大判例

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横浜地方裁判所 昭和24年(ヨ)36号 判決 1949年8月01日

申請人

東京芝浦電気株式会社

被申請人

東芝労働組合連合会

右代表者

執行委員長

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、「被申請人は、昭和二十四年三月一日から当事者間で実施していた労働協約第三条ないし第八条に違反し、又は、違反するおそれのあることを理由として争議行為をしたり、被申請人に加盟している労働組合をして争議行為を行わしめてはならない。」との裁判を求めた。

事実

「申請人は、電気機械器具類の製造販売等を業とし、全国五十五個所に工場及び事業場を有する株式会社であり、被申請人は申請人会社の直系(昭和二十四年二月二十七日被申請人は直系および傍系と変更)の工場、事業場の労働組合で構成された連合会で、その加入組合は現在四十組合である。

申請人は、昭和二十三年三月一日、被申請人と労働協約(昭和二十一年五月十一日以来、申請人と東芝労働組合関東連合会および関西連合会との間に締結されていたもの)を締結した。

この協約は、いわゆる労働者の経営参加を認めたものであつて、その主要条項は、次のようなものであつた。

第三条 会社及び連合会は各代表者を以て組織する経営協議会を設く。経営協議会に関する規程は別に之を定む。

第四条 会社は組合員を解雇し又は転任せしめんとする場合は予め組合の同意を得るものとする。

第五条 会社が組織又は職制の改廃法令に依らざる工場施設の大変更を為さんとするときは会社は之を経営協議会に附議す。

第六条 会社が組合員の給料賃金其の他給与規程を変更改廃せんとするときは之を経営協議会に附議す。

第七条 会社が組合員を表彰し又は罰せんとするときは会社は之を各事業場運営協議会に附議す。

第八条 会社は組合員の福利厚生(文化諸事業を含む)に関する事項を経営協議会に附議す。

第二十二条 本協約の期間は調印の日より一月とす。

本協約期間満了十日前迄に会社又は連合会より本協約の終了につき申出なきときは本協約期間は満了の日より一月間更新せられたるものとす。更新せられたる協約期間につき亦同じ。

会社又は連合会より前項の申出ありたるときは新たなる労働協約締結に至る迄の期間本協約を有効とす。

しかしてこの協約に規定せられている協約の有効期間は、一ケ月というはなはだ短期間なものであつたけれども(同協約第二十二条第一項)、一ケ月毎の更新規定があり(同条第二項)、これによつて、毎月更新されて、右協約は、昭和二十四年二月末にいたるまで継続して当事者間に実施されてきた。

しかるに、被申請人は、昭和二十四年二月二十七日、ほしいままに、申請人の従業員でないものを構成要素とする労働組合をも、被申請人組合に加入せしめることのできるように、被申請人の連合会規約なるものを変更した。したがつて、これにより、被申請人組合の性格は一変し、従前のものと同一性を失つたから、右協約は申請人・被申請人間には存しないこととなつた。

かりにしからずとしても、右協約には不備な点が多数ある上に、当時、いわゆる経済九原則、賃金三原則が連合軍より日本政府に指示せられた結果、積年の赤字になやむ申請人としては、どうしても企業整備にとりかかる必要があり、しかも、これを円滑に実施するためには、是非とも協約を改訂する必要があつた。そこで、申請人は、昭和二十四年二月十五日、前記労働協約は同月末日をもつて終了せしめ、更新する意思のないことを被申請人に通告するとともに、新協約案(百八十ケ条)を提示したのである。したがつて、右協約は、同年二月末日をもつて期間満了となり、じ後は、協約中の自動延長規定(同協約第二十二条第三項)により、従来の協約内容が期限の定めのない協約として存続することとなつた。しかして、さきに提示した協約案については、被申請人と数回にわたり審議したけれども、その審議の経過をみると、被申請人の新協約締結の誠意をうたがわざるをえないような状態であつた上に、同年二月十八日には、持株会社整理委員会から、過度経済力集中排除法による工場、事業場の処分指令案が示達されたので、いよいよ早急に企業整備にとりかからねばならなくなつた。よつて、申請人は、同年三月十三日、被申請人に対し、同月二十八日までに新協約の締結をみるにいたらないときは、現在実施中の期限の定めのない協約は解除する旨を通知したのである。しかし、右同日にいたるも、ついに、新協約は締結せられるにいたらなかつたので、従来の協約は、同日かぎり解除されたわけである。仮に然らずとするも労働法改正後申請人は被申請人に旧協約を存続せしめる意思のないことを通知したから、旧労働協約は有効に存続することができない。

したがつて、いまや、いずれの点よりみるも、申請人・被申請人間には、右協約は存しないから、申請人は、右協約の条項、殊に、第三条ないし第八条による被申請人の経営参加なしに、自由に企業整備を行いうべきものであるにもかかわらず被申請人は、これを争つているので、申請人は、被申請人に対し、経営権確認(協約第三条ないし第八条による労働者の経営参加をうけない経営権の確認)の訴を提起せんとするのであるが、すでに去る六月十七日、前記処分指令案が決定指令として示達されたので、申請人がいよいよ企業整備計画実行のため、前記協約の第三条ないし第八条に関連ある事項を、該規定に拘泥せずに実施しようとすれば、被申請人は、これに対し、その傘下の各労働組合を糾合し、且つ、外部団体とも連係して、ストライキその他の争議行為にでることは必至である。しかし、かくなつては、申請人の企業整備は、これらの争議行為により妨害されて、ついには申請人の企業は破滅に瀕する危険がある。このような危険の存するのにあえて右のごとき争議行為にでることは不当であるから、これを阻止するため本申請におよんだ。」

