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横浜地方裁判所 昭和23年(行)47号・昭24年(行)4号 判決

原告 国見保

被告 神奈川県農地委員会

一、主  文

被告が昭和二十三年九月一日になした別紙目録記載の1ないし49の土地に対する小田原市農地委員会の農地買収計画不服の訴願についての裁決は取消す。

被告が昭和二十三年十二月十五日になした別紙目録記載の51および52の土地に対する小田原市農地委員会の農地買収計画不服の訴願についての裁決は取消す。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は、これを十五分して、その一を原告、その十四を被告の負担とする。

二、事  実

(請求の趣旨)

「被告が昭和二十三年九月一日になした別紙目録記載の1ないし52の土地に対する小田原市農地委員会の農地買収計画不服の訴願についての裁決は取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

(被告のもとめる判決)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」

(請求の原因)

小田原市早川所在の別紙目録記載の1ないし52の土地は原告の所有であるが、小田原市農地委員会は、そのうち35ないし41、44ないし46の土地については昭和二十二年八月二十九日、1ないし34、42、43、47ないし50の土地については、同年十二月二十三日、51と52の土地については翌二十三年九月十三日それぞれ農地として買収計画決定をなしたのでこれを不服とする原告は異議の申立をなして却下せられ、さらに被告に対し訴願をなしたところ、被告は、1ないし50の土地については昭和二十三年九月一日、51と52の土地については同年十二月十五日に、いずれも訴願を棄却するむねの裁決をなした。

しかしながら、右各裁決は、つぎの理由により違法である。すなわち、これらの土地(50の土地をのぞく)は、いずれも山林であつて、そのうち35ないし49の土地は、昭和二十四年四月頃原告が杉、檜の苗木を植裁したところであり、その他の土地は戦時中、軍が地上に生育していた立木をほしいままに伐採してしまつたので、昭和二十一年四月頃原告が杉、檜の苗を植裁し、さらに翌二十二年四月頃これらの苗木を補植したところである。また50の土地は田であるけれども、国鉄早川駅に近接し都市計画により住宅地に指定され、ちかく使用目的の変更せらるべき土地である。このように本件土地中50をのぞく土地は農地ではなく、また小作地でもない。また50の土地は農地であつても買収すべきものではないから、本件裁決はいずれも違法である。よつて、その取消をもとめるため本訴におよぶ。

(被告の主張)

原告の主張事実中、1ないし34、42、43、47ないし52の各土地が原告所有であること、原告主張のごとく本件各土地について小田原市農地委員会が買収計画決定をなし、これに不服な原告が所定の手続をへて、被告は訴願したところ、被告はこれを棄却するむねの裁決をなしたこと、原告がその主張のころ本件35ないし49の土地に植林したこと、本件50の土地が田であることはみとめるが、その他の事実は否認する。本件35ないし41、44ないし46の各土地は、いずれも訴外の日本原鉄燃料株式会社の所有であつて、登記簿上も同会社の所有名義となつている。また本件各土地は、別紙目録記載の各小作人が右目録記載のごとき時期から右目録記載のごとき小作料をもつて期間を定めずに賃借して耕作してきたものであつて、農地にして、しかも小作地である。(立証省略)

