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横浜地方裁判所 昭和33年(わ)1055号 判決 1960年4月15日

被告人 蓮見敏夫 外六名

主文

被告人蓮見敏夫、同吉木正、同河原井恒雄、同鴨志田利之、同加藤俊夫、同久野誠、同小松豊吉を各懲役六月に処する。

但し被告人らに対しいずれも本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人富樫繁夫に支給した分(昭和三四年六月二六日及び同年七月二二日の各公判期日出頭分)は被告人小松豊吉の負担とし、証人渋谷理兵衛に支給した分は被告人河原井恒雄の負担とし、証人鈴木登に支給した分は被告人蓮見敏夫の負担とし、証人灘波英夫に支給した分は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人蓮見敏夫は昭和二七年一一月頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第二、被告人吉木正は昭和二七年七月頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第三、被告人河原井恒雄は昭和二八年四月頃から同年七月頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第四、被告人鴨志田利之は昭和二八年一二月下旬頃から、昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第五、被告人加藤俊夫は昭和二八年八月頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第六、被告人久野誠は昭和二八年五月上旬頃から同三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

第七、被告人小松豊吉は昭和三〇年四月下旬頃から昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間に、本邦外の地域におもむく意図をもつて、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦から本邦外へ出国し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人ら及び弁護人らの主張に対する判断)

一、被告人ら及び弁護人らは、検察官は被告人らに対する公訴事実として被告人らが長年月の間に本邦から本邦外に出国したと主張し、しかもどこから出国したかの具体的主張はない。これでは被告人らは具体的事実について訴追されたということはできないから、本件各公訴は刑事訴訟法第二五六条第三項に違反するものである。よつて本件については公訴棄却の判決をなすべきである。被告人らが昭和三三年六月白山丸で帰国したことは相違ないから、出国したことも相違ないが、さればといつて出入国管理令施行後でさえあれば、その時期はいつにしても同じではないかという立論は暴論である。かりに昭和二七年秋に出国した者が、帰国、出国を繰り返しているとすれば、本件のような訴追を受けてもどの出国について責を問われているのかわからない。本件により処罰されても後日他の出国について重ねて処罰されるおそれがあると主張する。しかしながら起訴状中の公訴事実に犯罪の日時を正確に記載することのできる場合にはこれを正確に記載すべきことはもちろんであるが、過去に生起した犯罪の日時は常に必ずしも正確に記載することのできない場合もあるから刑事訴訟法第二五六条第三項は「公訴事実は訴因を明示して記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定しもつて犯罪の日時はできる限りにおいて正確に示すべきものとしているとともに、検察官をしてその起訴にかかる訴因を他の訴因と識別させ、その同一性を認識せしめる程度に特定して公訴事実を記載せしめ、もつて裁判所に対し審判の対象を明確にし、被告人の防禦に実質的不利益を与えないようにしたものである。従つて訴因たる事実を各部分ごとにみればその一部に不特定な部分の存するときでも、なお、これを全体としてみれば訴因として特定され、その同一性を認識せしめ得る以上訴因の特定に欠くるところはないと解すべきであり、犯行の日時はもとより訴因を特定するについて重要な影響を及ぼすものであるが、罪となるべき事実そのものではないのであるからその部分が期間をもつて示され、その期間が長期間であつても訴因が他の訴因と識別できる程度に示されているならば、起訴は不適法とはならないのである。しかして本件において被告人らに対する起訴状記載の公訴事実中に訴因として表示されているところのものは、犯罪の日時として被告人蓮見については昭和二七年二月頃より昭和二八年五月頃に至る迄の間被告人吉木については昭和二七年七月頃より昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間、被告人河原井については昭和二八年四月頃より同年七月頃に至る迄の間、被告人鴨志田については昭和二八年一二月下旬頃より昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間、被告人加藤については昭和二八年八月頃より昭和三三年六月下旬頃に至る迄の間、被告人久野については昭和二八年五月上旬頃より昭和三三年六月下旬に至る迄の間被告人小松については昭和三〇年四月下旬頃より昭和三一年六月頃に至る迄の間にそれぞれ有効な旅券に出国の証印を受けないで本邦より本邦外に出国したというにあつて被告人河原井の出国日時の記載を除き他の被告人らの出国日時の記載は一年ないし六年の長い期間を以て表示され、また犯罪の場所、方法についても具体的記載を欠いているのであるが、さればといつてこれがため直ちに訴因の特定を欠くものと速断すべきものではない。すなわち犯行の正確な日時を特定し難い場合に、日時を示すのに一定期間内と記載する外ない場合においても、その期間の長短は犯罪の種類、態様、難易により差異を来すことは当然であるというべきであつて、国内犯罪のようにいつでも容易にその機会を掴み得る犯罪と異なる本件密出国罪においては船舶、飛行機いずれの方法によるを問わずその機会を得ることがなかなか容易ではないのであるから、犯行の日時を示すに一定期間内とする場合その期間は長期間であつても必ずしも訴因の同一性を識別することを難からしめるものということはできない。しかも被告人らに対する本件各起訴状の公訴事実に記載された被告人らがそれぞれ密出国したとされている期間は出入国管理令施行後である昭和二七年七月頃から昭和三三年六月下旬頃までの間の前記各期間内であり、判示事実の認定に引用した証拠によると右期間内に被告人らが二度以上本邦外に密出国したとの疑をさしはさむべき余地はないのである。そして前記証拠によれば被告人らは判示のとおり本邦外に密出国した後昭和三三年七月一三日中共地区引揚船白山丸で帰国したことが認められ、右出国から帰国するまでの間は刑事訴訟法第二五五条第一項前段にいう犯人が国外にいる場合に該当するから公訴時効の進行は停止され、被告人らに対する本件公訴の提起は帰国の日から公訴時効完成に至るまでの間になされたことが記録上明らかである。また仮に本件が有罪判決により確定した後万一日時、場所、方法を具体的詳細に明確にして被告人らが本邦外に密出国したとの事実が起訴されたとしても、その日時が前記期間内に属する限りすべて二重起訴となるのであるから確定裁判を経たものとして処理されるべきものである。しからば被告人らに対する本件各起訴状記載の訴因中には日時の表示が一年ないし六年の長期間内にわたるものもあり、かつ場所や方法も具体的詳細に明示されていないが、これを全体としてみれば訴因の同一性を認識し得られ、被告人らの防禦に実質的不利益を与えているものとは認められないから特定に欠くるところはないと解するのが相当であり、刑事訴訟法第二五六条第三項に違反するものということはできない。

