頼に基づく放射線照射の協力についての打合わせ会議がもたれた(乙六)。
右打合わせ会議の結果、平成四年度、厚生省は、被告日赤が全国七七か所の血液センターにすべて放射線照射装置を設置するための国庫補助費として八二三二万四〇〇〇円の予算要求をし、翌年度に右金額が予算計上された(甲五、七、二四、一四の四)。
<10> 本件手術後の状況
本件手術からわずか三か月後の平成六年三月から平成七年一月にかけて全国の被告日赤の血液センターに放射線照射装置が設置され、同年三月から、照射血供給の協力が開始された。
また、同年四月二八日、神奈川県血液センターは、湘南病院に対し、右の照射血供給の協力を開始した旨を伝えたが、同年八月八日に照射契約を締結したものの翌平成八年二月二日まで湘南病院からの注文はなかった(乙三六)。
その後、平成七年五月一二日に日本輸血学会によりガイドラインIIが策定され(乙二)、平成八年一二月二六日にガイドラインIII が策定された(乙四四)。
同年四月一二日、厚生省は緊急安全性情報NO1として、「輸血用血液成分製剤の使用により致命的なGVHDが起こることがあります」との情報を全国の病院に流した(丙六、七)が、その後も輸血後GVHDによる死者が出ていた(甲六、一六の四、八、一〇)。平成一一年一月二七日、日本輸血学会によりガイドラインIVが策定された(乙四五)。
(4) 放射線照射装置の導入に関する問題点(被告日赤の結果回避可能性)被告日赤は、放射線照射の必要性を認識した後は速やかに全国の血液センターに放射線照射装置を導入し照射できる体制を整えるべきであった。しかるに被告日赤の主張によると、全国の血液センターに放射線照射装置を導入したのは平成六年三月以降であり、右経過は極めて遅く、照射できる体制を速やかに整えるべき義務を怠ったというほかない。
その理由は以下のとおりである。
<1> まず、被告日赤が平成四年三月になって初めて全国の各血液センターで放射線照射することを検討しはじめた点については既に述べたとおりであるが、昭和六一年の段階で開心手術において高い割合でGVHDが発症しており、既に術後紅皮症の大部分はGVHDであるとの研究報告もあり、十字医師の昭和六三年の論文(甲二九)においても既に「心臓外科領域だけに限らずその他の領域でも、血液製剤の輸血とともにviableなリンパ球が移入される危険のある場合には必要な処置と考えられる。」とされており、「厚生省・日本赤十字社の適切な指導・対応により上記血液製剤の輸血前放射線照射の可能な体制が早急に整備されることが望まれる。」と主張するなどしていたのである。
したがって、被告日赤としては、遅くとも昭和六三年の時点で全国の各血液センターで放射線照射を検討し準備を開始すべきであった。
もしも、この時点で被告日赤が全国の各血液センターでの放射線照射を開始していれば、その後の各経過を踏まえても(たとえ二方向照射装置の開発の必要性及びこれに要する時間等が適正であったとしても)、本件の医療事故を防ぐことができるだけの十分な時間的余裕があったはずである。
<2> 次に問題なのが、被告日赤が株式会社日立メディコ(以下「日立メディコ」という)に対し、放射線量が均一かつ照射時間が短縮できることを理由に、二方向照射装置の開発を依頼していることである。
この点、医療現場では既に一方向照射装置が導入されており、一方向照射が故に照射ムラができる等の問題点が当時報告されたとの証拠は全くないのであるから、被告日赤がわざわざ当時まだ開発されていない二方向照射装置を開発する必要はなかったはずである。
しかも、開発と評価試験に約二年かけて作成したあげく、完成した日立メディコの二方向照射装置は、その性能において従前からのγ線を利用した照射装置と大差ないものであり(甲一七)、二年の歳月は無駄であったというほかない。少なくとも発症すれば二週間でほぼ一〇〇パーセント死に至るGVHD対策をその二年間何らとることなく放置したことを正当化するものではない。
加えて、一方向照射で照射ムラができるというのであれば、照射ムラができることを前提としてあらかじめ計算して照射して、血液パック全体として(濃いところと薄いところとが混ざり合って全体として)ガイドラインに沿った照射になるようにすれば足りるのであり、わざわざ二年もの時間を費やして日立メディコに二方向照射装置の開発を依頼する必要性はなかったというべきである。
仮に、放射線照射装置を全国の日赤血液センターに導入するまでにある程度の時間が必要であるとしても、被告日赤はGVHDが発症すれば一か月以内にほとんど死亡してしまうことを認識しながら平成四年から約二年間という時間をかけて照射準備をする一方、その間、応急措置として一方照射装置やγ線を利用した照射装置で少なくともハイリスク患者に対しては照射体制を整える等の措置をとることにより、結果を回避することも十分可能であったというべきである。
以上より、照射装置の開発に時間を要したことが被告日赤を免責するものではない。
(5) 結論
<1> 結果回避義務<1>-全ての輸血血液製剤に対する照射義務
以上述べたとおり、被告日赤は、我が国唯一の血液供給事業を認められた法人であり、組織規模の点においても技術的専門性の点においても、世界的に有数の機関であるという特殊性からすれば、被告日赤は血液製剤によってGVHDが発症しないように、その時点で可能な限り世界最高水準の注意義務が課されていること(前記(1) 被告日赤の地位)、また本件手術(平成五年一二月)当時、被告日赤は、それまでのGVHDの発生、ハイリスク患者を熟知しており、その予防方法として放射線照射が有用であることも認識していたことからしてZにGVHDが発症することを予見することは可能であったこと(前記(2) (3) 予見可能性)、並びに本件手術当時、照射体制を整える等の措置をとることは十分に可能であったこと(前記(4) 結果回避可能性)からすれば、被告日赤としては、輸血用血液製剤に対する放射線照射を現場の医療機関に任せるのではなく、その供給する全ての血液製剤に対し、被告日赤自身が放射線照射を行うべきであった。
しかし被告日赤は本件手術当時、右義務を怠り、本件医療事故を発生させた。
<2> 結果回避義務<2>-ハイリスク患者に対する照射義務
右(1) のように被告日赤としては、まず第一次的には、供給する全ての血液製剤に対し放射線照射をすべきであったが、少なくとも本件のZのように心臓血管外科手術患者といったハイリスクの患者に対しては、放射線照射後の状態で血液製剤が使われるようにする義務があるというべきである。
すなわち、被告日赤の前記のような地位、特殊性、並びに血液の提供を受ける患者の立場からは、同被告以外の所から血液製剤の提供を受ける方法はないことからすれば、被告日赤としては、Zのようなハイリスク患者に対して未照射血液が輸血されることがないように、輸血を受ける患者情報の提供を求める注意義務(患者情報を正確に把握するような体制を整える義務)があったというべきである。
具体的には、供給する血液製剤がいかなる患者に対し使用されるのか(少なくともハイリスク患者に対し輸血されることが予定されているのかどうか)を確認し、ハイリスクの患者に輸血が予定されているのであれば、当該医療機関で放射線照射をすることができるかどうか確認し、もしできないのであれば放射線照射が可能な他の近隣の医療機関を紹介するか、あるいは被告日赤で照射すべき義務があるというべきである。
確かに本件手術当時、病院からの輸血依頼に患者情報が当然には提供されず、被告日赤は、いかなる患者に提供される血液か必ずしも判別できない状況であったことは事実であるが、被告日赤としては、既にGVHD予防策として放射線照射が必要であることを認識しておりながら、一方では医療現場では放射線照射装置が普及していない事実もまた把握していたのであるから、被告日赤が放射線照射を行なわなければ、GVHD発症の危険性の高い心臓血管外科手術患者に対しても、放射線照射がされないままの血液製剤が輸血されることは十分認識していたのである。
にもかかわらず実際には、被告日赤は、湘南病院を含め、医療現場で放射線照射体制が完備していない状況を認識しながら、漫然と患者情報が提供されないことを奇貨として、放射線照射がされていない血液製剤がGVHD発症の可能性の高い心臓血管外科患者などに輸血され、GVHDが発症して患者が死亡することを予測しつつ、放射線照射がされていない血液の提供を継続していたというほかない。
特に本件では、湘南病院がZに投与された血小板を発注する際に被告日赤に対し、<1>患者名、<2>病名、<3>治療目的を電話で伝えていたというのであるから、被告日赤は、右血小板が少なくとも心臓血管外科手術を受けた患者に使用されることはわかっていたはずであり、照射済血液を供給すべき義務が具体的に発生していたというべきである。
<3> 以上のとおり、Zに投与された血液製剤は、輸血後GVHDに罹患する危険性のある製品なのであるから、被告日赤としては、その危険性を被告病院に伝え、被告病院からの患者情報を正確に把握するような体制を整える義務があったにもかかわらずこれを怠り、Zに放射線未照射の輸血用血液製剤を投与し、GVHDに罹患させた。
したがって、被告日赤は、かかる血液製剤の製造について、民法七〇九条に基づき、製造者としての責任を負う。
(6) 被告日赤の主張に対する反論
<1> 被告日赤は、放射線照射をすべきか否かの判断が医療現場で医師の責任の判断に任されている旨主張するが、本件手術当時、同被告は、医療現場に照射装置が普及していないことを認識しており、十字医師もそのことを前提に、平成二年当時から論文において、厚生省及び被告日赤の適切な指導、対応による放射線照射装置照射体制の早期整備を唱え、警笛を鳴らしていた(甲三三)。
ガイドラインができ、保険点数化になったからといって、被告日赤の義務が免除されるわけではない。
<2> 放射線照射の危険性(副作用)について
被告日赤の主張するような放射線照射によって生じる危険性よりも、GVHD防止のために照射すべき利益が優先することは決着済みの議論である。
以下、被告日赤の主張する危険性について検討する。
i 悪性腫瘍発生の危険性について
まず、平成四年一月に発表されたガイドライン(乙一)においては、これまで照射血輸血による危険性の報告はないとされているとおり、本件手術当時において放射線照射による副作用はほとんど問題とされていなかった。
また、輸血用血液に対する放射線照射は、本件手術以前から免疫不全患者に対しては行われてきた実績が十分にあり、臨床的にも副作用の報告が見あたらず、十字医師もその論文において、「効果・安全性が確認されている。」と述べている(甲三六、八九七頁)。
さらに発ガン性や突然変異の可能性は、輸血後、数十年単位で副作用が発生するかどうかという危険性の問題であるのに対し、GVHDは、発病すればわずか一か月以内にほとんどが死亡してしまうという問題であることからすれば、放射線照射をその危険性の故にしないという議論は本末転倒であり、放射線照射によって得られるGVHD発症防止という利益は、照射により生じるリスクと比較にならないほど大きい。
ii 放射線照射によるカリウム濃度増加の危険性について
照射済み血液製剤は、時間の経過とともにカリウムを出すようになり、輸血を受けた患者にとって心臓に負担がかかるという危険性については、前記ガイドライン(乙一)に規定されているような、一週間以内の使用という取扱が徹底されれば、何ら問題はない。
また、使用期間を限定すればその期間に応じた需要と供給のバランスが生じるのであるから、使用期間が限定すると、有効期間以内の血液を廃棄しなければならなくなり、使用できる血液が大幅に減少し需要に応じた供給を行うことが困難となるという被告日赤の主張も杞憂にすぎない。
さらに、平成八年に改訂されたガイドライン(乙四四、一三頁)に記載されているように、照射後の製剤中の上昇したカリウム値が許容できる患者に対しては、放射線照射後も、本来の使用期限内までに輸血に使用可能であるから、そもそも照射済み血液が無駄になるとの被告日赤の主張も失当である。
以下のとおり、本件手術当時、輸血用血液に対する放射線照射により副作用といった危険性については、問題とされるような事情は一切なく、輸血用血液製剤に対する放射線照射は、第一次的には現場の医療機関ではなく、被告日赤が主体となって行うべきであった。
(二) 被告盛岡及び被告愛心会の責任
輸血用血液製剤に放射線を照射すべきことは、第一次的にはその供給者たる被告日赤の責任であるが、これは現場の医療機関の責任を免責するものではなく、本件においては被告病院も、被告日赤とともにその責任を負う。
(1) 湘南病院の特性
一般に医師の注意義務は、診療当時の臨床医学の実践における医療水準を基準として判断され、その基準は、診療にあたった医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものであるから(最判平成七年六月九日、最判平成八年一月二三日)、本件において湘南病院がいかなる特性を有する病院であるのかが非常に重要な要素となるところ、湘南病院は、以下に述べるとおり、心臓外科の最先端をいく病院である。
すなわち
<1> 湘南病院は、神奈川県鎌倉保健所管内では最大の一般病床数(鎌倉市の一般病床数の約二五パーセントを占める)を誇る地域の中心的な役割を担っている医療機関であり(甲一三)、しかも湘南病院の属する二次的医療圏である横須賀・三浦医療圏では、唯一の心臓血管外科を有した総合病院である。
さらに本件においてZが他の医療圏に属する生協戸塚病院から転院していることからも分かるように湘南病院は三次医療圏においても心臓外科の中心的存在であることは明らかである。
<2> また湘南病院は、刊行物において「地域の患者達に対し、最先端の医療技術で治療を行うことを目標としている。湘南病院には日本全国から多数の紹介患者が心臓病治療のために訪れている。」「年間において心臓開心術は二〇〇例」「厚生省の臨床治験施設に指定されているため、最新の治療を行う場合もある。」などと紹介され、さらに、北里大学病院、聖マリアンナ医科大学病院、横浜市立大学付属病院、東海大学大磯病院などからも、心臓外科の患者が紹介されていたのであり、全国的にも有数の心臓外科の最先端をいく病院である。
現に湘南病院は、本件手術以後にも、平成八年一二月二日、日本初の心臓縮小手術を行うなど、当時も現在も心臓外科の分野で先駆的役割を担っている医療機関であり、湘南病院自身そのことを病院経営上積極的にPRしている(甲一一の一、二)。
<3> 原告Wは、生協戸塚病院の医師から、湘南病院について日本で五本の指に入る心臓外科の有名な先生がいると聞かされており、また湘南病院においても、その患者の家族から、全国から患者が集まってきている病院であると聞かされていた。
