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横浜地方裁判所 昭和32年(レ)47号 判決 1958年12月25日

控訴人 稲波敬

被控訴人 新光産業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人代表者は、主文同旨の判決を求めた。

被控訴人代表者は、請求の原因として、

控訴人は、昭和三十一年十二月二十一日、金額十万円、満期昭和三十二年二月二十五日、支払地、振出地共神奈川県二宮町、支払場所中南信用金庫二宮支店、受取人訴外鈴木英臣なる約束手形一通を振出し、鈴木は、昭和三十一年十二月二十二日、右手形を被控訴人に裏書したので、被控訴人は、その満期にこれを支払のため支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右手形金十万円及びこれに対する呈示の日の翌日たる昭和三十二年二月二十六日以降支払済に至るまで、年六分の割合による利息の支払を求めるため本訴請求に及ぶ。

と述べ、控訴人の主張事実を否認し、

立証として、甲第一号証を提出し、原審証人鈴木英臣の証言を援用し、乙第一、二号証の成立を認めると述べた。

控訴代理人は、答弁として、

被控訴人の主張事実中、訴外鈴木英臣が被控訴人主張の約束手形を被控訴人に裏書したこと及び被控訴人がその満期にこれを支払のため支払場所に呈示したところその支払を拒絶されたことはこれを認めるが、控訴人が右手形を振出したことは否認する。

控訴人は、昭和三十一年十二月二十日頃、鈴木から、昭和三十二年二月頃には、同人の妻に入金の予定があり、その金で債務は必ず弁済するから、約束手形を振出して貰い度い旨懇請されたが同人を信用することができなかつたので、果して同人の妻に入金の見込があるか否かを確めた上で、手形を振出すこととし、取りあえず、約束手形用紙に金額、満期、支払場所、振出年月日及び受取人氏名を記載した上、その余の部分は白地のまま振出人の印(控訴人の母稲波むめの印)を押捺し、鈴木において、右手形用紙をその妻に見せて、妻の入金が確実であれば、控訴人が右白地の部分を記入することを説明し、妻が控訴人に対し、右入金の予定を明確にしたときに改めて約束手形を振出すべき約定の下に、これを鈴木に一時預けたところ、同人が擅に右白地部分すなわち支払地、振出地及び振出人の住所氏名を記入して、これを被控訴人に裏書したものである。

と述べ、

立証として、乙第一、二号証を提出し、原審証人神吉信之の証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を否認すると述べた。

理由

原審証人神吉信之の証言並びに原審及び当審における控訴人の本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和三十一年第十二月二十一日頃同業者でかねて知合だつた訴外鈴木英臣の求めにより甲第一号証の約束手形用紙に金額を鈴木の要求通り金十万円とし、振出の日を昭和三十一年十二月二十一日、満期を昭和三十二年二月二十五日、支払場所を中南信用金庫二宮支店、受取人を鈴木英臣と記入し、振出地及び支払地の欄を空白のままとし、振出人欄には記名を為さず単に控訴人の母稲波むめの稲波と刻印した印を押捺した上之を鈴木に交付し後日鈴木の妻からその返還に関し確約を得た後控訴人が自ら振出人の記名を為すことと約定したことを認めることができる。原審証人鈴木英臣の証言中には右手形用紙交付の際控訴人は鈴木に対し右手形用紙に印刷用の活字を用いて控訴人の記名を為し且振出地及び支払地の補充を為すことを承諾した旨の部分があるけれども信用できない。

けれども、約束手形の記名捺印はわが国の慣行による取引上の便宜に基き、専ら捺印の個性により手形面において本人の同一性を鑑別し、之により手形の真偽を判定せしめようとするものであるから、その印影が本人のものであり、且記名捺印が本人の意思に基いて為されたものであれば足り、記名は他人の手写又は複写的によることが許され又押印もまた他人がこれを為すことを妨げない。それ故約束手形の振出人は手形用紙の振出人欄に自己の印章を押捺しその記名は之を受取人に委託してその手形を振出すことも可能であつて、この場合においては受取人が振出人の記名を完了した時に初めて右手形用紙による約束手形が有効に成立すると認めるべきである。したがつて又、自ら約束手形の用紙に手形要件の全部又は一部を記入した上自己の印章を押捺して之を他人に交付したものは記名の委託をする旨の特別の意思表示を欠く場合でも他に特別の事情のない限り、かような手形用紙を交付したこと自体により、そのものに対し、後に右手形用紙に振出人の記名を為して手形の完成をなすことを委託したものと解するのが相当である。

この場合において右約束手形の振出人とその受取人との関係は本人と機関(又は使者)の関係あるものと認めるべく、代理に関する規定を類推適用すべきであるから、苟も、約束手形の用紙に手形要件の全部又は一部を記入しその振出人欄に自ら自己の印章を押捺して之を他人に交付したものはたとえその当事者間においては特に記名は之を受取人に委託せず、後日振出人において自ら之を為すこととした場合でも、第三者の関係においては民法第百九条の規定に準じ、後に受取人が振出人との約定に反し自ら振出人の記名を為し右約束手形を流通に置いた場合には、振出人は善意の第三者に対しては、振出人としての責任を脱れることはできないと解すべきである。

本件において、前認定事実によれば控訴人は約束手形の用紙に振出の日、金額、満期、支払場所及び受取人を記載し、振出人欄に自己の母のものであるとはいえ稲波という自己の姓と同一文字を刻印した印章を自ら押捺した上之を訴外鈴木英臣に交付したのであり、原審証人鈴木英臣の証言により真正に成立したことを認めうる甲第一号証の裏面の記載及び同証人の証言によれば、鈴木は控訴人から前記手形用紙を受領した翌日たる昭和三十一年十二月二十二日印刷用の活字を入手した上之を用いて、振出人欄に控訴人の記名を為し、又振出地及び支払地をいずれも神奈川県二宮町と補充し、控訴人振出名義の約束手形一通を完成し、之を被裏書人欄白地の裏書により被控訴人に譲渡したことを認めることができ、被控訴人が当時悪意であつたことについてはその主張も立証もないのであるから、控訴人は被控訴人に対し右手形上の責任を脱れることができないといわなければならない。

而して、被控訴人が右手形の満期に支払のため之を支払場所に呈示しその支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。

したがつて、以上の事実によれば控訴人は被控訴人に対し前記手形金十万円及び之に対する満期の翌日たる昭和三十二年二月二十六日以降手形法所定の年六分の利息の支払を為す義務のあることが明かで、之が支払を求める被控訴人の本訴請求は之を認容すべきで、これと同趣旨の原判決は相当である。

よつて、本件控訴は之を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巌 高沢広茂 松岡登)

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