横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)39号 判決
原告
金子正
(ほか一八名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
木村和夫
同
篠原義仁
同
森田明
同
山崎健一
同
宮田隆男
被告
横浜市
右代表者市長
高秀秀信
右訴訟代理人弁護士
塩田省吾
同
阿部泰典
事実及び理由
第五 争点に対する当裁判所の判断(事実を認定する場合には、主な証拠を適宜略記する。)
一 問題の捉え方
土地区画整理法に定める土地区画整理事業計画の決定は、一般に、公告を経たものでも、行政事件訴訟法三条二項にいう取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為ということはできないとされている。このことは、最高裁判所昭和四一年二月二三日大法廷判決・民集二〇巻二号二七一頁(四一年判例)の判示するところであり、最高裁判所平成四年一〇月六日第三小法廷判決・裁判集民事一六六号四一頁・判例時報一四三九号一一六頁これを踏襲している。したがって、本件事業計画決定については、四一年判例の事案と重大な違いがあるなどの余程特段の事情でもない限り、右と同様に処分性がないものと判断せざるを得ないこととなる。
この点に関し、原告らは、本件の特殊性を強調しながら処分性を肯定すべきである旨を主張するので、以下これを順次検討する。
二 土地区画整理事業計画の具体性と処分性
1 四一年判例は、その論拠として、「土地区画整理事業計画は、土地区画整理事業に関する一連の手続の一環をなすものであり、その施行区域を特定し、それに含まれる宅地の地積、保留地の予定地積、公共施設の設置場所、事業施行前後における宅地合計面積の比率など、当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的・抽象的に決定するものであって(土地区画整理法六条、五四条、土地区画整理法施行規則五条、六条)、特定個人に向けられた具体的な処分とは異なり、それ自体では、その施行によって施行区域内の個々の利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが具体的に確定されるわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するに過ぎない。」ことを挙げている。
以上の点に関連して、原告らは、「本件事業計画が担当前から調査検討されてきたこと、本件事業計画と地理的にも内容的にも一体的な関係にある新横浜駅北部地区土地区画整理事業における計画決定とその完了した事業内容とが一致していると窺えることに照らすと、本件事業計画は、青写真といったものではなく、完成事業と同一性があるほど具体性を帯びている。四一年判例の事案は昭和二五年の戦災復興に係るものであり、同列に扱うべきではない。」旨を主張する。
2 土地区画整理事業計画は内容的には土地区画整理法所定のもの(本件についていえば、五四条)でなければならないし、名称は計画というものではあるが、計画策定作業の進め方如何で具体性の程度にも大小の違いが生じることもあると思われる。本件事業計画についていえば、相当早い段階から検討に着手され(〔証拠略〕)、とりわけ新横浜駅を挟んで本件事業地区と反対側にある新横浜駅北部地区についてされた区画整理事業が計画決定の時期に作成された重ね図や位置図等が内容的に具体性を持ったものであった(〔証拠略〕)ことからすると、本件事業計画は、個人に対する関係で相当具体的なものとなっている可能性はある。
しかし、本件事業計画が個人に対して具体的な内容を有している可能性があるといっても、それは、あくまで事実上のことであり、その具体的な内容が個人に対する関係で法的効力を伴うものとして確定するわけではない。それは、計画段階における計画自体が通常有する性質を踏まえた立法政策の結果にほかならないといわなければならない。すなわち、四一年判例も指摘するように、土地区画整理法は、事業計画決定をもって、当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的・抽象的に決定するものであって、特定個人に向けられた具体的な処分とはせず、それ自体では、その施行によって施行区域内の個々の利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが具体的に確定されるわけではないとする構成を採っているものである。そうすると、計画の具体性の点において四一年判例の事案より事実上は進んでいる面があるかもしれないものの、法的効力の見地からは個人に対する具体的な処分としての内容を有するとはいえないことからして、本件事業計画決定も、所詮土地区画整理事業計画決定一般と同性質のものであることは否めないのであり、四一年判例の事案と質的に大きく異なるものとして例外的に処分性が認められるものであるといった結論を採用するまでには至らないというべきである。
三 権利の制限と救済の可能性
1 原告らは、本件事業計画の公告があると、土地の形質の変更、建築物の新築、増改築等の行為について知事の許可を受けなければならないなどの制限を受ける旨の主張をし、具体的に原告望月についてその点を例示する。すなわち、同原告は、施行地区内に土地及びその地上にアパートを所有しているが、老朽化した右アパートを建て替えようとして、新横浜駅南部開発事務所に問い合わせたところ、「建築許可が仮換地指定まで受け付けない。申請を全く受け付けない訳ではない。建物の老朽化で危険を生じたり、生活をする上で必要なものは当然受け付け、土地区画整理法七六条に則って処理する。同原告の建物がある地域に工事が着工されるまでは相当期間が必要であるので、建築許可要請も出てくると想定して内部で目下検討中である。別の場所に建て替えることはかなり難しい。」ということであった。そこで、同原告は、新築は難しいと判断し、右のアパートを改築することとし、南部事務所でその許可を受けた。このように土地区画整理法七六条には、新築、改築若しくは増築とあるが、現実には新築・増築は施行地区内住民には認められていない。
原告らは、以上の事情を主張し、その事実が存在することが窺われる(〔証拠略〕)。
