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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)811号 判決 2004年6月25日

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告らと被告株式会社横浜銀行との間において、別紙銀行取引約定目録記載の契約に基づく原告らの同被告に対する一切の債務が存在しないことを確認する。

2  被告株式会社横浜銀行は、原告らに対し、別紙物件目録記載の各不動産についてされている別紙登記目録記載3の1番根抵当権変更登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告日本生命保険相互会社は、原告甲山A子に対し、金1億3561万7650円及びこれに対する平成9年5月3日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

4  被告日本生命保険相互会社は、原告乙川B美に対し、金1億3561万7650円及びこれに対する平成9年5月3日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

5  原告らの被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は、これを10分し、その8を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

7  3項及び4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告らの請求の趣旨

(1)  主文1、2項と同旨

(2)  原告甲山A子

(主位的)

被告らは、連帯して、原告甲山A子に対し、1億8849万5268円及びこれに対する平成2年2月9日から支払済みまで年5パーセント(以下、パーセントはすべて「%」と表示する。)の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告らは、連帯して、原告甲山A子に対し、1億8879万3504円及びこれに対する平成7年12月12日から支払済みまで年14%の割合による金員を支払え。

(3)  原告乙川B美

(主位的)

被告らは、連帯して、原告乙川B美に対し、1億8849万5268円及びこれに対する平成2年2月9日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告らは、連帯して、原告乙川B美に対し、1億8879万3504円及びこれに対する平成7年12月12日から支払済みまで年14%の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(5)  (2)及び(3)につき、仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  請求、争点及び判断の各概要

(1)  請求及び争点の各概要

ア 本件(平成9年3月13日訴え提起)は、平成元年12月ないし平成2年2月当時、都内の高級住宅地である田園調布の一画に居宅のある約177坪の宅地を所有(長男夫婦と共有)する92歳になる被相続人の相続税対策として、被相続人を保険契約者兼保険金受取人とし、長男(当時68歳)の妻(当時61歳)及び長男夫婦間の成人した子(孫)3名合計4名をそれぞれ被保険者とするいわゆる融資一体型の一時払終身型変額保険に加入したところ、変額保険の運用実績が払込保険料として融資を受けた銀行借入金利を下回り、被相続人の死亡後に変額保険を解約して取得すべき解約返戻金の金額が著しく低下して多額の損害を被ったものとすることを巡る紛争である。

イ 本件の基本的な契約関係は、全当事者間に実質的に争いがないところであり、以下のとおりである。

平成元年12月から平成2年2月までの足掛け3か月間にわたり、被告株式会社横浜銀行(以下「被告銀行」という。)との間で、別紙銀行取引約定目録記載のとおり、銀行取引約定(以下「本件銀行取引約定」という。)が締結され、かつ、保険契約者兼保険金受取人及びその長男夫婦所有(共有)の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」といい、そのうち、土地は「本件各土地」、建物は「本件建物」という。)に別紙登記目録記載3のとおり、1番根抵当権変更登記(以下「本件変更登記」といい、この変更登記にかかる契約を「本件変更登記契約」、その根抵当権を「本件根抵当権」といい、同登記目録記載1、2の根抵当権の設定登記、変更登記を「目録1の登記」などという。)を経由した上で、本件銀行取引約定に基づき、被告銀行から4回にわたり合計2億7123万5300円が保険契約者に融資され、また、被告日本生命保険相互会社(以下「被告会社」といい、被告銀行と併せて「被告両社」ともいう。)との間で、別紙変額保険目録記載のとおり、同社を保険者とする4つの一時払終身型変額保険契約(これは、後記のとおり、その保険料を被告銀行からの借入れによって賄う、いわゆる融資一体型の一時払終身型変額保険である。死亡時・高度障害時基本保険金合計10億7000万円。以下、これら変額保険を一括して「本件変額保険」、同変額保険目録の番号順に「本件①変額保険」などといい、その解約返戻金を「本件解約返戻金」という。なお、同契約と本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の3つの契約を併せて「本件各契約」といい、変額保険契約の締結のことを「変額保険の加入」ともいう。)が締結され、これに伴い、その都度、被告銀行から融資を受けた上記合計2億7123万5300円が一時払いの保険料(以下、この金額を、対被告銀行関係では「本件貸金」、対被告会社関係では「本件保険料」という。)として被告会社に払い込まれたものである(以下、原告両名及びその親族である同変額保険目録記載の保険契約者等については、すべて氏を省略し、「C代」、「D夫」(C代の長男)などと名のみで表示し、D夫と原告A子を「D夫夫婦」、C代とG介夫婦を「C代ら3名」、同夫婦の子であり、C代の孫である原告B美、E雄及びF郎の3名を「原告B美ら孫3名」ともいう。)。

ウ 原告らは、本件変額保険は、C代の相続税対策として有効であるとして被告両社の従業員から勧誘(以下「本件勧誘」という。)を受けたものであるが、変額保険は、そもそもそれ自体、相続税対策としては何らその効果がなく、ハイリスクを生じる危険性が極めて高いものであるにもかかわらず、被告両社の従業員は、原告側(本件勧誘は、主として長男のD夫に対してされ、実質的には同人がC代及びA子の意向に沿いこれを判断し、本件各契約の締結を決定した。)に対し、本件変額保険のハイリターンを殊更に強調するばかりでそれに存するリスクを何ら説明せず、本件変額保険に加入すれば有効なC代の相続税対策になる旨違法不当な方法により強く本件勧誘を行ったことにより、そのリスクを十分理解しないままに本件各契約が締結されたものであり、本件各契約は、錯誤、又は公序良俗違反による意思表示であり、本件勧誘をした被告両社の従業員の詐欺による意思表示であり、また、本件勧誘は違法不当な勧誘として債務不履行、又は不法行為(共同不法行為)を構成する旨主張し、その無効、意思表示の取消し、契約の解除による不当利得返還請求権、又は原状回復請求権、債務不履行、又は不法行為による損害賠償請求権、本件不動産の所有権(共有)にそれぞれ基づき、被告銀行に対しては、原告らの本件銀行取引約定に基づく一切の債務不存在確認及び本件変更登記抹消登記手続、被告両社に対しては、それぞれ別紙費用目録記載の本件保険料等相当額である主位的請求費用合計3億7699万0537円(原告ら各自1億8849万5268円。いずれも小数点以下切捨て)とこれに対する平成2年2月9日(本件保険料の最終払込日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による金員、又は予備的請求費用合計3億7758万7008円(原告ら各自1億8879万3504円)とこれに対する平成7年12月12日(C代死亡の翌日にして、本件貸金残元利金の返済期限の翌日)から支払済みまで年14%の割合による金利を、不当利得、又は損害賠償としてその連帯返還・支払を求めたものである。

エ これに対し、被告らは、上記原告らの主張を争い、仮定的に、錯誤の主張に対してはC代ら3名の錯誤についての重過失、損害賠償請求については過失相殺(C代ら3名の落ち度)を主張した。

オ したがって、本件の主たる争点は、①本件各契約の錯誤の成否(錯誤の有無、重過失の有無)、②本件各契約の公序良俗違反の有無、③本件各契約と詐欺の成否(本件勧誘を担当した被告両社の従業員による詐欺の有無)、④本件勧誘における債務不履行の成否(同前被告会社の従業員の違法不当な勧誘の有無。主として説明義務違反の有無)、⑤本件勧誘における不法行為の成否(被告両社の同前従業員の同前勧誘の各有無)、⑥C代ら3名(及び原告両名)の損失及び被告両社の不当利得の各有無、⑦原告らの損害の有無、⑧C代ら3名につき過失相殺の成否である。

(2)  当裁判所の判断の概要

本判決は、変額保険は、いわゆる右肩上がりの経済情勢におけるインフレ対策商品とされるが、我が国においては、インフレ経済真っ直中の昭和61年10月に販売が開始されて以来、被告会社が設営する変額保険(以下「日生変額保険」という。)を始めとしてその運用実績は長期下降傾向にあったから、これがインフレ対策商品として機能することには疑問があり、また、本件変額保険は、被相続人C代を保険契約者兼保険金受取人、原告A子及び原告B美ら孫3名を被保険者とする融資一体型の一時払終身型変額保険であるところ、その仕組みからすれば、これが相続税対策としての効果を発揮することは殆ど期待することができないばかりか、却って、相続財産である本件不動産を確保することは疎か、巨額な本件貸金債務の負担をし続けざるを得なくなるハイリスクの危険性が極めて高いものであり、さらに、本件変額保険では、本件保険料に充てた本件貸金は本件銀行取引約定に基づいて融資されたものであるが、同約定には、C代の相続開始により当然解約される当然解約条項があり、しかも、その場合には年14%の遅延損害金を付加して返済することとされているから、1次相続(被相続人の相続)開始時点で変額保険の運用実績が銀行借入金利を下回り、解約返戻金をもってしては、銀行借入金の返済のみならず、相続税額相当額の補填もできない場合には、変額保険の運用実績が上昇好転し、これが銀行借入金利を上回るのを待って変額保険を解約して解約返戻金を取得すれば相続税対策が図られるという、この型の変額保険の一般的仕組みがまったく機能しないからその有効性を欠き、欠陥があるものというべく、本件変額保険加入当時、これらの点を正しく理解していたのであれば、一般通常人として、相続税対策として多数あるはずの相続税対策の中からあえて本件変額保険に加入する方法を選択することはなかったはずであるところ、C代ら3名にこれをあえて選択すべき事情はなく、被告両社の従業員のした本件勧誘の内容・方法にも照らせば、C代ら3名は、本件各契約を締結するに当たり、本件変額保険(C代を保険契約者兼保険金受取人、原告A子及び原告B美ら孫3名を被保険者とする融資一体型の一時払終身型変額保険)が、本件勧誘に当たった被告両社の従業員の説明したとおりの仕組みで機能し、有効な相続税対策が図られるものと誤信して本件各契約を締結したものであり、上記本件各契約に存する欠陥は、物の性状に関する欠陥と認めるべく、この欠陥がないものとして締結された本件各契約は、いずれもその意思表示の要素に錯誤があるものとして無効であり、C代ら3名にこの錯誤につき重過失は認められないものと判断し、原告両名に対する関係で、被告銀行との間で本件銀行取引約定に基づく債務の不存在を確認し(主文1)、かつ、被告銀行に対して本件変更登記の抹消登記手続を命じ(主文2)、被告会社に対して本件保険料相当額(原告両名各自2分の1)の限度でこれを不当利得としてその返還を命じ(主文3、4。遅延損害金は本訴状送達の日の翌日以降の限度でその支払を命じる。)、その余の請求(その余の不当利得返還請求、不法行為、又は債務不履行による損害賠償請求)については、被告両社の従業員(被用者、履行補助者)のC代ら3名に対する本件勧誘には、説明義務違反があって違法であり、不法行為、又は債務不履行を構成するが、これにより、原告両名が原告ら主張の損害を被ったものと認めることはできないもの等と判断して請求を棄却したものである。

2  基本的事実

以下の事実は、<証拠省略>及び弁論の全趣旨により認めることができる事実である。

(1)  当事者等

ア 原告両名及びその関係者

(ア) C代(出生地那覇市。明治30年○月○日生)は、大正8年5月4日、甲山G介と婚姻し、その間に長女甲山H江(H子と改名)、長男D夫、二男甲山I作(昭和20年6月13日沖縄方面で戦死)及び二女甲山J美をもうけたが、昭和11年3月19日、甲山G介と協議離婚をし、その後、再婚することなく、平成7年12月11日、死亡(98歳)した。C代の死亡により、D夫を除くその余の生存相続人らは、いずれも相続放棄の申述をしてこれが受理され、D夫がC代を単独相続した。

(イ) D夫(出生地那覇市。大正10年○月○日生)は、昭和27年9月18日、原告A子(出生地東京都牛込区。旧姓丙谷)と婚姻し、その間に長女原告B美(出生地東京都渋谷区。昭和30年○月○日生。昭和56年5月14日、乙川K平と婚姻)、長男E雄(出生地福岡県門司市(当時)。昭和33年○月○日生)及び二男F郎(出生地東京都中野区。昭和37年○月○日生)をもうけたが、本件訴訟係属中の平成14年3月22日、死亡(82歳)した。D夫の死亡により、E雄及びF郎は、いずれも相続放棄の申述をしてこれが受理され、原告両名がD夫を各自2分の1あて相続した。

D夫は、昭和20年、京都大学法学部政治学科を卒業し、昭和22年6月、飯野海運株式会社に入社し、昭和39年4月、川崎汽船株式会社(以下「川崎汽船」という。)に転職し、その後、昭和46年4月、同社人事部長、昭和48年5月、同社取締役、昭和51年6月、同社常務取締役にそれぞれ就任し、昭和53年6月、常務取締役を最後に同社を退職し、同年7月、川崎汽船の子会社である川汽企業株式会社(戊22-1・2。平成3年7月、株式会社ケイエラインエンタプライズに商号変更、本店東京都千代田区<省略>所在、以下「川汽企業」という。)の代表取締役に就任し、昭和63年6月、これを退任し、それ以降、同社の顧問の地位にあり、本件変額保険加入当時も同様であった。D夫は、昭和54年ころ、川崎汽船及びその関連会社の株式を取得し、昭和62年ころにこれを売却した経験があった。

(ウ) 原告両名は、いずれも、専業主婦である。

(エ) 本件変額保険加入当時、E雄は、株式会社エーアンドデイ(愛知県長久手町所在)の営業職、F郎は、東急建設株式会社(東京都渋谷区所在)横浜支店作業所技術員のそれぞれ地位にあった。

イ 被告銀行及びその関係者

(ア) 被告銀行は、肩書住所に本店を置き、預金等の受入、資金の貸付等を目的とする最大手の地方銀行である。

(イ) 丁沢(以下「丁沢」という。)は、被告銀行の行員であり、本件銀行取引約定の締結当時、被告銀行自由が丘支店(以下「自由が丘支店」という。)の支店長付きの地位にあり、本件銀行取引約定の締結手続を担当した者であり、それ以前の昭和62年ころ、被告銀行独自の認定によるファイナンシャルアドバイザーの資格を取得しており、昭和61年4月から平成3年2月までの間、同支店において、C代ら3名の顧客担当の地位にあった者である。また、丁沢は、本件変額保険を含め、その前後に6、7件の変額保険の融資実行案件を担当したが、そのうちの殆どが日生変額保険にかかる案件である。

ウ 被告会社及びその関係者

(ア) 被告会社は、我が国最大手の生命保険事業を目的とする相互会社である。

戊野(以下「戊野」という。)は、本件変額保険加入当時、被告会社港支社永田町東営業部の支部長の地位にあり、C代ら3名(主としてD夫。以下、特に断らない限り同じ)に対し、本件変額保険に加入させるべく本件勧誘を行った者である。戊野は、それ以前の昭和61年10月1日、変額保険の販売者資格を取得し、本件変額保険契約の締結前において、他の顧客に対し、相続税対策として、日生変額保険を勧誘し、そのうち、契約の締結までに至った件数だけでも7、8件の実績を有する。

(イ) 己原(以下「己原」といい、戊野と併せて「戊野ら2名」、これに丁沢を併せて「戊野ら3名」という。)は、本件変額保険加入当時、被告会社の上記永田町東営業部の営業職員(保険勧誘員)の地位にあり、戊野の部下であった者であり、昭和61年10月1日、変額保険の販売者資格を取得し、本件変額保険の加入に当たり、C代ら3名に対し、本件勧誘をした者である。

(2)  本件不動産の所有利用関係

ア 本件各土地

本件各土地は、昭和38年12月16日、C代とD夫が売買により各自共有持分2分の1あてで取得(同日受付でC代及びD夫名義のその旨の所有権移転登記を経由)し、D夫は、昭和61年11月15日、自己の共有持分の一部(全体の10分の1)を贈与により原告A子に譲渡(同年11月10日受付でその旨のD夫共有持分一部移転登記を経由。その結果、各自の共有持分は、C代10分の5、D夫10分の4、原告A子10分の1)し、また、D夫は、平成7年12月11日、C代の死亡により、同人の共有持分を相続(平成8年10月20日受付でその旨のC代共有持分全部移転登記を経由。その結果、各自の共有持分は、D夫10分の9、原告A子10分の1)し、さらに、平成14年3月22日、D夫の死亡により、同人の共有持分を原告両名が各自2分の1あてで共同相続した(その結果、原告両名各自の共有持分は、原告A子20分の11、原告B美20分の9となった。)。

イ 本件建物

本件建物は、昭和63年1月20日、C代所有として新築され(建替え)、同年3月9日受付によるC代名義の所有権保存登記が経由され、平成元年11月30日、一部取毀しがされ(取毀し前は、1階207.24m2、2階161.78m2、地下1階54.41m2であった。)、平成7年12月11日、C代の死亡によりD夫が相続(平成8年10月20日受付でD夫名義のその旨の所有権移転登記を経由)し、そして、平成14年3月22日、D夫の死亡により原告両名が各自共有持分2分の1あてで相続した。

ウ 担保設定

本件不動産には、いずれも、債務者をC代、根抵当権者を被告銀行とする目録1の登記(順位1番。この根抵当権設定契約証書が乙15)、目録2の登記(この根抵当権変更契約証書が乙16)及び目録3の登記、即ち、本件変更登記(この根抵当権変更契約証書が乙23)がそれぞれ経由されている。

エ 利用関係

本件不動産は、C代ら3名一家の自宅であり、都内の高級住宅地である田園調布の東急東横線田園調布駅には徒歩3分の至近距離にあり、本件建物は、貸家部分を併設する長屋形式の建物であり、貸家部分は、二世帯が入居可能のファミリータイプである。本件建物の貸家部分を除くその余の居宅部分(以下「甲山宅」という。)には、本件変額保険加入当時、C代ら3名が居住し、貸家部分には原告B美一家が居住していた。

(3)  本件各契約の締結等

ア 本件銀行取引約定

C代(主債務者。本件銀行取引約定では「カード名義人」という。)とD夫夫婦(連帯保証人)は、平成元年12月22日、被告銀行との間で、本件銀行取引約定(乙17)を締結した。本件と関係のあるその主要な条項は、その一部は別紙銀行取引約定目録に記載のとおりであり、これを記述すると、以下のとおりである。

(ア) 取引期間(2条)

契約日から3年。

(イ) 利息(8条)

被告銀行の長期貸出最優遇金利(基準金利)に同被告所定の一定利率を加算した利息、毎年10月1日に見直し(1項)。

利息の支払期日は、毎年2月、5月、8月及び11月の被告銀行所定の各日(4項)。

(ウ) 取引期間の自動延長(11条)

被告銀行から取引期間の満了1か月前に別段の通知ないときは、取引は自動的に3年間延長し、以後も同様。

(エ) 取引の解約(13条)

カード名義人は、書面により何時でも取引を解約することができる(1項)。

カード名義人について相続が開始したとき、取引は自動的に解約となる(3項。以下「本件当然解約条項」という。)。

(オ) 借入元利金の返済(15条)

取引期間の満了、又は解約による終了のときは、直ちに借入元利金を支払う(15条)。

(カ) 遅延損害金(17条)

年14%(年365日の日割計算)。

イ 本件変更登記契約

C代ら3名は、平成元年12月22日、本件銀行取引約定の締結と同時に、被告銀行との間で、本件不動産(の各自の共有持分)を目的とする本件変更登記契約(極度額を1億9000万円から7億6000万円に変更)を締結し、被告銀行は、同日受付により、本件不動産に対して本件変更登記を経由した。

ウ 本件変額保険契約の締結

C代は、平成元年12月22日から翌平成2年2月9日までの足掛け3か月間にわたり、被告会社との間で、別紙変額保険目録記載の各契約締結日において、順次、保険契約者兼死亡保険金(高度障害保険金を含む。以下同じ)受取人をいずれもC代、被保険者を順次原告A子、原告B美、F郎及びE雄、いずれも、保険料一時払い、保険期間終身とする合計4つの本件変額保険契約(戊1-1~4。同号証は、いずれも、被告会社所定の申込書兼契約書を利用して作成されたものである。)を締結した。

エ 本件貸金の融資実行

C代と被告会社が本件変額保険契約を締結するに当たり、その都度、本件銀行取引約定に基づき、被告銀行は、C代に対し、本件保険料の支払のための資金として、本件変額保険の各契約申込日に各本件保険料相当額合計2億7123万5300円の本件貸金の各貸付を実行し、これが、それぞれ本件保険料として、C代から被告会社に支払われた。