二、次に被告人ら及び弁護人らは出入国管理令第六〇条第二項及び第七一条は憲法第二二条第二項に違反し無効であると主張する。しかし憲法第二二条第二項の外国に移住する自由には外国へ一時的旅行をする自由を含むものと解すべきであるが、この一時的外国旅行の自由といえども無制限のものではなく、公共の福祉のための合理的な制限に服するものと解すべきであり、族券発給を拒否できる場合として旅券法第一三条第一項第五号が「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」と規定したのは公共の福祉のために合理的な制限を定めたものとみることができるのであるから、右旅券法の規定は憲法第二二条第二項に違反するものではない(昭和三三年九月一〇日言渡最高裁判所大法廷判決参照)もつとも憲法第二二条第二項には同条第一項のような「公共の福祉に反しない限り」との制限が付せられてはいないが、憲法はすでに国民の基本的人権に関する総括的規定ともいうべき第一二条、第一三条において憲法上の権利に関し公共の福祉による制約のあることを示しており、第二二条第二項のみその制約を受けないものとみるべき理由は存しない。そして出入国管理令第六〇条第二項は出国それ自体を制限するものではなく単に出国の手続に関する措置を定めたもので旅券法第一三条第一項第五号の規定と相まつて事実上かかる手続措置のため外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしてもそれは同令第一条に規定する本邦に入国し又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成しようとする公共の福祉のために設けられたやむを得ない制限であつて、合憲性を有すると解すべきものであり、従つて同令第六〇条第二項に違反して出国した者を処罰することを規定した同令第七一条もまた合憲性を有し、同令第六〇条第二項、第七一条はいずれも有効のものとしなければならない。(昭和三二年一二月二五日言渡最高裁判所大法廷判決参照)。なお出入国管理令は昭和二〇年勅令第五四二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き、昭和二六年一〇月四日政令第三一九号を以て制定されたものであるが、同政令は昭和二七年四月二八日法律第一二六号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律第四条附則第一項により日本国との平和条約の最初の効力発生の日から法律としての効力を有するにいたつたものであるから、同日以後の違反行為に対し出入国管理令を適用して処罰し得ることは当然である。そして右勅令第五四二号は日本国憲法にかかわりなく、憲法外において法的効力を有していたものであり、同勅令は昭和二七年法律第八一号により平和条約発効の日から廃止されたが、本件政令第三一九号出入国管理令は右勅令が憲法にかかわりなく効力を有していた間にこれに基き適法に制定されたものであつて、しかも同令第六〇条の規定する内容は憲法に違反するところがないから、右勅令が廃止され平和条約が発効した後においてもその効力を否定さるべきいわれはない。従つて同令が違憲無効のものであるとの所論は採用できない。

