大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)9号 判決 1999年4月12日

横浜市鶴見区上末吉一丁目八番一〇号

原告

大河原重子

右訴訟代理人弁護士

田中重周

横浜市鶴見区鶴見中央四丁目三八番三二号

被告

鶴見税務署長 池田善吾

右指定代理人

木上律子

菅野勝雄

森口英昭

尾辻七郎

蜂谷光男

笹崎好一郎

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長 島内乗統

右指定代理人

木上律子

菅野勝雄

森口英昭

山口久男

加藤昌司

佐藤秀一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告鶴見税務署長が原告の平成三年分及び平成四年分の所得税について平成六年一一月二八日付けでした重加算税賦課決定処分を取り消す。

二  被告国税不服審判所長が原告の平成二年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定処分、平成三年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定処分(平成七年三月一日付けの変更決定処分後のもの。)及び平成四年分の所得税に係る過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分について平成八年一〇月二九日付けでした裁決を取り消す。

第二事案の概要

被告鶴見税務署長(以下「被告所長」という。)は、原告が平成二年分ないし平成四年分の所得税について修正申告をした後に、平成六年一一月二八日付けで、平成二年分の所得税について過少申告加算税賦課決定処分を、平成三年分及び平成四年分(以下、両年分を合わせて「本件各係争年分」ともいう。)の各所得税について過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分(以下、右各重加算税賦課決定処分を「本件重加処分」という。)をそれぞれした。原告は、右各処分を不服として被告署長に異議申立てをし、棄却決定を受けたので、被告国税不服審判所長(以下「被告署長」という。)に審査請求(以下「本件審査請求」という。)をし、被告所長は、平成八年一〇月二九日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。その経緯は別表一ないし三のとおりである。

本件は、これに対し、原告が、本件重加処分及び本件裁決はいずれも違法であるとして、その取消しを求めたものであり、その違法事由として、原告は、本件重加処分には原告が国税通則法(以下「通則法」という。)六八条一項に定める重加算税賦課の要件を満たしていないのに、これを満たしているとしてされた違法がある旨、また、本件裁決には、同法九三条四項所定の審査手続に違反してされた違法がある旨、それぞれ主張している。

なお、通則法六八条一項は、重加算税を課すための要件として、「第六十五条第一項(過少申告加算税)の規程に該当する場合(同条第五項の規定の適用がある場合を除く。)において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」と規定しているところ、以下、右の要件を「重加算税賦課の要件」という。

一  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  原告の営業等

原告は、平成二年ないし平成四年当時、横浜市鶴見区鶴見中央四丁目二〇番六号所在の鶴見OSビル(以下「鶴見OSビル」という。)において、スナック鏡(以下「スナック鏡」という。)を経営し、事業所得を得ていたほか、鶴見OSビルのスナック鏡以外の部分等の不動産を第三者に貸し付け、不動産所得を得ていた者である。

2  原告の確定申告等

(一) 原告は、顧問税理士森藤光庸(以下「森藤税理士」という。)を介して、平成三年三月一五日に平成二年分の所得税について総所得額を△三四九万〇九五七円(「△」は損失を意味する。以下同じ。)納付すべき税額を零円として、平成四年三月一六日に平成三年分の所得税について総所得金額を零円納付すべき税額を零円として、平成五年三月十五日に平成四年分の所得税について総所得金額を零円納付すべき税額を零円として、それぞれ確定申告をした。

(二) 原告は、平成六年一〇月一二日、平成二年分の所得税について総所得金額を六五九万六三三八円納付すべき税額を四七万五二〇〇円と、平成三年分の所得税について総所得金額を一四七三万〇一六二円納付すべき税額を三四七万二四〇〇円と、平成四年分の所得税について総所得金額を一〇六七万三三二三円納付すべき税額を一八七万九五〇〇円とそれぞれ修正申告をした。

3  本件重加処分等

被告署長は、原告に対し、平成六年一一月二八日付けで、原告の平成二年分の所得税に係る過少申告加算税賦課決定処分並びに平成三年分及び平成四年分の所得税に係る過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分をした。