このように、神奈川県の医療従事者の間のみならず湘南病院にかかる患者・患者家族の間においても、湘南病院は心臓外科の分野で最先端をいく病院であると認識されていた。
<4> 加えて、湘南病院は、神奈川県内において神奈川県血液センターから血液の供給を受ける量が県全体の供給量の三・四パーセントを占め、県内の個人病院(本件手術当時、湘南病院は個人病院であった)では最大規模の供給先であり(乙一四)、心臓外科手術を日常的に行っていたことからすると、心臓外科手術の際の輸血もまた、日常的に行われていたものである。
<5> その他、Zの主治医である南渕医師、並びに執刀医であった須磨医師も心臓血管外科の専門家であったものであり、湘南病院の右のような性格からすると、Zが転院をしてまで湘南病院に入院し、診療契約を締結したのは、湘南病院において最先端の設備・技術でもって心臓病治療を受けられることを期待したからである。したがって、これに応えるべく安全対策も含めた心臓外科の最先端の設備と技術すなわち、極めて高度な注意義務をもって診療債務を履行する義務を負っていた。
(2) 輸血後GVHDについての知見、並びにその予防策としての放射線照射の重要性
<1> 被告日赤について述べた輸血後GVHDについての知見、並びに放射線照射の重要性は、被告病院にも同様にあてはまるものであるが、これに加え、湘南病院においては、本件手術に先立ち、輸血後GVHD患者が現実に発生していたという事実がある。
すなわち、平成五年八月、湘南病院において肺癌の手術を受けた患者が、GVHDの発症をみていたのである。
<2> この点、被告病院は、右手術は外科で取り扱われたものであり、その内部情報が本件手術を担当した心臓血管外科には伝わっていなかったと主張する。
しかし、被告病院においては、医師が一同に会して報告、議論が行われる医局会が毎月一回開かれているところ、ZのGVHD発症がこの医局会で報告されていたことからすれば、先行する肺癌患者のGVHD発症についても当然、同様に報告がされていたとみるのが自然かつ妥当である。
のみならず湘南病院は、心臓外科の分野において先駆的な医療を行う病院であり、また医師は、実験上必要とされる最善の注意義務を負い、医療に関する新しい知識・情報を得る努力をする義務を負っているのであるから(最判昭和六三年一月一九日)、心臓外科手術においても当然発症が予想される輸血後GVHDの発症事例について、院内に周知徹底させる義務を負っているというべきである。
(3) 放射線照射装置等導入に関する問題点(被告病院の結果回避可能性)
<1> 放射線照射装置の導入について
湘南病院は、前記のとおり心臓外科専門部門を有し、この分野における先駆的医療行為を行おうとし、かつ行っていた医療機関であったのであるから、発症から一か月以内にほとんどの症例が死亡している輸血後GVHDを予防するため、少なくとも本件手術以前に、自ら放射線照射装置を導入し、輸血用血液に放射線照射を行うべきであった。特に本件手術に先立つ平成五年八月、湘南病院において肺癌の手術を受けた患者が輸血後GVHDの発症をみていたのであるから、放射線照射装置の導入は焦眉の急であったというべきである。
輸血用血液専用の放射線照射装置は、平成五年一二月までに、日立メディコ社製の一五二〇R-Bが全国の七つの医療機関及び三つの血液センターに(乙一六)、同社製の一五二〇A-1・2形が一二の医療機関に(乙一七)、同社製の一五二〇A-TW形が二つの医療機関に(丙九)、カナダのノーディオン・インターナショナル社製のガンマーセルが二七の医療機関に(乙一八)、フランスのCIS社製のIBL四三七C型が一つの医療機関に(乙一九)、それぞれ設置されていたのであり、本件手術以前に湘南病院が導入することは十分可能である。
また平成四年四月には放射線照射が保険診療報酬として承認され、診療報酬の面からも、放射線照射装置導入の環境整備はなされており、実際に平成五年当時、少なくとも七八の大学病院において、また、神奈川県血液センター管内でも、横浜市立大学医学部付属病院、神奈川県立がんセンター、神奈川県立こども医療センターでも、照射が実施されていた。
また、右装置の価格も二〇〇〇ないし四五〇〇万円程度であり、医療機器として飛び抜けて高額というものではなく、湘南病院程度の医療機関が導入するについて困難を生じるようなものではない。
厚生省は、前記(3) <9>のとおり被告日赤の全国七七か所の血液センターにすべての放射線照射装置を設置するためのリース費用として一億六四六四万八〇〇〇円を算定し、その二分の一の額について前記のとおり補助金を計上したが、これによれば一か所の血液センター当たり(おそらく一台分)の一か月のリース料金は約一七万八一九〇円となり、これは一般の医療機関でも十分に負担に耐えうる額である。現に湘南病院は平成八年三月頃、放射線照射装置を導入しており、やろうと思えばできたのである。
<2> 治療用放射線照射装置の代用について
輸血用血液への放射線照射は、ガンその他の治療用の放射線照射装置であるリニアック・マイクロトロンを用いて行うこともできたところ、前記(3) <8>のとおり、平成五年一〇月現在で、全国多数の医療機関に合計五七〇台の右装置が設置されており、神奈川県内でも二五の医療機関に設置されていた(乙一五)。そして、湘南病院から地理的に非常に近い場所にある前記の茅ヶ崎徳洲会総合病院にも右装置があった。
したがって湘南病院が治療用の放射線照射装置を利用して輸血用血液に放射線照射を行うことも十分に可能であった。
(4) 結論
<1> 以上により、被告病院は、自ら血液専用照射装置を導入し、又は治療用放射線照射装置を代用し、あるいは近隣の医療機関に照射を依頼するなどして、輸血用血液に放射線照射をすべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、本件手術において放射線照射を行わないまま輸血をし、もってZを輸血後GVHDによって死に至らせたものであるから、同人の死に対して責任がある。
<2> なお、被告盛岡と被告愛心会の前記前提事実1(3) のとおりの関係からすれば、その実質は一体とみるべきものであるから、湘南病院が個人病院であった時代に発生した本件の医療事故については、被告愛心会も重畳的に債務を承継していると解すべきである。
(三) 被告らの共同責任
被告日赤及び被告病院の責任は、いずれも輸血用血液に放射線照射をすることによりZがGVHDに罹患することを防ぐべき義務を怠り、Zを死に至らしめたのであり、両者のそれぞれの過失によりZの死亡という結果が発生したものであるから、民法七一九条一項を類推適用し、両者は不真正連帯責任を負うと解すべきである。
2 被告日赤の主張
(一) 被告日赤の地位
(1) 被告日赤が輸血血液供給事業を行っているのは、献血による輸血用血液の国内自給を実現するため、献血を受け入れる主体として、「人道、公平、中立、独立、奉仕」等の赤十字基本原則のもとに活動している社団的公益団体である被告日赤がこれに最もふさわしいと考えられているからである。
(2) 輸血用血液が製造物責任法の「製造物」に含まれるか否かは、同法について検討した中央薬事審議会は否定的結論であったが、国会での政府答弁はこれを肯定するものであった。
しかし、その理由は保存液、抗凝固液が添加されているからというものであり、輸血用血液が人体の一部そのものであることに変わりはない。
被告日赤が供給する血液は、善意の献血者が無償で提供した血液を、輸血しなければ命の危険がある患者に届けるため、そのまま又は分離して袋詰めにしたものにすぎず、人体の一部そのものであり、工業的に品質管理され均一なものとして製造される工業製品や医療品などの、いわゆる「製造した製品」とは全く異なるものである。
(二) 輸血後GVHDの予防法としての放射線照射の意義及び危険性
(1) 放射線照射の意義
輸血後GVHDは、供血者由来のリンパ球の組織適合性抗原(HLA)が、受血者である患者のHLAと一部一致しているため、右リンパ球が患者の体内に正着して増殖し、異物である患者の体組織を破壊するものである。
輸血後GVHDの予防方法としては、<1>新鮮血の不使用、<2>自己血輸血、<3>白血球除去フィルター(乙六三)による白血球除去、<4>放射線照射等がある(甲二五、三〇、三五)。
このうち放射線照射は、リンパ球のDNAを切断し、その分裂能を阻害・低下させ、その大部分を細胞死に至らしめることにより、供血者由来のリンパ球が患者の体組織を攻撃できないようにするものである。
(2) 放射線照射の危険性
右のように放射線照射は、輸血後GVHDの予防法として有用ではあるが、その放射線量がリンパ球の大部分を細胞死に至らしめるに十分な量であり、かつ染色体異常や突然変異などにより悪性腫瘍を発生させるに足りる量をはるかに上回る量であるので、細胞死に至らず生き残った細胞を悪性化させ、輸血を受ける患者に悪性腫瘍を発生させる危険があるものである。
また、血液中の細胞には未知のウイルスが潜在している可能性があり、放射線照射は、これらのウイルスを活性化させ有害作用を及ぼす危険がある。
さらに、放射線を照射すると赤血球からカリウムが血漿中に漏出し、血漿中のカリウム濃度が増加し、心臓、腎臓等に障害を及ぼす危険がある。
(以上、乙八から一二、二八、三〇、四六~四八、六二)
(三) 被告日赤には放射線照射済みの血液供給義務がないこと
輸血は医療行為としての医師の判断でなされるものであり、特定の患者に輸血する血液に放射線を照射するか否かも、以下に詳述するとおり、主治医が最終的に判断し決定すべき性質のものである。
したがって、血液供給者としての被告日赤が医療行為の範疇に属する輸血について、その方法を決定しこれを医療機関や主治医に指示し、実施させるようなことは、その役割及び地位からして許されないことであり、原告主張のような注意義務がないことは明らかである。
(1) 昭和四〇年にハザウェイらが免疫不全症の小児に輸血後GVHDが発生したと報告して以来、輸血後GVHDは免疫不全症の患者にしか発生しないと考えられ、その予防のため輸血用血液への放射線照射などがなされるようになったが、免疫不全症は難病であり、大学病院あるいはこれに相当する専門的な医療機関で治療が行われており、放射線照射は院内の治療用の放射線照射装置などを使って、医療機関が医療行為の一環として行っていた。
(2) 昭和六一年に榊原らは、心臓手術後の術後紅皮症が輸血後GVHDであることを証明し、前年から同年にかけて行われた日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同アンケート調査で心臓外科手術(開心術)の際の輸血で輸血後GVHDが相当数発症していることが明らかになり、その予防のため輸血用血液への放射線照射や白血球除去フィルターの使用がなされるようになったが、心臓外科手術も大学病院あるいはこれに相当する専門的な医療機関で治療が行われており、放射線照射は、やはり院内の治療用の放射線照射装置などを使って、病院が医療行為の一環として行っていた。
(3) 南光弘子らの全国の主要病院(三四三病院)へのアンケート調査(乙四三)によると、平成三年当時、多くの病院で輸血後GVHDの予防策として、リスクの高い患者(免疫不全症、心臓外科手術)について、院内で治療用機器等による放射線照射又は白血球除去フィルターによる白血球除去が行われていた。当時、白血球除去フィルターによるベッドサイドでの白血球除去もGVHD予防の有効な方法と考えられていた。
(4) さらに、日本輸血学会は、厚生省に対し、医療機関が行う輸血用血液への放射線照射を健康保険の対象とするよう要望し、平成四年四月から免疫不全症、心臓外科手術等の場合について放射線照射が健康保険の対象となることとなった。
また、これと並行して、日本輸血学会は、同年一月に「輸血によるGVHD予防のための血液に対する放射線照射ガイドライン」(乙一)を公表し、臨床医に対し、先天性免疫不全症や心臓外科手術などの場合に輸血用血液に放射線照射を行うことが必要であることを示した。右ガイドラインは、その後平成七年五月に改訂され(乙二)、対象患者に担癌症例の外科手術等が加えられたが、右はいずれも医療機関が医師の判断で輸血用血液に放射線を照射することを前提とし、その際の指針を示したものである。
なお、平成八年及び同一一年改訂の右ガイドライン(乙四四、四五)は、「輸血を常時行っている中核的病院では院内に放射線照射装置を設置するよう努力すべきであり、二四時間体制で遂行できるよう院内体制を整備することが望ましい。」としている。これは、被告日赤が平成六年以降放射線照射協力を開始した以後も、日本輸血学会が、輸血後GVHDの予防として行う輸血用血液への放射線照射は、原則として当該医療機関において行われるべきであるとの認識を示したものである。
その理由は、放射線を照射するかどうかは、医療行為の範疇の問題として主治医の判断と責任においてなされるべきであることのほか、放射線照射によるカリウム上昇の危険を回避するため輸血直前に院内で照射することが望ましいこと及び緊急に輸血が必要となった場合に備えるためである。
(5) このように、輸血後GVHDの予防のための放射線照射は、主治医の判断により医療行為の一環として、医療機関が行うものとされ、医療機関が行ってきたものであるが、右は、単に歴史的経緯によるだけではない。
ウイルス混入によるウイルス感染等の副作用とは異なり、輸血後GVHDは輸血用血液それ自体に問題があるのではなく、患者が免疫不全であるために発生したり、免疫不全でなくても輸血用血液のHLAがたまたま輸血を受ける患者のHLAに近似した場合に、心臓外科手術などのリスクファクターと相俟って発生するものだからである。すなわち、輸血後GVHDは個別の患者の状態やHLAの組み合わせ等によって生じるものであるから、輸血後GVHDの予防としての放射線照射は、患者の状態を把握している主治医の判断により、医療行為の範疇として行うのが当然のこととされてきたものである。
また、前記のとおり、輸血用血液に放射線を照射した場合は、悪性腫瘍発生の危険やウィルスの活性化の危険があり、またカリウム濃度の上昇による心臓等の障害の危険もあることから、患者の病名、年齢、その他の具体的事情を勘案し、主治医が、放射線照射による不利益と利益とを比較衡量し、個別具体的に判断して決定しなければならない側面があることにもよる。
特にカリウム濃度は、照射からの時間が経過するほど上昇することから、医療機関において輸血の直前に放射線照射されることが望ましいだけでなく、患者の病状や年齢、その他具体的状態や輸血用血液の種類・量や採血時期等によってカリウムによる危険の有無、程度を判断し、主治医の判断と責任において放射線照射の是非を決定しなければならない。