オ 本件各契約における契約者の変動及びその帰趨

(ア) 本件変額保険の保険契約者兼死亡保険金受取人の地位は、平成7年12月11日、C代の死亡により、D夫がこれを相続し、平成14年3月22日、D夫の死亡により、原告両名がこれを相続(各自2分の1)したが、本件口頭弁論終結に至るまでに、C代、次いでD夫、次いで原告両名から被告会社に対し、本件変額保険契約の解約の意思表示はされていない。

(イ) 本件銀行取引約定の解約

本件銀行取引約定については、平成7年12月11日、主債務者(カード名義人)C代の死亡により、本件当然解約条項により、これが自動解約され、本件貸金債務(利息を含む。以下同じ)の期限が到来した。

(4)  変額保険の概要

ア 変額保険の沿革

変額保険は、我が国においては、昭和40年代後半、大蔵大臣(当時)からその諮問機関である保険審議会に諮問され、昭和60年5月30日、同審議会のこれに対する答申を経て、昭和61年7月、大蔵大臣(当時)によりその販売が認可され、同年10月以降、被告会社を含む生命保険各会社(以下「生保各社」「生保会社」という。)により、一斉に販売が開始された。

変額保険は、いわゆる右肩上がりの経済情勢(インフレ経済)に対応すインフレ対策商品として登場し、今次の大戦後の我が国インフレ経済の極であるバブル経済に突入する直前の昭和61年10月(バブル経済は同年11月に始まり、平成3年2月のバブル崩壊まで51か月間続いたことは公知の事実である。)の販売開始以来、地価の高騰状況を背景とする相続税の増大に危機感を抱いた土地を所有する資産家に対し、生保各社、場合により生保各社とともに銀行等金融機関(以下「銀行」という。)から、一般顧客に対し、相続税対策(相続税額の軽減し、解約返戻金により銀行借入金を返済し、かつ、相続税額を納付することにより相続財産である不動産、殊に宅地を確保する対策)として、銀行から払込保険料全額に相当する金額の融資を受け、その全額を、変額保険加入と同時に保険料として生保会社に一括して払い込む変額保険が相続税対策にとって有効である旨勧誘・説明・紹介が行われ、これが、上記のような不動産を所有する資産家の強い関心を集め、この勧誘等に応じて変額保険に加入する者が急増するようになった。

イ 変額保険と定額保険

変額保険とは、契約締結時に定めた保険金額が保険期間中に変動しない従来型の生命保険である定額保険とは異なり、保険金額が保険期間中に変動する生命保険であり、それゆえ、変額保険といわれる。変額保険においては、生保会社毎に、定額保険の払込保険料を資産運用する一般勘定とは別な、変額保険の払込保険料を資産運用する特別勘定を設け、払込保険料のうちから手数料等の経費を控除した残額を国内外の株式、国公社債等の有価証券を主体とする資産に投資することによって資産運用をし、その運用実績(その実績率を「運用利回り」と呼ぶ。)に応じて死亡時(高度障害時を含む。以下同じ)に支給される死亡保険金(なお、これとは別に後記有期型の変額保険では定額生命保険の場合と同様、満期保険金がある。)及び解約返戻金の額が変動することに特徴がある。ただし、死亡保険金については、契約締結時に定めた一定額は、運用実績いかんにかかわらず、保険金の最低額保障の意味を有する基本保険金(これを超える部分が「変動保険金」である。)の支払が保障される。解約返戻金には最低額保障はない。変額保険の払込保険料のうち、基本保険金に当てる部分は、定額保険と同一の一般勘定による資産運用がされる。なお、一般勘定と特別勘定の資産運用対象は同一であり、その運用対象の割合が相違するだけである。

ウ 各種の変額保険

変額保険には、満期が設定されていて、死亡保険金、又は満期保険金の支払を目的とする有期型と、満期が設定されおらず、死亡保険金だけが支払われる終身型とがある。日生変額保険は、その商品名を「エクセレント(ニッセイ変額保険)」と総称し、それにも、有期型と終身型とがあり、そのうち、有期型の変額保険を「有期タイプ」、終身型の変額保険を「マイステージタイプ」と称している。さらに、マイステージタイプの中にも、死亡保険金(基本保険金と変動保険金)が死亡時に支給されるタイプ(「プラン1」と称している。)と、死亡保険金の支給に代えて、契約締結から5年経過後の選択されたいずれかの契約締結応答日(通常は60歳)を年金支払開始日とし、その前日までの積立金及び配当金等の合計額をもとに計算された金額をそれ以降20年間にわたり毎年1回年金として支給を受けるタイプ(「プラン2」と称している。)がある。

変額保険では、払込保険料額は一定しているが、その支払時期及び方法について、①月払い、②半年払い、③年払い及び④一時払い(契約締結時に全額1度払い)の4つの場合がある。

エ 相続税対策対応の変額保険

昭和61年10月の変額保険の販売開始以来、生保各社、又は場合により各銀行が相続税対策に有効であるとして一般に勧誘・説明・紹介して販売された変額保険は、満期の定めがなく、契約締結と同時に保険料全額を一度に払い込む一時払終身型変額保険である。これは、また、保険契約者所有の不動産に担保設定をして銀行から払込保険料に当てる資金借入れをし、上記のとおり、これを保険料として生保会社に支払う型のものであり、この型の変額保険を融資一体型の一時払終身型変額保険(甲103-2、103-30)と称し、日生変額保険のうちでは、マイステージタイプのうちのプラン1がこれに当たる(以下には、特に断らない限り、変額保険とはこの型の変額保険である。)。

オ 変額保険とハイリスク・ハイリターン

上記イのとおり、生命保険には、大別して従来型の定額保険といわば新型の変額保険があり、上記のところからすれば、定額保険は、定額保険の保険料の運用実績が予定された運用実績りを下回ることがあったとしても、契約締結時にあらかじめ約定された金額の死亡保険金の支払が保証され、その意味で定額保険は、安定性重視の保険料の運用が図られるものである。これに対し、変額保険は、変額保険の保険料の運用実績に応じて、死亡保険金、又は解約返戻金が常に変動する生命保険であり、したがって、経済情勢とこれを反映した運用実績のいかんによっては、高い収益が期待できる一方、投資対象である株式その他の有価証券や為替相場の変動による損失を専ら保険契約者が負担するところの、いわゆるハイリスク・ハイリターン商品といわれる。そして、この変額保険におけるハイリスク・ハイリターン商品性は、各種の変額保険のうち、一時払終身型変額保険、中でも被保険者を相続人(子)とする後記B型の変額保険において一層顕著である。

(5)  変額保険の相続税対策効果の仕組み

ア 変額保険には、その保険契約者その他の契約関係者の相違による型として、大別して以下のとおり、A型、B型(本判決における便宜的な呼称)2つの型がある。いずれの型も、保険契約者は被相続人であり、保険契約者である被相続人名義で払込保険料全額に相当する資金を銀行から借入れをする。本件変額保険は、B型に属する。

(ア) A型

被保険者を被相続人(一般には父母)、保険金受取人を推定相続人(一般には子)とする型

(イ) B型

被保険者を推定相続人(一般には子)、保険金受取人を被相続人(一般には父母)とする型

イ 変額保険と相続税対策の効果

生保各社、又は変額保険の保険料を融資する各銀行により、変額保険が相続税対策として有効であるとされる理由は、以下のとおりである(ただし、(ウ)の第3段を除く。同段は、A型とB型を比較した場合のリスクの度合いの相違についての当裁判所の説明である。)。

(ア) A型

A型では、被相続人(父母)の死亡による相続の開始が保険事故の発生であり、死亡保険金が相続人(子)に支払われ、相続人は、死亡保険金のうちから保険料支払のために融資を受けた銀行借入金(元利。以下同じ)を返済した上、死亡保険金と銀行借入金との差額分を相続税額の納付に充てることができるから、納税資金の準備となる(納税資金準備効果)。

また、死亡保険金は法定相続人の人数に500万円を乗じた金額までは非課税とされて上記金額が相続財産の資産価額から控除される一方、銀行借入金は相続債務とされるから、納付すべき相続税額の軽減が図られる(相続税額軽減効果)。

(イ) B型

B型では、保険契約者兼保険金受取人である被相続人(父母。本件の場合はC代)について相続(1次相続)が開始した場合、相続税の課税価格の計算上、資産である変額保険の価格は、その運用実績が上昇してその資産価格が増加しても当初の払込保険料相当額を計上すれば足り、他方、負債である銀行借入金は実際の元利合計額で計上することになる。したがって、原則として、銀行借入金から払込保険料相当額を控除した差額分が全体の課税価格の計算上控除され、相続税額が軽減される(相続税額軽減効果)。

また、1次相続により保険契約者の地位を被相続人から相続した相続人(本件の場合はD夫、D夫死亡後は原告両名)は、その後、変額保険契約を解約して取得した解約返戻金をもって銀行借入金を返済し、解約返戻金と銀行借入金との差額を相続税の納付に充てることができるから、納付税額資金の準備ともなる(納税資金準備効果)。

そして、1次相続開始以降、変額保険を解約しようとする時点で変額保険の運用実績(運用利回り)が銀行借入金利を下回り、解約返戻金をもってしても銀行借入金の返済及び納付相続税額相当額の補填が困難である場合には、さらに、変額保険の運用実績が上昇好転し、解約返戻金が銀行借入金及び納付相続税額相当額を上回る状況になるのを待って、その時点において変額保険を解約することも可能であり、これにより、前段、前々段と同様の仕組みにより相続税対策を図ることができる。しかし、その場合には、相続開始時に納付すべき相続税額の納付については、取り敢えず、別途、納付資金を用意するなどの措置を講じておくことが必要である。

(ウ) A型とB型の相違点

A型では、被保険者は被相続人(父母)であり、1次相続、即ち、被相続人の相続開始が保険事故の発生であるから、変額保険に加入する1次的な目的が死亡保険金の取得にあり、したがって、この場合の相続税対策の効果は、銀行借入金と死亡保険金の対比により判明することになる。

これに対し、B型では、被保険者は推定相続人(子)であり、2次相続、即ち、相続人の相続開始が保険事故の発生であるから、通常、保険事故は、保険契約者(被相続人である父母)の1次相続開始時よりも更に相当後(数十年先)に想定されるから、2次相続による死亡保険金の取得をほとんど考慮することはなく、変額保険に加入する1次的な目的が解約返戻金の取得にあり、したがって、この場合の相続税対策の効果は、銀行借入金と解約返戻金の対比により判明することになる。

そして、解約返戻金は、死亡保険金とは異なり、最低保証金額(死亡保険金における基本保険金)の定めがないから、変額保険の運用実績の変動によるリスクは、B型の場合の方がA型の場合よりもより一層増大することになる。

(6)  被告会社の社内報「エクセレントニュース」による日生変額保険の本件変額保険加入前の運用実績の推移等

被告会社を含む生保各社の変額保険の運用実績は、加入後1年を経過した時点で資料として集計される。この集計された運用実績は、後記のとおり、季刊雑誌「日経マネー」に登載され、一般に公開されるが、これとは別に、被告会社は、月々の日生変額保険の運用実績等を部外秘の情報として社内報(部外秘)「エクセレントニュース」(B4版1枚の表面にパソコン浄書されたもの)により、本社ファンド運用室から各(総)支社長経由で営業(支)部長宛に提供されている。

平成元年11月2日付け発行のエクセレントニュース(甲103-36。以下「本件エクセレントニュース」という。)には、昭和61年11月ないし昭和63年11月加入分(各月1日を「契約日」とする。以下同じ)の平成元年11月までの運用期間における騰落率(後記)による月別(ただし、そのうちの14か月分)の運用実績と月別の年換算運用実績が記載されている。この期間は、ほぼ日経マネーによる日生変額保険の後記(ア)の運用期間(甲103-28-1)に対応する。また、本件エクセレントニュースには、比較のために、前回ディスクローズ分として、昭和61年11月ないし昭和63年10月加入分の平成元年10月までの運用期間における前同様月別の運用実績と月別の年換算運用実績も記載されている(ただし、本件エクセレントニュースの「契約日」は、後記日経マネーの記載と対比すると、変額保険契約の締結月の翌月1日(特別勘定組入れ日)を指しているものと思われる。)。

本件エクセレントニュースに記載された運用実績(以下は、順次、昭和63年11月までに加入した分の平成元年11月までの月別運用実績、昭和63年10月までに加入した分の平成元年10月までの月別運用実績、昭和63年11月までに加入した分の平成元年11月までの各月の年換算運用実績、昭和63年10月までに加入した分の平成元年10月までの各月の年換算運用実績である。ただし、⑭は、昭和63年11月加入分の月別運用実績と年換算運用実績である。)は、①昭和61年11月加入分が50.03%、49.35%、14.48%、14.74%、②昭和62年1月加入分が38.92%、38.29%、12.30%、12.51%、③4月加入分が30.05%、29.46%、10.71%、10.88%、④7月加入分が23.87%、23.21%、9.61%、9.76%、⑤10月加入分が19.51%、18.97%、8.93%、9.07%、⑥昭和63年1月加入分が26.80%、26.22%、13.83%、14.23%、⑦4月加入分が15.06%、14.54%、9.27%、9.47%、⑧5月加入分が13.30%、12.79%、8.68%、8.87%、⑨6月加入分が14.60%、14.08%、10.10%、10.39%、⑩7月加入分が13.81%、13.29%、10.19%、10.50%、⑪8月加入分が12.35%、11.84%、9.76%、10.06%、⑫9月加入分が13.63%、13.11%、11.57%、12.04%、⑬10月加入分が13.24%、12.72%、12.16%、12.72%、そして、⑭11月加入分が13.91%、13.91%である。

なお、騰落率とは、生保各社の統一的な運用実績の表示方法であり、変額保険の特別勘定の運用開始時点(昭和61年10月)を1とし、日々の特別勘定資産価格の伸びを基に毎日の特別勘定指数を算出したその指数の増減率のことであり、日経マネーで公表されている後記指数も、この騰落率で示され、また、年換算運用実績とは、騰落率を年率に換算したものであるが、これは公表されていない(したがって、日経マネーにも記載されていない。)。

(7)  日経マネーによる日生変額保険及び他の生保各社の変額保険の運用実績の推移

ア 被告会社を含む生保20社の変額保険の運用実績の推移(若干の生保会社を除き、いずれも昭和61年10月販売開始、翌同年11月以降運用開始)は、季刊雑誌「日経マネー」(甲103-28-1~17)により、同月以降の運用実績が、最上位社から最下位社までの順で、それぞれの運用期間中の月別の運用実績として公表される。そこに記載された運用実績の数値は、払込保険料全額を特別勘定資産に算入して運用したものとしての数値であり、実際の運用実績(経費等を控除した残額の運用実績)とは一致せず、運用状況の概略を知る資料とされる。被告会社の順位は、後記(ア)の運用期間では第1位(日本生命、アリコジャパン、次いで、住友生命等々の順)、(イ)ないし(キ)の各運用期間では第3位(おおむね三井生命、又はアリコジャパン、三井生命、日本生命、住友生命等々の順)、(ク)ないし(チ)の各運用期間では第12位(朝日生命、協栄生命、住友生命、第一生命<省略>日本生命等々の順)である。

イ 本件変額保険と同一時期に加入した日生変額保険の運用実績は、日経マネーによれば、前月比で上昇に転じている月が若干あるが、当初からすべて下降の一途をたどり、加入後間もないころから、マイナス実績に落ち込んだまま、プラス実績に転じていない。

ウ 日経マネーによる日生変額保険の運用実績の具体的数値は、以下の(ア)ないし(チ)(以下、(ア)ないし(チ)の各場合を個別には運用期間を「(ア)の運用期間」、運用実績を「(ア)の運用実績」などという。)のとおりである。

以下の((ア)ないし(チ)のそれぞれについて、冒頭行は運用期間(当該月の月初から当該月の月末)、2行目は書証番号・日経マネーの号数(発行月)、①は加入始期月、②は加入終期月、③は参考時期(本件変額保険より1年前に加入した分の運用実績)、④は本件変額保険加入時の運用実績、△はマイナス実績、最終行の丸括弧内は、日経マネーに記載された当該運用期間の運用実績に対する論評である。(セ)以降は論評がない。)。以上のことは、例えば、(ア)については、昭和61年10月加入分ないし昭和63年12月加入分の昭和61年11月ないし平成元年12月までの運用期間における同月時点における各月の運用実績を示すものである。

(ア) 昭和61年11月ないし平成元年12月

(甲103-28-1。平成2年4月号か)

① 昭和61年10月 56.7%

② 昭和63年12月 15.4%

③ 昭和63年12月 15.4%

(株高で各社好調。特に外資系生保の健闘目立つ)

(イ) 昭和61年11月ないし平成2年3月

(甲103-28-2。平成2年7月号か)

① 昭和61年10月 48.7%

② 平成元年3月 7.5%

③ 昭和63年12月 9.6%

平成元年1月 7.8%

平成元年2月 7.9%

(株価急落のダメージ大。軒並み大幅ダウン)

(ウ) 昭和61年11月ないし平成2年6月

(甲103-28-3。平成2年11月号か)

① 昭和61年10月 53.9%

② 平成元年6月 8.7%

③ 昭和63年12月 13.4%

平成元年1月 11.5%

平成元年2月 11.6%

(株価急落の影響大きく、各社とも低迷続く)

(エ) 昭和61年11月ないし平成2年9月

(甲103-28-4。平成3年1月号か)

① 昭和61年10月 34.6%

② 平成元年9月 △9.9%

③ 昭和63年12月 △0.9%

平成元年1月 △2.5%

平成元年2月 △2.4%

(株式市場の低迷響く、89年(平成元年)加入分は軒並みマイナス)

(オ) 昭和61年11月ないし平成2年10月

(甲103-28-5。平成3年4月号か)

① 昭和61年10月 38.4%

② 平成元年12月 △11.7%

③ 昭和63年12月 2.0%

平成元年1月 0.3%

平成元年2月 0.3%

④ 平成元年12月 △11.7%

(低迷続く中、外資系生保、債券型の安定性目立つ)

(カ) 昭和61年11月ないし平成3年3月

(甲103-28-6。平成3年7月号)

① 昭和61年10月 47.5%

② 平成2年3月 △0.8%

③ 昭和63年12月 8.7%

平成元年1月 6.9%

平成元年2月 7.0%

④ 平成元年12月 △5.9%

平成2年1月 △5.4%

平成2年2月 △3.9%

(マイナス減少し、成績上昇のきざしも見え始める)

(キ) 昭和61年11月ないし平成3年6月

(甲103-28-7。平成3年10月号)

① 昭和61年10月 44.0%

② 平成2年6月 △6.4%

③ 昭和63年12月 6.1%

平成元年1月 4.4%

平成元年2月 4.5%

④ 平成元年12月 △8.1%

平成2年1月 △7.6%

平成2年2月 △6.1%

(株式相場低迷の影響か、ややマイナスの増加目立つ)

(ク) 昭和61年11月ないし平成3年9月

(甲103-28-8。平成4年1月号)

① 昭和61年10月 39.2%

② 平成2年9月 3.5%

③ 昭和63年12月 2.6%

平成元年1月 1.0%

平成元年2月 1.0%

④ 平成元年12月 △11.1%

平成2年1月 △10.7%

平成2年2月 △9.3%

(相場回復を受け、若干の明るさ見え始める)

(ケ) 昭和61年11月ないし平成3年12月

(甲103-28-9。平成4年4月号)

① 昭和61年10月 32.5%

② 平成2年12月 △4.3%

③ 昭和63年12月 △2.4%

平成元年1月 △4.0%

平成元年2月 △3.9%

④ 平成元年12月 △15.4%

平成2年1月 △15.1%

平成2年2月 △13.7%

(相場の底に近く、新規加入の好機到来)

(コ) 昭和61年11月ないし平成4年3月

(甲103-28-10。平成4年7月号)

① 昭和61年10月 15.4%

② 平成3年3月 △21.8%

③ 昭和63年12月 △15.0%

平成元年1月 △16.4%

平成元年2月 △16.3%

④ 平成元年12月 △26.4%

平成2年1月 △26.0%

平成2年2月 △24.8%

(相場の先行き不透明、当面厳しい局面が続く)

(サ) 昭和61年11月ないし平成4年6月

(甲103-28-11。平成4年10月号)

① 昭和61年10月 9.9%

② 平成3年6月 △23.7%

③ 昭和63年12月 △19.0%

平成元年1月 △20.3%

平成元年2月 △20.3%

④ 平成元年12月 △29.8%

平成2年1月 △29.5%

平成2年2月 △28.4%

(マイナスが圧倒的に増加、厳しい局面に)

