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横浜地方裁判所 平成8年(行ウ)39号 判決 1999年6月21日

横浜市旭区今宿東町六六七番地

原告

鈴木正治

右訴訟代理人弁護士

山本博

安養寺龍彦

戸谷豊

横浜市保土ヶ谷雉子町二-六四

被告

保土ヶ谷税務署長 小林武廣

右指定代理人

松原行宏

長谷川良則

宇山聡

上出宣雄

佐藤繁

主文

一  被告が原告に対し平成六年七月八日付けでした相続税の更正処分(ただし、平成八年四月八日付け裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、相続税の課税価格四億七八七四万五〇〇〇円、納付すべき相続税額二億〇四九四万一八〇〇円を超える部分の取消しを求める訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成六年七月八日付けでした被相続人鈴木フミ相続税の更正処分(ただし、平成八年四月八日付け裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、相続税の課税価格四億七八七四万五〇〇〇円、納付すべき相続税額二億四九四万一八〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対し平成六年七月八日付けでした被相続人鈴木フミの相続税に係る無申告加算税の賦課決定処分(ただし、平成八年四月八日付け裁決により一部取り消された後のもの。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成四年一月二〇日に死亡した鈴木フミ(以下「フミ」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、被告がフミの共同相続人の一人である原告に対し平成六年七月八日付けでした更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件決定処分」という。)に対し、原告が、本件更正処分には相続財産を過大に認定した違法があり、また本件決定処分には期限内申告がないと認定した違法があるとして、その取消しを求めたものである。

一  争いのない事実等(末尾の証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)

1  本件相続

(一) 原告は、平成四年一月二〇日に死亡したフミの相続人の一人である。

(二) フミの相続人には、原告のほか、本田トヨ、北村フク、鈴木忠博、荏原キミ及び佐藤トシの計六名(以下、原告を含め「本件相続人ら」という。)がいる。

2  本件書類の提出

原告は、フミの相続税の法定申告期限(平成五年一月四日)内の平成四年一二月二二日、相続税の申告書第一表の用紙に「横浜家庭裁判所にて家事審判中の偽価額の計算は出来ませんので、后日、申告致します。なほ固定資産税名寄台帳と家裁の期日呼出状をてんふします。」と記載し、右用紙に横浜家庭裁判所からの期日呼出状及び土地家屋総合名寄帳(右用紙を含め、以下「本件書類」という。)を添付して、これらを被告に提出した。

3  本件申告書の提出

原告は平成五年二月一五日、保土ヶ谷税務署を訪れた際、応接した当時の保土ヶ谷税務署長神田庄二(以下「神田署長」という。)及び個人課税第六部門(資産税第一担当)統括国税調査官高田諭(以下「高田統括官」という。)から相続税申告のしょうようを受け、同日、相続税の課税価格を四億七八七四万五〇〇〇円(原告分)、納付すべき相続税額を二億〇四九四万一八〇〇円(同)とする相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を提出した。

4  本件更正処分等

(一) 被告は、原告に対し、平成五年五月三一日付けで、無申告加算税の額を一〇二四万七〇〇〇円とする賦課決定処分をした。

(二) その後、被告は、原告に対し、平成六年七月八日付けで、課税価格を九億二〇七三万五〇〇〇円、納付税額を五億八一三八万〇八〇〇円とする更正処分(本件更正処分)及び無申告加算税の額を五六四六万四五〇〇円とする賦課決定処分(本件決定処分)をした。

5  原告の不服申立て等

(一) 原告は、本件更正処分及び本件決定処分に対し、平成六年九月一日異議申立てをしたが、同年一一月二五日付けで棄却された。これに対し、原告は、同年一二月二〇日国税不服審判所長に審査請求をした。

(二) 国税不服審判長は、平成八年四月八日付けで、課税価格を九億一五〇九万四〇〇〇円、納付すべき税額を五億七七〇四万九二〇〇円とする本件更正処分一部取消し及び無申告加算税を五五八一万五〇〇〇円とする本件決定処分一部取消しの裁決をした。