(6) 湘南病院のように、心臓外科手術を行う医師や医療機関は、心臓外科手術の際の輸血によって輸血後GVHDが発生する危険性があり、かつ発生した場合は生命を失う蓋然性が高く、他方、放射線照射や白血球除去フィルター等によってその発生を防止することができるのであるから、患者の病状その他のファクターを考慮に入れ、放射線照射による利益と不利益を総合的かつ具体的に判断した上、これらの予防措置をとるべき注意義務があったことは明らかである。
また、湘南病院のような心臓外科の専門的医療機関であり、かつ輸血を大量に行う医療機関は、放射線照射装置を設置するなどして、院内等で自ら放射線照射を行うことが容易にできた。また、白血球除去フィルターで白血球を除去する予防方法をとることも極めて容易であった。
これに対し、輸血用血液の供給者である被告日赤は、輸血後GVHDが輸血用血液それ自体の問題によって発生するものではなく、医療現場で実際に行われる医療行為の内容や個別の患者の側の状態によって発生するもので、主治医の判断によって予防措置がとられる性質のものであることから、また、心臓外科の専門的医療機関では前記のとおり、自ら放射線照射を行いあるいは白血球除去フィルターを用いることは容易にできたことから、医療機関の依頼に応じて輸血用血液の供給にあたり放射線照射を行う義務はなかったというべきである。
(7) 本件手術は心臓外科手術であり、被告病院は特段の事情がない限り、輸血後GVHDの予防措置として、輸血用血液に放射線を照射するか又は白血球除去フィルターを使用すべきであった。
本件手術がなされた平成五年当時、被告病院は日立メディコ製のX線血液照射装置や治療用放射線照射装置を購入ないしリースにより設置することが容易にできたものであり、あるいは同系列の茅ヶ崎徳洲会病院をはじめ近隣の病院に照射を依頼することも可能であった。また、白血球除去フィルターも市販されていたので、容易にこれを使用することができたものである。
湘南病院は、最先端の心臓外科の専門病院であり、前記のとおり心臓外科手術の際の輸血後GVHDの危険性及びその予防方法について熟知しており、前記日本輸血学会のガイドラインも熟知していたものである。のみならず、湘南病院は、本件手術の約四ヶ月前には担癌患者の外科手術の際に輸血後GVHDを経験しており、被告日赤の神奈川血液センターにより放射線照射による予防方法について特に説明を受けていたものである。
したがって、湘南病院が本件心臓外科手術にあたり放射線照射又は白血球除去フィルターによる予防措置を講じるべきであったことは明らかである。原告も、被告病院には放射線照射によって結果回避すべき注意義務を怠った過失があると主張している。
(8) 以上のとおり、放射線照射や白血球除去フィルター等による輸血後GVHDの予防策は、本来医療機関における医療行為の範疇に属するものであり、現に医療機関においてなされてきたものであること、湘南病院のような心臓外科の専門病院では放射線照射装置を設置することが容易にでき、また白血球除去フィルターの使用は極めて容易であることからすれば、輸血用血液の供給者である被告日赤は、湘南病院のような心臓外科専門科目を有する病院のために、輸血用血液に放射線を照射する体制をとるべき注意義務があったとは到底いえない。
また、原告らは、湘南病院は心臓外科手術を行う病院であるから、依頼の有無に関わらず、放射線を照射した血液を提供すべきであったかのように主張するが、被告日赤にそのような義務もないのは明らかである。
すなわち、輸血にあたり放射線を照射した血液を使用するか否かは、前記のとおり、医療行為の範疇の問題として主治医が判断すべきことであり、血液供給者が勝手に決定すべきことではないし、決定できるものでもない。
以上のとおり、本件輸血後GVHDの発生について、被告日赤に放射線を照射した血液を湘南病院に供給しなかったことに過失がなかったことは明らかである。
(四) 放射線照射装置導入の趣旨等(結果回避可能性がなかったこと)
被告日赤が、各血液センターに放射線照射装置を導入したのは、平成六年三月から七月にかけてであったが、原告は、被告日赤は昭和六三年の時点で血液センターでの放射線照射の検討・準備を開始すべきであったと主張する。
そもそも、湘南病院のような心臓外科専門病院のために、被告日赤が放射線照射を行う義務がないことは前記のとおりであるが、放射線照射協力の開始が平成六年以降となったことについても、次のとおり被告日赤に責任はない。
(1) 厚生省の研究班は、昭和六一年以来、輸血後GVHDについて、その実態、発生機序、治療法、予防法などを研究していた(乙四一)が、平成三年当時までは、輸血後GVHDは免疫不全症の場合と心臓外科手術の場合に発生していると考えられており、平成四年一月の日本輸血学会ガイドライン(乙一)でも、照射を必要とする患者は免疫不全症及び心臓外科手術患者などに限られていた(なお、同ガイドラインに他に対象患者として記載された骨髄移植患者、胎児、未熟児、胎児輸血後の交換輸血は、免疫不全症、心臓血管外科手術と同様、大学病院等院内照射が可能な高度な医療機関において治療がされていた。近親者(親子、兄弟)からの輸血については、危険性が高く、特別な理由がない限り行われないものであった。)。
(2) ところが、被告日赤の研究班による、輸血後GVHDの実態調査(乙七)の結果、免疫不全の患者や心臓外科手術の場合だけでなく、担癌患者の外科手術の場合にも相当数の輸血後GVHDが発生していることが判明した。
右の調査結果がほぼ判明したのは平成三年末であり、平成四年三月以降に後記(3) のとおりの検討が開始されたのは適切であった。
なお、免疫不全症の治療や心臓外科手術は、大学病院や高度な専門病院で行われており、ガンの治療用等の放射線照射装置を使用して院内で放射線照射が行われていた。これと異なり、ガンの手術は中小の医療機関でも行われていたが、中小病院では、免疫不全症の治療のために放射線照射装置を設置して院内で照射することは困難であると予想された。
また、輸血後GVHDの予防策としては、放射線照射のほかに白血球除去フィルターもかつては有効とされ使用されていたが、平成三年一一月に東京女子医大の赤星医師らが白血球除去フィルターを使用した輸血後GVHD発症例を報告し、白血球除去フィルターの有効性が完全でないのではないかとの疑問がもたれた。
そこで被告日赤と厚生省は、平成四年三月、被告日赤の血液センターで輸血用血液への放射線照射について協議し、以後そのための検討・準備を進めることとなったものである。
確かに、術後紅皮症が胃ガン等の手術の際に発生したとの論文はあったが、免疫不全でない場合にも輸血後GVHDが起こることは、昭和六一年に心臓外科手術について榊原らによって証明され、同年の日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同調査により、心臓外科手術の場合に輸血後GVHDがかなりの数発生している実態が明らかになったものであり(乙三九)、輸血後GVHDの症例中に占める担癌患者の割合が多いことは右日赤研究班の調査により初めて判明したものである。それまでは前記ガイドラインにみられるように、担癌患者に放射線照射をすべきものとはされていなかったのである。
(3) 平成四年三月以降の被告日赤の検討及び準備は、次のように進められた(乙六一、六六)。
<1> まず、被告日赤は、平成四年四月、放射線照射装置について調査・検討を開始し、既に血液専用の一方向のX線照射装置(乙一七)を製造販売していた日立メディコと協議した結果、同年八月、同社が二方向のX線血液照射装置を開発することになった。
これは従来の一方向照射装置では、一定の厚みのある輸血用血液バッグに照射された場合、X線量が減衰するため、照射が全体に均一にならず、照射の目的が達成されないおそれがあり、また血液バッグ内の血液の一部に照射が過剰となりカリウム濃度が上昇し心停止などの副作用を及ぼす危険が増大するからである。また、一方向装置は出力が低いため照射に時間を要し、血液センターで多数の血液バッグに照射するには不適当であった。
そして、日立メディコが二方向のX線血液照射装置を開発し、医療用具として薬事法による承認を受けたのは、平成五年三月頃のことであった(乙四九)。
<2> 他方、厚生省は、厚生省血液研究事業の一つとして従来から行ってきた「血液製剤投与に関する免疫異常の予防等に関する研究」の一環として、平成四年度に「血液製剤におけるGVHD対策等研究班」(分担研究者十字医師)を発足させ、GVHDの予防策としての放射線照射について、適応対象疾患、有効性、安全性及び照射の標準化・保守点検等について検討を依頼したが、血液センターにおいて薬事法による医薬品とされている輸血用血液製剤について、血液センターが注文に応じ放射線照射を実施するについては、悪性腫瘍の誘発の危険等、その安全性が問題になることから、同年一〇月に、右研究班に小委員会を設け、放射線生物学、放射線物理学、放射技師、放射線防護の専門的立場からの「GVHD予防のための放射線照射の安全性に関する研究」を依頼した。
右小委員会の報告及びこれを受けた右研究班の報告は平成五年三月に示された(乙四二の一~三)。
右報告は、安全性については、「ヒトの原爆被爆例、事故被曝の研究例、動物実験データの集積、及び末梢神経・哺乳動物細胞などの放射線誘発染色体異常、突然変異などの実験データをもとに推計した血液製剤に対する放射線照射による悪性腫瘍を誘発する危険率は小さく、GVHD予防のための放射線照射の有効性に比較して十分許容されるものと考えられる」としたが、他方で、「現在のところ、血液製剤に対する放射線照射による悪性腫瘍を誘発する危険性については定量的に評価できる直接的な手法及びデータがないことから、放射線照射の結果をモニタリングして、データを集め、再評価していくことが重要である。」と指摘している。
すなわち、十分なデータはないが、とりあえず、ある動物実験その他のデータから推計した場合は危険率は小さいので、今後データを収集し再評価をすることを前提に放射線照射を許容したものである(右小委員会で悪性腫瘍のリスク評価を担当した鈴木元氏は、動物実験のデータに基づいて評価をしたが、ヒトについてのデータがないので、評価は一つの目安にすぎず、放射線照射による安全性は、今後一定期間の輸血症例のフォロー結果により再度判断されるべきであるとしている(甲一七))。
<3> 被告日赤は、平成五年六月から日立メディコ製の二方向X線血液照射装置の評価試験を開始したが、輸血用血液バッグに実際に照射して実験してみると、装置は不完全であり、設計変更等を迫られた。すなわち、二方向から照射しても照射線量は均一にはならずバラツキが生じ、均一にするためX線管やプローブ(検出計)の位置、血液バッグを置くテーブルの角度を変更するなどの設計変更を重ねながら、あるいは血小板バッグを一度に何枚重ねられるかなどの検討を行いながら評価試験を続け、その結果、評価試験は同年一一月までかかった(乙五〇、五一)。評価試験に時間を要したのは、日立メディコの二方向照射装置の完成度が十分でなかったためであり、最終報告は平成六年八月となった(乙五二)。
<4> 次に、放射線照射をした血液製剤を供給するとなると、新たな医薬品を製造供給することになり、薬事法による製造承認を得る必要があるが、そのためには、有効性や安全性その他の項目についてさまざまな実験データや資料を提出し所定の手続による審査を受けなければならず、承認まで長期間を要することが予想された。
そこで、被告日赤は、この点について検討した結果、日赤の血液センターが医療機関に一旦供給した血液製剤を、医療機関の委託により放射線を照射する形にして、薬事法による承認手続を要しないものとする方法が考え出され、平成五年六月より厚生省と協議を続けた。
その結果、厚生省は同年九月に、照射装置を医薬品製造区域の外に設置し、医療機関に所有権が移転した血液について医療機関の委託により照射を行えば、医薬品製造業としての製造行為に該当しないとの解釈を都道府県あて発し、この問題が解決された。
<5> また、労働省に確認したところ、放射線照射については、労働安全衛生法一四条、同法施行令六条五号・別表第二及び電離放射線障害防止規則四六条等により、資格のある作業主任者(X線作業主任者免許を受けた者)が必要であるとの見解が示されたが、血液センターには有資格者がほとんどいないことから、作業主任者を確保することが困難であるという問題があった。
これについては、被告日赤は厚生省と協議し、厚生省は平成五年一一月一五日付で医療法施行規則による告示を改正し(乙五三)、放射性同位元素を装備した輸血用血液照射装置を新たに診療機器として定めるとともに、同日付健康政策局長通知(乙五四)により、X線を線源とする輸血用血液照射装置についても、医療法施行規則二四条に該当するX線装置として位置付けることにした。これにより、輸血用血液放射線照射装置は、血液センターの診療所部分に設置することにより、医療用診療機器として扱うことができるようになり、作業主任者は医師でよいことになった(ただし、γ線照射装置の設置については、線源の管理者として第一種放射線取扱主任者が必要)。
<6> 以上により、血液センターにX線照射装置やγ線照射装置を設置し、一旦医療機関に供給した輸血用血液製剤に、血液センターが放射線照射をすることができるようになった。
<7> そこで、平成五年一一月、被告日赤は各血液センターに放射線照射装置の設置場所(予定場所が医療法の診療所あるいは薬事法の医薬品製造区域となっているか否か、専用室として確保可能か否か、不可能なとき画壁を設けることができるか否か)や作業主任予定者の資格について調査を実施した(乙五六)。また、放射線照射装置は重量が重いことから(日立メディコのX線照射装置は約一四四〇キログラムである)、設置予定場所について補強工事等を要するかについても調査を行った。
<8> そして被告日赤は、放射線照射協力について、その具体的な方法及び手順を検討し、平成六年二月、「放射線照射血輸血協力要綱」を定め、医療機関に所有権と管理が移転された血液製剤について、医療機関からの依頼があった場合に、放射線照射を行い医療機関に協力することについて、協力体制を規定した(乙二三)。