2 確かに、原告らが主張するように、事業計画が公告されると、施行地区内の土地建物の所有者等は、土地の形質の変更、建築物の新築、増改築等の行為について知事の許可を受けなければならないなどの制限を受けることとされている(土地区画整理法七六条、八五条)。
しかし、これは、四一年判例が説示するとおり、事業計画の円滑な遂行を妨げる障害を除去するための必要に基づき、土地区画整理法が特に付与した公告に伴う付随的な効果に過ぎないし、しかも、右の土地の形質変更や建築物の新築等が禁止されるという効果は、具体的には知事のそれらの行為に対する不許可によって発生するものであって、事業計画の決定ないしは公告そのものの法的効果ではないのである。これに付け加え、原告望月の場合を例に採ると、施行地区内の土地所有者は、新築の許可申請をして、拒否されれば、それを争う過程で前提問題として、本件事業計画の違法を主張する余地があることを指摘することができるものである。
四 判例の動向
原告らは、<1>最高裁判所昭和六〇年一二月一七日第三小法廷判決・民集三九巻八号一八二一頁、<2>最高裁判所昭和六一年二月一三日第一小法廷判決・民集四〇巻一号一頁及び<3>最高裁判所平成四年一一月二六日第一小法廷判決・民集四六巻八号二六五八頁を引用して、本件事業計画の決定についても行政処分性が認められるべきである旨主張する。
しかし、右<1>は、施行地区内の宅地の所有権又は借地権を有する者すべてを強制的にその組合員とする土地区画整理組合を成立させ、これに土地区画整理事業を施行する権限を付与する土地区画整理組合の設立認可についてのものであり(土地区画整理組合の設立認可は、その組合員となるものに法律上当然に各種の権利義務を取得させるものであって、単に当該組合の事業計画を確定させるという効果を持つにとどまるものとはいい難く、また、個々の組合員は、自己に対する不利益な行為が具体化した段階においてこれを争う余地があるとしても、右のように、それ以前の段階において組合員に種々の権利を与えてその地位を保護しようとしている法の趣旨からすれば、設立認可自体を抗告訴訟によって争うことを認めるのが相当である。)、また、右<2>は、国営・都道府県営土地改良事業における事業計画の決定が取消訴訟の対象となり得るものであることを当然の前提とした規定を置く土地改良法上の市町村営の土地改良事業の施行認可に処分性を認めたものであり、さらに、右<3>は、都市再開発法に基づく第二種市街地再開発事業の事業計画決定が土地収用法二〇条の事業の認定と同一の法律効果を生じ、市町村は、右決定の公告により、同法に基づく収用権限を取得するとともに、その結果として、施行地区内の土地の所有者等は自己の所有地等が収用されるべき地位に立ち、しかも、都市再開発法上、公告があった日から起算して三〇日以内に、その対象の払い渡しを受けることとするか又はこれに代えて建築施設の部分の譲受け希望の申し出をするかの選択を余儀なくされるから、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであるとして、右事業計画決定の行政処分性を肯定するものであって、いずれも土地区画整理事業計画決定とは事案を異にするものである(この旨を判示したものとして、最高裁判所平成七年(行ツ)第一二六号同裁判所平成七年九月二七日判決、その控訴審東京高等裁判所(行コ)第一八二号同裁判所平成七年三月二〇日判決、その第一審東京地方裁判所平成五年(行ウ)第三二五号同裁判所平成六年八月二五日判決。被告の平成一〇年三月二三日付け準備書面添付資料参照)。したがって、原告らの右主張は採用することはできない。
なお、本件事業計画は、新横浜駅周辺を対象とする都市計画でもあり、市街地再開発事業計画決定と類似していると原告らにおいて主張するところ、仮にそのような面があるとしても、本件事業がすべて市街地再開発事業であって土地区画整理事業でないとまでいうことは到底できないところであり、右の一事で本件事業計画決定が市街地再開発事業計画決定と同様に処分性があるということはできない。
五 立法政策と救済の可能性
このように本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象とならないとすると、施行地区内の土地所有者等の出訴権が事実上相当程度制限されることは確かである。
しかしながら、土地区画整理事業のように、一連の手続きを経て行われる行政作用について、事業計画の段階から訴えの提起を認めるべきかどうかは、立法政策の問題であるという面もある。原告らの主張する違法事由は、個々の権利者に対する処分の前提となるもので事業計画決定の段階で審理することができるものではあるが、原告ら主張の事業計画決定の違法を計画決定があった段階で直ちに争うことを可能とすることも、またもう少し後の具体的な処分があった段階で前提問題として争うことができるとすることも、立法政策としては可能である。そして、土地区画整理法は、後者の政策を採用していると解されるのであり、かつ、土地区画整理事業計画の決定ないし公告の段階で直ちに訴えの提起が許されないとしても、その後、建物の新築許可申請について拒否処分がされ、また知事による原状回復命令や建築物の移転、除却命令(土地区画整理法七六条四項)がされ、あるいは、仮換地の指定又は換地処分がされるなど、自己の権利義務に直接影響する行政処分がされた段階で、それらの処分の取消し又は無効を訴求し前提問題として本件事業計画の違法を争うことにより、具体的な権利侵害に対する救済の目的を達することはできるのである。争い得るものはできるだけ早期に争える政策の方が訴える者としては便宜な面が多いかもしれないが、個人に対する具体的な処分となって初めてそれを争いの対象とし前提問題として事業計画を問題とすることができるとした場合には、争う対象が変更される可能性が少ない点や個人としての態度決定を他の事情にとらわれずにできるという利点もないではない。したがって、本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象とならないからといって、施行地区内の土地所有者等の権利保護に欠けるということにはならない。
六 結論
以上のとおりであって、本件事業計画の決定は取消訴訟の対象となる行政処分とはいえず、本件訴えは不適当であるから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 近藤裕之)