(シ) 昭和61年11月ないし平成4年9月

(甲103-28-12。平成5年2月号)

① 昭和61年10月 8.6%

② 平成3年9月 △22.0%

③ 昭和63年12月 △20.0%

平成元年1月 △21.3%

平成元年2月 △21.2%

④ 平成元年12月 △30.7%

平成2年1月 △30.4%

平成2年2月 △29.2%

(株式相場は先行き不透明、厳しい局面続く)

(ス) 昭和61年11月ないし平成4年12月

(甲103-28-13。平成5年5月号)

① 昭和61年10月 10.4%

② 平成3年12月 △16.6%

③ 昭和63年12月 △18.6%

平成元年1月 △19.9%

平成元年2月 △19.9%

④ 平成元年12月 △29.5%

平成2年1月 △29.2%

平成2年2月 △28.0%

(株式相場は一進一退、運用成績は依然厳しい)

(セ) 昭和61年11月ないし平成5年3月

(甲103-28-14。平成5年8月号)

① 昭和61年10月 15.2%

② 平成4年3月 △0.2%

③ 昭和63年12月 △15.1%

平成元年1月 △16.5%

平成元年2月 △16.5%

④ 平成元年12月 △26.5%

平成2年1月 △26.1%

平成2年2月 △25.0%

(ソ) 昭和61年11月ないし平成5年6月

(甲103-28-15。平成5年11月号)

① 昭和61年10月 19.2%

② 平成4年6月 8.5%

③ 昭和63年12月 △12.2%

平成元年1月 △13.6%

平成元年2月 △13.5%

④ 平成元年12月 △23.9%

平成2年1月 △23.5%

平成2年2月 △22.3%

(タ) 昭和61年11月ないし平成5年9月

(甲103-28-16。平成6年2月号)

① 昭和61年10月 21.3%

② 平成4年9月 11.7%

③ 昭和63年12月 △10.6%

平成元年1月 △12.1%

平成元年2月 △12.1%

④ 平成元年12月 △22.6%

平成2年1月 △22.2%

平成2年2月 △21.0%

(チ) 昭和61年11月ないし平成5年12月

(甲103-28-17。平成6年5月号)

① 昭和61年10月 18.7%

② 平成4年12月 7.5%

③ 昭和63年12月 △12.5%

平成元年1月 △13.9%

平成元年2月 △13.9%

④ 平成元年12月 △24.2%

平成2年1月 △23.9%

平成2年2月 △22.6%

イ 他の生保各社の変額保険の運用実績の推移

生保各社の設営する各変額保険の上記運用期間中の運用実績は、日経マネーによれば、各社ごとでそれぞれ異なるが、全体的な傾向は、被告会社の日生変額保険の上記傾向とおおむね同様の傾向にある。

(8)  本件変額保険の解約返戻金の推移

被告会社は、本件変額保険契約の締結後、平成3年から平成9年まで、C代宛てに、本件変額保険契約の各締結日に応じて、毎年1月1日、2月1日、又は3月1日現在における本件解約返戻金の額及び過去1年間における変動保険金の各月の推移等を知らせる文書(乙6~9-各1~7。文書の題名は、「ニッセイ・ライフ・インフォメーション“エクセレント”(ニッセイ変額保険ご契約内容(契約応当日現在)のお知らせ」。以下「本件運用報告書」という。)を送付していたが、これによる平成3年から平成9年までの本件解約返戻金の推移は次のアのとおりであり、死亡保険金額の推移(中間月の金額の記載を省略)は次のイのとおりである。

ア 解約返戻金(以下の括弧内の月日は各年の基準日)

(ア) 本件①変額保険(戊6-1~7。1月1日)

平成3年 7521万5083円

平成4年 7089万4347円

平成5年 5801万7634円

平成6年 6118万3390円

平成7年 6255万3202円

平成8年 6310万7144円

平成9年 6402万7645円

(イ) 本件②変額保険(戊7-1~7。1月1日)

平成3年 4707万6555円

平成4年 4430万3645円

平成5年 3617万4090円

平成6年 3809万5597円

平成7年 3892万5138円

平成8年 3927万5294円

平成9年 3989万5418円

(ウ) 本件③変額保険(戊8-1~7。2月1日)

平成3年 4136万0152円

平成4年 3854万0037円

平成5年 3198万7133円

平成6年 3519万9680円

平成7年 3357万6180円

平成8年 3514万6195円

平成9年 3508万3222円

(エ) 本件④変額保険(戊9-1~7。3月1日)

平成3年 5766万6318円

平成4年 4917万4805円

平成5年 4203万6678円

平成6年 4662万9024円

平成7年 4343万7761円

平成8年 4625万0243円

平成9年 4709万3900円

イ 死亡保険金

本件変額保険のすべてが、全期間マイナス(△)である(以下のaは本件運用報告書の当初月、bは本件運用報告書の最終月における各金額)。

(ア) 本件①変額保険 (戊6-1~7)

a 平成2年2月 △ 164万3400円

b 平成9年1月 △ 7989万8400円

(イ) 本件②変額保険 (戊7-1~7)

a 平成2年2月 △ 246万8200円

b 平成9年1月 △1億2069万6100円

(ウ) 本件③変額保険 (戊8-1~7)

a 平成2年3月 △ 528万3500円

b 平成9年2月 △1億0871万5000円

(エ) 本件④変額保険 (戊9-1~7)

a 平成2年4月 △ 1033万3400円

b 平成9年3月 △1億1499万0500円

(9)  本件各土地の状況及び地価の推移

本件各土地の正面路線価(m2当たり)及びその推移は、以下のとおりであり(戊21-1~14。以下の丸括弧内の数値は対前年度上昇比)、これによれば、本件各土地(地積587m2)の価格は、昭和53年には6457万円であったものが、平成元年には6億0461万円、平成2年には6億2222万円、そして、平成3年には7億6310万円まで高騰したことになる。

ア 昭和53年 11万0000円

イ 昭和54年 12万2000円(10.9%)

ウ 昭和55年 14万6000円(19.7%)

エ 昭和56年 18万0000円(23.3%)

オ 昭和57年 20万5000円(13.9%)

カ 昭和58年 21万5000円(4.9%)

キ 昭和59年 24万5000円(14%)

ク 昭和60年 27万0000円(10.2%)

ケ 昭和61年 33万0000円(22.2%)

コ 昭和62年 54万0000円(63.6%)

サ 昭和63年 98万0000円(81.5%)

シ 平成元年 103万0000円(5.1%)

ス 平成2年 106万0000円(2.9%)

セ 平成3年 130万0000円(22.6%)

(10)  一般的な株価及び地価の各推移

ア 日経平均株価の推移

日経平均株価は、本件①、②変額保険加入直後の平成元年12月29日(大納会当日、)過去最高の3万8915円(円未満省略。以下同じ)を示したが、その前後1年間の日経平均株価の月別の推移(甲103-33)は、以下のとおりである(以下は当該月の最高値と最低値で丸括弧内は日)。

最高値 最低値

(ア) 平成元年7月 3万4953円(31) 3万3190円(4)

(イ) 8月 3万5140円(21) 3万4431円(31)

(ウ) 9月 3万5689円(28) 3万4113円(11)

(エ) 10月 3万5678円(26) 3万4468円(16)

(オ) 11月 3万7268円(30) 3万5270円(7)

(カ) 12月 3万8915円(29) 3万7132円(1)

(キ) 平成2年1月 3万8712円(4) 3万6729円(18)

(ク) 2月 3万7666円(6) 3万3321円(26)

(ケ) 3月 3万4057円(2) 2万9843円(22)

(コ) 4月 3万0397円(9) 2万8002円(2)

(サ) 5月 3万3191円(28) 2万9689円(1)

(シ) 6月 3万3192円(7) 3万1124円(25)

イ 地価の推移

(ア) 基準地価格

本件変額保険加入を挟んだその前後5年間における東京都の住宅地の平均価格(1m2当たり。国土利用計画法施行令9条の基準地の標準価格を基準地数で除した価格)の推移及びその変動率(前年度基準の変動率。△はマイナス。甲103-31・32)は、以下のとおりである。

価格 変動率(%)

a 平成元年 85万8400円 △4.3

b 平成2年 86万3600円 1.6

c 平成3年 83万7400円 △2.5

d 平成4年 67万7400円 △14.8

e 平成5年 52万5100円 △16.5

f 平成6年 46万1900円 △7.7

(イ) 公示価格

全国平均の公示価格(地価公示法6条。甲103-29)は、昭和61年が71万1000円(m2当たり、以下同じ)であったものが、これに比べて、昭和63年には191万円と約2.7倍も上昇して最高値を示したが、平成元年以降は平成3年まで若干下降し、平成4年以降は急落傾向を示した。

3  争点

(1)  錯誤の成否

(原告らの主張)

ア 本件変額保険契約の錯誤

(ア) 相続税対策の必要性に対する錯誤

D夫は、本件勧誘において、戊野ら2名からは同人らが作成した「銀行借入金利用一時払終身保険による相続税・節税効果シミュレーション」と題する文書(甲103-1。15年経過後までの1年ごとのシミュレーション。以下「本件日生シミュレーション」という。)を、また、丁沢からは同人が作成した「<生命保険を利用した相続税対策>」と題する文書(甲103-9。20年経過後までの5年ごとのシミュレーション。以下「本件浜銀シミュレーション」といい、本件日生シミュレーションと併せて「本件各シミュレーション」という。)をそれぞれ示され、相続税額課税評価額(本件各土地の価格)と相続税額が極めて高額となる旨の説明を受けた。前者は、加入後1年経過時点の課税価格を10億7000万円、相続税額を7億0980万円、後者は、加入時点の課税価格を1億9000万円、相続税額を4020万円としているのである。

しかし、客観的には本件変額保険に加入する直前(平成元年12月)における、C代の①資産合計は2億5576万0143円(預貯金合計が118万2384円で、その余は本件不動産の持分価格)、②負債合計は1億6706万円(葬儀見込費用500万円、その余は被告銀行自由が丘支店からの借入金)で、③課税価格(①-②)は8870万円、④基礎控除は6400万円(4000万円+{800万円×3人})、⑤課税遺産総額(③-④)は2470万円、納付すべき相続税額は僅か313万9800円に過ぎず(甲103-29)、C代の相続税対策を講じる必要性は何らなかった。

本件変額保険契約は、D夫(本件各契約は、主としてD夫が自ら並びにC代及び原告A子の意向を受けて本件勧誘を受けて契約締結の決定をした。したがって、意思表示の瑕疵等は、主としてD夫につき判断されるべきである。)が、戊野ら3名から、上記のとおり、C代の相続価格及び相続税額が高額となり、その相続税対策として変額保険に加入することが必要である旨強調して本件勧誘を受けたため、その必要があるものと誤信して本件変額保険に加入することを決定したものであり、この点は、契約の締結に当たり表示されていたことであるから、本件変額保険契約の意思表示は、この点について法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

(イ) 変額保険の有効性に対する錯誤

a 変額保険は、運用によるリスクを保険契約者が負担するという特質がある上に、本件変額保険のように、これを相続税対策に用い、高額の一時払保険料全額を銀行からの借入れにより調達する場合には、①運用実績の変動により損害を生じるリスクのみならず、②付随する融資の高額のローン金利が累増するリスクのほか、③相続財産の価値の増減、税制度の変遷、相続開始時期等の不確定要素をもとに変動・増幅するリスクが競合し、将来にわたる不確定要因が多様であるがゆえに、相続税対策としての適格性については甚だ疑問がある。そうすると、このような仕組みを相続税対策として選択するについては、上記①ないし③のリスクについての基本的な理解が不可欠であるというべきである。

b ところが、戊野ら3名は、D夫に対し、上記①ないし③の点については、具体的な説明を何らすることなく、本件各シミュレーションに基づき、変額保険に加入した場合、いずれの時点において1次相続、即ちC代の相続が開始される場合にも、相続税対策(相続税額軽減効果、納税資金準備効果)が十分にその効果を発揮する旨(本件日生シミュレーションでは「相続効果」と題して年々1000万円単位でそれが増大し、加入1年経過時点では915万円、15年経過時点では2億1292万円にまで増大するとされ、また、本件浜銀シミュレーションでは、「生命保険に加入した場合の効果」として、加入5年経過時点では3176万円、20年経過時点では4億4818万円に増大されるとする。)、そのハイリターンの側面だけを強調し、いかにもそれが相続税対策として高度に有効である旨強調して本件勧誘をした。本件各シミュレーションは、変額保険が相続税対策として有効であることを強調する余り、変額保険加入後においても地価が異常に高騰し続け、また、変額保険の運用実績が高数値で銀行借入金利を上回り続けることを前提とした過大な数値に基づくシミュレーションであるが、当時においても、日生変額保険の運用実績は客観的には販売当初以来下降傾向にあったし、地価が更なる上昇を続けることに警戒感が持たれていた。

c しかし、D夫は、長年にわたって友好的な取引関係にある被告両社の従業員である戊野ら3名から、本件勧誘により、本件変額保険に加入することが、相続税対策として有効であるとしてその有効性のみ強調されたため、上記a①ないし③のリスクについての基本的な理解を欠き、C代の相続が開始した場合、本件解約返戻金によって本件貸金債務の返済及び相続税額納付が確実にされ、相続税対策効果が確実にあがるものと誤信して本件変額保険に加入することを決定したものであるから、本件変額保険契約の意思表示は、この点について、法律行為の要素の錯誤があり、無効である。

(ウ) 運用実績と銀行借入金利に対する錯誤

戊野ら3名は、D夫に対し、本件勧誘において、「生命保険の保険料は銀行から借り入れるが、借入利息は6%であるのに対し、保険の運用は9%で回る。」旨強調して説明をしたことから、D夫は、本件変額保険の運用実績(運用利回り)が年9%を維持するのであれば、本件貸金の利率が年6%強であったとしても、1次相続、即ちC代の相続開始時には、当然、本件解約返戻金をもって本件貸金の返済及び相続税額の納付が確実にできるものと誤信した。

本件変額保険はB型の融資一体型の一時払終身型変額保険であり、B型の変額保険においては、解約返戻金をもって銀行借入金のみならず相続税額の納付資金とすることまで予定するものであるが、解約返戻金は、死亡保険金とは異なり、最低保証金額など定められていから、加入者にとって銀行借入金利(利率)と変額保険の運用実績の関係いかんは、変額保険に加入するか否かを決定する場合における極めて重要な要素であり、D夫に上記誤信がなければ、本件変額保険に加入することはあり得なかったのであるから、本件変額保険契約の意思表示は、この点について、法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

イ 本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の錯誤

(ア) 本件各契約が一体の契約と評価される場合

融資一体型の一時払終身型変額保険の場合、顧客と生保会社との間の変額保険契約、顧客と銀行との間の資金融資契約(及びその銀行借入債務を担保するための担保設定契約)は、相続税対策のため、社会的経済的に目的・動機を一にして一体的に結合しており、上記各契約の当事者(生保会社、銀行、顧客)は、それぞれ、他方の契約が締結されることを当然の前提としてそれぞれ上記各契約を締結するものであり、払込保険料は、相続財産となる不動産の担保評価に応じてその規模(金額)が決定され、資金融資契約に基づく元利金の返済の可否が変額保険契約の特別勘定の運用実績に全面的に依拠しており、そして、銀行借入金は、1次相続開始後の変額保険契約の解約により顧客が取得する解約返戻金により返済されることが当然に予定されていることからすれば、上記各両契約は、一体の契約と理解すべきものであり、したがって、一方の契約に錯誤がある以上、他方の契約についても錯誤の成立が認められるべきである。したがって、本件において、本件変額保険契約に上記各錯誤が認められる以上、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約をも含めて、本件各契約は、全体として錯誤により無効である。

(イ) 本件各契約が別個独立の契約と評価される場合

仮に、本件各契約が一体の契約ではなく、それぞれ別個独立の契約と評価されるとしても、本件変額保険契約には上記のとおり、要素の錯誤があり、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約は、いずれも、本件変額保険がC代の相続税対策として必要、かつ、有効なものであり、本件貸金は、本件解約返戻金により返済されることを前提として締結されたものであり、かつ、この契約締結の動機は表示されているから、これら各契約も、法律行為の要素に錯誤があるものとして無効である。

(ウ) D夫の経歴との関係における錯誤不存在に対する反論

被告会社は、D夫の学歴や職歴に基づき、D夫の知識や理解力は極めて高く、変額保険のリスクも十分理解していたなどと主張するが、高い学歴や職歴を有すれば、それだけで当然に新種の複雑な金融商品を正確に理解できるというものではなく、理解能力と当該事案で実際にどのような理解をしたかという事実とは別の問題である。まして、銀行融資と一体となった融資一体型の一時払終身型変額保険のリスクやそれを相続税対策に用いることのリスクを正確に理解することは極めて困難である。さらに、本件では、D夫が長年信頼してきた被告両社の従業員である戊野ら3名から、有効性のみを強調する本件勧誘を受けたことにより、D夫はリスクを正確に理解することなく本件変額保険契約の締結を決心したものである。D夫の学歴や職歴を考慮しても、意思表示に錯誤があったことは明らかである。仮にD夫がこれらのリスクを正確に理解していたならば、真実は300万円程度しか必要でない相続税負担のために、敢えて巨額の保険料の借入れまでして本件変額保険に加入するはずもない。必要性に対してリスクが大きすぎる行動をとったこと自体が、D夫に錯誤が存したことの何よりの証左である。

(エ) 丁沢の動機受領権限に関する被告らの主張に対する反論

被告銀行は、D夫に本件銀行取引約定及び本件変更登記契約を締結するにつき動機に錯誤があり、これが丁沢に認識されたものとしても、その契約手続に関与した被告銀行の丁沢には動機を受領する権限がなかったから、錯誤無効とはならない旨主張する。

しかしながら、本件各契約は、相続税対策を目的とした融資一体型の一時払終身型変額保険契約として一体化された商品であり、本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利を上回ることを当然の前提としているのであるから、D夫に対して戊野ら2名と共同して本件勧誘をした丁沢には、動機の受領権限を含めた契約の申込手続を受領する権限が与えられていたものというべきである。また、本件においては、被告銀行が本件勧誘のほか、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の申込手続を受領するという契約締結に至る主要部分を担当させていた丁沢が、積極的にD夫の錯誤を惹起したのであるから、被告銀行が丁沢の他の権限から動機の受領権限を切り離してその受領権限の不存在を主張することは、信義則に反して許されない。

ウ 共通錯誤

なお、本件においては、D夫のみならず、戊野ら3名にも、D夫同様上記ア(ア)ないし(ウ)の各錯誤がある。このように、意思表示の当事者のいずれにも同様の錯誤がある場合を「共通錯誤」と称するが、共通錯誤の場合には、契約を有効にして保護すべき利益が契約当事者相互にあるとはいえないから、意思表示の動機に錯誤がある以上、それが表示されない場合にも、契約は錯誤により無効と解されるべきである。したがって、この点からしても、本件各契約は、錯誤により無効である。

エ D夫の重過失の不存在

原告らが主張する本件各契約の締結に至る上記諸般の事情によれば、D夫には被告ら主張の重過失はない。また、上記共通錯誤の理論により、これが認められる場合には、民法95条ただし書は適用されないと解すべきであり、したがって、この点からしても、本件各契約を締結するに当たり、D夫に重過失はない。

(被告らの主張)

ア 被告銀行の主張

(ア) 丁沢による本件勧誘の不存在

被告銀行は、丁沢その他の行員からD夫に対し、本件変額保険への加入について本件勧誘をしたことはない。

丁沢は、当時、C代の全財産の内容を知らされていなかったから、本件変額保険に加入する必要性やその有効性を説明してこれに加入すべく勧誘する立場にはなく、現にそのような説明はしていない。C代の相続税対策は、被相続人であり、保険契約者となるC代自身が判断すべきことであって、丁沢は、ただ、D夫の求めに応じ、変額保険を利用して相続税を節税する仕組みを説明しただけである。

(イ) C代ら3名の錯誤の不存在

C代ら3名、就中、D夫には、本件変額保険契約を含め、本件各契約を締結するにつき、法律行為の要素に錯誤はない。

本件変額保険の運用実績と本件貸金の金利との関係については、仮に本件貸金の利息が年6%強であるのに対し、本件変額保険の運用実績が9%で維持されるものとD夫が受け取ったとしても、当時の社会経済情勢のもとにおいては、D夫のみならず被告両社を含めて、大多数の者がそのように将来動向を予測していたことは公知の事実であり、それが、その後、予測通りに推移して行かなかったとしても、それは、加入時にしたその経済予想が単に外れたということに止まり、これは、要素の錯誤として契約を無効にする事由には当たらない。

