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横浜地方裁判所 昭和28年(ヨ)664号 判決 1954年8月10日

申請人 林洋之助 外三七六名

被申請人 日本自動車工業株式会社

主文

申請人等の申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

第一、申請の趣旨

被申請会社は、申請人等に対してそれぞれ別紙目録のうち賃金欄に記載した金員を支払え、との判決を求める。

第二、申請の理由

一、申請人等はいずれも被申請会社(以下「会社」と略称する)の従業員であつて、右従業員をもつて組織する全日本自動車産業労働組合日本自動車工業分会(以下「組合」と略称する)の組合員である。

二、組合は昭和二十八年四月二十五日会社に対して賃金値上等に関する要求を提出し、団体交渉を申し入れ同年五月二日より同月十八日まで六回にわたつて団体交渉を行い、さらに同月二十一日、二十六日の両日これを続行したが、交渉は不調に終つた。ところで、会社の重役その他の幹部は企業経営を無視しても組合の組織を破壊し、これを自己の支配に屈服させようという意図のもとに同年五月二十七日から出社せず、爾来所在を晦まし、その社外逃避は七月二十七日に再出社するに至るまで続いた。これよりさき、組合は会社が誠意をもつて団体交渉に当ろうとする意図が見えないので、やむなく六月十一日からストライキを始めたが、会社はこれに対抗して同月十六日に立入禁止の宣言をした。その後組合は七月初旬より同月十日頃までの間に会社の下請業者や得意先などの事情を調査した結果、同月十日会社に対して東海バス、川中島バスの仕掛品の完成作業を開始する旨申し入れたが、会社は同月十四日これを拒否する旨の回答をした。そこで、組合はさらに七月十八日会社に対して七月二十日から職場の一部につきストライキを解除する旨申し入れ、それらを平常作業に復帰させるにいたつた。その後七月二十三日に東京の浜離宮で第十回目の団体交渉が行われたが、その席上で会社はまず生産再開の条件として、(1)会社の事務所を明渡すこと、(2)工場を明渡すこと、(3)ストライキ解除後の職場は職制の指示に従つて業務に従事すること、という三項目の要求をしたので、組合はそのすべてを承諾した。そして、組合では会社の幹部等に対して一日も早く会社に出社してくれるように要望したところ、会社は俄然ここで開き直り、組合に対して、(1)ストライキの全面解除、(2)組合要求の全面的撤回、(3)会社が赤字である間は組合は一切のストライキおよび就業時間中の組合活動を行わないこと、(4)組合は今後一切の紛争を行わないこと、(5)組合は今後一切の要求を行わないこと、という五項目を要求するにいたつた。しかし、この申出は組合に対し今後一切の組合活動の停止を求めるに等しいものであるため、その日の団体交渉も妥結しないままで終了した。ついで組合は七月二十七日から再出社を始めた会社の幹部に対して団体交渉の申し入れを為し、同月二十八日、二十九日の両日団体交渉を行つたが、会社は依然として前と同様の要求を固執し、その諾否のいずれかを求めるだけであるため、交渉はまつたく進展せず、かつ会社はそれ以後組合の連日にわたる要求にもかかわらず団体交渉に応じようとしなかつた。

三、しかるところ、同年八月五日会社は組合に対して工場閉鎖の通告を行い、有刺鉄線をもつて工場の大部分を囲んで組合員の出入を阻止し、さらに同月十二日組合の行つた団体交渉の申し入れを拒否し、かつ横浜地方裁判所に対して立入禁止の仮処分命令を申請した。これに対して、組合は企業を守るためには全面的にストライキを解除して平常作業態勢に入り紛争については団体交渉によつて解決する以外に方途はないと考え、会社に対し八月十五日よりストライキを全面的に解除して就業する旨を申し入れ、同時に、(1)工場閉鎖の解除、生産開始、(2)会社の生産復興計画の明示、(3)団体交渉の即時開始を求めた。これに対して、会社は八月十七日、組合の右要求をすべて拒否し、会社は解散をするため臨時株主総会を招集するつもりであると回答してきた。

かくして会社は八月十八日附をもつて九月二日に臨時株主総会を開催する旨の招集通知を株主に対して発し、九月二日に開かれた右総会で会社解散の決議を為し、九月三十日申請人等に対して解雇通知を発送してきた。