6  本件修正申告

原告は、フミの遺産について平成七年一二月二六日に相続人間で遺産分割協議が成立したとして、平成八年二月一九日、被告に対し、課税価格を一二億八三〇六万円(原告分)、納付すべき税額を八億九八一四万二〇〇〇円(同)とする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。(乙第一一号証、弁論の全趣旨)

7  課税経過表

本件課税処分の経緯は、別紙「本件課税処分の経緯」記載のとおりである。

二  双方の主張

1  本案前の主張

(一) 被告の主張

原告は、本件更正処分による納付すべき税額を上回る税額を記載した修正申告書を本件更正処分後の平成八年二月一九日、被告に対し、提出した。このような修正申告がなされた場合、納付すべき税額は修正申告により増額された部分を含む全額が即時に確定し、先にされた本件更正処分は本件修正申告の効力の中に吸収されて消滅し、その存在意義を失うものというべきである。したがって、本件更正所処分の取消しを求める訴えの利益はない。

(二) 原告の主張

本件修正申告の対象は原告が遺産分割により取得した山林の一部のみであるのに対し、遺産分割前になされた本件更正処分の対象は原告の全遺産(その法定持分)であるから、その内容において明らかに異なり、本件修正申告による納付すべき金額が本件更正処分による納付すべき税額を上回るとしても、必ずしも先になされた本件更正処分が本件修正申告に吸収されて消滅するものとはえない。

また、本件決定処分における無申告加算税額は、本件更正処分における相続税額と直接関連するから、原告が右の無申告加算税の納付義務の解除を求めるためには、本件更正処分の取消しを求めるしかない。すなわち、原告は、本件更正処分をそのままにして本件決定処分の取消しを争っても意味はないのであり、本件更正処分が取り消されて初めて本件無申告加算税が一〇二四万七〇〇〇円になるのである。したがって、原告は、本件決定処分を争うため、本件更正処分の取消しを求める利益がある。

2  本件の主張

(一) 原告の主張

(1) 本件更正処分の違法

<1> 信義則違反

原告が、平成四年一〇月下旬、フミの遺産分割協議が調わず家事審判が係属しているがどうすればよいかという相談を神田署長にしたところ、神田署長は、とりあえず名寄帳を添え、家事審判が家庭裁判所に係属していることが分かるように家庭裁判所からの呼出状を添付して、申告用紙を提出するように指導した。そこで、原告は、同年一二月二二日、本件書類を提出した。ところが、神田署長は、平成五年二月一五日、原告を呼び出し、高田資産税課長(被告のいう高田統括官と同一人物)ほか一名同席の場で、「申告書に数字を入れ直してほしい。」と述べ、原告に計算の方法を教えた。そこで、原告は、本件山林の評価を倍率方式により算出してもらい、神田署長に言われたとおりの金額を記載して、本件申告をした。このように、原告は、税額決定の権限を持つ神田署長の指示に従って相続税の申告をし、これが受理されたのであるから、この相続財産の評価に誤りがあるとして更正処分をすることは信義則に反し許されない。

<2> 過大認定の違法

本件更正処分には、相続財産の評価額を過大に認定した違法がある。すなわちフミの遺産中には、別紙山林目録記載の山林(以下、まとめて「本件山林」、個別には「丁山林」のようにいう。)が含まれているところ、本件山林の評価額は、神田署長の指導どおりいわゆる倍率方式に従い、固定資産評価額に三・七を乗じた金額とするのが正しいにもかかわらず、本件更正処分は別表3の1のとおりそれと異なる方法により過大な額としている。

仮に比準方式によることが許されるとしても、本件更正処分においては、丁山林につきがけ地補正を行っていないが、丁山林は急傾斜地であり、〇・九六のがけ地補正が行われて然るべきである。

