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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)3594号 判決 2000年1月27日

原告

甲野春子

(以下「原告春子」という。)

外二名

右原告ら訴訟代理人弁護士

栗山博史

右同

海野宏行

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

右被告指定代理人

黒澤基弘

外六名

主文

一  被告は、原告春子に対し、五三一四万七三八〇円及びこれに対する平成八年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告太郎及び同花子に対し、各二七五万円及びこれに対する平成八年七月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告春子のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は、原告春子に対し、一億〇八一四万一一六六円及びこれに対する平成八年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、精神分裂病に罹患して国立久里浜病院(以下「被告病院」という。)東五病棟に入院していた原告春子が、その入院中、同病棟喫煙室内に備え付けのライターを使用して焼身自殺未遂を図り(以下これを「本件事故」という。)、本件事故により四肢体幹機能障害の後遺障害を負ったことにつき、原告春子並びにその両親である原告太郎及び同花子が、被告病院は原告春子の病状、挙動の変化等に十分注意し、本件事故を未然に防止すべき義務があったのにそれを怠ったとして、被告に対し、国家賠償法一条又は民法七一五条に基づき、その損害の賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告春子は、昭和四八年八月一六日生まれの未婚女子で、本件事故を惹起した本人であり、原告太郎及び同花子は、原告春子の両親である。

(二) 被告は、被告病院を開設している。

原告春子の主治医であったA(以下「A医師」という。)及び看護婦B'(本件事故当時は旧姓Bであったから、以下「B看護婦」という。)ら原告春子の治療、看護に当たっていた職員らは、本件事故当時、被告病院に勤務していた公務員である。

2  本件事故の発生

(一) 原告春子は、平成七年六月ころからその八重歯が気になり始め、次第にそのこだわりは悪化し、平成八年四月初め、鋏の先で歯を半分位まで削るような奇異な行動をとるようになった。

(二) 原告春子は、同年五月、希死念慮を訴えて興奮するような状態に陥ったため、湘南病院への入院を経て、同月二〇日、被告病院東五病棟に入院した。原告春子の病名は、精神分裂病と診断され、以後、投薬等の治療が行われた。

(三) 原告春子は、同年六月一六日一回目の、同年七月五日二回目のそれぞれ外泊許可を得て帰宅し(以下「一回目の外泊」及び「二回目の外泊」という。)、翌日被告病院に戻った。

原告花子は、「外泊調査表」に原告春子の帰宅時の様子を記載して、被告病院に提出した。

(四) 原告春子は、同年六月二〇日、被告病院ナースステーションのドアの窓ガラスに頭をぶつけ、同月二六日、被告病院食堂のテーブルの上から飛び降り、同月七月八日、正座したまま後ろ向きにベッドから落ちるなどの自傷行為を繰り返した。

(五) 本件事故当日(七月九日)

(1) 原告春子は、午前四時ころ、病室を出て食堂兼ディールーム(以下「ホール」という。)において、自宅に電話をしていた。准看護士のC(以下「C准看護士」という。)は、原告春子を見つけ電話を中断させて病室に連れ戻した。

(2) 原告春子は、午前六時、朝の薬を服用した。

(3) 原告春子は、午前六時三〇分ころ、他の患者に「ライターを貸して。」と懇願した。B看護婦は、右報告を受け、危険防止のため原告を病室に戻し施錠した。

(4) 原告春子は、午前七時、ホールにて朝食をとった。その際、原告春子は、落ち着いた様子であった。

(5) B看護婦は、午前八時一五分、原告春子が病室で臥床して落ち着いていることを確認した。

(6) 原告春子は、午前八時二三分ころ、病室において、喫煙室に備え付けられていたライターを使用して、自分のパジャマに火をつけて焼身自殺を図り(本件事故)、全身熱傷を負い、直ちに救急車で横浜市立大学医学部附属浦舟病院救命センター(以下「浦舟病院」という。)に運ばれ、同院に入院した。原告春子の症状は、Ⅲ度熱傷四〇パーセントと診断された。

(六) 原告春子は、右受傷により、四肢体幹機能障害の後遺障害を負った。

三  争点

1  被告病院に過失があったか否か(原告春子の自殺の危険性は、明白かつ切迫したものであったかどうか)

2  原告らの損害

3  過失相殺の適否

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1について

(原告らの主張)

1 本件事故に至るまでの事実経過(なお、年はすべて平成八年である。)

(一) 七月四日以前

五月二〇日、「安楽死させて。」「死ぬ。」などと泣き叫ぶ状態であった原告春子は、精神分裂病と診断され、入院に至ったものであるが、その後、波はあるものの、継続的に希死念慮を訴え、自傷行為に及び、自殺企図の発現とも思える言動もあった。

具体的には、一回目の外泊の直後である六月二〇日には、「家に帰りたい。」と言って壁やガラスに頭を打ちつけ、タオルで自分の首を絞めようとした(乙一・五七頁)。また、同月二三日には、看護婦室の前のドアや保護室の丸柱に頭をぶつけ始めただけでなく、看護婦室に「ハサミを貸して。」と言ってきた(乙一・五九、六〇頁)。

(二) 七月五日から同月六日

原告春子は、症状が不安定で自傷行為に及ぶ危険があったため、「厳重な管理下におく」との条件付き外泊を許可され、同月五日、自宅に戻った(乙一・一三頁、証人A一五、一六頁)。原告春子は、自宅では、「口の中がおかしい。」「首のところがうっとおしい。」「早く死にたい。」「樹海に行きたい。」「観音崎に刃物を持って行きたい。」などと訴えており、原告花子は、翌六日、夕食後に病院に戻る予定だったのを夕食前に変更して、原告春子が当初希望していたとおり、医師に安楽死させてもらうということにして原告春子をなだめて午後二時ころ被告病院に戻った(乙一・七〇頁、七九頁、甲六・七頁)。

原告春子は、同日午後二時五〇分、セレネース(抗精神病剤)、アキネトン(抗パーキンソン剤)を注射され、同日午後四時ころには、保護室に入りたいとの希望を看護婦に伝え(乙一・七〇頁)、午後五時三〇分には、泣き顔で「死にたい。」と看護婦に訴えた(乙一・七一頁)。

(三) 七月七日

原告春子は、午前五時三〇分に目を覚まし、看護婦に「安楽死させて下さい。」と訴え、しばらくすると、病室のドアに頭を打ちつけた。そのため、午前六時二五分、セレネース、アキネトンを注射されたが、午前七時ころ、「安楽死させて下さい。」としきりに訴えた。看護婦が、「自ら死のうとするのであれば保護のため身体抑制しなければならない。」と話したところ、原告春子は、身体抑制を嫌がり、「お母さんは安楽死させてくれると言ったのに。」と言うなど、原告花子の助けを求める言動を続けた。看護婦が話を続けるうちに原告春子の表情は幾分和らいだものの、希死念慮は治まらなかったので、看護婦は、原告春子に対し、「自ら死のうとしないように。」「死にたいという気持ちになったときにはナースステーションに話に来るように。」と話した(乙一・七一、七二頁)。