四、ところで、会社の為した前記工場閉鎖は、(1)七月二十三日に開かれた団体交渉のさい会社が組合に対して要求した五項目の承認をせまり組合の運営そのものを否定し、または組合の弱体化ないし破壊を図るために行われたものであり、かつ会社は組合との間の団体交渉で右要求を提出し、組合がこれを受諾しないかぎり交渉に応ぜられないとし実質的な意味での団体交渉を拒否したのであるから、右工場閉鎖は違法である。(2)また労使関係において経営者が労働組合に対して工場閉鎖なる争議手段をいかなる権能として為しうるかは争の存するところであるが、組合の争議手段に対して已むなく行われる、いわゆる防禦的工場閉鎖は兎も角として、それが組合の存在ないし運営そのものを否定し、あるいは組合をして経営者の一方的要望に屈服させ、これを弱体化ないし破壊することを目的として行われるごときいわゆる攻撃的工場閉鎖が違法であることは明らかである。ところで、本件にあつては組合が八月十五日からストライキを全面的に解除し、就労する旨の申し出を為した後においても会社は工場閉鎖を継続していたのである。すなわち、八月十五日以後の工場閉鎖は組合の争議手段に対抗するという意味は完全に失われ、もつぱら会社の絶大なる財力を背景として組合の弱体化ないし破壊を目的としてなされたものであるから右工場閉鎖は攻撃的性格を有し、違法である。(3)さらに会社が組合に対して、会社解散という労働者にとつて最大の脅迫を通告してきた八月十八日以後の工場閉鎖は、会社の解散準備のためになされたものであつて、組合の争議手段に対抗するという工場閉鎖本来の意味を有するものでなく、その違法なことは明白である。

五、以上において述べたところで明らかなごとく、組合がストライキを全面的に解除し、会社に対して労務の提供方を申し入れた八月十五日以後においては、会社は申請人等のなした労務の提供につき受領遅滞の責に任ずべきであり、したがつて申請人等に対してはそれぞれ賃金を支払うべき義務を有するところ、その労働基準法上の各平均賃金は別紙目録のうち平均賃金欄に記載のとおりであり、右八月十五日より会社が申請人等に対して解雇の通告を為してきた九月三十日までの賃金は別紙目録のうち賃金欄に記載のとおりである。

六、しかして、申請人等は六月十一日以後においては、九月三十日に会社が提供した解雇予告手当として賃金一ケ月分相当の給与を受けたほかには何らの金員の支給をも受けておらず、その生活は極めて窮迫しており苦痛甚だしいものがあるので、会社に対して前記別紙目録のうち賃金欄に記載の金員の支払を求むべき緊急の必要があるため本件仮処分申請に及んだ。なお、被申請会社は、会社においてはすでに清算手続に入つており、申請人等の請求する賃金は争いある債権であるため本件仮処分申請を認容されると不測の損害を蒙るおそれがあり、したがつて本件仮処分の必要性の存在を争うと主張するが、申請人等としては清算手続に入つておればこそかえつて仮処分を求める必要性は益々大であると考える。けだし、もし会社が申請人等の賃金債権を無視して残余財産を分配してしまつたならば、たとえ本訴において勝訴の判決を得たとしても、その執行は不能となるにいたるからである。これに反して、申請人等が本件仮処分によつて賃金の支払を受けた後万一本訴において敗訴した場合には、会社においてたとえその返還を求めるため時日を要するとしても、それは決して不可能ではない。申請人等は会社のごとく短期間内に消滅することを運命づけられている清算会社とことなり、生存を継続して行くためには何らかの就職の途を得るであろうし、また支払を求めている程度の金員は必ず返済可能の金額である。

さらに被申請会社は、本件仮処分申請が認容され請求金額の支払がなされると破産に移行するおそれがあり、したがつてその意味においても仮処分の必要性が存しないというが、それは該金員の支払の有無とは直接関係がなく、債務自体の大きさと会社財産の程度との均衡によつて生ずる問題である。しかも、賃金や退職金は一般の先取特権となるものであり、そのことは会社が破産することによつて何らの影響をも受けないところであるから、申請人等の有する賃料債権の弁済は否認権の対象となるものではない。したがつて、本件仮処分において請求する賃金の支払をなすのが清算会社であるため特別の損害を蒙るという理由にはならないし、これらの理由は仮処分における特別事情による取消が求められた場合に考慮せらるべき問題であつて、仮処分申請における必要性を阻却する事由となるものではない。