4  原告の異議申立て

(一) 原告は、3の各賦課決定処分を不服として、平成六年一二月二八日、被告署長に対し、異議申立てをした。

(二) 被告署長は、原告の平成三年分の過少申告加算税賦課決定処分のうち税額八万四五〇〇円を上回る部分を取り消す旨の平成七年三月一日付けの変更決定をした。

(三) 被告署長は、原告に対し、平成七年三月二七日付けで、原告の(一)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。

5  本件裁決等

(一) 原告は、4(三)の決定を不服として、平成七年四月二七日、被告所長に対し審査請求(本件審査請求)をしたが、被告所長は、平成八年一〇月二九日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決(本件裁決)をした。

(二) 本件裁決書の謄本は、平成八年一一月二日、原告に送達された。

二  本件の争点と双方の主張

本件の争点は、(一) 本件重加処分の違法性の有無、具体的には、本件重加処分には、原告が通則法六八条一項にいう重加算税の賦課要件を満たしていないのに、これを満たしているとしてされた違法があるか(争点1)であり、また、(二) 本件裁決の違法性の有無、具体的には、本件審査手続には同法九三条四項に違反する手続的瑕疵があり、これにより本件裁決も違法となるか(争点2)、である。

これらについての双方の主張は以下のとおりである。

1  争点1(本件重加処分の違法性の有無)について

(一) 被告署長の主張

通則法六八条一項の定める重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい又は仮装という不正手段を用いていたとの特別事由が存する場合に、過少申告の認識の有無にかかわらず、過少申告加算税より重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務者の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとする趣旨に出たものである。したがって、重加算税を課すためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい又は仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に隠ぺい又は仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものというべきである。もっとも、右のような重加算税制度の趣旨にかんがみれば、架空名義の利用や、資料の隠ぺい等の積極的な行為が存在したことまでは必要でなく、納税者が当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも窺い得る特段の行為をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件が満たされたものと解するのが相当である。そして、税理士が、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを使命とし(税理士法一条)、納税者が課税標準等の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装していることを知ったときは、その是正をするよう助言する義務を負うこと(同法四一条の三)にかんがみると、このような過少な所得金額による確定申告書を税理士に作成させこれを提出させたときも、等しくこの理があてはまるというべきである。そこで、これを原告についてみると、以下のとおりである。

(1) 事業所得について

原告は、本件各係争年分の確定申告(以下「本件確定申告」という。)において、事業所得に係る収入金額を、平成三年分につき一六〇二万六六〇〇円と、平成四年分につき一五五六万九四〇〇円としていたのに対し、修正申告書において、これをそれぞれ二九九一万九四九五円及び二〇九七万八二五八円としたものであり、収入計上漏れの金額は、平成三年分が一三八九万二八九五円、平成四年分が五四〇万八八五八円に上り、その当初申告に係る収入額との比(除外割合)は、平成三年分で八六・六九パーセント、平成四年分で三四・七四パーセントにもなる。このような極めて多額かつ長期にわたる申告の漏れを経営者である原告が単なる不注意でしていたというのは想定し難く、原告は、真実の所得金額が森藤税理士を通じてした本件確定申告における所得額より相当大きいことを十分認識していたといえる。そして、このことは、原告がスナック鏡の売上金額に関する唯一の原始記録である売上伝票をすべて破棄していたことや、税務申告を依頼していた森藤税理士から、決算の都度、収入や経費に係るすべての書類を持参するよう指示されていたにもかかわらず、同税理士に右売掛帳を提示せず、持参した書類がすべてであり、売上げはすべて特別地方消費税徴収金整理簿(以下「整理簿」という。)に記入してある旨虚偽の申立てをしていたこと、さらには、被告所部の矢部出係官(以下「矢部係官」という。)の調査に際し、当初売掛金は整理簿に記載されていないと申し立て、その後算入している旨申立てを変更し、同係官が調査結果に基づいて売掛金は整理簿に算入されていない旨指摘すると、再度これを翻すなど言を左右にして収入金額の除外が露見しないよう対応していることなどに照らしても、優に窺い知ることができる。