原告春子は、午前九時ころ、看護婦に対し、「首が痛くて支えきれない。安楽死させて下さい。」と訴え、その後、病室のドア、窓ガラスに頭を打ちつけ、また、ベッド棚を投げようとしたので、看護婦は、原告春子の希死念慮があり、不穏状態であると判断し、原告春子を重症室に収容し、施錠した(乙一・七二頁)。

原告春子は、午後一時ころ、重症室内において、ベッドから床に落ちるという自虐的行動をとったため、看護婦が、原告春子に対し、「今度やったら身体抑制をする。」と言うと、原告春子は泣き顔になり、身体抑制を嫌がった(乙一・七二頁)。

(四) 七月八日

原告春子は、午前五時ころ、正座したままベッドから後ろ向きに落ちる等の自虐的行動をとったため、看護婦は、原告春子に対し、今度このようなことがあったら身体を抑制すると伝えた。

原告春子は、午後四時ころ、前日に引き続いて「安楽死させて。」と興奮して訴えたり、ベッドから落ちたり、走ったまま顔を壁にぶつける等の動作を繰り返したため、同日の日勤業務に就いていたB看護婦は、A医師の指示を受けて、セレネース及びアキネトンを注射し、それとともに午後四時一五分から午後五時まで、原告春子を保護室に収容した(乙一・一四頁、七三頁、証人B'・二〇頁、証人A・二一頁)。また、B看護婦は、A医師から、「不穏時胴体抑制可」の指示を受けた(乙一・一九頁、証人B'・一九頁、証人A・二一、二二頁)。「胴体抑制可」の指示は、原告春子の入院以来、この時が初めてであった(証人A・二二頁)。

(五) 本件事故当日(七月九日)

本件事故当日である七月九日、看護の深夜勤務に就いていたのは、B看護婦とC准看護士であった(乙一一・六頁、証人B'二四頁)。

原告春子は、午前四時ころ、病室を抜け出してホールの電話ボックスで自宅に電話していた。C准看護士は、これを中断させ、原告春子を病室に戻した。原告春子は感情失禁があり、泣きながら「死にたい。」と訴えたので、C准看護士及びB看護婦は、午前四時一〇分ころ、セレネース及びアキネトンを注射した(乙一・七四頁、乙一一・九頁、証人B'・四頁)。

午前五時、B看護婦が巡回したところ、原告春子は病室で静かに横になっていた。B看護婦は、原告春子には、表面上、不穏な行動、そわそわした様子、イライラしている様子がなかったため、症状が落ち着いたと判断した(証人B'・三〇ないし三二頁)。

原告春子は、午前六時、ホールにて朝の薬を服用した。このときも、B看護婦は、表面上、原告春子に不穏な行動、そわそわした様子、イライラしている様子がなかったことから、症状が落ち着いているものと判断した(証人B'・三二、三三頁)。

ところが、原告春子は、午前六時三〇分ころ、他の患者に「ライターを貸して。」と懇願した。B看護婦は、ナースステーションにて右患者からその報告を受けた後、喫煙室方向に向かったところ、原告春子が泣き顔で喫煙室から出てくるのを目撃した。B看護婦は、原告春子がタバコを吸わないこと、それまで自殺したいと頻繁に訴えていたことを承知していたため、原告春子がライターを使って自傷行為をする危険性があるものと認識し、また、それが発展して自殺にまで至ってしまうかもしれないと考え、危険防止のため、原告春子を病室に戻し施錠した(乙一・七四頁、証人B'・三四ないし四二頁、七一頁)。なお、B看護婦は、このとき、本来なら保護室に収容すべき程度の症状であると考えていた(証人B'・八、九頁)。

原告春子は、午前六時四〇分ころ、ベッド上で正座をしていた(乙一・七四頁、乙一一・一〇頁)。

原告春子は、午前七時、ホールで食事をとった。B看護婦は、食事中、原告春子には、表面上不穏な行動、そわそわした様子、イライラしている様子がなかったため、症状が落ち着いているものと思い込み、食事の後、原告春子を病室に戻したが、そのときは原告春子がライターを所持しているか否かをチェックせず、施錠もしなかった(乙一・七四頁、乙一一・一〇、一一頁、証人B'・九、一〇頁、五六、五七頁)。

B看護婦は、朝食後原告春子を病室に戻した後は、本件事故に至るまでの間、原告春子の様子を常時観察せず、一時間に一回の巡回時に様子を見る程度であった(証人B'・五七頁)。また、B看護婦は、朝食後の喫煙室の利用者が減る午前八時ころ以降も、喫煙室の利用状況、ライターが存在しているかどうかについて、全く確認しなかった(証人B'・五七、五八頁、六二頁)。

B看護婦は、午前八時一五分に巡回し、窓越しに原告春子の様子を確認したところ、原告春子は病室で静かに横になって休んでいた。B看護婦は、原告春子が落ち着いていると判断し、原告春子がライターを所持しているかどうかをチェックせず、施錠もしなかった(乙一・七四頁、乙一一・一二頁、証人B'一一、一二頁、五八、五九頁)。

B看護婦は、午前八時三〇分から日勤業務に就く看護婦に対する申し送りの準備のため、午前八時一五分の巡視の後は、ナースステーションにおいて看護記録を書いていた(証人B'・五九ないし六一頁)。

原告春子は、午前八時二三分ころ、ライターを用いて自殺を図った(乙一・七四頁)。B看護婦は、そのとき、ナースステーションにて、他の患者から事故の発生の通報を受けた(証人B'・一二頁)。

(六) 「保護室・重症室・観察室」への収容について

乙一によれば、原告春子は、六月二三日以降、ほぼ毎日、保護室、重症室、観察室に収容されていた。この事実は、原告花子には知らされていなかった(原告花子・二四、二五頁)。

具体的な経過は、別紙「乙第一号証による保護室・重症室・観察室収容経過一覧表」記載のとおりである。

2 被告病院におけるライターの管理方法

(一) 原告春子が自殺を図るに当たって利用したライターは、本件事故当時、被告病院東五病棟の喫煙室内に存在していた(甲九)。

喫煙室にはナースステーションから見える位置にガラス窓があるが、ライターは、右ガラス窓の中央のアルミ桟上に固定されていた赤いフックから紐で下方に吊されていた(甲一〇、証人B'・四四ないし四六頁)。

ライターは、紐を結んで吊してあったため、器具を使わなくても容易に取り外せる状態であった(証人B'・四六、四七頁)。

(二) ライターをどこにどのように置いて管理するかということについて、被告病院の医療従事者の間では、会議が持たれたことがなかった(証人B'・六七頁)。

本件事故発生以前、ライターが紛失する事件があり、その際、看護婦は、患者らに対し、「喫煙室のライターが紛失したので、盗んだ人は持ってくるように。」と話した(証人B'・六三、六四頁)。なお、原告春子は、右話を聞いて、ライターを使用して自殺するという方法を思いついた(甲一三・二頁)。

(三) 被告病院では、本件事故発生後平成九年三月までの間に、ライターの管理場所、管理方法が変更された。ライターは、ナースステーションのガラス窓に接しているカウンター上に、ガラス窓の桟からの紐で結ばれた状態に置かれたため、ライターが存在するか否かはナースステーションから容易に確認できるようになった(証人B'・四九ないし五二頁)。