第三、答弁の趣旨

申請人等の申請はこれを却下する。との判決を求める。

第四、申請の理由に対する答弁

一、申請理由第一項のうち、申請人等がいずれも昭和二十八年九月三十日まで会社の従業員であつたことは認めるが、その他の事実は知らない。

二、申請理由第二項のうち、組合が昭和二十八年四月二十五日会社に対して賃金値上等に関する要求を提出し、団体交渉の申し入れをなし、同年五月二日より同月十八日まで六回にわたつて団体交渉を行い、さらに同月二十一日、二十六日の両日これを続行したが交渉が不調に終つたこと、組合が六月十一日よりストライキに入つたところ、これに対して会社が同月十六日立入禁止の宣言をしたこと、組合が七月十日会社に対して東海バス、川中島バスの仕掛品の完成作業を開始する旨申し入れたが、会社では同月十四日これを拒否する旨の通告をしたこと、組合が七月十八日会社に対して生産再開を申し入れたこと、会社が組合に対して、(1)ストライキの全面解除(2)組合の要求の撤回を求めたことは認めるが、その他の事実はこれを争う。

三、申請理由第三項のうち、会社が八月五日に工場閉鎖の通告を行い、有刺鉄線をもつて工場の大部分を囲んで組合員の出入を阻止し、また組合からの団体交渉の申し入れを拒否し、同月十二日横浜地方裁判所に対して立入禁止の仮処分を申請したこと、組合から会社に対して八月十五日以降ストライキの全面解除と平常業務のための指示を求める旨の申し入れがあつたが会社がこれを拒否したこと、会社が八月十八日附をもつて臨時株主総会を九月二日に開催する旨の招集通知を株主に対して発し、九月二日に開かれた右総会で会社解散の決議をなし、九月三十日に申請人等を解雇したことは認めるが、その他の事実はこれを争う。

四、申請理由第四項乃至第六項において主張の事実はいずれもこれを争う。

五、申請人等は会社がなした本件工場閉鎖は違法なものであると主張するがこれを争う。すなわち、組合は本件争議の当初から会社の経営乃至経理状態にかんがみとうてい応ぜられないような不当な要求をかかげて闘争に入り、組合自らストライキに入つたという六月十一日から八月十五日までの間はもちろんのこと、その前後を通じて職場放棄、車輌の出荷阻止会社施設の占拠、会社の工場管理排除、会社幹部の入門拒否、ビラ貼付等の違法行為を継続している。ことに七月十五日以後はストライキの一部解除と称しながら、会社の指示を待たないで勝手に人員を配置し、会社の資材を使つて生産したものであつていわゆる生産管理に入つていた。会社が八月五日以降工場閉鎖を継続したのはまさに右のような違法な争議行為に対処するためやむなく取つた措置である。申請人等は右の工場閉鎖をもつて組合の運営そのものを否定し、会社の要望に組合を屈服させるために行われたものであると主張するけれども、それはまつたく申請人等の独断であるというほかはない。しかも工場閉鎖後においても組合は更に会社施設を占拠し、工作物を破壊して工場に侵入し、会社の役員等に対して暴力をふるい、八月十三日には会社の拒否を排して本館会議室で全自共闘委員会を開催したりなどしたのである。組合は会社が清算手続に入つた後も会社業務を妨害する手を緩めず、横浜地方裁判所の発した立入禁止の仮処分に違反し、また執行吏による執行手続にも反抗して右手続の進行を妨げた。このような事態に対してなされた会社の本件工場閉鎖が当初より適法であることは明らかであり、組合からの一片のストライキ解除の通告によつてその適法性が失われるものではない。要するに、右のごとく組合は会社の事業運営及び清算事務の妨害を続けたので、これに対処するため会社はやむなく工場閉鎖の処置に出たのであり、九月末日になつてようやく申請人等従業員を解雇する手続を完了することができたのである。したがつて、申請人等が本件仮処分をもつて請求する賃金は、右のごとく会社の正当な工場閉鎖中のものであるから、会社はその請求に応ずべき義務を有しないのである。

