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横浜地方裁判所 昭和28年(ワ)58号・昭26年(ワ)112号 判決

原告 鈴木喜一郎

被告 杉本清吉 外一名

一、主  文

被告杉本清吉は原告に対し、別紙目録<省略>記載の家屋を明渡し、且昭和二十六年十月十六日以降右明渡済みに至る迄月金三千円の割合による金員を支払え。

原告の被告杉本静江に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を原告、その余を被告清吉の負担とする。

本判決は原告勝訴の部分に限り金五万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

二、事  実

(請求の趣旨)

被告杉本清吉は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡し、且昭和二十六年十月十六日以降右明渡済に至る迄一月金三千円の割合による損害金を支払え。

被告杉本静江は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

担保を条件とする仮執行の宣言。

(請求原因)

(一)  別紙目録記載の家屋はもと訴外渡辺数夫の所有であつたところ、被告清吉は昭和十四年頃同訴外人よりこれを無断模様替えをしない旨の特約で賃借し、果実販売等を営んで来たが、原告は昭和十九年十月二日右訴外人より右の家屋を買受け、同人と被告清吉との賃貸借関係を承継し、賃料は昭和二十五年七月より月金三千円と改めた。

(二)  本件家屋はその構造性質上商品の店頭販売を目的とする店舗であるが、被告清吉はその用法並びに前記模様替禁止の特約に反し、昭和二十六年五月頃店内の柱二本を切取り、床板を取払い、店舗の中間にあつた間仕切りを取外す等の模様替えをして、これをパチンコ遊技場として使用しだした。パチンコ営業は家屋保存上危険率多く又風俗上も好ましくなく、この種営業に家屋を使用することは賃貸借契約当事者間の信頼関係に大きな悪影響を及ぼすので、原告は被告清吉に対し同年十月二日到達の書面で同月十五日限りパチンコ遊技場を廃し、元通りの店舗に原状回復するよう要求し、若しこれを履行しない場合は同月十五日限り賃貸借契約を解除する旨通知したが、同被告は現在に至る迄これを怠つているので、賃貸借契約は同日限り解除された。

(三)  よつて被告清吉に対し、本件家屋の明渡し及び昭和二十六年十月十六日以降右明渡済に至る迄毎月金三千円の割合による約定賃料相当の損害金の支払を求める。

(四)  仮に右の主張が認められないとすれば、パチンコ営業は風俗営業取締法、神奈川県条例等により許可営業となつておつて、その許可申請には家屋所有者の承諾書か承諾書添付不能の場合はその理由書を添えることになつている。而して公安委員会は家屋所有者が反対する限り許可しないのが通例であるが、被告清吉はその許可申請をなすに当り原告の承諾書を添付せず又その理由書をも添えていない。加之被告静江よりその名義を借受けて許可申請をしているのであるが、これらはいづれも法令違反であり制裁が科せられる。被告清吉はかような違反を敢てし、而も家屋所有者たる原告の意思をも無視して現在に至る迄パチンコ営業を継続している。

かような事実は賃貸借契約の継続を困難ならしめる著しい不信行為であるから、原告は本訴に於て賃貸借契約を解除する。

(五)  なお被告清吉に対する予備的請求原因、被告静江に対する請求原因として、被告清吉は昭和二十六年五月上旬頃本件家屋の内階下二十六坪一合を被告静江に無断転貸し、被告静江はその頃より本件家屋でパチンコ営業を始め現在に至つている。よつて原告は民法第六百十二条により本訴に於て被告清吉に対し賃貸借契約を解除し、被告両名に対し本件家屋の明渡を求める。

(被告両名の求める判決)

原告の請求を棄却する。

(答弁事実)

(1)  原告主張の(一)の事実中、被告清吉と訴外渡辺数夫との間に模様替禁止の特約があつたとの点は否認、その余の事実は認める。被告清吉が右訴外人より本件家屋を賃借した当時本件家屋は荒廃していたので、修繕模様替え等は一切被告清吉に一任する旨の特約があつた位で、契約書面には模様替禁止の特約があるにしてもそれは例文に過ぎない。

なお月金三千円の約定家賃は地代家賃統制令違反の賃料である。

(2)  原告主張の(二)の事実中、被告清吉が昭和二十六年五月頃店内の中間にあつた間仕切りを取外し、パチンコ遊技場として使用しだしたこと、原告主張の催告並びに条件附契約解除の意思表示のあつたこと及び被告清吉が現在に至る迄原状回復をしていないことは認めるが、その余は否認する。