三、さらに被告人ら及び弁護人らは、昭和二七年五月頃から八月頃は朝鮮戦争が未だつづいており戦争の危険はアジアを掩つていた。これを憂え、戦争を防ぎ平和を獲得しようとするアジヤ各国の政治家、宗教家、学者その他の人達が会議を開くことは世界平和のためどうしても必要なことであり、特に日本の代表の右会議への参加は是非とも実現しなければならないこととされていた。しかるに旅券は全員発給を拒否され昭和二九年、三〇年頃には公用旅券の外は特殊の人にだけ旅券を発給し、左翼的思想の持主には依然として旅券を発給しなかつたのである。中国と日本との交流の重任はすべて民間識者の手に委ねられていたもので、被告人らはその重任をせおつた日本の民間使節であり、その重任を全うするため中国渡航の必要があつたが、政府は被告人らが旅券を申請してもその発給を拒否するであろうことは幾多の実例により明らかであつたので、被告人らは海外渡航の自由を実現するためやむを得ず旅券なしで出国しなければならなかつたのである。すなわち被告人らの行為は正当防衛、緊急避難、期待可能性の法理により正当な行為というべきであると主張する。しかしながら仮に所論のとおりの国際情勢であり、被告人らの出国が所論のような目的に出てたものであつたとしても、これをもつて直ちに被告人らに対し急迫不正の侵害があつたものとはいうことはできないし、被告人らが旅券の交付を受けないで出国しなければならない程公共の福祉のため緊急かつ必要な事情があつたものとは認められず、被告人らの出国が自己または他人の権利を防衛するため、あるいは自己または他人の生命身体自由もしくは財産に対する現在の危難を避けるためやむを得ざるに出た行為であると認めることもできず、正規の手続を経て出国することを期待することが全く不可能であつたとは到底考えられない。従つて被告人らの行為は正当防衛、緊急避難とは認められず、被告人らに適法行為の期待可能性のなかつたものということはできないし、その他被告人らの本件出国が正当な行為であるとみることはできないので右主張はいずれも採用することはできない。

四、被告人らの弁護人岡崎一夫は被告人らの行為が問題とされた時期と現在とでは出入国管理令、旅券法の取扱は著しく相違しているが、これは国際情勢が大きく変つたことと、平和を愛好する日本国民が為政者をしてその非行を改めさせたことによるものである。被告人らに対する旅券の交付を拒んだ政府の非行のため今日被告人らが処罰されることは良識ある人の納得できることではない。いわんや被告人らの行為が今日の平和共存の方向への基礎をきづいた動きの一つであることを考えれば被告人らの行為はすでに可罰性はないと主張する。しかし旅券法第一三条第一項第五号、出入国管理令第六〇条第二項第七一条は合憲有効なものであることは前記のとおりであり、同令の施行当時である被告人らの本件犯行当時ならびに現在において、有効な旅券に出国の証印を受けないでは本邦から本邦外に出国できないことを知りながらその手続をとらないで出国した被告人らの行為は、所論のような事由によつて直ちにその可罰性が失なわれるものとしなければならないものとは到底認められないから、同弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為はそれぞれ出入国管理令第七一条、第六〇条第二項罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人らをそれぞれ懲役六月に処し、被告人らに対しては情状刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二五条第一項によりいずれも本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し証人富樫繁夫に支給した分(昭和三四年六月二六日及び同年七月二二日各出頭分)は被告人小松豊吉の負担とし、証人渋谷理兵衛に支給した分は被告人河原井恒雄の負担とし、証人鈴木登に支給した分は被告人蓮見敏夫の負担とし、証人灘波英夫に支給した分は同法第一八一条第一項本文第一八二条を適用し被告人らに連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田作穂 大塚渟 小川昭二郎)

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