その中で、基本照射線量は一五グレイとし、対象医療機関は放射線照射装置が設置されていない医療機関とすること、医療機関と所定の契約を締結して行うこと、所定の様式の関係書類を整備することなどを定めた。また、協力手順として設置場所は診療所内の専用室で、かつ血液製剤を製造する区域とは区分すること、診療所開設許可事項一部変更許可申請を行い、放射線照射室を設けることを都道府県知事に申請すること、診療所管理者名で都道府県知事にX線装置設置を届け出ること、労働基準監督署長に放射線照射装置室等設置新設届及び放射線照射装置室摘要書による届出を行うこと、画壁等を設け扉に施錠できる専用室(放射線照射室)を設けること、放射線照射室である旨を示す標識を付すこと、装置の従事者は放射線診療従事者(医師、放射線技師、検査技師、看護婦、薬剤師等)とすること、装置の従事者に電離放射線障害防止規則にしたがった教育を行うこと、当該装置及び管理区域境界の放射線量を測定することなどを定めた。
<9> さらに、被告日赤は、平成六年二月八日、各血液センター宛、輸血用血液照射X線装置として、日立二方向X線照射装置を採用することとしたことを通知し、かつその導入の準備等について通知した(乙五七)。具体的には、右協力手続と同様の事項を具体的に指示した。
<10> また、被告日赤は、平成六年二月二四日には、各血液センターに、原則として日立メディコ製二方向X線照射装置を、例外として希望する基幹センター(北海道、宮城県、中央、愛知県、大阪府、岡山県、福岡県)にはγ線照射装置を、リースにより設置することを血液センター宛通知し、合わせて整備希望時期、整備機種について回答を求めた(乙五八)。
<11> 右照会に対する回答を得たうえで、被告日赤は、平成六年三月から平成七年一月までの間に、各血液センターに放射線照射装置を順次設置した(乙五九)。全センターに設置するまで一定の期間を要したのは、メーカーの装置の製造能力に限界があり、装置の製造に合わせて設置しなければならなかったこと及び血液センター側での設置場所の確保や設置場所の工事に時間を要したことによる。
そして、照射協力は、各医療機関と各血液センターとの間で契約を締結したうえ、平成六年四月から平成八年五月の間に順次開始された。
(4) 被告日赤の神奈川県血液センター(湘南病院を管轄)は、平成六年六月に「診療所開設許可事項変更許可申請書」「放射線装置室等設置新設届」「放射線装置室等摘要書」を提出し、同年七月に照射装置導入に伴う給排水・電気工事を施工し、同年八月に日立メディコ製二方向X線照射装置を設置し、同月「診療所開設許可(届出)事項変更届」及び「エックス線装置設置届」を提出し、同年九月から平成七年一月にかけて、装置の試運転、作業性の検討、コンピュータシステムの構築、手順書の作成、血液サンプルを用いた運用上の検討を行い、平成八年二月に教育訓練を行い、同年三月に協力依頼があると考えられる医療機関の調査を行い、同年三月二九日から照射協力を開始した(乙六〇)。
なお、湘南病院への契約案内、契約締結時期、実際に照射協力依頼があった時期については後記(6) のとおりである。
(5) 以上のとおり、被告日赤が平成四年三月以降検討、準備し、平成六年四月から順次開始した放射線照射協力は、輸血後GVHDが担癌患者の外科手術でも相当数発生していることが判明し、ガン患者の手術は放射線照射装置を導入することが困難な一般の中小医療機関でも行われていることから、このような医療機関の便宜のために開始したものであり、湘南病院のように輸血を大量に行う大規模病院あるいは心臓外科の専門病院のために開始したものではない。
被告日赤が放射線照射協力を開始した以後も、日本輸血学会のガイドラインは、湘南病院のように「輸血を常時行っている中核的病院で院内に放射線照射装置を設置するよう努力すべきであり、二四時間体制で遂行できるよう院内体制を整備することが望ましい。」としている(乙四四)。また、湘南病院自身も既に被告日赤の照射協力が開始されている状況下において、平成八年二月に放射線照射装置を設置し、院内照射を開始している。
湘南病院のような医療機関は、本件当時以前から、放射線照射装置を設置して院内照射を行うべきであったことが明らかである。
また、以上のとおり、被告日赤は、被告日赤の血液センターで中小医療機関のため放射線照射協力を行うことが望ましい事実が判明するや、照射装置の開発依頼、装置の評価試験・設計変更、薬事法上の問題の解決、放射線作業主任者の資格問題の解決、照射協力体制の整備・準備などを適切に勧めたものであり、照射協力開始が不当に遅延したということはなく、本件当時照射協力を開始していなかったことについて法的責任を問われる理由はないというべきである。
いずれにしても、担癌患者等にも放射線照射をすべきであるとの確たる医学的見解が存在しない当時において、被告日赤に放射線照射協力について検討・準備を開始すべき義務はなかった。
(6) なお、仮に本件当時被告日赤が医療機関の依頼により輸血用血液に放射線照射を行っていたとしても、被告病院は放射線照射を依頼しなかったと考えられる。
すなわち、被告日赤の神奈川県血液センターは、前記(4) のとおり平成七年三月から医療機関の依頼により輸血用血液に放射線を照射するサービスを開始し、同年四月二八日以降湘南病院に対し、繰返し契約締結の案内をしたが、同年八月八日に至るまで湘南病院は契約を締結せず、契約締結後も実際に放射線照射を依頼したのは翌平成八年二月のことであった(乙三六)。
つまり、湘南病院は平成五年に輸血後GVHDを二件も経験しながら、平成七年三月に被告日赤の神奈川県血液センターが放射線照射を開始したにもかかわらず、放射線照射を依頼しようとせず、その意思がなかったものである。
したがって、仮りに本件当時被告日赤が放射線照射サービスを行っていたとしても、湘南病院は放射線照射を依頼しなかったと考えられ、被告日赤が放射線照射を行っていなかったから本件輸血後GVHDが発生したとはいえない。
(7) 原告の主張に対する反論
<1> 原告は、日立メディコ社の二方向X線照射装置の開発と評価に二年を要したのは無駄であったと主張するが、開発開始から医療用具として承認、評価試験終了までは約一年二か月である。一方向装置が不適当であることは前記のとおりである。
<2> また、原告は開発された二方向X線照射装置はその性能において従前からあったγ線照射装置と大差ないと指摘するが、γ線照射装置を七二の血液センターに設置する方針を採用することは、アイソトープの使用に関する有資格者を確保できないこと、生産台数が限られていること、輸入に化学技術庁の承認を要することなどから、不可能なことであった。また、国庫補助金は原則としてX線照射装置を設置することを前提に計算されたものであり、γ線照射装置の設置を前提にするものではなかった。
<3> さらに原告は、一方向照射装置による照射にムラが生じても、血液バッグ全体としてガイドラインに沿った照射になるようにすれば足りるなどと主張するが、右は放射線照射についての無理解によるものといわざるを得ない。線量が十分でない部分のリンパ球は分裂能を十分に低下させることができず、心臓障害や腎臓障害の危険をもたらすことになってしまうのである。均一照射を確保することは、血液センターが薬事法により医薬品として規制されている血液製剤に照射する以上、必要不可欠なものである。
<4> なお原告は、二方向X線照射装置を開発・評価する間の応急措置として、一方向X線照射装置やγ線照射装置で照射体制をとるべきであったとも主張するが、被告日赤が放射線を照射した血液製剤を供給するということは、薬事法に基づき放射線照射済血液製剤という新たな血液製剤を供給することになり、本来は新たに製造承認を得る必要があるものである。
したがって、応急措置として照射を実施することを考えたとしても、照射装置の評価試験は欠かせないものであり、薬事法や労働安全衛生等の問題も解決する必要があったし、照射ムラのある一方向照射装置で対応することは困難であったし、γ線照射装置については、前記同様の問題があった。
(8) 結論
いずれにしても、心臓外科手術での輸血については、放射線照射は、院内照射が十分可能であり、湘南病院のような心臓外科専門病院は院内照射等により自ら照射を実施すべきであり、湘南病院のために被告日赤が放射線照射を行う義務があったとはいえないので、被告日赤の放射線照射協力の開始が遅れたか否かにより、本件における被告日赤の責任の有無は変わらないというべきである。
3 被告病院の主張
(一) Zに対する輸血の状況
Zは、本件手術中、人工心肺の使用のためかと思われるが、ヘモグロビンや総蛋白が低下を来たした。
そこで手術中に濃厚赤血球・凍結血漿を必要の都度注文したほか、手術終了後の平成五年一二月四日、六単位、同月五日、一五単位、同月六日、二〇単位の血小板を被告日赤に注文してそれぞれこれを輸血した。
(二) 本件手術当時における我が国の臨床現場において、医師の判断で輸血血液に放射線照射を行うことは、以下に述べるとおり、全く実行可能性を期待することはできなかった。
(1) 平成五年頃の輸血前放射線照射の実情
<1> 本件手術が行われた平成五年当時、臨床現場に照射装置を設けていた病院は、一部の先進的研究機関を有する大学病院等に限られており、原告ら指摘の全国で五二か所という数字も、そのほとんどが大学附属病院かその他の公的医療機関に限定されていた。
一般に医療機械メーカーは、商機を敏感にとらえて売れる商品なら何でも量産して熱心に営業活動に取り組んでいたが、この時点では我が国の一般病院の需要は全くなかったので、一般病院に対する業者の活動も発生していなかったと考えられる。つまり、一般病院の医療体制としての普及は全く広がっていなかった。
<2> 医学雑誌(丙五)によれば、平成四年当時、院内X線照射は、当時の病院の実情としては無理であったと解釈される。すなわち専用の照射装置が設けられる実情でなかった上に、ガン治療用の照射装置の流用は無謀な試みであったもので、被告日赤の血液センターの対応を待つ以外に方途がないというのが現実であった。
<3> 平成五年当時から今日に至るまで我が国の医療現場においては、輸血用血液製剤については、血液センターに依存しきっていたのが現実で、個々の病院内で照射装置をもつという医療風土が一般的に醸成されていなかったのが実情である。また今日においてもX線照射は平成八年から血液センターの照射代行が一般化したため、病院自体がこれを設置することは例外的な状況にある。
<4> 日立メディコの納入先リスト(丙九)をみると、平成五年内の納入先は、平成五年四月に京都大学付属病院と、同年一一月に産業医科大学病院の計二病院のみで、本件手術の翌年たる平成六年三月から平成七年六月までの間に、被告日赤の血液センターが全国的規模で照射器械を納入して、照射体制を完了している。
このような日赤血液センターの全国的な一斉購入の動きは、臨床現場でこの器械を購入することが期待できないことから、被告日赤において照射体制を整えたものと判断される。
<5> 厚生省薬務局では、本訴提起直後の平成八年四月に至って、全国の日赤血液センターにおいて照射の求めに応ずることのPRが開始された(厚生省緊急安全性情報、丙六、七)。
このように、本件手術から三年を経過した平成八年になった時点で初めて、「緊急」と称して成分製剤によるGVHDの警告が発せられていることからも、平成八年の時点においても「成分製剤」は一般に安全と考えられていたことが伺われる。
(2) 担当医師の認識について
<1> 本件主治医である南渕医師は、心臓外科手術については、国立循環器病センターを初めとして海外の病院など先端的臨床経験豊富なベテランであるが、GVHD発症の危険については成分輸血の場合は白血球混入の確率が非常に少ないことから安心して手術をしていたものである。
<2> 南渕医師の認識としては、成分輸血は白血球の分核が入り込みにくいことから、GVHDを避けるための方途であり、海外勤務から帰国して新東京病院で一年間勤務したが、ここでも照射装置はなく、次に勤務した湘南病院でもその設備がなくて心臓外科手術が行われていたことから、国立循環器病センターが備えているのは厚生省の基幹病院で潤沢な予算の裏付けによって備えているもので特殊なことを認識しており、湘南病院に設置がなくてもおかしいと思わなかった。この南渕医師の感覚の基礎には、前記のとおり成分輸血では危険がほとんどないとの確信があったのである。
<3> 南渕医師としても、成分輸血は絶対安心と考えていたわけではないが、GVHDの危険性を回避する方法としては、成分輸血を選ぶことと放射線照射をすることの二つがあるとの認識であった。しかし、国立病院のような特殊な医療機関以外では照射装置のない当時の実情からは、成分輸血でもGVHDが非常に少ない確率で発生する危険性は、避けて通れない心臓手術の宿命であるという認識を有していたと考えられる。
(3) 結果回避可能性について
原告は、平成四年四月に放射線照射が保険診療報酬として承認され、診療報酬の面からも放射線照射装置導入の環境整備はなされたと主張するが、この照射器は一台が二七〇〇万円を要するので、保険点数一〇〇点(千円相当)では何十年かかっても償却できない価格であるから、臨床病院でその購入を期待し得ないことは、採算面のみをみても明らかである。
(4) 結論
以下のとおり、平成五年当時、一般の心臓外科手術の医療現場では、濃厚血小板のような成分輸血は、GVHDに対する関係で安全性が高いと信じられていた。
このことは平成八年になってはじめて厚生省が「成分製剤の使用により致命的なGVHDが起こることがあります。」と警告していることからも推定できる。
つまり厚生省は、臨床医のほとんどが成分製剤ならGVHDの危険はないと信じて行動していると考えて右のような警告を緊急情報として全国に流したものである。
一方、南渕医師は、国立循環器病センター勤務当時には「全血輸血」をしていたため、放射線照射により危険除去を実施していた。ところが帰国時には「成分輸血」がなされるようになっていたため、放射線照射が必要不可欠とまでは認識しなかったのが実情である。
このように一般に心臓外科の臨床医の危険認識が成分輸血なら大丈夫というところが平成五年当時の医療水準というべきものと考えられ、湘南病院においては医療現場からの照射装置導入の要望は全くなかったことが、購入を計画しなかった理由である。
本件でZに対する成分輸血前に放射線照射がなされていたら一命を落とすことはなかったという悔いは残るが、当時のかなり先端をいく心臓外科医である南渕医師の認識や、一般の心臓外科病院の水準が前記のとおりであった事情に照らすと、照射なきことをもって病院の過失と断じることは無理であると判断される。
二 争点2(警告表示義務)
1 原告らの主張
(一) 争点1で述べたとおり、GVHDの発症を防ぐためには、被告日赤としては、全国の血液センターで出荷前に放射線照射をすべきであったが、仮に照射しない血液製剤を市場に提供するのであれば、我が国唯一の血液製剤供給会社であり、高度の専門性と安全性を期待された巨大企業である被告日赤としては、全国の医療機関に対し、当時可能な最大限の方法でもってGVHD発症の危険性と防止方法につき警告表示をすべきであった。