また、本件山林の造成費用は、その規模、斜面の状況等からして、一平方メートル当たり四万円と見るべきである。

次に、被告は、本件山林の有効宅地比率を四五・二二パーセントとしているが、四〇パーセントと見るのが相当である。

また、丁山林は、奥行が間口に対し二倍以上あるから、〇・九八の奥行補正を行うべきである。

さらに、丙及び丁山林の一部には、株式会社東京電力の高圧電力の送電線のための地役権が設定されており、その部分は、同社との契約により竹木の栽培が禁止されているから、このような土地の評価は零とすべきである。

(2) 本決定処分の違法

前記のとおり、原告は、神田署長の指導に従い、本件申告書を提出したものである。このような相続税の申告が期限後申告に当たるとして無申告加算税の賦課決定処分をすることは、信義則に反し許されない。

(二) 被告の主張

(1) 本件更正処分の適法性

<1> 信義則違反の不存在

原告は、本格相続財産の評価について、神田署長の指導により、固定資産評価額に三・七倍を乗じて評価したのであるから、本件更正処分においても、信義則の法理の適用により、比準方式により算定するのではなく、固定資産評価額に三・七倍に乗じて評価すべきであると主張する。

しかし、信義則が適用されるためには、単に税務職員に誤った指導があったというだけでなく、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したこと、後に右表示に反する課税処分が行われたこと、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったこと、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解されるところ、本件更正処分について公的見解の表示があると見ることはできないから、それ以外の要件を検討するまでもなく、信義則の適用はない。

<2> 遺産評価の適法

原告は、本件更正処分は、本件相続財産を過大に認定した違法があると主張するが、本件相続人らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額は別表1「課税価格等の計算明細書」及び別表2「税額算出表」各記載の、その算定の経緯は別紙「本件更正処分の根拠」記載のとおりであり、価額の評価に過大認定の違法はない。なお、これは、本件更正処分における納付すべき税額の根拠を述べたものであるところ、被告は、本件山林の価額について本訴においてさらに正確な主張をしており、これによる額は、別表1及び2の金額を上回る。したがって、いずれにしても、本件更正処分に相続財産を過大に認定した違法はない。

(2) 本件決定処分の適法性

<1> 期限内申告の不存在

相続税法は、相続税の納税義務がある者は「課税価格、相続税額等その他政令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない」と定め(二七条)、同法施行令五条一号は、同法二七条の規定による申告書に記載すべき事項として、課税価格及び相続税額を掲げている。これによれば、相続税法に規定する相続税の申告書は、少なくとも課税価格及び相続税額の記載のあるものを指すものと解すべきである。本件において、原告が本件相続税の申告期限内に提出した書類は、被相続人及び原告の住所、氏名等の記載はあるものの、相続税の申告書として必要な課税価格及び相続税額の記載はなかったのであるから、これを相続税法二七条に規定する申告書と認めることはできない。

そして、原告が本件相続税の申告に関し申告期限内に被告に提出したのは、本件書類以外にないから、原告は、結局、本件相続税について、国税通則法(以下「通則法」という。)一七条に規定する期限内申告書を提出しなかったことになる。

<2> 期限後申告と無申告加算税

原告は、法定申告期限後の平成五年二月一五日に本件申告をしたが、これは、通則法一八条に規定する期限後申告に該当する。そこで、被告は、原告に対し、通則法六六条一項により、無申告加算税を賦課した。

さらにその後本件更正処分がされたことに伴い、被告は、原告が新たに納付すべきこととなった税額三億七二一〇万円(通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、同項二号の規定に基づき、一〇〇分の一五を乗じて、本件決定処分を行ったものである。

