横浜地方裁判所 昭和34年(行)5号 判決 1962年10月27日
原告 三ツ矢タクシー株式会社
被告 横浜市長
主文
被告が原告に対し昭和三十二年十月十四日付建築命第十号「違反建築物に対する処分命令書」を以てなした除却命令を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として
原告は一般旅客自動車運送業等を営むことを目的とする株式会社で、昭和三十三年十二月一日つばめ交通株式会社を吸収合併したものであるが、つばめ交通株式会社は昭和三十一年八月三十一日訴外日本通運株式会社から横浜市鶴見区鶴見町字芦穂崎千百十六番宅地四百一坪並に同地上の車庫、事務所、燃料倉庫、詰所、浴場及び社宅等を買受け、右宅地につきその所有権取得登記手続を了し、同年十月十五日頃右各建物について移転、改築等の工事を施して別紙図面表示のとおりの位置、構造のものとなし、更に右宅地北東側及び門を除く南西側の境界線上に高さ約二メートルのコンクリート万年塀を築造した。
ところが被告はつばめ交通株式会社に対し右工事後の各建築物中車庫一棟建坪九十六坪五合、付属建物建坪六坪五合及び塀の一部が建築基準法第六条第一項第五項、第四十四条に違反するものとして昭和三十二年十月十日付同日到達の建築指第十号「違反建築物に対する処分通知書」を以て同法第九条第二項に基く通知をなしたので、右会社は同条第三項に基く公開による聴聞を請求する趣旨を以て同月十一日付別紙記載の通りの「処分通知書に対する御答」と題する書面を被告宛郵送し、該書面は翌十二日頃被告に到達した。しかるに被告は右請求を無視して公開による聴聞の機会を与えることなく、更に同月十四日付同日右会社に到達の建築命第十号「違反建築物に対する処分命令書」を以てその主張の違反建築部分を昭和三十二年十一月三十日迄に除却すべき旨の命令を発した。そこで、つばめ交通株式会社は昭和三十二年十月二十五日横浜市建築審査会に対して異議の申立をなしたところ、同審査会は同年十一月二十日口頭審査会を開いたうえ、右申立を棄却する旨の裁定をなし、同日付三二建審第二十二号「裁定通知書」を以て右会社に対しその旨を通知したので、右会社は同月二十八日建設大臣に対し右裁定及び本件除却命令の取消を求めて訴願を提起したが、建設大臣は昭和三十四年二月二十七日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その頃原告に到達の建設省三二神住第五十六号「裁決書」を以てその旨を通知した。
しかし、つばめ交通株式会社が被告に対し送付した前記「処分通知書に対する御答」と題する書面の前段には「只法律がそうきめてあるのだからというのみで洵に釈然といたしません」と記載され、末尾には「なおこの為公開による聴聞が処理上必要であるならばその手続をお願い致します。」と記載されているのであるから、多少言辞に不十分の点があるとしても右会社において被告が命じようとする除却命令に不服であり、公開による聴聞を請求していることは疑を容れないところである。したがつて被告が右請求を無視してなした本件除却命令は建築基準法第九条第四項に違反するものである。
又本件除却命令は被告主張の違反建築部分が道路内にあるとの認定を前提としているけれども、その主張の道路敷部分は訴外日本通運株式会社の所有当時より今日に至るまで道路として使用されたことがなく、つばめ交通株式会社が右道路敷部分を含む前記字芦穗崎千百十六番宅地を買受けたときには、その主張の道路敷部分のうち南西側公道に面する部分と北東側の私道に接する部分(訴外小林源司方倉庫と同梅内清方住宅との間、別紙図面参照)には木柵が設けられ、立入禁止の札が立てられていた。尤も建築基準法施行の際(昭和二十五年十一月二十三日)には、右宅地の北西側境界線上のコンクリート万年塀と当時訴外日本通運株式会社所有の車庫、事務所及び社宅等との間には空地があつたけれども、その幅員は車庫と右万年塀との間において約三・三メートル社宅と同万年塀との間において約一・二乃至約一・五メートルであり、之は戦時中消防署の勧告により防災上の見地から設けられたものであつて、本来通路として設けられたものではない。したがつて仮に之を若干の第三者が通行していた事実があつたとしても、それを以て直ちに道路と認めて建築基準法による制限を加えることは、事実を誤認して不当に私権を制限する違法の措置というべきである。しかも被告主張の道路敷部分は右のとおり幅員一・八メートル未満であるから、昭和三十四年四月二十四日法律第百五十六号建築基準法の一部を改正する法律(同年十二月二十三日施行)による改正前の同法第四十二条第二項によれば、本来特定行政庁たる被告において之を道路とみなして指定することができないところであり、又右改正後の同法第四十二条第四項によつても幅員一・八メートル未満の道を指定する場合には同項所定の建築審査会の同意を要すべきところ、被告において右同意を得ていない。したがつて被告が一方的に道路でない原告所有の宅地部分を道路と認定してなした本件除却命令は違法のものである。