したがって、原告は、本件各係争年分の事業所得に関し、確定的な脱税の意思に基づいて、その課税標準及び税額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づいて確定申告書を提出していたものというべきである。

(2) 不動産所得について

原告は、設立以来無申告のいわゆる休眠会社で原告が代表となっている有限会社大幸商事(以下「大幸商事」という。)の名義を使用して、横浜市泉区中田町三八九―一の加藤進ほか二名から横浜市鶴見区鶴見中央四丁目二五番一〇号所在の豊ビル一階の一一五・七平方メートルの部分(以下「豊ビル一階部分」という。)を借り受け、これを株式会社キリン(以下「キリン」という。)に転貸することとした。そして、原告は、キリンに対して右転貸料(以下「本件転貸料」という。)を自己の個人口座である三和銀行川崎支店の原告名義の普通預金口座に振り込ませ、右普通預金に振り込まれた金員を自己の借入金の返済に充てる等原告自身で使用した。右による収入金額の計上漏れは、平成三年分で八三九万五二二五円、平成四年分で六四八万九〇〇〇円に上るのであり、この多額な点に照らしても、正に原告が当初から本件転貸料を隠ぺいし、全体としての不動産所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも窺い得る特段の行為をしたものと評価することができる。

したがって、原告は、本件各係争年分の不動産所得に関し、確定的な脱税の意思に基づいて、その課税標準及び税額の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づいて確定申告書を提出していたものというべきである。

以上(1)、(2)によれば、原告の本件各係争年分の過少申告行為は、重加算税の賦課要件を満たすものというべきであり、本件重加処分は適法である。

(二) 原告の主張

被告署長の右主張は争う。原告には、以下のとおり、事業所得及び不動産所得のいずれについても、通則法六八条一項にいう隠ぺい又は仮装の事実はなく、重加算税の賦課要件を満たさないから、本件重加処分は違法であり、取消しを免れない。

(1) 事業所得について

原告は、確かに被告署長主張のとおり、売上伝票を破棄していたが、これは、伝票に記載された金額を、備付けの整理簿に転記した後のことであり、しかも整理簿は、原告が青色申告承認の際選択した現金式簡易帳簿の代用となるものであるから、原告が売上伝票を破棄したことをもって、重大な税法違反とみることは相当とはいえない。また、事業所得に係る申告額が過少であったのは、原告の業種上、掛売り分が回収不能となることが多いため、これを毎月四〇万円程度回収できるものとして、年額四八〇万円及び自家消費分として五〇万円を現金収入以外に申告していたところ、被告署長の調査の結果、掛売り分の回収の実額が年額四八〇万円を上回ることが判明したにすぎないものであり、原告の思い違いによるものである。したがって、原告に、事業所得について、隠ぺい又は仮装の事実はない。

(2) 不動産所得について

被告署長は、原告が豊ビル一階部分についてのキリンからの転貸料を除外していたというが、右部分は大幸商事が借り受け、これをキリンに転貸したものであり、大幸商事の収入である。これについて大幸商事が納税申告しなかったことは事実であるが、これは同社の経営が全くの赤字続きであったため申告しなかったにすぎない。このように本件転貸料は、原告の所得ではなく、原告がこれを隠ぺい又は仮装行為をしたものではない。

2  争点2(本件裁決の違法性の有無)について

(一) 原告の主張

通則法九三条は、審査請求を受理した国税不服審判所長は、原処分庁に答弁書の提出をさせ、その副本を審査請求人に送付しなければならないと定めている。同条がこのように定めているのは、このような手続を経ることによって、審査請求人に反論若しくは証拠書類提出の機会を与えるという趣旨に出たものである。しかし、原告は、本件審査請求の審理において、何らの通知を受けないまま本件裁決を受けた。これは、被告所長が、原処分庁に答弁書の提出をさせ、その副本を原告に送付する手続を怠ったからにほかならない。したがって、本件審査請求の審理には手続上の瑕疵があり、このような瑕疵ある手続に基づいてされた本件裁決は、違法であり、取消しを免れない。

