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横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)22号 判決 1998年7月29日

原告

紺野栄司(X)

被告

(平塚市長) 吉野稜威雄(Y)

右訴訟代理人弁護士

石井幹夫

理由

二 主な争点の捉え方と判断事項

原告は、本件公金支出が違法であるとして市長の被告に対し市に代わって損害賠償を求めている。ただし、本件公金支出においては、その原因となる本件旅行の実施について後記のとおり議会の判断が先になされている。また、市長の権限を後記のとおり議会事務局庶務課長(露木課長)が代わりに行使している。

そこで、これらの法的な関係についてまず検討する。地方公共団体の長(市長も該当)は、地方公共団体を統轄する立場にあり(地方自治法一四七条)、予算を調整しこれを執行するものであり(同法一四九条二号)、公金支出の負担行為及び支出命令を行う権限を有する(同法二三二条の三・四)。他方で、普通地方公共団体の議会は、当該地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできると解される(最高裁昭和六三年三月一〇日判決・集民一五三号四九一頁)。

ところで、本件訴訟の対象となっているものは、直接的には財務会計上の行為たる本件公金支出行為であり、議会の議決それ自体は直接的にはその対象とはなっていないが、地方公共団体の長は、関係規定に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を地方公共団体に対して負担するものである。ただし、執行機関としての地方公共団体の長(同法一三八条の三、一四八条)と議決機関としての議会(同法九六条)は、相互に独立し、執行機関としての地方公共団体の長が議決機関としての議会を指揮監督する権限を有するものではなく、議会が議員の視察目的の海外派遣を決定した場合には、地方公共団体の長は、基本的にはこれを尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務を負担するものと解すべきである、したがって、本件公金支出行為は、本件旅行の実施についての議会の判断が裁量の範囲内であり、市長としての被告がそれを尊重したというのであれば、実体的には適法ということになるが、議会の右判断が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存するにもかかわらず、安易に公金を支出したという場合(最高裁平成四年一二月一五日判決・民集四六巻九号二七五三頁参照)には、実体的に違法となるというべきである。さらに右実体的適否とは別に、本件公金支出は、財務会計手続(後記支出額等の算出手続)を遵守してなされる必要がある。また、右の場合において、地方公共団体の長から予算執行の権限を専決あるいは補助執行すべきとされていた者の公金支出行為についても、前記市長の場合と同様にして違法の有無が決せられると解するべきである。そして、右の者に違法があるとされる場合には、地方公共団体の長は、右公金支出についてその者に対する指揮監督上の過失がある限り、その者と共に責任を負うことになると解される(最高裁平成三年一二月二〇日判決・民集四五巻九号一四五五頁)。

そこで、以上のような判断の枠組みを背景にして、本件公金支出に至る経緯、それについての市長としての被告の法的現実的関与のありよう及び被告の責任の有無について検討する。

三 本件公金支出に至る経緯

1  本件旅行の内容と実施の決定

議会運営委員会は、平成六年三月二五日に議員海外行政視察実施要綱(本件要綱)を承認し、その制定につき議表の決裁を得た〔証拠略〕。これは、市議会議員が時代に即応した国際的知識を得るため、海外行政視察に必要な事項を定めたものである、議会運営委員会は、本件要綱に基づき、平成八年三月二二日及び同年六月二四日の委員会で平成八年度分についての右視察である本件旅行の実施を承認した(〔証拠略〕)。

その内容は、JTB(株式会社日本交通公社)主宰の欧州地方行政調査団に参加し、次のような日程で視察をするというものであった(〔証拠略〕)。

本件旅行の計画内容

目的 海外都市の行政視察

参加者 古家議員ら及び他の地方公共団体の議員合計一五名並びに添乗員一名

日程 平成八年一〇月一四日から同月二三日まで(一〇日間)

視察対象都市 ロンドン、パリ、バルセロナ

視察対象施設 高齢者福祉施設(ロンドン)、青少年センター(パリ)、市の都市計画部(バルセロナ)等

2  本件旅行の内容

現実に実施された本件旅行の内容は、一2のとおりであり、予定されたところと基本的に変わりなかった。(ちなみに、もし予定した内容と実施された旅行内容とが異なることとなったとすれば、本件公金支出の時点―この時点は、旅行前である。―において、予定と異なった旅行となるであろうことを市長から専決・補助執行の権限を付与された露木課長が予見したか、あるいは予見しなかったことに過失がなかったか、そしてそのような露木課長の措置について被告に指揮監督違反はないかという観点から、本件公金支出の判断の当否について、検討することとなる。)

3  議会の裁量違反の有無

1の予定どおりの本件旅行がされたわけであるところ、議会が決定した本件旅行の目的は、古家議員らに国際感覚を持たせ、広い知識を取得させ、議員としての職務に資するようにするという本件要綱に基づくものであり、社会観念上、右判断に裁量違反があるということはできない。