三、理  由

小田原市農地委員会が別紙目録記載の各土地につき、農地買収計画決定をなし、原告が所定の手続を経て、被告に訴願したところ、被告はこれを棄却するむねの裁決をしたことは当事者間争いがないところである。しかして本件土地中1ないし34、42、43、47ないし52の各土地が原告の所有であることは当事者間争いがなく、35ないし41、44ないし46の各土地が原告の所有であることは証人国見惣三郎の証言および原告本人尋問の結果ならびに右原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二、三号証により、これを認めうる。右各土地のうち50の土地をのぞくその他の土地が農地であるかいなかにつき、当事者間争いがあるから、これを検討するに、証人浦井忠蔵、国見勇吉、鈴木信太郎、青木清、青木源太郎、石川孝平、高橋正平、青木勝太郎、浦丈助、国見惣三郎、国見やを、加藤美雪、田原ヒサ、湯山清光、青木斧吉、日下部惣五郎、井上芳明、国見恒春、鈴木寅雄、下田栄一郎、国見勝次郎、鈴木盛之助の各証言、原告本人国見保尋問の結果および右原告本人の尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四号証右証人高橋正平の証言により真正に成立したと認められる甲第十一号証、右証人青木勝太郎の証言により真正に成立したと認められる甲第十二号証ならびに各検証の結果を綜合すると、右各土地は山林で相当樹令の樹木が一面に生立していたところ、昭和十九年より昭和二十年の終戦時にかけて、陸軍において、その生立していた樹木を伐採したため、原告はその伐採路地である別紙目録記載の35ないし41、44ないし49の各土地に、昭和二十年四月頃に二、三年生の檜および杉の苗を植えたが、当時食糧不足の折柄、国見勇吉その他数名の者の請により、植樹と植樹との間に農作物のさいばいを許すとともに、樹木の成長を害さず、農作物のさいばいが樹木の成長に妨げとなるにいたつたときは返地することを約せしめ、右数名の者は植樹の間を開墾し、農作物をさいばいし、その他の伐採跡地については丁度植林の時機でなかつたので伐採後直ちに植林はしなかつたが、同じく食糧増産のため国見勇吉外十数名の者の請により、開墾の上農作物をさいばいすることを許容したが、原告はこれらの土地を農地に変更する考はなかつたので、原告がこれらの土地に植林する場合は、右十数名の者は樹木の成長に妨害となるようなことをせず、農作物のさいばいが樹の成長に妨げとなるような時期が到来すればこれを返地する旨約し、これら十数名の者は右各土地を開墾し、農作物のさいばいを始めたが、その翌年四月頃原告においてこれらの者の承諾のもとにこれらの土地に二、三年生の松、檜および杉の苗を植え、その後も原告は本件各土地に(50を除く)松、檜または杉の苗を補植し、本件買収計画当時には本件各土地(同上)には、原告において植苗した樹木その他の樹木が生立しているとともに、その樹間に農作物のさいばいせられていた事実を認めることができる。右認定に反する証人青木斧吉、日下部惣太郎、井上芳明、国見恒春、鈴木寅雄の各証言部分はこれを信用しない。しかして右事実によれば本件各土地(50を除く)の上には農作物がさいばいせられるとともに、植林せられた樹木が生立しているのであるが、その主たる用途が樹木の生立であること右認定により明かであるから、かかる土地は自作農創設特別措置法にいわゆる農地でなく、山林であると解するを相当とする。この故に、小田原市農地委員会がこれらの土地を小作地として買収計画を決定したことおよびこの決定に不服な原告が被告に訴願したところ、被告がこれを棄却するむねの裁決をなしたことはいずれも違法な処分であるといわなければならない。

つぎに、本件50の土地は小作地(田)であるが、原告はその土地が国鉄早川駅にちかく都市計画により住宅地として指定され、将来使用目的の変更せらるべき土地であるから買収すべからざるものなりと主張するけれども、たとえ将来において住宅地となるべき農地であつても、これを買収することは何ら違法とはいいえないから、右原告の主張は理由がない。したがつて、小田原農地委員会が右土地につき買収計画決定をなしたことおよび被告がこれに対する原告の訴願を棄却するむねの裁決をなしたことは相当であつてなんら違法ではない。

しからば本件各土地について、被告の裁決の取消をもとめる原告の本訴請求は50の土地以外については正当であつて認容すべきものであり、50の土地については排斥さるべきである。よつて、訴訟費用は、これを十五分して、その一を一部敗訴の原告に、その十四を一部敗訴の被告に負担せしめて主文のように判決する。

(裁判官 牧野威夫)

(目録省略)

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