<3> 信義則違反の不存在

原告は、神田署長の指導に基づき本件申告書を提出したから、これが期限後申告に当たるとして無申告加算税を課すことは信義則に違反すると主張する。

しかし、神田署長は原告から本件相談について相談を受けていないし、高田統括官が原告から相談を受けた事実はあるとしても、高田統括官が原告から相談のなかった点についてまで指導をしなかったからといって、これが不適切なものということはできない。したがって、本件決定処分が信義則に違反するとはいえないし、右のような事情に照らせば、原告には、通則法六六条一項ただし書にいう正当な理由があるともいえない。

三  本件の争点

1  本案前の争点(本件更正処分取消しの訴えの適合)

原告が本件更正処分後の遺産分割に基づき修正申告をしたことにより本件更正処分の取消しを求める訴えの利益は消滅するか。

2  本案の争点

(一) (本件更正処分の適否)

本件山林の評価については、信義則の法理の適用により、比準方式ではなく、倍率方式を採用すべきか。本件山林の評価には、これを過大に認定した違法があるか。

(二) (本件決定処分の適否)

本件相続税の申告が期限後申告であるとして本件決定処分をすることは信義則に違反するか。

第三当裁判所の判断

一  本案前の争点(本件更正処分取消しの訴えの適否)について

1  更正処分後の修正申告と更正処分

(一) 本件修正申告

原告が、フミに係る相続税につき、未分割であった相続財産の分割が行われたとして、平成八年二月一九日、被告に対し、課税価格を一二億八三〇六万円(原告分)、納付すべき税額を八億九八一四万二〇〇〇円(同)とする修正申告を行ったことは前記のとおりである。

(二) 修正申告の効力

ところで、修正申告(通則法一九条)は、納税申告書を提出した者及び更正若しくは決定を受けた者が、その申告又は更正若しくは決定に係る税額が過少であることを理由として当該税額を修正するためにする納税申告であり、申告又は更正若しくは決定の内容を自己に不利益に変更するものである。そして、修正申告が行われると、当該修正申告により新たに納付することとなった税額に係る納税義務が確定することとされている(同法一五条一項二項、一六条)。

これを本件について見ると、原告は、本件更正処分後に、本件更正処分に係る納税義務の範囲を超える本件修正申告を行ったのであるから、本件修正申告により原告の本件相続税額が確定したこととなる。

(三) 本件更正処分の帰趨

本件修正申告により原告の納付すべき税額が定まるので、この金額より低額を相続税額とする本件更正処分は、本件修正申告に吸収されて一体となり、これによりその外形が消滅し、独立の存在意義を失うに至ったものというべきである。

2  原告の主張についての判断

(一) 修正申告の理由と更正処分の理由の違いと両者存続の有無

原告は、未分割遺産の分割に係る修正申告の対象は、未分割に係る本件更正処分の対象とは明らかに異なり、必ずしも先にされた申告又は更正処分がその後の修正申告に吸収され消滅するものとはいえないと主張する。

しかし、更正処分と修正申告における納付すべき税額の算出経緯が異なっても最終の納付すべき税額が結論であるから、修正申告における税額が更正処分における税額より多額であれば、既にそのことだけで多額の方は存続するが、低額の方は存在意義を失うといわざるを得ない。この点は、相続税の修正申告の場合であっても変わらない。というのは、相続税の修正申告は、相続税法三二条一項一号ないし四号に規定する事由が生じたため既に確定した相続税額に不足を生じた場合にすることができるものである(同法三一条一項)から、そのようにしてされた修正申告により納付すべき相続税額が相続税更正処分におけるそれよりも多額であれば、右の法理を適用することに何ら支障もないからである。