とりわけ、血液製剤に対する放射線照射は、現場の医師だけの判断で照射することが可能なるものではなく、医療機関そのものに放射線照射装置が設置されていなければ原則として実行は難しいので、被告日赤としては現場の医師はもちろんのこと医療機関そのものに対してもGVHDの発症とその予防方法としての放射線照射の必要性を具体的に表示すべきであった。
(二) 被告日赤は平成三年七月頃、医師に対して「輸血後GVHDについてのイメージ」としてアンケート調査を行っているが、ここにおいてアンケートに回答した医師のうち「免疫不全状態の症例に対するまれな合併症と考えていた」が一八・九パーセント、「輸血後合併症として全く認識していなかった」が二八・五パーセントと、半数近くが輸血後GVHDに対する正確な知識を有していなかった。被告日赤は、こうした医師の認識の実情を知っていたのであるから、これを踏まえ、血液製剤を製造販売するにあたっては、十分な警告表示すなわち輸血後GVHDの危険性及びその結果を回避するための放射線照射等の予防方法を具体的に表示する義務があったというべきである。
(三) この点に関し被告日赤は、輸血後GVHDの危険性を表示したパンフレット(乙五~七)を医療機関に配布し、被告病院との関係でも院長代行等に直接手渡ししたことで警告表示義務を果たした旨主張する。
しかし、GVHDの危険性及びその予防措置につき、医療現場において十分周知徹底していない状況下において、ただ危険だというだけで、具体的にどうすればGVHDの発症を予防できるのかということに一言もふれていないパンフレットを配付して、警告表示義務を果たしたとは到底いいうるものではない。輸血用血液製剤の場合、被告日赤から血液製剤の提供を受ける以外に医療機関としては他に入手方法がなく、さりとてZのようなGVHD発症の危険性の高い患者に対する手術や輸血を一切行わないという判断の余地が医療機関には一切ない以上、被告日赤に課される注意義務としては、単にGVHD発症の危険性を表示するだけでは到底足りないというべきである。
パンフレット作成時には、既にGVHDの予防策としては放射線照射が最も効果的であるということが論文では多数発売されており、十字医師も、「輸血前放射線照射をすべきである」と複数の論文でくどいほど力説していた(甲三二~三四)以上、被告日赤はGVHDの予防策として放射線照射が最も効果的であるということは当然認識していたはずである。
とすれば、他から血液製剤の提供を受けるという選択肢がなく、さりとてGVHD発症の危険性の高い患者に対する手術や輸血を一切行わないという選択をとることのできない医療機関に対する表示義務の内容として、単に危険性の表示だけで足りるというべきでなく、より踏み込んだ予防方法、すなわち輸血前に放射線照射をすべきことを明記すべき義務があったというべきである。
(四) さらに、警告表示として、パンフレットの配付だけでは足りず、個々の具体的な出荷の際にも、パックの表面などにGVHDの危険性と予防策を明記することも容易に行うことができたはずであり、そうすべきであった。
(五) また湘南病院は、本件手術をした同じ年である平成五年八月にGVHDで死亡する患者を出しており、その際被告日赤の職員が三度にわたり湘南病院を訪れているが、その後湘南病院に放射線照射装置が導入されたかどうか、導入する予定があるかどうか、予定がないのであればどのようにしてGVHD発症を予防するか(例えば、近隣の病院で照射装置を既に導入している病院に照射を代行依頼するなどの具体的方法)については全くアドバイスしていない。
既に述べたとおり、被告日赤は、我が国唯一の血液事業を営む会社であり、専門性の点においても、企業規模の点からみても、当時可能な限り最も高い注意義務が課されているというべきであること、GVHDは、被告日赤が放射線照射しない血液製剤を医療現場に提供する以上、GVHD発症の危険性の高い患者群に対しても輸血される可能性があり、その場合、高い確率でGVHDが発症し、発症すると二週間程度で一〇〇パーセント死に至ることなどからすると、被告日赤は、単にパンフレットや新聞記事を配付するだけではその義務を果たしたとはいえず、さらに湘南病院に対し放射線照射装置を導入したか、今後導入する予定があるか、導入しない場合にいかなる方法でGVHD発症を予防するか等についても積極的助言をすべきであった。
しかし、被告日赤は、単に湘南病院を訪問してはパンフレットや新聞記事を配付するといった形式的な警告表示しか行っておらず、被告日赤の独立性、専門性及びGVHDの危険性からみて、警告表示義務を尽くしていたとはいえない。
(六) 以上のとおり、Zに投与された血液製剤は、輸血後GVHDに罹患する危険性のある製品なのであるから、被告日赤としてはその危険性と防止方法につき警告表示をする義務があったにもかかわらずこれを怠り、Zを輸血後GVHDに罹患させた。
したがって、被告日赤は、かかる血液製剤の製造について、民法七〇九条に基づき、製造者としての責任を負う。
2 被告日赤の主張
(一) 輸血後GVHD発生の危険性に関する警告表示義務について
被告日赤は、医師に対し輸血後GVHDの危険性について必要な情報を提供し警告を行っており、過失がないことは明らかである。
また、本件の場合、被告病院主張の担当医師は輸血によるGVHDの危険性について十分認識しており、被告日赤がGVHDについて警告を怠ったから本件結果が発生したのではないことも明らかである。
(1) 被告日赤の神奈川県血液センターは、被告病院に対し、輸血後GVHDの危険性について次のとおり情報を提供し、その周知を図った。
<1> 平成三年二月、パンフレット「NEW REPORT」(乙五)を四〇部持参して被告病院の鈴木院長代行に面会し、GVHDの危険性について説明し、院内各医師への配布及び周知を依頼し、あわせて輸血後GVHD第一次アンケート調査(実態調査)への協力を求めた。
右のパンフレットには、「輸血後GVHDにご注意ください」「今まで術後紅皮症として報告されていたものの多くは、輸血後GVHDそのものと考えられます」「免疫不全でない患者にも発症」などと記載し、輸血後GVHDの危険性について注意を呼びかけた。昭和六〇年に行われた日本輸血学会と日本胸部外科学会のアンケート調査で、胸部開心術で約六五九例に一例の割合で輸血後GVHDが発生しているとされていることも記載されていた(なお、右調査は臨床診断のみによるものであるが、後に開発された遺伝子を用いた確定診断法では、臨床診断の約四分の一がGVHDと確定診断されるものであることが判明した。)。
<2> 平成三年七月、パンフレット「FINDINGS」(乙六)を三部持参し、被告病院の岸本検査技師に面会し、輸血後GVHD第一次アンケート調査結果の説明をし、GVHDの危険性について再度説明するとともに、第一次アンケート調査に回答した被告病院の二名の医師のうち、GVHDが疑われる症例を経験したことがあるという医師一名に詳細な第二次アンケートを依頼した。
右のパンフレットには、「輸血後GVHDにご注意ください」と記載し、最近五年間に輸血後GVHD(疑いを含む)を経験したとして回答があった症例は七九一例で、うち典型的なGVHDと考えられる症例は四六九例、GVHDが疑われる症例が一一四例であったことなどを記載した(これも臨床診断のみによるものである)。
<3> 平成四年六月、「FINAL REPOT」(乙七)を四〇部持参し、輸血後GVHDについての第二次結果等について説明し、GVHDの危険性について再度説明するとともに、被告病院間の各医師への配付及び周知を依頼した。
右のパンフレットには、輸血後GVHDは「以前から指摘されていた胸部外科開心術症例が多い他、特に担癌症例に多く認められました」と、赤のマーカーを付して特に記載した。また、第二次調査の回答症例三〇四例のうち一七一例が確実例で、六二例が疑い例と考えられたことも記載した。
<4> 平成五年八月六日、被告病院の外科より、輸血後GVHDの疑いのある患者が発生したとの連絡を受け、湘南病院に赴き、主治医の北原浩医師に面会し、発生連絡表に記入を受け(乙三五の二)、検査用検体の確保を依頼するとともに、前記(1) のパンフレット及び日本輸血学会誌に掲載された輸血後GVHDの確定診断法に関する文献などの参考資料を渡して、輸血後GVHDの危険性について改めて情報提供を行った。
そして、検体を受領して日本中央血液センターにおいて検査したところ、遺伝子解析により輸血後GVHDであるとの確定診断がなされたので(乙三五の三)、同月一六日に被告病院を訪問し、渡部外科医長に面会しその結果を伝え、詳細な調査(第二次調査)を依頼した(乙三五の四)。
また、同年九月七日には、渡部外科医長に再度面会し、右調査票を回収するとともに、放射線照射による予防方法について記載した読売新聞記事(甲一五の五)を示すなどして予防方法を説明した。渡部外科医長はこれに頷いており、右予防方法について十分な認識がある様子であった(以上乙三五の一)。
<5> なお、被告日赤が供給する血液製剤には、平成元年四月から、「まれにGVHDがあらわれることがある」旨記載した使用上の注意を表記していた(乙六七)。
(2) 心臓外科医の間では、心臓外科手術の際の輸血で輸血後GVHDが発生することは広く知られていた。Zの主治医であった南渕医師も、心臓外科手術で輸血後GVHDが発生する危険があることは、国立循環器病センターに外科医として勤務していた昭和六〇年当時から熟知しており、輸血後GVHDの症例も実際に五例以上体験し、被告日赤の情報提供は「釈迦に説法」であると証言している。心臓外科でわが国のトップレベルにある東京女子医大の心臓外科専門医であった市原医師についても同様であり、同様心臓外科でわが国のトップレベルにあり心臓外科手術での輸血後GVHDを経験していた三井記念病院の心臓外科医でありわが国有数の心臓外科専門医であった須磨医師にも十分な認識があったことはいうまでもない。
なお、輸血後GVHDとその予防方法については、平成五年三月及び八月の日本医事新報に一般医師向けの説明が掲載されている(乙三一、三二)。
(3) 以上のとおり、被告日赤は被告病院に対し輸血後GVHDの危険性について必要な情報を提供しており、また被告病院の医師、特に本件手術の担当医はこの点について十二分の知識を有していたものであり、本件の輸血後GVHDが被告日赤の輸血後GVHDの危険性に関する警告ないし情報提供義務違反の過失によって生じたものでないことは明らかである。
(二) 輸血後GVHDの予防方法に関する警告表示義務について
被告日赤は、医師に対し放射線照射等による輸血後GVHDの予防方法についても、必要な情報を提供し警告を行っており、過失がないことは明らかである。また、本件の場合、被告病院の担当医師は輸血後GVHDの予防法について十分認識しており、被告日赤がGVHDの予防法について情報提供を怠ったから本件結果が発生したのでないことも明らかである。
すなわち、
(1) 被告日赤の神奈川県血液センターは、被告病院に対し、前記パンフレット等を持参して説明した際や、平成五年八月に湘南病院で輸血後GVHDが発生した際などに、放射線照射による輸血後GVHDの予防方法について説明し、さらには被告病院に対する日常の医薬情報活動の際に、日本輸血学会が平成四年一月に公表した前記の放射線照射ガイドライン(乙一)について説明した。
右の輸血後GVHD発生の際には、神奈川県血液センターの医薬情報担当の石井博之が、被告病院の渡部外科医長に面会し、前記のとおり、放射線照射による予防方法について記載した読売新聞記事を示すなどして予防方法を説明した。右記事には血液用放射線照射装置の写真も掲載されていた。
右のパンフレットには、原告主張のように、輸血後GVHDの予防方法について触れてはいないが、被告日赤は、前記のとおり専門の医療情報担当者が被告病院の院長代行や外科医長に直接面会し、予防方法について具体的に説明しているものであり、パンフレットに記載するよりもよほど懇切丁寧な説明を実施したものである。
(2) また、心臓外科医等の間では、心臓外科手術の際の輸血で発生する輸血後GVHDは放射線照射や白血球除去フィルターによって予防できることが広く知られており、心臓外科手術では現にその予防方法が実施されていた。
日本輸血学会は、平成四年一月に前記放射線照射ガイドライン(乙一)を公表し、臨床医に対し、心臓外科手術等に際し輸血用血液に放射線照射を行うことが必要であることを示した。
また、医療機関が行う輸血後GVHD予防のための放射線照射については、日本輸血学会の要望により、平成四年四月から健康保険の対象とされた。
そして、Zの主治医であった南渕医師は、心臓外科手術で輸血後GVHDが発生する危険があることを昭和六〇年当時から熟知していたが、輸血後GVHDが放射線照射により予防できることも当時から熟知していた。東京女子医大の心臓外科専門医であった市原医師についても同様であり、三井記念病院の心臓外科専門医であった須磨医師についてもいうまでもない。
(3) 以上のとおり、被告日赤は、被告病院に対し輸血後GVHDの予防方法(放射線照射)について必要な情報を提供しており、また被告病院の医師、特に本件手術の担当医は、輸血後GVHDを予防するために放射線照射が必要であることを熟知していたものである。したがって、本件の輸血後GVHDは、被告日赤の予防方法(放射線照射)に関する警告ないし情報提供義務違反の過失によって生じたものでないことは明らかである。
3 被告病院の主張
(一) 被告日赤は、前記の各パンフレットを被告病院に配付したことをもって、あとは病院の責任とする。
しかし、これらは平成三年のアンケートに始まり、アンケート結果の報告、分析が主であって、厚生省緊急情報(丙六)のような「成分輸血」の危険性をクローズアップした警告ではない。
なるほど乙七号証を精読吟味すれば、成分輸血である濃厚血小板輸血が七・一パーセントを占めていることが判読できるが、連日臨床現場で手術に明け暮れる医療現場にこのようなパンフレットの精読吟味を要求することは酷である。真に血液センターが当時の臨床医の盲点であったと思われる成分輸血の危険性を警告する意図があったのであれば、丙六号証のように、成分輸血をクローズアップした形式のパンフレットを配付すべきであった。さらに、これらのいずれのパンフレットを見ても、X線放射装置については、その存在、販売業者、使用方法などの一切の指導はなされていない。
もし、これらのパンフレットに成分製剤の危険をクローズアップし、かつ照射装置のことを記載すれば、全国の病院から直ちに被告日赤血液センターに対し装置設置の要望が湧き起こることは必定であったと思われる。