また、原告らは、丁沢がD夫に対し、本件浜銀シミュレーションにより本件勧誘を行った旨主張するが、丁沢が本件浜銀シミュレーションを作成してこれによりD夫に対して上記説明をしたのは、本件変額保険契約の申込みがされた後であるから、これが、D夫の意思決定に影響を及ぼしたものではない。

(ウ) 本件各契約の一体性の欠如

原告らは、本件において、変額保険契約と資金融資契約は別個独立の契約ではなく、融資一体型の一時払終身型変額保険契約という一個の契約であるかのような主張をするが、変額保険契約と資金融資契約は、もとより別個独立の契約であり、一個の契約ではあり得ない。

丁沢は、被告会社の変額保険募集人(戊野ら2名)に顧客であるD夫を紹介したわけではなく、D夫は、被告銀行の関知しないところで旧知の己原及びその上司である戊野から、日生変額保険であるエクセレント「保険のニューウェーブエクセレント」(戊5。以下「本件エクセレント」という。)並びにD夫夫婦及び原告B美ら孫3名につき個別に作成された変額保険の設計書(甲103-3・4・6~8。以下「本件各設計書」という。)等の資料により、変額保険の仕組みの説明を受け、これを理解した上で、自己責任において本件変額保険に加入することを決定したものであり、この点からしても、本件変額保険契約と本件銀行取引約定(及び本件変更登記契約)はそれぞれ別個独立した契約であり、一体として一個の契約であるはずがない。

(オ) 丁沢の動機の受領権限の不存在

仮に原告ら主張の各錯誤が丁沢に認識され得るとしても、丁沢は、被告銀行自由が丘支店の支店長付として貸付担当をするに過ぎない者であり、同人は、同支店扱いの営業案件のすべてについて、被告銀行を代理する権限を有する地位にあったわけではないから、同人の認識が被告銀行の認識ということにはならない。

イ 被告会社の主張

(ア) 戊野ら3名の共同勧誘の不存在

戊野ら2名は、D夫に対し、丁沢と共同して本件勧誘をした事実は一切ない。なお、本件浜銀シミュレーションは、本件変額保険契約の申込みがされた後にD夫に対して交付されたものであり、これが、D夫による本件変額保険加入の意思決定に影響を与えたことはないから、本件変額保険契約の効力に影響を与えたものではない。

(イ) D夫の錯誤の不存在

a 相続税対策の必要性に対する錯誤の不存在

D夫には、本件変額保険契約の締結について何らの錯誤もない。

D夫は、本件変額保険加入当時、相続税路線価が上昇し続けていたため、C代の相続開始の場合の相続税対策に強い関心を持ち、自らが負担すべき相続税額を的確に把握しており、D夫にはこの点の誤解はなかった。戊野ら2名が作成した本件日生シミュレーションは、具体的なC代の相続税額の算定を目的とした資料ではなく、あくまでも変額保険と節税の関係を説明するためのものに過ぎず、相続財産の価格(本件各土地の価格)等については仮の数値を用いて作成された仮の資料であり、本件浜銀シミュレーションも同様であって、これは、本件各シミュレーションを見れば一目瞭然である。戊野ら2名として、C代の資産・負債の全容の開示を受けない状態でその相続税額等を算定することなど不可能なことである。戊野ら2名もその旨十分説明し、D夫もこれを十分に理解していたものであって、D夫には、本件日生シミュレーションの趣旨に対する誤解はない。

仮にC代の相続税額が原告らの主張する313万余円であることを前提にしたとしても、相続税対策の必要性が生じる可能性はあった。即ち、昭和53年から本件変額保険契約が締結された平成元年までの間、本件各土地の路線価は約9.3倍と、極めて大幅に上昇しており、また、当時のバブル経済の真っ最中では地価は今後も上昇し続けるというのが当時の常識であった。したがって、C代の相続開始時期、将来の相続財産の状況、路線価の動向等によっては相続税額が多額となって相続税対策が必要となる可能性が十分にあり、D夫は、その高学歴・職歴に照らし、変額保険のリスクを正確に理解した上で、自ら相続税対策の必要性について予測判断した上で、本件変額保険契約の締結を決定したものである。

そして、また、万が一、D夫において、原告らが主張する相続税対策に対する誤信があったとしても、そのような誤信は、本件変額保険契約の要素の錯誤にはなり得ない。

b 相続税対策の有効性についての錯誤の不存在

変額保険の相続税対策としての有効性自体は予見不可能であり、変額保険の運用実績等の将来の不確定要素の如何によっては、相続税対策として有効に機能する場合も機能しない場合もあり得る。したがって、性質上予見不可能である相続税対策としての有効性自体について、錯誤が問題となりうる余地はない。相続税対策としての有効性の錯誤が問題となりうるのは、上記有効性が変額保険の運用実績等の不確定要素に左右されるにもかかわらず、そのようなリスクを認識せずに変額保険に加入した場合に限られる。

D夫は、本件変額保険の運用対象が株式等であり、運用実績によって死亡保険金や解約返戻金が変動し、将来の運用実績等の不確定要素により、変額保険の相続税対策としての有効性が左右されることを認識しつつ、本件変額保険に加入することを決定したものである。したがって、本件変額保険契約の締結に際しては、変額保険による相続税対策のリスクについての基本的な理解が意思決定の前提になっていたのであり、D夫に本件変額保険の有効性に関する誤解は一切ない。

c 変額保険の運用実績と銀行借入金利に対する錯誤の不存在

D夫は、変額保険の運用対象が株式等であり、運用実績によって保険金や解約返戻金が変動するハイリスク・ハイリターンの商品であり、変額保険の運用実績が9%を下回る場合があること、したがって、その運用実績いかんによっては解約返戻金が銀行借入金を下回る危険があることを認識していた。したがって、D夫が銀行借入金利が年6%強であるのに対し、変額保険の運用実績が9%以上であり、最低9%は保証されるなどと誤解した事実はない。仮にD夫が、銀行借入金利が6%強であるのに変額保険の運用実績が9%以上で維持されると考えていたとしても、D夫は、変額保険の運用いかんによっては運用実績が9%を下回る場合もあり得ることを認識しつつ、そのような事態は生じないと自ら判断予測し、本件変額保険契約を締結したのであるから、これはD夫の単なる見込み違いであるにすぎず、本件変額保険契約の錯誤とはなり得ない。

ウ D夫の重過失

仮に本件各契約を締結するに当たり、D夫に原告らが主張する誤解があり、それが本件各契約を締結するに当たり、C代ら3名の法律行為の要素の錯誤と認められるとしても、上記被告らが主張したD夫の誤解の不存在に関する諸事情によれば、D夫には重過失があるというべきである。

(2)  公序良俗違反

(原告らの主張)

戊野ら3名の本件勧誘は、募取法(保険募集の取締に関する法律)9条、14ないし16条、銀行法12条等に違反し、同各法で定められた法律上の義務を積極的に無視し、銀行の信用をも利用してされた悪質なものであるから、その結果締結された本件各契約は、社会的・経済的な倫理秩序に照らして到底容認できるものではない。したがって、本件各契約は、いずれもすべて民法90条の公序良俗違反として無効である。

(被告らの主張)

ア 被告銀行の主張

原告らの主張を否認し、法律上の主張を争う。

イ 被告会社の主張

本件変額保険契約の締結に当たっては、戊野ら2名は、D夫に対し、本件勧誘において適切な説明をしており、戊野ら2名に原告らが指摘する法律上の義務違反はなく、また、悪質な勧誘など一切行っておらず、本件変額保険契約が公序良俗に違反するということはない。

(3)  詐欺取消

(原告らの主張)

戊野ら3名は、融資一体型の一時払終身型変額保険は、実際には相続税対策とは何らなり得ず、却って、銀行借入金の返済ができなくなるなどハイリスクを伴う極めて危険性の高いものであるにもかかわらず、本件勧誘により、D夫に対し、これがC代の相続税対策として必要、かつ、有効であり、ハイリスクがないばかりか必ずハイリターンが見込まれる旨積極的に偽り、あるいは、そのような危険性を告知する義務があるにもかかわらず、故意にこれを怠ったものであり、これにより、D夫は、本件各契約を締結することを決意したものである。したがって、本件各契約は、戊野ら3名の詐欺による意思表示であり、D夫夫婦は、被告両社に対し、それぞれ、本訴状の到達(被告銀行に対しては平成9年5月1日、被告会社に対しては同月2日に各到達)をもって、本件各契約を詐欺による意思表示として取り消す旨の意思表示をした。

(被告らの主張)

本訴状により、原告ら主張の取消しの意思表示がされたことを認め、その余の事実を否認し、法律上の主張を争う。

(4)  説明義務違反の債務不履行の成否

(原告らの主張)

ア 被告銀行

(ア) 銀行員が、顧客が相続税対策のために一時払に当てる保険料資金の借入れをして変額保険に加入するという融資と変額保険との関係における主観的・機能的な密接な関連性を認識した上で、変額保険の勧誘、又は説明をしてその契約締結に関与した場合には、募集資格を有する生命保険募集人と同程度の説明義務を負うべきである。

(イ) 本件において、戊野ら2名とともに本件勧誘において、D夫に対し、勧誘、又は説明をした丁沢は、上記(ア)に基づく説明義務を負うにもかかわらず、D夫に対し、上記各事項について何らの説明もしなかった。

(ウ) D夫夫婦は、被告銀行に対し、前同様、本訴状の送達をもって、上記債務不履行(丁沢の故意、又は過失)を理由に、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の解除の意思表示をした。

イ 被告会社

(ア) 変額保険自体について説明すべき事項

生命保険業界が変額保険について定める自主規制においては、①保険金額の増減と基本保険金額、②資産運用方針・投資対象、③特別勘定資産の評価方法、④モデルに基づく試算例(0%、4.5%、9%の場合)、⑤解約返戻金額及び満期保険金が保証されていないことについて、保険契約の契約条項のうち重要な事項として告げない行為が禁止されており、被告会社は、上記①ないし⑤について、説明すべき義務がある。

また、特別勘定の運用実績が低迷している場合には、解約返戻金や満期保険金が保証されていないことによる損失発生の可能性が高いわけであるから、変額保険のリスクについての説明として、現実の運用実績についても具体的に説明する義務がある。

(イ) 相続税対策としてのB型の融資一体型変額保険について説明すべき事項

融資一体型の一時払終身型変額保険の加入を勧誘する場合には、変額保険に内在する固有のリスクのほか、保険料の銀行借入れと組み合わされることにより、相続税対策としてどのような場合にどれだけの効果が得られるのか、逆にどのような場合にはどれだけ損失が発生するのかを具体的に各場合の試算例を挙げつつ平易に説明すべき義務がある。

さらに、銀行借入金には利息が発生するのであるから、変額保険の特別勘定の運用実績が低迷して銀行借入金利を実質的に下回っているような場合には、相続税対策商品としての全体的なリスクの説明として、現実の運用実績についても説明すべきである。特に、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険においては、銀行借入金の返済は解約返戻金のみに依存せざるを得ない内容となっており、その解約返戻金には最低保証がなく、現実の運用実績にのみ左右されるのであるから、現実の運用実績を説明する必要性はより一層高くなるというべきである。

(ウ) 戊野ら2名の説明

ところが、戊野ら2名は、上記(ア)及び(イ)の各事項について、D夫に対し、何ら説明をしなかった。戊野ら2名は、本件各設計書こそ交付しているが、交付をしたのみで内容を十分に説明せず、むしろ、主に本件日生シミュレーションを用いて相続税対策効果の強調に終始しているのであるから、これにより説明義務が尽くされたとはいえない。さらに、戊野ら2名は、変額保険それ自体についての説明はもとより、変額保険による相続税対策の仕組みや変額保険と保険料の銀行融資との関係で生じるリスクについて、D夫が理解できるように説明すべき義務があったにもかかわらず、これを全く説明していない。以上のとおり、戊野ら2名のD夫らに対する本件勧誘は、信義則等から要求される説明義務に違反する。

(エ) D夫夫婦は、被告会社に対し、前同様、本訴状の送達をもって、上記債務不履行(戊野ら2名の故意、又は過失)を理由に、本件変額保険契約の解除の意思表示をした。

(被告らの主張)

ア 被告銀行の主張

本件変額保険契約と本件銀行取引約定とは、本来、当事者、目的などを異にする別個独立した契約である。殊に、本件のように、加入者は保険会社から直接説明を受けて変額保険加入を決め、銀行は保険料融資の可否の相談を受けたに過ぎない場合には、銀行員は、融資契約の内容について説明すれば足り、それ以上に変額保険契約やそれと組み合わされた相続税の節税効果に関しての説明義務を負うことはない。

丁沢は、甲山宅訪問時に、D夫に対し、カードローンによる保険料融資等については十分説明し、平成元年12月18日、甲山宅において、本件銀行取引約定書(乙17)及び本件変更登記契約の契約証書(乙23)の借入極度額、利息の支払方法などについて再度D夫に説明した上で、C代からこれらに署名捺印を受けたものであり、その場合に銀行員としてすべき説明義務を尽くしており、被告銀行に債務不履行責任はない。

イ 被告会社の主張

戊野ら2名は、D夫に対し、本件勧誘において、変額保険の運用対象が株式等であり、運用実績によって保険金や解約返戻金が変動するハイリスク・ハイリターンの商品であることを、本件各設計書及び本件日生シミュレーション等の様々な資料を示すなどして十分に説明しており、一般通常人に比較して極めて高い学歴、職歴、社会的地位を有し、株式投資の経験もあり、その理解力も極めて高いD夫は、これを十分に理解した。したがって、戊野ら2名は、説明義務を尽くしており、被告会社に債務不履行責任はない。

(5)  不法行為の成否

(原告らの主張)

ア 被告銀行の不法行為

(ア) 無資格勧誘(募取法9条及び銀行法12条違反)

丁沢は、戊野ら2名とともにD夫に対して積極的に本件勧誘に関与した。丁沢の本件勧誘は、単なる生保会社への顧客の紹介や払込保険料の融資といった関係を遙かに超え、変額保険の募集行為それ自体に該当するものであり、募取法9条及び銀行法12条に違反する。そして、銀行や銀行員は、私法上も、銀行法その他の法律により禁止されている業務を行ってはならない注意義務を負担すると解すべきであり、これに違反して保険募集のような他業務を行うこと、それも変額保険のようにリスクのある保険商品の募集行為を行うことは、銀行法違反の点からも違法であって不法行為の成立を免れないというべきである。したがって、丁沢のD夫に対する本件勧誘は、C代ら3名の権利を侵害する違法な行為である。

(イ) 不当勧誘(募取法等の規制違反)

丁沢が本件勧誘に使用した本件浜銀シミュレーションは、まったくの私製文書であるから募取法14条に違反する。また、将来における運用実績の予想が記載されており、募取法15条2項が禁止する「利益の配当又は剰余金の分配」の記載にも当たり、また、そこには、運用実績が9%以上の場合の効果しか説明されておらず、大蔵省通達が禁止する「将来の運用実績についての断定的判断の提供」に違反する。

また、上記勧誘行為は、説明自体が不十分・不正確という点で募取法16条1項1号の事実の不告知にも該当する。

(ウ) 説明義務違反

丁沢は、保険募集人としては無資格者であり、本来は変額保険の勧誘を禁止されるが、しかし、いったん、本件勧誘を開始した以上、その先行行為に基づき、変額保険の仕組み及び変額保険による相続税対策について、そのリスクも含めて十分に説明する法的義務を生じたものと解されるところ、同人は、D夫に対し、これらをまったく説明しておらず、同人の本件勧誘は説明義務違反の不法行為を構成する。

(エ) 小括

丁沢のD夫に対する本件勧誘は、それ自体種々の法規制に重畳的に違反する違法なものであり、上記違法行為をするについて丁沢に故意もしくは過失があったことは明らかである。そして、丁沢は、戊野ら2名との密接な提携・協力関係に基づき、共同して本件勧誘をしたのであるから、丁沢の上記行為は民法719条の共同不法行為に該当し、被告銀行は、民法715条に基づく使用者責任により、C代ら3名が違法な本件勧誘によって被った損害を賠償すべき義務を負う。

イ 被告会社の不法行為

(ア) 説明義務違反

(4)の(原告らの主張)中のイに同じ。

(イ) 不当勧誘(募取法その他の規制違反)

戊野ら2名は、D夫らに対する本件勧誘において、変額保険の運用実績が9%以上を維持する場合のみを想定した説明に終始しており、その勧誘方法は、大蔵省通達が規制する「将来の運用成績についての断定的判断の提供」の禁止に反し、説明自体が不十分・不正確であるという点で、募取法16条1項1号が禁止する事実不告知にも該当する。

また、戊野ら2名が本件勧誘に際して使用した本件日生シミュレーションには生保会社の商号等の記載がなく、全くの私製文書であるから、募取法14条に違反する。同資料の内容をみても、将来における運用実績の予想が記載されており、募取法15条2項が禁止する「利益の配当又は剰余金の分配」の記載に当たり、大蔵省通達が禁止する「将来の運用実績についての断定的判断の提供」に該当するというべきである。

(ウ) 小括

以上のとおり、戊野ら2名のD夫に対する本件勧誘は、それ自体が種々の規制に重畳的に違反する違法なものであり、上記違法行為をするについて、戊野ら2名に故意もしくは過失があったことは明らかである。そして、戊野ら2名は、丁沢との密接な提携・協力関係に基づき、本件勧誘をしているのであるから、戊野ら3名の本件勧誘は、民法719条の共同不法行為に該当し、これにより、C代ら3名、ひいて、原告両名が被った損害を賠償すべき義務がある。

(被告らの主張)

ア 被告銀行の主張

丁沢は、戊野ら2名と共同して本件勧誘をしたことはない。丁沢は、甲山宅の玄関先の立ち話のなかで、原告A子に対し、変額保険を紹介し、保険会社への相談を勧め、その後2回甲山宅において変額保険の払込保険料の融資条件等の説明をしただけであり、本件変額保険契約は、D夫が戊野ら2名による本件勧誘を受けた上で、自己責任において加入することを決定したものであり、丁沢に違法行為はなく、被告銀行に不法行為責任はない。

イ 被告会社の主張

(ア) 説明義務違反の不存在

(4)の(被告らの主張)中のイ被告会社の主張に同じ。

(イ) 不当勧誘の不存在

戊野ら2名による本件勧誘の内容及びその方法は、上記のとおりであり、同人らは、本件勧誘に当たり、D夫に対して適切な説明をしており、原告らが主張するような不当勧誘など一切していない。

(6)  不当利得

(原告らの主張)

本件各契約は、錯誤、又は公序良俗違反により無効であり、また、詐欺による意思表示として取消しの意思表示がされたから、被告らは、C代ら3名の損失により利得した本件保険料等を、原告両名に対して不当利得として返還する義務がある。

上記損失・利得は、別紙費用目録記載のとおり、主位的請求費用合計3億7699万0537円(その2分の1は1億8849万5268円)、又は予備的請求費用合計3億7758万7008円(その2分の1は1億8879万3504円。小数点以下切捨て)であり、被告らは、原告ら各自に対し、これら、各費用のそれぞれその2分の1の金額を不当利得として、次の括弧内の遅延損害金とともに連帯して返還すべき義務がある(主位的請求費用については最終の本件保険料払込日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金、予備的請求費用についてはC代の相続開始の翌日にして本件貸金残元利金の支払期限の翌日から支払済みまで本件銀行取引約定所定の遅延損害金年14%相当の遅延損害金をそれぞれ附帯)。

(被告らの主張)

原告らの主張は、事実主張を否認し、法律上の主張を争う。

(7)  損害の有無及び損害額

(原告らの主張)

ア 戊野ら3名の本件勧誘の債務不履行、又は不法行為により、C代ら3名は、それぞれ、上記(6)と同額の主位的請求費用相当額、又は予備的費用相当額の支出を余儀なくされ、各同額の損害を被った。したがって、被告らは、原告ら各自に対し、それぞれ、上記同額の各元本及び遅延損害金の支払義務がある。