3 医師及び看護婦らの過失

(一) 右事実を前提とすると、被告病院のB看護婦、A医師らには以下の過失を認めざるを得ない。

(二) 原告春子は、入院当初から希死念慮を抱いており、原告太郎及び同花子が原告春子を入院させた目的は自殺の防止にあったのであり(原告花子・一七、一八頁)、被告病院の医師、看護婦らも自殺の危険性を十分認識していたのであるから、同病院の医師、看護婦らは原告春子の症状に応じた治療を行うとともに、その治療行為の前提として、入院生活を通じて原告春子の症状に格別の注意を払い、自殺・自傷行為等の事故を防止すべき安全配慮義務を負っていた。とりわけ、二回目の外泊時において、原告春子の希死念慮は顕著となり、その後、原告春子は、連日、A医師や看護婦らに対し、「死にたい。」「安楽死させて。」と訴え、自虐的な行動を繰り返していたのであり、A医師や看護婦らは、かかる事実を認識していたからこそ、原告春子の生命・身体を保護するため、抗精神病剤を注射したり、保護室へ収容するなどのそれなりの危険回避措置をとってきたものと考えられる。

しかしながら、本件事故当日にB看護婦らのなした措置は、その時点での客観的事情に照らして不十分であり、B看護婦らには、本件事故を未然に防止できなかった重過失があると言わざるを得ない。

(三) 本件事故当日においては、原告春子は、午前四時過ぎに自宅に電話をかけ、これを制止されて自室に戻されると「死にたい。」と訴え、投薬後の午前六時三〇分の段階でライターを手に入れることを希望している。原告春子が他の患者に「ライター貸して。」と言った事実の報告を受け、かつ、原告春子がライターを吊してあった喫煙室から泣き顔で出てきたことを目撃したB看護婦は、原告春子に喫煙歴がないこと、原告春子が自殺したいとそれまで頻繁に訴えていたこと、喫煙室にはライターが容易に取り外し可能な状態で管理されていることなどを勘案したうえで、原告春子がライターを使って焼身自殺を図ってしまうかもしれないと考え、原告春子の生命・身体に対する危険防止のため、原告春子を病室に戻し、ボディチェックを施して施錠した。その後、B看護婦は、原告春子が、午前七時の朝食時に表面上、不穏な様子がないので症状が落ち着いたと判断して、病室に戻すときは施錠しなかった。

(四) B看護婦は、それまでの経過で、原告春子がひととき落ち着いても再び自傷行為をする可能性があることを認識していた(証人B'・六三頁)。現に、本件事故当日においても、原告春子は、午前四時の時点で不穏な状態を示し、その後投薬により一旦は落ち着いたかに見えたが、午前六時三〇分ころには再びライターを求めて喫煙室に赴くという不穏な状態に陥っているのである。つまり、B看護婦は、「ひととき落ち着いた」ということは何ら安心材料にはならないことを十分に知っていたのである(それまで希死念慮を表明していた患者がひととき落ち着いたからといって安心できないことは、精神医学の成書にも記載されているのであり、A医師も認めるところである(甲一二、証人A三一頁)。

したがって、B看護婦としては、午前七時の朝食の後、原告春子を病室に戻すに当たっては再施錠すべきであったし、仮に、施錠しないとすれば、ライターを取り外せないように管理するとか(ライターの撤去を含む。)、あるいは、ライターを入手することがないかどうか厳重な看視を続けるべきであった。

(五) しかるに、B看護婦は、午前七時の朝食後に原告春子を病室に戻すに当たり施錠しなかったし、施錠されていなければ、原告春子が再び病室を出てライターを入手する可能性のあることは十分に予想できるのに(とりわけ、B看護婦は、午前八時以降は、喫煙室の利用者が減り、利用者が途絶える可能性があることを知っている(証人B'・六二頁)。)、病室に戻した後は、ライターの管理方法を取り外せないように変更するということもなく、さらに、本件事故に至るまでの間、原告春子の様子を常時観察するということもなく、一時間に一度の巡回時に様子を見る程度という、通常の看視体制に戻し、喫煙室の利用状況、ライターが喫煙室に現存しているかどうかについても全く確認しなかったのである。さらに、B看護婦は、午前八時一五分、一時間に一度の巡回の際に、原告春子が病室で静かにしているところを窓越しに確認すると、ナースステーションで看護記録を書いていたのである。

右のような看護・看視状況は、直前に、ライターによる自殺の危険が明確に認められ、自殺の危険が差し迫っているという状況下でのそれとしては著しく不適切なものであることは明らかであり、B看護婦には、原告春子を病室に戻すに当たって施錠しなかった過失、あるいは、施錠しない場合のライターの管理方法、原告春子に対する看視方法が極めて不十分であるという過失がある。

(六) ところで、一般に、精神科医療に従事する医師は、患者の行動観察を通じて患者の症状を把握し、適切な治療を施すことが求められているものであるが、実際には看護婦を通じて患者の日常の行動観察をすることが多い。看護婦の患者に対する行動観察は、常に医師の指示・監督のもとに行われているものである。そうすると、看護婦の過失があった場合には、医師は、当然に看護婦に対する指示・監督義務違反の責任を負うことになる。

本件において、A医師にB看護婦に対する指示・監督義務違反のあることは明らかである。

(七) B看護婦及びA医師の右過失により、原告春子は、病室を抜け出してライターを入手し、焼身自殺を図ってしまったものであるから、B看護婦及びA医師の使用者である被告は、原告らに対して損害賠償責任を免れない。

(被告の主張)

1 精神科医療従事者の注意義務の程度

(一) 現在の精神科医療は、精神病治療の発達に伴い、精神病患者をただ隔離するだけの治療ではなく、患者が社会においてできる限り自立的な生活を送ることができるようにする方向で進められている。精神病者の治療の最終目標が、社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進である以上(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律一条)、精神科医療が右のような方向性を持つことは当然である。そして、このような医療は、一般の社会生活にできるだけ近い形で治療を行うという開放化の医療方針に従って行われる。

もっとも、治療の開放化が進めば進むほど、治療の段階で何らかの事故が発生する危険性が高まることは否定し得ない。そこで、開放化の治療理念と精神病患者による自傷他害の防止措置との調和を図ることが要請されることとなる。すなわち、精神科医療における医師は、患者の自傷他害事故等を防止しつつ、精神病患者の人権を尊重し、社会復帰に向けて開放化医療を行うことが要求される。

治療の開放化の要請と、自傷他害の防止の要請とは、二律背反性を有し、一方を重視すれば他方を制限・抑制せざるを得ない関係にある。しかしながら、厳重な看視等の自傷他害防止措置を重視することは、患者と担当医師との信頼関係を損ない、患者の治療を遅らせるなど治療上マイナスになるだけでなく、医師が、自傷他害事故等の責任を免れるため安易に右措置に走るおそれが生じ、ひいては精神科医療全体の後退をももたらすことになりかねない。

精神病患者の自傷他害の要因の多くは、まさにその患者の抱える精神的疾患そのものにあり、治療自体がより根本的な自傷他害の防止策と考えられるところ、現在の精神科医療においては、一般に開放化治療が有効であると認められている以上、本来的かつ第一次的には治療の開放化の要請が自傷他害防止の要請に優先するものというべきである。