(二) 被告所長の主張

被告所長は、本件審査請求を審理する過程で、原処分庁である被告署長から答弁書が提出されたため、その副本等関係書類を平成七年六月一九日付けで書留郵便をもって原告に郵送した。そして、その後右各書類は被告所長に返送されなかった。したがって、右各書類は原告に送達されたと認められる。原告の右主張は前提を欠き、失当であり、本件審査請求に手続的瑕疵はなく、本件裁決は適法である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件重加処分の違法性の有無)について

1  論点の整理

第二の一のとおり、原告は確定申告をした後に修正申告をしており、原告の確定申告額は結果的には過少であった。そして、この過少であった申告税額につき、過少申告加算税と重加算税が賦課され、そのうちの本件重加処分が争われているので、原告が修正申告をするに至った経緯等を初めに検討する。

2  証拠(甲第一号証、丙第一ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証、証人矢部出の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の青色申告

原告は、前記のとおり、事業所得と不動産所得を得ていた者であり、昭和五五年三月一四日、被告署長に対し、所得の種類を事業所得及び不動産所得とし、簿記方式を「簡易簿記」、備付帳簿を「経費帳・固定資産台帳・現金式簡易帳簿」とする青色申告承認申請書を提出し、昭和五四年一二月三一日青色申告の承認があったものとみなされたため、昭和五四年分以降の所得税の確定申告を青色申告により行っていた。

(二) 本件確定申告

(1) 平成三年分

原告は、被告に対し、平成四年三月十六日、平成三年分の所得税について、事業所得の金額を二五〇万四八二二円、不動産所得の金額を二二三万七九七二円、平成三年分で差し引く損失額を四七四万二七九四円、平成四年分以後に繰り越して差し引かれる損失額を△七七〇万七〇三八円とそれぞれ記載した青色確定申告書(損失申告用)を提出した。

右確定申告書添付の「平成三年分所得税青色申告決算書」には、事業所得に係る売上金額が一六〇二万六六〇〇円、同「平成三年分所得税青色申告決算書(不動産所得用)」には、不動産所得に係る売上金額が三五一一万一五五一円とそれぞれ記載されていた。

(2) 平成四年分

また、原告は、平成五年三月一五日、平成四年分の所得税について、事業所得の金額を一九〇万二一六二円、不動産所得の金額を五六〇万三五八九円、平成四年分で差し引く損失額七五〇万五七五一円、平成五年分以後に繰り越して差し引かれる損失額を△二〇万一二八七円とそれぞれ記載した青色の確定申告書(損失申告用)を被告に提出した。

右確定申告書添付の「平成四年分所得税青色申告決算書」には、事業所得に係る売上金額が一五五六万九四〇〇円、同「平成四年分所得税青色申告決算書(不動産所得用)」には、不動産所得に係る売上金額が四〇五八万五八七九円とそれぞれ記載されていた。

(三) 税理士との関係

(1) 概要

原告は、本件確定申告も含め、約三〇年前から、所得税の確定申告書の作成及び提出を森藤税理士に依頼しているところ、毎年確定申告の間際になると、同理士に決算の依頼をし、これを受けて同税理士は、その都度原告に、収入や経費を示すすべての資料を提出するように指示していた。しかし、原告は、経費帳に小口の現金の出金を記載している旨、また、整理簿に売上げのすべてを記載している旨それぞれ申し述べて、森藤税理士にこれらの書類及び領収証等しか提出しなかった。

(2) 事業所得における売り上げ加算

森藤税理士は、かつて、右(1)の書類に記載された金額が極めて少額であり、原告が生活していけるだけの金額とは思えなかったため、その旨原告に指摘したところ、原告は、掛売り分の回収が月四〇万円ほどあると申し立てたので、森藤税理士は、以後、決算の際に、年間で四八〇万円(四〇万円に一二(月)を乗じた金額)及び家事消費分五〇万円を売上金額に加算して確定申告していた。