イ 被告会社の主張に対する反論

被告会社は、本件変額保険契約を解約しておらず、保険事故発生時(2次相続、すなわち、原告A子及び原告B美ら孫3名の相続開始)には死亡保険金を受け取ることのできる立場にあるから、これが未解約の現段階において損害の発生はない旨主張する。

しかし、原告らの本件銀行取引約定における本件貸金の元利合計額は、平成13年7月13日の時点で、途中遅延を生じているものとして6億7271万3791円、延滞なく正常に推移したと想定して4億3755万6360円に上っている。他方、本件解約返戻金には最低保証がないため、平成14年2月25日現在の本件解約返戻金は、1億6089万0445円に過ぎない。

このため、たとえ、本件変額保険契約を解約して被告銀行に対して上記債務を返済したとしても、原告らには返済不可能な莫大な本件貸金債務が残ってしまい、本件根抵当権が設定された自宅である本件不動産も処分することを余儀なくされ、生活の本拠を失うことになる。よって、原告らが本件変額保険契約を解約できずにいることには相応の理由があるというべきである。なお、被告銀行は、平成14年10月18日、原告らの本件変額保険契約に基づく保険金支払請求権に対する仮差押えの決定を得ており、その関係からしても原告らは本件変額保険契約を解約することができない立場にある。

ところで、本件変額保険の被保険者のうち、原告B美ら孫3名について、保険事故(相続開始)が発生するのは、平均余命からすれば約40年後である。このように現実に深刻な経済的損害が発生し、かつ、それが本件貸金の利息(又は遅延損害金)の増大に伴って確実に増加し続けている現実があるのに、遙か先の将来における死亡保険金取得の可能性だけを理由として損害賠償請求を拒むとすれば、それはまさに権利救済機関としての司法の役割を放棄するに等しい。実際、本件で上記被保険者らの相続開始まで損害が確定できないというのであれば、その間、除斥期間の経過により、不法行為による損害賠償請求権自体が消滅し、損害賠償は不可能となる不都合を生じるのである。

また、本件変額保険の死亡保険金の支払は、上記のとおり、約40年後が予定されており、これは将来の給付といえる。40年後では保険会社が破綻する可能性や、予定利率の見直し等によって給付額が変更される可能性等を含め、債権の履行には不確実な要素が極めて多いから、将来の給付を原告らの損害から控除することは認められない。

(被告らの主張)

ア 被告銀行の主張

原告らの主張は、事実主張を否認し、法律上の主張を争う。

イ 被告会社の主張

原告らは本件変額保険が有効である場合にも、本件保険料相当額及び本件貸金の利息全額を損害として主張する。しかし、本件変額保険契約は未解約であるから、原告らに損害は発生していない。本件変額保険契約が有効である場合、本件変額保険契約における原告らの地位は、本件解約返戻金の支払を受け得る地位に限定されるわけではなく、原告らは、本件変額保険契約に基づき、保険事故が発生した場合には死亡保険金の支払を受け得る地位をも有している。そして、本件変額保険契約における基本保険金額の合計は10億7000万円であり、平成15年5月22日現在における本件貸金元利及び遅延損害金の合計は7億7075万1988円であり、基本保険金合計額が本件貸金元利等の合計額を大きく上回っている。したがって、万が一、被告会社に不法行為があったとしても、原告らは本件変額保険契約を解約していないため、現時点において、原告らに損害は未だ発生していないというべきである。

(8)  過失相殺

(被告会社の主張)

万が一、戊野ら2名に不法行為があったとしても、戊野ら2名は、D夫に対して、様々な資料を用いて何度も繰り返し変額保険の運用対象が株式等であり、運用実績によって死亡保険金や解約返戻金が変動するハイリスク・ハイリターンの商品であることを説明している。したがって、D夫には損害の発生について極めて重大な過失があるから、相当程度の過失相殺がされるべきである。

(原告らの主張)

過失相殺の可否及びその程度は、被害者側の事情のみならず、加害者側の事情も併せて考慮すべきであり、以下のような諸事情に照らし、本件において、過失相殺をすることは不当である。

本件において、第1に、原告側が本件変額保険加入の必要性、有効性について誤信したのは、戊野ら3名による違法不当な本件勧誘によるものであり、変額保険、とりわけB型の融資一体型の一時払終身型変額保険の商品としての複雑さ及び非周知性と相俟って、原告側が上記誤解に気づく手掛りはなかったのであるから、その誤信は軽率とはいえない。

第2に、銀行・生保会社の公共性と信頼から、平成元年当時、信用ある銀行の銀行員、信用ある生保会社の保険勧誘員が職務上説明した内容について、顧客はこれを疑うべきであるとするような常識は存在しなかった。

第3に、融資と回収の専門家である銀行の専門性から、平成元年当時、銀行の回収可能性についての判断は確実なものであるとの認識が一般であった。丁沢が本件浜銀シミュレーションのように相続税効果があがると説明した場合にD夫らがこれを信頼するのはやむを得ない。

第4に、D夫の学歴、職歴及びわずかな証券取引歴から同人に過失があったと認めることはできない。証券取引の経験もほとんどないD夫は、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険という複雑かつ高度なリスクを負う契約を締結する適格性を有していなかった。

第3争点に対する判断

1  事実経過

以下の事実は、基本的事実、<証拠省略>及び弁論の全趣旨により認めることができる事実である。

(1)  地価高騰とC代の老齢化に伴うD夫の対応

本件不動産の存する大田区田園調布一帯の土地は、昭和50年半ばころ以降、地価が高騰するのに伴い、相続税が高額となり、相続税額の納付が困難となり、自宅敷地(宅地)を分割してその一部を売却して資金を捻出し、相続税額を納付せざるを得ない者も出てきたことから、高級住宅地としての景観及び環境を守るため、宅地の一部を分割して売却することを控えるよう、町内会からの呼びかけがされるようになった。

このような情勢の中で、D夫は、昭和50年代半ば以降、本件不動産を所有(本件各土地はD夫夫婦と共有)し、既に80歳過ぎの老境に入っていたC代の相続が開始した場合、本件不動産を確保(実際には本件各土地の確保ということになるから、以下では、本件各土地として説示する。)しつつ、その相続税額の納付資金の捻出について、何らかの対策を講じておく必要を痛感し、後記(2)のとおり、被告銀行の指導を受けるなどしてそれなりの相続税対策を講じていた。

(2)  C代ら3名と被告両社との間の従前の取引等

ア 被告銀行との取引

(ア) D夫は、昭和51年6月ころ、本件各土地とは別に所有していた不動産を売却する必要に迫られ、飯野海運株式会社在職当時に知り合い、それ以来親しい付き合いを継続し、その後被告銀行に入行していた庚崎(以下「庚崎」という。)に対し、上記不動産の売却の相談をし、これに伴い、上記不動産の売却代金決済のため、被告銀行渋谷支店に自己名義の預金口座を開設した。

(イ) 昭和58年ころには、本件各土地上の当時の自宅用建物(以下「旧建物」という。)の老朽化が著しくなり、建替えを検討せざるを得なくなっていたが、D夫は、庚崎に対し、旧建物の建替費用の借入れについて相談したところ、同人から被告銀行経営相談所を紹介された。D夫は、同経営相談所から、C代を債務者として銀行から融資を受け、かつ、本件各土地を貸家建付地とすることにより相続税の課税標準額を軽減する方法を勧められ、この方法を採用することとし、被告銀行からC代名義で旧建物建替費用の借入れをするため、昭和60年7月5日、被告銀行自由が丘支店にC代名義の預金口座の開設手続をした。

(ウ) 丁沢は、昭和61年に被告銀行自由が丘支店に着任したものであるが、着任後、月に1回程度の割合で顧客回り(定期預金の書換えや預金通帳の返却等のために顧客宅等を訪問すること)として甲山宅を訪問していたところ、昭和62年春ころ、D夫から、本件各土地の地価が高騰しており、C代が高齢であることから、C代の相続が開始した場合の相続税の納付資金に不安がある旨話を聞かされた。また、同じころ、丁沢は、D夫から、旧建物の建替費用を被告銀行から借入れする積もりでいるが、その返済資金を本件各土地の一部を売却して用意しようと思っているが、どのように土地を分割したら良いかと相談された。そこで、丁沢は、D夫に対し、本郷会計事務所を紹介し、D夫から相談を受けた同事務所は、D夫に対し、複数の分割案を提示したが、いずれもD夫の採用するところとはならなかった。

(エ) C代は、被告銀行(担当者丁沢)から、昭和62年9月28日、旧建物建替費用として1億5000万円の借入れをし、さらに、昭和63年8月10日、900万円の追加借入れをし、同日受付により、本件不動産に極度額を1億6000万円とする目録1の根抵当権設定登記(順位1番)を経由した。

(オ) 本件建物は、昭和63年1月20日に完成したが、D夫は、上記のとおり、本件各土地の一部を売却する予定でいたところ、思うように買手が付かないため、売却面積を増やすこととし、売却土地との関係で本件建物の一部を取り壊すことにした。そこで、その取壊し及び修理費用として、被告銀行(担当者丁沢)から、平成元年8月30日、C代名義で3000万円の借入れをし、そのため、同日受付により、本件不動産に極度額を1億9000万円とする目録2の登記(1番根抵当権変更登記)を経由した。

イ 被告会社との取引

(ア) D夫は、川崎汽船の人事部長を務めていた当時、同社従業員の団体生命保険の関係で、被告会社側の担当者と仕事上で付き合うようになった。

D夫は、昭和58年ころ、被告会社の従業員であり、当時、川崎汽船を担当していた辛田から同社営業職員である己原を紹介された。己原は、川汽企業と同じビルの一画にある他の会社の保険業務を担当をしていたことから、昭和60年ころ以降、川汽企業を月1回程度訪問するようになり、川汽企業の役員保険などを取り扱うようになった。また、同年12月、己原の勧誘により、D夫を通じ、F郎は、自分を被保険者とする被告会社の定額生命保険に加入した。

(イ) D夫は、昭和61年1月、被告会社から、同社が得意先の社長を無料招待するD夫の郷里沖縄へのゴルフ旅行に招待された。また、己原は、同年以降、4回ほど、D夫の母校の同窓会の会場として、港区赤坂所在の被告会社施設を利用させる便宜を図ったことがあった。

(ウ) 己原は、平成元年5月中旬ころ、D夫を通じて、F郎に対し、上記F郎の定額生命保険の更新型プランである「ロングラン更新型ナイスデイモア更新型レインボープラン日生終身保険重点保障プラン」の設計書と題する書面(甲103-21-1)を届け、上記更新型プランへの加入を勧誘した。

(3)  本件各契約締結に至るまでの経緯

ア D夫夫婦が変額保険の存在を知る経緯等

(ア) 丁沢は、平成元年11月9日ころ、顧客廻りとして定期預金の書換手続のために甲山宅を訪問した際、原告A子に対し、相続税対策に良い保険がある、保険料を一括して銀行から借入れをして一時払いで生保会社に支払うことにより相続税対策ができる、これが明治生命から売り出されている旨、相続税対策のために保険(変額保険のこと)があることを伝え、これを聞いた原告A子は、自分では良く分からないので、後刻、D夫に相談してみる旨返答をした。

同日夜、原告A子が、D夫に対して丁沢の上記話を伝えたところ、D夫は、相続税対策に有効な保険があるならば、自分のよく知っている生保会社に任せた方が安心だと考えて、懇意にしていた被告会社の己原にこれを照会してみることにした。

そこで、D夫は、己原に対し、その勤務先に電話をしたところ、同人は不在であったが、帰社後、同人から折り返し甲山宅に電話が入り、今度は、D夫が不在であったため、己原は、原告A子と話をした。原告A子は、被告銀行の行員から、相続税対策に良い保険がある旨教えられて他の生保会社の保険を紹介されたが、被告会社の保険に加入したいので、その保険の説明をしてもらいたいと思っている旨を己原に伝えた。

己原は、上司である戊野に対し、D夫が、相続税対策に良い保険があると聞いて興味を持っている旨報告したところ、戊野は、相続税対策に良い保険とは変額保険のことを指しているのであろうと考えた。

(イ) D夫は、当時の甲山家の当主であり、C代は、満92歳であり、過去の出来事は良く覚えているが、最近の出来事に対する記憶には覚束ないところがあり、外出することはなく、自宅内を徘徊することもある状態であり、原告A子は、変額保険への加入の当否等の判断は、夫であるD夫の判断に従う意向であったため、後記のとおり、D夫がC代及び原告A子の意向を帯して締約交渉に当たり、戊野ら3名による本件勧誘も主としてD夫に対してされ、そして、本件勧誘を受けたD夫の認識・判断したところに基づき、本件変額保険契約を始めとする本件各契約が締約されることになった。

イ 本件勧誘

(ア) 第1回面談

戊野ら2名は、平成元年11月中旬ころ、D夫をその勤務先の川汽企業に訪ね、同社の近くの喫茶店(「トレビアン」)で話をした。D夫は、戊野ら2名に対し、改めて被告銀行から相続税対策に有利な保険があるとして他の生保会社の保険を勧められたが、同じものが被告会社にもあるか否か尋ねたので、戊野ら2名は、D夫に対し、本件パンフレットを手渡し、変額保険とは保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であること、相続税対策に用いられているのはマイステージタイプのプラン1であること及び被告会社に一時払いするための保険料を銀行から借入れをし、負債を作出することで相続税対策になる旨説明した。

D夫は、被告銀行ではその自由が丘支店の丁沢が担当者であること、銀行借入れをすることによって相続税対策をすることになれば、丁沢が窓口になるので、直接、丁沢に必要な事項について確認してもらって構わない旨返答をした。

その後、戊野は、丁沢に対し、電話により、被告会社として変額保険の加入をD夫に勧めていること、生保会社が明治生命ではなく被告会社であっても被告銀行による保険料支払のための融資は可能か否か及びC代の資産内容を尋ねた。丁沢は、戊野に対し、被告会社の変額保険であっても被告銀行から融資はできること、本件各土地の坪数及び路線価を説明した。

(イ) 第2回面談

戊野ら2名は、同月14日(火)、D夫と再び上記喫茶店において面談し、D夫に対し、D夫の家族構成、家族の生年月日及び具体的な資産内容を尋ね、これに対して、D夫が口頭でその各事項の説明をした。

その際、D夫に対し、己原は、「エクセレント絵で見る<ニッセイ変額保険>」(戊3)を示しながら、変額保険の仕組みについて説明をし、また、戊野は、納税通信平成元年9月4日号のコピー1枚(甲103-2。縦書き。以下「本件納税通信」という。)を手渡した。

本件納税通信には、「『生保節税』が急増」、「巨額掛金で相続対策に」、「解約金の評価減を利用」との大文字の見出しの下に、「土地を担保に銀行から借金し、家族全員が数千万円から数億円の生命保険に加入する相続税対策が資産家の間で盛んに行われている。この対策のポイントは、借入れた元金は相続が発生するまでいっさい返済せず、資産家の死亡によって支払われる保険金で賄うこと。また資産家を被保険者、受取人を妻、子どもとする保険に加入するほかに、妻、子供を被保険者、受取人を資産家とする保険に加入することにある。不幸にして数年後、資産家が死亡しても、妻、子供にドーンと保険金がおりる。その一方で妻や子供を被保険者、受取人を資産家とした保険は、最初に払い込んだ保険料総額が相続税の評価額になる。これは国税庁も「相続税法26条ただし書に沿った正当な取扱い」と認めているもの。また、「所得税法上の課税問題も起きない」としている。そのため、加入後数年を経過していれば相続が起きた時点で保険を解約しても、戻ってくる保険解約金は評価額を大幅に上回るが、それがそっくり節税になる。したがって、この家族保険のトータルは、巨額借入金とそれまでの利子を一挙に返済してもなお手元に数千万円の資金が浮いてくるメリットが生まれるというわけだ。こうした対策に利用されているのは一時払い養老保険と変額保険だが、生命保険協会の調べによると、これらの契約が最近特に急増している。」「資産家の間で盛んに行われている生命保険を活用した相続税対策は、土地などの担保物件があれば、自己資金がなくても巨額な生命保険に加入することによって相続発生時に数千万円単位の資金を手にすることができる点にある。」「例えば、資産家である父(A)とその妻(B)、長男(C)、長女(D)の四人家族のケース。資産家のAさんは、自宅の土地を担保に2億5千万円を借金、まず自分を被保険者、妻と長女を受取人とした2億円の変額保険に加入、1億3千万円の保険料を一時払いする。次いで家族全員を被保険者、自分を受取人とする一時払い養老保険に加入。各保険金は妻(B)1億円(一時払い保険料6千万円)、長男(C)5千万円(一時払い保険料3千万円)、長女(D)5千万円(一時払い保険料3千万円)とした。加入5年後に相続が起きた場合、家族の手元に入るカネはおおよそ次のようになる。Aさんの死亡による保険金2億7千万円。家族を被保険者とする保険の解約金は、妻(B)7600万円、長男(C)3800万円、長女(D)3800万円、合計4億2200万円。これに対し、銀行借入れによる2億5千万円とその利子を含めた返済額が金利6%として3億4200万円。差し引き、8千万円収入が多くなる計算。」と記載され、また、「問題点チェック」の小見出しの下に、「ただし、この方法に問題点がないわけではない。金融機関から長期にわたり多額な資金を借り、元金、利息とも据え置きにしておくため、金利の動向が問題になる。金利が高ければ銀行だけを儲けさせる恐れもある。そのため、一時払い養老保険と変額保険とをうまく組合せ、手取り金額をふやす工夫が必要。」と縦書きの形式で記載されている(上記記事の内容のうち、アンダーラインを付した部分には、各文字の右側にラインが手書きで引かれ、「2億5千万円」の部分は手書きで丸囲いされ、「問題点チェック」の部分は蛍光ペン様のマーカーが引かれている。)。

D夫は、戊野ら2名に対し、原告A子に対しても変額保険の説明をして欲しい旨頼み、戊野ら2名はこれを了解して、後日、甲山宅を訪問することを約した。

(ウ) 変額保険設計書の作成及びその体裁

a 戊野ら2名は、被相続人であるC代の年齢が、当時92歳と高齢であり、被告会社の審査基準等からはC代が被保険者となることが難しいことから、A型の変額保険契約ではなく、被相続人であるC代が保険契約者となり、D夫夫婦が被保険者となって、エクセレントマイステージタイプのプラン1に加入し、保険料をC代名義で被告銀行から借入れをして一時払いする案(B型)を勧めることとし、翌同月15日(水)、己原は、第2回面談でD夫から説明されたD夫夫婦の各生年月日に基づき、被保険者をD夫夫婦、基本保険金をD夫夫婦の各年齢による限度額である2億円と設定し、D夫用と原告A子用の各変額保険設計書(甲103-3・4)を作成し、これは、後記D夫夫婦に対する説明時に同人らに交付された。

変額保険の勧誘段階で作成される設計書とは、一般には保険料及び解約返戻金の運用実績等を顧客に説明するため、あらかじめ一般的に用意された3通り程度の運用実績の数値欄等を設けた用紙に記載されるものであり、その空欄に、顧客毎に仮に設定される死亡保険金、保険料等をコンピューター入力して出された当該顧客毎の解約返戻金等の金額及びその推移が記載される文書である。

b 己原がD夫夫婦用に作成した設計書は、被告会社のエクセレントマイステージタイプ専用の用紙(以下「日生変額保険設計書」という。)に記載されたものである。日生変額保険設計書には、①被保険者、②基本保険金、③付加する特約、④保険料、⑤死亡保険金及び解約返戻金の運用実績表(運用実績を年0%の場合、年4.5%の場合、年9%の3つの場合に分け、経過年数も5つの時点で示されるようになっている。各運用実績欄を更に上下2段に分け、上段には死亡保険金、下段には解約返戻金が記載される。)の各欄が設けられ、これに、各顧客ごとに、被保険者の生年月日、性別、基本保険金に基づいた具体的数値等がパソコンで入力印字されるとともに、⑥変額保険の仕組みとして、基本保険金は最低保証されるが、運用実績に応じて保険金額が変動することを説明する図、⑦運用実績表(上記⑤)の上方に太字で「運用実績及び配当実績により変動(上下)しますので、将来のお支払額を約束するものではありません。」と記載されている形式のものである。

c D夫の設計書(甲103-3。払込保険料を1億2739万8000円とするもの)は、被保険者がD夫、年齢69歳、保険料一時払及び基本保険金2億円とする前提条件に基づいて、払込保険料が1億2739万8000円と記載されている。もっとも、上記払込保険料は、己原が所属する営業部内のコンピューターでは被保険者の年齢が65歳の者までのものしか計算できないため、被告会社本部に照会した上回答のあった払込保険料が手書きで記入されているが、運用実績表欄中の経過年数欄、これに応じた死亡保険金及び解約返戻金欄がいずれも空欄のままであって、具体的経過年数並びにこれに応じた死亡保険金及び解約返戻金は記載されていない。