したがって、本件修正申告後は本件修正申告が存続し、本件更正処分は存在意義を失うといわざるを得ない。

(二) 遺産分割協議の財産評価方法

しかも、原告は、分割協議で取得した丁山林の価額について原告の算出方法(三・七倍の倍率方式)によって一二億八三〇六万円として本件修正申告をしている(乙一一)。これに対し、本件更正処分の採用した算出方式による丁山林の価額(他の本件相続人らが採用した鑑定価額。本判決添付別表3の1の丁山林欄)を当てはめれば、その額は二三億〇六八〇万円となり、それだけ原告の相続税額は、増額となる(その場合でも、本件相続人らの納付すべき税額の総額は変わらないから、原告の税額が増加する分、分割取得した遺産が法定相続分より少ない他の本件相続人らの納付すべき税額は減少することになると考えられる。)。したがって、本件修正申告が1のとおり本件更正処分の存在意義を失わせるということは、遺産の価額算出方法の点における倍率方式が採用され、比準方式を取り消す効果を得たに等しい状態に既にあることに他ならない。しかも、原告が分割協議で取得した丁山林の価額を被告において二三億〇六八〇万円とする増額再更正処分をしない状態にとどまっているので、原告は、本件修正申告における納付すべき税額の負担で足りることとなっている。

以上のような意味では、(一)冒頭の原告の主張は、実質的にはその前提において失当でもある。

(三) 無申告加算税を争うための必要性の有無

原告は、本件決定処分における無申告加算税額は、本件更正処分における相続税額と直接関係するから、原告が無申告加算税の納付義務の解除を求めるためには、本件更正処分の取消しを求めるしかなく、その取消しを求める訴えの利益があると主張する。

しかし、無申告加算税は、法定申告期限内に適正な申告をしないことに対する行政上の制裁であり、期限後申告の後に修正申告がされた場合にもその納付すべき税額の差額に原則として一五パーセントの割合を乗じた無申告加算税が課されるし、期限後申告後に増額更正処分がされた場合にもその納付すべき税額の差額に原則として一五パーセントの割合を乗じた無申告加算税が課せられる(通則法六六条一項二号)。したがって、期限後申告後に増額更正処分があり、次いでその納付すべき税額をさらに上回る修正申告があった場合には、本税関係で修正申告により右の増額更正処分が独立の存在意義を失って修正申告だけが存在するのと同様に、加算税関係でも修正申告だけが残存し、修正申告による納付すべき本税額と当初の期限後申告におけるそれとの差額に対する一五パーセントが通則法六六条一項二号により無申告加算税として賦課される関係が残ると解されるので、当初の増額更正処分を争う利益を無申告加算税の納付義務との関係で確保する必要があるということにならない。

これを本件について見ると、法定申告期限内にされた金額の記載のない本件書類の提出をもって相続税の申告書を提出ということはできない。(また、そのように評価することに信義則違反があるともいえないことは、後記二2のとおりである。)から、法定申告期限後にされた本件申告書の提出をもって、期限後申告されたことを意味する。そうすると、本件では期限後申告後に本件更正処分(増額更正)がされ、その後に納付すべき金額の点でこれを上回る本件修正申告がされたのであるから、本件決定処分を争いたい原告に対し、本件更正処分を争う利益を確保する必要はないことになる。したがって、原告の冒頭の主張は、採用することが出来ない。

3  まとめ

以上のとおりであるから、本件のように、増額更正が行われた後、その納税義務を上回る修正申告がなされた場合には、右増額更正は修正申告の効力の中に吸収され、これと一体となることによりその外形が消滅して、独立の存在意義を失い、原則として、納税者が右増額更正の取消しを求める訴えの利益は消滅したと解すべきである。

二  争点2(本件決定処分の適否)について

1  論点の整理

原告は本件決定処分の取消しを求めているところ、本件決定処分は本件更正処分を基礎とするものである。そして、本件更正処分は前述のとおり本件修正申告により独立の存在意義を失ったので、新たに本件修正申告を基礎とする無申告加算税賦課決定(増額した再度のもの)がなされれば、本件決定処分も独立の存在意義を失うことになると解される。しかし、本件では、そのような再度の増額した無申告加算税賦課決定はされていない(相続税法五〇条二項三号)ので、本件決定処分は存在意義を失っていない。そして、本件決定処分における無申告加算税額が本件修正申告を前提とした無申告加算税額を下回ることは計算上明らかであるから、本件修正申告がされたことを前提とすると、本件決定処分には、過大賦課の違法はないこととなる。