(3) 売掛帳の不提示

なお、森藤税理士は、原告から売掛帳をつけているという話を聞いたことはなかったし、売掛帳や預金通帳を示されたこともなかった。

(4) 不動産所得の一部不告知

また、森藤税理士は、原告から、不動産所得に係る物件は、鶴見OSビル及びいわき市所在のマンションであるとしか聞いていなかった。

(四) 被告署長の税務調査

被告署長は、原告の平成元年ないし平成五年分に係る申告所得金額がいずれも極めて低額であり、かつ、同業者における仕入金額に比べ売上金額が少ないため、原告の申告内容を確認する必要があると認め、同署長から命を受けた矢部及び川島係官は、平成六年九月二〇日、同月二二日、同月二八日、同年一〇月三日の合計四回、原告宅ないし原告店舗(スナック鏡)に臨場し調査を行った。その結果は以下のとおりであった。

(1) 平成六年九月二〇日の調査(開始)

矢部及び川島係官は、原告宅に臨場した。応対に出た原告は、当初調査に協力しないとの態度を示していたが、その後、「今日は店に行けないが、バーテンの柳原と連絡を取り、店舗に行かせる。」、「柳原と連絡が取れたら税務署に連絡する。」、「柳原はどこにいるか分からないが連絡はつく。」などと態度を変えるに至った。矢部係官は、同日(平成六年九月二〇日)夕刻、スナック鏡において、出勤してきた柳原に聴取調査を行ったが要領を得ず、結局、保管してあった未整理の平成六年八月分及び九月分の売上伝票のみを確認するにとどまった。

(2) 平成六年九月二二日の調査(事業所得の掛売分の処理)

この日の調査には、原告の他、森藤税理士の事務員で原告の決算関係の事務処理を行っていた事務員佐伯美恵(以下「佐伯事務員」という。)が立ち会った。矢部係官は、事業概況を聴取した後、スナックの売上計上方法について聴取したところ、原告から、「毎日の売上げは顧客ごとに売上伝票を作成し、これをためておいて一か月に一度まとめて整理簿に転記し、転記が済んだ後伝票は破棄している。」、「掛け売りによる売上げは当日伝票を作成するが、いつ現金が入ってくるか、また入ってくるかどうかも分からないので、整理簿には記入しない。」、「平成元年ないし五年分の売上伝票は既に破棄しており存在しない。」との申立てがあった。矢部係官は、売掛金の計上に問題があると判断し、原告に売掛帳、預金通帳等の提示を求めたところ、原告は、当初用意していないなどと述べていたが、やがて店舗のキャビネットに保管していた三冊の売掛帳を提示した。しかし、原告は、預金通帳については、自宅に置いてあると述べて、これを提示しなかった。

(3) 平成六年九月二八日の調査

イ 事業所得の掛売分と売掛帳

この日の調査には、原告、森藤税理士及び佐伯事務員が立ち会った。矢部係官が前回提示のなかった預金通帳等の提示を求めたところ、原告は佐伯事務員に預けてあると述べ、佐伯事務員は預かっていないと述べ、両者の意見は対立したままであった。原告は、(2)の時の説明と異なり、掛売分も整理簿に記載してあると一旦は述べたが、矢部係官に、売掛帳と整理簿にある同日分の記載を何日か集計し比較すると、整理簿に記入された金額よりも売掛帳に記入された掛売りの金額の方が大きい日が多いことを指摘され、結局、整理簿に掛売り分を記帳していないことを改めて認めるに至った。

ロ 本件転貸料

次いで、矢部係官が原告に対し、不動産所得に関し、鶴見OSビル及びいわき市所在のマンションのほかに、横浜市鶴見区鶴見中央四丁目二五番一〇号の豊ビル一階部分に係る不動産収入が計上されていないことを指摘したところ、原告は、右収入は大幸商事の収入で原告個人のものではない旨申し述べた。

(4) 大幸商事についての調査

矢部係官は、その後、大幸商事について調査したところ、同社は、昭和五二年四月三〇日原告を代表取締役として設立されたが、営業実態はなく、設立以来被告に法人設立届出書も提出されておらず、納税申告がされていないばかりか、株主総会はもとより役員会も開催されておらず、役員には報酬も支払われていない休眠会社であること、しかるに、平成三年二月一日付けで大幸商事が豊ビル一階部分を借り受け、これをキリンに転貸する旨の貸借契約書が作成されたこと、しかし、キリンからの賃料は原告個人の口座である三和銀行川崎支店の原告名義の普通預金口座に振り込まれ、これを原告が株の買受け代金や借入金の返済等に充てていることが判明した。