六、次に申請人等は本件賃金支払の仮処分を求むべき必要性があると主張するがこれを争う。すなわち、前述のごとく会社は九月二日に解散し、現在清算の段階にある。しこうして、申請人等が請求する八月十五日より九月三十日までの賃金なるものは、会社としては支払義務がないものと確信しており、それはいわゆる争いある債権に該当する。清算手続において争いある債務の存するときは、その弁済に必要と認められる財産を留保して残余の財産を分配することを妨げないとされていることは商法第四三〇条第一項、第一三一条但書の規定にかんがみ明らかであるが、これら規定の趣旨とするところは会社債務の弁済をした後でなければ会社財産を株主に分配しえないという原則を貫くときは、争いある債務の存する場合にはこれを弁済しないかぎり残余財産の分配が不可能となることを避けるにあるものとされているが、一方当該債務の不存在が確定すれば、さらに株主に対して分配せらるべきものであることを予定しているのである。ところで、本件のごとき賃金支払の仮処分申請にあつては、その被保全権利たる債権が清算手続における争いある債権であることからして、右仮処分申請の必要性はとうていこれを認めがたい。元来、仮処分における必要性の認定は一種の合目的々裁量作用であつて、単に申請人側の事情のみならず、当事者双方の利益を較量してこれを定むべきものであるが、本件仮処分申請が認容され、会社に対して申請人等主張の賃金の支払を命ぜられるようなことがあれば、将来本案訴訟において会社が勝訴の判決を受け申請人等がその主張のごとき賃金債権の不存在が確定したとしても、会社がすでに支払を命ぜられた金員の返還を求めることは事実上不可能事に属する。もつとも、正常に事業を継続している会社については、あるいはそのようなことも看過しうる場合も存するかも知れないが、清算中の会社にあつては右のごとき事態は極めて重大でありとうてい許容せられぬところである。そして、それは株主固有の残余財産請求権を争いある債権によつて確定的に喪失せしめるものにほかならないし、また仮処分命令に基づく支払の結果会社財産が債務を完済するに不足であることが明らかとなつて破産に移行するにいたることが予想される(商法第四三〇条第一項第一二四条第三項、民法第八一条第一項)。かような結果を惹起するおそれが明白である以上、本件仮処分はその必要性を欠くものというべきであるから、これを認容せらるべきではない。

第五、疎明方法<省略>

理由

第一、申請人等がいずれも昭和二十八年九月三十日まで会社の従業員であつたこと、組合が昭和二十八年四月二十五日に会社に対して賃金値上等に関する要求を提出し団体交渉の申し入れをなし、同年五月二日より同月十八日まで六回にわたつて団体交渉が行われ、さらに同月二十一日、二十六日の両日これを続行したが交渉が不調に終つたこと、組合が六月十一日からストライキに入つたところ、これに対して会社が同月十六日立入禁止の宣言をしたこと、組合が七月十日会社に対して東海バス、川中島バスの仕掛品の完成作業を開始する旨申し入れたが、会社は同月十四日これを拒否する旨の通告をしたこと、組合が七月十八日会社に対して生産再開を申し入れたこと、会社が組合に対して、(1)ストライキの全面解除(2)組合の要求の撤回を求めたこと、会社が八月五日に組合に対して工場閉鎖の通告を行い、有刺鉄線をもつて工場の大部分を囲み組合員の出入を阻止し、また組合からの団体交渉の申し入れを拒否し、同月十二日横浜地方裁判所に対して立入禁止の仮処分を申請したこと、組合から会社に対して八月十五日以降ストライキの全面解除と平常業務のための指示を求める旨の申し入れがあつたが会社においてこれを拒否したこと、および会社が八月十八日附をもつて臨時株主総会を九月二日に開催する旨の招集通知を株主に対して発し、九月二日に開かれた右総会で解散の決議をなし、九月三十日に申請人等を解雇したことはいずれも当事者間に争いがない。