(二) そもそも、精神科医療は、その本質において、治療者の個性の発揮、人格の発露を容認したところにしか存立し得ない。つまり、精神科医療においては。精神病患者の治療に当たる医師が、その患者との信頼関係を基盤に、その患者の症状・精神状態にあわせて、その専門的経験と知識に基づき、その患者にとって最も適切な治療は何かを検討、判断することが要求される。

さらに、前述した現在の精神科医療の流れに従えば、治療の開放化がまずもって要請されるところ、ある精神病患者についてどの時点からどのような開放的治療を行うべきかは極めて重要かつ微妙な事項であり、結局は、直接その治療に当たる専門家としての担当医の判断に委ねるほかない。

したがって、現在の精神科医療において、医師が当該精神病患者の精神状態をどのように認識し、その患者に対してどのような治療方法を採るかについては、担当医に広範な裁量が認められると考えるべきである。

(三) 以上からすれば、現在の精神科医療においては、当該精神病患者に対しいかなる治療を行うかにつき、治療の開放化の要請の下、直接その治療に当たる担当精神科医に広範な裁量が認められ、右裁量を逸脱した著しく不適切な措置と認められる特段の事情が認められない限り、その患者に関する精神科医の判断に落ち度はなかったものと認めるのが相当である。

2 本件の検討

本件においては、次の事実が認められる。かかる事実に照らせば、被告病院が、原告春子の治療に当たって採った看護・看視態勢につき、被告病院に裁量を逸脱した著しく不適切な措置と認められる特段の事情が認められないことは明らかであるから、被告病院に過失はなかったというべきである。

(一) 原告春子が入院していた被告病院東五病棟は閉鎖病棟ではあるが、同病棟においては、原則として病室に施錠することはなく、入院患者は自由に病室を出入りして食堂や喫煙室等を利用し、担当医の許可の下に散歩や一時外泊が認められるなど、開放化の医療方針が採られていた(乙一・六頁、乙一二・二頁、乙一六、証人A・一〇頁)。

(二) 原告春子は、被告病院に入院する直前に湘南病院に三日間入院したことがあるのみで、それ以外には精神病院等への入通院歴を一切有さず、かつ、それまで自殺未遂事件を起こしたことは一度もなかった(甲六・一ないし三頁、甲一三、乙一・六頁、原告花子本人・一五、四二頁)。

(三) 原告春子が被告病院に入院してから本件事故を惹起するまでの期間は、わずか四〇日間であった。

(四) 原告春子は、被告病院入院後、希死念慮を訴え自傷行為に及ぶことはあったが、希死念慮の訴えは断続的で、かつ、右自傷行為は正座したままベッドから後ろ向きに落ちるという程度の行為であり、原告春子が何らかの怪我を負うこともなく、また、舌を噛み切ろうとしたり、首を吊るなどの現実的な自殺行為に及ぶことは一切なかった(乙一・六、四六、四八、四九、五七、五九、六〇、六二、六三、七〇、七一ないし七四、九七頁)。

したがって、原告春子の担当医らは、原告春子の自傷行為は単に他人の関心を引くための行為にすぎないと考えており、自殺の可能性は零ではないものの、差し迫った自殺の危険があるとは考えていなかった(乙一二・四頁、証人B'・四〇、六九、七一、七二頁、証人A・四、九、三三、三九、四一頁)。

(五) 被告病院は、原告春子が希死念慮を断続的に訴えるなどしていたことから、原告春子をナースステーションのすぐそばの病室に入れるとともに、原告春子に抗精神病剤を注射したり、原告春子の病室に施錠するなどその病状、精神状態に応じて必要かつ適切な措置を講じていた(乙一)。

(六) 原告春子は、本件事故当日に希死念慮を訴えるなどしているが、本件事故の約二時間前には落ち着きを取り戻して食堂で朝食を摂取し、また、本件事故の約八分前には病室で臥床して落ち着いた状態にあり、その間、希死念慮を訴えたり自傷行為に及ぶことはなかった(乙一・七四頁、乙一一・八頁以下、証人B'・四頁以下)。

(七) 被告病院は、原告春子が本件事故当日希死念慮を訴えるなどしたことから、原告春子に抗精神剤を注射するとともに、原告春子の病室に施錠し、その動静に注意を払っていた(乙1.74頁、乙11.8頁以下、証人B’・四頁以下)。

(八) 被告病室は、原告春子が本件事故当日にライターを探している様子であったことから、同人の着衣の上から所持品検査を行って同人がライターを所持していないか確認した上、さらに、喫煙室内に備え付けられたライターが同室内にあることを確認した(乙11.9頁、証人B’・七頁以下)。

(九) 本件事故は、原告春子に対する巡視からわずか約八分後に惹起された(乙1.74頁)。

(一〇) ライターは喫煙室に備え付けのものであるが、それは、通常午前五時三〇分から午後九時までに限って、ナースステーションからよく見えるガラス張りの喫煙室に紐で吊されたものであった(乙11.13頁以下、証人B'一三頁以下)。

(一一) 被告病院においては、本件事故以前に、ライターを使用した事故は一度もなかった(証人B'・一三頁)。

3 ライターの管理について

(一) ①喫煙室はガラス張りで、かつ、通路を挟んでナースステーションのすぐ隣にあり、喫煙室内部の状況はナースステーションからよく見える状態にあったこと、②ライターは、午前五時三〇分から午後九時までの間に限って備え付けられていたこと、③ライターは、喫煙室のナースステーション側の窓のアルミ枠にフックに紐を付けて吊して備え付けられ、喫煙室のみで使用するよう指導していたこと、④ライターについては、病棟の看護婦等による一時間ごとの巡視の度にその存在を確認していたことなどの事情に照らせば、被告病院によるライターの管理に何らの落度もないことは明らかである。

(二) この点、精神科病棟内で患者による喫煙が許容されていること、精神科病棟内にライターが備え付けられていること自体が問題であると考えられなくもない。しかしながら、開放化の医療方針に従って行われる現在の精神科医療においては、患者の喫煙の自由を認めることは当然の帰結であるし、ライターその他の火器の個人所持は認め得ない以上、患者の喫煙のためにライター等の火器を備えおくことも当然認められねばならない。

この点、平成八年当時の他の精神科閉鎖病棟における喫煙状況、ライター等の管理状況の調査結果(乙一三)によれば、九割以上の病棟が喫煙を許容し、約六割の病棟が取り外し可能な状態でライター等を管理している(患者個人による自己管理が許容されている場合も含む。)。右調査に照らしても、被告病院における喫煙状況、ライター管理状況が何ら特異なものではなく、被告病院に何らの落度もないことは明らかである。

二  争点2について

(原告らの主張)

1 原告春子の損害

(一) 治療費(一〇二万九二六〇円)

原告春子は、本件事故によって火傷を負い、浦舟病院に入院し治療を受けた。

原告春子が平成八年七月九日から平成九年四月三〇日までの間、治療費として負担した金額は合計一〇二万九二六〇円である(甲二九)。

(二) 原告花子の交通費(一五万七三二〇円)

原告花子は、原告春子が浦舟病院に入院していた間、その看病と身の回りの世話のために同病院に通い、合計一五万七三二〇円の交通費を支出した(甲三〇)。

(三) 入院付添費(一七七万六〇〇〇円)及び通院付添費(三〇〇〇円)