(5) 平成六年一〇月三日の調査

イ 事業所得の計上漏れ

この日の調査には、原告、森藤税理士及び佐伯事務員が立ち会った。最初に原告から、前回指摘された預金通帳(川崎信用金庫鶴見支店における原告の預金通帳)は自分が所持していた旨の申し立てがあり、右通帳が提示された。そして、原告から、事業収入につき、アルバイト等の人件費を計上していないとの申立てがあり、森藤税理士からも、原告には売上げ漏れに見合う経費が存在するはずであり、領収書等の保存はないが、それらの経費を認めてもらえば、被告署長の調査に基づいて修正申告を提出したい意向である旨の申出があった。

ロ 不動産所得の計上漏れ

その後、矢部係官は、原告の不動産所得につき、前回の調査期日後大幸商事について調査し判明した事実に基づき、原告に対し、キリンに転貸した豊ビル一階部分の賃料収入は原告個人の所得ではないかと追及したところ、原告はこれを認め、これまで確定申告の際に森藤税理士に報告しないでいたと述べた。

(五) 原告の修正申告

(1) 事業所得

以上の調査結果に基づき、矢部係官は、原告の事業所得につき、川崎信用金庫鶴見支店の口座に振り込まれた掛売り分の売上金額から前記(三)(2)の概算計上分四八〇万円を控除した金額を売上げ計上漏れ金額と算定し、これから原告申立てに係る経費のうち認容できる必要経費を控除して収入金額を算定し、修正申告のしょうようを行ったところ、原告は、平成六年一〇月一二日、森藤税理士を介して、前記第二の一2(二)のとおり、本件各係争年分の所得税の修正申告書を提出した。

この修正申告書によれば、原告の事業所得は、収入金額ベースで、平成三年分が申告額一六〇二万六六〇〇円から二九九一万九四九五円に、平成四年分が申告額一五五六万九四〇〇円から二〇九七万八二五八円に、事業所得金額自体ベースで、平成三年分が申告額二五〇万四八二二円から九五四万八九六五円に、平成四年分が申告額一九〇万二一六二円から六〇九万四九八八円へとそれぞれ修正された。

(2) 不動産所得

矢部係官は、原告の不動産所得については、キリンへの転貸による収入(本件転貸料)を新たに所得金額として加算し、修正申告のしょうようを行ったところ、原告は、前同様これに応じた。

これによれば、原告の不動産所得は、収入金額ベースで、平成三年分は申告額三五一一万一五五一円から四三五〇万六七七六円に、平成四年分が申告額四〇五八万五八七九円から四五二五万八五三九円に、不動産所得金額自体ベースで、平成三年分が申告額二二三万七九七二円から五一八万一一九七円に、平成四年分が申告額五六〇万三五八九円から四五七万八三三五円へとそれぞれ修正された。

3  原告の主張等についての判断

右認定に反し、原告は、売掛帳及び預金通帳は森藤税理士に提出していたとして、これをことさら秘匿したことはない旨主張し、甲第一号証(原告本人の陳述書)及び原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

しかし、もし売掛帳及び預金通帳を森藤税理士に提出していたのであれば、これらの書類は、原告の掛売りによる売上げを示すものであるから、森藤税理士は、従来から行われていた、推計四八〇万円の掛売り分の収入を計上するのではなく、売掛帳及び預金通帳に基づき、その実績を確定申告書に計上していたはずである。ところが、右のように本件調査に至るまで推計による収入額を計上していたのは、正に原告が売掛帳及び預金通帳を森藤税理士に提出していなかったからであるというべきであり、原告から売掛帳及び預金通帳の提出を受けたことはない旨の森藤税理士が申述していること(丙第四号証)もこれを裏付ける。これらに照らし、また、税理士が依頼者のために納税義務を免れるべく不当な行為の片棒を担ぐ等といった特段の証拠も見あたらないので、その事情をも併せると、原告の前記供述部分はたやすく採用することができない。