第二、(一) 被申請会社は八月五日になした本件工場閉鎖は正当なものであると主張するのに対して、申請人等はこれを違法であると抗争するので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない甲第十四号証乃至第十七号証、第二十二、二十五、二十八、二十九、三十号証、第七十八号証、乙第十三号証の二、三、第十六号証の二、第十九号証、第二十七号証乃至第三十二号証、第三十六号証、真正に成立したと認められる乙第十二、十五号証、第十六号証の一、第十七号の一、二、第十八号証の一乃至四、第三十四、三十五号証、証人赤生利夫の証言の一部及び証人堀久一郎の証言を綜合すると、組合が本件争議に入つた後の昭和二十八年五月十九日より六月十日までの間組合員全員が会社の許可を受けることなく随時職場大会、職場討議などを行つて職場放棄をなし、この間組合員の不就業時間は延四十九時間余に及んだこと、同年六月八日以後にあつては、組合は会社が他より注文を受け加工完成した車輌を出荷搬出しようとするのをしばしば実力をもつて阻止したこと、同年六月十一日ストライキに突入した後においては、組合は会社の許可を受けることなくして会社の諸施設を占拠するにいたつたので、会社は同日及び十三日の二回にわたつて組合に対し会社において諸施設の維持保全に当る保安要員の配置等に関する業務協定を申し入れたが、組合はこれを拒否し、さらに六月十五日には実力を行使して会社の課長以上の幹部が会社内に入ることを妨害し、他方会社役員の私宅に個人誹謗を主とするビラを貼付したりしたので、会社においては六月十六日守衛を除く組合員はストライキ中組合事務所以外の会社内の建物に無断で立入使用することを禁じ、特に第一事務所の一部を占拠している共同斗争委員会は即時に退去すべき旨を通知したが、組合は即日右通告一切を拒否し引続き占拠を続けたこと、その後会社は七月二日にいたり組合に対して会社施設の占拠、会社幹部の出入阻止を抗議するとともに、会社施設から即時退去すべきことを求めたが、組合はこれに応ぜず、かえつて七月十日には組合の当初の要求に対する会社の譲歩を求めるとともに、得意先の東海バス、川中島バスその他下請部品業者からの要請に基づくと称し受註した仕掛品の製作に当る作業班の編成、部品調査を完成し一部生産再開の体制にあるといい、また会社幹部の態度は無責任な経営放棄であると批難したので、会社は同月十四日これに対して組合の批難を反駁するとともに組合が速かに会社施設から退去すべきことを求めた、組合では直ちにこれを拒否し、次いで七月十八日には同月二十日午前八時三十分より事務部門及び技術部門の一部に対するストライキを解除し、受註車輌のうち東海バス、川中島バス両会社向けのバス十台の完成作業に着手する旨を会社に通告してきたので、会社においては同月十九日組合が占拠中の会社事務所その他の諸施設を即時に明渡し退去する意思の有無、スト解除後の職場は完全に会社の指揮下に入り職制の業務命令に服するか否かに関して回答を求めたところ、組合では同月二十日右照会をすべて拒否し依然として会社施設の占拠を継続するとともに同日よりスト解除と称する部分につき会社の業務命令に反して操業を開始し、爾後連日のごとく会社の材料倉庫の施錠を外して部品等を搬出し、その数量は著しく膨大なものであつたこと、会社は八月一日に会社施設等の保全を図るため総務課、経理課の要員並びに守衛、交換手を会社業務に服させること、会社事務所門の占拠を解き本館屋上の赤旗を撤去すべきことを要求したが、組合においては守衛、交換手が会社業務に服すること及び事務所の占拠解除に応じたのみで他の要求はすべて拒否し、しかもその間依然として会社の業務命令を排除して操業継続を止めなかつたこと、組合が六月十一日ストライキに突入して以来次第に経営が悪化し七月二十三日の団体交渉が行われた当時においては組合がストライキを継続すれば会社が解散せざるを得ないような状況にあつたこと(以上説示のうち、会社が六月十六日組合に対して立入禁止を宣言したこと、組合が七月十日会社に対して東海バス、川中島バスから受註した仕掛品の完成作業を開始する旨申し入れたのに対して会社が同月十四日その申し入れを拒否したことは前示のごとく当事者間に争いがない)が疎明され、これに反する乙第七十二号証、証人赤生利夫の証言の一部(前記措信する部分を除くその余の部分)は敍上の認定事実に照しこれを措信し得ない。

元来、工場閉鎖(作業所閉鎖)は、労働者に争議権が認められているのに対応して、使用者に認められた争議行為であつて、企業または事業の存立ないし工場施設等の安全を危殆ならしめ使用者に著しい損害を及ぼすべき労働者の争議行為が現存し、あるいは右のごとき争議行為の危険が明白である場合その他緊急已むを得ない事由の存する場合にはじめて許されるものであるから、使用者はもとよりこれを濫用することを許されぬところであり、したがつて使用者が何らの利益乃至必要も存しないにもかかわらずこれを行つたりなどするごとく社会観念上容認しえないような事情の存するときには、その工場閉鎖は違法であるといわねばならない。ところで、本件についてみるに、敍上認定のごとく組合は五月十九日以後においてはしばしば具体的な争議行為を行い、六月十一日以後ストライキに突入しているが、殊に七月二十日以降組合が会社の禁止命令を無視して操業の一部を開始し、かつ擅に会社の材料倉庫の施錠を外して部品等を搬出しはじめた後にあつてはすでに適法な争議権行使の限界を超え違法性を帯びるにいたつたものと認められる。しこうして、会社が八月五日になした本件工場閉鎖はまさに右のごとき違法な争議行為に対抗し、事業の存立および工場施設等の安全を図り、かつ会社の蒙るべき著しい損害を避けるため、やむを得ずしてなされた措置であると解せられそのほかに争議権の濫用と認むべき点はないから、右閉鎖は会社の正当な争議行為というべきである。