(二) 被告日赤血液センターの現場では、成分製剤によるGVHDの危険をよく研究しながらその照射対策が実現しないことに危機感を抱き、前記のようなパンフレットを配付しながら、当時大半の医師が安心していた成分製剤の危険をクローズアップせず、具体的対策については早期設置要望の湧き起こることを恐れ、責任を病院現場へ転嫁するため、血小板輸血による七・一パーセントの数値をグラフの形式で表示するにとどめたと考えざるを得ない。当時の病院の現場では、大半の医師は成分製剤に安心し、かつ院内照射はとても対応できないことは血液センターにおいてもよく認識されていたはずであることは、前記医療雑誌(丙五)によっても明らかである。
右のとおり、被告日赤が右パンフレットを配付したのは、被告病院に責任を転嫁するためにすぎないのであり、右事実をもって、被告日赤が必要な警告表示義務を尽くしていたとはいえない。
三 争点3(損害)
1 原告ら主張の損害
(1) Zに生じた損害
<1> 逸失利益 二八三九万四八〇二円
Zは、死亡当時六五歳であり、同人が七三歳まで八年間稼働するとして、平成五年度大卒男子平均賃金センサス七三二万二四〇〇円から生活費四〇パーセントを控除し、ライプニッツ係数(六・四六三)によって中間利息を控除したZの死亡時における逸失利益の原価を算出すると、その逸失利益は右のとおりとなる。
7,322,400×0.6×6.463= 28,394,802
<2> 死亡慰謝料 三〇〇〇万円
<3> 葬儀費用 二四二万九七三八円
<4> Zの損害額合計 六〇八二万四五四〇円
(2) 原告Wの損害
<1> Zの配偶者としてZの前記損害額の二分の一に相当する三〇四一万二二七〇円
<2> 弁護士費用三七四万円
(3) 原告X及び原告Yの損害
<1> Zの子としてZの前記損害額の各四分の一に相当する一五二〇万六一三五円
<2> 弁護士費用二二四万円
2 よって、原告らは被告らに対し、それぞれ請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。
第四争点に対する判断
一 争点1について
1 前記前提事実に、甲第二号証、第三号証の一、二、第五ないし一〇号証、第一一号証の一、二、第一二、第一三号証、第一四号証の一ないし一三、第一五号証の一ないし五、第一六号証の一ないし一〇、第一七ないし四二号証、第四四号証、乙第一ないし一七号証、第一八号証の一ないし四、第一九、第二〇号証、第二一号証の一ないし六、第二二ないし二四号証、第二五号証の一ないし四、第二六号証、第二七号証の一ないし一三、第二八号証の一、二、第二九ないし三三号証、第三四号証の一ないし四、第三五号証の一ないし五、第三六ないし四一号証、第四二号証の一ないし三、第四三ないし六七号証、第六八、第六九号証の各一、二、丙第一ないし三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし一二号証、証人南渕明宏、同石井博之、同十字猛夫の各証言、原告W本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) Zに対する本件手術及び輸血、並びに死亡に至る経過
(1) Zは、前記前提事実(1) ないし(3) の経過で、平成五年三月六日、被告盛岡と診療契約を締結し、同年一二月四日、本件手術が施された。
右手術中、ヘモグロビンや総蛋白が低下を来したため、濃厚赤血球と凍結血漿を必要な都度輸血したが、右の輸血は心臓外科手術では珍しいことではないので、本件手術の四、五日ほど前までに、神奈川県血液センターに供血の注文をしておいたものを右輸血に使用したものである。
ところが、Zの手術は、僧帽弁置換術をやり直す必要が生じたことにより、当初約二時間ほどで終了するとの予想に反して約六時間かかったため、心臓からの出血に対応する輸血が必要となった。そして術後ICUにおいて血液凝固機能の低下が心配され、同日夕刻には、ドレーンからの出血量が一〇〇ないし二〇〇u/時、血小板数が五・一ないし五・八万に減少したことから、六単位の濃厚血小板輸血(以下同じ)が施された。
次いで、翌五日には、ドレーンからの出血量が合計で八八〇uと一〇〇〇u/時に近づいてきたため、さらに血小板輸血の追加の必要があると判断され、一五単位の血小板輸血がなされ、同月六日朝の採血で血小板数が三・八万とさらに減少したので、同月七日午前一時頃、二〇単位の血小板輸血が施された。
右の血小板輸血は、予想外の緊急なものであったため、神奈川県血液センターにその都度、電話連絡により緊急要請したものである。
(2) 前記前提事実(4) のとおり本件手術自体は成功したが、術後一一日目の一二月一五日には、数日前から現われていた紅斑が全身に広がり、Zの状態はその後も改善されないまま、同月二九日、湘南病院において死亡するに至った。
(3) Zの死因については、前記前提事実(5) 記載の経過により、輸血後GVHDによる急性呼吸不全と診断された(なお、本件の輸血後GVHDが前記の濃厚赤血球、濃厚血小板のいずれによるものかは確定できない。)。
(二) 輸血に使用される血液製剤の意義
(1) 輸血に供される血液は、後記のとおり現在ではすべて献血で賄われるが、献血された血液は、まず赤血球と血漿(水分にあたる部分)とに分離され、前者に保存液を加えて保存されるものが濃厚赤血球であり、後者を採血から六時間以内に凍結させたものが新鮮凍結血漿である。
濃厚赤血球は、赤血球を作れない患者や、大量に出血して赤血球の濃度が下がり、酸素の運搬度が下がった患者等に使用される。
新鮮凍結血漿は、血液が固まりにくい患者や、手術等で出血した患者、肝臓が悪くて自分で血液を作ることのできない患者等に使用される。
濃厚血小板は、血小板の数が大量出血する危険性のある一定レベルに減少した場合に使用される。
(2) これら輸血用血液は、人の組織の一部であり、一人一人異なる献血者の血液そのままを、成分ごとに分離したものであるという点で、化学的に合成されて製造される工業製品や医薬品とは異なるものである(十字医師証言の一三回弁論調書、一二、一三頁)。
(三) 被告日赤の地位(乙三、四、三八)
(1) 被告日赤は、明治一〇年五月一日に創立され、現在は日本赤十字社法に基づく特殊法人(法人設立は明治三四年一一月二六日)となっている。
世界各国の赤十字社は、<1>当該国がジュネーブ条約に加盟していること、<2>一国一社であること、<3>当該国の政府から救護団体として承認されていることの三条件を満たすことが必要とされている。
赤十字社の主な財源は、個人約一七〇〇万人、法人約三四万社の寄付によって賄われているほか、地域や大学等に組織されている赤十字奉仕団の活動によって支えられている。また、理事等の役員は、全国で選ばれた代議員大会で選出される。
このように、被告日赤は政府の機関ではなく、政府からの出資もされていない。
一時、日本で売血が問題となったことから、昭和三九年の閣議決定において、輸血用血液は献血ですべて賄い、国、地方公共団体、被告日赤の三者で献血思想の普及と献血の組織化を図ることとされた後、現在では被告日赤が独占的にこれを行うこととされ、日本で唯一の血液事業を営む法人となるに至っている。
(2) 血液センターは、全国七七の地域に所在するが、東京に本社(中央血液センター)が、各都道府県に支部、市町村に地区・分区(計七六の血液センター)が置かれている。
被告日赤の各血液センターを統括するのは、血液事業についての意思決定を行う本社の血液事業部であるところ、その血液事業の費用については、病院に供給した血液の保険代金によって賄っており、独立採算制になっている。
他方、被告日赤には、全国に、医療事業部が統轄する病院(日本赤十字病院)があるが、血液事業と医療事業とは全く独立に行われており、血液センターは、献血者から採血したものを検査のうえ輸血用血液にして供給することをその業務とするところ、献血者の健康状態を診察するために、診療所としての許可は得ているものの、医療機関ではない。
さらに、血液製剤が薬事法に基づき、医薬品として位置づけられている関係上、血液センターは、薬事法上の医薬品製造所(薬事法一二条二項)と位置付けられ、したがって血液製剤を供給する行為も、医療機関として行っているのではなく、医薬品を製造販売する組織として行っているものである(十字証言の一三回弁論調書七頁、石井証言七五頁)。
(3) 被告日赤の血液センターにおける輸血用血液の受注は、電話又はファックス通信によりなされ、受注時には、医療機関名、納品場所、納品日時、製剤名、血液型、受注数量、発注者名等を確認するが、右の受注に際して被告日赤は、血液を提供する病院に対し、どのような患者のどのような治療目的に使用するかは問わないのが原則であり、大量輸血を必要とする場合、HLA適合の血小板製剤、RH(-)やCMV抗体(-)の血液を必要とする場合、稀な血液型等の血液製剤を必要とする場合等例外的な場合には、計画的な採血や円滑な需給調整を行うため、受注に際し、医療機関に要請して患者の輸血計画等の情報を入手しておくよう指示しているものの、その場合でも、いかなる疾患や用途に用いるかを把握するようには求めていない。
(四) 被告病院の地位及び南渕医師の立場
(1) 湘南病院は、神奈川県鎌倉市では最大の一般病床数(平成六年度で四三二床)を有する大病院であり、かつ心臓外科専門分野では同地域の中心的な地位を占めている(甲一二、一三)。
心臓カテーテル検査だけでも年間三〇〇〇例を超え(右のように心臓カテーテル検査数が非常に多く、これに伴い心臓手術を必要とする患者が多く見い出されると考えたことが、南渕医師が平成五年一〇月に湘南病院へ移った理由であった。)、その患者の大半は、近隣の病院や北里大学病院、聖マリアンナ医科大学病院、横浜市立大学病院、東海大学等から、高度な医療設備を持つ病院としての認識のもとに紹介されてきたものであったほか、湘南病院において実施された心臓手術例についても月一〇件を超えるほど多く、神奈川県内はもとより、大学付属病院と比べても、圧倒的に多い数であった。
(2) 湘南病院では、本件手術に先立つ平成五年八月六日、肺癌患者の術後に輸血後GVHDが発症し、死亡するという症例が報告された(乙三五の一ないし五)。
(3) 南渕医師は、奈良県立医科大学卒業後、国立循環器病センター研究員、オーストラリアのセントビンセント病院勤務等を経て、平成五年一〇月一日、湘南病院の心臓血管外科部長に就任した。
同医師が、かつて所属していた右セントビンセント病院は、一年間に約一五〇〇例の心臓手術並びに七〇ないし八〇の心臓移植手術を行っている病院であり、その後勤務したシンガポール大学付属病院や、新東京病院も心臓手術を多く行っている病院であったが、より多くの手術を自分自身で執刀できることが理由で湘南病院に移ったことは前記のとおりである。
同医師の本件手術当時の手術経験としては、自分自身で執刀したのが約一〇〇例、チームの一員として手術に参加した数が約三〇〇〇例以上であった。
(4) 南渕医師が、輸血によってGVHDが起こりうること、並びにその予防にはX線照射が有効であるということを初めて聞かされたのは、国立循環器病センターの心臓外科の研修医であった昭和六〇年のことであった(南渕証言一八、三一頁)。
(5) 湘南病院におけるZの主治医は南渕医師であったが、本件手術の執刀医は、熟練の医師として他病院から呼ばれた須磨久善医師が当たり、南渕医師はその助手を勤めた。また、市原哲也医師も助手を勤め、麻酔医は岩橋健医師が担当した。
(6) 南渕医師らは、本件手術及び術中・術後の前記輸血をするに際し、あらかじめ被告日赤の神奈川県血液センターに対し、GVHD予防のための放射線照射を施した血液製剤を注文したことはなく、実際にも右の照射が施されていない前記血液製剤を輸血した。
南渕医師は、右輸血に際し、全血輸血に比し、成分輸血は比較的安全であると考え、右の放射線照射をするか否かの判断を格別することなく、投与することが先決であり、照射をしないで投与するのもやむなしと判断して、右の輸血を実施した(南渕証言六一頁)。
なお、右当時、湘南病院には、後記のとおりGVHD予防のための放射線照射装置は導入していなかったが、南渕医師は、そもそも本件手術に際し放射線照射が必要か否かの判断をしたものではなかった。
(五) 輸血後GVHDおよびその予防法に関する知見
(1) 輸血後GVHD解明の経緯
<1> 発端
輸血後GVHDの解明の経緯は別表1(乙三九)のとおりであり、右は当事者間にほぼ争いがない。
すなわち、昭和三〇年代に術後紅皮症として報告された疾病が、その後に輸血後GVHDであると判明し、昭和五九年には免疫不全患者でなくとも輸血後GVHDが発症するのではないかとの報告がされた。
<2> 厚生省による研究
そこで、昭和六一年には、厚生省の中に「輸血に伴う免疫異常に関する研究」を行う研究班が設置され、十字医師がその主任研究者となった。厚生省研究班の研究の経過は別表2(乙四一)のとおりであり、昭和六三年からは右の免疫異常に対する予防法の検討もされるようになった。
ところで、平成八年度の厚生省血液研究事業の研究報告集(乙四〇)によれば、平成五年から平成八年までの間に臨床報告された輸血後GVHD症例数は合計一七一例であるが、このうちマイクロサテライトを用いた確定診断法(患者の爪と血液中のリンパ球の遺伝子を用いて行う確定診断法)により、輸血後GVHDと確定的に診断されたものは四一例にすぎない。
そして、昭和六一年に行われた日本胸部外科学会と日本輸血学会の共同研究によるアンケート結果によると、昭和五六年から昭和六一年までに一三七の医療機関において行われた開心手術六万三二五七例のうち、臨床的症状から輸血後GVHDと診断された症例は九六例であり、六五八・九件に一例の割合で輸血後GVHDが発症していると推定された。
したがって、現在確立されている右の確定診断法によると、さらにその約四分の一程度が輸血後GVHDの症例であると推定される。
この点に関し、南渕医師は、証人尋問の中で、輸血後GVHDが発症する割合はおおよそ一五〇〇分の五(三〇〇分の一)である旨証言するが(南渕証言七二頁)、十字医師の証言によると、右の南渕医師の認識は、右共同研究の結果に照らし誤解であるということになり(十字証言の一三回弁論調書二一、二二頁)、南渕医師の右認識は正確ではないと認められる。
<3> 被告日赤による研究
一方、被告日赤は、平成三年、日赤特定研究班の一つとして設置された「血液製剤の副作用の防止に関する研究班」の研究活動の一環として、全国アンケート調査を行ったが、十字医師は同研究班の班長でもあった。
第一次調査及び第二次調査の概要は前記別表1のとおりである。