4  本件重加処分の要件

(一) 一般論

ところで、通則法六八条一項は、過少申告をした納税者が、その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、その納税者に対して重加算税を課すこととしている。この重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。したがって、重加算税を課すためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい又は仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に隠ぺい又は仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものというべきである。しかし、右の重加算税制度の趣旨にかんがみれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも窺い得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の賦課要件が満たされたものというべきである(最高裁判所第二小法廷平成七年四月二八日判決・民集四九巻四号一一九三頁)。

そして、納税者が自己の委任している税理士に帳簿等を秘匿する行為も右の場合に含まれると解するのが相当である。なぜならば、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを使命とするものであり(税理士法一条)、納税者が課税標準等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装していることを知ったときは、その是正をするよう助言する義務を負うものであって(同法四一条の三)、納税者から正しい帳簿等が提出されればそれに従い正しく税務申告をしたはずであるから、納税者がこのような職責を負う税理士に提出すべき帳簿等を提出しないことは、重加算税の賦課要件を検討するに当たって、無視し得ないからである。

(二) 事業所得

そこで、(一)の法理を本件についてみるに、前記認定の事実によれば、原告は、青色申告の承認を受けた者としての税法上の義務に違反し、スナック鏡の売上金額に関する唯一の原始資料である売上伝票を破棄し、爾後の整理簿及び売掛帳の記帳内容の検証を著しく困難にしたのみならず、顧問税理士である森藤税理士から、毎年決算の際に、あらかじめ収入金額や必要経費に係るすべての書類を持参するよう指示されていたにもかかわらず、本件確定申告に際し、同税理士に、提出した書類が原告の事業所得に係るすべてのものであり、売上金額は整理簿に記入した以外にはない旨の虚偽の申立てを行い、掛売り分の売上げを記載した売掛帳とその回収口座にしていた預金通帳を秘匿し、森藤税理士をして過少な所得金額による確定申告書を作成させ、右確定申告書を被告署長に提出させていたのであり、これにより原告が隠ぺいした収入金額は、合計一九三〇万一七五三円(平成三年分一三八九万二八九五円、平成四年分五四〇万八八五八円)にも上るのであるから、原告は、当初から平成三年分及び四年分の事業所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも窺い得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたものというべきである。

そして、確定申告から修正申告に至る事業所得に係る収入金額ベースの増額分は、掛売分の計上漏れであり、それは、すべて仮装又は隠ぺい行為によるものということができる。

(三) 不動産所得

また、前記認定の事実のとおり、原告は、豊ビル一階部分を賃借し、これをキリンに転貸するに際し、まず、昭和五二年に設立されて以来全くの休眠会社であった大幸商事の名義で賃借することにし、次いで、大幸商事名義でキリンに転貸し、キリンからの賃料を三和銀行川崎支店の原告名義の普通預金口座に振り込ませて、これを自己の借入金の返済等に充てていたにもかかわらず、これによる収入を森藤税理士に告げずに秘匿していたものであり、しかもこれにより原告が得ていた賃料収入は、キリンからの賃料収入月額五四万〇七五〇円(消費税込み)から家主に支払う賃料月額三五万円を控除した差額一九万〇七五〇円であり、その額は年間二二八万九〇〇〇円にも上ること(丙第九号証、原告本人尋問の結果)に照らせば、原告は、大幸商事の名義を利用して、当初から平成三年分及び四年分の不動産所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも窺い得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたものというべきである。

そして、確定申告から修正申告に至る不動産所得に係る収入金額ベースの増額分は、本件転貸料の計上漏れであり、それは、すべて仮装又は隠ぺい行為によるものということができる。