(二) 次に申請人等は、本件工場閉鎖は、(1)組合の弱体化ないし破壊と団体交渉の拒否を目的としたものであること、(2)いわゆる攻撃的工場閉鎖であること、(3)会社解散準備のために行われたものであることの三点を指摘して、該工場閉鎖は違法であると主張するのでこれらの点について判断する。

(1)、真正に成立したと認める甲第七十二号証、乙第三十四号証を綜合すれば、昭和二十八年七月二十三日に会社の申入れに従つて東京都内浜離宮の芳梅亭において第十回の団体交渉が行われたがその際会社提議にかかる一部操業等に関する三項目の要求を組合が受諾したところ、会社はさらに、(イ)組合が全面的にストライキを解いたうえでなければ生産を再開しない、(ロ)組合は従来の要求を撤回すること、(ハ)右要求に応じないときは会社は団体交渉に応ぜられないという提議をしたが、組合がこれを拒絶したため、同日の団体交渉も不調に終つたこと(以上説示のうち会社が組合に対して、(イ)ストライキの全面解除(ロ)組合の要求の撤回を求めたことは前述のごとく当事者間に争いがない)が疎明される。使用者が労働者に対して将来全面的にストライキを行われぬことの確約を求めるごとき行為は労働者の基本的権利を侵害するところであるから、もとより許容せらるべきではないが、労使間における特定の紛争解決の方策として使用者が生産再開の条件としてまず労働者がストライキを解くことを求め、あるいは争議の前提となつている労働者の要求の撤回を求めることは何ら差支えないところである。したがつて、本件において会社が組合に対して前示のごとき要求をなしこれが承諾を求めることは当然許容されるところであり、これをもつて組合の運営そのものを否定し、または組合の弱体化ないし破壊を図るために行われたものであるということはできないし、申請人等提出にかかる全疎明方法によつても、会社に右のごとき意図があつたと認めるに足りる疎明はない。また労働者が使用者と団体交渉を行いうることは憲法上保障されているところであり、使用者が正当の理由なくしてこれを拒むことは許されないが、労使間の主張に到底相容れない相違が存在し、その妥結点に達するための共通の基礎が見出しえないような事態の生じたばあいに使用者が団体交渉を打ち切つたとしても不当労働行為となることはない。もつとも、右のごとき場合にあつても、その後における客観的条件の変化や労働者の新提案があり、妥結点に達しうる可能性が多少なりとも生ずるにいたつても、使用者において団体交渉を行うことを確定的かつ全面的に拒否するがごときことは許されないといわねばならない。ところで、本件についてみるに、前示認定のごとく会社の新提案に対して組合がそれを拒絶したため、当事者間の主張に相容れない相違が生ずるにいたり、ついに団体交渉が不調となつたが、この会社の態度をもつて直ちに不当労働行為乃至違法であるということはできない。もつとも、前示のごとく会社は組合が会社の提案する要求に応じないときは団体交渉に応ぜられないと主張したことが認められるがその際会社はその後における客観的条件の変化などの有無を問わず、将来組合との間で団体交渉を行うことを確定的かつ全面的に拒否したものとは認められず、かえつてその直後の七月二十八日以後しばしば団体交渉が行われたことは成立に争いのない甲第五十号証の一部、第五十一号証、第五十二号証、真正に成立したと認められる甲第五十六号証によつて認めることができる。果してしからば、本件工場閉鎖をもつて組合の弱体化ないし破壊と団体交渉の拒否を目的とした違法なものであるという申請人等の主張はこれを採用しがたい。

(2)  使用者の行う工場閉鎖が正当であるためには、労働者の争議行為に対抗し企業または事業の存立ないし工場施設等の安全を防衛するために行われる防禦的なもののみに限られるか、それとも使用者が自己の主張を貫撤することを目的として行う攻撃的先制的なものであつても差支えないか否かについては争いの存するところであるが、工場閉鎖の認められた意義本質などを考えると少くとも前者を目的とする工場閉鎖が正当であることは明らかである。

