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横浜地方裁判所 昭和23年(ヨ)171号 判決 1949年2月25日

申請人

全日本金属労働組合神奈川支部 月島機械鶴見工場分会

被申請人

月島機械株式会社

西村四郎

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、

被申請人らは、申請人所属組合員が横浜市鶴見区小野町九番地月島機械株式会社に出勤し、別紙職種目録記載の各自の在来の会社業務に従事することを妨げてはならない。被申請人西村四郎は、申請人組合員に対し、出勤を停止し、又は申請人の工場に入場するのを禁止してはならない。被申請人会社は、申請人に対し、申請人所属組合員の昭和二十三年八月十八日以降本件仮処分の裁判により就業するまでの別紙目録(一)記載の賃金の支払いをせよ。被申請人らは、申請人組合を除名された別紙目録(二)記載の者を出勤させてはならない。との裁判を求める。

事実

申請人は、被申請人月島機械株式会社の鶴見工場従業員によつて組織される労働組合であつて、全日本金属労働組合神奈川支部に所属するものである。

被申請人会社は、化学機械の製作を業とし、右鶴見工場のほか、東京都中央区月島に工場を有する株式会社である。

申請人組合員らは、労働者として、又、日本国民として、憲法によつて保障された、いわゆる働く権利を有するものであるが、被申請人らは、昭和二十三年八月二十五日、申請人組合に対し、被申請人工場長西村四郎の工場長命令なるものをもつて、不法にも申請人組合に対し、同月二十六日から当分の間、出勤停止及び工場入場禁止を命ずる旨を通告し、出勤カードを取り上げ、機械工場、変電所、倉庫、工具等を閉鎖するという暴挙をあえてし、申請人組合員の就業を不可能ならしめたのである。しかも、被申請人会社は申請人組合員が昭和二十三年八月十八日以降、継続的に労務の提供をなしているにもかかわらず、同日以降の賃金を支払わない。

なお、これより先、昭和二十三年八月六日、申請人組合の一部の組合員(四十五名)は、申請人の従来の方針に反対する旨を声明して、申請人に脱退届を提出して新組合の結成をはかつたのであるが、申請人は、同年九月十日、組合大会を開いて、前記脱退者の除名手続をとることを決定した後、所定の手続をへて、同人らを正式に除名し、同月十五日、被申請人会社に対し、この旨を通告するとともに、昭和二十二年十月十六日締結した労働協約第五条の規定(ユニオン・ショップ制)にもとずき、右除名者の解雇を要求したが、被申請人会社はこれに応じない。

右の如き次第であるので、申請人は、被申請人らに対して、労働協約履行、工場長命令の無効確認、賃金請求及び申請人組合被除名者の解雇請求の訴を提起しようとするのであるが、事態はすでに急迫をつげているから、このまゝ推移するならば、著しい損害を生ずることは必至である。

何となれば、右の如く長期にわたり業務を休止することは、いたずらに、貴重な資料を遊休せしめる結果となり且つ、その間、機械の機能をも低下せしめるのみならず、生産の停頓によつて、現下日本の再建に及ぼすところ甚大である。しかも、被申請人らは、現に多数の外注をようしながら、これをすべて、経営内の他工場で作業せしめ、申請人組合の脱落者を右工場に収容して働かせており、鶴見工場を廃止せんとする底意さえ見せている。

又、申請人組合員らは、賃料不払のため、現今のインフレ下にその生活は極度に困窮し、配給になる主食や乳幼児のミルクの購入及び病人の治療も不可能であつて、死に至る者もあり生活苦からする不測の事態も予想される。

なお、又、被除名者が工場に入場するならば、申請人組合は撹乱され、ために作業は進捗せず、不測の事故の生ずるおそれがある。

従つて、かかる損害を避けるためには、是非とも本件のような仮処分を必要とするので、本申請に及んだ次第である。

被申請人の抗弁に対し、「申請人が、昭和二十三年八月十八日、第二組合員に対して、協約のユニオン・ショップ制にもとずき、工場入場を拒止したこと、右協約中に被申請人らの主張する如き文言の条項のあること及び被申請人が右同月二十三日申請人の主張するような業務命令を発したことは認めるが、その余の事実は否認する。右協約は現在もなお有効なのである。」と述べた。

被申請人代理人は、主文と同旨の裁判を求め、答弁として左のように述べた。

「申請人の主張事実中、申請人及び被申請人がそれぞれ申請人の主張するような労働組合及び株式会社であること被申請人らが、昭和二十三年八月二十五日、申請人組合員に対し、被申請人工場長西村四郎の工場長命令をもつて申請人の主張のような命令を出したこと、被申請人が、申請人の主張する如く賃金を支払わないこと、同年八月六日、申請人組合の一部の組合員(四十五名)が申請人従来の方針に反対する旨を声明して、脱退届を提出し、新組合の結成をはかつたこと、(以下第二組合と称する)、申請人が同年九月十五日、被申請人会社に対し、右脱退者を除名したから、昭和二十二年十月十六日締結の労働協約第五条(ユニオン・ショップ制)にもとずき、右除名者を解雇するよう要求してきたことは認めるが、その他の主張事実は、すべて否認する。