被告清吉が取外した間仕切りは陳列戸棚に打着けたもので、家屋自体には関係なく移動可能のものであり、柱二本を切取つたことはあるが、それは原告が所有者となる前のことである。その他被告清吉は天井板が破損したので、その下部に厚紙を張付けペンキを塗つたりした事等があるが、原告が所有者となつてからなしたこれらの改装はいづれも家屋の保存上賃貸人に何等不利益をもたらさぬものであるから、仮にそれが模様替えであるとしても附随的債務の不履行に過ぎないから、特約により解除権を留保しない限り、賃貸借契約を解除しえない。

なお又賃貸借契約にあつては使用貸借と異なり、同法違反を理由として契約を解除しえないものである。

被告清吉は訴外渡辺数夫の前主里見多次郎の時代より約三十年間、関東大震災により荒廃した本件家屋を賃借し、多額の資金を投じてその修理改築をなし、その間各種の営業を営んで来たが、原告は昭和二十五年七月以降統制令に違反する月金三千円の家賃をとりながら今回軽微の模様替えに藉口し明渡を求めるような行為は被告清吉の永年の生業の根拠を奪うもので、信義則、公平の観念に反し、権利の濫用である。

(3)  原告主張の(四)の事実中、被告清吉が被告静江名義でパチンコ営業の許可申請をなし、これに家屋所有者たる原告の承諾書乃至理由書を添付しなかつたことは認めるが、被告静江名義でしたことは家事上の都合によることであり、承諾書や理由書の添付がなかつたのは、許可申請を依頼した代書人の過誤に因るもので、悪意あつての事ではない。而して申請手続に違法があるとしてもそれは公法上の問題に止まり、私法上賃貸借契約に影響を及ぼすものではない。

(4)  原告主張の(五)の事実は否認する。

(被告清吉の抗弁に対する原告の主張)

原告の本件解除が信義則公平の観念に反し、権利濫用であるとの主張は否認する。被告清吉は本件家屋に多額の資本を投じ修理改築したと言うも、同被告が訴外里見の所有時代建増した二階はその後同訴外人に売却しており、訴外渡辺数夫が所有者となるに及んで明瞭に書面で無断で模様替えをしない旨の特約がなされたのである。又本件家屋の所在は小田原市内で一等地の商店街で而も角店であり、本件店舗はその坪数から言つて統制令の適用範囲外にある。

<立証省略>

三、理  由

(一)  別紙目録記載の家屋は、もと訴外渡辺数夫の所有であつたところ、昭和十四年頃被告清吉は同訴外人よりこれを賃借し果実販売等を営んで来たが、昭和十九年に至り原告は同訴外人よりこれを買受け、同人と被告清吉との賃貸借関保を承継し、昭和二十五年七月頃より賃料を月金三千円と改めたことは当事者間に争いがない。

而して成立に争いない甲第三号証及び証人渡辺久吉の証言によれば、訴外渡辺数夫と被告清吉との間の賃貸借契約には無断で建物の模様替えをしない旨の特約があつたことが認められ、右認定に反し被告清吉の主張を肯認するに足る証拠はない。従つて右の特約は、これを廃する旨の特段の証拠のない本件に於ては、引続き原告と被告清吉との賃貸借関係にも承継されたと認めるのが相当である。

(二)  次に原告主張の用法違反の点につき判断すると、被告清吉が昭和二十六年五月頃果実商を廃めて、パチンコ遊技場を開設し現在に至つていることは当事者間に争いないが、本件家屋は、検証(三回)の結果によるもその構造性質は市中一般の店舗と変るところなく特に商品の店頭販売のみを目的とする店舗であると認められない。而して一般の店舗に於て商品の販売からパチンコ業に営業を変更することが、店舗の構造性質上その用法に反することは思われない。従つてこの点に関する原告主張は理由がない。