ところで、会社が八月五日に為した本件工場閉鎖が組合の行つていた争議行為に対抗し、事業の存立および会社施設の安全等を防衛するためなされたものであること前示認定のとおりであるから該閉鎖は防禦的な意味を有する工場閉鎖であるということができる。もつとも防禦的な工場閉鎖であつても、申請人等所論のごとくそれが組合の存在ないし運営そのものを否定し、あるいは組合をして経営者の一方的要望に屈服させ、これを弱体化ないし破壊することを目的とするときは違法とせられねばならぬであろうが会社に右のごとき目的があつたと認められないこと前段説示のとおりである。

次に、申請人等は組合がストライキを全面的に解除し就労する旨申し出た八月十五日以後会社が引続き工場閉鎖をなしていたことは違法であると主張するので、この点について考察してみよう思うに、ストライキ中の労働者が完全にそのストライキを中止して平常の業務につき、平和的な団体交渉によつて紛争を解決すべき意思表示を為し、かつこれを認めるに足りる客観的状況があるにもかかわらず、使用者が依然として工場閉鎖を継続することは不当であるといいうるが、右のごとき意図乃至状況が認められず、あるいは著しく疑わしい場合にあつては、争議行為がなお継続中であると解するを相当とするから、労働者からの前記のごとき意思表示のあつたという一事によつて工場閉鎖の正当性が阻却せらるべきいわれはない。そこで、本件についてみるに、前示のごとく組合が会社に対して八月十五日以降ストライキの全面的解除と平常業務のための指示を求める旨の申し入れを為したことは当事者間に争いのないところであるが、成立に争いのない乙第五十五号証の一、二、第五十九号証、真正に成立したと認められる乙第四十七号証の一、二、第四十八、四十九号証、第五十六号証の一、二、第五十七号証の一、二、証人堀久一郎の証言を綜合すると、組合は右のごとくストライキ解除の申し入れにもかかわらず、その後依然として会社が立入禁止を命じた諸施設の占拠を継続し、八月二十三日には会社の禁止命令を無視して塗装工場で組合員家族大会を開催したりなどしてストライキを解除するといつても実質的には従前の状態とほとんど差異がなかつたこと、会社が申請した昭和二十八年(ヨ)第五〇九号立入禁止仮処分事件につき九月十四日当裁判所において、金三十万円の保証を立てることを条件として組合は会社の意思に反してその組合員を会社所有の土地、建物並びに施設内に立ち入らしめてはならない旨の仮処分命令が発せられ、その結果ようやく会社において組合の占拠中の諸施設の管理を取戻したこと、右仮処分決定がなされた後も、(イ)会社がいすゞ自動車株式会社に六輪起動車十四台を引渡すため九月十八日午前九時から準備を始め、午後三時頃発車させようとしたところ、組合員約六十名が正門前空地に集結してピケットラインを張り、実力をもつてその搬出を阻止したこと、(ロ)会社が同月二十一日東海バス九台、川中島バス一台、合計十台を搬出するため同日午前九時から準備を始め、午後二時頃出発しようとしたところ、正門前に集結していた組合員数百名がその場に坐り込み労働歌を高唱し進路を閉したため、会社において臨港警察署に連絡し約一ケ小隊の警察官の出動を求めたが、組合員は依然として右態度を変えなかつたため、警官隊が妨害者全員を検挙しそうな気配を示したので、午後三時頃ようやくにして通路を開き出車したこと、(ハ)同月二十八日いすず自動車株式会社等から和解調書に基づく車輌二十二台の強制執行を受けたのでその整備をしたところ、多数の組合員が門前に坐り込み車輌搬出の妨害をなし、執行を中止せしめるにいたつたことが疎明せられる。

しこうして、右認定のごとき状況にあつては、組合がストライキを完全に中止して平常の業務につき平和的な団体交渉によつて紛争の解決を求むべき意思があるとは認められないから、組合の前記申し入れがあつたにもかかわらず依然として継続された本件工場閉鎖の正当性もまた阻却せられることがないというべきであり、組合の右申し入れによつて防禦的意義をもつてなされた本件工場閉鎖が攻撃的性格を有するものに転換されるべきいわれはない。されば、右工場閉鎖が攻撃的意義を有し違法になるという申請人等の主張はこれを認容できない。