原告は、観光中心で市政と関係のない旅行であるというが、視察対象施設は、環境厚生常任委員会・教育民生常任委員会・都市建設常任委員会等に属していた(〔証拠略〕)古家議員らの議員としての活動に資すると考えられるし、それ以外の見学対象も、個人的な遊興目的のものではなく、それぞれの国の歴史的建物であるとか、世界的に知られた美術館や博物館であるから、議会が本件旅行について本件要綱の趣旨に適い長期的には議員としての視野を広げさせ、議員活動に役立つ可能性があると判断しても、社会観念上、その判断に裁量違反があるということはできない。

右のとおり、議会が本件要綱に基づき、本件旅行を決定したこと自体には裁量違反があるとまではいえない。

4  公金の額

(一)  本件公金の額の決定の仕方

本件公金の内訳は、前記一3のとおりであるが、その額は、次のようにして決定された。すなわち、市議会議員が職務のために市外に旅行するときは、条例上旅費を支給するとされ、また議員の費用の支給方法は、条例上、市の一般職員の例によるものとされている(議会の議員の報酬及び費用に関する条例―〔証拠略〕―四条、六条)。そして、市の職員の海外旅行及び海外における旅行の費用は、条例上、国家公務員の例に準じて市長が定めるとされている(平塚市旅費支給条例―〔証拠略〕―一三条の二)。これを受けた平塚市職員の外国旅行の旅費に関する規則(〔証拠略〕>によれば、市長・助役・収入役(特号)等の場合には、日当は四七〇〇円、宿泊料は一万四五〇〇円、食卓料は六四〇〇円(七条及び別表第一)、支度料は旅行期間一五日未満のときに四万三一二〇円(一〇条及び別表第二)、ただし、他の団体等の主催による場合において主催団体等において経費が決められているときは、調整する(一三条)と定められている。

このように市議会議員の海外視察旅行の場合には市長が法令の定めるところに従い、旅費の額をいわば機械的に決定することとされているわけである、そして、議会事務局庶務課の露木課長は、市長の右の権限を法令上専決・補助執行すべきものとされているので(平塚市長の権限に属する補助執行に関する規則―〔証拠略〕―二条、平塚市事務決裁規程―〔証拠略〕―五条)、これを行使して、前記一3のとおりの金額を平成八年一〇月一日に支出する旨の決定をしたものである〔証拠略〕。このうち旅行代金六五万四一二〇円は平塚市職員の外国旅行の旅費に関する規則一三条の調整によるものである。

(二)  額の多寡

右のようにして算出された古家議員らの旅費、日当及び支度料の額を見ると、それが世間の通常の場合の価額と比べて著しく高額というわけでもない。

(三)  本件公金支出の予算面の裏付け

また、ここで、予算の裏付けを確認しておくと、被告は、市長として、本件旅行の費用を含む平成八年度平塚市一般会計予算を編成し、右予算を議会三月定例会に議案第二六号として提出し、議会は、平成八年三月二二日、右定例会において右予算を可決した(〔証拠略〕)。右予算には、歳出区分中の「議会費」の款・項・目の中の「旅費」の節に金一九二九万八〇〇〇円の金額が計上されている(〔証拠略〕)。

四 請求原因3(本件公金支出の違法性の有無)について

1  前記二のような判断基準に従い、前記三のとおりの事実を踏まえると、議会の本件旅行実施の判断に裁量違反はなく、その費用を支出する権限を有する市長からこれを専決・補助執行すべきものとされた議会事務局庶務課の露木課長の本件公金支出行為は、金額の点を含め法令に従ったものであり、そこに手続的違反はない。したがって、市長に本件公金支出についての指揮監督上の注意義務違反もないというべきである。

2  なお、原告は、多額の債務を抱える(平成九年当時の市の債務は一三〇〇億円。証人古家調書二八頁)平塚市の財政状態を考慮すると、本件旅行及び本件公金支出が地方自治法二条一三項及び地方自治法四条一項に違反すると主張する。、

しかし、右の規定は、本来、予算執行の適正確保の見地から予算執行機関に対して、予算の執行に当たり、個々の具体的な事情において、最も少ない額をもって目的を達するように努めるよう要請したものであると解されるところ、本件公金支出は所定の法令を遵守し、いわば機械的に算出された金額を支出するものであり、右規定の要請するところに違反するものではない。

また、原告は、右規定をもって無駄遣いをしないようにせよとの単なる訓示規定であるにとどまらず、法的義務を課した規定であると主張するようであるが、仮にそうであるとしても、前記のとおり本件公金支出は議会の裁量の範囲内の判断に従い手続を遵守してなされた以上、これに予算執行の適正を害する違法があるということはできない。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 佐野信)

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