右研究班は、平成三年一月、右の第一次アンケート調査を実施するためのパンフレット(乙五)を配布し、全国の年間千単位以上の輸血用血液を使用している病院の医師全員のうち、一万四〇〇〇名を超える医師から回答を得、その結果を同年七月、パンフレットで報告した(乙六)。
さらに右研究班は、第二次アンケート調査を実施し、右調査は、輸血後GVHDと思われる症例七九一例の受け持ちの医師へのアンケート調査によって行われたが、このうち三四六例について詳細な資料が寄せられ、昭和六〇年以前の四二例を除外して、三〇四例について臨床データから解析を行い、一七一例をGVHDの確診例とした。
その結果、原疾患は、従来から指摘されていた胸部外科開心術症例が多いほか、特に担癌症例にも多く認められ、その他消化器癌等さまざまな病気があることも判明した。
また、未熟児新生児(八・二パーセント)のほか、比較的高齢の症例が多い(五一歳以上七六・六パーセント)こと、輸血の種類としては、濃厚赤血球が二六・八パーセント、新鮮血が二五・二パーセント、院内新鮮血が二一・二パーセント、保存血が一七・三パーセントと大半を占め、濃厚血小板の比率は七・一パーセントであることが判明した。右研究班は、右の調査結果をとりまとめ、平成四年六月付でパンフレット(乙七)を作成して全国の病院に配布した。
右乙第五、第六、第七号証の各パンフレットは、平成四年六月までに被告病院にも配付された(乙一三、二九、石井証言)。
<4> 日本輸血学会の研究班
日本輸血学会は、昭和六一年に日本胸部外科学会と前記の共同アンケート調査を行った後、平成四年一月二一日、「輸血によるGVHD予防のための血液に対する放射線照射ガイドライン」(乙一)(以下「ガイドラインIという。)を作成し、次いで右ガイドラインは、平成七年五月一二日(乙二)、平成八年一二月二六日(乙四四)、平成一〇年一一月二七日(乙四五)にそれぞれ改訂された(以下、右改訂されたガイドラインを順次「ガイドラインII、III 、IV」という。)。
右各ガイドラインの詳細は後記(2) のとおりである。
(2) 輸血後GVHDの予防方法
<1> 予防方法
輸血後GVHDは、前記前提事実3のとおり、一旦発症すると致命的な結果となり、現在でもその治療法が確立されていないため、その予防が最も重要であると考えられているところ、その予防方法としては、<1>新鮮血の不使用、<2>自己血輸血、<3>白血球除去フィルターの使用(同フィルターを通すことにより、白血球の数を九九・九九パーセント除去する方法、乙六三参照)、<4>放射線照射等がある。
右のうち、放射線照射は、リンパ球のDNAを切断してその大部分を死滅させることにより、供血者由来のリンパ球が患者の体組織を攻撃できないようにするための方法であるが、輸血用血液の成分のうち、濃厚赤血球、新鮮血、院内新鮮血、保存血、濃厚血小板のいずれにもリンパ球が含まれているため(なお、新鮮凍結血漿は、凍結によってリンパ球も死滅すると考えられている。)、放射線照射の方法を採る場合には、それらいずれの成分製剤を使用するにあたっても、これを行う必要がある。
右各予防法のうち、白血球除去フィルターによる方法については、平成三年一一月、東京女子医大の赤星医師らによってその効果に疑問が呈せられたが、これに比し放射線照射は、輸血後GVHDの有用な予防法とされており、日本輸血学会策定の前記ガイドラインIにおいても、放射線照射が唯一の確実な予防法であると位置付けられている。
<2> 放射線照射の危険性
放射線照射は、右のとおり輸血後GVHDの予防法として有用視されているが、右方法は、リンパ球のDNAを切断してその大部分を死滅させるものであるから、放射線による悪性腫瘍の誘発(発ガン性)や、放射線照射によるウィルスの活性化が生じたり(いずれも報告例)、赤血球中のカリウムが血漿中に漏出して血漿中の濃度が濃くなることにより、新生児や肝臓の悪い者、大量輸血を受けた者等について最悪の場合には心停止の事故が生じた症例も報告されている(以上、乙八~一二、三〇、四六~四八、六二)。
そこで、厚生省の「血液製剤におけるGVHD対策等研究班」は、平成四年度の研究報告(乙四二の一~三)において、
「a ヒトの原爆被爆例、事故被曝の研究例、動物実験データの集積、及び抹梢血液・哺乳動物細胞などの放射線誘発染色体異常、突然変異などの実験データをもとに推計した血液製剤に対する放射線照射による悪性腫瘍を誘発する危険率は小さく、GVHD予防のための放射線照射の有効性に比較して充分許容されるものと考えられる。
b 現在のところ、血液製剤に対する放射線照射により悪性腫瘍を誘発する危険性については定量的に評価できる直接的の手法及びデータがないことから、放射線照射の結果をモニタリングして、データを集め、再評価していくことが重要である。この際、有効な照射が適確に実施される必要があることは言うまでもない。」
旨報告したほか、平成八年一二月に策定されたガイドラインIII においても、「輸血を常時行っている中核的病院では、院内に放射線照射装置を設置するよう努力すべきであり、二四時間体制で遂行できるように院内体制の整備をすることが望ましい」「本ガイドラインの放射線照射は、輸血後GVHDの予防のための緊急避難的な措置であり、将来にわたってその安全性について再評価による確認が必要である」旨記載して、放射線照射による危険性の問題を医療現場に告知した。
<3> ハイリスク患者
次に、前記の被告日赤による第二次アンケート調査結果の報告パンフレット(乙七)によると、高齢、男子や未熟児新生児等に輸血後GVHDへの危険が高いことが指摘され、次のとおりガイドラインにおいても、右の危険の高い患者については、放射線照射を必要又は考慮すべき患者として位置付けた。以下、これを便宜上「ハイリスク患者」という。
まず、平成四年一月のガイドラインIによると、ハイリスク患者は、次のA及びBの二種類に分けられている。
A 輸血用血液に照射を必要とする患者
ア 先天性免疫不全症
イ 骨髄移植患者
ウ 胎児、未熟児
エ 胎児輸血後の交換輸血
オ 成人の心臓血管外科手術患者
カ 近親者(親子、兄弟)からの輸血
B 輸血用血液への照射を考慮すべき患者
ア Hodgkin及びnon-Hodgkinリンパ腫
イ 白血病及びその他の造血器腫瘍
ウ 強力な化学療法、放射線療法を受けている固形腫瘍
エ 臓器移植を受け免疫抑制状態にある患者
オ その他医師が必要と認めた場合
右の基準は、平成七年五月のガイドラインIIにおいて、Aのイが「造血幹細胞移植患者」、Aのオが「心臓血管外科手術」、に変更された上、「担癌症例の外科手術」が追加され、Bの類型に「採血後七二時間以内の血液の輸血を受ける患者」が加えられ、Bのオは「その他医師が適応と認めた場合」に改められた。
さらに、平成八年一二月のガイドラインIII においても右の基準に若干の変更があり、平成一〇年一一月付のガイドラインIVにおいて、最終的に以下のように改訂された。
A 放射線照射が適応となる患者
ア 心臓血管外科手術
イ 癌の外科手術
ウ 先天性免疫不全症
エ 造血幹細胞移植
オ 胎児、未熟児
カ 新生児交換輸血
キ 臓器移植を受け免疫抑制状態にある患者
ク 高齢者
ケ 大量出血・重篤な外傷
B 放射線照射を考慮すべき患者
ア 悪性リンパ腫
イ 白血病及びその他の造血器腫瘍
ウ 強力な化学療法、放射線療法を受けている固形腫瘍
C その他、医師が適応と認めた場合
(六) GVHDに対する予防策の実施状況
(1) 平成五年以前の予防策の実施状況
右の実施状況については、南光弘子医師ら五名が、平成三年一月当時の右予防策の概況を知る目的で、全国の三四三病院(A‥医学部・医科大学に附属する全国の大学病院一三三施設のうち、リハビリ・サナトリウム等を除く一二七施設、並びにB‥大学以外の臨床研修指定病院二三〇病院のうち精神病院を除く二一六病院)を対象にアンケート調査を行った研究報告書がある(乙四三)。
<1> 右報告書によると、同月末までに二〇八施設から回答があったが、まず、三八・九パーセントに当たる八一施設で輸血後GVHDの経験があり、このうち具体的に記載のあった七八件では、過去一年から一〇年の間で最低一件から最高九件が経験され、年に三件あったとの回答もみられた。
<2> 次に、輸血後GVHDに対して何らかの予防策を講じているのは、その六六・三パーセントに当たる一三八施設(Aの大学病院で八五・七パーセント、Bの大学病院で五三・二パーセント)であった。
そのうち、放射線照射を行っているのが、三三・三パーセント(四六施設)、白血球除去フィルターを使用しているのが一五・二パーセント(二一施設)、そのいずれかを使用しているのが、四五・七パーセント(六三施設)であった。
<3> 右放射線照射を行っている一〇九施設のうち、すべての血液製剤に照射しているのは一施設のみであり、新鮮血を対象としているのは二〇施設(一八・三パーセント)、リスクの高い患者のみを対象としたものが六九施設(六三・三パーセント)、新鮮血とリスクの高い患者の両方を対象としているものは大学病院の七施設であった。
<4> 放射線照射を行うための機器については、専用機器を使用しているのは六施設(五・五パーセント)のみで、残りの九九施設(九〇・八パーセント)は、癌などの放射線治療に使用される治療用機器で代用していた。
(2) 平成五年当時の予防策の実施状況
<1> 平成五年当時、神奈川県血液センターの管内における輸血用血液製剤の供給先は、二八〇前後あり(石井証言二八頁)、そのうちの上位の一〇医療機関は、左記のとおりであるが、被告病院は、血液製剤の供給量としては第八位、同県全体の三・四パーセントを占めていた(乙一四、乙二五の1)。
i 横浜市立大学医学部附属病院
ii 神奈川県立がんセンター
iii 横浜市立大学医学部附属浦舟病院
iv 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院
v 神奈川県立こども医療センター
vi 横須賀共済病院
vii 横浜市立市民病院
viii 湘南鎌倉総合病院(湘南病院)
ix 済生会神奈川県病院
x 済生会横浜市南部病院
<2> 右各病院のうち、平成五年当時、自ら院内で放射線照射を実施していたことが明確なものは、横浜市立大学医学部附属病院、神奈川県立こども医療センター、神奈川県立がんセンターの三施設であり、このうち心臓外科で院内照射していたのは、前二者であった。
右一〇病院のうち、そのほかに心臓外科があったのは、本件の湘南病院と済生会横浜市南部病院であったが、右二病院は、右当時院内で放射線照射装置を保有していなかった。なお、その後平成七年までの間に、横須賀共済病院、横浜市立市民病院、済生会横浜市南部病院が院内照射を行うようになった(以上、石井証言三〇頁)。
<3> また、ガンその他の治療用の放射線照射装置であるリニアック・マイクロトロンは、平成五年一〇月の時点において、全国の医療機関に合計五七〇台設置されており、神奈川県下では、湘南病院と同系列の茅ヶ崎徳洲会病院を含む二五の医療機関に設置されていた(乙一五)。
(七) 被告日赤による「放射線照射血輸血協力要綱」制定(平成六年二月)及び被告病院の対応
(1) 被告日赤の対応
<1> 被告日赤は、前記のとおり平成三年一一月に東京女子医大の赤星医師らによって白血球除去フィルターの効果に疑問が呈せられ、また、担癌患者にも相当程度のGVHDが発症している事実が次第に明らかになったことから、平成四年三月、血液への放射線照射の協力をすることの検討を開始した。
そこでまず被告日赤は、既に一方向のX線を使った照射装置を開発していた日立メディコに対し、一方向照射では、血液バッグに対する照射にばらつきが生じるため、その差を少なく均等にでき、かつ照射時間を半分に短縮できる二方向の照射装置の開発検討を依頼し、平成五年三月頃、日立メディコが二方向放射線照射装置(乙四九)について厚生省の承認を受けた後、同年六月から同年一一月まで、右装置の評価試験を継続し、最終報告は平成六年八月に完了した(乙五〇、五一、五二)。
<2> そのほか、照射済みの血液を供給するについては、新たに薬事法上の承認も必要となり、あるいは労働安全衛生法及び電離放射線障害防止規則等の問題も生じたので、被告日赤主張の経過で右各問題を解決した。
<3> 右の経過で、被告日赤は、平成六年二月、放射線照射血輸血協力要綱(乙二三)を策定し、全国の各血液センターに通知した上、同年三月から翌平成七年一月までに、放射線照射装置を各血液センターに順次設置した(乙五九)。
(2) 被告病院の対応
被告病院が、被告日赤との間において右協力要綱に基づく受託契約を成立させたのは平成七年八月八日であり、実際に被告日赤が被告病院に対し照射協力をしたのは平成八年二月であった(乙二五の四、三六)。
また、湘南病院は、平成八年二月一六日、放射線照射装置を導入した(乙三六)。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、証人南渕医師の証言中には、本件手術より以前の平成五年八月に発生した輸血後GVHDによる前記の死亡症例について、これを聞き知ったのは本件手術の後である旨証言する部分がある(同証言二九頁)が、右の重大事例が湘南病院内部で知られないはずがなく、同証人の右証言部分は信用することができない。)。
2 被告日赤の放射線照射義務の有無
(一) 前認定のとおりの輸血後GVHD解明の経緯及びその予防法の開発に関する歴史的事実経過、ことに術後紅皮症から次第に輸血後GVHDが解明されていく中で、免疫不全症に関する治療は当然のことながら医療機関で行われ、放射線照射は、院内の治療用の放射線照射装置等を使って、医療機関が医療行為の一環として行ってきたものであること、また、日本輸血学会が平成四年一月に公表した前記ガイドラインIは、臨床医に対し、先天性免疫不全症や心臓外科手術等の場合に輸血用血液に放射線照射を行うことが必要であることを示し、その後改訂されたガイドラインIIでは、対象患者に担癌症例の外科手術等が加えられたが、右はいずれも医療機関が医師の判断で輸血用血液に放射線を照射することを前提とし、その際の指針を示したものと認められること、平成八年及び同一一年改訂されたガイドラインIII 、IVにおいても、「輸血を常時行っている中核的病院では院内に放射線照射装置を設置するよう努力すべきであり、二四時間体制で遂行できるよう院内体制を整備することが望ましい。」として、被告日赤が前記のとおり平成六年以降に放射線照射協力を開始した以後も、日本輸血学会において、輸血後GVHDの予防として行う輸血用血液への放射線照射は、原則として当該医療機関において行われるべきであるとの認識を示したものであり、その理由は、放射線を照射するかどうかは、医療行為の範疇の問題として主治医の判断と責任においてなされるべきであることのほか、放射線照射によるカリウム濃度上昇の危険を回避するため輸血直前に院内で照射することが望ましく、また、緊急に輸血が必要となった場合に備えるためであるとされていたこと(乙四四、四五)等の歴史的経緯からみると、輸血後GVHDの予防のための放射線照射は、主治医の判断により医療行為の一環として医療機関が行ってきたものと認められる。