(3)  前示のごとく、本件工場閉鎖がなされた後会社において八月十八日附をもつて臨時株主総会を九月二日に開催する旨の招集通知を株主に対して発し、九月二日に開かれた右総会で解散の決議をなし、九月三十日にいたつて申請人等を解雇するにいたつたことは当事者間に争いがない。申請人等はそのため八月十八日以後の工場閉鎖は会社の解散準備のためになされたものであつて違法であると主張する。所論のごとく単に会社解散の準備のみを目的としてなされた工場閉鎖は違法であるといわねばならないが、前に認定したごとく本件工場閉鎖は組合の争議行為に対抗するためになされたものであり、成立に争いのない乙第六十三号証及び証人堀久一郎の証言によれば、会社においては組合の右争議行為のため事業を継続することが困難となり八月十四日の重役会で会社解散の決議がなされ、ついでその手続がとられたことが認められるから、本件工場閉鎖が単に会社解散の準備のためにのみなされたものであるということはできない。

しこうして、工場閉鎖中の会社が解散することは何の妨げもないところであり、また会社が解散することを明示した後においては直ちに工場閉鎖を解除せねばならぬという理由もないから、会社が解散の意思を明示した八月十八日以降の工場閉鎖がその故に違法となるいわれはなく、この点に関する申請人等の主張もまた理由がない。

(三) 要するに、会社が八月五日に為した本件工場閉鎖は一応正当と認められ、組合が八月十五日よりストライキを全面的に解除する旨の申し入れをなし、さらに会社が八月十八日会社解散の意思表示をしたことによつてもその正当性には何らの消長をも及ぼさなかつたというべきである。ただ会社解散の意思が明示された八月十八日より一ケ月有余を経た後の九月三十日にいたつてようやく申請人等を解雇する旨通告するにいたつたため、会社は些か怠慢のそしりを免れぬような感が存しないでもないが、前に認定したごとく会社が組合の手から会社の諸施設の占有を完全に取戻したのは、当裁判所から組合に対して立入禁止の仮処分命令の出された九月十四日以後のことであり、その後も引続き組合が会社の業務を妨害しており、証人堀久一郎の証言によれば、組合の争議行為によつて諸物品の換価処分その他の清算業務が甚だしく妨害され、そのため申請人等の解雇準備及び解雇通知が遅延したことが認められる。果してそうだとすれば、申請人等の解雇通知が遅延した責は、組合においてこれを負担しなければならないから、右解雇通知が著しく遅れ、そのため遅延後における本件工場閉鎖が違法となるということもできない。

第三、そこで進んで前段認定のごとき正当な工場閉鎖中における申請人等の賃金請求権の有無について判断する。

労働者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は憲法上保障されており、その正当な争議行為によつて使用者に損害を与えたとしても使用者はこれが賠償を請求できないとされているが、使用者の争議手段たる工場閉鎖については憲法上はもとより法律も何ら規定するところがないため、使用者が工場閉鎖を行つた場合に労働者が労務の提供をすることによつて使用者を受領遅滞におき賃金を請求しうるか否かの問題を生ずる。思うに右のごとく労働者が団結して自己に有利な労働条件を獲得する目的をもつて団体交渉その他の争議行為をなす権利が保障されており、しかもそれから生ずる債務不履行ないし不法行為による責任まで免除されている現行法の下においては、使用者がこれに対抗しうるほとんど唯一の手段たる工場閉鎖がなされ労務の受領遅滞があつたとしても、それが正当なものであるかぎり、賃金支払義務を免れうると解すべきである。けだし、工場閉鎖において使用者に受領遅滞の免責を認めないときは、結果においてその争議手段たることを否定することになり、かつそれは労働者に対して賃金を支払わないことによつてその要求を屈服せしめると同時に使用者もまた事業の一時停止を余儀なくされることにより積極、消極両面にわたつて多大の損害を蒙るわけであるから、右のごとく労働者の正当な争議行為にかぎり民事上の免責が認められているのに対応して、使用者もまた正当な工場閉鎖によつて賃金支払義務を免れると解するのが、労働法上における労使対等の原則及び衡平の理論にかんがみ相当であるというべきだからである。したがつて、前段認定のごとく会社のなした本件工場閉鎖をもつて正当な争議手段であると認める以上、申請人等は会社に対し工場閉鎖中における賃金請求権を有しないといわねばならない。

第四、以上の説示によつて明らかなごとく申請人等の本件仮処分申請については仮処分の理由が疎明されず、かつ保証をもつてこれに代えることは相当でないと認められるので、その他の点について判断するまでもなく失当として却下し、申請費用はこれを申請人等に負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田繁勝 岡村治信 岡垣学)

(別紙目録省略)

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