(三)  次に模様替え禁止の特約違反について判断すると、証人石井峰雄の証言及び同石川珍治の第一回の証言及び検証(三回)の結果を綜合すれば、被告清吉は昭和二十六年五月パチンコ遊技場を開設し、次いで同年八月これを増設するため店内を改装するに当り無断で、(イ)パチンコ台の設置上邪魔になる場所にあると思える四寸角の柱二本を切取り、これによる二階の墜落の危険防止のため、別に四寸角の柱一本を切込みをせずかすがいも用いず単に梁の下にあてがい(従つて素手で容易に取外せる)別の柱の天井下三、四尺の所より斜めに梁を支える角材を入れ、又パチンコ台の後部が三本の柱に接する部分ではその柱の接触部分を深いところで約一寸も削り、(ロ)店内を南北に仕切る四分板の間仕切りを取外し、(ハ)天井板の下部に厚紙を張つてこれにペンキを塗りその他簡易な装飾を施したことが認められ、右認定に反する証人杉本泰治(第一回第二回)、同石川珍治(第一回の一部及び第二回)、同小林富子の各証言は前後矛盾し信用できない。

而して右の模様替の内(ハ)は装飾としてなされた極めて簡易なものであり、(ロ)は現状回復も容易である上、建物自体の保存上影響の少ないものであるから、この程度の模様替えは公平の観念上賃貸人として忍受すべきであるが、(イ)の点は建物の保存上危険率が増加した許りでなく、その復元は困難で、模様替えの大なるものと言うより寧ろ、建物を毀損したと言うに近く、賃借人として、賃借物保管の主要な義務に違反したと認めるべきである。

被告清吉はこれら模様替は附随的債務の不履行であると主張するが、(ロ)及び(ハ)の点ならともかく、(イ)の点は家屋賃貸借契約にあつては賃借人として主要な賃借物保管義務違反であるから、この点に関する同被告の主張は採用しえない。

而して原告が昭和二十六年十月二日被告清吉到着の書面で同月十五日迄に本件店舗を原状に回復するよう催告し、若しこれを怠つた時は同日限り賃貸借契約を解除する旨を通知したが、被告清吉がその期間内にこれをなさなかつたことは当事者間に争いないところであるから、原告と被告清吉との間の本件賃貸借契約は同日限り解除されたものと言う外はない。

(四)  なお被告清吉は原告の本件解除は信義則、公平の観念に反し、権利濫用であると主張する。成立に争ない甲第五号証証人杉本泰治(第一、二回)及び同杉本静江の証言によれば被告清吉は大正十三年本件家屋を訴外里見多次郎より賃借し、自費で新たに二階を建増し現状のような家屋となり、引続き三十年近く、氷屋、そばや、果実商、カフエー、パチンコ業等を営みその修繕や造作に費用を投じたことが認められるが、右の建増した二階は家賃の滞納により昭和十四年当時の賃貸人訴外里見に売渡しその資金を回収したことが認められ、又家賃は昭和二十五年七月以降毎月三千円と約定されたことは前記の通り当事者間に争いないが、検証(第一回)の結果によれば本件家屋は小田原市中でも有数の商店街にある角店で当時の家賃相場(時価)からみれば寧ろ低廉であると思われる位であつて、その他原告の本件解除が信義則、公平の観念に反し権利の濫用であると断定するにはその主張立証とも不充分である。

(五)  よつて被告清吉は原告に対し本件家屋を明渡し、且昭和二十六年十月十六日以降右明渡済に至る迄賃料相当の損害金を支払う義務あるところ、昭和二十五年七月以降の約定賃料は毎月金三千円であることは当事者間に争いなく、而して本件家屋が昭和二十六年九月中には既に十坪を超える店舗を有する併用住宅であることは成立に争いない甲第七号証の一乃至四、検証(第一回)の結果及び証人杉本泰治の証言(第一回)により明らかであるから、昭和二十六年十月以降の家賃については地代家賃統制令の適用なく、従つて前記賃料相当の損害金としては月金三千円が至当である。

(六)  以上の理由により原告の被告清吉に対する本訴請求は他の点につき判断する迄もなく理由あるものと認むべきところ、原告は更に被告静江に対し無断転借を理由として明渡を請求しているのでこの点につき判断すると、既に前記認定より自ら明らかであるが、証人杉本静江及び同杉本泰治(第一、二回)の証言によれば、被告静江は被告清吉の長男泰治の妻で被告清吉等と本件家屋に同居しているものであり、パチンコ営業が被告静江名義となつているのは家事の都合によるものであることが認められ、他に被告清吉が本件家屋を被告静江に転貸したことを認めるべき証拠はない。従つて被告静江は被告清吉の所謂占有補助者たるに過ぎず、これと別個独立の権原により本件家屋を占有しているものではないから被告静江に対する原告の請求は失当である。

(七)  よつて訴訟費用の点につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 室伏壮一郎)

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