ただし、本件決定処分に原告指摘の手続的な違法事由がないかどうかを検討する必要がある。というのは、そのような手続的違法事由があれば、それを理由に本件決定処分が取り消されることとなるからである。

2  信義則違反の有無

(一) 原告は神田署長の指導に従い本件書類を提出し、また、神田署長及び高田統括官の指導を受けて本件申告書を提出したのであるから、これを期限後申告に当たるとして無申告加算税を賦課することは信義則に違反すると主張する。

(二) そこで、原告が、本件書類提出後に本件申告書を提出した経緯についてみるに、前記当事者間に争いのない事実及び証拠(甲六、九、乙二、一一、一七、一八、証人高田諭、同神田庄二の各証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、平成四年一二月二二日、妻とともに保土ヶ谷税務署の資産税担当窓口を訪れ、応対した職員に対し、相続人間で遺産の分割を巡る争いがある場合の相続税の申告手続について質問した。右職員は、相続税の申告期限までに相続人間による遺産分割協議が整わない場合であっても、各相続人が法定相続分の割合で財産を取得したものとして相続税額の計算を行い、法定申告期限の平成五年一月四日までに相続税の申告書を提出するよう指導した。しかし、原告は、右指導に従わず、右訪問日に、同署総務課の受付に、本件書類を提出した。

(2) 保土ヶ谷税務署総務課から本件書類の回付を受けた同署資産税担当の高田統括官は、本件書類が相続税の申告書と認められないと判断し、同署職員に、原告宅に連絡して、その旨を伝えるように指示した。右職員は、平成四年一二月二四日原告宅に電話をかけ、応対に出た原告に対し、提出された文書は相続税の申告書に当たらないため、法定申告期限までに相続税の申告書を提出してほしい旨、また、法定納期限後に申告書の提出があった場合には無申告加算税が賦課されることになる旨説明したが、原告は右職員の説明に納得せず、後日来署すると回答した。

(3) 高田統括は、法定納期限の日である平成五年一月四日に原告宅に電話したところ、原告が電話口に出ず、妻が応答したので、妻に対し、本件書類は相続税の申告書とは認められないので、後日申告書を提出した場合には、無申告加算税が賦課される旨、また、本日中に相続税の申告書を提出した方が有利である旨説明したところ、妻は、原告にその旨伝えると回答した。しかし、その日、原告から相続税の申告書は提出されなかった。

(4) 神田署長は、高田統括官から右の報告を受け、原告に電話をし、応答に出た原告に対し、このままでは適正な申告があったとは認められない旨、金額が分かる範囲で申告書を提出してほしい旨及び後の調査で増差税額が生じた場合、期限後であっても申告書を提出しておいた方が加算税について有利である旨伝えた。その後、原告は、平成五年二月一五日、保土ヶ谷税務署を訪ね、神田署長に面会した。神田署長は、本件書類では相続税の申告義務を果たしたことにならないと説明し、正規の相続税の申告書を提出するよう話し、高田統括官を呼んで申告の相談を行うよう指示した。高田統括官は、原告が相続税の申告書(甲九)の「相続税がかかる財産の明細書」(第11表)の土地及び家屋の評価額、「相続税の総額の計算書」(第2表)の一部及び「相続税の申告書」(第1表)の「被相続人」欄ないし「財産を取得した者」欄に記載をしていたので、第11表の「合計表」欄、第2表の一部及び第1表の「課税価格の計算」欄から「差引税額(納付すべき税額)」欄の各人の合計欄及び原告欄に当たる部分を、原告記載額に基づいて計算記載した。原告は、これに基づき本件申告書を作成し、同日、被告に提出した。

