横浜地方裁判所 昭和27年(ヨ)29号 判決 1952年7月08日
申請人 小清水実
被申請人 株式会社大船光学機械製作所
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一申請の趣旨
申請人は
一、被申請人が昭和二七年一月六日附で申請人に対して為した解雇の効力を停止する。
二、被申請人は申請人に対し昭和二七年一月一日以降毎月一〇、八八一円五〇銭(内五、一〇〇円は毎月二五日支給分、残額六、七八一円五〇銭は翌月五日支給分)づつから税法所定の金額を控除した金員を支払え。
との裁判を求めた。
第二申請の理由
一、申請人は昭和二六年三月一四日から被申請人会社の従業員で一月平均一〇八八一円五〇銭(内基本給五一〇〇円は毎月二五日支給、能率給平均六七八一円五〇銭は翌月五日支給)の給与を受けていたところ、被申請人会社は同年一二月二九日申請人に対し、昭和二七年一月六日附で解雇する旨通告した。
二、然しながら右解雇の意思表示はつぎの理由により無効である。申請人は昭和二六年一〇月一日同社の従業員で組織した労働組合の組合長すなわち日本労働組合総同盟神奈川金属労働組合大船光学支部の支部長に選ばれ、以来組合運動の先頭に立つて活動し、ことに同年一一月二八日同支部の臨時大会の決議にもとずき、越年資金の獲得につき会社に申入を為し、強硬な態度をとつたため被申請人はこの挙に出たもので、これは明かに労働組合法第七条第一号に違反する。
三、申請人は前記給与によりその生活を維持するので、これが得られぬ時は生命に脅威を受け回復できない損害を蒙るから申請趣旨のような裁判を求める。
第三被申請人の答弁
一、第一の一の事実と二、のうち申請人が組合の支部長に選ばれたこと及び越年資金につき会社に申入をしたことは認めるが、右申入が組合大会の決議によることは知らないし、その他の事実はすべて否認する。
二、被申請人が申請人を解雇したのはつぎの理由による。
被申請人会社では就業規則第四八条第四号により従業員のうち通勤用定期乗車券利用者に対し月三五〇円を限度として通勤手当を支給することにしていた。申請人は実際は鎌倉市植木六七六番地所在の申請人が元勤務していた株式会社昌運工作所大船工場附設至善寮に住み、本籍地である神奈川県足柄上郡中井村井之口二〇五一番地には住んでいないのにかかわらず、自己の個人的都合で最初から計画的に中井村に住んでいるように届け、且つ主張して、同年一二月まで三五〇円づつ八回合計二八〇〇円を不正に取得した。しかもこの間七月中旬頃申請人が植木に現住する疑いがあつたので係員が確かめたところ同人は強く否定し、中井村に住んでいることを主張し、会社では当時その疑いを裏づける資料がなかつたので支給を継続していたが、同年一一月至善寮に住んでいることが確実になつたので、懲戒解雇しようとしたが、組合の意向や本人の将来を考慮し、就業規則第五八条第九号の会社の運営上已むを得ない場合に当るものとして解雇したものである。
このような不正行為をする従業員をそのまま就業させておくことは会社の損失でもあり、他の従業員への影響も悪いので、社内の秩序維持のため解雇するのは当然であるから前記解雇の意思表示は有効で、その無効であることを前提とする本申請は理由がない。
第四疎明<省略>
理由
まず、本件解雇が無効であるかどうかについて判断する。
乙第一号証の二、乙第二乃至六号証、乙第九号証の記載に、証人笹口晃、木村忠一、伊藤一男の証言を綜合すれば
(イ) 被申請人会社では就業規則により従業員のうち通勤定期乗車券利用者に対し、昭和二六年当時月三五〇円を限度として通勤手当が支給され、徒歩で三〇分以上かかる場所からバスを利用して通勤する者に対しても同様の扱いがなされていたこと。
(ロ) 申請人は入社の際の銓衡資料表によると神奈川県足柄上郡中井村井之口二〇五一番地がその住所で、国鉄二宮駅から大船駅まで乗車することになつていたので四月から六月まで毎月三五〇円づつ支給されていたこと。
(ハ) 七月頃になつて他の従業員の口から申請人が鎌倉市植木に住んでいるという話がでて、そこからでは通勤手当は支給されないことになるので、労務係が申請人を呼んでその点を問いただしたところ同人はこれを否定し、中井村に住んでいることを強く主張し、会社としては本人にそういわれてみるとその疑いを裏付ける何等の証拠もないので申請人の言葉を信用し、八月から一二月まで支給を継続したが、この際申請人の話により植木方面に住む従業員二名がバス代の支給を受けながら実際にはバスを利用していないことが判明し、通勤手当の支給を打切られたこと。
(ニ) その後一一月頃になつて申請人が植木六七六番地至善寮(申請人が元勤務していた株式会社昌運工作所大船工場附設のもの)に住んでいることが確実となり、同月二三日頃の重役会で議題となり、以前入社前の経歴を詐わつた者を懲戒解雇した例があるのにかんがみ申請人を同様の処分に付することに内定したこと。
(ホ) その後一二月この問題について会社と組合で協議が行われ、組合では委員会を設けて調査の末、「申請人は住所の点については入社当時会社の諒解を得ていると主張するがその確証なく、申請人の非を認めざるを得ないが解雇に値する程の行為ではない」という態度をとり協議は不成立となつたが、被申請人会社は本人の将来も考慮の上、就業規則第五八条第九号の「経営上やむを得ない事由がある場合には解雇する」旨の規定に則り申請人を解雇するに至つたこと。
を認めることがきる。
右の事実に徴すると、申請人は会社を詐つて通勤手当を不当に取得し、しかもその間一度会社から訊ねられ自ら受領をやめる機会があつたにもかかわらず、その行為を継続したもので、実質的には就業規則第六六条第三号の会社に対し詐りの行為があつた時に当るといえると同時に、このような行為をなす者をそのまま放置すれば他の従業員にも悪い影響を与え会社の秩序を紊乱し、経営に支障を来すおそれもあるといい得るのであるから前記第五八条第九号にも当ることになりいずれにしても解雇は一応理由があるものといわねばならない。
申請人が被申請人会社の組合長で会社との交渉に当り、他の幹部より強硬な態度をとつていたこと、及び会社側の解雇の意向が時あたかも越年資金の交渉中に表明されたことも認められるが、被申請人会社が申請人を解雇した決定的理由が前記のとおりである以上、これにより不当労働行為が成立する余地はなく、従つてこれを理由に本件解雇が無効であるとする本件申請はすべてその理由がないことは明かであるから、これを却下し、申請費用は敗訴の申請人の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判官 山本信政 地京武人 太田夏生)