被申請人代理人は、主文と同旨の裁判を求め、答弁として左のようにのべた。

「申請人の主張事実中、申請人および被申請人がいずれも申請人主張のような団体であること、(ただし、被申請人加入組合は四十二組合である。)申請人と被申請人は、昭和二十三年三月一日労働協約を締結すること、右協約の第三条ないし第八条及び第二十二条が申請人主張のごときものであること、右協約が申請人主張のごとく更新せられてきたこと、被申請人が同年二月二十七日申請人主張のごとく規約を変更したこと、連合軍から経済九原則、賃金三原則の指示のあつたこと、同年二月十五日申請人から同月末日をもつて協約を終了せしめる旨の意思表示があり、且つ、新協約案の提示のあつたこと、新協約案について申請人と被申請人とが数回にわたつて審議したこと、昭和二十四年二月十八日持株会社整理委員会から申請人主張のごとき処分指令案が示達されたこと、同年三月十三日申請人が被申請人に申請人主張のごとき協約解除の通知をしたこと、同月二十八日にいたるも新協約が締結せられなかつたこと、昭和二十四年六月十七日、持株会社整理委員会の指令が発せられたことはいずれも認めるが、その他の事実は、すべて否認する。

そもそも、昭和二十三年三月一日締結の労働協約は、申請人の協約を終了せしめる旨の意思表示により、昭和二十四年二月末日をもつて期間満了したけれども、同協約は、その後も、同協約第二十二条第三項に「会社又は連合会より、前項(すなわち、協約終了)の申出ありたるときは、あらたなる労働協約締結に至る迄の期間、本協約は有効とす」と規定されているごとく、新協約が成立するまで有効である。しかも、かくのごとき規定がある以上、当事者は、いかなる場合においても一方的に労働協約を破棄することはできないと解するのを相当とする。

そして、申請人は、本案訴訟として、経営権確認の訴を提起せんとしていると主張するが、そもそも経営権なるもの自体が不明確であるのみならず、右の本案訴訟と本申請とがいかなる関係にあるかも不明であつて、本案との関連において、本件申請は保全の必要を欠くものといわなければならない。

また、本件申請は、結局、憲法によつて保証された勤労者の団体行動権、すなわち争議権を無視せんとするものであつて、到底容認されるべきものではない。

したがつて本件申請は却下せられるべきものである。」(疎明省略)

理由

本件申請の要旨は、かつて申請人、被申請人間に存した労働協約には、申請人が被申請人の同意なくして被申請人組合員の解雇等をなしえない旨および経営協議会に附議することなく申請人の組織、施設その他組合員に対する給与規準等を変更、改廃しえない旨の規定が存するのであるけれども、右協約の失効した現在、申請人は、右条項のいかんにかかわらず、自由にこれらの事項を実施しうべきものであるのに、被申請人は、右協約の有効を主張して、右実施を阻止すべく、争議行為をなさんとしている。しかし申請人企業としては、被申請人の争議行為によつて、企業整備を阻害されるならば、いよいよ破滅するのほかなく、したがつて、右の理由による争議行為は、いたずらに、企業の破壊のみを目的とするものであつて、まさに違法な争議であるから、被申請人は旧労働協約第三条ないし第八条に申請人が違反し又は違反するおそれのあることを理由として争議行為をしたり被申請人に加盟している労働組合をして争議行為を行わしめてはならない旨の仮処分を求むというのであつて、右申請は、結局、申請人および被申請人の代表者をもつて組織する経営協議会の同意なくして被申請連合会を組織する労働組合に属する組合員を解雇、転任、給料、賃金その他の給与規定を変更改廃し、組合員を罰せんとし、又は、申請人の組織又は職制の改廃、工場施設の大変更をなし、又は、しようとする場合、これを理由として労働争議をしてはならない旨の仮処分を求めるというに帰する。しかして、旧労働協約が失効しているにおいては、申請人が経営協議会の同意なくして、右のような処置をすることができることは当然であるが、労働者が自己の生活の維持ないしは地位の向上をはかるため、組合を結成して、争議行為にでることは、これまた、憲法その他の法令によつて容認された正当な権利であつて、しかも、前記のような申請人の処置が被申請人連合会を組織する労働組合の組合員の生存の維持、又は地位の向上に重大なる影響をおよぼすことは、まことに明らかであるから、申請人が自己の意思のみにより、前項のような処置を断行しようとする場合、これを阻止せんがため、被申請人が争議行為をしたり、又は、被申請人に加盟している労働組合をして争議行為を行わしめても、これのみをもつて、ただちに違法なりと断じがたい。

しからば、申請人主張のその余の点について判断するまでもなく本件申請は失当であるから、これを排斥し、申請費用は、敗訴した申請人に負担せしめて、主文のように判決する。

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