以上のとおり認められ、甲六(原告の陳述書)、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく採用することができない。

(三) 右認定の事実によれば、原告は、保土ヶ谷税務署の職員から、直接又は電話で、再三本件書類では相続税の申告書に当たらないので、法定申告期限である平成五年一月四日までに正規の相続税の申告書を提出するよう言われていたにもかかわらずこれを徒過したのであり、しかもそのことについて、神田署長や高田統括官が原告に対し、何らの指導をしたともいえないのであるから、原告が同年二月一五日に本件申告書を提出したことが期限後申告に当たるとして、被告が同年五月三一日に無申告加算税賦課決定を、及び平成六年七月八日の本件更正処分時に本件決定処分をしたことには、信義則違反があるとはいえないし、また、このような原告に通則法六六条一項ただし書に規定する正当な理由があるともいえない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  結論

よって、原告の本訴請求のうち、本件更正処分の取消しを求める訴えは不適法であるからこれを却下し、本件決定処分の取消しを求める訴えは理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官近藤裕之は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岡光民雄)

山林目録

(甲山林)

1 横浜市旭区今宿町中沢二三一七番一 一、二五五m2  中間山林

(乙山林)

2 横浜市旭区今川町一三〇番一 四八四m2  中間山林

3 〃 〃 〃 二 二一五m2  〃

4 〃 〃 〃 三 一、〇三一m2  〃

5 〃 〃 〃 七 一二八m2  〃

(丙山林)

6 横浜市旭区今宿町字神成谷二五五三番 四、四〇三m2  市街地山林

7 〃 〃 〃 二五五四番一 四、三一七m2  〃

8 〃 〃 〃 二五五四番二 二七七m2  〃

9 〃 〃 〃 二五五五番一 二、七三〇m2  〃

10 〃 〃 〃 二五五五番二 六七一m2  〃

(丁山林)

11 横浜市旭区今宿町字箒沢二五六九番 六、四八九m2  〃

12 〃 〃 〃 二五七〇番 四、三二〇m2  〃

13 〃 〃 〃 二五七一番一 五、六四六m2  〃

14 〃 〃 〃 二五七一番二 一二八m2  〃

15 〃 〃 〃 二五七六番一 四、五二二m2  〃

16 〃 〃 〃 二五七六番二 一、四八七m2  〃

17 〃 〃 〃 二五七六番三 四二六m2  〃

18 〃 〃 〃 二五七七番 六、七八六m2  〃

(別紙)

本件更正処分の根拠

一 課税価額の合計額(別表1の順号9の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

四五億七四八〇万円

右金額は、次の1記載の相続により取得した財産の総額から次の2記載の控除すべき債務の総額を控除した後の金額(ただし、通則法一一八条一項の規定により、本件相続人ら一名ごとに課税価格の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の合計額)である。

1 相続により取得した財産の総額(別表1の順号5の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

四六億二六三四万八九九八円

右金額は、本件相続人らが相続により取得した財産の総額であり、その内訳は次のとおりである。

(一) 土地(別表1の順号の1の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

三八億八六八三万七二〇四円

右金額の内訳は、別表3の1記載のとおりであり、このうち、同表順号2の土地(甲山林)及び同表順号3の土地(乙山林)の価額は、本件修正申告書に記載されている金額と同額である。

同表順号1の土地の価額については、租税特別措置法(以下「措置法」という。)六九条の三(平成六年法律第二二号による改正前のもの。以下同じ。)の適用があるので、別表3の2のとおり算定した。

同表順号4の土地(丙山林)及び同表順号5の土地(丁山林)の価額については、本件相続に係る原告を除く他の共同相続人から提出された本件相続に係る相続税の申告書(以下「他の共同相続人の申告書」という。)にそれぞれ記載されている金額と同額である。