原告A子の設計書(甲103-4。払込保険料を9047万円とするもの)は、被保険者が原告A子、年齢62歳、保険料一時払及び基本保険金2億円とする前提条件に基づいて、払込保険料が9047万円と記載されており、運用実績表には死亡保険金及び解約返戻金の各具体的金額が3年後、5年後、10年後、80歳時の各場合に応じて記載されている。

(エ) 第1回自宅訪問(第3回面談)

戊野ら2名は、同月17日(金)、エクセレント絵で見る<ニッセイ変額保険>(戊3)及びD夫夫婦の各設計書(甲103-3・4)を持参して甲山宅を訪問した。

戊野ら2名は、地価が上昇しており、相続税の支払が大変になることから、相続税対策が必要であると述べ、D夫夫婦に対し、エクセレント絵で見る<ニッセイ変額保険>を用いて変額保険について説明をした。

その後、戊野ら2名は、D夫の設計書を示してその内容を説明しようとしたところ、D夫の設計書には、上記のとおり、運用実績表に具体的金額が記載されていなかったことから、原告A子の設計書をD夫夫婦が読み易い方向に向けて置き、その内容を説明した。己原は、ピンク色の蛍光ペンを用いて、そのうち、運用実績表欄の9%の欄を四角で囲み、上下2段にわたり記載されている9%の場合の死亡保険金及び解約返戻金欄(各4時点における金額が記載されている。)の各金額部分の各下方を一直線になぞりながら、9%の欄の解約返戻金の金額を示して説明した(現に甲103-4の当該部分にはその際の蛍光ペンのなぞった跡がある。)。

戊野は、D夫から、変額保険による相続税節税効果について、具体的に知りたいので、何か資料はないかと尋ねられたので、上記効果が分かるような資料を作成する旨返答をした。また、D夫が、戊野に対し、友人で変額保険に興味を持っている者がいるので資料が欲しいと頼み、名前は明かさなかったものの、生年月日は大正14年○月○日生まれの男性であることを教えたので、己原は、同日、帰社してから、日生変額保険設計書により、その生年月日をもとに名前を仮称「ニッセイD夫」とした設計書(甲103-5)を作成した。

己原は、同日、甲山宅を訪問した後、その足で被告銀行自由が丘支店を訪れ、丁沢に対し、D夫夫婦の各設計書(同人らに交付する前にコピーをしておいたその写しと思われる。)を渡し、各設計書に記載された保険料相当額をC代に融資することが可能か否かの照会をした。

(オ) 第2回自宅訪問(第4回面談)

戊野は、同月18日(土)、自ら手書きで作成した本件日生シミュレーション(甲103-1。横書き)と上記ニッセイD夫の設計書(甲103-5)を甲山宅に持参し、これをD夫に手渡した。

本件日生シミュレーションは、被告会社の名入りのレポート用紙1枚に手書きされた表形式のものであり、1年経過後から1年毎に15年経過後まで(ただし、11年経過後から14経過後までの欄はない。)の各経過時点における相続税の具体的金額が対策前(変額保険加入前)と対策後(変額保険加入後)の2通りに分けて上下2段に記載されている。その相続税を計算する前提条件は、財産は土地(本件各土地)だけ、上記土地の価額は10億7000円で、年々7%ずつ地価上昇、相続人は子2人、被保険者が推定相続人2名、保険契約者兼保険金受取人が被相続人(B型)、基本保険金4億円として設定されている。

本件日生シミュレーションによれば、対策前と対策後の各相続税額を比較することができ、対策後の具体的な軽減額(上記各税額の差額)が分かるようになっており、変額保険加入後から1次相続開始までの経過期間別に1年経過後では915万円、2年経過後では1885万円、3年経過後では2912万円、4年経過後では4001万円、5年経過後では5156万円と、1年経過する毎に約1000万円程度ずつ軽減額が増加して行き、15年後には、対策前と比較して2億1292万円分が軽減されることとなっているが、しかし、上記各経過期間に対応する具体的な解約返戻金は、記載されていない。

(カ) 第3回自宅訪問(第5回面談)

戊野と丁沢は、同月20日(月)、揃って甲山宅を訪問した。その際、戊野は、相続税の軽減効果を更に高めるためには、被告銀行からの借入金額を多くした方が良いので、被保険者をD夫夫婦2人だけではなく、さらに、その子供達であり、C代の孫である原告B美ら孫3名を被保険者として追加することによって払込保険料を増やした方が良い旨勧めた。また、丁沢は、増額後の払込保険料相当額を、被告銀行がC代名義で融資することは可能であり、本件不動産に既に設定されている本件根抵当権(目録1、2の各根抵当権)の極度額を増やすことになる旨説明した。

原告A子は、戊野と丁沢に対し、億単位の金を借りることになり、金利が大変になって心配だと述べると、戊野は、「日生変額保険の運用実績が良いから必ず9%では回ります」(運用実績が良いから必ず9%は維持するの意)と説明した。

D夫は、被告銀行の借入金利が6%であっても、日生変額保険の運用実績が9%以上を維持するのであれば、解約返戻金によって被告銀行に対する借入債務を返済することができることになり、本件各契約を締結すれば、C代の相続税を支払うために本件不動産を売却する必要はなくなるものと判断し、さらに、相続税対策の効果を高めるために、被保険者の数をできるだけ多くして、保険料の支払額を増額させた方が良いと判断し、被保険者としては、D夫夫婦だけでなく、子供達の原告B美ら孫3名が承諾しさえすれば、同人らも被保険者として変額保険に加入させることにし、同人らについてもそれぞれ設計書を作成してもらうために、同人らの生年月日を戊野に伝えた。

己原は、日生変額保険設計書を用いて、いずれも、経過年数を3年、5年、10年、60歳時及び80歳時として、同月20日夕方、E雄の設計書(甲103-6。保険料6745万5000円)とF郎の設計書(甲103-7。保険料5307万9300円)を作成し、翌21日(火)、原告B美の設計書(甲103-8。保険料6023万1000円)を作成し、そして、D夫夫婦及び原告B美ら孫3名以上5名を被保険者とした場合の払込保険料総額が判明したことから、同日、己原は、丁沢に対し、被告銀行からC代に対する融資希望予定額を伝えた。

ウ 本件各契約の締結

(ア) 第4回自宅訪問(第6回面談)

戊野ら2名は、同月22日(水)、原告B美ら孫3名の設計書(甲103-6~8)を持参して甲山宅を訪問し、同所において、D夫夫婦及び原告B美に対し、原告B美の設計書(甲103-8)をD夫夫婦らの読み易い方向に向けて置き、運用実績表の9%欄中の上段の死亡保険金欄及び下段の解約返戻金欄の各数値の下辺にピンクの蛍光ペンでアンダーラインを引きながら、相続税対策の効果について説明した。

(イ) 本件①、②変額保険契約の申込み

そして、同日、C代ら3名及び原告B美は、戊野ら2名から差し出された保険契約者兼保険金受取人をC代、被保険者をD夫及び原告両名とする本件変額保険契約の各申込書(戊1-1・2。被保険者も署名押印をする形式である。D夫の申込書は証拠として提出されていない。)の保険契約者欄及び被保険者欄にそれぞれ署名押印をしてこれを戊野ら2名に交付し、これにより、本件①、②変額保険契約及びD夫を被保険者とする変額保険契約の各申込みがされた。また、その際、戊野ら2名は、本件変額保険契約の「ご契約のしおり」(戊2。定款・約款付き)をD夫夫婦に交付した。

(ウ) 医師による診査

D夫夫婦は、同月24日(金)、被告会社の診察室において、血液検査等の診査(甲103-24-1・2)を受診したが、後日、判明したD夫の検査結果は、基準値を上回るものがあり、再診査が必要になり、同年12月上旬ころ、戊野ら2名はその旨をD夫に伝えた。

D夫は、戊野ら2名の上記報告を聞いた際、丁沢に対し、2次相続を含めた税金についての仕組みが良く分からない、どこの部分で節税になるのか説明してほしい、自分が被保険者とならなくとも被告銀行から融資がしてもらえるか否かと問い合わせをしたことから、丁沢は、改めて甲山宅を訪れてD夫に説明をすることとした。

(エ) 本件浜銀シミュレーション

丁沢は、D夫の上記依頼に応じ、相続税対策の効果を説明するための資料を己原に作成してくれるように依頼したところ、己原は、本件浜銀シミュレーション(の原型になるもの。甲103-9。パソコン印字した表形式の文書)を作成してこれを丁沢に渡した。本件浜銀シミュレーションは、己原が所要事項をまずパソコン印字し、その後、これを受け取った丁沢が、その記載を前提としてその余の所要事項を手書きで挿入して完成させた文書であり、その内容は、別紙「<生命保険を利用した相続税対策>」のとおりである(上記文書のうち、手書きの部分は、丁沢が記入したものである。)。

(オ) 第5回自宅訪問(第7回面談)

戊野ら3名は、同年12月13日、甲山宅を訪れ、戊野ら2名がD夫に対し、D夫が昭和63年に胃癌のために入院した病歴があったため、入院先の東京医大に対してD夫の健康状態を照会しても構わないか否かを尋ねたことろ、D夫は、これを承諾した。

また、その際、丁沢は、本件浜銀シミュレーションを持参し、本件各契約を締結した場合の相続税軽減効果についての説明をした。

(カ) 本件③、④変額保険契約の申込み

いずれも、保険契約者兼保険金受取人をC代とし、E雄を被保険者とする平成元年12月14日付けの申込書(戊1-4)及びF郎を被保険者とする同月20日付けの申込書(戊1-3)が被告会社に提出され、本件③、④変額保険契約の申込みがされた。

(キ) 融資額の決定

被告会社では、上記東京医大に対する照会回答の結果を含めて検討した結果、D夫を被保険者とする変額保険契約を締結することはできないものと判断し、同月中旬ころ、己原がその旨を丁沢に伝えた。

被告銀行は、己原から渡された原告A子及び原告B美ら孫3名の本件各設計書の払込保険料額総額が2億7123万5300円であること及び本件各土地の担保価値等の関係から、本件銀行取引約定に基づく貸付限度額を5億7000万円とし、本件根抵当権の極度額を7億6000万円とすることを決定した。

(ク) 第6回自宅訪問(第8回面談)

丁沢は、同月18日、本件銀行取引約定書(乙17)及び本件根抵当権変更契約証書(乙23。極度額を1億9000万円から7億6000万円に増額変更するもの)にC代ら3名から署名押印を受けるため、甲山宅を訪問し、D夫夫婦については、丁沢の面前でこれら文書にそれぞれ署名押印を受け、C代については、同所の別室(隣室)でD夫から同人に説明をしてもらい、それぞれ署名押印を受けた(ただし、その各作成日付は同月22日付け)。

(ケ) 本件各契約の成立及び本件貸金の融資実行

a 本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の各締結

その後、被告銀行における内部審査が通り、同月22日付けで被告銀行と主債務者C代(連帯保証人D夫夫婦)との間で、別紙銀行取引約定目録記載のとおり、本件銀行取引約定が成立し、また、同日付けで被告銀行とC代(債務者兼根抵当権設定者)及びD夫夫婦(根抵当権設定者)との間で本件変更登記契約が成立し、同日受付により、別紙登記目録記載のとおり、本件変更登記が経由された。

b 本件変額保険契約の締結及び本件貸金の融資実行

そして、C代と被告会社との間で、平成元年12月22日付けで本件①変額保険契約(被保険者原告A子)、同月29日付けで本件②変額保険契約(被保険者原告B美)、平成2年1月11日付けで本件③変額保険契約(被保険者F郎)及び同年2月9日付けで本件④変額保険契約(被保険者E雄)がそれぞれ締結され、その都度、本件銀行取引約定に基づき、被告銀行からC代に対し、別紙変額保険目録記載の各本件貸金の融資が実行され、本件保険料がC代から被告会社に払い込まれた。

D夫を被保険者とする変額保険契約は、結局、締結されなかった。

2  争点(2)(錯誤の成否)について

(1)  変額保険の適格性の存否

ア 変額保険の理論

変額保険は、いわゆる右肩上がりの経済情勢(インフレ経済)においてインフレ対策商品として登場したものであり、我が国においては、昭和61年10月、被告会社を含む生保各社により一斉に販売が開始されたが、定額保険の運用とは別に、変額保険用に設定された特別勘定によって払込保険料を株式や債券等の有価証券に投資してこれを運用し、その運用実績に応じて死亡保険金や解約返戻金が変動する生命保険である。

そして、一般に、相続税対策のために一時払終身型変額保険に加入し、その保険料を銀行借入金で支払う場合、相続税の計算上、払込保険料に充てる銀行借入金の金額を増やせば増やすほど、資産である相続財産から控除される債務が増加する結果、相続税課税標準額、ひいて、相続税額が軽減される(相続税額軽減効果)上に、変額保険の運用実績が常に銀行借入金利を上回ることが前提とされ、運用実績が銀行借入金利を上回ることにより、銀行借入金を返済した後の死亡保険金、又は解約返戻金の剰余金を相続税額の納付原資とすることができ(納税資金準備効果)、その結果として相続財産である土地を確保することができるから、この意味において相続税対策が図られると説明され、この説明からすれば、理論上、融資一体型の一時払終身型変額保険は、その限りにおいて、一応、相続税対策として有効であり得るかのようである。また、このように、相続税対策のために変額保険を用いる場合は、右肩上がりの経済情勢において、株式や債券等の市況が好況を続け、変額保険の運用実績が銀行借入金利を常に上回る場合を想定しているが、それは、その一方において、従来の定額保険が安定性重視の運用を行い、その運用実績が予定利率を下回った場合であっても生命保険契約締結時に定められた保険金の給付が保証されるのとは異なり、経済情勢及びこれを反映した変額保険の運用実績によっては高い収益が期待できる一方、株価や為替の変動による損失を保険契約者が負担する、いわゆるハイリスク・ハイリターンの生命保険であるとも説明されるのである。

イ 運用実績の下降傾向

(ア) しかし、そもそも、変額保険に関する上記理論は理論として、これが実際問題として、我が国における変額保険の販売開始当初以降、本件変額保険加入当時までの社会経済情勢のもとにおいても、これに対応し得るインフレ対策商品、相続税対策商品としてよくその機能を発揮し得るものであったといい得たか否かである。

そこで、日生変額保険について、昭和63年12月加入分までの(ア)の運用期間(昭和61年11月ないし平成元年12月。3年2か月間)における運用実績について見ると、この間は、バブル経済の真っ直中であり、地価は無論、日経平均株価も上昇を続けていたのであるが、それでも、昭和61年10月加入分が56.7%であったものが、その後、多少の高下を示しながら次第に確実に下降して昭和63年12月加入分は15.4%にまでその運用実績が落ち込んでしまっている(他の生保各社の変額保険の運用実績もおおむね大同小異である。)。この傾向は、(ア)の運用期間と時期的にほぼ符合する期間の集計として被告会社が作成した本件エクセレントニュース(甲103-36)も同様である。本件エクセレントニュースでは、昭和61年11月加入分が50.03%であったものが、昭和63年11月加入分が13.91%である。もっとも、本件エクセレントニュースには、月別で昭和63年11月加入分までの運用実績と同年10月加入分までの運用実績が並記されており、前者が後者よりも、全体として運用実績が幾分上昇しているが、しかし、全体としてみれば、加入時期が遅いものほど運用実績が下降する傾向にあることに変わりはないし、年換算の各月の運用実績は、むしろ、前者が後者よりも全体として幾分下降している。詰まり、(ア)の運用期間においては、いずれの資料からしても、加入時期が遅くなれば遅くなるものほど運用実績が下降する傾向にあったといえる。

(イ) また、(ア)の運用期間に続く(イ)の運用期間(昭和61年11月ないし平成2年3月。3年5か月間)は、平成元年3月加入分までの運用実績を示す運用期間であり、これもバブル経済の真っ直中であり、基準地の標準地価は更なる高騰を続けており(ただし、全国平均の地価公示価額では、昭和63年の191万円(m2当たり)をピークに平成元年、平成2年と下降傾向を示している。)、日経平均株価は、平成2年に入って下降傾向を示すが、それでも、平成2年1月、2月の各最高値及び各最安値は、いずれも、前年平成元年12月のそれ(史上最高)に次ぎ、また、平成2年3月は、最安値こそ前年平成元年1月の3万0183円に次ぐところまで下落しているが、最高値は、前年平成元年5月の最高値に次ぐ株価を維持している(甲103-33)。ところが、昭和61年10月加入分は、(ア)の運用期間では56.7%であったものが、(イ)の運用期間では48.7%に落ち込み、昭和63年12月加入分は、(イ)の運用期間では15.4%であったものが、(イ)の運用期間では実に9.6%にまで落ち込んでしまっている。そして、(イ)の運用期間においても、(ア)の運用実績と同様、加入時期が遅くなれば遅くなるものほど運用実績が下降する傾向にある。もっとも、(イ)の運用実績は、平成2年に入ってからの株価の最高値の下降傾向と殊に同年3月に最安値が3万円台を割ったことが大きく影響しているとも思われる。しかし、直接これを証する証拠はないが、株価が大きく下落した平成2年3月加入分を除いたとするならば、(イ)の運用期間における昭和63年12月加入分の運用実績は、上記9.6%ほどではないにせよ、上記15.5%を更に相当程度下回る数値を示したであろうことは推認するに難くない。したがって、(イ)の運用時期においても、加入時期が遅くなれば遅くなるものほど運用実績が下降していたものとみることができる。

(ウ) そして、戊野ら3名は、本件各シミュレーション(甲103-1・9)において、運用実績を9%と設定し、かつ、これらに基づいて、本件変額保険加入に至るまで、D夫らに対して同様の説明を繰り返しており、証人戊野の証言によれば、同人は、本件変額保険加入当時同人の知る日生変額保険の運用実績が13%前後であったことから、今後とも、9%程度の運用実績が維持されるものと考えて運用実績を9%とするシミュレーションをした旨証言をしている。この戊野の証言にある13%前後の運用実績の数値というは、本件エクセレントニュースにある上記13.91%におおむね符合するが、上記は、本件変額保険加入時から1年前の運用実績であり、また、エクセレントニュースにしろ、日経マネーにしろ、そこに記載される運用実績は、払込保険料全額を基礎にこれを運用した場合の数値なのであり、実際にはこれから更に手数料その他の経費を控除した残額が変額保険の特別勘定として運用されるのであるから(日経マネーの公表数値については、日経マネー自体にその旨注記がされている。)、実際の運用実績は更に下回ることになる。そして、上記(ア)(イ)に説示したところによれば、販売開始から本件変額保険加入1年前の昭和63年12月までの間の日生変額保険の客観的な運用実績は、全体として、長期下降傾向、即ち、加入時期が遅くなれば遅くなるものほど運用実績が下降し、また、その運用期間が長くなれば長くなるものほど、それに連れて運用実績が下降する傾向にあったということができ、そうすると、同時期から1年経過後の本件変額保険加入当時までには、運用実績は、更に下降し、(証人戊野の証言はこれに沿うものである。同証言によれば、昭和63年12月加入分は1年で運用実績が6%程度も下降したことになる。)そして、この下降傾向は、その後においても、その下降の度合いやその情況が何時まで続くものであるか否かは格別、仮に、株価の下落、そして、バブル崩壊という事態が出来しなかったとしても、当分、この下降傾向に変化がなく推移したであろうことを推認するに難くない。したがって、本件変額保険加入当時、日生変額保険の運用実績は、更なる下降傾向を示すであろうと予測することはできても、その当時の運用実績が9%程度であったことも、それ以後、長期にわたり9%程度で推移すると予測できるような客観的な情況にもなかったとせざるを得ない。