原告花子は、浦舟病院から特別の許可を得て、八か月間、家族控室で仮眠しながら原告春子に付き添い、その後二か月間も、自宅から通院して付き添っていた(甲一三)。入院付添費は、六〇〇〇円(近親者付添費日額)×二九六日で合計一七七万六〇〇〇円、通院付添費は、三〇〇〇×一日で合計三〇〇〇円が相当である。

この点、被告は、浦舟病院は完全看護の新看護体制を採用しているから、入院付添費を認める余地はないと主張するが、原告春子は、重度の火傷を負い、かつ、精神疾患があって、「今も母の世話なしでは生活できません。」と述べるような状態であるから、原告花子の付添が必要であることは明らかであるし、現に、原告花子は、浦舟病院の許可を得て看護を行ってきたのであるから、被告の主張には理由がない。

(四) 将来の付添費(四一五六万六六三八円)

原告春子の身体症状は、一定程度回復しているが、①シャツを着て脱ぐ、②ズボンをはいて脱ぐ、③顔を洗いタオルで拭く、④背中を洗う、⑤公共の乗物を利用する、といった基本的な動作・活動が依然として「全介助又は不能」とされており(甲一九の一)、また、原告春子は、重度の火傷を負い、特に顔面の広範囲に醜いケロイドを残すという辛く重い苦痛を背負って生きていかなければならないことからすると、依然として原告花子の介護が必要なことは明らかである(甲二七の一)。

将来の付添費は、近親者付添費日額六〇〇〇円、平均余命61.5年(厚生省大臣官房統計情報部編の平成七年簡易生命表参照)としてライプニッツ方式により計算すると、6000円×365日×18.9802で合計4156万6638円が相当である。

(五) 入院雑費(三八万四八〇〇円)

入院雑費は、一三〇〇円×二九六日で、合計三八万四八〇〇円が相当である。

(六) 逸失利益(二四六四万四一四八円)

(1) 原告春子は、重度の障害を負っており、後遺障害等級表一級(労働能力喪失率一〇〇パーセント)に該当し、種々の訓練をしても将来収入を得ることはできない状態にある。

原告春子は、高校中退後、弁当屋にて詰め合わせの仕事に従事した経験があり、医療事務の技能者としての認定を受け、普通自動車免許も取得している。また、本件事故後においても、原告春子に精神分裂病の陽性症状は見られず(甲二六)、自分の経験や考えを文章化する能力も有している(甲一三、二八)。したがって、少なくとも最低賃金を基礎とした逸失利益は、損害として認められるべきである。

就労可能年数を四五年、最新の神奈川県最低賃金一日あたり五二五二円を基礎とし、月に二二日稼働するものとしてライプニッツ方式により逸失利益の価額を算定すると、5252円×22日×12か月×17.7740で合計2464万4148円(円未満切り捨て)となる。

(2) この点、被告は、原告春子の逸失利益を減額すべき事情を縷々述べるが、原告春子は、事故後の保健婦とのかかわりの中で、ADL(日常生活動作)の拡大により実施可能な作業が増え、対人交流を楽しめる場である保健所デイケアに参加していること(例えば、クルージング体験、手工芸、ミーティング、ハンドベル等)、同年代の仲間もでき、自宅に招くなどの対人交流も広がっていること、面接、電話、手紙において、妄想、幻聴、思考障害、錯乱状態、意思疎通性の障害などは認められないこと(甲二七の一)、友人らと手紙のやりとりを行っていること(甲三一)からすれば、原告春子が、対人能力や杜会との接触を有していることは明らかであり、被告の右の主張は失当である。

(七) 慰謝料(二八七八万円)

(1) 原告春子は、重度の火傷を負い、顔面を含め身体の広範囲にわたって酷い醜状を残しており(甲二一、二二)、まさに生きていること自体が辛い状態である。

さらに、原告太郎及び同花子は、遠からぬ将来死亡する可能性があり(甲一七、一八、二七の一、原告花子本人)、そうなれば、耐え難い障害を負った原告春子は、最も頼れる近親者を失うことになる。

以上からすれば、傷害慰謝料二七八万円(入院一〇か月として)、後遺障害慰謝料二六〇〇万円が相当である。

(2) この点、被告は、本件事故は、原告春子が意識清明時になした行為により惹起されたものであるなどと主張するが、原告春子は、自殺を決意し、それを実現するために目的に向かって突き進んだにすぎず、これをもって意識清明などと評価し得ないことは明らかであり、慰謝料減額の根拠にはなり得ない。

(八) 弁護士費用

弁護士費用として、右(一)ないし(七)の合計九八三四万一一六六円の約一割に当たる九八〇万円がかかる。

2 原告太郎及び同花子の損害

(一) 慰謝料(各二五〇万円)

原告太郎及び同花子は、最愛の娘が顔面まで含めた身体の広範囲に、生きる望みを失う程の醜状を残したことについて、原告春子が死亡したのに比肩すべき精神的苦痛を感じている。

右両名の、遠からぬ将来に死亡し、娘一人を残して行くことへの心配をも合わせ考えれば、これを慰謝するには少なくとも各人につき二五〇万円の慰謝料が必要である。

(二) 弁護士費用(各二五万円)

弁護士費用として、右(一)の各二五〇万円の約一割に当たる各二五万円がかかる。

(被告の主張)

1 原告春子関係

(一) 治療費及び交通費

これを認める証拠はない。

(二) 入院付添費及び通院付添費

原告春子が入院した浦舟病院は、病院側による看護体制(新看護体制)を採用しており、入院付添費等を認める余地はない。ちなみに、療養担当規則第一一条の二は、「医療保険機関は、その入院患者に対して、患者の負担により、当該医療保険機関の従業者以外の者による看護を受けさせてはならない。」としている。

(三) 将来の付添費

原告春子の後遺障害の程度は、身体障害者診断書に記載の「動作・活動」欄の一八の項目のうち一二の項目で、「全介助又は不能」とされていたものが「自立」に変わっていることからも明らかなように、本件事故当時よりもかなり改善しており(甲三、一九の一、二七の一、原告花子本人)、終生常時介護が必要とは到底考えられない。

また、精神病患者は、非精神病患者と比較して自殺する危険が高いと考えられるところ、原告春子は、精神分裂病に罹患しており、かつ、現在においても希死念慮が消失していないと推察される(甲一三、二六、二七の一、乙一八)ことに鑑みると、容易に簡易生命表に従うのは妥当でない。

さらに、原告春子は、その精神病病状に照らすと、今後も精神病院への入退院を繰り返すものと考えられるが、その入院期間中の看護は医療施設に委ねられ、近親者等の看護の負担は軽減されるはずである。

(四) 逸失利益

原告春子は、①高校入学直後から不登校状態となり、その後退学するに至っていること(乙一、原告花子本人)、②退学後もほとんど稼働することなく、また、友人関係を構築することもなく、自宅に一人で引きこもっている状態であったこと、③現在も精神分裂病に罹患していること、④精神分裂病患者の社会的予後に最も影響を与えるのは、発症時の社会的適応性であり、精神科に初めて受診したときに無職の者は定職に就いている者に比べ非常に予後が悪いとされているところ、右に述べたとおり、原告春子の受診前の社会的適応性は極めて不良であったこと(乙一四、一八)などの事実に鑑みると、原告春子は、本件事故がなければ、通常人として社会において就労することが可能であったとは解することができず、したがって、原告春子に逸失利益を認める余地はない。