しかも、輸血後GVHDは、前認定のとおり、輸血用血液それ自体に問題があるわけではなく、輸血用血液の組織適合抗原がたまたま輸血を受ける患者のそれと近似した場合に、免疫反応を起こして発症するものである上、輸血用血液に放射線を照射した場合には、悪性腫瘍の発生やウィルスの活性化の危険、ないしカリウム濃度の上昇による心臓等への障害の危険もあることから、輸血後GVHDの予防としての放射線照射も、当該担当医師において、患者の病名、年齢、その他の具体的事情を勘案し、放射線照射による危険と利益とを比較衡量して、個別具体的に判断されるべき医療行為であるということができる。
そして、被告日赤は、前記のとおり医療機関ではない反面、被告病院は、心臓外科の専門的医療機関かつ輸血を大量に行う医療機関として、前記のとおり輸血後GVHDの危険性及びその予防法について熟知していたと認められ、放射線照射装置を自ら設置し、あるいは他の病院に依頼するなどして自ら放射線照射を行うか、又は白血球除去フィルター等の他の予防方法をとることもできたものであり、かつ、本件手術が心臓外科手術であったことからすると、なおのこと被告病院において輸血後GVHDの予防措置をとるべきであったといえる。
仮に原告ら主張のとおり、被告日赤において、すべての血液もしくはハイリスク患者を対象とした輸血に放射線照射義務を負わせるとなると、医療機関や現場の医師の裁量を奪う結果となって不当であるし、とりわけ被告病院のような心臓外科の専門病院においては、右のとおり本件手術に際して放射線照射をすべきか否かを判断することができ、また判断すべきであったということができる。
以上から、血液製剤に放射線照射をすべきか否かは、医療行為として医療現場における担当医師の判断に任せられるべきものであり、ハイリスク患者に対する場合には、なおのこと医療現場における判断が尊重されるべきであるから、いずれの場合においても、被告日赤が血液製剤に放射線照射すべき法的義務、並びに被告日赤が被告病院に右の照射をした血液を供給すべき法的義務があるとはいえない。
(二) 右の点に関し、原告らは、放射線照射による悪性腫瘍の誘発の危険性については、前記のとおり平成四年度の厚生省の検討結果でも「悪性腫瘍を誘発する危険率は少なく、GVHD予防のための放射線照射の有効性に比較して充分許容される。」旨指摘されており、(乙四二の二)、その危険性の議論は既に決着済みである旨主張するが、同号証によっても、右の記述部分に続いて、「現在のところ右の悪性腫瘍を誘発する危険性については定量的に評価できる直接的な手法及びデータがないことから、放射線照射の結果をモニタリングして、データを集め、再評価していくことが重要である。」旨記載されていることは前認定のとおりであり、放射線照射による悪性腫瘍の誘発の危険性を否定しているものとは認められない上、平成八年一二月策定のガイドラインIII においても、前記のとおり「本ガイドラインの放射線照射は、輸血後GVHDの予防のための緊急避難的な措置であり、将来にわたってその安全性について再評価による確認が必要である。」と記載されて、依然として右の危険性は否定されていないと認められるから、原告らの右主張は採用できない。
また、原告らは、副作用の臨床例の報告はほとんどなく、発病からわずか一か月以内に死亡するGVHDの危険性を、数十年単位で副作用が発生するかどうかという危険性を理由に放置するのは本末転倒の議論であり、また、カリウム濃度の問題にしても、照射済み血液に対する使用期間、時間管理を厳格に行えば、カリウム上昇を防止できると主張する。
しかし、前認定のとおり、輸血後GVHDの発症率は、六五八・九件に一例の割合(確定診断法によるとさらにその四分の一)にすぎないものであり、仮に悪性腫瘍の誘発といった副作用が原告ら主張のように長期間にわたるものであるとしても、そもそも輸血後GVHDの発症率自体も極めて低いものであるから、右両者の危険性を対比することが本末転倒であるとはいえない。
また、カリウム濃度増加の危険の防止については原告ら主張のとおりであるが、右の立論も、被告日赤には放射線照射義務がないとする前記判断の妨げとはならない。
(三) 以上によれば、被告日赤には、全ての血液に対しても、またハイリスク患者を対象とした場合であっても、そもそも医療現場の医師に代わって照射の要否を判断した上で放射線照射を実施すべき法的義務は認められないこととなるから、その余の点について判断するまでもなく、本件手術当時において、Zに対する輸血に供される血液製剤に放射線照射を実施しなかったことにつき、被告日赤の過失を認めることはできない。
3 被告病院の放射線照射義務
(一) まず、右2に判示したとおりの放射線照射の医学的意味からすると、医療機関である被告病院においても、すべての輸血血液製剤に対し放射線照射をすべき義務があるとはいえない。
(二) そこで、本件のZのようなハイリスク患者に対する輸血に際して放射線照射をすべき義務があったか否かにつき判断するに、被告病院は、本件手術当時の臨床現場において、医師の判断で輸血血液に放射線照射を行うことは全く実行可能性を期待できなかったと主張する。
(1) しかしながら、湘南病院は、神奈川県鎌倉市内で最大の臨床数を有し、かつ心臓外科の分野では同地域の中心的な地位を占めている専門病院であること、心臓カテーテル検査や心臓手術の数だけでも他を圧倒していたこと、そして神奈川県血液センターからの血液供給量が県全体の三・四パーセントを占めていた(県内で八位の供給量)ところ、本件における医療事故の発生した平成五年当時、血液供給量がそれぞれ一位、五位であった横浜市立大学医学部附属病院と神奈川県立こども医療センターには自ら心臓外科において院内の放射線装置を有していたのに、湘南病院ではこれを有していなかったこと、また、Zの主治医であった南渕医師は、前記のとおり心臓外科の分野において数々の病院で先端的臨床経験をはじめ数多くの手術を経験したベテランかつ高度の専門技術を有する医師である上、すでに昭和六〇年から輸血後GVHDが起こりうること、並びにその予防にはX線照射が有効であることを知っていたものであること等前認定の事実に照らすと、被告病院の医療水準は極めて高く、輸血後GVHDの発症機序及びその予防法、並びに放射線照射の有効性と重要性を十分に認識していたものと認められる。
(2) しかも、前記のとおり、本件手術のわずか四か月前の同年八月にも輸血後GVHDによる死亡症例が発現していたことにも照らすと、本件手術に臨む南渕医師としては、Zに供血する可能性のある輸血を想定して、これに放射線照射が必要となるかどうかをあらかじめ判断した上で右手術に臨むべきであったというべきである。
にもかかわらず南渕医師は、本件においては、前認定のとおり、その必要性の有無についての判断を行った上で敢えて放射線照射をしなかったのではなく、濃厚血小板輸血のような成分輸血は比較的安全であろうと考え、とりあえず投与することが先決であり、放射線照射をしないで投与するのもやむを得ないとの判断で血小板の投与を行ったものである。
この点につき、被告病院は、南渕医師は当時成分輸血については放射線照射が必要不可欠とは認識していなかった旨主張し、証人南渕医師の証言中にも同旨の証言部分もあるが、前記乙第七号証によっても、濃厚赤血球によるGVHD発症率は二六・八パーセント、濃厚血小板輸血による右の発症率は七・一パーセントであるとされており、右のパンフレットが平成四年中に被告病院に配付されていたことも前認定のとおりであるから、南渕医師の右の認識は何ら根拠がなく、放射線照射をするか否かの判断を怠ったことについての正当事由とはなり得ない。
(3) 以上の如き被告病院及び南渕医師の医療水準、並びに同医師の医学知識及び当時の認識からすれば、被告病院には、少なくとも本件のZのようなハイリスク患者について輸血をするに際し、自ら放射線装置を導入するか、他の病院に依頼し、又は他の治療用放射線装置を利用するなどして、いずれかの方途により、放射線照射を実施すべきか否かを判断すべき注意義務があったにもかかわらず、南渕医師は本件手術当時、Zに輸血する前記血液製剤について放射線照射が必要かどうかの判断を怠った過失があり、その結果、右放射線照射が実施されない右血液製剤がZに輸血されたことにより、Zが死亡したものであるから、同医師の過失とZの死亡との間には相当因果関係があるというべきである。
(4) したがって、被告盛岡は、本件手術当時の南渕医師の使用者として、又は原告らと診療契約を締結した当事者として、また被告愛心会は、右の債務を承継したものとして、原告らに対し連帯して不法行為責任(民法七一五条)又は債務不履行責任に基づき、南渕医師の右過失により生じた損害を賠償する義務を負うというべきである。
二 争点2について
1 前記一1に認定した事実、並びに前記乙第二九号証、第三五号証の一ないし五、証人石井博之の証言によれば、被告日赤の神奈川県血液センター技術部製剤課に勤務していた石井博之(以下単に「石井」という)は、平成三年二月一四日、湘南病院を訪問し、当時の院長代行である鈴木隆夫に面会して輸血後GVHDの危険性について情報提供を行った上、前記乙第五号証のパンフレットを四〇部手渡し、アンケート調査(第一次アンケート調査)への協力を求めたこと、次いで、石井は、平成三年七月一五日、湘南病院に赴き、前記乙第六号証のパンフレットを三部提供し、同病院の検査室の岸本検査技師に面会し、趣旨を説明して実態調査の結果について情報提供を行い、改めて第二次調査のアンケートを依頼したこと、さらに平成四年六月には、神奈川県血液センター供給課職員が前記乙第七号証のパンフレットを持参して湘南病院を訪問し、四〇部の配布を依頼して情報提供を行ったこと、そして平成五年八月六日、石井は、湘南病院から、輸血後GVHDの疑いの患者が発生したとの知らせを受けて同病院へ赴いた際、主治医の北原浩医師と面会し、輸血後GVHDに関する文献資料を提供するとともに、後に右の症例が輸血後GVHDと確定された後の同年九月七日には、北原医師の上司にあたる渡部和臣外科医長に面会し、前記のガイドラインIを示し、予防法に関する説明を行ったこと、また、被告日赤が供給する血液製剤には、既に平成元年四月から、副作用としてGVHDが稀に発現することがある旨の使用上の注意を表記していたこと(乙六七)、以上のとおり認められ、他に反証はない。
2 ところで、被告日赤が配布した前記の各パンフレットにはGVHDの予防法についての記載がないことは原告ら指摘のとおりであるが、石井が湘南病院に各パンフレットを配付する際や、平成五月八月に同病院において輸血後GVHDの症例が発現した際に輸血後GVHDの予防方法に関する口頭の説明を行ったことは前認定のとおりである上、前記一1に認定の事実経過からすれば、被告病院及び南渕医師は、輸血後GVHDの危険性及びその予防法につき十分な知見と認識を有していたものであり、にもかかわらず同医師の判断でZの輸血血液に放射線照射をしなかったことも前記のとおりであるから、被告日赤が輸血後GVHDの危険性についての警告表示義務を怠ったとはいえないのみならず、右義務違反があったとしても、これによって本件の輸血後GVHDが発症したとの因果関係も認められない。
したがって、被告日赤の警告表示義務に関する原告らの主張は採用することができない。
三 争点3(損害)について
1 逸失利益
原告W本人尋問の結果によれば、Zは、大学卒業後、国鉄に勤務していたが、本件手術当時は、右を退職した後であり、原告W経営の飲食店の経理と仕入れ等を手伝っていたことが認められるから、Zの死亡当時における逸失利益を算定するに当たって、原告ら主張のように大卒男子の賃金センサスを基準とするのは相当ではなく、男子労働者学歴計の賃金センサスを基準とすべきである。
そして、Zは、本件の医療事故がなければ少なくとも八年間は就労が可能であったとみられるから、平成五年度男子労働者学歴計の平均賃金センサスである三六八万三六〇〇円を基礎とし、生活費控除率を四〇パーセントとして、ライプニッツ方式により逸失利益を算定すると、次のとおり、一四二八万四七〇六円となる。
3,683,600×0.6×6.4632= 14,284,706(円未満切捨、以下同様)
2 死亡慰謝料
前記前提事実及び原告W本人尋問の結果によれば、Zは、平成五年一二月四日に本件手術を受け、手術自体は成功したものの、その後約二週間で全身に紅斑が広がり、医者からエイズのような血液の病気に感染したと告げられたこと、その後赤みが顔中、さらに指の先にまで広がり、皮膚が火ぶくれのようになり徐々にめくれて大量にはがれ落ちる等の悲惨な症状となり、改善のないまま同月二九日に死亡したことが認められ、右のような本件手術後の経緯、並びにGVHDの発症から極めて短期間で死という不慮の結果を招いたこと、その他生前の生活状況、家族関係、年齢等の諸事情を考慮すると、Zの慰謝料としては三〇〇〇万円が相当である。
3 葬儀費用
葬儀費用は、原告ら主張の総費用のうち、甲第四三号証によって認められる直接の葬儀費用一三〇万九四三九円の限度において相当因果関係のある損害と認められる。
4 右1ないし3の合計は四五五九万四一四五円となる。
5 相続
原告Wは、配偶者として二分の一、その余の原告らは、子として各四分の一の相続分を有するから、各原告の損害額は次のとおりとなる。
(1) 原告Wの損害額
前記4の二分の一に当たる二二七九万七〇七二円
(2) その余の原告らの損害額
前記4の四分の一に当たる各一一三九万八五三六円
6 弁護士費用
本件において相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、右の認容額の約一割に当たる原告Wにつき二二八万円、その余の原告らにつき各一一四万円とするのが相当である。
第五結論
以上によれば、原告らの請求は、被告盛岡及び被告愛心会に対し、原告Wが二五〇七万七〇七二円、その余の原告らが各一二五三万八五三六円及び右各金員に対する前記不法行為の後であることが明らかな平成五年一二月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるから認容し、同被告らに対するその余の請求は失当であるから棄却し、被告日赤に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 清水研一 裁判官 宮崎牧子)
別紙<省略>