(二) 家屋(別表1の順号2の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

四七万六一〇四円

右金額は、本件申告書及び他の共同相続人の申告書に記載されている金額と同額である。

(三) 現金及び預貯金(別表1の順号3の「本件相続人らの合計金額」欄の金額)

七億三八一〇万八一九〇円

右金額は、他の共同相続人の申告書に記載されている金額と同額である。

(四) その他の財産(別表1の順号4の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

九二万七五〇〇円

右金額は、他の共同相続人の申告書に記載されている金額と同額である。

2 控除すべき債務の総額(別表1の順号6の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

五一五四万五八八八円

右金額は、相続税法一三条及び一四条の規定に基づき、本件相続人らが相続により取得した財産の総額から控除すべき債務の総額であり、他の共同相続人の申告書に記載されている金額と同額である。

二 原告の納付すべき相続税額(別表1の順号10の「原告分」欄の金額)

五億七七〇四万九二〇〇円

右金額は、相続税法一五条ないし一七条(一五条及び一六条については、平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)及び五五条の各規定に基づき、次のとおり算定したものである。

1 本件相続人らの課税価格の合計額(別表2の順号1の「本件相続人らの合計額」の欄の金額)

四五億七四八〇万円

右金額は、前記一記載の金額である。

2 遺産に係る基礎控除(別表2の順号2の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

一億〇五〇〇万円

右金額は、課税価格の合計額から控除すべき遺産に係る基礎控除額であり、相続税法一五条の規定に基づき、四八〇〇万円と九五〇万円にフミに係る法定相続人の数である六を乗じて算出した五七〇〇万円との合計額である。

3 課税遺産総額(別表2の順号3の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

四四億六九八〇万円

右金額は、前記1の金額から前記2の金額を控除した金額である。

4 法定相続分に応ずる所得金額(別表2の順号5の「原告分」欄の金額参照)

(一) 原告(五分の一) 八億九三九六万円

(二) 本田トヨ(一〇分の一) 四億四六九八万円

(三) 北村フク(一〇分の一) 四億四六九八万円

(四) 鈴木忠博(五分の一) 八億九三九六万円

(五) 荏原キミ(五分の一) 八億九三九六万円

(六) 佐藤トシ(五分の一) 八億九三九六万円

右金額は、相続税法一六条の規定に基づき、本件相続人らが法定相続分に応じて取得したとした場合の課税遺産額であり、前記3の金額に法定相続人らの法定相続分をそれぞれ乗じて算出したもの(通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

5 相続税の総額(別表2の順号6の「本件相続人らの合計額」欄の金額)

二四億〇四三七万二〇〇〇円

右金額は前記4の(一)ないし(六)の各金額に応ずる相続税額として、相続税法一六条の規定を適用してそれぞれ算出した金額の合計額(通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

6 原告の相続税額(別表2の順号7の「原告分」欄の金額)

四億八〇八七万四四〇〇円

右金額は、フミの遺産について本件相続人らの間で遺産分割されていないことから、相続税法五五条の規定を適用し、同法一七条の規定に基づき、前記5の金額に、案分割合(別表2の順号1の「原告分」欄の金額を同順号の「本件相続人らの合計額」欄の金額で除した割合)を乗じて算出した金額である。

7 相続税額の二割加算額(別表2の順号8の「原告分」欄の金額)

九六一七万四八八〇円

右金額は、相続税法一八条の規定に基づき、前記6の金額に一〇〇分の二〇を乗じて算出した金額である。

8 原告の納付すべき相続税額(別表2の順号9の「原告分」欄の金額)

五億七七〇四万九二〇〇円

右金額は、前記6の金額に前記7の金額を加算した金額(「通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの」)である。

別表1

課税価格等の計算明細表

<省略>

別表2

税額算出表

<省略>

別表3の1

土地の内訳

<省略>

別表3の2

本件宅地の計算明細

<省略>

別紙

本件課税処分の経緯

<省略>

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