以上の通りであるから、原告は前記除却命令の取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、
被告の主張に対しつばめ交通株式会社鶴見営業所長坂巻四郎が前記「処分通知書に対する御答」と題する書面によつては聴聞請求の意思表示をなしたものとは認められない旨の横浜市建築課員の説明を諒承したとの主張事実を否認すると答えた。
証拠<省略>
被告代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、
原告の主張事実中、原告がその主張の日につばめ交通株式会社を合併したこと、右会社が原告主張の通り日本通運株式会社から宅地四百一坪を買受けて所有権移転登記手続を了し、同地上の車庫を移転し、その他の原告主張の建物を増築して別紙図面表示の状況(但し修理工場を除く、同工場は原告主張の時期には未だ存在していなかつた)となし、更に原告主張の位置にコンクリート万年塀を築造したこと、被告が右会社に対し昭和三十二年十月十日到達の「違反建築物に対する処分通知書」を以て原告主張の法条に基く通知をなし、右会社から原告主張の「処分通知書に対する御答」と題する書面を受領したこと、被告は同月十四日付同日右会社に到達の「違反建築物に対する処分命令書」を以て道路内の建築部分を除却すべき旨の命令を発したこと、右会社は同月二十五日横浜市建築審査会に対し異議の申立をなし、同審査会が同年十一月二十日右申立を棄却する旨の裁定をなしたこと、そして右会社は更に同月二十八日建設大臣に対し右裁定及び本件除却命令の取消を求めて訴願を提起したが、建設大臣は昭和三十四年二月二十七日右訴願を棄却する旨の裁決をなしたことは認めるが、前記「処分通知書に対する御答」と題する書面が聴聞の請求をなす趣旨のものであること、被告主張の道路敷部分が日本通運株式会社の所有当時より今日迄道路として使用されたことがないこと、その主張の位置に木柵が設けられ、立入禁止の札が立てられていたことはいずれも否認する。
前記「違反建築物に対する処分通知書」の末尾には「なお本件について公開による聴聞を請求される方は文書により三日以内に申出て下さい」と記載されていて聴聞請求については注意を喚起してあるから、その請求者は明確に請求の意思表示をなすべきものであるところ、前記「処分通知書に対する御答」と題する書面には「公開による聴聞が処理上必要であるならばその手続を御願いいたします」と記載されているのみであるから、その文面からは右請求の意思表示をなしていることが認め難い。被告において本件除却命令を発する為の事務処理の上からは聴聞の手続は之を必要とするものではないからである。しかも、昭和三十二年十月十五日横浜市建築課指導係長訴外野口幸蔵がつばめ交通株式会社鶴見営業所長訴外坂巻四郎より電話にて「郵送した処分通知書に対する御答の文書をみてくれたか」との問合わせを受けた際、「同文書の文面では聴聞請求の意思があるとは認められない」旨を回答し、更に翌十六日同建築課に来訪した坂巻四郎に対し重ねて同趣旨のことを説明したところ、坂巻四郎は之を諒承し、前記「違反建築物に対する処分命令書」の控に自ら記名拇印した。したがつて原告主張の文書によつては公開による聴聞請求の意思表示はなされなかつたものである。
又同字千百十六番宅地は昭和二十一年八月二十六日戦災復興院告示に基く区画整理施行区域であつて、被告が同宅地中道路と認定する部分はその当時幅員が右宅地の北西側境界線上のコンクリート塀から三・六メートル以上であり、南西側の事務所附近においては一・八メートル以上であつた。そして右道路敷部分は昭和二十一年七月被告が測量した当時において同字千百十六番宅地の地上の車庫及び住宅(現在は事務所)と右境界線上のコンクリート塀とによつて区画され、右住宅の板塀がその南西側公道に面して存したコンクリート塀とL型をなし、又右宅地の北東側においては幅員約二・七メートルの私道に連絡していて明瞭に私道の形態を有していた。そして右状態は昭和三十年六月及び九月の各測量当時も変更がなかつたし、建築基準法施行以前から引続き附近住民は勿論、不特定多数の者が公道に通ずる為の道路として之を通行していたのである。したがつて被告が建築基準法第四十二条第二項に基き特定行政庁として昭和二十六年十月十日横浜市建築基準法施行細則第十三条によつて右道路敷部分を道路と指定したことについてはなんら違法はなく、結局原告が右部分に侵入して建築工事をしたことは建築基準法第四十四条第一項に違反し、之を理由とする本件除却命令は違法なものであると述べた。
証拠<省略>
理由