(五) 慰謝料

① 本件事故は、原告春子が意識清明時になした自己の着衣への着火行為により惹起されたものであること、②現在においては、原告春子の後遺障害は改善傾向にあり、そめ動作、生活活動は相当程度可能であって、本件障害だけを考えれば常時介護を要する状態にはないこと、③原告春子は、もとより定職に就くことなく、社会との接触を断って生活してきており、その就労可能性は極めて低かったといわざるを得ないこと、④被告病院は、本件事故前後を通じて原告春子を適切に看護していることなどに鑑みると、右慰謝料額は極めて不当というべきである。

2 原告太郎及び同花子関係

①本件事故は、原告春子の意識清明時の同原告自身の行為により惹起されたものであること、②原告春子は、本件障害だけを考えれば常時介護を要する状態にはないこと、③被告病院は、原告春子を適切に看護していることなどにかんがみると、原告太郎及び同花子が主張する各二五〇万円という慰謝料額は極めて不当と言うべきである。

三  争点3について

(被告の主張)

仮に、被告に過失が認められるとしても、①本件事故の直接かつ最大の原因は、原告春子が自らの意思で自己の着衣に着火したことにあること、②本件事故当時、原告春子は意識清明の状態であって、看護の間隙をついて本件事故を惹起していること(甲一三、原告花子本人)、③原告太郎及び同花子は、閉鎖病棟での入院加療を勧める医師の指示に従うことなく、また、病状の寛解していない原告春子をわずか三日間で湘南病院から退院させ、原告春子に対して、「病院で安楽死させてあげる。」などと告げており、原告春子の希死念慮を助長させていたこと(甲六、一四、原告花子本人)などの事情に照らすと、原告らの過失は極めて大きいといわざるを得ない。

(原告の主張)

1 原告太郎及び同花子は、原告春子の自殺を防止するために原告春子を高度医療専門機関である被告病院に入院させたのであり(原告花子本人)、他方、被告病院の医師、看護婦は、原告春子の希死念慮が強いことを入院後の日常の診察や行動観察を通じて認識していたのであるから、原告春子に対する看護の主目的はまさに原告春子の自殺防止であった。

とすれば、B看護婦及びA医師の過失により、原告春子の自殺企図を止められなかった以上、過失相殺はなし得ないというべきである。

2 この点、被告は、原告太郎及び同花子が、原告春子を無理に外泊させ、同原告に対し、「安楽死させてあげる。」などと告げたことが原告春子の希死念慮を助長させたと主張する。

しかしながら、二回目の外泊において、被告花子は、精神的に疲弊しており、原告春子を説得するために「医師に安楽死させてもらおう。」と言ったのであり、また、原告花子は医学的知識もない素人なのであるから、そのような素人に対し、高度医療専門機関である被告病院側が、自らの過失によって惹起した病院内での事故の責任を転嫁することは許されないというべきである。

第四  争点に対する判断

(争点1及び3について)

一  争いのない事実と証拠(甲一ないし六、八ないし一〇、一三、一四、乙一、七、八、一一ないし一三、一五、一六、一九、証人B'、同A、原告花子本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 本件事故に至るまでの事実経過

(一) 原告春子は、小学校の時は活発な子供であったが、中学生のころから急に内向的となり、学校も休みがちになった。

原告春子は、高校に入学するも一週間で退学し、その後、専門学校に通ったり、アルバイトをしたが、いずれも長続きせず、自宅に引きこもった生活となり、友人との交流もほとんどなくなった。

原告春子は、平成七年ころから、自分の歯がつっかえる感じが気になり始め、次第にそのこだわりは悪化し、同年六月ころには、自分の歯をペンチで挟んで引っ張ったりした。

原告春子は、右症状がその後も悪化し、平成八年(以下すべて同年のことであるから、年の記載を省略する。)四月ころ、「頭の骨がずれている。」「歯と頭がつながって頭痛がする。」といった心気妄想を訴えるようになり、また、昼夜鏡に向かい、鋏の先で八重歯を半分くらいまで削り取るような奇異な行動をとるようになった。

原告春子は、このころから、食事もあまりとらなくなり、遺書(甲四)を作成するなど希死念慮を持つようになった。

原告春子は、右のような症状のため、横須賀共済病院整形外科を受診したところ、同病院から精神科受診を勧められた。

そこで、原告春子は、五月一四日、湘南病院神経科を受診し、このままだと精神分裂病になるとの診断を受けたため、自らの希望で同病院に入院したが、五月一七日、原告らの意向で退院した。

原告春子は、湘南病院退院後もその症状が悪化するばかりで、希死念慮も高まり、夜中に刃物を探すなどの行動も見られた。

(二) 原告春子は、五月二〇日未明、「安楽死させて。」「死ぬ。」などと泣き叫ぶ興奮状態となり、原告太郎及び同花子に連れられて被告病院を訪れ、A医師の診察を受けた結果、精神分裂病と診断された。

原告春子は、右診察時においても希死念慮を訴え、興奮し、錯乱状態にあったため、直ちに医療保護入院の措置が採られ、被告病院東五病棟に入院し、自傷行為の危険があったため、保護室に収容された。

原告春子に対しては、薬物治療として、毎食前と就寝前にセレネース及びアキネトン、就寝前にサイレース(催眠剤)が投与されることとなった。

原告春子は、五月二一日、興奮状態が治まり、それまで拒否していた食事も少しずつ摂取するようになった。しかし、原告春子は、「やはり歯がうまく噛み合わない気がする。」などと述べ、また、家族への依存が強く、毎日会いたいと訴えた。

原告春子は、五月二二日、A医師に対し、「気分は昨日よりよくなりました。」「死にたいという気持ちがなくなり、興奮は治まりました。」と述べた。そこで、A医師は、同日午後二時一〇分、隔離解除を行い、原告春子を保護室から開放した。

A医師は、その際、看護婦らに対し、原告春子が再び不穏状態になったらいつでも保護室を使用するよう指示した。

(三) 原告春子は、その後、原告花子と何回か面会をしたが、原告花子に抱きついたり駄々をこねたりしてかなり依存的であり、頻回の見舞いが原告春子の精神状態を不安定にさせる可能性があったため、五月二七日以後、原告花子の面会は、隔日二時間までと制限された。

原告春子は、五月二七日「歯と頭と腕がつながっている。」と妄想を訴え、六月一日「頭の骨がつきやぶれそうなの。死にたい。死なせて。」、同月二日「看護婦さん、死にたいんです。頭が突き破れそうなの。」、同月三日「みんなに迷惑かけて、私死にたいです。」と希死念慮を訴えた。

(四) 原告春子は、その後、心気妄想を訴えることはあるものの、希死念慮をあまり訴えなくなり、状態が多少落ち着いて来たため、A医師から外泊の許可がおり、六月一六日から同月一七日にかけて、自宅へ一回目の外泊をした。

原告春子は、一回目の外泊後、A医師や看護婦に対し、再三退院及び外泊を求めるようになり、六月二〇日、「家に帰りたい。」と訴え、「死にたい。」と言ってタオルで自分の首を締めようとし、その後ナースステーションのドアのガラスに頭をぶつけた。