(エ) もっとも、日生変額保険の運用実績は、(ア)及び(イ)の各運用期間中においても、その間に多少の高下を示しているし、また、平成4年6月加入分以降のものは、(ソ)の運用期間(昭和61年11月ないし平成5年6月)以降においてプラスを示し始めてそれが高下しながらも持続されているから、常に下降の一途をたどるものではないことは無論である(それにしても、本件変額保険加入当時の加入分の運用実績は、(ソ)の運用期間においても、マイナス2桁の運用実績がますます増大している。)。また、(ウ)の運用期間(昭和61年10月ないし平成元年6月加入分についての昭和61年11月ないし平成2年6月の運用実績)や(カ)の運用期間(昭和61年10月ないし平成2年3月加入分についての昭和61年11月ないし平成3年3月の運用実績)などは、それぞれ、その直前の運用期間である(イ)の運用実績、(オ)の運用実績と比較すると運用実績が上昇しているが(その要因は証拠上判然としない。)、しかし、これなどは、その後、(チ)の運用期間に至るまでの全体的な運用実績の下降傾向の中における一時的な幾分の上昇傾向に過ぎず((ウ)の運用実績が上昇傾向を示したといっても、その前の(ア)の運用実績に及ばないし、(カ)の運用実績も(ウ)の運用実績に遠く及ばない。)、むしろ特異な傾向と認められるべきである。

(オ) したがって、変額保険は、インフレ対策商品であり、ハイリスク・ハイリターン商品とされるが、本件変額保険加入当時、それはインフレ経済、就中、バブル経済の真っ直中にあったにもかかわらず、その当時においすら、日生変額保険(他の生保各社の設営する変額保険も同様である。)は、客観的には、既にその運用実績が長期下降傾向にあったのであるから、これが、右肩上がりの経済情勢において、インフレ対策商品として機能し得るものとはいい難いものであったし、したがって、また、ハイリスク・ハイリターン商品とはいうが、運用実績の長期下降傾向からすれば、銀行借入金利との相関関係において、ハイリターンを期待することができない一方、ハイリスクの危険が高い商品であったといわざるを得なかったものである。

そうすると、変額保険は、本件変額保険加入当時の情勢において、これを相続税対策商品として用いることとした場合、殊にB型の融資一体型の一時払終身型変額保険に加入することが相続税対策として有効に機能する社会経済情勢であったとは認め難く、相続税対策のために、折角変額保険に加入したにもかかわらず、銀行借入金利との相関関係において、本来目的とした相続税額の軽減、相続財産である土地の確保は疎か、逆に肝心要の土地を失った上に多額の銀行借入債務だけを負担し続けざるを得ないという一方的にハイリスクを生じる危険を大いに孕むものであったといわざるを得ない。

ウ 1次相続の開始と変額保険契約の解約

(ア) また、本件のようなB型の融資一体型の一時払終身型変額保険の場合、被保険者は推定相続人(本件の場合は原告A子及び原告B美ら孫3名)であるため、被相続人に発生する1次相続の開始(本件の場合はC代の相続開始)は、保険事故の発生事由とはならず、しかも、この場合、以後における相続税の納付原資は、死亡保険金ではなく、保険契約者の相続人(本件の場合はC代を相続したD夫、更に同人を相続した原告両名)が変額保険契約を解約して得る解約返戻金が予定されている。しかし、解約返戻金には最低保証額の定めなどない上に、その金額は、死亡保険金と比較すれば遙かに低額に止まり、一般的には払込保険料にも満たない金額であり、解約をすれば損を生じることは、現に被告会社が一般的に顧客に配布する資料であるご契約のしおり(戊2)の25項にも説明(「解約はいつでもできます―でも、ちょっとお待ちください」「ご解約は損です―解約されても保険料全額はもどりません」)されているから、この記述とは反対になるのであるが、それこそ、変額保険加入後、1次相続の開始を経て変額保険の解約までの間、変額保険の運用実績が銀行借入金利を遙かに凌ぐ勢いで上回り続けることがない限り、解約返戻金が銀行借入金(元利)を上回ることが期待できないことになる。そうすると、変額保険は、銀行借入れによる負債を増やすことにより、相続税額を軽減する効果だけは生じることになろうが、変額保険特有の効果は殆ど期待することができず、却って、巨額な銀行借入債務を抱えざるを得ない。そして、相続税額だけは1次相続開始後即時に納付しなければならず、殊に土地を所有する被相続人の相続税額の納付原資がないからこそ、1次相続開始後も確保しようとする当該土地を担保として銀行融資を受けて変額保険に加入したにもかかわらず、巨額な銀行借入金の返済のためには、解約返戻金だけでは足りず、結局、肝心要の当該土地を他に処分してこれを手放してその原資を捻出するほかないことになり(相続税額相当額を更なる借入れ等で当座凌いでも、その補填をせざるを得ないはずである。)、変額保険に加入した意味がなくなるのみならず、その場合において、処分する土地の地価の動向いかんによっては、更なる多額の銀行借入金が残存することになりかねない。

(イ) そして、1次相続開始時点で変額保険の運用実績が悪い場合(運用実績が銀行借入金利を下回る場合)にはその後運用実績が上昇好転するまで変額保険の解約を見合わせていれば良いという理論は理論として承認するとしても、しかし、そうすると、変額保険契約の存続期間が極めて長期に及ぶことになり、その間、変額保険の運用実績、銀行借入金利の変動、相続財産の価値の増減、税制度の変遷等といった極めて様々な不確定要素が複雑に絡み合い、将来予測が極めて困難といわざるを得ないから、相続税対策として変額保険に加入したとしても、果たして、変額保険の効果として説明されることがその説明通りに効果を発揮するものか否かがまったく不確かなものといわざるを得ない。

エ 本件当然解約条項と本件変額保険の解約

さらに、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険において、1次相続開始後、変額保険の運用実績が悪ければ、それが上昇好転するまで解約を見合わせれば良いという点を、本件銀行取引約定との関係で検討する。

被告らは、戊野ら3名は、本件勧誘において変額保険の仕組み等を十分に説明した旨主張し(ただし、被告らは丁沢による本件勧誘を否定する。)、証人戊野及び同己原もこの主張に沿う証言をしており、上記第3の1の事実経過に説示した戊野ら3名により主としてD夫に対して繰り返してされた本件勧誘においては、当然、上記第2の2基本的事実に説示したB型の融資一体型の一時払終身型変額保険の仕組みはこれを一応説明したものであり、したがって、上記1次相続の開始後の本件変額保険の運用実績と本件貸金債務の対比における解約の点についても、これを説明したものと認めざるを得ない。

ところが、本件銀行取引約定には、本件当然解約条項があるから、1次相続、即ち、C代の相続が開始されるのと同時に同約定が当然解約となって本件貸金の残元利金の履行期が到来し、その場合、D夫(又は同人の相続人)としては、年14%の約定遅延損害金を付して年複利計算による金利を付して本件貸金を直ちに返済をせざるを得ないし、被告銀行による本件根抵当権の実行を直ちに受けざるを得ない立場に立たされることになる(被告銀行が、本件訴え提起後、当庁に対し、原告らを債務者として、本件貸金の元利金債権及びこれに対するC代が死亡した日の翌日である平成7年12月12日からの年14%の割合による遅延損害金を被保全権利、同人らの被告会社に対する本件変額保険の保険金請求権及び本件解約返戻金を仮差押債権とする平成14年10月18日付けの仮差押命令(横浜地方裁判所平成14年(ヨ)699号)を得たことは、当裁判所に顕著な事実である。)。そうすると、本件の場合、1次相続、即ち、C代の相続開始後、変額保険の運用実績が上昇好転するまで解約をせずに待てば良いなどということは、実際問題として何ら意味をなさない。本件変額保険は、C代の相続に関して、殊に本件各土地を確保するためのしかるべき相続税額の納付原資がなく、本件各土地を確保するためにわざわざ加入したものであるから、C代の相続開始に伴って本件当然解約条項により本件銀行取引約定が解約されるとなると、片や相続税額の納付をする外に、巨額な本件貸金債務(元金、利息及び約定遅延損害金)の返済を迫られるが、これを返済しようにも、返済原資など他になく、結局、肝心要の本件各土地を確保することができず、これを他に処分して手放し、返済原資を捻出せざるを得ないことになる。そして、変額保険契約締結間もない時期に上記契約を解約した場合、解約返戻金が死亡保険金と比較すれば遙かに低額となり、変額保険を解約することは保険契約者にとって一般的に損を生じることは被告会社発行のご契約のしおり(戊2)に記載のとおりであり、C代が本件変額保険契約当時、92歳であり、上記契約締結から数年以内に1次相続が開始されることが容易に予想され、解約返戻金が低額であったと予想されていたこと、本件変額保険加入当時の日生変額保険の運用実績の下降傾向にも照らせば、C代を相続したD夫としては、更なる損失の増大を回避するために、一刻も早くこれを解約するほかはないことになるから、C代の相続開始後、本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利を上回るまでその解約を待つなどという選択肢は、その当初から実質的には何ら保障されていないに等しいということにならざるを得ない。

ところが、D夫にB型である本件変額保険への加入の勧誘をしたのは、戊野ら3名であるが(被告銀行は、丁沢による本件勧誘を否定するが、当初、原告A子に変額保険を勧めたのは丁沢であり、上記認定の丁沢の各行為を全体としてみてば、同人の行為は、本件変額保険への加入を誘導する行為としてこれを実質的には勧誘と解するに何ら妨げはない。)、同人らは、本件銀行取引約定に本件当然解約条項があることを全く考慮することなく、上記ウのB型の融資一体型の一時払終身型変額保険の一般原則に基づき、D夫に対して本件勧誘をしたとしかいいようがない(むしろ、戊野ら3名は、本件当然解約条項の存在をまったく看過し、1次相続が開始しても、なお、本件銀行取引約定が当然存続することを前提として本件勧誘をしたとしかいいようがなく、証人戊野の証言には、この点が明確にされている。)。もし、戊野ら3名自身、本件当然解約条項の存在を念頭に置いていたならば、D夫に対し、これを説明してしかるべきであるが、これをした形跡は全くないし、第一、本件当然解約条項の存在及びその意味を正しく理解していたならば、これは、説明通りのB型の融資一体型の終身型変額保険の機能を殆ど何ら発揮しないことになるのであるから、本件変額保険の解約を運用実績が上昇好転するまで待てば良いなどと説明して本件勧誘をするはずもないと考えられる。

要するに、本件変額保険は、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険であり、それは、本来、1次相続、即ち、C代の相続開始後、本件変額保険を解約して本件解約返戻金を取得し、これにより、銀行借入金である本件貸金を返済し、更には相続税額を納付することが予定され、C代の相続開始の時点において本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利を下回っているならば、本件変額保険の解約を見合わせれば良いはずであり、生保各社が一般的にそのように説明し、本件勧誘においても同様であったにもかかわらず、本件当然解約条項があるため、本件においては、B型の融資一体型の終身型変額保険一般における1次相続開始後の予定された法律関係の展開が、事実として全く期待することができないことになるし、そのことは、本件変額保険は、B型の変額保険であるのに、さながら、1次相続の開始をもって変額保険契約が終了し、払込保険料よりも少ない死亡保険金を受領するが如き状態になる。

そして、戊野ら3名においても、上記の点を正しく理解し、これに基づき本件勧誘をしていない以上、まして、本件勧誘の相手方であるD夫において、この点を正しく理解していたものとは到底考えることはできない。

(2)  本件各契約の錯誤

ア 本件変額保険契約を含む本件各契約の締結当事者は、契約毎にそれぞれC代であり、D夫夫婦であるが、実際には、C代及び原告A子は、D夫の認識・判断するところに委ね、D夫の意思に従って本件各契約を締結したものと認められ、被告らも、この点を強いて争うものではないから、C代ら3名の本件各契約における錯誤の有無は、これを主としてD夫についてみるのが相当である。以下、主としてD夫の認識・判断をもとに、本件における錯誤の成否を検討する(この点は、他の詐欺等の主張に対して判断する場合も同様である。)。

イ ところで、上記(1)イないしエに説示したところによれば、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険である本件変額保険は、実際問題としては、戊野ら3名が本件勧誘において説明し、被告らが主張する相続税対策としての効果を殆ど期待することができず、その本来の目的である本件各土地の確保さえ危うく、更には本件貸金の残債務を負担し続けざるを得ないハイリスクを本件変額保険の保険契約者(ひいて、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の連帯保証人、根抵当権設定者であるD夫夫婦)が専ら負担せざるを得ない危険性が極めて高いものであって、相続税対策商品としては、その適格性に疑問があるものといわざるを得ない。そうだとすれば、本件変額保険の加入当時の日生変額保険の運用実績の推移及び本件変額保険に存する上記各問題点を正しく理解していたとしたならば、一般通常人であれば、特段の事情がない限り、本件変額保険に加入することを含めて多数存在するはずの相続税対策の中からあえて本件変額保険に加入する方法を選択するものと認めることは到底困難である。そこで、まず、本件変額保険契約の締結に当たり、C代ら3名側(C代ら3名及び原告B美ら孫3名)にあえてこれを選択すべき特段の事情があったと認められるか否かが検討されるべきである。

ウ しかしながら、C代ら3名が本件変額保険契約を含む本件各契約を締結するに至るその端緒は、被告銀行自由が丘支店の丁沢が原告A子に対して相続税対策として変額保険への加入をそれなりに勧誘したことにある。丁沢からこれを知らされた原告A子からこれを伝え聞いたD夫は、かねてから、近い将来発生するであろうC代の相続開始に伴い、極めて多額の相続税が課せられることを憂慮し、可能な限り確実に相続税の負担を軽減して本件各土地を確保しようと考えていたことから、知り合いの被告会社の保険勧誘員である己原に相談し、さらに、己原がその上司である戊野に報告し、そして、戊野ら3名は、その関与の度合いはそれぞれ異なるが、主としてD夫に対し、共同して本件変額保険に加入すべく本件勧誘をしたものである。そして、D夫は、専ら、上記のような相続税対策のために、戊野ら3名による本件勧誘に乗り、C代の相続税対策として、少なくともこれが有効なもの、即ち、相続税額の軽減を図り、本件解約返戻金によって本件貸金債務を返済し、なお、その剰余金をもって相続税額を納付(場合によりとりあえず用意して納付した同相当額の補填)することにより本件各土地の確保が可能となるものと認識・判断して本件変額保険契約を締結したものであり、D夫において、投機その他上記相続税対策以外の目的で本件変額保険に加入したものでないことは明らかであるから、C代ら3名側に上記特段の事情の存在を認めることはできない。

エ そして、本件勧誘に際し、戊野ら3名の誰からも、D夫に対し、刊行されている日経マネー(甲103-28-1)や被告会社の社内報である本件エクセレントニュース(甲103-36。被告会社にとって部外秘文書)などに基づき、日生変額保険の昭和61年10月の販売開始以降判明している昭和63年12月まででもその運用実績の具体的数値の推移及びこれが長期下降傾向にあることを説明した証拠はまったくないし、C代の相続が開始されると、本件当然解約条項により、即時、本件銀行取引約定が当然に解約となって、本件変額保険契約を存続させておく意味が喪失し、その場合には本件変額保険の運用実績として戊野ら3名が説明した9%よりも遙かに高率の年14%の遅延損害金を付して本件貸金の残元利を即時返済せざるを得ず、そのため、実際問題として、本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利を下回っていればこれが上昇好転するまでその解約を見合わせるなどという選択枝はなく、他に返済原資がないことから、結局、本件各土地を他に処分して手放し、又は場合により本件根抵当権が実行され、更には多額な本件貸金の残元利さえ負担し続けざるを得ないこともあり得ること、即ち、リスクについても何ら具体的な説明をしていないから、D夫において、本件変額保険加入当時、戊野ら3名が繰り返し説明するように本件変額保険の運用実績がおおむね9%程度で推移し、C代の相続開始後においても、本件変額保険契約と本件銀行取引約定がなおも併存し、それ以後、仮に本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利と比較してこれを下回る場合にはこれが上回るまで解約を見合わせればよく、これにより、C代の相続に関してそれなりに相続税対策が図られ、本件各土地が確保できるものと認識・判断して本件変額保険契約を含む本件各契約を締結することを決定したものと認められる。そうすると、C代ら3名は、D夫の認識・判断に従い、当時の社会経済情勢と日生変額保険の運用実績の具体的な数値の推移、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険一般に存する上記相続税対策商品としての適格性に関する疑問点及びこれと同型の変額保険である本件変額保険に存する個別的な問題点に存するそれぞれ基本的理解を欠いたまま、本件変額保険契約を含む本件各契約を締結したものと認めざるを得ない。

したがって、D夫、ひいて、C代ら3名には、本件変額保険契約を含む本件各契約を締結するにつき、その性状(本件変額保険がB型の融資一体型の終身型変額保険としてのその本来の機能である上記相続税対策効果を発揮するものとして有効性を具備していること)について、錯誤があることは明らかである。

オ これを、さらに、本件各契約毎に検討してみる。

(ア) まず、上記のところからすれば、本件変額保険契約について、保険契約者であるC代には、本件変額保険がC代の相続税対策として有効であることについて、即ち、本件変額保険自体の性状に関する錯誤があり、これが法律行為の要素の錯誤に当たることは明らかである。

(イ) 次に、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約についてである。

a 本件変額保険契約と本件銀行取引約定及び本件変更登記契約とは、社会経済的には相即不離の関係にあるというべきであるが、法律的には、それぞれ、別個独立の契約であるから、本件変額保険契約に錯誤があるからといって、そのことから、直ちに本件銀行取引約定及び本件変更登記契約に錯誤があるとすることができないことはいうまでもない(本件変額保険契約と本件銀行取引約定とを一個の契約とする原告らの主張は採用することはできない。)

しかし、そもそも、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険は、その払込保険料が極めて高額であるから、銀行融資を受けなければ、これに加入することは事実上不可能であるし、変額保険に加入する意味もない(相続税対策にならない。)ものであり、これを前提として、その一時払保険料を融資する銀行ないしその融資担当者は、いずれも、B型の融資一体型の終身型変額保険の仕組みとこの場合の銀行融資の意味を知悉していることは明らかであり、本件の丁沢の場合も同様というべきである。現に、証拠(甲21~28、証人丁沢)及び弁論の全趣旨によれば、被告銀行としても、生保会社との連携において、生保会社から講師を招聘するなどして、相続税対策としてのB型の融資一体型の終身型変額保険の仕組み等の説明を受けてこれを勉強し、また、どのような階層にある者をその場合の一時払保険料の融資対象の顧客として勧誘するのか等について詳細に研究し、その成果として多くの変額保険加入の成功例を得てきたものと自賛していたこと(被告銀行内ではその好事例の支店の一つとして自由が丘支店があげられていた。)が認められる。

b そして、そもそも、変額保険は、インフレ対策商品とされているが、インフレ経済の真っ直中の昭和61年10月に、他の生保各社と同時に一般に販売が開始された日生変額保険は、販売開始から本件変額保険加入当時まで(そしてそれ以降も)、その運用実績が下降の一途をたどっていたのであるから、本件変額保険加入当時の我が国の経済情勢のもとにおいて、インフレ対策商品としてその適格性に疑問があるものであり、また、相続税対策としてのB型の融資一体型の終身型変額保険は、その仕組み自体において、一般に説明されるような相続税対策効果を殆ど期待することができないという以上に、結局、相続財産である土地の確保もきずに、銀行借入金を負担し続けることが危ぶまれるハイリスクを伴うものであるから、その相続税対策商品としての有効性にも疑問があるところ、D夫、したがって、C代は、上記のとおり、その点について錯誤があるものであるところ、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約は、本件変額保険が相続税対策商品として適格性・有効性を具備することを前提として、その一時払保険料の融資目的ないしその担保目的で締結されたものであるから、D夫、したがって、C代ら3名において、本件変額保険に存する性状についての欠陥を正しく理解していたのであれば、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約を締結することはなかったものとして、その動機に錯誤があり、そして、この動機は、上記の次第で表示されているから、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約もまた、法律行為に錯誤があるものとして、無効と認めるのが相当である。

c また、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険では、1次相続の開始後も、変額保険契約とともに銀行融資契約も存続することが当然その前提とならざるを得ない。しかし、銀行融資契約である本件銀行取引約定には本件当然解約条項が存在し、その場合には年14%の遅延損害金を付加し、即時、本件貸金債務を返済せざるを得ないから、B型の融資一体型の終身型変額保険では、本来、1次相続が開始された後においても、変額保険契約とともに銀行融資契約も存続し、1次相続の開始時に変額保険の運用実績が銀行借入金利を下回っていて、解約返戻金では銀行借入金の支払も相続税額の納付もできないのであれば、解約返戻金の運用実績が上昇好転するまで待ってから変額保険契約を解約すれば良いとする本来的仕組みがまったく機能しないことになる。ところが、戊野ら3名は、本件勧誘において、一般的なB型の融資一体型の終身型変額保険の仕組みに従い、1次相続、即ち、C代の相続開始時に本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利を下回っていて、本件解約返戻金では本件貸金の返済及び相続税額の納付ができないのであれば、これが上昇好転して本件貸金の金利を上回るまで待てばよい旨説明したものであり、D夫、ひいて、C代ら3名としてもこれをその説明通りに受け止めてその旨了解し、そして、本件勧誘に基づいてその説明通りに本件銀行取引約定、そして、本件変更登記契約が締結され、これに基づき、本件保険料の原資として本件貸金の融資実行がされたのである。