そもそも、申請人は、前記第二組合員が申請人組合を脱退した後、同年八月十八日、右第二組合員らに対して、前記協約のユニオン・ショップの規定にもとずき、鶴見工場への入場を阻止した。

しかし、右協約第三十条には「此ノ協約ハ一九四七年十月十六日ヨリ向フ六カ月間ヲ有効トスル。但シ、有効期間中デモ双方合意ノ上デ改訂スル事ガ出来ル」とあり、更に、第三十一条には「有効期間満了二週間以前ニ会社又ハ組合カラ別段ノ申出ガナイ時又ハ改訂成立調印迄ハ此ノ協約ノ効力ハ自動的ニ一カ月宛延長スル」とあるので、被申請人会社は、昭和二十三年三月三十一日、申請人に対し、協約有効期間である六カ月で右協約を終了させる旨を通告したから、右協約は、同年四月十五日限り失効し、もはや効力を有しない。従つて、申請人の右の如き第二組合員の入場を拒止する行為には、何ら根拠なく、明らかに業務妨害である。この故に、被申請人会社は、同年八月二十三日、工場従業員全員に対して、平常作業につくよう業務命令を発したにもかかわらず、なお、申請人組合員らは工場を占拠して、これに従わないので、更に、申請人主張の如き工場長命令を出したのである。従つて、被申請人の右行為は正当なものであるから、これに従い債務の本旨にしたがつて従業しない申請人組合員に賃金を支払わないのは当然であり、又、右の如く労働協約の失効している現在、第二組合員を解雇する義務も有しない。 (疎明省略)

理由

本件申請の要旨は、申請人組合員らは、勤労の権利を有するのにかかわらず、被申請人らは、不法にもこれを妨害して就業せしめないばかりか、賃料を支払わず、且つ、労働協約中のユニオン・ショップの規定に違反して、申請人組合脱退者、すなわち第二組合員の出勤停止及び解雇をなさないから、申請人は、被申請人らに対し、労働協約履行等の訴を提起しようとするのであるが、事態はすでに急迫して、このまゝ推移すれば、いちぢるしい損害を生ずること必至の状勢であるから、とりあえず、被申請人らの申請人組合員に対する妨害排除、賃金請求及び第二組合員の出勤停止の仮処分を求めるというのであるが、申請人が、その所属組合員において、被申請人に対し有すると主張する労働させることを請求する権利又は賃金支払を求める権利なるものは、いずれも所属組合員個人に属する権利であつて、すでに発生したこれらの権利について、当該労働組合がこれを処分する権能を認めた規定がないから当該労働組合は、これらの権利を訴訟において追行する適格を有しないものというのほかはない。従つて、申請人は、申請人組合に属する労働者の右各権利について、保全の請求をする適格なく、この点に関する本件保全の申請は、その理由がないものといわなければならない。

次に右協約の第三十条及び第三十一条に、被申請人ら主張のような文言の規定があることは、当事者に争いなく右文言は、有効期間満了二週間以前に、会社又は組合から、廃棄の意思表示のない限り、右協約の効力は、自動的に一カ月ずつ延長せられ、たゞ新協約の改訂が当事者間に成立し調印せられたときは、このときをもつて、協約の効力が消滅する旨の趣旨であると解しうべく、又、証人太田勝郎の証言によれば、被申請人会社は、昭和二十三年三月末、申請人に対して、右廃棄の意思表示をなしたことを認めうるから、右協約の効力は、協約有効期間である六カ月、すなわち同年四月十五日限り消滅したものということができる。従つて、その後、被申請人が申請人組合を除名せられた第二組合員を解雇しなくとも、何ら不当ではない。

本件申請中、右協約中のユニオン・ショップの規定にもとずき、第二組合員の出勤停止を求める申請も理由がない。

しからば、本件申請は、いずれも失当であるから排斥されなければならない。故に、申請費用は、敗訴した申請人に負担させて主文のように判決する。

別紙目録

目録(一)

会社組合協議決定せる組合員一カ月分賃金 合計 六十一万七千八百七十九円

不払賃金二カ月分合計 百二十三万五千七百五十八円

目録(二)

月島機械株式会社鶴見工場従業員

被除名者氏名

竹並栄、田口重男、北條武八郎、堀井精二、山口近、永井千代、吉沢信一

職種目録省略

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