原告春子は、同月二三日、ナースステーションの前のドアや保護室の丸柱に頭をぶつけ始め、ナースステーションに「ハサミを貸して。」と言ってきた。その際、原告春子の首は、自分の手で締めたように赤くなっていた。

(五) 原告春子は、七月五日、原告太郎及び同花子の希望により、厳重な管理を条件に外泊を許可され、自宅へ二回目の外泊をした。

原告春子は、自宅において、「口の中がおかしい。」「首のところがうっとおしい。」「早く死にたい。」「樹海に行きたい。」「観音崎に刃物を持って行きたい。」などと訴えたため、原告花子は、七月六日、病院に戻る時刻を夕食後から夕食前に変更した。原告花子は、原告春子を「医師に安楽死させてもらうから。」と言ってなだめた上、同日午後二時ころ、被告病院へ連れていった。

原告春子は、同日午後二時五〇分、セレネース、アキネトンの注射を受け、同日午後四時ころ、看護婦に対し、保護室に入りたいとの希望を伝え、同日午後五時三〇分ころ、看護婦に対し、泣き顔で「死にたい。」と訴えた。

(六) 原告春子は、七月七日午前六時ころ、看護婦に対し、「安楽死させてください。」と訴え、病室のドアのガラスに頭を打ちつけたため、同日午前六時二五分、セレネースとアキネトンの注射を受けた。

看護婦が、同日午前七時ころ、原告春子に対し、「死のうとするなら身体抑制する。」と言ったところ、原告春子は、身体抑制を嫌がり、「お母さんは安楽死させてくれると言ったのに。」などと言って原告花子の助けを求めた。

その後、看護婦が話を続けるうちに原告春子の表情は幾分和らいだが、依然として希死念慮は治まらなかったため、看護婦は、原告春子に対し、死にたくなったらナースステーションに話に来るよう諭した。

原告春子は、同日午前九時ころ、看護婦に対し、「首が痛くて支えきれない。安楽死させてください。」と訴え、その後、病室のドア、窓ガラスに頭を打ちつけ、また、ベッド柵を投げようとしたため、看護婦は、原告春子に希死念慮があり、不穏状態であると判断し、同日九時一〇分、原告春子を重症室に収容して施錠した。

ところが、原告春子は、同日午後一時ころ、重症室内において、ベッドから床に落ちるという自虐的行動をとったため、看護婦が、原告春子に対し、「今度やったら身体抑制する。」と告げたところ、原告春子は泣き顔になり身体抑制を嫌がった。

(七) 原告春子は、七月八日午前五時ころ、正座したままベッドから後ろ向きに落ちる等の自虐的行動をとったため、看護婦は、原告春子に対し、「今度このようなことがあったら身体を抑制する。」と伝えた。

原告春子は、同日も、前日に引き続き「安楽死させて。」と訴え、ベッドから落ちたり、走ったまま顔を壁にぶつける等の動作を繰り返したため、同日の日勤業務に就いていたB看護婦は、A医師の指示により、原告春子にセレネース及びアキネトンを注射し、同日午後四時一五分から同日午後五時までの間、原告春子を保護室に収容した。

B看護婦は、A医師から、初めて「不穏時胴体抑制可」の指示を受けた。

(八) 原告春子は、別紙「乙第一号証による保護室・重症室・観察室収容経過一覧表」記載のとおり、六月二三日から七月八日までの間ほぼ毎日、保護室、重症室、観察室に収容されていた。

(九) 本件事故当日(七月九日)

原告春子は、午前四時ころ、病室を抜け出してホールの電話ボックスで自宅に電話していたため、C准看護士は、これを中断させ、原告春子を病室に戻した。

原告春子は感情失禁があり、泣きながら「死にたい。」と訴えたため、C准看護士及びB看護婦は、午前四時一〇分ころ、原告春子に対し、セレネース及びアキネトンを注射した。

B看護婦は、午前五時、巡回したところ、原告春子は病室で静かに横たわっており(入床閉眼)、表面上不穏な行動やそわそわした様子がなかったため、症状が落ち着いたものと判断した。

原告春子は、午前六時、朝の薬を服用した。その際、B看護婦は、原告春子に、表面上不穏な行動、そわそわした様子、イライラしている様子がなかったことから、症状が落ち着いているものと判断した。

ところが、原告春子は、午前六時三〇分ころ、他の患者に「ライターを貸して。」と懇願した。B看護婦は、ナースステーションにて右患者からその報告を受けた後、喫煙室方向に向かったところ、原告春子が泣き顔で喫煙室から出てくるのを目撃した。

B看護婦は、原告春子がタバコを吸わないこと、それまで自殺したいと頻繁に訴えていたことを承知していたため、原告春子がライターを使って自傷行為をする危険性があるものと考え、危険防止のため、原告春子を病室に戻し施錠した。

B看護婦はその際、原告春子がライターその他の危険物を所持していないか確かめるためボディチェックを行い、喫煙室にライターが存在していることを確認した。

原告春子は、午前六時四〇分ころ、病室のベッド上で正座をしていた。

原告春子は、午前七時、ホールにて食事をとった。その際、原告春子には、表面上不穏な行動、そわそわした様子、イライラしている様子がなかったため、B看護婦は、症状が落ち着いたものと思い、食事後原告春子を病室に戻したが、施錠はしなかった。

B看護婦は、午前八時一五分に病室を巡回し、窓越しに原告春子の様子を確認した後、ナースステーションにおいて看護記録をつけていた。

原告春子は、午前八時二三分ころ、病室において、自己のTシャツの裾にライターで火をつけ、自殺未遂を図った。

B看護婦は、ナースステーションにおいて、他の患者から本件事故発生の通報を受けた。

2 被告病院におけるライターの管理等について

(一) 東五病棟は閉鎖病棟であるが、同病棟においては、原則として病室に施錠することなく、入院患者は、自由に病室を出入りして、食堂や喫煙室を利用することができる。看護婦は、一時間毎に病室を巡視している。

喫煙は、午前五時三〇分から午後九時までの間に限り、喫煙室において認められていたが、入院患者が個々にライター及びマッチを所持することは禁止され、右時間帯に限り、ライターが喫煙室内に紐で吊るされて備え付けられていた。ライターは容易に取り外すことができたが、本件事故前にライターによる事故はなかった。

(二) 東五病棟では、本件事故後、ライターの備付場所を喫煙室からナースステーションのガラス窓に接しているカウンター上に変更した。これにより、看護婦がライターの所在を容易に確認することができるようになった。

(三) ちなみに、平成八年当時の他の精神科閉鎖病棟における喫煙状況及びライター等の管理状況について見ると、九割以上の病棟が喫煙を許容し、約六割の病棟が取り外し可能な状態でライター等を管理していた(患者個人による自己管理が許容されている場合も含む。)。