原告は昭和三十三年十二月一日つばめ交通株式会社を合併したものであり、右会社が昭和三十一年八月三十一日日本通運株式会社から横浜市鶴見区鶴見町字芦穂崎千百十六番宅地四百一坪を買受けて、その所有権取得登記手続を了したこと、つばめ交通株式会社は同年十月十五日頃修理工場を除き別紙図面表示の位置に同表示の各建物を所有し、又右宅地北東側及び門を除く南西側の境界線上に高さ約二メートルのコンクリート万年塀を築造したこと、被告は右会社に対し昭和三十二年十月十日到達の「違反建築物に対する処分通知書」を以て建築基準法第九条第二項に基く通知をなしたところ、右会社から同月十二日原告主張の「処分通知書に対する御答」と題する書面が被告に到達したこと及び被告は同月十四日右会社到達の原告主張の「違反建築物に対する処分命令書」を以て前記建築工事後の各建築物中道路内の部分につき之を除却すべき旨の命令を発したところ、右会社は同月二十五日横浜市建築審査会に対し異議の申立をなし、同審査会は同年十一月二十日右申立を棄却する旨の裁定をなし、右会社は更に同月二十八日建設大臣に対し右裁定及び本件除却命令の取消を求めて訴願を提起し、建設大臣は昭和三十四年二月二十七日右訴願を棄却する旨の裁決をなしたことはいずれも当事者間に争がない。
しかるところ、成立に争がない甲第一号証によれば前記「違反建築物に対する処分通知書」には同条第二項により通知すべき命じようとする処分の内容として「道路内に建築した建築物(へいを含む)は昭和三十二年十一月三十日までに除却すること」の記載があり、その末尾には「なお本件について公開による聴聞を請求される方は文書により三日以内に申出て下さい」との記載があることを認めることができる。そして右事実に前記「処分通知書に対する御答」と題する書面の内容を総合すれば、右書面においてつばめ交通株式会社が被告の命じようとする処分に不服であることが明瞭に表示されているものというべく、したがつて又右書面中「処理上必要であるならば」の文言は被告主張の如く被告において「本件除却命令を発する為の事務処理につき必要であるならば」の意味に解すべきでなく、むしろ右会社において「被告の命じようとする処分に不服である場合にその処理手続として必要であるならば」の意味に解すべきものである。しかも、建築基準法第九条第三項によれば同条第二項による処分通知書に対する不服申立の方法としては公開による聴聞の請求をなすべき旨が規定せられているのであるから、右書面には右法条に基く公開による聴聞を請求する旨が明白に表示されているものというべきである。そして仮に被告主張の如く横浜市建築課指導係長野口幸蔵において右会社の鶴見営業所長坂巻四郎からの「郵送した処分通知書に対する御答の文書をみてくれたか」との問合わせに対して「同文書の文面では聴聞請求の意思があるとは認められない」旨の回答をなしたとしても、右事実のみによつては前記認定を左右することはできない。更に被告は坂巻四郎に対し野口幸蔵が右書面によつては聴聞請求の意思表示があるとは認められないことを説明したところ、坂巻四郎が之を諒承して「違反建築物に対する処分命令書」の控に自ら記名拇印した旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる証拠はない。
そしてつばめ交通株式会社の右公開による聴聞の請求に対し、被告が之を行わなかつたことについては、被告において明らかに争わないから之を自白したものとみなすべきところ、建築基準法第九条第三ないし六項の公開による聴聞の手続は利害関係人の利益を保護し同条第一項の停止、除却その他の命令内容の正当性を保障する為の重要なる前提手続と解すべきであるから、右聴聞を行うことの請求があつたにもかかわらず、之を経ずしてなされた本件除却命令は違法なものであることは明かであり、(なお、成立に争がない甲第三号証によれば本件除却命令を記載した昭和三十二年十月十四付建築命第十号「違反建築物に対する処分命令書」には右命令の内容として「道路内に建築した建築物(へいを含む)は昭和三十二年十一月三十日までに除却すること」と記載されていることを認めることができるにとどまり、右道路と認定する土地部分についてはなんら特定されていない。又成立に争がない乙第一号証と同第二ないし四号証を比較対照すると被告が違反建築であると認定する部分と道路と認定する部分とが一致していないことを認めることができるばかりでなく、その他本件全証拠によるも本件除却命令の対象部分が当事者間において疑を容れない程度に特定していたことは之を認めることができない。したがつて被告においては公開による聴聞手続を経た上で改めて必要と判断するときは右特定について瑕疵なき除却命令を発すべきものである)その取消を求める原告の本訴請求は之を認容すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松尾巖 三和田大士 鈴木健嗣朗)
(別紙)
建築指第一〇号返
処分通知書に対する御答
横浜市鶴見区鶴見町一、一一六番地
十月十一日 つばめ交通株式会社
代表取締役 森本孝二
横浜市長 平沼亮三殿
本日通知書を受領いたしましたが本件に関しては再三出頭し貴意も良く伺つて居りますが、只法律がさうきめてあるのだからということのみで洵に釈然といたしません。さきに御指摘のあつた時は区画整理実施の際之を合法的に処理するということで御了解を得た筈もありますので今直に之を十一月三十日迄に除却することは到底不可能であります。なお、この為、公開による聴聞が処理上必要であるならばその手続を御願いいたします。右御答えいたします。
図<省略>