5  本件重加処分の適否

以上によれば、原告の本件各係争年分の収入過少申告の原因となった行為は、通則法六八条一項の重加算税の賦課要件を満たすものというべきであるから、それから経費等を控除した所得金額及びそれに対応する納税者が過少となったことの原因は、少なくとも収入金額を右のようにして過少としたことにあるということができる。そうすると、右の過少収入金額から過少所得金額及び過少納税額を算出し、これに一〇〇分の三五を乗じて得られる重加算税額は、右の過少とした収入金額の大きさからして、本件重加処分における重加算税額を上回るものと推認されるし、原告もその算出過程を積極的に争点とする趣旨ではないと認められる。したがって、算出される重加算税額の範囲内でされた本件重加処分は適法である。

6  原告の反論について

(一) 事業所得について

(1) 原告は、原告が伝票を破棄したのは、伝票記載の金額を整理簿に転記した後のことであり、しかも、整理簿は、原告が青色申告承認の際選択した現金式簡易帳簿の代用となるものであるから、これを税法上重大視することは相当でないと主張する。

しかし、このような原始資料の破棄が税法に違反することは明らかであり、これが整理簿に記帳後されたものであっても、爾後の整理簿及び売掛帳の記帳内容の検証を著しく困難にしたことは明らかであり、これを軽視することはできないから、原告の主張は採用することができない。

(2) また、原告は、事業所得に関し、掛売り分は回収不能になることが多いため、これを年額四八〇万円とみて、これに自家消費分五〇万円を加えて申告していたものであり、たとえその実額が年額四八〇万円を上回ることが判明しても、原告に隠ぺい又は仮装の事実があったとはいえないと主張する。

しかし、原告は、掛売り分の売上げを記載した売掛帳と預金通帳を所持していたのであるから、これにより掛売り分の売上げが年額四八〇万円をはるかに超えて存在することを当然に知っていたというべきであり、しかも、原告は、森藤税理士から、確定申告の際、すべての書類を提出するよう言われながら、本件調査に至るまで売掛帳及び預金通帳を提出しないでこれを秘匿していたのであるから、原告に、課税標準等の計算の基礎となる事実について、隠ぺい又は仮装の認識があったことは明らかであり、この点の原告の主張も採用することができない。

(二) 不動産所得について

さらに、原告は、不動産所得に関し、キリンからの賃料は大幸商事の収入であり、原告個人の収入ではない旨主張する。

しかし、前記認定のように、大幸商事は設立以来税務申告もしておらず、営業実態を有しない全くの休眠会社であるから、このような会社を賃借人及び転貸人として賃貸借契約を締結し、転貸収入を自ら取得するのは、原告個人の収入を、大幸商事の収入であるかのように仮装したものといわなければならない。仮に原告が主張するように、真実この収入が大幸商事の収入であるというのであれば、その金額が前記認定のとおり年間二〇〇万円を超えることからしても、大幸商事は確定申告をしなければならないはずであるが、前記認定のとおり、大幸商事は一度たりとも確定申告をしていない。なお、この点につき原告は、大幸商事が赤字続きの会社であったため、大幸商事の収入として確定申告することをしなかったと主張するが、大幸商事は設立当初から営業実態のない休眠会社であったのであるから、これが赤字続きであったというのは不自然であり、結局右原告の主張は、全部採用することができない。

二  争点2(本件裁決の適法性の有無)について

証拠(乙第一ないし第四号証、弁論の全趣旨)によれば、被告所長は、原告が平成七年四月二七日に提起した本件審査請求の審理の過程で、原処分庁である被告署長から答弁書が提出されたため、その副本と、証拠の提出を促す「証拠書類等の提出について」と題する書面を、同年六月一九日、原告の肩書住所に宛て書留郵便に付して発送したこと、この郵便物は、その後被告所長に返送されなかったことが認められる。

そうすると、被告署長の答弁書副本は、発送の二、三日後である平成七年六月二一、二日ころに原告に送達されたものと推定される。してみれば、本件審査請求の審理に、原告の主張するような通則法九三条四項に違反する手続的瑕疵があるということはできない。よって、これを前提として、本件裁決も違法であるとする原告の主張は、理由がない。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官近藤裕之は、転任のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 岡光民雄)

別表一

平成二年分 課税処分等の経緯

<省略>

「総所得金額」欄の△印は、その金額が損失の金額であることを示す。

別表二

平成三年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表三

平成四年分 課税処分等の経緯

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例