二 右事実によれば、ことに、原告春子は、平成八年四月ころから遺書を作成するなど希死念慮が強く、被告病院の初診時においても希死念慮を訴え、興奮し、錯乱状態にあったため、直ちに医療保護入院措置が採られたこと、被告病院に入院後も、原告春子の希死念慮は衰えを見せず、自虐的行動を繰り返したため、六月二三日以降ほぼ毎日のように保護室等に収容する措置が採られたこと、七月五日から翌六日にかけての二回目の外泊は、厳重な管理下におくという条件付きで許可されたものの、原告春子の希死念慮が強かったため、原告花子は予定を早めて帰院させたこと、帰院後も原告春子は、看護婦に対し、泣いて「死にたい。」と訴え、七月七日、八日には、「安楽死させて下さい。」と訴えて、病室のドアのガラスに頭を打ちつけるなどの自虐的行動を繰り返したため、重症室、保護室収容の措置が採られ、七月八日にはA医師から入院後初めて「不穏時胴体抑制可」の指示が出されたこと、本件事故当日(七月九日)には、原告春子は、午前四時から病室を出て自宅へ電話をし、午前六時半には他の患者に対し、「ライターを貸してください。」と懇願し、その旨の報告を受けたB看護婦も、焼身自殺の危険を感じ、直ちに、原告春子がライターを所持していないかどうかを検査し、喫煙室にライターが所在することを確認したことに照らせば、原告春子の自殺の危険は明白かつ切迫しており、A医師、B看護婦ら被告病院の職員もこの事実を認識し得たといわざるを得ない。そうだとすれば、被告病院としては、原告春子の自殺を防止するために適切な措置(例えば、原告春子の動静の常時看視、保護室への収容、病室の施錠、ライターの一時的な回収等)を講ずるべきであった。しかるに、B看護婦らは、朝食後は通常の巡視態勢を履践したのみで、特別の自殺防止措置を採らなかったため、本件事故の発生を防止することができなかったのであり、被告病院に過失があったことは否定すべくもない。

三  ところで、精神科医療の開放化治療のすう勢について被告の説くところは、一般論としてはそのとおりであり、当裁判所としても異論はないが、本件は、被告が主張する「特段の事情」が認められる場合なのであり、このような場合には、患者の生命の安全こそが第一義的に確保されなければならず、患者の自殺企図を未然に防止するための適切な措置が講じられなければならない。

四  そこで、過失相殺の適否について検討する。

1 本件事故は、原告春子が焼身自殺を企図したいわゆる自損事故であること、本件事故は、定時巡視後の間隙を突かれた形で発生したこと及び本件事故に至る約五〇日間の入院看護に格別の問題はなかったことは過失相殺を肯定する事情である。

2 しかしながら、他方、原告春子の希死念慮及び自殺企図は、精神分裂病患者の症状の発現の一態様にすぎず、広義の自損事故ではあるが、健常者のそれとは同列に論じることができないこと、原告太郎及び同花子は、原告春子の希死念慮に手を焼き、同原告の自殺を防止する目的で被告病院を選択したこと及び被告病院は精神科の病棟五棟、病床数三〇四を有する国立病院であり、精神科医療については、いわゆる地域の専門、中核病院であることに照らせば、前項のような事情を考慮しても、本件において過失相殺をすることは相当ではない。

(争点2について)

一  原告春子の損害

1 治療費

証拠(甲二、一三、二九、三〇)及び弁論の全趣旨によれば、原告春子は、平成八年七月九日から平成九年四月三〇日まで浦舟病院において入院治療を受けたこと及びこの間の治療費は一〇二万九二六〇円であったことが認められる。

2 通院交通費

甲三〇及び弁論の全趣旨並びに後記3(二)認定事実によれば、通院交通費として一五万七三二〇円が相当と認める。

3 入院付添費

(一) 乙二〇によれば、浦舟病院は、いわゆる付添を不要とする完全看護体制を採っていることが認められる。

(二) しかしながら、他方、証拠(甲二、三、一三、二一ないし二五、二七)及び弁論の全趣旨によれば、原告春子の病状は重く、ほとんど身動きすることもできない上、他人とのコミュニケーションを図ることも母親の原告花子を通じてしかできなかったこと、原告春子は精神分裂病に罹患していたこと、これらの特殊事情があったため、浦舟病院も原告花子の付添を特別に許可したこと及び入院付添日数は、平成八年七月九日から平成九年四月三〇日までの二九六日間であったことが認められ、これらの事実によれば、入院付添費として一七七万六〇〇〇円が相当と認める。

(三) 通院付添費についてはこれを特定することができないから棄却する。

4 入院雑費

弁論の全趣旨により三八万四八〇〇円が相当と認める。

5 将来の付添費

証拠(甲二、一九、二一ないし二五、二七)及び弁論の全趣旨によれば、原告春子の後遺障害は、平成九年一月一三日時点において両上下肢全廃(身体障害者福祉法別表一級相当)、平成一一年三月六日時点においても両下肢及び両上肢の著しい機能障害(同二級相当)であり、日常の起居動作活動については、同日現在においても、なお、①シャツを着て脱ぐ、②ズボンをはいて脱ぐ、③顔を洗いタオルで拭く、④背中を洗う、⑤公共の乗物を利用する項目において全介助又は不能と判定されており、当分の間他人の介助を要することが認められる。そして、このような状態がいつまで継続するのかを証拠上確定することが困難であることにかんがみ、将来の付添費として二〇〇〇万円が相当と認める。

6 逸失利益

(一) 証拠(甲二、一五、一六、一九、二六、二七、三一、三二)によれば、原告春子の後遺障害は、日常の起居動作の面において相当程度改善され、本人も生きる望みを回復しつつあること、精神分裂病の方も平成九年五月二二日から平成一一年六月九日までの間、幻覚妄想等の陽性症状は見られず、落ちついていること、原告春子は、自動車の普通免許を取得し医療事務技能者の認定を受けていることが認められる。

(二) しかしながら、他方、原告春子の後遺障害は依然として重く、同原告が一人で生きていくこと自体が困難な状況にあること、精神分裂病は小康状態にあるが、その帰趨は不明であること、原告には発病前対人障害があり、定職についたことがないことに照らすと、前項のような事情を考慮しても、逸失利益を算定することは困難というほかない。

7 慰謝料

証拠(甲二、一三、一七ないし一九、二一ないし二五、二七、二八)によれば、原告は、本件事故による後遺障害により、生きて行くことがつらい状態にあること、両親も健康に不安があり、両親亡き後は右のような重い十字架を背負って生きていかなければならないことその他本件に顕れた一切の事情を斟酌して、慰謝料は二五〇〇万円が相当と認める。

8 弁護士費用

以上1ないし7を合計すると、四八三四万七三八〇円となるので、弁護士費用はその約一割相当額の四八〇万円が相当と認める。

9 合計

以上を合計すると、五三一四万七三八〇円となる。

二  原告太郎及び同花子の損害

1 慰謝料

前叙のような諸事情及び両親亡き後原告春子が一人で生きていかなければならないことに対する両親の忸怩たる思いにかんがみれば、原告太郎及び同花子は、原告春子の死亡に比肩すべき精神的苦痛を被ったと認められ、これを慰謝するには、各自二五〇万円が相当である。

2 弁護士費用

各二五万円が相当と認める。

3 合計

以上を合計すると、各自、二七五万円となる。

第五  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・髙柳輝雄、裁判官・片野悟好、裁判官・大村陽一)

別紙「乙第一号証による保護室・重症室・観察室収容経過一覧表」<省略>

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