そうすると、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約は、D夫、ひいて、C代ら3名において、C代の相続開始により本件銀行取引約定が本件当然解約条項により当然解約されるにもかかわず、これがその後も存続するものと誤解したというべきであるから、その弁済期についての錯誤があり、これは、本件銀行取引約定及び本件変更登記契約の目的に照らし、その性状に関する錯誤として、法律行為の要素の錯誤と認めるのが相当である。

カ 被告らは、種々主張して、本件各契約の錯誤無効を争う。

(ア) まず、被告らは、本件浜銀シミュレーションは、本件変額保険の加入申込後に作成され、D夫に交付されたものであり、D夫、ひいて、C代ら3名がこれに基づいて本件各契約締結の意思表示をしたものでないから、錯誤の生じる余地はない旨主張する。

しかし、本件浜銀シミュレーションは、D夫が丁沢に対して2次相続を含めた相続税額の説明を求めたことに基づいて作成されたものであり、上記認定の事実経過からすれば、それが作成交付された時期は、本件①②変額保険の加入申込後本件③④変額保険加入申込前ころ(この時点でかかる説明を求めたということ自体、D夫とし変額保険の仕組みやその効果等に対する理解が十分でないと自らも思っていた証左でもある。)であり、その後、これに基づき、丁沢からD夫に対して相続税額に関する説明がされているから(ただし、上記認定の事実からすれば、この説明によっても本件変額保険の仕組みやその相続税対策としての効果を正しく理解したとは認め難く、D夫として、精々、これらのことが分かった積もりになったという程度のことになろう。)この時期は、実質的にみれば、本件①②変額保険契約の申込手続が進行している段階とみるべきであるから(もし、本件浜銀シミュレーションによる丁沢の説明の過程において、D夫が本件変額保険に存する上記種々の問題点に気付けば、本件①②契約の申込みを撤回し、本件貸金の融資を受けることも拒絶したはずである。)、本件浜銀シミュレーションがD夫に交付された時期が本件①②変額保険契約の申込後であることは、本件各契約に錯誤があるとの上記判断の妨げとはなし難く、この点の被告らの主張は、採用することができない。

(イ) 被告銀行は、本件におけるD夫、ひいて、C代ら3名の錯誤は、動機の錯誤に過ぎず、丁沢には被告銀行を代表してD夫の動機に関する意思表示を受領する権限はないから、本件各契約を錯誤無効とすることができないなどと主張する。

しかし、本件変額保険は、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険であり、基本的には保険契約者の生保会社に対する払込保険料を、銀行が土地を担保に融資するというものであるから、このような変額保険についての取引形態は、本件変額保険加入当時、被告両社間のみならず、一般に大手保険会社と大手銀行相互間で日常的に行われていた取引形態であったことは明らかであり、本件各契約もこの範囲内において行われた通常の取引なのであるから、これが、法主体としての被告銀行の意思に反するとか、丁沢がその権限を有しないままに締結したものと解することは到底できない。したがって、この点の被告らの主張は失当であって、採用することができない。

(ウ) また、被告らは、本件変額保険加入後、その運用実績が低下したことは、C代ら3名のこの点に関する見込み違いであって、錯誤を論じる余地はない旨主張する。

しかし、日生変額保険の運用実績の長期下降傾向は、客観的には、本件変額保険加入後に生じたものではなく、それ以前の昭和61年10月の日生変額保険の販売開始時点から生じていた傾向であり、それが、戊野ら3名からD夫には知らされていなかっただけなのであり、ただ、本件変額保険加入後に生じた株価の下落、そして、バブル崩壊により、運用実績の下降傾向の度合いに一層拍車が掛かったに過ぎないものというべきであり、これを、単なる見込み違いに過ぎないとすることはできないから、被告らのこの点の主張は、採用することができない。

(3)  D夫の重過失と錯誤

被告らは、C代ら3名が本件各契約を締結するに当たり、D夫に重過失がある旨主張する。

しかしながら、上記のとおり、C代ら3名が本件変額保険契約を始めとする本件各契約を締結するに至ったのは、戊野ら3名による本件勧誘があったことによるものであり、その際、C代ら3名は、戊野ら3名から、日経マネー等の資料に基づき、昭和61年10月の日生変額保険の販売開始から本件変額保険加入当時までの運用実績の具体的数値の推移については何ら説明を受けておらず、また、本件銀行取引約定に本件当然解約条項があるにもかかわらず、C代の相続開始後もなお本件銀行取引約定が存続することを当然の前提とし、かつ、本件変額保険の運用実績が当時でさえ戊野ら3名が説明した9%で推移しているか否か不確かであり、しかも、これは、当時、既に生じていた日生変額保険の運用実績の長期下降傾向からして、以後、客観的には、同率ないしそれ以上に上昇好転することが期待できず、ますます下降傾向をたどるとしか予測しようがない情況にもかかわらず、この9%を前提として作成された本件各シミュレーションに基づいて繰り返し同様の説明を受けている(殊に、戊野ら2名からは、「被告会社は運用がいいから必ず9%は回る」などど断定的判断の提供を受けている。)一方、リスクについては、ご契約のしおり(戊2)や本件各設計書(甲103-3~8。ニッセイD夫設計書を含む。)等にもそれなりの記載があり、また、戊野ら3名からもそれなりの説明はされているが、しかし、本件各設計書には、「運用実績および配当実績により変動(上下)しますので、将来のお支払額を約束するものではありません。」と記載されている程度(ご契約のしおりの記載も具体的な記載ではない。)であり、また、戊野ら3名の説明も運用実績が下降することもあって、損をする場合もあり得る程度の説明であって、いずれも、極めてお座なりで通り一遍の一般的抽象的説明に止まるものであり、何ら具体的な数値を示すなどした上での具体的な説明を受けてはいないのであるから、我が国有数の生保会社であり、銀行である被告両社の従業員である戊野ら3名から、上記のとおり、繰り返し本件勧誘を受けて、これを了解して本件各契約を締結することを決意したD夫、ひいて、C代ら3名に重過失があるものと認めることは到底できない。D夫が我が国の一流大学を卒業し、一流企業に長年勤続してその役員にまで歴任し、その間に多少の株式を保有していた経験があるという事情は、D夫の重過失を否定する上記判断の妨げとは何らなり難い(そもそも、本件変額保険は、被告会社が設定したものであり、そこには、上記のような種々の問題点が存在し、相続税対策商品としの適格性・有効性を疑問視すべきものであり、これを、被告両社の戊野ら3名が本件勧誘によりD夫に対してその加入を勧誘しておきながら、本件訴訟において、その被告らがD夫の重過失を主張すること自体、信義に悖るというものであろう。)。

なお、上記のとおり、戊野ら3名は、本件銀行取引約定に本件当然解約条項のあることを何ら説明しておらず、これは、同人らにおいて、故意にその存在を秘匿したと認める証拠はないから、全くその存在を看過していたとしかいいようがないが、そうすると、錯誤は、D夫、ひいて、C代ら3名のみならず、戊野ら3名にも存することになり、そうだとすれば、これは、いわゆる共通錯誤に当たるものと解されるから、仮に、表意者、すなわち、D夫、ひいて、C代ら3名の重過失がある場合であっても、錯誤無効の判断に消長を及ぼさないと解するのが相当である。

(4)  本件各契約の錯誤無効による効果

ア 被告銀行に対する関係

原告両名と被告銀行との間において、本件銀行取引約定は無効であるから、原告両名には、被告銀行に対する同約定に基づく本件貸金債務は不存在であり、また、これを被担保債務として本件不動産を目的としてされた本件変更登記契約も無効であるから、被告銀行は、原告両名に対し、本件変更登記の抹消登記手続義務がある。

イ 被告会社に対する関係

原告両名と被告会社との間において、本件変額保険契約は無効であるから、同契約に基づき、C代が被告会社に対して支払った本件保険料は、その支払につき法律上の原因を欠くものであり、被告会社は、原告両名各自に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件保険料相当の総額2億7123万5300円の各2分の1に当たる1億3561万7650円及び被告会社が請求を受けた日である本訴状送達の日の翌日である平成9年5月3日から各支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払義務がある。

なお、原告らは、別紙費用目録記載2ないし5についても、被告会社の不当利得をいうが、これらを、被告会社が利得したものと認めることはできないし、また、被告銀行が同費用目録記載1ないし5の各費用を利得したものとすることもできないから、これらの部分の各不当利得返還請求は、いずれも、理由がない。

3  争点(4)(不法行為の成否)について

(1)  変額保険は、生命保険の一種であるが、景気変動によるリスクを専ら保険契約者が負担する投機的性格を有するいわば金融商品としての色彩があるものであり、殊にB型の融資一体型の一時払終身型変額保険ではその性格が一層強いものであるが、そもそも、その相続税対策商品としての適格性・有効性に疑問があるものである。しかも、変額保険は、株式、有価証券等の金融商品の取引のように、国内外において長年月にわたって膨大な取引が行われ続け、その結果、現実の取引の成果として膨大な資料が十分に集積されていて、その取引に入る一般通常人が、その仕組みやその取引による利益及び損失の生じる要因等に関する一般的知識をそれなりに有し、又はこれを比較的容易に知り得る場合とは異なり、我が国においては、昭和61年10月に被告会社を始めとする生保各社から一般に販売が開始されてから本件変額保険加入当時まで、僅か3年程度しか経過していなかったものであるから、本件変額保険加入当時、変額保険の理論は理論として、現実の我が国の社会経済情況のもとにおいて、それが、土地所有者の相続税対策として一般的に適格性を有するものか否か、そして、これを踏まえて、個々に締結される変額保険契約がそれなりの相続税対策としての効果を現実に発揮し得るものとして有効性を有するか否かの点については、その成果としての資料が十分に集積されていたとは認め難いものとして、いわば未知数、未検証の状態であったと思われるし、したがって、また、一般社会もしかり、土地を所有し、相続税対策の必要に迫られている一般通常人にとっても、変額保険の仕組みやこれに加入する方法を選択するか否かについてのそれなりの知識が一般的に備わっていたとも到底思われない。

そうだとすれば、本件変額保険加入当時、変額保険を相続税対策商品として勧誘する者は、勧誘の相手方の年齢、社会的地位及び経済的知識等に相応して、①加入しようとする変額保険それぞれの型に応じた仕組み、②払込保険料の運用方法、③銀行借入金利と変額保険の運用実績の関係及びその異同(負債である銀行借入金利は累積的に増大するが、資産である変額保険は、その運用実績を反映したその時々の資産価値であって資産が累積的に増減するものではないこと等)等のみならず、④過去の運用実績の推移(変額保険の販売開始以来のその運用実績の具体的数値の推移)、⑤相続税対策の内容及びその効果の具体的数値、⑥経済情勢の動向いかんでは変額保険の特別勘定の運用実績が下降して銀行借入金利を下回り、保険契約者が損失を被ることがあること及びその場合の損失の限度並びにその具体的数値、⑦銀行借入契約の条項等を具体的に十分説明し、変額保険を含めて多数ある相続税対策のうち、当該顧客にとって当該変額保険に加入することがそれに相応しい対策であるか否かの選択をするについての適切な判断をし得るようにすべき信義則上の注意義務があるものと解するのが相当である。

(2)  ところが、戊野ら3名は、D夫に対し、本件勧誘において、日生変額保険の過去の運用実績の具体的数値の推移を何ら説示をしていないし、また、本件各シミュレーションをそれぞれ作成交付し、これにより、本件各契約締結に至るまで、変額保険による相続税対策について具体的な数値による説明を行っているが、しかし、それは、ハイリターンを殊更強調する趣旨において、運用実績9%が維持されることによりハイリターンが見込まれるものとしてその場合の数値だけが記載されているものであり(戊野ら2名は運用実績9%が持続する旨断定的判断を提供している。)、しかも、それは、1次相続の開始、即ち、早晩開始されるであろう当時92歳であったC代の相続開始の場合を15年先、20年先までも設定するというようなかなり現実離れしたシミュレーションである一方、そこには、ハイリスクの結果に陥った場合の具体的数値の記載は何らないし、口頭でもこの点の説明を何らしてもおらず、無論、損失の限度等に関する説明も何らない。もっとも、ハイリスクについては、本件各設計書(甲103-3~8)やご契約のしおり(戊2)等にもそれなりの記載があり、戊野ら3名からもそれなりの説明はされているが、それは、通り一遍の一般的抽象的な説明の域を出ないものであって、何ら具体的な内容を伴うものではないから、このような説明は、変額保険を勧誘する者に期待されるなすべきハイリスクの説明とは認め難いものである。そして、C代の相続開始により本件銀行取引約定が当然解約となり、本件貸金の残元利及び年14%の割合による約定遅延損害金の即時支払義務が生じることは、B型の変額保険の本来的機能を没却させ、その目的を喪失させるに等しいものであるにもかかわわらず、これがまったく説明されていないし、無論、その場合、爾後、どのような法律上及び事実上の問題を生じることになるのかの説明もない(上記のとおり、戊野ら3名は、本件当然解約条項の存在を故意に秘匿したのでないとしたら、その存在を看過して本件勧誘をしたとしかいいようがない。)。

そうすると、そもそも、上記のとおり、B型の融資一体型の終身型変額保険は、一般に説明されるような相続税対策効果を殆ど期待できないものとしてその有効性に疑問があるのみならず、本件変額保険加入当時の社会経済情勢下においても、相続税対策商品としての適格性に疑問があり、一般通常人であれば、あえて変額保険に加入することにより相続税対策を講じることはなかろうと思われるのみならず、殊に本件変額保険は、B型の融資一体型の一時払終身型変額保険であるにもかかわらず、本件銀行取引約定に本件当然解約条項があるために、1次相続、即ち、C代の相続開始時に本件変額保険の運用実績が本件貸金の金利よりも下降している場合には、運用実績が上昇好転するまで待った上で解約して本件解約返戻金を取得すれば良いとする、B型の変額保険の本質的機能が発揮される余地はまったくといって良いほどないのであるから(上記のとおり、B型の変額保険であるにもかかわらず、あたかも、A型の変額保険のように、同時点で保険事故が発生し、しかも、死亡保険金よりも遙かに低額で、多くの場合払込保険料よりも更に低額な解約返戻金額を限度とする金額の支払を受けることを甘受せざるを得なくなる。)、戊野ら3名が本件勧誘に当たり、D夫に対してした説明はまったく不十分・不適切としかいいようがなく、このような説明では、D夫、ひいて、C代として、多数存するであろう相続税対策のうちから、あえて本件変額保険に加入するか否かについて、これに対する的確な判断・選択をすることは到底不可能というべきである。

したがって、戊野ら3名には、D夫に対して本件勧誘をするに当たり、なすべき説明義務を尽くしていない過失があることは明らかであり(被告銀行の従業員である丁沢についても、その度合いは格別、戊野ら2名とともに本件勧誘をしたことは上記のとおりである。)、そして、D夫は、戊野ら3名による本件勧誘により本件変額保険に加入することを決意し、C代ら3名は、被告両社との間で本件変額保険契約を含む本件各契約をそれぞれ締結したものと認めることができるから、被告両社は、これにより、同人らが被った損害について共同不法行為者の使用者として、それぞれ民法715条1項による使用者責任がある。

被告らは、本件各シミュレーションでは、運用実績を9%とするシミュレーションがされ、かつ、これに基づいて本件勧誘がされていることに関し、これらは、単なるシミュレーションであり、変額保険の仕組みを説明したに過ぎず、現実に運用実績が9%で持続されるものとしてシミュレーション・説明をしたものではない旨主張する。

しかし、上記の運用実績9%は、本件各設計図にある0%、4.5%、9%の各場合のうちの最高値9%に基づく説明であるが、単なるシミュレーションであれば、最高値の9%ではなく、中間値の4.5%でシミュレーションをしてしかるべきであるのに、わざわざ、最高値の9%でシミュレーションをしてこれに基づいて本件勧誘をしているということは、変額保険がハイリターン商品であることを殊更強調し、その加入を誘導しようとする意図を優に推認することができるから、これをもって、被告らが主張するように単なるシミュレーション、仕組みの説明とは到底認め難い。

なお、募取法11条1項は、「所属保険会社は、生命保険募集人<省略>が募集につき保険契約者に加えた損害を賠償する責に任じる。」と規定していたところ、これを、民法715条の特則であり、生命保険募集人が民法715条の「被用者」に当たる場合には、両規定の関係は法条競合であり、上記募取法の責任のみが成立すると解する見解に立てば、本件においては、被告会社は、上記認定の事実により、戊野ら2名の行為について、上記募取法の規定による責任を負うものであり(原告らは、上記募取法に基づく損害賠償請求を選択的にしているものと解される。)、被告銀行は、丁沢の行為について、民法715条の責任を負うことになる。

4  争点(5)(損害)について

(1)  原告らの本件各請求は、その相互の関係に明確を欠くきらいがないではないが、要するに、不法行為、又は債務不履行に基づく損害賠償請求は、基本的には本件各契約が有効と判断された場合に備え、その場合、その予備的請求として損害賠償を求める趣旨と解されるから、本件各契約が無効と判断された以上、これにより回復される損失損害の範囲については、損害賠償を求めない趣旨に解され、そうすると、別紙費用目録記載の各費用のうち、1の払込保険料(本件保険料)相当額は、不当利得として被告会社にその返還を命じたものであり、3の貸越利息相当額、4の手数料等(これは、証拠(甲103-20)によれば、カードローンの維持費と解される。)及び5の未収利息相当額は、いずれも、本件銀行取引約定から生じる債務と解されるところ、同約定は無効であるから、同約定に基づく原告らの被告銀行に対する1、3ないし5の各費用の支払義務はなく、いずれにしても、上記各費用部分について、これを損害として判断することを要しない。

(2)  そこで、やや検討を要するものとして残るのが同費用目録記載2の登記料相当額の部分であるから、次にこれを検討する。

証拠(甲103-20)及び弁論の全趣旨によれば、本件銀行取引約定及び本件変更登記手続に関する諸費用及び利息等の支払については、そのために、平成元年12月21日、被告銀行自由が丘支店にC代名義の専用の総合預金口座(甲103-20。口座番号<省略>。以下「本件預金口座」という。)を開設してこれにより決済することとされたこと、本件預金口座において、同月22日(本件変更登記の受付日付と同日)、登記料として、234万7900円が貸方処理されていることが認められる(なお、同号証によると、①同日から平成5年2月10日までの間、BC会費として、5回にわたり、1回772円、合計3860円、②平成2年2月15日から平成7年2月15日までの間、手数料(本件貸金の利息の貸付手数料と思われる。)として、7回にわたり、1回3090円(ただし、そのうち、平成2年3月13日は3万0900円)、合計4万9440円、総合計5万3300円が貸方処理されており、これは、別紙費用目録記載4の手数料等相当額である。)。

そうすると、上記登記料は、C代ら3名が負担すべき本件変更登記手続に要した登記費用を、本件銀行取引約定に基づき、C代1人に対する資金貸付として処理したものと推認されるから、これも、結局、同約定に基づく債務であり、同約定が無効である以上、C代ら3名、ひいて、原告両名において被告銀行(被告会社に対しても同様である。)に対する支払義務がないものであるから、これが損害ということもできないものである。

したがって、結局、原告らの被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない(これを債務不履行と構成したとしても同様である。)。

第4結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告らに対する本件各請求は、被告銀行に対し、原告らと同被告との間で原告らの同被告に対する本件銀行取引約定に基づく一切の債務の不存在確認、本件不動産に対してされている本件変更登記の抹消登記手続を求める限度で理由があり、被告会社に対し、不当利得として、本件保険料相当の各2分の1である1億3561万7650円とこれに対する被告会社が請求を受けた日である本訴状送達の日の翌日である平成9年5月3日から各支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これらをいずれも認容し、その余の被告らに対する各請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり、判決する。

(裁判官 前田英子 石山恵子 裁判長裁判官櫻井登美雄は、転補につき、署名押印をすることができない。裁判官 前田英子)

<以下省略>

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